泊進ノ介が何者かに襲撃された。幸いにも進ノ介は一命をとりとめるが、立て続けに病院にて追田警部の車が爆破され、犯人を名乗る女性は息子になったロイミュードの復讐のため、進ノ介を狙ったと語るのだった。捜査が進む中、協力者として、元ネオシェード関係者の名前が挙がるが……。
そんな時に回復した進ノ介のもとへ、監察官の大河内が現れた。
吹原かおり
:犯行を自白した女性。動機として、死亡した息子をコピーしたロイミュードを仮面ライダーが倒した復讐だと語っている。
吹原健輔
:かおりの息子。一年前に死亡した。彼をコピーしたロイミュードが存在したというが……。
越谷伏美
:進ノ介が壊滅に関与したネオシェードの元幹部であり、金庫番。事件前後、複数の勢力の間を動き回っていた。
両島医師
:進ノ介の執刀医。
自分が不幸だと、声高に言うつもりはありません。ですが、私たちの人生には大きな困難が立ちふさがっていました。
夫は息子が小学校を卒業するころ、心不全で亡くなりました。
私も息子も納得ができないほど、急に私たちの前からいなくなってしまったのです。そうなると、息子は私の唯一の家族。夫の死に嘆き悲しむと共に、息子だけは必ず守ると決めました。
ですが、不安定な時期に父親を失った息子は、次第に問題を起こすようになって……。
それから彼が十代のころは、私と息子はすれ違いを続けます。家庭を守るために、私は家を留守がちになり、息子は寂しさからか、補導や軽犯罪に手を染めるようになり。
……アルバムをめくると、息子の制服の写真が、驚くほど少ないんです。私はもっと、息子を知るべきだった。それに気が付き、後悔したころには、息子は家を飛び出していました。
どれだけ嘆き悲しんでも、どこにいるのかもわからない。
私は息子を永遠に失ったのだと思いました。こんなに悲しいことはないと、喪失感に体を震わせて。
けれど、それは間違いだったのです。たとえ息子が家からいなくなっても、どこかに生きているのなら、それはまだ、不幸とは言えないと。
息子が本当に消え去った時、私は自身の甘さを呪いました。
相棒 episode Drive
第十話「機械人形への鎮魂歌 IV」
警察組織には監察官という特殊な仕事が存在する。
警務部とは元来、給与や人事等、警察職員の福利厚生にまつわる業務を担当する『捜査をしない警察官』が多く在籍する部署だ。
だが、その中にあって、監察官は捜査を行う例外。
しかも、対象は警察職員。不正が疑われる、俗にいう汚職警官を取り締まるのが役割だ。
警察官が服務を全うしているか、法を侵してはいないか。社会の守護者として強大な権限を許されている警察官が、力におぼれないよう、万が一にも守るべき市民を傷つけないように。警察官自身に目を光らせ、必要とあらば糾弾し、処分を下す。
監察官を『警察の中の警察』と呼ぶものも多いが、それは正しい。
そして、警察職員の中にはある共通認識がある。それは、監察の対象者となったものは、例外なく警察官としてのキャリアに前途はないということ。目の前に現れた時点で、警察官としての人生が終わる。
警察官にとっての死神。そんな人物が、進ノ介の目の前に現れた。
「……どうして、監察官が」
霧子が隣で呆然と呟く。彼女の動揺が震えた声色から進ノ介へと伝わってくる。よりにもよって聴取の対象が泊進ノ介だなどと。一方で、進ノ介は拳を固く握ったまま、大河内を見返し、反論しようとはしなかった。
その様子を見て、大河内はむすりと固くした表情を壊さず、懐から薬瓶を取り出した。進ノ介達の怪訝な顔は無視して、そのまま数粒の錠剤を口へと放り込む。
がり、がり、がり、がり
静かな病院の廊下に、不機嫌が伝わってくるような噛み砕く音が響く。
(ピル、イーター)
聞いているうちに、進ノ介はそんな言葉を思い出す。そうあだ名される、鬼のような監察官がいると噂で聞いたことがあった。正体不明の錠剤を毎日のように噛み砕いている男。目の前の彼がそうだと、進ノ介は確信した。
