「司令! この
狐色のツインテールが、彼女の意気込みを物語るように揺れ動く。
陽炎型ネームシップたる彼女は、あいかわらずその名前にふさわしい
見ているだけで勇気づけられるような、理屈抜きで元気が湧いてくる、そんな不思議なチカラを持った満面の笑みだった。
しかし……
「いや、安心しろって言われても、俺はまったく状況を飲み込めないんだが……」
駆逐寮にある一室の空き部屋。
その部屋に特に説明もなく連れてこられた俺は、安心するよりもまず困惑する他なかった。
当然である。
涼月と二人きりになって危うく我を忘れていたところを、強引にとは言え救出してもらったことは感謝しているが……
ワケもわからず振り回されてはたまらない。
何より、先ほど陽炎が口にした『このままだとマズイ』という発言も気にかかる。
「ちゃんと事情を話してくれよ陽炎。俺をここに連れて来てどうする気だ?」
「いえ、ワケは聞かないでちょうだい!」
「はい?」
「疑問はもっともだけど、いまは説明している暇もないの! でも大丈夫! 司令は私が必ず守るわ!」
そう言って陽炎は星が瞬きそうなサムズアップ&ウインクをする。
「とにかく司令はここでジッとしてて! 私がなにもかも万事解決してくるから!」
と、そのまま陽炎は勢いよく空き部屋を出ていこうとする。
「待てい」
「ひゃんっ!?」
人を混乱状態のままにして置いてきぼりにしようとする陽炎を、後ろから羽交い絞めにして引き留める。
「ちょ、ちょっとぉ! 離してよぉ司令~!」
顔を赤くしてジタバタする陽炎。
しかし詳しいことを聞くまで離すつもりはない。
「あのなぁ。何の説明もなしに安心しろなんて言われて納得する奴がどこにいるんだ?」
「だ、だから説明してる暇ないんだってばぁ! 私に任せてここで大人しくしててよ~!」
「陽炎、お前のその行動力は美点のひとつだけどな。一人だけ問題を抱え込んで、誰にも話さずに解決しようとするのは悪いクセだぞ」
口振りから察するに、どうやら俺を守ろうとしていることはわかる。
しかし、何から?
肝心な部分を陽炎は話そうとしない。
実はこういうことは頻繁にある。
何かしらトラブルが起きても、陽炎は他者に頼らず、すべて一人で解決しようとする。
そして実際、一人で一件落着に持ち込めてしまう。
陽炎にはそういうヒーロー染みた素質がある。
まっすぐな正義感と絶対的な自信でどんな障害にも果敢に挑む。頼もしいと言えば頼もしい。
……しかし、一方でその正義感と自信が強すぎるあまり、周りの声に耳を傾けないところがある。
一度自分が正しいと思ったことは決して疑わず、勝手に一人で突っ走り、結果的に何も事情を知らない連中を放置するような形になる。
今回もまた同じケースだろう。
一人事態を把握しているものの、内密にしたまま独力で片づけるつもりらしい。
それで「安心しろ」などと言われても、当事者としては無理な相談だ。
逆に不安になってしょうがない。
「陽炎、強引に連れてきた以上、お前には説明する義務があるぞ? 何があったんだ? 言うまでは行かせないぞ」
「ひゃん! もう、どこ触ってるのよ! 司令のエッチ!」
「え、エッチって、別に変なとこは触ってないだろ!?」
言っておくが、どさくさに紛れて際どい箇所に手を伸ばしたりはしていないからな。
断じて。
「司令ったら、いくら薬のせいで甘えん坊さんになってるからって、こんなこと……」
「ん? 何でお前、そのこと知ってるんだ?」
「あっ! やば……」
うっかり洩らしてしまったらしい陽炎の発言。当然聞き逃さなかった。
どういうことだ?
俺に『艦娘に甘えたくなる薬』を盛ったことは、製作者である明石と計画を企てた艦娘しか知らないはず。
なんで陽炎が知っているんだ?
「陽炎?」
「あう……」
念推すように尋ねると、さすがの陽炎も観念したらしい。
溜め息を吐いてから渋々と語りだす。
「うぅ~。わかったわよ白状するったら……。司令がいま、どういう状況に置かれているのかは理解しているわ」
「理解ってどこまで?」
「明石さんが作った薬でいまマトモじゃないってことと解毒剤が必要なことも」
驚いた。
本当に事情を把握しているようだ。
「お前、どうやって知ったんだソレ?」
「情報の出どころは聞かないでちょうだい」
「なに?」
「知らなくていいこともあるってことよ。司令にとってショックなことかもしれないし。深入りしないほうがいいと思うわ」
どうやら陽炎は俺よりも詳しいことを知っているようだ。
ひょっとして俺が考えていた以上に、今回のトラブルは大ごとなのか?
