相棒 episode Drive   作:カサノリ

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ここまでの状況のまとめ

泊進ノ介が何者かに襲撃された。幸いにも進ノ介は一命をとりとめるが、立て続けに病院にて追田警部の車が爆破され、犯人を名乗る女性は息子になったロイミュードの復讐のため、進ノ介を狙ったと語るのだった。捜査が進む中、協力者として、元ネオシェード関係者の名前が挙がるも、行方は掴めない。

警察上層部の思惑も交錯する中、進ノ介は事件解決のために立ち上がり、拉致された追田とりんなの救出に動き出す。

そして約束の時刻。吹原かおりの前に……。



吹原かおり
:犯行を自白した女性。動機として、死亡した息子をコピーしたロイミュードを仮面ライダーが倒した復讐だと語っている。

吹原健輔
:かおりの息子。非行に走っていたが、更生したのか、実家に戻りかおりと共に生活していた。一年前に交通事故で死亡。彼をコピーしたロイミュードが存在したというが……。

越谷伏美
:進ノ介が壊滅に関与したネオシェードの元幹部であり、金庫番。事件前後、複数の勢力の間を動き回っていた。

両島医師
:進ノ介の執刀医。

村上刑事
:りんなの護衛を務めていた警護課の刑事。


第十話「機械人形への鎮魂歌 VII」

 吹原かおりは、そこまで語り、ビデオカメラを切った。そのビデオカメラを小包に入れて、車外に置く。犯行声明と共に、彼女にとっての遺書。

 

 おそらく、世間の人間は誰も聞いてはくれないだろう。だが、自己満足として、これからの決意を最後に固めるためにも必要な行為だった。自分は正しいと、認めるために。

 

 大型のバンを発進させる。

 

 一連の行動を後部座席から聞いていた追田とりんなは何事かを言いたげに表情を変えて、呻いているが、猿轡を噛まされている中、言葉は形にならない。

 

 今、彼女が乗る車の中には、追田とりんな、そして、もう一人の同居人として、大量の爆弾が詰め込まれていた。

 

 泊進ノ介が来たならば殺害し、この爆弾で自分も吹き飛ぶつもりだった。

 

 泊進ノ介が来ないならば、人質を殺害すると脅し、無理にでも呼び出し殺すつもりだった。

 

 越谷という男からは拳銃も渡されていたから。それを使って。人間の作った武器で、人間の作った偶像の英雄を殺害する。

 

 仮面ライダーという武器を使って息子を奪った殺人者には、ふさわしい幕引きだとかおりには思えてならない。そこまですれば、自分は息子の待つ場所まで行くことができる、と。

 

 慈悲なんて考えるつもりはなかった。

 

 かおりは無言で車を走らせ、彼女にとっての約束の地。指定した廃工場へとたどり着く。当然、その周りには大量の警察官が配備されていたが、バンの扉をあけ放ち、中においた大量の爆弾と、スイッチを見せれば形相を変えて素通りさせるしかない。

 

 工場に乗り入れて、エンジンを停車させながら待つ。

 

 まもなく指定の十五時だ。かおりは拳銃を手に握りながら、進ノ介の来訪を待ち、

 

「……っ」

 

 睨む先、雨上がりの光が差し込む出入り口から、二人の人影がやってきた。フードを目深にかぶった長身の男と、寄り添うように立つ女性刑事。一人で来いと告げたはずだったが、もはや構わない。

 

(……隣の女性は、確か)

 

 詩島霧子、という元特状課の刑事。共犯者から得た情報にも、泊進ノ介は彼女と共に現場へ向かっていると聞いた。

 

 この期に及んでフードをかぶっているのは、狙撃を警戒してヘルメットでも付けているからだろう。ヒーローの名前が聞いてあきれる、狙撃なんて真似をした自分も大概だが、潔くすればいいのに。

 

 ゆっくりと彼我の距離が縮まっていく。かおりはバンから躍り出て、仮面ライダーへと拳銃を突きつけた。

 

 

 

 相棒 episode Drive

 

 第十話「機械人形への鎮魂歌 VII」

 

 

 

「フードを取って、一人でこちらに来なさい。泊進ノ介」

 

 かおりの鋭い声が聞こえる中、霧子は注意深く様子をうかがっていた。隣の泊進ノ介は一言も話さず、逃げることもなく立っている。拳銃を向けられているのに犯人へと堂々と。

 

 一方、前に立つ吹原かおりは、バンから離れる様子がない。その奥で縛られている追田とりんなも、元気ではあるようだが、自力での脱出は期待できないだろう。

 

 このままでは救出はできない。

 

 霧子は横目で隣の泊進ノ介へと頷き、彼から離れて後方へと下がった。霧子が工場から出ていったのを確認し、泊進ノ介は今度こそ、静かにかおりの元へと歩いていく。

 

 一歩、一歩。

 

 そうして数メートルへと迫ったところで、フードを取り、かおりがいうようにヘルメットを外し、『泊進ノ介』は顔を晒す。

 

「は?」

 

 かおりが表情を歪ませた。

 

 無理もない。ヘルメットの奥から出てきたのは、進ノ介とは似使わない、小顔の紳士風の男だったのだから、彼女の衝撃は推して知るべしだろう。ダミーに仕立てるのなら、もっと似た人間を使うべきであろうに、全く似せる気もない。

 

 その泊進ノ介を騙った紳士、杉下右京はかおりへと朗らかな笑顔を浮かべつつ、早口で挨拶を始めた。

 

「ああ! 驚かせて申し訳ない。警視庁、特命係の杉下右京と申します。せめてお話ができる距離まで近づかなければならなかったとはいえ、このような格好、失礼いたします」

 

 言い切ると、フードを脱ぎ、いつものコートの襟を直し、やけに高身長を演出していたシークレットブーツまでポイポイと放り投げて。そうすれば、誰もが知る小柄な杉下右京へと逆戻りだ。

 

