重傷を負ってから艦娘が過保護すぎる件   作:青ヤギ

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明かされる《S》の正体

「謎の艦娘《S》……その正体は、犯人は──」

 

 明石と交渉し、薬を作らせ、俺を甘えん坊にしようと画策した艦娘は……

 

 

 

 

 

 

 

「お前だ、陽炎(かげろう)

 

「……え?」

 

 俺の指摘に陽炎は口をポカンと開けた。

 よもや自分が犯人だと指摘されるとは思っていなかったのだろう。

 目に見えて陽炎は動揺しだす。

 

「ちょ、ちょっと待って司令。どうして私が犯人なの!?」

 

「ああ、俺もさっきまでは違うと思っていたよ。このメモを見るに、お前は候補から外れるからな」

 

 懐から明石のメモをスッと取り出し、陽炎に見せる。

 

 依頼人《S》

 明石の工廠を訪ねた艦娘のリスト。

 

 それが主犯らしき艦娘に辿り着くためのヒントだった。

 

「俺はこのメモから犯人は最近明石に改修を頼んだ、頭文字(イニシャル)がSの艦娘だと思い込んだ。涼月を始め、鈴谷、蒼龍、白露、時雨……容疑者は何人もいた。

 ……だが、俺はそのイニシャルにとらわれ過ぎていた。ヒントはもうひとつあったんだよ」

 

 依頼人《S》と書かれた文字の横。

 そこには炎を纏った明石のデフォルメイラストが描かれている。

 最初は何てことのない、ただのラクガキだと思っていたが……

 

「これも重要なキーワードだったんだ。この絵はある文字を隠している」

 

「文字?」

 

「炎に包まれた明石……すなわち、これは炎の文字を意味している。

 そして、この《S》。俺はてっきり日本語表記のイニシャルだと思い込んだ。

 陽炎ならイニシャルはK。だから違うと決めつけた。しかし……読み方を変えたらどうなる?」

 

「え? それは、えーと……」

 

「陽炎は英語で『Heat haze(ヒート ヘイズ)』……このままだとイニシャルがHでまた候補から外れる。だが文字を分解すると……」

 

 陽と炎。

 文字を単独にした途端、意味は変わりだす。

 

「陽にはいろいろ意味があるが……そのひとつに『日の光』がある。それを英語にすると──『Sunlight(サンライト)』。イニシャルがSになるんだよ」

 

「あ……」

 

「そして陽炎の名前はこのリストの中に入っている。つまり陽炎。お前も容疑者の候補に入るってことだ」

 

「そ、そんなの当てずっぽうよ! そもそも私は司令を守ろうとしているのに……」

 

「そこだ陽炎。思い返すと不審な点がいくつかあるんだ」

 

「不審?」

 

「そうだ。薬や犯人の情報を俺より詳しく知っていることもそうだが、なにより……

どうして俺が涼月の部屋にいるってことがわかった?」

 

「っ!? そ、それは……」

 

「一見、我を忘れた俺を助け出してくれたように見えたが……いくら何でもタイミングが良すぎる。どう考えても不自然だ」

 

 ベストタイミングの乱入。

 それが可能だったのはつまり……

 

「犯人はずっと俺を尾行していた。たぶん、明石が薬を盛ったその時点からな」

 

 恐らく明石を通して薬の効き目がある確認していたのだろう。

 そして目論見は見事、達成された。

 

「薬の効果が覿面だと把握した犯人は、俺が司令室に出たところで声をかけるつもりだったが……」

 

 しかしそこで間の悪いことに涼月が現れた。

 

「犯人の目的が俺を艦娘に甘えたくなるカラダにするだけなら、すでに目的は完遂されている。

 ……だがもしも、犯人が甘えたがりの俺を独占しようと画策している艦娘となれば?」

 

「っ!?」

 

「真の目的は俺と二人きりになること。他の艦娘といい雰囲気になっていたら、そりゃおもしろく思わない。本来、自分がそうするはずだったんだと、ストップをかけるんじゃないか?」

 

「ち、違うの。私はただ……」

 

「陽炎、お前は俺を守ると言ってこの空き部屋に連れてきたが……本当は味方のフリをしてここに監禁するつもりなんじゃないか!?」

 

「そんな! 誤解よ! 私は本当に司令は守ろうと思っただけ! お願い信じて!」

 

「無理だ! 明石に薬を盛られた時点で俺は疑心暗鬼の塊なのだ! なにも信じられない!」

 