大河内はひとしきり錠剤を呑み下すと進ノ介へと無感情に言う。
「まずは、場所を変えましょうか」
選ばれたのは病室の中だった。個室なので誰かに聞かれることもない。進ノ介は勧められるままベッドに腰かけ、大河内は来客用の椅子を引っ張り出して座り込む。霧子は自分も同席したいと申し出たが、大河内が言うようにこれは監察官聴取。つまりは、取り調べ。
『容疑者』と刑事以外は立ち入れるはずがない。
「……初めまして、等と貴方ほど名を売った人物相手になら、挨拶を交わすべきでしょうが。あいにくと、私はこんな性格ですからご容赦を」
「……いえ、良いです。それよりも、監察官。俺が……、私が監察官聴取の対象っていうのは」
「読んで字のごとくですが。……心当たりは?」
大河内の言葉に、進ノ介は黙した。
多くの場合、監察官聴取の対象になるのは違法行為に職務規定違反を犯した警官。不倫や情報流出、賭博に賄賂。進ノ介は生まれてこの方、そのような道を踏み外した覚えはない。それだけはない。
だが、大河内が尋ねたタイミング。それに、あの犯人の涙ながらの訴え。
あれを聞いて、自分の非を全く疑わないほど、進ノ介は面の皮が厚いわけではなかった。むしろ、そうした情の強さこそが、仮面ライダーの強さでもあり、進ノ介を警察官たらしめる大きな要素。
それが今、進ノ介の心を圧迫している。
大河内はこれ見よがしに溜息を吐いた。進ノ介の内心など見透かしていると、そう言いたげな目だった。
「単刀直入にお尋ねします。泊進ノ介巡査、貴方はご自分が真っ当な警察官だと思っていますか? 仮面ライダーとなった今、そう名乗ることができますか?」
自分はそうは思わないと暗に告げながら。それを察しつつも、
「……俺は、自分が警察官として生きてきたと、信じています」
進ノ介は信念を込めて言う。
ロイミュード事件でも、それ以前でも。進ノ介は市民を守るという警察官の使命に背いた覚えはない。今、あるいは遺族を名乗る女性に糾弾されようとも。あの時、あの場所で戦うと決めた決意に、迷いはなかったと信じている。
それを聞き、大河内は静かに頷いた。
「なるほど……。私個人としては、貴方に感謝していますよ。貴方のおかげでこうして生きることができている。命の恩人と言えるでしょう。
ですが……、貴方は仮面ライダーとして活動する間、数多くの服務規定を犯したと、私は考えています。個人の情とは別に、それを取り締まるのが役目ですから」
「……服務規程違反、ですか」
ええ、と大河内は手元に下げた書類を一枚一枚めくり、その勿体ぶった態度で、進ノ介へと圧力を加えていく。
「例えば、泊巡査。貴方は機械生命体犯罪に関わる以前、同僚の早瀬刑事に怪我を負わせていますね?」
大河内が淡々と告げた。
その瞬間に進ノ介の頭には、あの雨の日の出来事が蘇った。世間がロイミュードという脅威と向き合った日、第一のグローバルフリーズ事件。
当時、捜査一課特殊班に所属していた進ノ介は相棒の早瀬刑事と共に凶悪犯の確保に赴き、争いの中で止む終えず発砲。しかし、それが不運にもグローバルフリーズと重なったことで狙いが外れ、早瀬刑事へ再起不能の大けがを負わせることになった。
「……ええ」
進ノ介は肯定を返す。だが、既に早瀬とも和解しており、決着はついている。話題に出されるものではない。自然と進ノ介の顔は強張ってしまった。
大河内は続ける。
「……貴方はその事実を鑑みて、特状課への配属前に、再三カウンセリングを受けることを推奨されていました。ですが、あなたはそれを受けなかった。そして、特状課に異動した後も、半年もの間、職務怠慢を繰り返していた。
ありていに言えば、サボっていた。これは、多くの目撃者がいます。……間違いありませんね?」
「……それは」
反論することはできない。あの時の自分は、早瀬をケガさせたショックや、左遷されたことにより意気消沈していた。それは疑いようのない事実であり、警察官としてあるまじき行動だったと、今は断言できる。