「それにしても、彼の様な長身の男性に化けるのは、中々に骨が折れましたよ。世の中には何物にも化ける怪盗もいたそうですが、いったいどうしていたのやら。一度話を聞いてみたいですねえ」

 

「な、なんで!! 泊進ノ介は何処に行ったのよ!!!」

 

 日常の立ち話のように語りかける右京へ、かおりは激昂しながら拳銃を向ける。彼女にしてみれば、泊進ノ介が覚悟を決めて自分の前に来る。それが信頼のおける情報であったのに、実際に来たのは知らない小柄な男。どうしてそのようなことが起こったのか、彼女にはわからなかった。

 

 右京は居住まいを正すと、ゆっくりと復讐者にもわかるように話しかける。

 

「吹原かおりさん、一連の犯行は貴女の単独によるものではありませんでした。強力な殺意を抱いていたのは貴女でしょうが、泊君を害そうという意思を持った者達もまた、貴女に協力していた」

 

 今回の事件は決して一人では成立しえない。それを可能とするため、犯人グループはお互いに必要なものを提供しあい、犯行を重ねていった。

 

「貴女は『犯人』と『狙撃の腕』を提供しました。目立ち、囮に使える犯人像。そして、泊君を狙える腕を。

 共犯の一人目は元ネオシェードの越谷でしょう。彼は武器を提供した。

 第二の共犯者Xは、貴女へと情報を提供しました。彼の情報の正確さがあったから、警察の裏をかくことができた」

 

 進ノ介の搬送先。

 

 りんなの帰国日時、場所。

 

 それら犯行に必要な情報を、Xは警察の身近に大胆にも潜み、かおりたちへと提供していた。潜伏の身で、警察の情報等にはアクセスできない彼女にとって、共犯者の情報だけが頼りとなっただろう。今の状況は予想だにしなかったに違いない。

 

 呆然とする彼女へと、右京は告げる。

 

「ああ、泊君ならここには来ませんよ? 彼と詩島刑事が現場に向かっているという情報が入らなければ、貴女はここに出ては来なかったでしょうから、Xへと誤情報を流しました」

 

「……っ! ……よくも、そんなことを」

 

「そうは言われましても、泊君が来れば貴女の目的は達成。ようやく泊君を殺すことができるので、話す余地などありません。僕たちとしてはどうしても、それは避けたかった」

 

「話を聞くつもりなんてないわ!!!」

 

 銃声。

 

 かおりが天井に向けて、一発の銃弾を放ち、彼女の憤りを右京へと示す。

 

 だが、焦ることはなく、むしろ、それを見て、右京は満足げに頷いた。

 

「やはり、貴女にとっては、泊君以外はターゲットではなかったのですね? だから、追田警部や沢神博士の身柄も無事。元々が一民間人の貴女にとって、自身の息子への復讐を成し遂げたい貴女にとって、無関係の人間はターゲットではないのですから。

 だからこそ、方法に狙撃を選んだのです。爆弾はあったのに、無関係な人間への被害を避けたのは貴女のせめてもの良心と……、罪悪感ですか? それも、越谷に協力していては、台無しではありますが」

 

「うるさいわね……! もう一度言うわ、泊進ノ介を出しなさい。さもないと、あの刑事と博士はバラバラになるわよ!!!」

 

 もう一度、拳銃は右京へと。しかし、右京は微動だにしない。

 

「僕の言うことも変わりませんよ。……僕はここへ、貴女へと真実を告げに来たのですから」

 

 

 

 一方で東映会病院。

 

 無人になった進ノ介の病室を訪れる影があった。警護対象が消えたため、既にほかの刑事たちも退散している。正真正銘、もぬけの殻。そんな病室で、検査機器をそっと触りながら、機材の裏から小型の物体を取り出して……。

 

「そこまでです」

 

 鋭い声に、男は動きを止めた。びくりと驚きに肩を揺らしながら、ゆっくりと立ち上がった男は、後ろを振り返る。男は、息をのみ、意外だと声を上げた。

 

「ど、どうして……」

 

「どうして俺がここにいるのか、ですか? 簡単なことです。情報の流出元は、この病院、もっと言えばこの病室でした。俺の搬送情報は、病院側なら当然知っている。りんなさんの帰国情報も、警護課の刑事たちには共有されていたし、俺にも彼らは教えてくれた。

 ……誰も考えませんよ。貴方が共犯者で、盗聴器を仕掛けていたなんてね。だから、それに気づいた時、杉下さんは筆談で俺に指示を出したんです」

 

『泊進ノ介に化けて、僕が彼女のもとへと行きます』

 

 と。

 

 言いつつ、泊進ノ介はネクタイを締めながら、一歩一歩、前へと足を進めていった。その後ろから伊丹と三浦が、万一の動きもないように共犯者Xへと睨みをきかせながら続く。

 

 進ノ介は、男の目の前に立つと、懐から堂々と警察手帳を取り出し、男へと突きつけるのだ。所属が何処であろうと関係ない。誇りある、市民を守る警察官として、平穏を脅かした犯人へと。そして、ロイミュード事件と向き合い続けた仮面ライダーとして、被害者を弄ぶ悪意へと。

 

「改めて名乗らせてください。……警視庁特命係、泊進ノ介です。刑事として、仮面ライダーとして、真実を見つけに来ました。

 ……両島先生、あなたがこの事件の共犯者ですね?」

 

 その言葉に、執刀医として進ノ介の命を救った両島は、顔を青ざめさせるのだった。

 

 

 

「私が、共犯者? な、なにを言っているんですか、泊さん!! 私はたまたま此処にきて、点検していただけですよ。それで、こんなものを見つけたから……!! 私じゃない! 他の職員の仕業です!」

 

 冷や汗をかきながら、弁明を試みる両島医師。けれども、進ノ介は確信をもって、彼へと疑いを向けていた。仮にも命を救った相手だが、進ノ介が襲われる助けをしていた人間。手心を加えるつもりはなかった。

