相棒 episode Drive   作:カサノリ

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ここまでの状況のまとめ

泊進ノ介が何者かに襲撃された。幸いにも進ノ介は一命をとりとめるが、立て続けに病院にて追田警部の車が爆破され、犯人を名乗る女性は息子になったロイミュードの復讐のため、進ノ介を狙ったと語るのだった。捜査が進む中、協力者として、元ネオシェード関係者の名前が挙がるも、行方は掴めない。

そんな時、回復した進ノ介のもとへと監察官の大河内が現れ、進ノ介の仮面ライダーとしての活動が、服務規定に違反すると糾弾した。

自身のこれまでに疑問を抱いてしまった進ノ介。そんな彼らに犯人の次の手が迫ろうとしていた。


吹原かおり
:犯行を自白した女性。動機として、死亡した息子をコピーしたロイミュードを仮面ライダーが倒した復讐だと語っている。

吹原健輔
:かおりの息子。非行に走っていたが、更生したのか、実家に戻りかおりと共に生活していた。一年前に交通事故で死亡。彼をコピーしたロイミュードが存在したというが……。

越谷伏美
:進ノ介が壊滅に関与したネオシェードの元幹部であり、金庫番。事件前後、複数の勢力の間を動き回っていた。

両島医師
:進ノ介の執刀医。


第十話「機械人形への鎮魂歌 V」

 息子は突然の帰宅でした。私は理由も聞きません。どうでもよかったんです。ただ傍にいてくれる。家族に戻ってくれた。それだけで満たされていました。

 

 彼は少し派手好きになっていましたが、昔と同じ料理が好きで。癖も変わっていません。そして、昔よりも優しく私と接してくれました。……爪のお手入れの仕方、化粧の方法。アルバイト先で勉強したのだというそれらを私に教えてくれたんです。

 

 浮かれていました。

 

 幸せでした。

 

 今度こそ、この子を幸せにするのだと、決意しました。

 

 けれど……。

 

 事故死だったんです。

 

 好きだったバイクを乗り回して、運転ミスをしたのだと、警察官が淡々といったのを覚えています。すごく冷たい言い方でしたね……。

 

 けれど、私は目の前で黒い布に包まれている存在が、自分の息子だとは到底思えませんでした。無理を言って開いてもらうと、黒焦げの炭の塊としか思えなくて。ガソリンが燃えてしまったのだとか……。良くは分かりません。

 

 私は息子を永遠に失ったのです。

 

 何が悪かったのでしょう。もっと、私にはできることがあったと、後悔しても、しきれませんでした。

 

 そして、何度も自殺を考えていた私の前に、彼が現れたのです。

 

 

 

 相棒 episode Drive

 

 第十話「機械人形への鎮魂歌 V」

 

 

 

 沢神りんな博士がようやく帰国したのは、二十九日の朝だった。元々は進ノ介の銃撃を聞きつけ、飛んで戻ろうとしていた彼女。だが、進ノ介に続いて追田警部が狙われたことから、状況は一変した。狙われているのが元特状課だということがはっきりした以上、りんなもターゲットである可能性が高い。

 

 警察としてはこれ以上の失態は犯せない。まして、日本の将来を担う天才科学者を狙わせるわけにはいかなかった。

 

 当然、彼女の安全に配慮した対策が取られる。中には米国に逗留させておけばいいという意見もあったが、いくつもの重大な研究が任されている状況でそれはならず、却下。捜査本部による会議の結果、彼女の帰国は極秘裏にいくつものダミーを用意した厳戒体制の下で行われることになったのだ。

 

 場所は成田空港。

 

 年明けを海外で過ごそうという家族連れ、または、年越しくらいは祖国で過ごしたいという海外勤め。そのほか、旅行目的の外国人など、様々な人々が集まって雑多な中にある日本の玄関口。

 

 その入国ゲートから、帽子とマスクで顔を隠し、ひっそりと女性が出てきた。恐る恐る、慣れない格好に引っ張られながらゲートの外に出てくる彼女。

 

 瞬間、彼女を囲むように背広姿の男たちが足早に集まってくる。女性は、変装したりんなはそんな彼らに当然警戒し、体を固くする。だが、その男たちの中に見知った四角い顔を見つけたことで、息を吐いた。

 

