重傷を負ってから艦娘が過保護すぎる件   作:青ヤギ

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不知火の思惑①

 戦艦も顔負けの貫禄と実力を持つ駆逐艦。

 それが鎮守府内で蔓延る、不知火に対する風評だった。

 

 目で敵を殺せる。

 艤装がなくても充分に強い。

 いちばん怒らせてはならない艦娘。

 何を考えているのかわからなくて怖いのです~(byプラズマ)

 

 等々、およそ一隻の駆逐艦に向けられるとは思えない数々の通説。

 確かに泰然自若とした佇まいは、とても駆逐艦とは思えない落ち着きぶりがあるし、誰も寄せ付けないオーラのようなものがあるのも、また事実。

 

 けれど、俺の知る不知火(しらぬい)は、単に感情表現が苦手な、不器用な娘でしかなかった。

 そう。あのときだって、アイツは俺を振り回していたんだ。

 

 

──────

 

 

「え? 妹たちに甘えてもらいたい?」

 

「はい……」

 

 いつものように冷たい鉄面皮で、不知火はそんな相談を持ちかけてきた。

 

「どうも姉妹の中で不知火だけ妹たちと距離があるような気がするのです。陽炎はどの妹とも親密に接することができるのですけど」

 

「まあ、アイツは妹たちのこと溺愛してるからな」

 

「はい。妹たちはそんな陽炎になら何でも話せるという感じなのですが……」

 

「ですが?」

 

「なぜか不知火には畏怖の情らしきものを向けるのです。何故なのでしょう」

 

「いや、それは……」

 

 お前が怖いからだろ?

 とはっきり言う勇気はなかった。

 

「長女が一番に慕われるのはわかります。ですが不知火とて姉。たまには私を頼ってもいいと思うのです」

 

「ふぅん。つまり不知火……」

 

 彼女の話を要約すると、

 

「陽炎に嫉妬してるわけか? 妹たちを独り占めにされて」

 

「まあ、そんなところです」

 

「へえ~」

 

 次女特有の悩みというやつだろう。

 いままで心の内の読めないやつだと苦手意識があったが、こいつにもカワイイところがあるんだな。

 そのときは、そう微笑ましく思ったものだ。

 

「また心臓に悪い眼力でやってくるもんだから何かと思えば……お前、そんなことに悩んでたのか」

 

「そんなこととは何ですか? 不知火は真剣に悩んでいるんです。だからこうして恥を忍んで司令に相談をしているというのに……」

 

「あ、いや呆れて言ったわけじゃ。わ、悪かったよ。そんな怖い顔で睨むなって。いや、本当に怖いからヤメテ」

 

「すみません。不知火、表情硬くて」

 

「それ弥生(やよい)のセリフ」

 

「何ですか? 不知火が使っちゃいけない決まりがあるとでも?」

 

「それ! そういう風に威圧的な話し方するから妹たちが怖がるんだろうが!」

 

「っ!?」

 

「そんな雷に打たれたみたいな顔して驚くなよ。自覚してなかったんかい」

 

 いろいろ過剰装飾された噂が流れていても、裏を返せば何でもない。

 やはり不知火も駆逐艦相応に、かわいらしい悩みを抱える少女なのだった。

 

「まあ、とりあえず妹たちが困っていたら助けてあげたらどうだ? それだけで印象は変わるもんだぞ」

 

「なるほど。では試してみます。ご教示痛み入ります」

 

 そのようにアドバイスを送った後日……

 

 

 

「はあ~困りました……」

 

「ん? どうした萩風(はぎかぜ)。溜め息なんて吐いて」

 

「あ、司令。実は(あらし)が最近、夏バテ気味で……」

 

「ああ、ここんとこ本当に暑いからなぁ」

 

「それで私、夏バテに効く健康料理を作ってあげたんですけど、嵐ったら『これぐらいでヘバッてたまるかぁ!』って強がり言って食べてくれないんです」

 

「嵐らしいな。でも流石にそれは問題だな」

 

「はい。どうにかして治してあげたいんですけど……」

 

 そう困っている萩風と話し合っていると……

 

「どうしたの萩風?」

 

「ひっ!? し、不知火姉さん?」

 

 横から不知火が割って入ってきた。

 なぜかドスの利いた声で。

 

「何か困りごと?」

 

「え、ええ、まあ、そんなところです……」

 

 萩風はオドオドしながら答える。

 無理もない。

 男の俺ですら、不知火の威圧感に満ちた表情と声には怯むものがあった。

 とても好意的とは言えない態度で不知火はズイッと妹に距離を詰める。

 

