泊進ノ介が何者かに襲撃され、特状課の面々が襲われる事件が発生した。
事件の中、過去の後悔に苛まされる進ノ介だったが、決意を新たに捜査を開始。
そうして、事件の裏でネオシェード復活を企んでいた者たちが逮捕され、ロイミュードを息子だと縋っていた悲しい母親も、事件の真実に直面することになった。
誰もが事件解決を喜ぶ中、まだ特命係の二人には納得できないことがあり……。
「すみません米沢さん、こんな時間まで」
除夜の鐘が響こうとする、夜更け。
多くの職員が帰宅し、残されているのは宿直の者くらい。そんな人気がなくなった警視庁で、米沢はスタンドライトの光の下、鑑識作業を続けていた。そんな彼へと、進ノ介が頭を下げる。
米沢が注意深く眺めていたのは、とある事件の証拠品だった。もう終わったはずの、誰も見ずに倉庫の奥に眠っている証拠品。本来なら、こんな時間に精査しなくても良いもの。その鑑定を特命係が依頼した。
米沢とて帰りたかったに違いない。けれども、進ノ介達が真剣に頼むと、米沢は不満も言わず作業に取り掛かってくれた。今も、申し訳なさそうな顔をする進ノ介へ朗らかに言う。
「これが私の仕事ですから。なにより仮面ライダーの一ファンとしては、張り切るしかありませんな!」
「……それは、ヒーローの頼みだからですか?」
言い、進ノ介は意地の悪い質問だったかもしれないと後悔する。だが、米沢は嫌な顔一つせず、頭を振るった。彼とて人の好き嫌いはある。それに、ヒーローだからと無条件で助けるわけではない。彼が協力したのは唯一つの理由から。
「泊さんの助けになれるからです。貴方はいつも、誰かを助けるために働いてきた。決して、仮面ライダーは人を見捨てて逃げなかった。それを私は、ずっと見てきました。
……だから、私は貴方の助けになれるなら光栄なのですよ」
米沢はルーペで証拠を見つめながら、いつもと異なるしっとりとした調子で語り始める。
「時々思います、この仕事は悲しいものだと。鑑識は、いつだって事件の痕跡をたどる。もちろん、それが捜査の大きな助けになると理解していますが……。やはり、我々の出番は誰かが傷ついた後なのです」
米沢は毎日のように見てきた。
殺された人々の無念を。傷ついた人々の嘆きを。鑑識は遺体の最期の声を聴く仕事ともいう。それを聞き取れることを誇りに思っているが、それでも、無力感に悩まされることは当然にある。
「ですが、仮面ライダーは多くの人を守ってくれた。悲しむ人を、我々のもとにたどり着く人を少なくしてくれた。そんな市民を見捨てない仮面ライダーを、私は尊敬しています。他の人が何を言っても、貴方はヒーローだと」
米沢の言葉には、進ノ介に対する真心と気遣いが感じられた。それが進ノ介にとっては嬉しく、頼もしいもの。
それを聞いていると、仮面ライダーに変身した、最初のころを思い出した。まだ何も知らずに、がむしゃらに走っていた時。そのいつかに、人間の醜い心を目の当たりにして、信念を揺るがされたことがあった。
進ノ介を救ったのは、日々をまっすぐに生きる人々。彼らが自分を救い、立ち上がる勇気をくれた。
「……もう大丈夫です。米沢さんの様な人がいてくれるから。俺は、悔いもたくさんあるけれど、仮面ライダーであったことを誇りに思えます」
「っ! そういうことおっしゃられると、ファンとしては有頂天になってしまいますよ。自分で話し始めて何ですが、まだ作業中ですから、集中しなければ」
そうして年が明けるまで、進ノ介は自分の務めを果たした。真実を明かして、事件を解決する。刑事でなければできない仕事を。
相棒 episode Drive
第十話「機械人形への鎮魂歌 VIII」
一月一日、元日。めでたい日には訪れたくない場所、取調室の前で、不機嫌な顔の伊丹が待ち構えていた。刑事の仕事に元日なんてものはないが、それでも新年早々に特命係に駆り出されるのは、心外なのだろう。顔を見れば、そんな感情が一目瞭然。