「……はぁ、誰かと思ったらゲンパチじゃない!」

 

 ばしりとハンドバッグで追田警部を叩くりんな。言葉とは裏腹に、彼女の顔には安堵と親愛の情が浮かんでいた。一方で、久方ぶりの再会となった同僚兼、友人兼、密かに交際未満の関係である女性へと、追田も巌の様な顔を崩して笑いかける。

 

「悪いな、センセ。ここからは俺たちが護衛役だ。しっかりエスコートさせてもらうぜ」

 

「なーんで、狙われてる本人も加わってるのか、分かんないんだけど?」

 

「そりゃ、俺が志願したからな! センセが狙われてるってのに、俺が動かないわけにはいかないだろよ!」

 

 言いつつ、どんと追田は厚い胸板を叩く。りんなが言った通りに、自分も爆弾で狙われたばかりだっていうのに、元気なものである。ただ、本人は良いと言っているようだが、現場や上層部はそうは思ってはいなかったよう。周りの警官たちが追田の物言いに一斉に苦い顔をする。それを見て、りんなには追田がどれだけ頑強に参加を主張したかが伝わってきた。

 

「まったく、相変わらず無茶ばっかしてんだから!!」

 

 もう一度、追田の背中にハンドバッグを一撃。りんなは、そんないつも通りの熱血刑事の姿に呆れてしまうが、同時に傍にいることに強い安心も覚えた。りんなは二度もぶつけたバッグを追田に預けながら、快活に笑う。

 

「ゲンパチのエスコートってところは少し不安だけど、お願いするわよ?」

 

 こうして、沢神りんな博士の護送計画は、順調な出だしを迎えた。しかし、正念場はここから。彼女を車に乗せ、用意した隠れ家へと送り届けるまで任務は終わらない。追田とりんながお互いに簡単な近況報告をし、緊張をほぐしている中、追田の後ろから動きやすいスーツをびしりと着込んだ男性が出てきた。

 

 彼は警察手帳を見せながら、りんなへと頭を下げる。

 

「お話し中、失礼します。警備部警護課の村上です。今回、沢神博士の警護の現場指揮を任されました」

 

 言いつつも、表情を全く変えない屈強な男性だった。追田を除いた警察官達は全員が村上の部下であり、要人警護に秀でたSPだという。その誰も表情の変化は多少はあるが、人間味はそれくらいで直立不動に身じろぎもしない。

 

 りんなが出会い、親しくしてきた警察官と言えば追田に進ノ介に、霧子、本願寺と親しみがあり、時に愉快な面がある人間たち。それと比べると、目の前の男達はかなりタイプが違うと言えるだろう。

 

 りんなはそんな男達に少々気圧されながらも、頭を下げた。少しだけやりにくさを感じるが、自分を守ってくれるという人間に誠意を見せたかったから。そうすると、少しだけだが、男たちの顔に柔らかな表情が広がっていた。

 

 村上が咳ばらいを一つし、全員を見回しながら告げる。

 

「……それでは移動しましょう。お伝えした通り、今回の護送は警護課の一部のみで計画を進めています。万が一にも心配はないでしょうが……。速やかに、セーフハウスへとご案内します」

 

 一同はりんなを囲むように移動を始める。未だに人通りは多く、さりとてスーツで物々しく囲んだ集団は珍しい。だが、そんな雰囲気の集団に近づくものは当然におらず、りんな達はすぐに、外に駐車された警察車両へとたどり着くことができた。

 

 黒塗りの防弾使用の車両。犯人がライフルを使用したという事実から、必要な準備でもある。

 

「ここで少々お待ちを。佐々松」

 

「はっ!」

 

 警護課の一人がりんな達から少し離れて車両点検を始める。追田を含めて、彼らが乗ってきた車でもあり、安全が確保されているはずの車。点検は村上が語った通りの万が一を危うんでのことだった。

 

 しかし、その万が一が現実になる。

 

 佐々松刑事が何事かに気づき、顔を上げた次の瞬間だった。爆音と衝撃を伴いながら、車両が爆炎に包まれた。

 

 吹き飛ばされそうな風と音。

 

 離れた位置であったのに、りんなの耳はびりびりとつんざかれ、体はよろめかされる。何が起こったのかは、りんなには分からなかった。

 