 

 進ノ介は口を開き、強い声で彼の罪を暴いていく。

 

「吹原かおりに共犯者がいる。そして、それぞれの事件で実行犯が異なる。その考えに思いが至った時に、疑問が生まれました。

 第二の事件は、何の目的で行われたのかってね」

 

 第二の事件。追田警部の車が病院の駐車場で爆破された事件だ。

 

「現さんを殺そうとするなら、車を発進させてしばらくしてから爆発させるべきだった。俺たちを狙うなら、病院の中で狙うべきだった。あの事件は派手さはありながら、その実、目的が判然としなかったんです」

 

 そこで進ノ介は考える。もしかしたら、あの時、あの場所で爆発を起こすことこそ、犯人の目的だったのではないか、と。

 

「現さんが狙われたのも、もしかしたらアクシデントだったのかもしれない。爆弾の爆破時刻に現さんが、たまたま車に近づいてしまったから巻き込まれた。

 ……犯人にとって、あの時間に爆破することの方が重要だったんです。目的は、正面玄関に注目を集めること。病院スタッフを浮足立たせること。あのタイミングで爆破すれば、泊進ノ介襲撃犯の攻撃だと思う。誰も、あなたを疑ったりはしない」

 

 さらに、第一の事件でも、発生状況には違和感があった。

 

「俺が撃たれた場所。そこへと誘導するために、犯人は究ちゃんのスマホをハッキングして、偽のチケットや情報を送ることまでした。もちろん、あの公園は狙撃に適した場所でしたけど、他にもそういう場所は幾らでもある。

 わざわざ誘導した以上、あの場所にも特別な意味があった」

 

 それは位置だ。

 

 狙撃地点は、この東映会病院に近い場所。当然、救急搬送先は東映会病院。

 

 そこで伊丹は、ずいと顔を近づけながら、両島へと告げる。

 

「アンタ、わざわざクリスマスだってのに、当直を変わったらしいな。本来ならあの日は、お前の担当じゃなかった。それを頼み込んで、変えてもらった。泊が襲われ、運ばれること、知ってたんじゃねえのか?」

 

「それは! なんなんですか、私が仕事熱心じゃおかしいですか!? それに、私が泊さんの襲撃に関わっているのなら、泊さんの手術をして、助けるわけがない!! こんな、自分で言うのも図々しいが、命の恩人に向かって酷い言い草ですよ!!」

 

 両島が伊丹を振り払うように、今度は進ノ介へと抗議の声を上げる。怒りに顔を染めて、心底訳が分からないという演技で。

 

 確かに、両島が吹原かおりに協力し、泊進ノ介襲撃に与していたなら、進ノ介を助けたのは道理に合わない。手術中、間違いなく進ノ介の命は彼の手にあった。手術ミスを装えば、殺害できたにもかかわらず、両島は進ノ介の命を救ったのだ。

 

 両島が進ノ介の殺害を目的としていたなら、それはおかしい。

 

 しかし、前提が違えばどうだろうか? 吹原かおりが強烈に殺意を露わにしていたため、誰もが誤解していたこと。かおりの目的が殺害だったとしても、共犯が同じとは限らない。

 

「簡単な話です。あなたの目的は、俺の殺害なんかじゃなかった。……泊進ノ介を手術する。その行為こそ、あなたの目的だったんです」

 

 進ノ介が目くばせすると、今度は三浦が、捜査資料を手に持ちながら両島に迫る。

 

「両島さん、急いで調べ上げましたが、あなた、随分と借金を抱えているようですね? いくつもの闇金に、首が回らないほど。昔からお好きなギャンブル。それが高じて違法賭博にまで手を出していたんじゃありませんか!?」

 

 言葉を引き継ぎ、進ノ介が鋭く、両島へと推理を突きつける。

 

「そんなあなたにとって、俺はさぞかし魅力的な金の生る木だったでしょうね? ……仮面ライダーの生体サンプル。いったい、どれくらいの値段で売れました?」

 

「っ!?」

 

 狙撃を受け、負傷したのが一般人であったなら、その血液や組織片には何の価値もない。だが、今回の被害者は世界に一人だけの公開されている仮面ライダー。今は変身能力を失っているとはいえ、その経歴は変わることはない。

 

「少し前、ある科学者が教えてくれたんです。仮面ライダーを不老不死の入り口だって考えて、世界中が注目してるって。そんな人たちにとって、俺のサンプルなんて喉から手が出るほど欲しいもの。仮面ライダーの変なファンにとっても、『魅力的な商品』になりえます。

 ……俺にとっては心底気味が悪い話ですけどね」

 

「あんたの目的が泊の血液やら何やらを手に入れることなら、手術ミスなんてできないよな? むしろ、命の恩人の方が疑われねえ」

 

「残った問題は、泊のサンプルを外部に持ち出す方法だった。他の職員がいる前で、それを持ち去るのは困難極まる。だから、現さんの車を爆破して、混乱を引き起こした!!」

 

 三浦が突きつけたのは一枚の写真だ。

 

 爆破事件が発生した駐車場と反対側、非常口に設置された監視カメラ映像。

 

「今の科学捜査ってのは進展しててな、歩き方一つで本人を特定できるんだよ。この、トランクを車に乗せてる男、あんただな?」

 

「他の共犯者との繋がりも分かってますよ? 吹原かおりは半年前、体調不良を訴えて東映会病院で検査を受けていた。それに、越谷が経営していた違法カジノ。組対が調べた顧客リストにあなたの名前があった。

 両島医師、あなたが共犯者Xです。吹原かおりと越谷を結び付け、彼等に警察情報を提供していた!」

 

 疑いが出た以上、いくらでも証拠は出てくる。

 

 銀行の入金記録、取引の痕跡。

 

 それを避けるために吹原かおりを表舞台に出し、潜んでいたのだろうが、もう台無しだ。

 

「何か、弁明はありますか?」

 