ただ、彼も思うところはあったのか、進ノ介へと鼻を一つ鳴らすと背中をばしりと一発叩く。そうして特命係の二人を取調室の中へと通してくれた。
温度が通らない、ひんやりとした無機質な部屋。
進ノ介は椅子に座ると、机を挟んだ人物を見る。
「吹原かおりさん。初めまして、泊進ノ介です」
自分を狙撃し、命を狙った殺人未遂犯。それに何より、息子に化けたロイミュードに命を狙われた被害者である吹原かおり。彼女は、数日前とはまるで異なるやつれた顔で、静かに視線を落としていた。
憔悴しきり、今にもきっかけがあれば、命を失ってしまいそうな状態。あれほどに憎しみのはけ口としていた進ノ介にも、反応もしない。
「……この数日、食事をとりもしねえ」
伊丹が耳打ちするように、進ノ介へと教えてくれる。それを聞いて、進ノ介には同情を禁じえなかった。
いったい、どのような気持ちだったのだろうか。
やっと帰ってきた息子を出迎えて、共に楽しい生活を送っていたのに、息子が事故死。消沈する中、突如帰ってきた代役はロイミュード。
それだけならまだしも、彼からは毒を盛られていたなんて。息子がひそかに企んでいた、自分の殺害計画を突きつけられるなんて。自分の人生を、根こそぎ否定されるのに等しい。いや、そんな陳腐な言葉では絶望を説明できるはずがない。
未だ子供を持ったことがないが、いつかの未来を知らされている進ノ介にとっても。未来の息子にそんなことをされれば、現実を拒絶してしまうのは自然のことに思えた。
その中で『息子』を害した仮面ライダーは、唯一の感情の矛先となりえたのだろう。進ノ介にとっては理不尽なことではあったが、彼女を憎む気持ちはなかった。むしろロイミュードは倒せたのだろうが、その犯罪を暴けず、ここまで彼女が追い詰められるまで止められなかった。そのことに、申し訳なさも感じている。
だから、進ノ介は右京と見つけた真実を、彼女へと送ることに決めた。息を吸い、静かに口を開く。
「息子の健輔さんについて、お話があります」
健輔の名前を出すことで、かおりの暗い目に、わずかに感情がともる。それはどこか恐れるような、真実を拒絶するものではあったが、それでも言葉は届いていた。
「健輔さんがあなたの殺害を計画していた。それは確かだと思います。毒入りのマニキュアは健輔さんによって用意され、その死後、彼をコピーしたロイミュードがあなたへ渡した。
……ですが、俺たちは、一つだけ、思い違いをしていました」
かおりが亀のようにゆっくりと、首を上げた。そうして、仮面ライダーの顔が、初めて彼女の瞳に映る。
「きっかけはあなたの証言ビデオです。そこであなたは、ロイミュードが健輔さんの隠していたマニキュアを見つけた、と話している。それが、俺と杉下さんに疑問をもたらしました」
「健輔君は数か月、貴女と共に過ごしていた。送ろうと思えば、すぐにマニキュアを送れたはずです。それに、ヒ素の含有量から、病死に見せかけるために、長いスパンでの殺害を計画していた。金に困っているのなら、なるべく早く、渡してしまいたいはずです……。なぜ、彼は生前に計画を実行しようとしなかったのか」
右京も進ノ介も、かおりの証言を聞く前は、健輔がかおりへとプレゼントを贈ったのちに死亡していたと考えていた。だが、もし、彼が渡せなかったのではなく、渡さなかったのなら。
その不自然な行動にこそ、彼の真意があるのだと、二人は考える。それは、
「確かに、健輔君は金欲しさに貴女の殺害を思いついたかもしれません」
「ですが、その実行前に、考えを変えたんじゃないかって」
「……え?」
ようやくと、かおりの意識が取調室へと戻ってきたのを感じた。かおりの縋るような細く漏らした声を聞きつつ、進ノ介はとある袋を彼女の前に置く。煤に汚れて、文字が読み取れにくい、細い紙。
