自分で言うのもなんだが、俺は上官として報われているほうだと思う。
これだけ多くの部下たちに信頼され、身を案じてもらえるだなんて、そうあることじゃない。
一人ひとりと向き合い、ともに障害を乗り越えてきたからこそ、得られた絆だと自負している。
もちろん、すべてが順風満帆だったワケじゃない。
中には俺に反感精神を持つ艦娘もいたし、ときには衝突することも珍しくはなかった。
だから尚のこと、誠意を忘れてはならないと己に言い聞かせて、艦娘たちと向きあってきた。
軍艦から人の身を得て、深海棲艦と戦うべく運命づけられた乙女たち。
そんな彼女たちの数少ない理解者に、自分がなるのだと。
それが命を賭して戦う彼女たちに対する、提督以前に、人としての最低限の義務だと思った。
悩んでいるのなら、手を差し伸べよう。
やりたいことがあるのなら、自由にやらせてあげよう。
不安に苛まれているなら、少しでも和らげる助けをしよう。
言葉を交わすことが叶わなかった軍艦の頃とは違う。気持ちを伝え合う手段が、自分たちの間にはあるのだから。種族は違えど、わかり合える筈だ。
そう信じて、俺は今日まで提督を続けてきた。
その結果が、いまのような状況だ。
艦娘たちが過保護になるほどの信頼関係を築けたことに、はたして俺は喜ぶべきなのか。
……いや、それ以前に、俺がやってきたことは正しかったのだろうか。
変わり果てた彼女を見ると、そんなことを考えてしまうのだった。
「司令。不知火なら、司令のすべてを受け入れる覚悟があります」
かつての鉄面皮を忘れてしまう柔和な笑顔で、不知火は語る。
「あなたの教えどおり、上手に、的確に、優しく接するコツを覚えたのです。家事やお料理もできるようになったのですよ? きっと司令を満足させられます。
……不知火はもう、あの頃とは違うのです」
そう、違う。
俺の記憶にある不知火と、目の前の不知火は……
「もう、陽炎にだって負けません。私が一番──司令を幸せにできるんです」
俺が不在の間、彼女の中で、どんな心境の変化があったのだろう。
俺は良かれと思って、そんな彼女の助けになった。
それがどうして、こんなことになってしまったのか。
ただ、言えることはひとつだ。
「不知火……お前がやっていることは、間違っている」
陽炎に説得を頼まなくて正解だった。
コンプレックスの対象である陽炎がどんな言葉をかけたところで、いまの不知火は耳すら貸さなかったことだろう。
それどころか、事態はより悪化していたかもしれない。
だからこそ、俺が言わねばなるまい。
不知火がこんな凶行を起こした原因である俺だからこそ、はっきりと。
「不知火。正気に戻れ。こんな無理やりな形で俺を甘えさせるなんて、絶対に間違って……」
「では早速ベッドの準備をいたしますね」
「いや、聞けよ」
迫真の声音で説得を仕掛けたところ、しかし不知火、コレを華麗にスルー。
あれ? ここは普通、シリアス全開な会話パートになる筈だよね?
「というかベッドの準備って、何をする気だよお前は」
「何をって、それを不知火の口から言わせるのですか? イヤですね恥ずかしい」
頬をポッと赤らめて、恥ずかしげに言う不知火。
本当に何する気ですかアナタ!
「え、ええい! いいから、とにかく解毒剤を寄こさんかい!」
身の危険を感じたので、無理やり話の流れを本題に戻す。
負けるな俺。不知火のマイペースに振り回されちゃイカン。
ここで男を見せなければ、ここまで乗り越えてきた苦労がすべて水の泡になるのだぞ!