「落ち着いて司令!」

 

「こんな部屋にいられるか! 俺は出ていく!」

 

「出ていくって……ちょっ! 窓から!? 司令ここ2階よ!?」

 

「なんぼのもんじゃい! 危険を冒してでも男の尊厳は守り抜く! 提督の名にかけて! とう!」

 

「司令ええええ!?」

 

 そのまま文字どおり俺は2階の窓から飛び降りる。

 常人ならば間違いなく怪我をするだろうが、こちとら訓練生時代毎日のように地獄の特訓を受けた身。

 これぐらいで致命傷を負うような、ヤワな鍛えた方はしていないつもりだ。

 ……だが長い入院生活でカラダが鈍っているぶん、このままだと多少なりダメージがあるかもしれない。

 

 地上まであと間近、というタイミングで……

 

「司令、危ない」

 

 とある艦娘が俺をキャッチしてくれた。

 艦娘の超人的なチカラがあれば、高度から落下してきた大の男を受け止めることも容易だ。

 おかげで地面への激突は避けられた。

 

「ご無事ですか司令?」

 

「あ、ああ、助かったぜ」

 

「いったい何事ですか? いきなり窓から飛び降りてくるだなんて」

 

「説明は後だ。いまはとにかくここから離れたい」

 

「よくわかりませんが……了解いたしました。歩けますか?」

 

「ああ、たぶん……あ、いや、ちょっと足を捻っちまったみたいだな」

 

「それは大変です」

 

「すまないが医務室まで連れて行ってくれるか?」

 

「構いません。では、このまま参りましょう」

 

 肩を貸してもらって、そのまま医務室へ向かう。

 

 

 

 入渠でどんな傷も回復する艦娘にとって、医務室は不要なものだ。

 ゆえにこの医務室は、鎮守府でただ一人の人間である俺のためだけに用意された場所である。

 この辺に艦娘が通りかかることは滅多にない。

 ここならば誰にも邪魔されず、ゆっくりできるだろう。

 

「何があったのですか? あんな無茶なマネをされるなんて、よほどのことのようですが?」

 

 湿布を用意しながら彼女は尋ねてくる。

 

「ああ、実はな……」

 

 ベッドに腰を降ろしつつ、俺はこれまでの経緯を語る。

 ある一点を伏せて。

 

「そんなことがあったのですか……」

 

「もう参っちまったよ」

 

「心労お察します。さぞかし苦労されたことでしょう」

 

「本当にな。そういうわけだからさ……」

 

 背を向けた彼女に向けて、俺は言い放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大人しく解毒剤を寄こしてくれないか? ──不知火(しらぬい)

 

「……」

 

 俺を医務室まで運んだ艦娘……陽炎型2番艦、不知火は、その場で身動きを止めた。

 

「……何のことですか?」

 

「お前が持っているんだろう? 明石の作った解毒剤」

 

「なぜ私が?」

 

「決まってるだろう」

 

 俺は言った。

 

「不知火。お前が犯人だからだ」

 

「……おかしなことをおっしゃいますね」

 

 背を向けたまま不知火はそう言う。

 その声は微塵も動揺していない。

 

「先ほどおっしゃったではないですか。その犯人から逃げるために窓から飛び降りたと」

 

「ああ」

 

「なら解毒剤を持っているのは私ではなく、()()()()()()()のはずではないですか……」

 

「おっと、変だな」

 

「はい?」

 

「俺は『ある艦娘から逃げてきた』とは言ったが……その相手が陽炎だった、とまでは言っていないぜ?」

 

「……っ」

 

「ボロを出したな。さっきまでのやり取りを盗み聞きでもしない限り、そんな風に口を滑らせたりはしないぜ?」

 

「……」

 

「観念しろ、不知火。いや……──依頼人《S》」

 

 不知火はゆっくりと、こちらを振り向いた。

 相も変わらず、情緒の読めない表情だった。

 まるで姉の陽炎と対を為す、氷のように冷ややかな瞳が、俺に向けられる。

 

「……いつから、私が犯人だと?」

 

 微塵も感情を乱さず、不知火はそう言った。

 こちらも落ち着きを取り持ちつつ語る。

 

「確信したのは窓から飛び降りたところをお前に助けられたときさ。いや、正確には犯人を特定するためにああしてひと芝居打ったのさ」

 

「芝居?」

 

「犯人は必ず俺を助けると踏んだのさ。手段はともかく犯人が俺のことを守ろうとしていることだけは判明していたからな。

 犯人が俺のあとをずっとつけていたなら、あの場で動かざるをえない。そうだろ?」

 