「これは健輔さんの起こしたバイク事故。その現場から回収されたものです。あなたが遺品の回収に現れなかったので、ずっと警察で保管されていました。
……読み取るのは難しかったですけど、これは注文書だったと分かりました。オーダーメイドのマニキュアの」
「それも、ただのマニキュアではありません」
続いて、右京が綺麗にラッピングされたマニキュアをかおりの前に置く。それは彼女の記憶にあったものと、瓜二つの品。
「……僕たちが見つけた毒入りのマニキュア。それと、全く同じ種類のものです」
「彼は、もう一つ、マニキュアを買おうとしていた」
だが、それは不自然だ。既に毒入りのマニキュアを購入している。相手の死を願う、悲しいプレゼント。だが、いくら小さな瓶とはいえ、マニキュアも直ぐに消費されるものではない。まして、まだプレゼントを送っていないのに。
もう一つ、同じマニキュアを買おうとしていたというのは、おかしな行動と言わざるを得ない。
それが特命係が見つけた真実。
「ここからは、あくまで僕たちの推論です。ですが、健輔君は毒入りのマニキュアを送るのを取りやめ、害のない物にすり替えようとした。そう思えてなりません。……貴女の命を守るために」
「ロイミュードが健輔さんをコピーしていた。ということは、そのロイミュードは生前から彼に接触していたはずです。そして、彼等は人間の暗い欲望を煽る。もちろん、これは証拠がない事ですけど、保険金殺人を計画したのは、ロイミュードの働きかけがあったかもしれない」
「健輔君の傍にロイミュードが控えていた。それならば、ただ、マニキュアを破棄することはできない。計画実行を望むロイミュードを誤魔化すため、マニキュアをすり替える必要があったかもしれない」
二人の語る推理は当事者たちが全て消え去っている以上、証明しようがない。けれども、二つのマニキュアの存在やロイミュードの性質から、十分に推論として成り立つだろう。
そして、健輔とロイミュードとの間に亀裂が生じていたのなら、もしかしたら、死亡事故は……。
(いや、証拠が見つけられない以上、ロイミュードでも罪を着せちゃいけない)
進ノ介はよぎった考えを閉ざし、かおりを見つめる。特命係が見つけた『真実』は、二つ目のマニキュアの存在まで。あとは、その中から、彼女がどんな意味を見つけるか。
「貴女はどう思いますか? 息子さんは、健輔君は、貴女にとって、どんな方だったのですか?」
杉下右京の、心の奥に問いかける様な、穏やかな言葉に。
「……健輔はね。優しい子でしたよ。乱暴なところもあったけど、いつだって、そんな自分を反省できた。コロッケが好きで、お化粧にも詳しくて、私の手を優しく握ってマニキュアを塗ってくれたんです。私、手が荒れやすくて、クリームを買ってくれたり。
お金を返済したら、一緒に旅行に行こうって言ってくれて……」
かおりはとめどなく涙を流しながら、息子との思い出を語りだす。息子との思い出が蘇ったように。息子の顔が思い出せたように。
今、ようやく、彼女の息子は機械の体から、彼女の記憶へと戻ってきた。
「……素敵な息子さんですね」
うずくまり、謝罪と息子の名前を呼び続けるかおりに、進ノ介は優しく、それだけを告げるのだった。
事件の全てが決着したことで、二人はようやく肩の荷を下ろし、正月を受け入れることができた。そんな三が日の最終日に、進ノ介は騒がしい都会を歩いていく。
外出の許可時間を平然と破り、医者から説教を受けつつも退院したのはちょうど今日。せっかくだからと、元特状課の面々が開いてくれた新年会を大いに楽しんで、どことも知れない外国からテレビ電話してきた剛をからかったり。
そんな会がお開きとなった後、
「あれ、今日は杉下さんはいないんですね……」
進ノ介は花の里の暖簾をくぐって、小さな声を漏らした。