「ふぅ。あいかわらずムードを台無しにする人ですね司令は」
「お前こそ雰囲気をぶち壊しておきながら偉そうだな」
俺のツッコミにも動じず、不知火は呆れ気味に懐から一本の小瓶を取り出した。
ラベルには明石のデフォルメイラストとご丁寧に『解毒剤ですヨ~』と腹が立つような文字が記載されている。
「これがそんなに欲しいのですか司令?」
不知火は手元の小瓶を挑発するようにチラつかせる。
どうやら捨てずに残していたようだ。ひとまず最悪のケースは避けられた。
「不知火。素直にソレを寄こすんだ。いまならまだ許してやる」
「渡さなかったら?」
「心苦しいが、こんな大事を起こしたぶん、相応の罰を与えなくちゃいけないな……」
神妙な顔つきでそう伝える。
隙を突いて解毒剤を奪うという手もあるが、再犯を防ぐためにも不知火自身が反省した上で渡さないと、解決したことにならない。
多少脅すような形になっても、ここは強気に出るべきだ。
もともと不知火は真面目な艦娘だ。こんな事件を起こした主犯だとしても、後ろめたい感情が僅かにでも残っているのなら、きっと応じてくれるはずだ。
そう信じて、俺は凄みを強めて交渉を続ける。
「もう一度言う。解毒剤を寄こせ。でないと、本当にひどい罰を与えるぞ」
「……わかりました」
眼力を加えて凄むと、不知火は
よかった。どうやら俺の思いが通じたらしい。
なんだかんだ言って、やはり不知火は聞き分けのいい優等生なんだな。
「わかってくれたか不知火。じゃあその解毒剤をこっちに……」
「いえ、渡しませんが?」
「は?」
「だって渡さなければ司令が直々に罰を与えてくれるのでしょう? そんなの心躍るに決まっているじゃないですか。是非お願いします」
「あれ~~!?」
どういうこと!?
何で不知火のやつ目を爛々とさせて罰を期待しているの!?
「さあ司令。どんな罰を与えてくれるのですか? どんな激しいことでも不知火はバッチコイですよ」
謎の迫力を纏いながらズイズイとこちらに迫る不知火。
なにやら底知れぬ恐ろしさを覚え、思わず「ひえっ」と情けない声が上がる。
「や、やめろ! 息を荒げてコッチに来るな!」
「ご無体な。貴方のほうから期待させるようなことを言っておいて。焦らしですか? それも結構ですが、できれば不知火は××で××なことと、さらには……(以下、放送コードがなんぼのもんじゃいな発言の数々)をしていただけるとたいへん気分が昂揚し……」
「はいストップ! 女の子がそんな破廉恥な言葉使っちゃいけませーん!」
やべえ!
これ初月のときと同じだ!
真面目な艦娘ほど性癖拗らせてしまったパターンだ!
どうしてこうなるまで放っておいたんだ、陽炎お姉ちゃん!
「お、落ち着け不知火! というかお前の目的は俺を甘やかすことじゃなかったのか!?」
「ああ、そうでした。なるほど、司令はまず不知火に甘えることをご所望しているわけですね。いいでしょう。ではやはり先にベッドの準備を……」
「そういう意味じゃねえ!」
どうしよう、この子ぜんぜん話聞いてくれない!
おかしいな。
本来ならここで金○先生ばりに「人をダメにするような思いやりはねぇ! 思いやりとは言わないんだよ!」と説教をして、「申し訳ございません司令。不知火が間違っていました。ぬいぬい(泣き声)」と不知火を反省させる予定だったのに。
なぜこうも【うっかり一族の遠坂さん】みたいに裏目に出るの?