けれども、言いよどむ間に大河内は何がしたいのか、言葉を撤回した。相手の感情を上下させて、隠している本性をさらけ出せようとしているようだ。
「まあ、それは所属長である本願寺警視によって、報告と適切な指導がなされていなかったことが問題ですので。もちろん、職務態度は処分の対象ですが、当時の特状課の現状を鑑みると、警察活動への支障はなかったと判断しました」
「……それじゃあ、何が問題なんですか?」
「資質の話ですよ」
短く、強い言葉。大河内は再び白い錠剤をがりがりとかみ砕き、進ノ介へと重苦しく口を開くのだ。
「貴方には当時、強い心的外傷があったということです。……そのような人間が、『警視庁の試作型装備』仮面ライダーの装着者として選定される。そんなことは、あり得ない」
彼は警察官僚として断言する。
仮面ライダーは、ロイミュードの存在を察知した警視庁が主導し、開発した特殊装備という『名目』のもと存在した。敵の性質上、一般には伏せられていたが、その開発は正式なプロセスを踏んだと、世間には発表されている。
そして『機械生命体犯罪対策特別措置法』という、ロイミュードへの対処と、特殊装備の使用認可を明記した法案が成立し、仮面ライダーの活動とロイミュードの即時破壊は合法化された。
つまり、仮面ライダーは、法の元では国及び警察の管理下にあったことになる。しかし、
「その機密性、重要性を鑑みると職務遂行能力に疑問がある職員に供与するはずがありません。ですが、現実に貴方は仮面ライダーとして『大活躍』をした」
その事実間のギャップ。そんなあり得ない事態が起こったことの説明はただ一つと彼は考えている。
全ては嘘だったのでは、と。
「貴方が仮面ライダーとなったのは、正式な職務ではなかったのではないか。私が疑いを持っているのは、そういうことです。
貴方は指揮系統を外れながら勝手に装備を揃え、仮面ライダーとして活動した。誰の命令もなしに。その尻拭いを警察と政府は行った。
仮にそうであったなら、……それは警察官として正しいと思えますか?」
「……っ、それでも、目の前で襲われる市民を見捨てることは、警察の使命に反します!」
進ノ介は思わず声を荒げて反論する。
大河内の声は真実を内包している。実際に、進ノ介は本願寺がマスコミにリークするまでの間、謎の戦士として正体を秘匿していた。公表することを最初こそ迷ったが、人間に化けるという敵の性質、警察の不審な態度、何より協力者であるベルトさんがそれを強く拒んだことで、謎の戦士として活動する他ないと考えていたから。
だからこそ、世間に存在が認められたのを一番驚いていたのは、進ノ介自身でもある。
けれど、他にどうすればよかったというのだ。
僅かな味方以外は誰も信頼できない状況。それでも、奪われんとする命を救うためには、警察官の使命を果たすためには、仮面ライダーとして戦う他に道はなかったと、進ノ介は信じている。
だが、監察官の追及は止まらない。彼らの考え方は違う。進ノ介が現場や状況を鑑みて行った決断。それに彼等は法令に照らし合わせて裁断を下す。それが大河内達の正義だ。同じ桜の紋を背負っても、在り方には大きな隔絶がある。
「もちろん、一度目は大目に見ることができます。警察官は緊急時に必要な措置を行うことも、認められている。
……ですが、その後はどうでしょう? 貴方は所属長、つまり本願寺警視へと報告を上げておりませんね。職務執行法において定められている通り、公安委員会等への報告義務が存在するにも拘わらず」
「……警察上層部にロイミュードの仲間がいる。その可能性を考えたら、安易に報告を行うことはできませんでした」
「なるほど。蓋を開けてみれば、国防の要が敵の手に落ちていたのですから、その判断は正解だったと。……結果が伴えば法を無視して構わないと言いたいのですか?