「呆れましたね。もし尾行されていなかったら、どうするつもりだったんですか?」

 

「いや、犯人は間違いなく俺のことをずっと尾行していたよ。なにせ陽炎は、ソイツを追って涼月の部屋までやってきたんだからな」

 

「……っ」

 

「あまり考えたくないが、お前、涼月に何かするつもりだったな? だから陽炎は必死に止めたんだ。取り返しのつかないことが起こる前に」

 

「……ぜんぶ憶測じゃないですか」

 

「いぃや。陽炎が必死に犯人を庇っている時点で察したよ。犯人は陽炎型の誰かだって」

 

「司令の推理どおり、陽炎が犯人だったかもしれませんよ?」

 

「あんなの推理でも何でもない。三文探偵小説になら使われそうなトリックだけどな、いくらなんでも強引すぎるだろ……もっとも、あながち間違いではなかったらしいけどな。

 イニシャルS+燃え上がるイラスト──見事に該当するな、不知火(しらぬい)

 

「それだけで私が犯人と決めつけることこそ強引では?」

 

「言っただろう? 窓から飛び降りたのは犯人を特定するためだって。

 そもそも……俺を抱きとめた瞬間、不自然に襟元に手を伸ばした時点で、お前が犯人だと確信したよ。証拠品を回収したかったんだろうが……墓穴を掘ったな」

 

「……っ! それは……」

 

「お探しのものはコレか? 不知火」

 

 俺はポケットに忍び込ませていたUSBメモリのような機械を取り出す。

 それは今朝、俺の軍服の襟元に隠されていた──盗聴器である。

 

「用意周到なことだ。前日に俺の軍服にコイツを忍び込ませて、動向を伺おうとしていたわけだ」

 

「なぜ、それを……」

 

「軍人を舐めるなよ? ちょっとでも首元に違和感あれば、何かが仕込まれたとわかる。着た時点で気づいたよ。

 もっとも、こういうのは逆手に取って利用するのが基本でな。気づかないフリをして下手人を誘導し、炙り出すつもりだった。ちょいと説教するつもりでな。

 ……まさか、こんな形で利用することになるとは思わなかったけどさ」

 

「……すべて計算していたというのですか?」

 

「途中からな。なんせ薬のせいで思うように発言できなかったからよ。随分とモタついちまったが……陽炎のおかげでうまくいった。

 陽炎を疑う演技をすることで、お前を油断させたのさ。芝居に付き合ってくれた陽炎には感謝だな」

 

 明石のメモ帳を取り出し、あるページをめくる。

 そこにはペンで書いたばかりの真新しい筆跡があった。

 

『これは芝居だ。俺に合わせてくれ。そして犯人のことは──お前の妹のことは俺が何とかする。これは俺の責任だ。どうか任せてほしい』

 

 陽炎は最後まで躊躇していたが、俺が目で力強く訴えると、頷いてくれた。

 そして、

 

 

『不知火のこと、お願いね』

 

 

 長女の切な願いと、動かぬ証拠がそこに記されていた。

 

 

 

「さて、ここに来たのは他の艦娘に危害が及ばないようにするためと……お前とゆっくり話し合うためだ」

 

 ベッドから腰を上げる。

 足を捻ったというのはもちろん嘘だ。

 

「聞かせてくれ。なぜこんなことをした?」

 

 俺の問いを聞いて不知火は、

 

「……ふふ」

 

 ここで、はじめて表情の変化を見せた。

 皮肉にも、とびきりいい笑顔だった。

 

「さすがは司令ですね。あなたのように勘のいい殿方は好きですよ」

 

 ねっとりと絡みつくような視線を浴びせられる。

 背筋に冷たいものが奔る。

 目の前にいるのは、本当に俺の知る不知火なのだろうか。

 愛想がなく、不器用で、それでも仲間のために真っ直ぐに戦ってきた艦娘。

 それが今ではまるで、娼婦のごとき妖艶さをたずさえて、俺を射すくめている。

 

「なぜこんなことをですって? 決まっているではないですか」

 

 俺が重傷を負ってから過保護になった艦娘たち。

 だがこの不知火は……彼女が抱えているものは、過保護なんて生やさしいものではない。

 いびつな笑み。光を失った瞳。

 そう、これは……

 

「すべて、あなたのため。不知火なりの、愛ですよ」

 

 狂気そのものだ。

 


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