「私が責任持って解毒剤を持ってくるから、司令はここで待ってて」
「……その口振りからすると犯人の当てはついてるみたいだな?」
「まあね。だからこそ聞かないでちょうだい。司令のためにも、
真実は時に人を傷つける。
明るみに出さず、知らないままのほうが、誰もショックを受けなくて済む。
それは一理ある。
実際、今回のことで俺は少し傷ついている。
まさか艦娘の誰かがコソコソとこんな凶行を起こすだなんて。
犯人にはひと言ガツンと言ってやるつもりだったが、いざ対面したら悲しさのあまり何も言えないかもしれない。
陽炎はそんな俺の気持ちを察して、真相を闇の中に封じようとしているのだろう。
これ以上俺を傷つけないように。そして犯人である艦娘との信頼関係を守るために。
陽炎は思いやり深い娘だ。
無理強いするところもあるが、それは相手を本気で心配しているがためだ。
そんな彼女は、俺と主犯の艦娘の双方のことを考えて、穏便にトラブルを解決するつもりなのだろう。
「二度とこんなこと起きないように、私がちゃんと説得する。だから司令、私を信じて任せてくれない?」
こちらを振り向いて力強く言う陽炎。
その目はとても真剣だった。
「……そうか。陽炎の気持ちはよくわかった」
「ほんと? よかったわ。じゃあ、そろそろ離し……」
「いや、そう言われると余計に気になってきた。聞き出さずにはいられない」
「はい!?」
「そもそも俺は提督として事件の全容を知る義務があるんだ。引くワケにはいくまいよ」
「ええええ!? 普通この場面でそんなこと言う~!?」
「言いますとも。てなわけで尋問します。こちょこちょこちょ」
「ひゃっ!? ちょ、ちょっとぉ! くすぐらないでよぉ! ひくっ、あははは! だ、だめぇ! 私、脇は弱いの、ひぃいん!」
羽交い絞めしていた片腕を陽炎のお腹に回し、カラダを支える。
もう一方の手で陽炎の脇をこちょこちょとくすぐる。
「そらそら吐きんしゃい。いったい誰が犯人なんだ? 洗いざらい話さないとくすぐり続けるぞ?」
「ふふ、あははは! し、司令の鬼ぃ! わからず屋ぁ! ひきっ、ふハハハハぁぁン! ちょっと、脇腹までくすぐらないでぇ! アハハハハ!」
先ほどの勇ましさも何処へやら。
掻痒感からカラダをくねらせながら涙目で大笑いする陽炎。
何とも嗜虐心を煽る反応に勢いが乗っていく。
「ふひゃひゃ、ひゃひゃぁん! し、司令! くく、も、もう許してよぉ! あははっ!」
「やめて欲しかったら知っていること言いなさいってば」
「だ、だから言えないんだってばぁ!」
「ええい! 強情な奴め! 続行だコラァ!」
「うひゃひゃん! バカバカ司令のイジワル~! セクハラで訴えてやるぅぅう!」
確かに大の男が見た目中学生の少女をくすぐるなんて、ギリギリでセクハラかもしれないな。
だが真犯人を暴くためなら手段は選んでいられない。
スマンな陽炎。
限界が来る前に素直に話したまえ。
しかし流石というべきか。
一部の艦娘から『物語の主人公みたい』と言われるほどの胆力と度胸の持ち主である陽炎。
くすぐられただけでは、なかなか口を割らなかった。
その結果……
「はぁ、はぁ……。も、もうらめぇ……」
もはや笑い声を上げる体力も残らないほどに消耗してしまった。
さすがに可哀想になってきたので、陽炎が失神する前に拘束を解く。
陽炎はそのまま、ぐったりと床に倒れ伏した。
じたばたと抵抗したためか、衣服はすっかり乱れ、めくれたシャツから白いウエストや、ささやかな胸の谷間が丸見えとなっている。
消耗した身を横たえ、涙目で息を吐くその姿は、見ようによっては
……いや、あながち間違いではないか。
我ながらやりすぎたと反省。
「す、すまん陽炎。大丈夫か?」
腰を下ろして倒れた陽炎を介抱する。
陽炎は呼吸を整えながら、俺に非難の目をぶつける。
「はぁ、はぁ……司令のバカ。やめて、って言ったのにぃ」
上気した顔でそう言われると、一層インモラルな空気が濃密なものとなる。
普段はそこらの男児よりも男児らしい活発さを誇る陽炎。
しかし弱まった状態で切なげな瞳を浮かべる姿は、男心を煽る色香を放っており、やはり陽炎も乙女なんだと痛感させられる。
つい反省の気持ちも忘れて、ドキっとしてしまう。
「司令ったら、本当に甘えん坊さんになっちゃってるみたいね」
「え?」
「でないと、こんなマネしないでしょ?」
「ま、まあ、そういうことにしておこうか」
俺の突飛な行動を、陽炎は薬のせいだと思っている様子。
だが実際、無関係というわけでもないだろう。
いつもの俺なら駆逐艦相手にくすぐりの尋問をするだなんて、躊躇するはずだ。
多少なり薬が影響していたものと思える。
そのためか、陽炎の表情から非難の色はだんだんと薄れ、イタズラを働く弟に呆れるような苦笑を浮かべる。
それは、多くの妹を持つ長女にしかできない、寛容に満ちた笑顔だった。
「ねえ司令? そんなに、私に構ってほしかったの?」
「はい?」
彼女が浮かべるその表情は、いつのまにか溺愛している妹たちに向けるものと同じものになっていた。
……いや、それとはまた別の感情も混ざっているだろうか?