杉下右京とは、元日以来、会ってはいない。進ノ介も今日の会に誘おうとしたのだが、電話は繋がらず。仕方なく彼がいそうな花の里へとやってきたのだ。
あいにくと右京はいなかったけれども、晴れやかな着物で出迎えてくれた幸子は、進ノ介を歓待してくれた。
「泊さん、今日が退院だったんですか。ほんとに大変な年末年始でしたね」
「まったくです。けど、おかげで色々と考えることができましたし。あ! 幸子さんも、お見舞いとか差し入れ、ありがとうございました」
「どういたしまして。仮面ライダーさんに喜んでいただけたら、女将として嬉しいです。……それじゃあ、私からも退院のお祝いに。今日は奢りです♪」
進ノ介は幸子のお誘いに従って、椅子に座る。幸子が供してくれたのは、お正月らしい御雑煮。寒い街中を歩いてきたところなので、その温かさは体に沁みた。
それから、しばらくの間、言葉少なに。ふとした拍子に、いつも右京が座っている場所を見る。最初のころは、顔も見たくなかった上司なのに、思い返すと一緒に食事をすることも多くなった。そんなちょっとしたことが思い出された時に、
「……杉下さんって、不思議な人ですね」
進ノ介の素直な感想が漏れていく。
今日、右京を探して、何を話したかったのか。それは進ノ介にも分からなかった。もしかしたら、背中を押してくれた礼を言いたかったのかもしれないし。これまでの非礼を改めて詫びたかったのかもしれないし。事件を共に解決したことを喜びたかったのかもしれない。
けれど、あのどこか変な警察官と何かを語りたかった気持ちは変わりない。
「偏屈だし、人の気持ちは考えないし、子供みたいに興味があることだけを追いかけて。……ほんと、毎日あの小さい部屋に居て、何度頭にきたことか分かんないし。
……けど、間違いなく、あの人は警察官なんだと思います。今では、そう思うんです」
それも、強い信念を持った、尊敬できる警察官。
どんな事情が彼にあったのかは知らない。どういった事情で、特命係が作られたのかも知らない。けれど、どんな境遇にあろうとも変わらずに真実を追う杉下右京という男と出会えたのは、きっと、自分の人生にとっても価値があるものだったと思えてならない。
そんな進ノ介の独り言を聞いて、幸子が言う。
「……泊さんは、特命係、お嫌いだったんですか?」
質問に、進ノ介はためらいもなく頷いた。
「最初は、どうしてこんなところに居なきゃいけないんだって、毎日思ってました。もちろん、今はそうは思ってませんよ? いませんけど。でも、特命係で何ができるのかは、まだ、分かりません……」
これからの未来、人間の悪意を食い止め、ロイミュードやベルトさんと笑って再会できる日にたどり着くために。今は特命係の自分ができること。それは、何だろうかと。杉下右京が言ったように、進ノ介は考え続けている。
すると、幸子はうなずきながら微笑み、進ノ介にとって意外なことを言うのだ。
「実は、私、前科者なんです」
「……え?」
「殺人未遂。私、人を殺そうとして、杉下さんに逮捕されたんです」
進ノ介は幸子の顔を見る。何時もと変わらない、優しく、影を感じない女性だった。けれども、幸子が語る経歴は、そんな上品な様子とはかけ離れていて、強い驚きを進ノ介にもたらす。だが、その丸くなった目を見て、幸子はほんわかと笑うのだ。
「ずっと昔のこと。でも、今も、不思議に思います。不幸だ不幸だって、思い込んで。人を殺すことで全部忘れようとした私が、逮捕してくれた刑事さんの紹介で素敵なお店で女将をしている。
けど、杉下さんと亀山さんに捕まらなかったら、こんな幸せな人生はなかったって思うんですよ」
「……特命係に?」
「ええ。信じられます? 杉下さん、逃亡しようとした私のこと、ちょっとしたことで疑って、高速バスに乗り込んで、根掘り葉掘り聞いてきたんですよ?