 ただ、煙に包まれた視界の先で、点検を行っていた佐々松刑事が、爆発で吹き飛ばされたまま体をぴくりとも動かしていない。その腹部から赤い血が漏れ出していくのを見て、りんなの顔からも血の気が引く。聡明な彼女の頭脳も、突発的な事態においては上手く働いてはくれなかった。

 

 だが、周りを囲む警官たちはプロとして訓練を受けている。村上を中心にまとまった面々は、一筋の汗を流しながらも構えを解くことなく拳銃を抜き出し、りんなの手を取って後退を始めた。追田はりんなをかばうように大きな体で彼女を覆い、強く手を握りながらエスコートする。

 

 そして、村上がトランシーバーに向かって叫んだ。

 

「緊急事態発生! 車両に爆弾が仕掛けられていた!! 対象と共に避難を開始する! 応援と車両を早く回してくれ!!」

 

 有事に備えて、空港周辺には増援の警官を配備していた。数分もせずに装備で固めた刑事たちがやってくるはず。その説明を耳に入れながら、追田は顔をしかめる。彼の頭には、一つの疑問が浮かんでいた。

 

(……いったい、どこから情報が漏れた!!?)

 

 状況は前回、追田が狙われた時と同じだ。車両に爆弾が仕掛けられ、近づいた時に爆発させるという単純かつ、効果的な罠。だが、それを成功させるのには一つ、高いハードルを越えなくてはいけない。

 

 ターゲットの行動を読むこと。

 

 追田が襲われた時、犯人にとっては彼の行動は読みやすかっただろう。進ノ介の搬送先を突き止め、そこにやってくる人間から特状課関係者を狙う。

 

 だが、今回はどうだ?

 

 警察も、りんな達が狙われていると分かった以上、情報の取り扱いには細心の注意が図っていた。護送計画は専用のチームを立てて、ごく一部の身内の間でだけ共有されていたし、究のスマホがハッキングされていたことを考えて、データ通信も使用していない。

 

 それなのに、なぜ?

 

 今回の犯行は、りんなの到着時刻、場所を知り、待ち構えていなければ不可能だ。必ず情報の漏洩があった。しかし、その疑問を考える暇は今はない。状況は連続的に悪化していった。

 

 背を屈ませながら空港へと逃げ込もうとする一同。そんな彼等の進行方向。路上駐車されていた車が爆散した。

 

 距離が離れていたため被害はなかったが、ガソリンが着火した強烈な臭いと粉塵に、全員の視界が不明瞭になる。犯人は彼らの行動を読んでいる。むしろ、それを楽しむように、動くたびにポンポンと、小規模の爆発まで続く。

 

「くそっ! 遊びやがって!!」

 

 こうなってしまっては、りんなを囲みながらもその場を動くわけにはいかなかった。どこに爆弾が仕掛けられているか分からない以上、下手な移動は逆効果。そんな一行のもとへと、さらなる『贈り物』が届けられる。

 

 りんなは手のひらで口と鼻を塞ぎながら、かすむ視界の先でそれを見た。

 

(……かばん?)

 

 放物線を描きながら、彼等の頭上に飛んできた皮の旅行鞄。二度もの爆発を経験した今、あまりにも不釣り合いな飛行物体にりんなは呆然と、刑事たちは一斉に顔色を変える。

 

 このタイミングでの投射物など、爆弾以外には考えられない。

 

 咄嗟に動いたのは、追田警部だった。彼はロイミュード事件で見せたようながむしゃらな動きで頭上に迫ったかばんにつかみかかり、続く動作で、

 

「間に合えぇえええええ!!」

 

 叫びつつ、かばんとりんな達を引き離そうとする。追田は無我夢中だった。刑事としてだけでなく、一人の男性として、りんなを守るために必死だった。たとえ、自分が死ぬことになろうとも、本望だと決意していた。

 

「ちょっと何やってんの! ゲンパチ!?」

 

 後ろからりんなの金切り声が響く。だが、止まるわけにはいかない。

 

(追田源八郎、ここで漢を見せずにどこで見せる!!)