「……命を救ったんだ。少しくらい、金儲けしたっていいだろ……?」

 

 微かに震える声で、弁明する両島。だが、それは言い訳にもならない。

 

「……!! 泊が助かったのは、こいつがたまたま動きを変えたからだ!! てめえは命があろうがなかろうが、手術すれば良かっただけ!! こいつが死んでも構わねえって思ってた!! ……殺人未遂の共犯が、偉そうに言うんじゃねえよ!!」

 

「加えて、アンタはその後も情報提供し、泊の殺害に協力している。吹原かおりに目的を達成してもらえば、泊は死に、サンプルの希少性は跳ね上がるだろうからな!!」

 

 伊丹が両島の胸倉をつかみ上げ、猛犬のように唸ると、すぐにその言い訳も言葉にならなくなる。結局は、この両島は金に目が眩んだだけの男だった。

 

 乱雑に手を離され、尻餅をついた両島へ、進ノ介は背をかがませて尋ねる。まだ、この男には聞かなければならないことがある。

 

「両島さん、あなただけじゃ、俺のサンプルを売りさばくことなんてできない。そうした販路は、越谷達に任せていたはずです。……越谷達は何処に潜伏しているのか、教えてください」

 

 進ノ介の言葉、三人の刑事に囲まれた状況。両島は最後には諦めて、一つの場所を明かすのだった。

 

 

 

「イノウエが、泊進ノ介の執刀医? ……一体、何の冗談よ、それは」

 

「なるほど、両島の素性までは明かされていなかったのですか。偽名と病院関係者とだけ、教えられていたのでしょうね。それでも、情報が正確であれば貴女にとって些細な問題だった」

 

 残る共犯者からすれば、当然だろう。彼等からすれば、かおりはあくまで囮。両島から得られる莫大な金は、越谷にとっても組織再編の資金源と目論んでいたはずである。

 

 彼女の狙い通り、自殺に成功すれば良いものの、それでも捕まる可能性が高いかおりには、両島の名前を教えるはずがない。

 

 吹原かおりと対峙していた右京は、そうして両島の正体と犯行動機を明かし、彼女の動揺を誘おうとしていた。だが、かおりは驚きに顔色を変えつつも、敵意を失わず、拳銃は向けられたまま。

 

 そんな彼女へと、右京はさらに説得の言葉を放つ。

 

「貴女方の奇妙な共犯関係は、それぞれが互いの不足を補い、実行も分担するという、一見理想的なものでした。ですが、実際にはお互いに求めるものは大きく異なる」

 

 かおりは進ノ介への復讐。

 

 越谷は声望と組織再建。

 

 両島は金。

 

「その中で、盲目的に復讐を求めていた貴女は、越谷達にとって御しやすい存在だったでしょう。……端的に言えば、貴女は利用されていた。彼らは泊君が死のうと生きようと、どうでも良かったのです。

 ……それでも、止まる気はありませんか?」

 

 けれども、かおりは必死な形相に顔を染め上げて、右京の言葉に耳を貸さない。それどころか、興奮しながら仮面ライダーへの怨嗟を叫び出す。

 

「止まれるわけがないでしょ? 私は息子を殺された。体がロイミュードだろうと何だろうと、あの子の人格が残ってたのに。仮面ライダーは、それを壊して、私から奪った!!

 ……警察なのに、ロイミュードは逮捕も裁判を受けることができなかった。息子がどんな罪を犯したのかも、私は知らない!! それなのに殺されるなんて、こんな理不尽はないわ!!」

 

 涙をにじませながらの言葉。

 

 それに、右京も少しだけ理解を示す。

 

「確かに、方法がなく、時間もなかったとはいえ、警察の、仮面ライダーの対応がすべて正しかったとは僕も思えません。法律上、命と認められなくとも、ロイミュードの人格へと思いやりがあるべきだったとも思います。

 ですが、誰あろう、泊君がそれを後悔しています。二度と悲劇が起こらないよう、彼は自分の人生を賭そうとしている。彼がいなくなれば、ロイミュードを命として扱う人間が、また一人消えてしまう。……貴女の望みを、貴女は自分で断ち切ろうとしているのですよ?」

 

「関係ないわ!! 何が仮面ライダー、何がヒーロー!! 私の家族は助けてくれなかったのに!!」

 

 悲鳴のような金切り声を上げる吹原かおり。

 

 決定的な言葉を言わなければ、彼女は止まらない。

 

 それを悟ったのだろう。右京は少しだけ悲し気に言葉を選び。けれども、ためらうことなく真実を告げた。

 

 

 

「いいえ。泊君は、貴女の命を助けたのですよ。吹原かおりさん」

 

 

 

 その瞬間、沈黙が広がった。

 

 目の前のかおりは怒りや憎しみではなく、蒼白になり、目を見開く。今はもう、銃口はふらつき、体も支えを失ったように。右京の言葉こそが、彼女にとって致命的なものであったかのように。

 

 復讐に囚われた女性が、仮面に隠した心根の弱さを露呈したように、右京には感じられた。

 

 だが、いかに彼女にとって残酷な真実であろうとも、彼女は罪を犯し、怒りを自分で止められないでいる。右京に出来るのは、真実を明らかにし、事件の幕引きを行うことだけだ。

 

 それを知るからこそ、右京は冷静に、彼女へと真実を突きつける。

 

「な、なに、を……」

 

「貴女の息子へとロイミュードが化けていた。貴女の言動を見るに、それは正しい。そして、貴女が彼を息子のように思っていた。それも正しい。

 ですが、一つだけ、重要な真実を貴女は認識していない。……彼は決して、善意で貴女に近づいたわけではないということですよ」

 

 ロイミュードは悪意に惹かれる。それが生まれついた彼らの悲劇だ。

 

 全ては感情を理解し、進化するために。その性質から、ロイミュードは強烈な感情を持つ人物にしか興味を示さない。例外的に072は究のもとを訪れたが、彼も特状課を調べるという目的があっての来訪だった。