それならば、他の案件については? 通常の職務では問題になることが山積みですよ、貴方の行動は」
監察官は、一際眼光を鋭くさせ、続けざまに問いかけてくる。
「法整備も行われていない状況で、機械生命体に用いた対抗措置。それが適正な手段だったと、貴方は考えていたのですか? 素性も知れぬ装備を用いて、碌な管理も行っていなかった。銃刀法違反を疑われても仕方がない」
「仁良光秀に関する不正を把握した後、監察に訴えなかったのは何故です? 結果、事態は大ごとになった。ご自分たちで決着をつけたのは、御父上に関する個人的な復讐に当たりませんか? また、その騒動の中、冤罪だったとはいえ、指名手配段階で出頭しなかったのは?」
「……そして、官給備品とされた装備、『ドライブドライバー』でしたか。それらを紛失したのは、重大な過失と言わざるを得ない。銃器紛失と考えれば、どれだけの罪か分かっていただけると思いますが?」
淡々と、言葉少なく、荒げられることもない声。
これが、仁良がかつて行ったような、進ノ介を挑発するための罵りであったのなら、進ノ介も立ち向かおうという気概を得られたかもしれない。
言い分は幾らでもある。あの混乱した現場にいなかったキャリア組の、難癖と言い切ることもできる。
しかし、大河内の言葉に悪意はなかった。
彼は自分に与えられた監察官という職務に従って、強い義務感で進ノ介を追及している。ならば、法令と規則に則り糾弾する彼の言葉を、切り捨てることは、警察官である進ノ介にはできなかった。
大河内はもう一度、同じ言葉を繰り返す。
「……以上の疑いを私が抱いている。その事実を認識した上で。もう一度お尋ねします。泊巡査……」
「貴方は、ご自分が真っ当な警察官だと、本当にお思いですか?」
「それは……」
同じ問いなのに、今度は言葉が続けられなかった。大河内の発言は、規則を重視するならば道理が通るもの。進ノ介自身がそれを認めているからこそ、弾劾が胸に鋭く刺さる。
どれだけ窮屈な理屈であろうとも、警察官が守ると誓わされた規則。それを進ノ介は、市民を守るためだとは言え、尊重していなかったかもしれない。
撃たれて以来、やせ我慢を重ねていた信念に、自分の非を認めると共にヒビが入っていく。
『最後に、友人が増えた……』
ハートの涙が頭をかすめる。
『彼は、仮面ライダーはただの人殺しです!!』
犯人の怨嗟が耳に木霊する。
撃たれた腹が、熱をもち、じくりとした痛みを脳に伝えてくる。
今は誰もいない。自分を見失いそうになった時に、殴ってでも正してくれた仲間も、すぐ傍にいて、力を貸してくれた相棒も。
今は、仮面ライダーが役目を終え、何事も為せない場所にいる今は。そして、あの結果を招いた自分が果たして……。
(だから、俺は処分されるのか)
そんな苦しい声が喉の奥から漏れだそうとする。諦観と絶望と、不思議な納得があふれ出しそうになる。しかし、その時になって、
「大河内君、そのくらいにしておきなさい」
穏やかな声が乱入してきた。
進ノ介が顔を上げる。一体、誰だと。視線を声の方に向けると、ドアの前に刑事部長、甲斐峯秋がほほ笑みながら佇んでいる。
それを見た途端に、大河内は苛立たし気に肩を揺らしながら、鋭い眼光を解いていった。
同時に、金縛りが無くなったように、進ノ介を包むプレッシャーも霧散していく。
「……どういうことですか?」
訳が分からず、進ノ介は大河内をにらむように尋ねた。今、病室を取り巻く雰囲気は、数秒前とはまるで違っている。あの、今にも懲戒免職が宣告されそうな緊迫感はもはやない。
大河内は三たび、錠剤を口に含むと、臍を噛んだように真実を明かし出す。
「私は貴方の活動を話題に出した時、『仮にそうであったなら』と言いました。そう言った以上、私の話はただの仮定です」
仮に仮面ライダーの活動を、非合法に行っていたのなら。