 

 あわよくば爆発の前に遠くへとかばんを投げ出せるように……。

 

 しかし、

 

「っ!?」

 

 彼にとっては幸いにも、そして、一同にとっては不幸なことに。かばんから噴き出したのは、莫大な量の白い煙だった。隙間から空気が漏れだすような薄い音と一緒に、その場に広がっていく感覚を刺激する催涙ガス。間近に受けた追田警部だけでなく、りんな達まで、そのガスにより視界と感覚を奪われていく。

 

 手も足も出ないとは、言葉通りだろう。りんなに関する情報が漏れ出たのが致命的だった。動きを封じられ、感覚を封じられ。刑事たちはりんなを囲み、手を掴んで安全の確保を行おうとしたが、犯人の魔の手は尚も伸ばされる。

 

 うずくまった村上達が首元に感じた強烈な刺激共に、彼等の意識は混濁し、体は次々と自由を失って倒れていく。

 

 数分後、意識を取り戻した刑事たちは、りんなと追田が消え去ったことに気づくのだった。

 

 

 

 村上刑事達からの緊急連絡を受け、捜査本部は騒然となった。情報を封鎖し、護衛を付けた上での移送。彼らがりんなに語ったように、万一にも悟られるはずはなかった作戦であった。それなのに、見事に犯人達には行動を読まれ、出し抜かれた上に護衛対象を強奪された。捜査官に殉職者が出なかったのは不幸中の幸いと呼べるかもしれないが大失態には間違いない。

 

 さらに深刻な問題は、

 

「これは、大変なことになりましたよお……」

 

 警視庁の管理官執務室。そこを仮住まいとしている本願寺は、捜査本部に加わることもできず、武骨な護衛に囲まれながら、顔をしかめていた。彼が視線を落とした先、携帯には暗い部屋が写っている。そこにいるのは二人の人影であり、そのどちらもが彼の大切な部下達だ。

 

 数十分前、警視庁に送り込まれた一本のビデオレター。

 

 そこには、椅子に縛られたりんなと追田が映し出されていた。猿轡をかまされ、後ろ手に縛られる格好。安心材料としては、追田が今にも椅子が壊れんばかりに体を大きく動かしていること。命は現状、無事のようである。

 

 さて、そのようなビデオレターを送り込んだ人物は誰か。などと言うことは考えなくても良かった。撮影者である吹原かおりが画面に現れ、自身の要求を発表したのだから。

 

『午後三時に泊進ノ介を寄こせ』

 

 同時に、一つの座標を示した。場所は都内近郊の廃工場跡。すぐに付近を巡回中の警察官が向かったが、今の段階では人気は存在しない。そこへと進ノ介を連れて来いと、彼女は言う。

 

 当然、その動画を受けて、捜査本部は喧々諤々の大騒動となった。彼等の見解も、犯人は吹原かおりで間違いなし、としている。だが、単独犯ではなく複数犯であるとの見方が大勢だ。成田空港での犯行は爆弾を扱い、複数の警護を制圧したうえでの拉致。準備といい、周到さといい、共犯の存在を疑うべくもなかった。

 

 となると、対応も変わってくる。犯人が単独なら、最悪の場合、取引に来た彼女を力押しで制圧するという選択がある。だが、複数犯の場合、二人いる人質を分割し、もしもの時のオプションに使うこともある。彼女を制圧した時、残った人質がどうなるかは想像に易い。

 

 この段階で、共犯者が特定されず、数や規模が分からない。それ故に、効果的な対策を打てずにいた。

 

「……泊ちゃんを差し出すなんて論外。かといって、りんなさんと追田警部を見捨てることも当然、出来ません」

 

 片や日本の未来を担う科学者。もう一人は警視庁の優秀な刑事。私人としては当然、全員の命を優先したいというのは本願寺の願いである。だが、一警察官僚としての考えも、二人が殺害された場合の影響は深刻だと判断する。

 

 もし、最善の解決策があるならば……。

 

「なんとか、犯人を説得できないものでしょうか……」

 

 一人ごちる本願寺に、護衛の警察官たちは何ともいうことができずに沈黙した。彼らも、本願寺さえも言いつつ、その可能性をあり得ないと考えていたからだ。目的が金銭や何事かの政治的主張であれば、交渉の余地があっただろう。だが、少なくともかおりの目的は個人的復讐。

 