 

 そんなロイミュード達が、悲しい事ではあるが、ただの親思いの青年のもとにやってくるなどあり得ない。

 

「貴女にとっては残酷なことに、彼の目的はとある犯罪だったのです。それはコピー元、つまり息子の健輔君が企てた犯罪でもある。

 ……ご子息のことを調べさせてもらいました。彼は当時、多額の借金を抱え、返済に迫られていた。貴女のもとへと戻ったのは、そこから抜け出すため。ですが、貴女もただの会社員です。彼の借金を返すほどの資金はない」

 

 違法賭博や闇金に追い詰められ、返済の見込みがなければ命が危ぶまれる若者。

 

 そんな彼は、とある方法で問題解決を図った。あまりにも非道な、かおりには受け入れがたい方法で。

 

「……健輔君の帰宅後、かおりさん、貴女には保険金が掛けられていますね? 五千万。彼の借金を返済するには、十分な金額です」

 

「そ、それは! 私から言い出したのよ!! 何があるか分からないから、せめて遺せるように……」

 

「ですが、健輔君にはそれを待つだけの余裕がなかったのでしょう」

 

 彼が目論んだ残酷な犯罪。それは、さぞロイミュードを刺激しただろう。何せ、人間の倫理上、許されざる犯罪の一つ。興味を抱き、もしかしたら、ずっと張り付いて監視していたのかもしれない。彼の死後、その犯行を再現しようとするほどに。

 

 その犯罪は、

 

「……保険金殺人」

 

 実の母親を殺害し、私欲を満たす。

 

「それを侵そうとした残酷な人間の心理。ロイミュードが知りたがっても、不思議ではありません。彼の死後も、再現しようとするほどに」

 

 言い終えた瞬間、銃声が響く。

 

 右京の言葉は息子の復讐のために動いてきた母親にとって、受け入れることなどできない戯言だった。かおりが髪を振り乱し、拳銃を発砲したのだ。だが、狙いは明後日の方向へと向いている。右京がもう、脅威に思わないほどに。

 

「……嘘よっ! あの子が、あの優しい子がそんなこと……!! でたらめ言わないで!!!」

 

 それは直視できないほどの哀れな姿だった。必死に、息子を愛おしい存在だと信じたい母親の狂信。

 

 そんな彼女にとっては無情な真実。それを理解しつつも、右京は懐から一つの袋を取り出して突きつける。ビニールに入れられたマニキュア。健輔の部屋に隠されていた物だ。

 

「証拠ならあります!」

 

「っ、それ……」

 

 かおりが絶句した。

 

「ええ、見覚えがあるはずです。失礼ながらアルバムを見せていただいた時、貴女の指にはマニキュアが塗られていました。健輔君の帰宅以前はつけていなかったもの。おそらく、彼が貴女へと教えたものでしょう。

 このマニキュアは、記念日などに贈る高価なものだそうですね。息子から母親へのプレゼント。お二人の指紋も検出されている。ですが……」

 

 米沢に頼みマニキュアを分析してもらった結果、とある物質が含まれていることが判明したのだ。

 

 それはヒ素。

 

 人を殺める猛毒。

 

「ヒ素毒は皮膚からも体を侵します。当然、このマニキュアを爪に塗れば、徐々に貴女の身体は蝕まれていったはずです。進行が遅いために発覚が遅れてしまうのも、この毒の特徴。病死に見せかけるため、用いられることも多い。それを見越して使用したのでしょうね」

 

 さらに、ヒ素毒の中毒症状には爪や歯に浮き出る白斑がある。マニキュアを使わせるように仕向けて、それを人目から隠すというのは、確かに工夫を凝らした犯行だろう。

 

 告げた途端、吹原かおりは、今度こそマニキュアを見ながら、微動だにしなくなった。呆然と、情報をシャットアウトするように、狂騒は成りをひそめ、物言わぬマネキンのように。

 

 その反応を見て、右京は自分のとある考えに確信を抱く。

 

「……やはり、貴女も薄々と勘付いていたのではありませんか? ご子息が、その人格を摸したロイミュードが自分を殺害しようとしていたのだと」

 

 なぜなら、

 

「僕がこのマニキュアに疑問を持ったきっかけ。なぜ、貴女は、このマニキュアを、ご子息の形見を手放していたのか。不自然でした」

 

 かおりが泊進ノ介を狙った目的は復讐。

 

 大切な息子。息子の人格を持ったロイミュードの復讐。

 

 けれども、彼女は息子の形見をもってはいなかった。今も息子から教わったマニキュアはしているのに、贈り物だと思われる毒入りのマニキュアは人目から隠されていた。

 

 いや、人目ではない。

 

「貴女は、このマニキュアを見たくはなかった」

 

「嘘よ、嘘、」

 

 かおりがぼそぼそと呟き声を零す。

 

「貴女はそれだけは信じたくなかった。現実を受け入れたくなかった」

 

「嘘よ、嘘よ、嘘よ!!」

 

「だから貴女は、泊君を恨むことにした。愛すべき息子を奪ったと。そうすることで、息子への愛情を、自らが示そうとした。そうしなければ、耐えられなかったから」

 

「違う、ちがう、ちがう……」

 

 右京が一歩ずつ、前に近づいていたことすら、かおりは気づかない。

 

 そして、右京は逃げることができない真実を彼女へとぶつける。

 

「気づかないはずがありません! マニキュアは使用されている。当然、毒は貴女を蝕み、自覚症状もあったはずです。ですが、今、貴女はこのような犯行を行うほどに回復している! 貴女の命。それこそがマニキュアの危険性を認識していた、何よりの証拠ですよ!!」

 

 かおりはマニキュアを見る。

 

 逞しくなって帰ってきた息子。

 

 笑顔を見せてくれた息子。

 

 化粧を教えてくれた息子。

 

 隠れて作業をしていた息子。

 

 夜中に怪しい電話をしていた息子。

 