「往生際が悪いですよ司令。ここまで来たのならあなたも男らしく覚悟を決めて不知火に身をゆだねたらどうですか?」
そしてどうして俺のほうが『コイツ空気読めてねえな』みたいな感じで責められなきゃいけないんだ。
「あ、あのなぁ不知火。もうちょっと真面目に話を聞いてくれよ。状況を考えるとそういう場面だろ、ここは?」
刑事ドラマで例えるなら、追い詰められた犯人が凶行の理由を語る大事なとこだよ? 崖の上じゃないけどさ。
「状況? そんなの不知火が一番理解していますが」
「なに?」
「司令がこの医務室に来てくださった時点で、不知火の『優位』と『勝ち』は決まったようなものですからね」
不知火が不敵な笑みを浮かべた、その瞬間、
「あ……」
ドクン、と不吉な鼓動が打つ。
「もしや無我夢中で忘れていらっしゃいましたか司令?──薬の効果は、まだ切れていないのですよ?」
「う、あぁあっ」
カラダが熱い。
体内で火が燃えるような熱さに、上擦った声が漏れる。
しかし不快な感覚ではない。
これは……理解を超えた快感が込み上がったときに上げる類いのものだった。
制御が効かない。
脳髄が膨れあがりそうな強烈な刺激を前に、処理能力が追いつかない。
「……えたい」
あたかも泥酔に似た心地の中、口から勝手に言葉が漏れる。
「艦娘に、甘えたい」
艦娘に甘えたい衝動。
それが、ここへ来て、とんでもない規模となって押し寄せてくる。
まるで、これまでの症状など前座に過ぎなかったと言わんばかりに。
遅効性、という言葉が浮かぶ。
まさか、ここからがこの薬の本領発揮とでも言うのか? 不知火はそこまで計算をして……
「どうされました司令? この解毒剤が欲しいのでしょ? さあ、こちらに来てください。もっとお傍に」
ダメだ。
いま迂闊に不知火に近づいたら……今度は二度と、正気に戻れない。
衝動のまま、不知火に欲望をぶつけてしまう。
そんな確信がある。
「くっ! うわあああ!」
だが堪えた。
最後の意思を振り絞って、床に身を叩きつける。
……それでも、肉体は正直に、床を這ってでも不知火のもとへ向かおうとしていた。
「ダメじゃないですか司令。そんな風に勢いよく倒れたら危ないでしょ? どこか痛いところはございますか? 不知火が手当てしてさしあげますよ? ふふふ……」
不知火は余裕の笑みを崩さない。
主導権は自分にあるのだと言わんばかりに。
……いや、実際にそのとおりだ。
いまこの場での支配者は、不知火に他ならない。
彼女の言うとおり、俺がこの医務室に来た時点で、勝敗は決していたんだ。
浅はかだった。
説得でどうにかできると思った俺が愚かだった。
だが、もう手遅れだ。
演技で不知火をおびき出したつもりだったが、逆にまんまと策に嵌められたのは俺のほうだった。
「司令。もう我慢なさらなくていいんです。不知火がすべて受け入れます。あなたを幸せにします。だから──」
溺れてしまいましょう。
そう不知火は語る。
どこまでも深い慈愛と……狂気を孕んだ瞳を浮かべながら。
「なぜだ……」
何がここまで不知火を駆り立てるのか。
愛想がなく、不器用で、それでも仲間のために真っ直ぐに戦ってきた艦娘。
誰よりも、堅実で、眩しいほどに、まっすぐな艦娘だった。
それがどうして、こんなことに……。
俺が重傷を負ったことで過保護になった艦娘たち同様、守れなかったことへの罪悪感が積もり積もってしまったからか?
甘えて欲しいのに甘えてくれない不知火の妹たち。その代わりとして執着されているからか?
それとも単に開花したての衝動に翻弄されて、我を失っているからか?
不知火が変貌してしまった、この現実を受け入れられないあまり、俺はかすかな正気をつかみ取りながら尋ねる。
「なぜお前が、こんなことを!」
「そんなの、あなたが好きだからに決まっているではないですか」
「……はい?」
虚を突かれる。
聞き間違いか。
この深刻な局面において、場違いも場違いな発言に、俺はしばし言葉を失った。
「好きって……え? あ?」
間抜けな声が上がる。
だって待ってくれよ。
まさか俺、いま告白されたのか?
こんな、切羽詰まった状況で?
それも……あの不知火に?
「なにを不思議がっているのですか? まさか、私がただ心配性を拗らせて、こんなことをしていると思ったのですか?」
この場で思いを吐露することは、何の不自然でもないとばかりに、不知火は胸を張って語る。
「言ったでしょう? これは不知火なりの愛だと……一人の異性として、あなたをお慕いしている。だから、ここまでするんじゃないですか」
「……な、な」
言葉が出ない。
いくら過保護になっても、艦娘たちが俺に向ける感情は、忠義とか恩義とか感謝の気持ちから来るものだと思い込んでいた。
けれどまさかそこに、思慕の念をいだく艦娘がいたとは。
完全に予想外だった。
だってだ。こんな、しょうもない男に?