「所詮『後出し』であろうとも、特措法成立により、貴方の活動は合法化されている。本願寺警視も用意周到な方です。貴方が作成した覚えはなくとも、規則通り、活動状況は書類として纏められていましたよ。ああ、もちろん、特措法成立前に遡ってもね」
「つまり……」
「運が良かったですよ、泊進ノ介巡査。貴方は法と規則に則って活動したことになる。懲戒を下すことはありえません。……唯一、装備の紛失はグレーといったところですが、書類上は警視庁で厳重に管理していることになっていますのでご安心を」
それだけを言えばいいのに、大河内は、
「……もっとも、貴方がその認識を持っていなかったことには驚きですし、ヒーローならば模範として規律の一つでも守ってほしいという思いもあります」
なんて言葉を残していく。組織人として大局を鑑みて、従っているだけで、大河内の中には、職務違反を繰り返したことへの不信感が存在するのだろう。
一方で、甲斐はと言えば、大河内と異なり、朗らかな態度を崩さない。
「彼はああ言うが、私にとってはオーバーテクノロジーなんてものは、役目を終えた以上は厄の種。封印してくれて感謝したいくらいだがね」
めいめい勝手に語り合う、二人は進ノ介を置き去りにしていた。それを聞きながら、進ノ介は狐につままれたように感じる。彼らの言を信じるなら、大河内は通常の監察の業務のように進ノ介を調査し、追い詰めたのだ。進ノ介に罰せられる根拠は、消え去っていたにも関わらず。
そうまでした理由は一つしか思い浮かばない。
「まさか、俺にそれを分からせるために、こんな真似を!?」
進ノ介の叫ぶような声に、大河内は重苦しく頷く。
「ええ。貴方には服務規程を疑われる『可能性』があった。荒療治ですが、それを認識していただくためのものですよ」
「なんで……」
「今後、君にかかる火の粉を払うため、と言えば分かってもらえるかな?」
言いつつ、甲斐がゆっくりと進ノ介へと歩み寄ってくる。
「君は今、警察の信頼を一身に背負っている身だ。まさに、英雄。君がいてくれたことで警察組織は決定的な信用失墜に陥らずに済んでいる。
確かに違法行為を追及することも可能だろうが……。知っての通りの異常事態であったし、杓子定規に規則を持ち出すこともあるまい。また、君の影響力を考えれば、懲戒処分に出来るわけもなし」
それを行った瞬間、処分事由は公表される。仮面ライダーの懲戒処分など、市民の支持は得られるべくもなく。活動を見逃していた警察の威信が今にも増して地に落ちるのは目に見えていた。それが分からないものは、警察上層部にいるはずがない。
ただ、この世には変わった信条を持つ者もいる。ヒーローを信奉するだけに留まらず、粗探しをして、天から引きずり降ろしたがるのも人間というもの。
今回の犯行声明のように。
「幸いにも、あの犯人の声明は与太話扱い。世間の支持も受けていない。だが、ゴシップを好み、重箱の隅をつつく輩は、どこにでも存在するのが事実だ。我々がコントロールしようとしても、君へ追及が伸びる危険もある」
「仮面ライダーの活動は法的に危ない橋を渡っていた。それも事実ですからね。そして、追及された際に、曖昧な対応をされたら。警察どころか、政治中枢も吹き飛ぶ大スキャンダルとなりかねない。今も、外ではマスコミが手ぐすね引いて待っています。
怪我人相手に申し訳ないとは思いましたが、今しかなかった。万が一に備え、予行演習が必要だと考えました。貴方に今後、何を聞かれても、法に則って活動したと、そう言っていただくために」
「……その時は、俺に嘘をつけって言うんですか?」
大河内の物言いに、進ノ介は苦い思いを感じてしまう。しかし、大河内達は進ノ介のこだわりを一蹴してくる。
「法律上、嘘でもなんでもありませんからね。後出しだろうと許可された行動を貴方はとったのですから。その時が来たならば、冷静に。そう頼んでいるだけです」