 黒焦げになった死体。

 

 帰ってきた機械人形。

 

 その彼が、息子の人格が……。

 

『知らなかっただろう? これを隠していたのを』

 

 違う。

 

「健輔じゃないわ!! 悪いのは、あの悪魔の機械よ!!!!」

 

 かおりは叫び、髪を振り乱し、スイッチを手から取り落とし、

 

 

 

 パン

 

 

 

 乾いた音が響いた時、銃口はかおり自身のこめかみ近くにあった。だが、彼女の脳髄へと、銃弾が撃ち込まれることはなかった。

 

「か、間一髪ですねー!」

 

 冷や汗をかきながら苦笑いを浮かべる芹沢が、彼女の腕を掴み、狙いを逸らせていたから。ついでに、その後方では、いつの間にやら霧子が、りんなと追田警部を介抱し、車から遠く離れた場所へと案内している。

 

 右京の発言にかおりが動揺していた隙をつき、霧子と芹沢による救出作戦が実行されていたのだ。

 

 もっとも、かおりが自殺を図るとは、芹沢達は想定していなかったが。

 

「芹沢さん、助かりました。僕では間に合いませんでしたから」

 

 地面に転がりながら、右京はほっと溜息を吐く。その手には、飛び込んでキャッチした爆弾のスイッチがしっかりと握られていた。

 

「いえいえー。ほら、この事件、泊君も狙われたり大変だったでしょ。俺だって一回くらいは役に立ちたかったんすよ! ここは先輩として、かっこよく決める場面ですからね!」

 

 そんな頼れる刑事に微笑みを浮かべて立ち上がると、右京は、

 

「吹原さん、貴女にもう、泊君を狙う理由はありませんね?」

 

 赤子のように泣きじゃくる母親を見つめながら、悲し気につぶやくのだった。

 

 

 

 実行犯二人が逮捕された少し後。都内の歓楽街にある違法カジノにて。

 

 そこでは二人の男が酒を片手に談笑していた。片方は歓楽街を取り仕切る、とある違法組織の若き幹部。もう一方は進ノ介達が行方を追っていた元ネオシェード幹部、越谷伏美。

 

 二人は上機嫌に杯を打ち合わせ、ぐいとそれを飲み干す。心底上手そうに。

 

 成田空港での騒動を引き起こし、自分の目的を完遂した越谷は、早々に表舞台から姿を消していた。離れた場所からでも、生体サンプルの取引は行える上、両島たちが捕まることも、当然可能性として考えていたから。彼らに教えた自分の潜伏場所はブラフ。今頃、刑事たちは誰もいない空き家を、隅から隅まで探しているに違いないと。

 

 そんなほくそ笑む越谷に、男が称賛の拍手を送った。

 

「今回は、中々上手くやったみたいじゃないか、越谷君」

 

「ええ、これがネオシェード復活の狼煙です。この腐った秩序を破壊して、理想の世界を築き上げる。その序曲ですよ」

 

 杯に再びウィスキーを満たすと、椅子に深く体を沈ませて。越谷は思慮深い陰謀家のように、自らの計画を語っていく。目の前で眼鏡の奥から愉しそうな感情を覗かせる、パトロンを楽しませるために。

 

 内心で、彼は有頂天であった。華々しい活躍の後には、褒美が待っているもの。かつてはリーダー、岡村や他の幹部の裏に隠れ、見向きもされなかった自分が認められている。もう、ちっぽけな金庫番ではない、世界を革命するネオシェードのリーダーとなった、と。

 

 その証拠に、犯行の後、すぐに支援の手がもたらされている。彼のかつての主が求めたような、理想社会への道が開き始めていると越谷は確信していた。

 

 そんな彼へと、男はさらに自尊心をくすぐる言葉を告げる。

 

「……まさか、仮面ライダー襲撃とは。私でも、あのような大胆な行動はできないよ」

 

「仇敵仮面ライダーも、今やただの人。恐れるに足りません」

 

 嘯きつつ、満たされていく。

 

 組織を壊滅させ、越谷をこのような日陰の場所まで追いやった憎き英雄。仮面ライダーへと、ようやく一つ借りが返せた。それを実感しながら、越谷は杯を握る手に力を籠める。

 

「彼らには、煮え湯を飲まされたから。……ここらで退場願おうかと」

 

「そのために、良い手駒を見つけたものだ」

 

「両島先生は、随分と私の所に負債がありましてね。追い詰めたら、勝手に計画を持ち込んできました。仮面ライダーに恨みを持っているなら、恨みを晴らすついでに、それを金に換えないかって。病院のセンセってやつも良く考えるものです。

 あとは、私の計画通りに」

 

 両島の提案は、燻ぶっていた越谷にとって魅力的だった。恨みがあるとはいえ、仮面ライダーをただ殺しても、一時、組織の名が上がるだけ。かつてのように、いずれは警察に潰されることは目に見えている。

 

 だが、仮面ライダーのサンプルを売りさばくという方法ならば。例え、泊進ノ介を殺せなかったとしても、組織再建への大きな一歩となる。

 

 仮面ライダーの秘密解明に、今や欧米や中国、ロシア、東国といった各国諜報機関が躍起になっているのだ。そんな彼らへとサンプルを売り払えば、資金だけでなく、政府への繋ぎもできる。ネオシェードをより強大な組織として復活できる。

 

「良い意趣返しでしょ? 仮面ライダーが我々の復活の礎となる」

 

 ただ、彼の計画において、上手く立ち回るためには目立つ囮が必要であった。何より、策謀家を自称する越谷は、自ら人を殺すのを好まない。

 

「その点、あのとち狂った母親は良く動いてくれました。……なぁにが、息子がロイミュードになって殺された、だ。馬鹿な女の戯言です。私からしても、逆恨みにしか聞こえません。ですが、そんな馬鹿こそ『元仮面ライダー』の敵にはちょうどいいと思いましてね」

 