普段の俺なら美少女からの告白に歳も忘れて舞い上がるところだったのだろうが……こんな甘酸っぱさとは縁遠い現状で、夢見心地の気分に浸るなど、到底できない。
ただ衝撃を受けるばかりだった。
「意外ですか? 不知火のような堅物が色恋にうつつを抜かすことが。……でも司令。あれほどひたむきに不知火のワガママに付き合ってくださったかたに、特別な感情をいだかないとでも思ったのですか?」
不器用な不知火が妹たちと仲良くなるため、よく付き合ってあげた特訓。
あれだけのことでも、いだいてしまうものなのか。
恋心というものは。
「それに司令。『あんな顔』を見せられたら、乙女としては到底、辛抱できませんよ」
「え?」
「作戦時は上官として凛々しい顔を。プライベートの時間では砕けた明るい顔を。そんな人があんな風に……不知火の膝の上だけでは、寂しげな寝顔を浮かべるなんて──それで、愛しさを覚えない女がいると思いますか?」
呆然と倒れ伏す俺の傍に不知火が寄ってくる。
腰を屈め、片手で俺の頬にそっと触れる。
「自覚していましたか司令? 眠っているときのあなたは、本当に悲しそうな顔をしているんです。眠りながら涙を流すことだって何度もありました。いつもいつも、悪い夢を見ているんでしょ?」
「……」
両親を失った日。決して忘れることなんて出来ない。
あの日の出来事は、いまでも頻繁に夢に見る。
どれだけ時間が経っても、決して色褪せることはない。
忘れてはならない。
あんな地獄を二度と起こさないために、俺は提督になったんだ。
だから、止まるわけにはいかないんだ。
そう言い聞かせていた筈なのに……。
「知っていましたか? あなたがそうして眠りながら泣いているとき、不知火はよく頭を撫でて『大丈夫ですよ?』と語り掛けていたんです。そうすると、とても安らかなものになるのです、司令の寝顔が。その様子が、どれほど愛しかったことか」
思いもしないところで、俺は弱さと覚悟の甘さを、部下の少女に見せてしまっていたらしい。
「そんな司令を見て、わかったんです。『ああ、これがこの人の本当の顔なんだ』と。
司令、あなたはいつも気丈に振る舞っているけど、本当は温もりと癒しを求めているんでしょ?」
違う。
そんなの俺には許されない。
この戦いが終わるまで、世界を救うまで、安穏とした生活なんて許されないんだ。
それがあの地獄で生き残った者の義務だ。
そんな訴えを目力から悟ったのか、不知火は首を横に振る。
「司令。どれだけ取り繕ったところで、あなたの本当の心は、他人の優しさを欲しているんですよ?」
「な、に?」
俺の、本当の心だと?
「だって、あなたが飲んだ薬は──封じ込めている感情を表に出す、『素直になる薬』なんですから」
再び呆気に取られる。
そんな、バカな。
俺が飲まされた薬は『艦娘に甘えたくなる薬』ではなかったのか?
「実は最初に明石さんに作ってもらったのは、その薬なんです。司令が本当はどんな思いを抱えているのか、知りたくて。……でも結果が不確定でハッキリしないものを飲ませるのは危険だと明石さんに諭されたので、代わりに『艦娘に甘えたくなる薬』を作ってもらいました」
でも……と不知火は続ける。
「それでも、やはり、気になってしまったんです。あなたの本当の心の内を。だから計画の前日、明石さんに内緒でこっそり薬を入れ替えたんです。どんな結果が出ようと、それが司令の心から望むことなら、不知火は叶えるつもりでした。そして……」
にこり、と不知火は清らかな微笑を浮かべる。
「安心しました。やはり司令は、私たち艦娘に甘えたくてしょうがなかったのですね?」
「あ……あ……」
もはや否定の言葉は何の効力も持たない。
なぜ言えようか。
この込み上がる胸の高鳴りは、俺の偽りない感情そのものだったのだから。
どうして抗うことができようか。
理性など、もう何の役にも立たない。
知ってしまったから。
認めてしまったから。
ああ、そうだ。
あのときも、あの瞬間も、俺は──本心のままに、艦娘に甘えていた。