亀山さんも色んなところを駆けまわって、現場を探してくれて。……事件じゃないかもしれないのに、何も命令がないのに。けれど、そこまでしてくれたんです」
だから、幸子はここにいるのだと。そうでなければ彼女は殺人犯になり、もしかしたら殺されていたかもしれないと。それだけでなく、これまでも彼女は特命係に助けられてきたそうだ。
聞くだけでも、不思議でドラマのような出来事。
不思議な縁で特命係と結ばれた彼女だから、言葉には実感がこもっていた。
「……だから、こう思うんですよ。特命係は『特に命令がなくてもいい』係だって。命令がなくても、誰かを助けるために動いてくれる。私、警察のこと詳しくは知りませんけど、そんな警察官にもいてほしいって思います」
組織の枠から離れていても、上から疎まれても。
事件が起きれば、真実を暴き、人を助ける。
その在り方は組織人としては間違っているかもしれない。社会人としては不適格かもしれない。けれど、市民を守るために力を尽くすためには、そんな警察官も必要なのだと、進ノ介にも思えた。
「……俺もそんな警察官でいたいですね」
「泊さんはそういう警察官ですよ? だって、皆を守るために必死に働いてくれた、仮面ライダーなんですから」
「……それなら」
進ノ介は幸子に礼を言いながら、立ち上がる。
今からやりたいことが、決まってきた。
翌日の仕事始め。少しばかりの野暮用を済ませ、進ノ介が足を向けたのは見慣れた警視庁ではなく、警察庁だった。昨晩、本願寺から聞かされたとある事実と、
『アポイントは取りました。もし、君にその気があるのなら、向かってください』
その言葉に従って、進ノ介は国を守る無機質な城を登っていく。たどり着いた部屋をノックし、開けた先には、
「あなたは……」
「ええ、泊さん、お久しぶり」
対面した、黒革の椅子に座る、不思議な迫力を持ったスーツの男。それは、間違いなく、霧子へのプレゼントに悩んでいた時、助言をくれた小野田だった。
部屋に踏み込む前に一瞬で全てを理解する。そして、進ノ介は答え合わせができたことに、不思議な納得を感じながら前へと進んだ。
「あなたが、小野田官房長だったんですね」
「ええ、僕が小野田です。そして、君を特命係に送った張本人。この間は黙っていて悪かったね」
謝りつつ、全く謝っているように聞こえない小野田の言葉に、進ノ介は苦笑いを浮かべた。勧められるまま、椅子へと座り、小野田と向かい合う。
小野田はわずかに目を細めつつ、進ノ介へと語り掛けた。
「それで? 朝から随分と世間を騒がせている仮面ライダーが、僕に何の用かしら? ……いや、用はいくらでもあるだろうけど」
「俺を特命係へ送った理由。……それを聞けば、答えてくれますか?」
「それは駄目ですよ。僕だって、色々と考えて、君を送ったのだから」
当然のように、一蹴。
けれども、それは予想できた答えであり、進ノ介もぞんざいな言い方へと悪感情を抱くこともなかった。この人がそう言うのなら、そういうことなんだろう。なんて、納得させる魅力が小野田にはある。あの宝石店で出会ったときの印象と変わらない。
だから、進ノ介にとっては、そんな答えで十分だった。もとより、答えを知りたくて来たわけではない。
進ノ介は姿勢を正すと、小野田へと深く、頭を下げた。
「ありがとうございました。俺を、特命係へ送ってくれて」
嫌味でも、恨みでもなく、心の底から進ノ介は感謝の言葉を小野田へと送った。
それに小野田が何を思ったのかは分からない。ただ、進ノ介が頭を上げた時、彼は僅かに表情を変え、しばし無言だった。もしかしたら、それが彼の驚きだったのかもしれない。
小野田はゆっくりと時間をかけながら、口を開いた。
「僕は、君には恨まれても仕方ないと思っていたけれど?」
「もちろん、最初は恨みましたよ。どんな理由で、特命係に行かなくちゃいけないのかって。でも、今は……。俺が特命係に送られたのも、杉下さんと出会えたのも、意味があったのだと信じています」
きっと何か不思議な縁がなければ、泊進ノ介と杉下右京という人間は交わることがなかった。そんな確信が進ノ介にはあった。近いけれども、遠い世界の隣人のように。互いを知ることなく、別々の道を進んでいっただろうと。