 守るべき人間にやられたなんて、ヒーローの末路にはふさわしいでしょ。

 

 そんな身勝手な理論を越谷は振り回す。だが、彼にとって、ヒーロー等という、想定を超えていく存在は超常の化物と同じ。だから、ためらうことなんてない。

 

「ヒーローには、敵がいなくなったら引退していただかないとね。そして、今度こそ、私たちはこの世界を支配する。崇高な理想を理解しない愚民たちを根絶やしにしてでも……」

 

 そんな野望へと炎をたぎらせた勝利宣言を、

 

 

 

「そういう台詞を言ってるから、君は日陰者なんだよ」

 

 

 

 この場末の闇には似つかわしくない、さわやかな声が一刀に切り裂いた。

 

 少しの間、越谷は言葉を失って。しかし、すぐに声の主を探し始める。この場には、他に誰もいなかったはずなのに。

 

「な!?」

 

 絶句。酒に酔っていたにしても、少しも気づかないなんてことがあるだろうか? 越谷は十数人の黒服に囲まれていた。鋭い目つきの男たち。全員が拳銃を所持し、一寸も隙を見せていない。

 

 そういう男たちを、敵として越谷はよく知っていた。

 

「き、桐原さん!? ここは誰にも知られていないと!」

 

 慌てて越谷は目の前の男、自分への支援を申し出てきた『桐原』へと掴みかからんばかりに問い詰める。裏社会で名の知れた彼ならば、警察からも隠してもらえる。そんな期待でやってきたのに、この男たちは誰なのかと。

 

 だが、桐原はスイッチを切ったように笑みを消し去ると、立ち上がり、男たちの列に加わるのだ。その態度を見て、越谷は初めて、自分がはめられたと確信する。

 

「騙してやがったのか……!? まさか、お前、公安っ!?」

 

「そういうこと。桐原さんは……。本当は僕も本名を知らないんだけど、潜入捜査のエキスパートでね。君みたいに裏社会に隠れる人間を探すのが得意なんだ」

 

 声の主、神戸尊は越谷を見下ろしたまま言葉を続けた。二階の手すりに身を預けたダークスーツ。それが今、薄暗い室内に溶け込んでおり、王子様然とした表情も悪魔の様に越谷には感じられる。

 

「元ネオシェード、越谷伏美。君の変な野望もここまで。せっかく仮面ライダーがつかみ取った平和を、こんな形で壊すなんて許容できないんだ。それが、僕たち警察官の使命だからね」

 

 尊の断罪の後、越谷はなすすべもなく連行されていった。知略家を気取っていた男の、誰にも評価されない惨めな幕引き。

 

 それを眺めながら、尊は横に立った桐原へと話しかける。

 

「お疲れさまでした、桐原警視。これで半年間の潜入は終わるけど、次はどこへ?」

 

「変わらず、身分を変え、名前を変え、ですよ。それが公安警察の在り方ですからね。名無しの権兵衛も、慣れれば苦でもありません」

 

 そんなものなのかね。なんて、自分が名無しになるなんて耐えられない尊の平凡な感性は、桐原の物言いにわずかに戦慄を覚える。けれども、そういった影の人間がいるからこそ、平穏が保たれているのも事実だ。

 

「あ! そういえば、桐原さんも特状課と昔、縁があったって聞きましたけど。今回の件、網を張ってくれてたのは、そのせいだったりします?」

 

 問うと、桐原は曖昧に笑みだけを示した。

 

 仮に進ノ介達がこの場に居たら驚くだろう。その顔は、悪徳警官として桐原が現れた際の、無様な慌て顔とは全く違うものだったから。人形のように感情をコントロールできる、冷徹な顔だったから。

 

 ただ、それが公安警察というものだ。いくつもの顔を持ち、時に組織すら騙す。

 

「フォントアール社の爆薬密売ルートを追うため、潜入していた時に少し。……突然、小野田官房長に彼らの能力査定を命じられたのですよ。今思うと、慣れないことをしたものです」

 

「その為に『桐原英治』を懲戒免職にした。なのに、今の桐原さんは普通に警察官のまま。これって、冷静に考えたら、すごい反則ですよね。警察の人事ってどうなっているのやら」

 

 その言葉には何も返さず、再び闇の中に消えていく桐原。尊は彼をきらめく笑顔を浮かべて見送りながら、

 

「あー、やだやだ。あの人の下だと、こんなことばっかりで」

 

 なんて、今も裏で糸を引いている黒い狸へと小声で愚痴をこぼすのだ。

 

「……特命係が懐かしくなるなんて、俺もとうとうおかしくなってきたのかな」

 

 

 

 また一つ、別の場所でも事件の幕引きが行われていく。

 

「越谷も神戸君が確保したようです。刑事部も実行犯二人の逮捕の大手柄。事件はめでたく解決、新年はいい年になりそうですね」

 

 夕暮れを臨む警察庁で、小野田は甲斐峯秋と向き合っていた。

 

「ええ、警察の面目も立った。泊進ノ介も無事。懸念していた世間の動きもありません。ですが……、いくら憎まれ役を買って出たとは言え、私は憎まれ損ではありませんか?」

 

「大丈夫ですよ。あの泊君は、それくらいで人を恨んだりしませんから」

 

「おや、官房長は泊君と会ったことが?」

 

 峯秋の言葉に、小野田は微笑み、

 

「ちょっと前に、少しだけ」

 

 とだけ明かした。

 

 ともあれ、年始を前に事件は無事に解決。事件の規模と世間へのインパクトを考えると十分にスピード解決と言えるだろう。刑事部を統括し、捜査を指揮した峯秋にとっては大きな功績。小野田にも、今回の事件は大きなカードをもたらすことになった。

 

 小野田はカップを置きつつ、峯秋へと言う。

 

「それで? 越谷や例の医者から手に入れた顧客リスト、甲斐さんは摘発しないことに決めたそうだけど……。どうしてかな?」

 