 ロイミュードを奪われた復讐というのは、本願寺にも理解はできなかった。だが、懸命な捜査の結果、確かに彼女の息子の死後、死んだはずの健輔氏が少ない人数にだが目撃されていた。それも、かおりと共に。

 

 動機と進ノ介への殺意は本物だと見られている。なお悪いのは、声明でも分かる通り、彼女が世間の認知を求めていないこと。理解や見返りを求めることなく、次なる過激な行動に突き進んでいる。犯人が複数犯だとして、彼女に同調しているなら、同様に交渉の余地は少ないだろう。

 

(こういう犯人こそが、一番厄介ですね。泊ちゃんが向かった瞬間、爆弾を抱えて自爆をしかねない。名前と顔を出した大胆な行動。命を捨てる覚悟も、きっとできている)

 

 既に仕事を辞め、家財を整理し、家族もいない。全てが終わった後に自分で決着をつけるだろうことは、容易に想像できた。

 

 携帯を置き、胸につけた青紫のネクタイを締める。今日のラッキーカラーと、柄はラッキーアイテムのトランプ。そうした物を身に着けて、無事に事件が解決するのを祈りながら、大きくため息を吐く。

 

 こういう時こそ、自分の能力がもどかしい。

 

 本願寺も強い正義感を抱き、事件解決を願う警察官の一人だ。だが、彼はキャリア組。長く現場で活躍したわけではなく、その能力に乏しい事を自身で認識していた。

 

 だからこそ、長いキャリアの中で、本願寺はより良い警察組織構築へ向けて動いてきた。土台作りや、コネクションの広げ方、組織作りには自信があって、それによって現場で働く警察官が少しでも働き良いように、と。

 

 その成果を卑下するつもりはない。だが、もしもと考えずにはいられない。自分にも泊進ノ介の様な勇敢さと聡明さがあれば。仮面ライダーのようになれたら。量産型装備を使って、仮面ライダーに成ろうとしたのも、今思うとその憧れに突き動かされたからだろう。

 

 今、自分にできることは少ない。だからこそ、

 

「……泊ちゃん達なら」

 

 本願寺は、かつての自分とクリム・スタインベルトが期待した、いや、それ以上の働きで世界を救った部下たちに期待を託す。きっと、彼等なら真相を暴き、事件を無事に終わらせることができると。

 

 

 

 しかし、そんな本願寺の期待を知る由もなく。泊進ノ介は突如、病院から姿を消してしまったのだ。

 

 

 

 人生、悪いことが重なる日がある。朝に転び、昼にぶつかり、夜に病になる。不幸の連続が続いたり、何をやっても上手くいかない日というのは、確かにある。

 

 大概の場合、それは何でもない日々の失敗として、次の日には笑い話になったりもするのだが……。

 

 進ノ介の失踪は、警察にとって最悪のタイミングで発生してしまった。

 

 要因はいくつかある。進ノ介襲撃からこちら、絶えず張り付いていた霧子が小休止を入れていたこと。仕事納めやら何やらで病院に急患が殺到し、スタッフも疲労困憊していたこと。警護の刑事達が新たな襲撃という急報に対応するために、一時的に人員を減らしていたこと。

 

 そうして進ノ介から注意がそれた一瞬があり、気が付いた時には、進ノ介は病室から姿を消していたのだ。

 

『すぐに戻る。心配しないでくれ』

 

 という霧子に宛てたのだろうメモを残して。そして、当の彼女は、そのメモを思い切り拳で握りつぶしていた。

 

 不甲斐ない。

 

 心によぎるのはその一念だ。 

 

 失踪時の状況に残されたメモから、犯人による拉致の可能性は少ない。進ノ介は自発的に、病院から姿を消した。彼とて立派な一警察官であり、今、この警備体制の中で自分の失踪がどんな迷惑を及ぼすのか、考えが至らないほど子供ではない。

 

 ということは、猶更、進ノ介の失踪に足る大きな出来事が起こったということ。

 

 霧子は昨日、大河内らが来襲し、進ノ介を散々に詰問していったことを思い出す。詳しい内容は、進ノ介が断片的にしか教えてくれなかったので、知ることはできなかった。だが、進ノ介の思考の渦の中に取り残されたような、沈鬱とした表情から、彼が強く思いつめていたことだけは分かっている。

 