「難しいことはないさ。我々が今の君に求めるのは『黙っていてほしい』。ただ、それだけなんだ。それだけをしてくれれば、君を守ると約束しよう。
君は理想の警察官として、ただ在ってくれればいい」
進ノ介は心の怒りを抑え込むのに必死だった。峯秋の物言いは進ノ介にとって納得しがたいものだったから。
その一方で、返す言葉もなかった。
自分の影響力が、意志とは離れて大仰な物と化してしまったのを、この数か月で嫌というほど進ノ介は思い知らされていたから。
街中に出れば、たちまち人だかり。右京に苦言を言われた回数は数知れない。皆が自分を理想の警察官として見てくる。正義の味方だと認識している。
自分が下手な追及を受ければ、身近な人間だけでなく、所属する警察の名を汚すことも嫌というほど簡単に想像できた。そして、薄々と感じていたが……。
今、進ノ介ははっきりと、自分の名前が泊進ノ介から『仮面ライダー』になってしまったのだと理解してしまった。一刑事ではなく、正義の体現者が求められているのだとはっきりとわかった。
だからこそ、何もしないで大人しく英雄然として欲しい。上層部はそう考えている。偶像として、象徴として、一点の曇りもないヒーローとして。
「……だから、俺は特命係に飛ばされたんですか?」
進ノ介がうつむきながら、ぽつりと零す。
進ノ介を刑事にするには、世間に出すには危険だと判断した。いつどこで粗を見せるか分からないから。だから、捜査権がない特命係への異動を行った。ぼろを出さないよう、飼殺すために。進ノ介はそう考える。
だが、大河内はその言葉を聞くと、やれやれとでも言いたげに首を横に振り、否定するのだ。
「馬鹿を言わないでください。仮に私が人事を任されたなら、貴方の配属先は広報課です。広告塔として貴方は最高の人材ですから。……万一にも特命係へと送るなどと言うことは、あり得ない。
どうやら貴方は、杉下右京という男の危険性と能力をまるで分かっていないようだ」
「……どういうことです」
「彼は警察組織の異端であり、忌み嫌われつつも、不可欠な劇薬。特殊な装備など無くとも一組織と戦え得る諸刃の剣だ。そんな特命係へ、もう一つの劇薬である『仮面ライダー』を放り込む。正気の沙汰じゃない」
「それじゃあ! どうして俺は特命係にいるんです!?」
「上には上の思惑がある。そういうことでしょう。私とて、知れるものなら知りたい。……ともかく、貴方はこの事件が集結するまで大人しく待っていてください。それが警察の総意です」
そう言い残し、大河内と甲斐は踵を返して部屋を出ていこうとする。
だが、
「ちょっと、待ってください!!」
進ノ介はとっさに彼らを呼び止めてしまった。彼等の述べた進ノ介の『罪』の羅列には、彼を最も苛む事項が抜けていたから。進ノ介には誰かに尋ねずにはいられなかった。
「大河内さん、さっき、なんで追及しなかったんですか? 俺はロイミュード達を倒した。それは、もしかしたら」
「……自分が人を殺したなどと言いたいのですか?」
頷きはせず。だが、進ノ介の頭の中には、次々にロイミュードの顔が浮かんでいく。人間の悪意に翻弄され、罪を犯し、消え去っていった悲しい種族が。
一方、大河内達の顔に浮かんだのは、むしろ、進ノ介を気遣う感情だった。
「こんな時に追及した私が言えた義理ではありませんが、貴方はまず休むべきです。あの犯人の妄言に感化されるべきではない」
「けど、ロイミュードは……!」
なおも言いつのろうとする進ノ介。だが、甲斐は諭すように、当然のように、進ノ介の感傷を切り捨てる。
「彼らはただの機械だ。例え人とどれだけ似てようと、ただの器物。適切に破壊した君を、人殺しと呼ぶ者は他にいないさ」
個人の感情はともかくとして、罪科を規定するうえで、命と人権を認めるのは法だ。
ロイミュードが法的に命として扱われない以上、一個人が人間と同等に扱おうとも、器物は器物。それも人に危害を加える暴走した危険物。それを法の下に破壊した進ノ介に罪はない。けれど、