「もしかして、私に傍にいてほしいから、あんな風に引き留めたりしたの?」
「あ、いや、だからそれは犯人のことを教えてほしかったからで……」
「本当かなぁ? だっていまの司令、艦娘に甘えたくてしょうがないんでしょ~?」
からかうような笑みを浮かべて、ちょんちょんと指で俺の胸元をつっつく陽炎。
どうも過剰なスキンシップによって陽炎の中で、何やらスイッチが入ってしまったらしい。
妹を甘やかす、長女としてのスイッチが。
「司令ってば、いま実はものすご~く、私に甘えたかったりするんじゃないの?」
「ん~?」と小首を傾げる陽炎の表情が、だんだんと甘ったるく蕩けていく。
陽炎は頼られたり、甘えられたりすると、とても機嫌が良くなる。
ネームシップとして、そして長女としての誇りが強いためか、誰かに必要とされることに喜びを感じるようだった。
そこに『過保護』をブレンドしたら、どうなるか。
結果は明白である。
「うりゃ」
「んぐっ!?」
陽炎は床から起き上がると、そのまま身を屈めている俺をぎゅっと抱きしめてきた。
「しょうがないなぁ。甘えん坊さんの面倒は、お姉さんがちゃんと見ないとね~♡」
トロンとした声色で、俺の顔を胸元へ導き、ヨシヨシと頭を撫でてくる。
ひかえめな膨らみながらも、ちゃんと柔らかな弾力を誇る陽炎の胸元。
しかも乱れたシャツの中から、甘い少女の匂いがむせるほどに香ってくる。
男の本能を揺さぶる刺激が、これでもかと襲ってくる。
いかん。
また『艦娘に甘えたい』衝動が引き出される危険な状況に陥ってしまった!
「ふふ♪ 司令にこんなことする日が来るなんて、なんだか新鮮。でも悪くないかも」
「お、おい陽炎。こんなことしてる場合じゃないだろ」
「遠慮しない遠慮しない♪ 大丈夫だって、誰にもバラしたりしないから。好きなだけ私に甘えてくれていいのよ? ふふん♪」
だめだこりゃ。
陽炎のやつ、完全に『お姉ちゃんモード』に入ってしまって本来の目的まで忘れている。
一刻も早く解毒剤を手にしなければならないのに。
しかし……
「よしよ~し♪ この陽炎型ネームシップに何でも言ってくれていいんだからね~♪」
イケナイとわかっていても、陽炎の抱擁には不思議と抗えない魔力らしきものがあった。
ヘタをしたら本気で頭が幼くなって、少女であるはずの陽炎に甘えたくなるような、そんな魔力が。
それは長女だけが持ち得る包容力。
小さなカラダでも、どんなことでも受け入れられる広い広い器。
なるほど。陽炎型の姉妹たちが、長女に頭が上がらない理由も頷ける。
これほど深い慈愛を向けられたら、その思いに応えずにはいられなくなるだろう。
思えば、陽炎はいつだって過剰なってぐらい妹たちへの面倒見がよく……
……面倒見が、いい?
瞬間、俺の脳が光速で処理を始める。
甘えたくなる薬。
依頼人《S》
陽炎が庇おうとする存在。
ふとしたきっかけで、頭の中に散らばるパズルのピースが揃うことがある。
まさにそのような勢いで、記憶中枢に閃光の波が訪れる。
そうだ。
考えてみると不自然なことが、いくつもある。
それが意味することは、つまり……
「謎はすべて解けた!」
「ふえ!?」
解答を得た俺は、思わず陽炎の抱擁から抜け出した。
そうか。
そういうことだったのか。
俺は陽炎の肩をガシっと掴む。
「陽炎、どうやらこの部屋から出すワケにはいかないのは、お前のようだ」
「え? どういうこと?」
「説明しよう」
戸惑う陽炎に、俺は辿り着いた答えを口にする。
ちょっと強引な推理ではある。
しかし、これですべての辻褄が合うのだ。
俺に『艦娘に甘えたくなる薬』を盛ることを企てた、謎の艦娘、依頼人《S》
その正体は、ずばり……
一気に暑くなって陽炎が見える毎日になりましたね(陽炎ちゃんが見えるという危ない意味ではなく)
皆さまも体調管理にはお気を付けください。
かく言う自分は気温の急変に追いつけず、しばらく夏バテ状態でした。
執筆ペース取り戻さなければ……。