 自身を狙った事件の発生、動機は仮面ライダーへの復讐。当時の活動を言外に非難し、理想を押し付ける警察組織。

 

 立て続けに起こった時、進ノ介でも心がいっぱいになってしまうのは仕方ない事と思えた。

 

 世間一般で言われるよりも、進ノ介という人間は繊細な心を持っているのだから。これまでも、大きな失敗や転換の後には心にブレーキをかけてしまうことがあったように。

 

「私が、もっとしっかりしていれば……!」

 

 でも、なんと言葉をかけて良いか、霧子にはまだ分からない。だから、話を聞きつけた右京が病院に到着した時、霧子は焦る表情を隠そうともしていなかった。

 

 彼はいつもと変わらぬ様子で霧子の様子を認めると、静かに言う。

 

「……泊君が、姿を消したと聞きましたが?」

 

「っ、ええ、その通りです」

 

 霧子は絞り出すように、自分の無力を嘆くように頷く。そのままうつむき、表情を手で隠して大きく息を吐いた。今は、気持ちを取り繕うことすらできなかったから。

 

 右京はそんな彼女を無表情に見ていたかと思うと、次にゆっくりと考え込むように病院を見回し始める。そうして語りだしたのは、

 

「それにしても、この厳重警戒の病院から、よく抜け出せたものですねえ。怪我は治りかけていたとはいえ、その体力は流石、と言えるでしょう。……行き倒れ等の心配はしないでも良さそうですが?」

 

 そんな、どこか的外れな言葉だった。

 

「もしかして、その言い方で励ましているんですか?」

 

 霧子は斜め上を見上げるように、右京に非難の目を向ける。やはりというか、なんというか。この警部の考えることは少しだけずれているようだ。右京は霧子の言葉に少しだけ肩をすくめると諭すように言う。

 

「……しかし、状況が状況です。泊君も何の用もなく、病院を抜け出すほどに思慮が浅いわけではありません。何か、彼を追い詰めるようなことが起こったのではないですか?」

 

「……」

 

 霧子は考える。果たして杉下右京という人間は信用できるのか。進ノ介の深い悩みを明かしても大丈夫だろうか、と。

 

 そして、数瞬で彼女の感情は肯定を返した。

 

 進ノ介が不本意にも特命係に飛ばされて、早数か月。その中でなんだかんだと杉下右京と泊進ノ介が事件を共に解決してきたのを霧子は見てきた。右京の少しばかり奇妙な人間性と人並外れた頭脳も、既に分かっている。

 

 それに加え、りんなや追田、他の頼りになる者がいないことで、猫の手を借りたいという心理が働いたのかもしれない。霧子は右京へと前日の出来事を語ることに決めた。

 

「なるほど。大河内さんの意見は、彼の本音も混じっているのでしょうが」

 

「やっぱり、杉下さんも会ったことがあるんですね……」

 

「かれこれ、十数年になります。色々とお世話になってきました」

 

 ともあれ、と話を聞いた右京は頷きを一つ返し。

 

「おそらく、タイミングから言って、彼らの来訪が泊君の悩みを深めたのでしょうねえ。詩島刑事、泊君の向かった先に心当たりは?」

 

「思い当たるのは、いくつか。例えば、特状課が設置されていた久瑠間運転免許試験場に、グローバルフリーズの時、事件を追いかけていた工場地帯。そういった場所に、きっといると思います」

 

「時間もありません。手分けして回っていきましょう。詩島刑事、リストを送っていただけませんか?」

 

「……分かりました。何かあったら、私に連絡をください。私も旧特状課から探しに行きます」

 

 最後に少しの逡巡を見せて。それでも霧子は右京にも進ノ介を託した。仮にも二人だけの特命係なのだから、彼の悩みを晴らしてほしいと期待を込めて。

 

 

 

 あの時のように、雨が降り出していた。

 

 しとしとと冷たい雨が。冬の寒さをたっぷり沁み込んだ水の粒が、乱雑にまとめた服の上から体に伝ってくる。病み上がりの体にとって良かろう訳はないが、それでも、この場所から立ち去ることを進ノ介は良しとしなかった。

 

 今、彼の目の前には何もない。

 

 かつての友が亡くなった痕跡が、だ。遺体も、血痕も、少しの傷跡さえも。

 