もしかしたら、この出会いに意味はないのかもしれない。先の未来で決定的な破綻を迎えるかもしれない。けれども、警察官として正義を追い求める中で、杉下右京から学べることはきっとあると、進ノ介は思う。
それをもたらしてくれたのは、目の前の小野田だ。
「だから、ありがとうございます。小野田官房長」
そんな若い刑事を、小野田はどこか眩しく見つめていた。
「……少し心配になるね。僕みたいな男にお礼を言うなんて。この先、きっと後悔することになるよ」
「大丈夫です。俺はあなたのこと、あまり知りません。でも、霧子はプレゼント喜んでくれました。何か企みがあったとしても、あのプレゼントを手伝ってくれたあなたを、信じることにします。
今は、難しいことを考えるのを止めて」
どうしようもなく青臭くて、子供が思い描く英雄の様な言葉。かつて語ったように、何年振りかに、あの純情な警察官が思い出されて仕方ない。杉下右京を変えて、特命係を作り上げた彼のように。
小野田は少し含むように笑って、それでも悪の親玉のように進ノ介に告げる。まだまだ、自分の考えを見せるには早すぎると。
「分かりました。君がどうしても特命係が嫌だというのなら、僕だって考えたけど。そこまで言うのなら。どうぞ、離島暮らしを満喫してください。仮面ライダードライブ、泊進ノ介君」
「ええ。いつか、杉下さんと答え合わせに来ますね。あなたの狙いが何だったのか。……もし、その答えがあっていたのなら、何かプレゼントでもください。あの時と同じように、素敵なものを」
言い残し、最後まで笑顔で進ノ介は立ち上がった。
頭を下げ、退出する後ろから、小さな
『まいったね』
なんて声が聞こえた気がした。けれどそれは、霞のように空気に溶けて、小野田の面白そうな声が上書きする。
「最後に、僕から一つアドバイス。杉下にはくれぐれも気を付けることをオススメします。杉下は君と違って迷わないから、あいつの暴走には巻き込まれないように」
「……暴走?」
「そう。……何かあったら、気まぐれに助けてあげるから。いつでも来ていいですよ。ああ、それと、今朝みたいな騒動は謹んでね。これでも僕、警察の偉い人だから」
そうして、小野田公顕と泊進ノ介のファーストコンタクトは和やかに終わりを告げた。
『泊さん! 今回の事件、犯人の主張についてはどう思われますか!!』
『捜査に加わって、犯人逮捕に貢献したとは本当ですか!!?』
『容疑者がロイミュードに洗脳されていたとは、事実ですか!?』
いくつものフラッシュライト、突きつけられるマイク、群がる記者の中、進ノ介はしっかりと立ちカメラを通した国民に向き合っていた。
堂々と、けれども真摯に、進ノ介は質問に答えていく。
『彼女の犯行動機にロイミュードが関与していた。それは事実です』
その返答に、記者が一斉に色めき立つ。またも仮面ライダーの大活躍だったと、国民の人気者の新ニュースに喜んで。
『それでは! 今回も仮面ライダーの大勝利だったと、そういうことですね! おめでとうございます!!』
口々に仮面ライダーというヒーローへの賛辞が投げかけられる。だた、進ノ介は一際に真剣な目でそれを否定した。
『いいえ、勝利なんかじゃありません』
『そ、それはどういう意味ですか?』
『確かに、ロイミュード達は悪事を犯した。今回のように、今も多くの人に傷跡を残す大きな事件を。けれど、仮面ライダーとして、今は思います。他にも、きっと道はあったと』
進ノ介は一度口をつぐみ、少しだけ考え、けれども迷わずに真実を明かす。
『人間の悪意こそが、ロイミュードを暴走させたんです。そして中には良いロイミュードもいた。俺の戦友、仮面ライダーの一人はロイミュードでした。そして、グローバルフリーズを阻止するため、協力してくれたロイミュードもいた。決して、彼等はただの悪魔ではなかった。
……今、彼らがこの世界にいない以上、あの戦いは勝利ではありません』
だから、
『あの事件を経験した者として、二度と悲劇を起こさせない。仮面ライダーとして、刑事として、泊進ノ介として。それが、彼等への誓いの言葉です』
「かーっ! カッコいいねえ。これでこそ仮面ライダーで泊進ノ介だよ!!」
「ただ、会見をセッティングした広報課の皆さんは各社からの問い合わせ対応で大変な目に遭っているようですよ? 事前の打ち合わせとは、だいぶ違う話をしてしまったようですから」