「困りごとなら、この不知火に話してごらんなさい」

 

「え? し、不知火姉さんにですか?」

 

「そうよ。言ってごらんなさい」

 

「えっと、その……」

 

「どうしたの? 何か言いにくいことなの?」

 

「い、いえっ! そんなことはないのですが……」

 

「だったら話してみなさい。さぁ、さぁ」

 

「あ、あうぅ」

 

「なぜ黙っているの? ほら、言ってごらんなさい。この不知火に。この姉に……さっさと言いなさい!」

 

「ひぃい!? ご、ごめんなさいごめんなさい! 不知火姉さんには迷惑はかけません! か、陽炎姉さんに相談してきますぅ!」

 

 不知火の凄みで恐怖の臨界点が越えた萩風は、足下が渦巻きになるような勢いで去って行った。

 妹のそんなリアクションを見て、不知火は、

 

「あんな早足で逃げるなんて。よほど恥ずかしい悩みごとだったのかしら」

 

 本気で理解できんとばかりに頭をひねったので、俺は思わずその脳天にチョップを繰り出した。

 

「何をするのです司令。乙女に暴力を振るうなんて。ましてや、まったく役に立たないアドバイスをした分際で。ひどい人ですね」

 

「お前のほうがひどいわ!」

 

 不知火の想像以上の不器用ぶりに、俺は頭を抱えた。

 どうりで陽炎型の姉妹のことごとくが、長女を頼るわけである。

 

「アホかお前は! あんな尋問じみた聞かれかたしたら誰だって怖がるわ!」

 

「不知火に落ち度でも?」

 

「落ち度しかねえんだよ!」

 

 

 

 こんな一件があっても不知火はめげずに、その後も度々アドバイスを求めてきた。

 

「司令。不知火は確信しました。私に足りないのは愛嬌だと」

 

「そうだな。お前には微塵も存在しない要素だな」

 

「憎たらしいくらい正論なのでキャメルクラッチをするのは控えましょう」

 

「まずそのすぐにキレる性格を直したらどうだ?」

 

 些細な発言ひとつで拳をバキバキ鳴らすような姉など誰も持ちたくないはないだろう。

 

「で、どうやってその愛嬌を出す気だ?」

 

夕立(ゆうだち)さんや球磨(くま)さんを見て思ったのです。口癖のようなものがあれば親しみやすさを感じるのではないかと」

 

「まあ、確かに多摩(たま)秋津洲(あきつしま)とかもマスコット的な愛らしさがあるな」

 

「なので不知火も考えました」

 

「え?」

 

「見ててください」

 

 そう言って不知火は小首をあざとく傾げ、両手を猫のようにすると、

 

「ぬいぬい」

 

 無表情+棒読みで、そんなセリフを吐いた。

 窓も開けていないのに、冷たい風が吹いた。

 

「……」

 

「ぬいぬい」

 

「ゴリ押しされたところでリアクションのしにくさは変わらんっての」

 

「愛らしさを感じませんか? こう男性的に」

 

「愛らしさなら雪風を見て勉強しなさい」

 

「むぅ……」

 

 不満げな顔を作る不知火。

 ここで唇を尖らせて拗ねたりすれば愛嬌は出るというのに、不知火の場合は野犬も逃げ出すような渋面を作るものだから、まったく愛らしさを感じない。

 本当にお前は駆逐艦なのか? と浦風や浜風や秋月たちに聞くのとは、また別の意味でそう尋ねたくなる。

 

「愛嬌よりもまず笑顔を作る練習をしたらどうだ?」

 

「笑顔ですか?」

 

「おうとも。対人関係では何事も笑顔が基本だからな。自然な笑顔を作れるだけでだいぶコミュニケーションは楽になるはずだぞ?」

 

 笑顔は自分を守るための武器。なんて言葉もあるぐらいだからな。

 

「少なくとも、そんな無愛想な顔のままじゃ妹たちは甘えてくれないぜ?」

 

「失礼ですね。不知火だって笑えますよ?」

 

「おう、そうかい。じゃあ笑ってみてくれ」

 

「はい。では」

 

 グギッ

 

「こわっ!? ちょ、やめて! すぐにヤメテ! なにソレ本当に笑顔!? 仮にラノベの挿絵に使われたら読者ドン引きするレベルだよ!? ページ捲った瞬間叫び声上げて本ぶん投げるレベルだよ!? つうかグギッってなに!? ニコリじゃなくてグギッて!」

 

「うるさいですね。不知火の満面の笑みに何か落ち度でも?」

 

「落ち度しかねえっての! ああ、夢に出そう! ぜったい今夜うなされる!」

 