「たとえ、そうだったとしても。……俺にとっては」
ブレンは、メディックは、ハートは……。チェイスは、命ではなかったなんて。
進ノ介に納得できるはずがなかった。
杉下右京が吹原かおりの住居を訪れたのは、大河内達がまさに進ノ介を訪問している間だった。彼は規制線が貼られた古びた一軒家をのんびりと眺めると、手帳を見せながら中に入っていく。
その中身はどうなっているかと言われれば、
(……特に変わったものはありませんね)
右京は内心でごちる。例えば、生活が非常に荒れているような様子はない。ドラマでよく見られるような進ノ介に関する資料が一面に貼られているということもない。そして、
「……なるほど」
「なるほど、じゃないですよ! 警部殿!!」
足を延ばした居間では、伊丹達が畳をひっくり返していた。
「伊丹さん、芹沢さん、どうも。何か手掛かりは見つかりましたか?」
「それが見つかったら、こんなことはしてませんよぉ……」
「情けねえ声を上げるんじゃねえ、芹沢!」
「でも、丸一日も探して、何も見つからないんですよ? 鑑識は引き揚げちゃったのに先輩が何が何でも探すっていうから」
芹沢が目を潤ませながら眺める吹原家は、整然としていた。いや、そういえば聞こえは良いだけ。むしろ、
「確かに、生活感も感じられませんねえ。……意図的に痕跡を消し去った。立つ鳥跡を濁さず、というところでしょうか」
「ふんっ、ま、これから人を殺そうってヤツが証拠を残して出ていくわけもねえよな!」
伊丹が憤懣やるせないという顔で、畳を叩き落とし、芹沢ともども、埃にせき込んでしまう。
「もうっ、乱暴だなぁ……。寝室や客間も同じですよ。家具以外の身近なものは処分していたようです。ただ、ちょっと例外なのが……」
「はい?」
そうして芹沢が案内してくれたのは、一軒家の奥。一室だけ、鮮やかなほどに生活感を残した部屋があった。そこには主婦の趣味はなく、家具や壁紙は男性的。本棚には漫画本が並べられている。
「なるほど、ここはご子息のお部屋ですか」
「……ええ。近所の話だと、息子の健輔は高校時代に家を飛び出して、それが一年前、いきなり戻ってきたそうです。で、それからしばらく、親子水入らず。この部屋で暮らしていたようですよ。その間、アルバイトやら何やら」
「調べたら、その息子、けっこうな借金を抱えてたみたいです。賭博癖が祟って。それで母親に泣きついたってところでしょう」
伊丹と芹沢は、不思議と素直に情報を渡してくれた。
右京はそれを聞きながら、本棚を見つめ。一番下の段にあった分厚い本を取り出す。
「ああ、それ。ただのアルバムですよ。手掛かりも何もなし!」
「そうですか。……ですが、僕には少し、興味がありますので」
そう言いながら、右京はページをめくっていく。構成は一般的なアルバムと変わらない子供の成長記録。
病院だろう、白いシーツに包まれた赤ん坊の写真。父親と母親に囲まれながらヨチヨチ歩きをしている写真。少し成長して、幼稚園の制服に身を包んだ姿。
だが、父親の姿が写真から消えてから、子供の顔から笑顔が消えていく。傍らで、大切そうにその肩を掴む母親の顔からも。
化粧も薄く、くたびれるままに任せ、やつれていく母親。
(……そして、長い断絶)
写真がいったん途絶える。
二人の記憶の空白を表すような、いくつもの白紙のページ。それを残している彼女の心情を図ることはできないが、それでも空虚な印象を強く与えてくる。そして、
「これが一年前の写真でしょう。ここだけ、真新しい」
「……そうなんじゃありませんかね?」
右京の見つめる写真では、幸せそうな親子がいた。息子は大きく成長し、どこか派手派手しい格好で陽気に母親の肩に手を回す。一方で母親も、かつての写真とは様変わりしていた。