コーヒーと紅茶を淹れながら、角田課長は少し興奮気味に、右京は新年早々大変ですね、なんて。テレビ映像を見ながらも、普段通りの特命係がそこにはあった。
事件解決を受けた泊進ノ介の緊急記者会見。そこでの決意表明とロイミュード事件に関する新事実に、新年から日本は大騒動となった。世間の受け止め方は、それでこそ警察官だと、進ノ介を再評価するものが大多数。上層部としては胸をなでおろしているだろう。
「……でも、泊君、まだ特命係なんだな」
「人事異動がなかった以上、そうなりますねえ」
二人はそっと、後ろを見やる。
「あー、しっぱいしたかなー、すなおにたのめばよかったかなー」
そこには机に突っ伏して干物のようになっている泊進ノ介がいた。ミルク飴をころころと転がしながら、魂が抜けたようにぶつぶつと呟いている。
「……そりゃね、特命係だから仕事はないよ」
朝に会見を終えて、小野田との邂逅も終えて、意気揚々と特命係へと入ってきた進ノ介。
『せっかくの新年ですから、エンジン全開で!!』
ネクタイを締めながら、トップギアどころか変なテンションだった彼。だが、無情にも、今日どころか、しばらくも仕事の予定はない。彼がいくらやる気を出そうとも、特命係が仕事を与えられない窓際部署に違いはないのだから。
いくら『命令がなくてもいい係』と言っても、行先が見つからないのでは、エネルギーも宝の持ち腐れ。進ノ介はその事実を再認識して、一転、意気消沈してしまっていた。
右京はそんな進ノ介の前に、手ずから淹れたミルクティーを置くのだ。
「これがいつもの特命係です。そろそろ、君も慣れるべきですよ? ……改めて、ようこそ特命係へ」
「……歓迎の言葉なのに嫌味にしか聞こえないんですけど。それに、俺はだいぶ前から特命係ですから、おかえりなさいですし。
いや、せっかくの新年なんですから。別の台詞がちょうどいいですよ」
進ノ介がカップを受け取って、それを掲げる。右京も同じく。そうして、お決まりの台詞で新しい年を迎えた。
「ええ、その通り。明けましておめでとうございます、泊進ノ介君」
「明けましておめでとうございます、杉下右京さん」
あとがき
これにて第十話は終了です。
過去最大のボリュームと、冒険的なテーマでお届けした正月スペシャル、いかがだったでしょうか?
私としても苦心しつつ、熱量をもって書き上げられた話です。
もし今話を読んだ感想、評価を頂けましたら、今後の大きな勉強となります。どうかよろしくお願いいたします。
今話のテーマは「ヒーローの資質」
二次創作としては、踏み込みすぎなテーマかもしれません。ですが、相棒という個人の信念と思惑が交差するドラマを原作とした以上、やるべきことだと思いました。
仮面ライダーというヒーロー。私も長く見てきて、そのヒーロー性はどこにあるのか、と思う時があります。それが現実になった世界なら、救世主という偶像を求める人もいれば、利用価値を探す人もいる、力だけを信奉したり、求める資質は違うでしょう。
ですが、仮面ライダーというヒーローは、『迷いながらも進む』ことが何よりの資質だとも思うのです。
進ノ介も最終回で悩みながらハートと別れ、特別編で悪と戦い続けることを決意しています。けれど、どこかでロイミュードへの後悔を残していたでしょうし、マッハサーガや客演での頼もしすぎる姿は、きっとそういった悩みと向き合った結果だと思えました。
多分、右京さんいなくても立ち直ったでしょうが、十年来の刑事キャラ先輩として、右京さんに今回は花を持たせた形に。
今回出てきたロイミュードは、特に誰とは規定はしません。後半に倒されたロイミュードの誰か。どんなロイミュードでもありえた話だと思います。きっと、番組内で明かされないだけで、同じように被害を受けた人はたくさんいると思います。
隠しモチーフはSeason9第10話「聖戦」。
新年早々、ヒーロー役者が爆殺されたり、母親の重すぎる愛情が引き金となった事件です。右京と神戸の対立もあったりと、印象深い話でした。
それでは最後に次回予告。
正月スペシャルの後は、何となく恒例のイメージがある○○回。ということで、意外なキャラを登場させながら、にぎやかにお届けしたいと思います。
第十一話「彼らの胸を焦がすものは何か」
どうかお楽しみに。