 仮面ライダー、泊進ノ介の研究を目的に、生体サンプルを購入した者たち。越谷は後々に利用するつもりだったのだろう、律儀にそれらをまとめていた。

 

 含まれるのは、各国の工作員や過激派組織。当然、遡っていけば事件を暗に支持していた各国の諜報機関まで到達できる代物だ。

 

 だが、甲斐峯秋はそのリストの存在を握りつぶした。

 

 すべては、一つの政治判断のもとで。当然、その目的を小野田は認識しており先に述べた大きなカードとは、何あろう、そのリスト。だが、あえて、彼は峯秋へと尋ねた。

 

 小野田の感情の読めない目が、峯秋を値踏みする。

 

 けれども峯秋は、それに動じることなく、自らの考えを訥々と述べていった。

 

「どうしたもこうしたも。日本警察ならば彼等を追及し、流出したサンプルを回収できたかもしれない。ですが、そこまでですよ。彼らを逮捕したとて、今の政府に立件する度胸などありません。秘密裏に釈放が関の山。

 ……ならば、多少のことに目をつぶり、役に立てた方がいいでしょう」

 

「……各国諜報機関が仮面ライダーに手を出したという証拠は我々の手に。それをあえて見逃されるというのは、とっても気分が良くないでしょうね。首根っこ掴まれたようなモノですから」

 

 峯秋の行動で、日本警察は各国に恩を売った。今回は黙って見逃してやるから、これ以上は変な行動を起こすな、と。さらに証拠は日本警察が握っているのだから、それは後々、敵対する国々に切り売りできる。

 

「国家防衛局からこっち、改革も停滞していましたからね。今後、我々の力を高め、理想の警察組織を築くために必要なカード。それを……。ふふ、いや、失敬。あんな血液で得られるなら、十分でしょう」

 

 峯秋の笑みは、各国の徒労を笑うものだ。

 

 仮面ライダーが傍にいる。それも、警察という組織にいて。当然、警察とて彼の体を分析しないはずがなかった。既に健康診断の名目で、十分な生体サンプルの回収と研究は行われている。

 

 そうして、分かったのは『彼は何の変哲もない人間』だということ。

 

 諜報機関は、そんな当たり前の事実を入手するために躍起になり、結果、日本警察に借りを作ってしまった。笑いが止まらないとは、このことだろう。一リットル幾らの血液のために、彼等は国を危機にさらしたのだから。

 

 ただ、そうした組織を見逃す以上、必ずどこかに歪は生じてしまう。例えば、

 

「越谷の資金源やら、ライフルの入手経路やら。公判ではどう説明するつもりですか?」

 

「いくらでもスケープゴートはいます。越谷と関わりのあった愚かな売国奴達。ちょうどいいので、連中を摘発し、罪も被ってもらおうかと。逮捕が早いか遅いかの違い。何も影響はありません」

 

 別の犯人を仕立て上げるという力技の解決方法。朗らかに冤罪を作り出そうとする峯秋へ、小野田は少しだけ意味を含ませた視線を向ける。

 

「官房長はお気に召しませんか?」

 

「正義の味方の警察官としては、少しばかり如何なものかと。……なんてね」

 

「ははは、それは面白い考えですな」

 

 今、これほどの強権をふるっている警察のトップが、どこか夢物語のようなことを言うなんて。

 

 峯秋はカップを置くと、悠々と退出していく。二年後、自らが警察庁次長となった時に、あるべき警察組織を思い浮かべながら。

 

 

 

 こうして世間を騒がせた泊進ノ介襲撃事件は幕を閉じた。

 

 実行犯三名の逮捕、人質の救出、泊進ノ介の回復。そして、政治的な駆け引きも終わった。事件は過去のものとして、この先には裁判などのちょっとした節々にしか現れることはない。

 

 だが、そうは思っていない人間もいた。

 

「……気になることがあります」

 

「はい?」

 

 十二月三十一日大晦日の朝。

 

 両島医師の逮捕に伴い、再検査のため警察病院へと入院した進ノ介が、見舞いに来ていた右京へと告げる。

 

 幸いにも彼の体に異常はなく、年明けには退院できる予定であったのだが、まだ、その顔は晴れていなかった。奥歯に何か挟まっているような、解明されていないことがあると言いたげな様子。

 

 そんな、いつもと全く逆のシチュエーションに右京は目を細める。彼の視線は進ノ介が手にしたタブレット、もっと言えば、そこに映し出されている吹原かおりの証言に向けられていた。かおりが廃工場へと向かう前、詳細な動機を述べたものだ。

 

「吹原かおりは事情聴取に対してうわ言を繰り返しているそうです。その映像が、彼女の唯一の証言と言えるでしょう」

 

「彼女が信じていた真実を語っていますね」

 

「物証があり、映像での自発的な自供があり、立件するには十分すぎるほど。他に何か、明かすべき真実があるというのですか?」

 

 そんな右京の言葉に、進ノ介は苦笑いを浮かべた。

 

「いい加減、試すのはやめてください。……映像を見たんです。あなただって、気が付いてるでしょう?」

 

 右京のらしくない冗談を窘めつつ、進ノ介はタブレットを置き、右京へと向き直る。すると右京も小さく頷きつつ、椅子から立ち上がった。

 

「……ええ。確かに、僕にも気になることが残っています。とても大事な、明かさなければいけない真実が」

 

「それを残したままに、絶対にしておきたくないんです。年の瀬ですけど、ひとっ走り付き合ってもらえませんか?」

 

 その問いかけに対する、右京の答えは決まっていた。微笑み、コートを羽織り、身だしなみを整え、彼がこれまで続けてきたように。

 

「僕でよければ、喜んで。君、外出許可は?」

 

「何とかもぎ取ります!!」

 

「それでは、年が変わるまでに。……さあ、行きましょうか、泊君」 

 

「ええ、トップギアで」

 

 二人だけの特命係は、最後の真実を求めて、走り出した。




次回、ラストパートです。
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