「……そうですか。そんなに、不知火には愛嬌がありませんか……」

 

「え? あ、いや、その……」

 

 さすがに言い過ぎたか。

 

「わ、悪かったよ。その、不知火には不知火なりの良さがあると思うぜ?」

 

 本気で落ち込みだした不知火に何とかフォローを入れるが、

 

「いいんです無理に慰めなくても。どうせ不知火は戦闘しか取り柄のない女なんです」

 

 まいったな。

 部屋の隅で体育座りを始めてしまった。

 

「ふっ。陽炎が太陽なら不知火は月。太陽の光がなければ自分から輝くこともできない星。それが私」

 

 ついには双子姉妹の片割れが劣等感剥き出しに言いそうなセリフまで言い出す。

 いよいよ、いかん。

 ……仕方ない。

 

「お~い、不知火お姉ちゃん」

 

「なんですか、いきなりお姉ちゃんだなんて。気色悪いですよ?」

 

「気色悪い言うな! 甘えさせる練習に付き合おうとしてんだろうが!」

 

「練習?」

 

「おう。この調子じゃどうせまた空振りばっかりして、ますます妹たちに怖がられるだろうからな」

 

「まあ、それはありえますね……」

 

「な? だから俺でよければ練習台になるぜ?」

 

 ぶっちゃけ駆逐艦に甘えるだなんて、恥ずかしいことこの上ないが……傷つけちまった手前、ここは恥を忍んで協力するべきだろう。

 

「バカですかあなた」

 

「おい」

 

 人の厚意をバカとは何だ。

 

「よくもまぁ、そんな発想ができるものですね」

 

「ほっとけ。じゃあ他に何かいい方法思いつくのか?」

 

「残念ながら現状では他に思いつきませんね。やむを得ません」

 

 溜め息を吐いてそう言う不知火。

 まったく。相談持ちかけに来てんのはソッチだってのに、偉そうなやつだ。

 

「しかし、ずいぶんと大きな弟ができてしまったものですね」

 

「ご不満か?」

 

「可愛げがあるとは言えませんからね」

 

「けっ。悪うござんした。どうせ可愛げねーですよ」

 

「ええ、可愛げのない者同士ですね。だから……」

 

 そう言って、こちらを振り向いた不知火の表情は、

 

「案外、相性がいいかもしれませんね?」

 

 とても自然な笑顔だった。

 

 

 ──なんだ、ちゃんと笑えるじゃねーか。

 

 

 

 不知火の笑顔を初めて見た日。

 あの笑顔を妹たちにも向けられたなら、きっと何のわだかまりのない関係が築けることだろう。

 このときの俺は、そう確信していた。

 

 しかし……

 

 

──────

 

 

「思い出しますね司令。あの頃、よくあなたに膝枕をしてあげましたよね」

 

 いつからだろう。

 本来、妹に向けるべき深い感情は、

 

「他にも抱きしめたり、頭を撫でたり、お菓子を食べさせてあげたり。ホント、大きな弟ができたみたいでしたよ。

 でも……不知火にとっては、それがいつしか安らぎの時間になっていました」

 

 不知火の願いは、いつのまにか、見当違いな方向へ矛先を変えてしまっていた。

 

「司令、警戒しなくてもよろしいんですよ。あの頃と、同じことをするだけじゃないですか? 何をそんなに怯える必要があるんです」

 

 そっと距離を詰めてくる不知火。

 その瞳に、正気の色は失われている。

 

「いいんですよ。我慢なさらず、不知火に甘えてくださっても。あの頃とは比べものにならないくらい、激しく、深く、不知火を求めてくださっても」

 

 足が後退する。

 堂々と向き合うと決めたはずなのに、いつのまにか心が、目の前の少女に臆している。

 

「あなたを失いかけて、やっとわかったんです。不知火にとって、あなたの不器用な優しさが、どれだけ自分にとって掛け替えのないものだったかを。

 陽炎にも、妹たちにも明かせない本当の私……あなたになら、ぜんぶ見せられる。だから……」

 

 不知火は腕を広げる。

 

「どんなことをしてでも、あなたの命を守ってみせます。もう二度と、無茶なことなんてできないように」

 

 そう言って、不知火は慈しみ深い笑顔を浮かべた。

 

「ねえ司令? 不知火は、ちゃんと笑えていますか?」

 

「……」

 

「たくさん、練習したんです。笑顔も、優しく接する方法も。だからお願いです司令。

──不知火に、甘えてください」

 

 

 不知火。俺は……

 

 そんな悲しい笑顔は、見たくなかったぞ。

 

 

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