顔に活気があふれ、綺麗に化粧も施し、息子に添えた手にはマニキュアまで塗られるようになった。命が吹き込まれたような、大きな変化だ。
それを最後に、親子の記録は完全に消えた。
右京はアルバムを閉じると、それを手に持ったまま、中空を見つめるように思想にふける。そうして、アルバムを本棚に戻すと、彼は部屋をぐるぐると見回し始めた。
次第にその動きが大きくなって、小さな箱の内側まで無遠慮に探し始めて。
そして……。
「おや」
右京は部屋の隅に置かれていた小綺麗な小箱を手に取る。無遠慮に開け、中身が何もないことを確認し。しかし、振るとカラカラと小さな物が動く音。
二重底だ。
底蓋を取り外すと、そこには小さなピンクのマニキュアが置かれている。書かれたブランドは高級品。
「……あの写真のマニキュアは、これでしょうか?」
新品ではないようだ。使った痕跡がある。それを注意深く観察しながら、誰に尋ねるでもなく右京は不思議そうに言う。そうしているかと思えば、突然に視点を変えると、伊丹へ話しかけるのだ。
「伊丹さん」
「はいはい、なんでございましょうかー? って、なんか見つけてやがる……」
「事件前の彼女の様子について、何か証言は?」
伊丹はそれを聞くと、一瞬むっすりと眉をひそめ、渋々と口を開いた。不機嫌でありつつ、やはり、いつもと比べると協力的な様子。伊丹はぶっきらぼうに言う。
「息子の事故以降、引きこもりがちだったようですよ。仕事もやめて、貯金を切り崩す生活。息子が死んだんだから、そうなる気持ちは分かりますがね。けれど、」
「半年ほど前、まあ、あの映像で本人が言っていた時期は、元気に外出してたみたいです。ご近所の証言だと、だいぶ病的にやつれていたけど、表情は明るかったって。ほんとに機械生命体と同居してたんですかね」
「俺の台詞取るんじゃねえよ!!」
「なるほど、どうもありがとう」
そう言うと、右京はもう一度マニキュアを見て、頷きつつ、それを袋へと丁寧にしまい込んだ。
「……そんなの、何か証拠になるんすか?」
芹沢には、ただのマニキュアにしか見えなかった。
「それはまだ分かりませんが、いささか気になったもので」
右京はただ微笑み、それを手にしたまま部屋の外へと出ていく。何をするでもなく、歩くまま。あるいは、そうしながら住んでいた人々の暮らしへと思いをはせるように。淡々と右京は言葉を紡いでいく。
「なぜ、吹原かおりは泊君襲撃に至ったのか。共犯は誰なのか」
「角田課長が言ってた、例の越谷って男か。それとも、他の思想集団か。それに、例の機械が息子代わりをしていたってのも、わけわかんねえ」
「そうですよね……。だって、あのロイミュードって、悪人ばっかりコピーしてたって話でしょ? 村木だったり、コップキラーだったり、真影議員とか」
「泊君の話では、いくつかの例外があったようですが、彼らが悪の心に惹かれる性質を持っていたのは確かだったようですね」
「つっても、息子の犯歴は軽犯罪ばっか。問題は借金をかなり抱えていたくらい。言っちゃわりいが、どこにでもいるぞ、そんな奴。
……全部、あの女の妄想なんじゃねえのか?」
伊丹の言葉を聞きながら、右京はもう一度、手に持ったマニキュアへと視線を移し、思案気に視線を鋭くする。繰り返すように流れる、事件の流れ。だが、それを解決する上で必要なピースが未だ埋まっていない。
「なぜ、健輔君は家へと戻ったのでしょう。借金から逃れるためか、寂寞の念が強まったか。彼女の言葉が正しいなら、なぜ、ロイミュードは健輔君をコピーしたのか。
……あるいは、事件の根幹はそこに在るのかもしれません」
しかし、その疑問に答える者はなく。彼等の準備が整う前に、新たな魔の手が伸びようとしていた。
仮面ライダーが相棒世界に存在したならば……。
そのように考える上層部がいてもおかしくないのではないでしょうか?
さて、物語も折り返しです。次回もどうかお楽しみに。