 刑事だからこそ知っている、生命の跡を残さないままに彼は消えていった。光の粒になって消えていったのだ。悪の機械というには綺麗な姿で。最後には自分達を助けてくれたのに、もはや汚名を返上する機会すらない。

 

 彼は、穏やかに、涙を流しながら消えていった。

 

 それでも、

 

「……お前は、この世界で生きていたんだよな」

 

 進ノ介は既に解体された特防センタービル、その跡地で地面を見つめ、静かに言葉を零していく。

 

 小さな、それでも重い言葉を自分に戒めるように。問いかけを世界へと。けれども、返ってくるのは無数の声だ。ずっと、その声が離れない。

 

『彼は、仮面ライダーはただの人殺しです!!』

 

 耳鳴りのように、誰かの母親の叫びが、頭に刻み込まれている。

 

『最後の最後に、友達が一人増えた……』

 

 友の悲しい、それでも希望に満ちた声が、胸に宿っている。

 

『貴方は、ご自分が真っ当な警察官だと、本当にお思いですか?』

 

『警察官の肩には大いなる責任が乗せられている』

 

 同じ警察官と、尊敬してきた父の言葉が胸をえぐる。果たして、自分はあの戦いの中、警察官としての務めを果たしていたのか……。

 

 今、その言葉に頷くことはできなかった。

 

(……俺はハートと戦うことができなかった。それが、全ての答えなんじゃないか?)

 

 あの時、進ノ介はハートを、人間を超える優しさと勇敢さを見せた機械人形を、人間を超えたと認めた。その悪意の源が人間にあったのだと理解した。

 

 ロイミュードも被害者だった、その想いに嘘はない。

 

「……だから、お前と戦えるわけないじゃないか!!」

 

 進ノ介はハートが求めた立派な戦士として戦い抜いてきた。それでも、進ノ介は戦士である前に、仮面ライダーである前に、命と平穏を守る事に身を捧げた警察官だ。

 

 被害者に手を上げる警察官が何処にいる。

 

 その事実を認識した今、進ノ介には目指すべき場所が見つからなかった。あの吹原かおりの主張を、誰よりも心に突き刺していたのは進ノ介自身でもある。彼女が被害者遺族なら、自分は裁かれるべきじゃないか、なんて思いが湧き上がるほどに。

 

 特命係に送られた時、本当はその思いが胸にあったのだろう。だから、進ノ介は足を止めた。ベルトさんから激励をもらったのに。今までは、杉下右京という奇妙な刑事への個人的な興味を持ち出して、無理やりにエンジンを蒸かしていただけだ。 

 

 きっと、この事件が起きなくとも、いつかはたどり着いた袋小路だったと思えてならない。

 

「……俺には、進む道なんて見えていなかった」

 

 今、進ノ介の前には道がない。

 

 自分を敵とみなす被害者遺族。

 

 自らが規則を蔑ろにしていた事実。

 

 肥大化しすぎたヒーローの名。

 

 何より、戦いの中で、守り切れなかった命。

 

 そんな結果を招いた自分の人生は、仮面ライダーとしての戦いは、刑事としての生き方は。

 

「……ベルトさん、ハート。俺は、間違っていたのかな」

 

 そう、身を裂くような疑問を投げかけた時に、

 

 

 

「それは、どうでしょうねえ?」

 

 

 

 進ノ介の後ろから、ぼんやりとした正体のつかめない声がした。

 

 息をのみ、振り返る。

 

 そこにいた小柄の姿を、進ノ介の感情は受け入れることはできなかった。彼がこの場所に来るなんて、一顧だにしなかったから。どうして彼がここにいるのか。何をしにここに来たのか。

 

 だって、彼は唯の上司であり、もっと言えば、いまだに何を考えているのか分からない変人だ。かつて戦った仲間ならいざ知らず。密かに自分の悩みを晴らしてくれないかと縋っていた霧子とも違う。

 

 そんな彼が、どうして。

 

 言葉を失い呆然と自身を見つめている、英雄の名前を被った青年へ。杉下右京は穏やかな笑みを浮かべるのだった。

 

「探しましたよ、泊君」




あくまで私の考えです。ですが、あの最終回とその後の一皮二皮むけた姿を見ると、進ノ介が刑事として成長するために、必ず自問する時はあったと思えてなりません。
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