「司令、もう頑張らなくていいのです。あなたはもう充分に戦いました。あとはすべて私たちに任せて、もう休んでください。あなたの心も、それを望んでいるのですから」
そう、望んでいる。
自戒と自制の裏で、俺はずっと、平穏と安らぎを……誰かの温もりを求めていた。
弱さは恥だと、そう言い聞かせて目を逸らしてきた真実の姿。
「ずっと我慢されてきたのですね? 甘えることが許されない立場だから、いつも強かな上官として振る舞うしかなかったのですね? なんて、かわいそうな人。ああ、だからこそ不知火が、一生お傍にいてさしあげます」
もう抗えない、振り払えない。
他でもない俺が、ずっとこんな言葉を求めていたのだから。
でも、待ってくれ。
この感情を曝け出すのは、提督としての使命を果たしてからだ。
それまでは、どうかお願いだ不知火。
俺に、提督を、続けさせてくれ。
じゃないと、じゃないと俺は。
だから、その手元にある解毒剤を……
「心配いりませんよ司令。あなたが負い目を感じる必要ありません。やがてそんな感情も忘れてしまいます。だって……
もう薬の効果を消す解毒剤は捨ててしまったのですから。これは、ダミーです」
「……」
最後の希望。
もはや、それすらも、絶たれた。
「正確には、あなたが飲んだものと同じ薬です。『素直になる薬』……司令のために用意したものですが、でも、むしろ不知火自身が最も求めていたものかもしれません。だって……」
キュポンと、不知火は瓶の蓋を開ける。
「これで不知火も、あなたに本当の思いを伝えることができますから」
そう言って不知火は、瓶の中身を……
一気に飲み干した。
しばしの間を置いて、床に落ちた瓶がパリンと弾ける。
「あ、はぁ、司令……はぁあっ」
上気しだす不知火の顔。
華奢なカラダをビクビクと震わせて、熱い吐息をこぼす。
「はぁ、はぁ、司令ぇ……司令ぇ」
情欲に濡れた熱い眼差しが向けられる。
まるで甘い蜜が絡めついてくるような強い思慕の念が、総身に浴びせかけられる。
「司令ぇ、お願い、です。もう、無茶なことしないで」
それは今までに聞いたことのない艶っぽく、乙女じみた不知火の声だった。
「死んじゃイヤです。生きて、傍にいてください。不知火を、見て。不知火に、甘えて」
普段の凛々しい姿は微塵もない。
舌足らずな少女のようなその口調は、不知火が幼い駆逐艦であることを思い出させる。
「ずっと、ずっと待っていたのに。あの頃のように、いえ、それ以上に、いっぱい、いっぱい不知火に甘えて欲しかったのに……
なのに司令は、ひどいです。私よりも先に陽炎と仲睦まじく触れ合うなんて。それを耳にしていた不知火の気持ちがわかりますか?」
涙まじりに不知火は地団太を踏む。
駄々っ子も同然の態度だった。
「いやっ……いやです! 陽炎にだけは負けたくない! こればっかりは絶対に!
不知火のほうが、陽炎よりも、いっぱいいっぱい司令と触れ合ってきたんですから!」
克己を投げ捨て去った感情の発露。
長女への嫉妬も、自らの思いも、不知火は余すことなく吐き出す。
これが真実の不知火の姿だと言うのなら、普段の彼女は、いったいどれほど肩ひじを張っていたというのだろう。
「もう誰にも邪魔させない。不知火が司令を守るんです。他の人たちのやり方じゃダメなんです。こうでもしないと、司令はまた無茶をしてしまうから」
世界を守るためなら命を投げ捨てることも厭わない。
深海棲艦の精神汚染から逃れるためなら自傷することも厭わない。
そんな俺だからこそ、艦娘たちは過保護になってしまった。
そんな彼女たちの思いを拒んできたからこそ……いまのような状況を作り出してしまった。
これが。
これが俺のしてきたことの末路なのか。
「お願いです司令。生きてください。それだけでいいんです。あなたが生きてさえいてくれれば、不知火は……」
不知火に抱き起され、そのまま熱い抱擁を受ける。
拒むチカラも、意識も、もはや薄れている。
どうして拒める。
俺のために、ここまで熱い涙を流す少女の思いを。
「どんな手を使ってでも、あなたの命を守ります。あなたの望みを叶えます」
俺を守りたいという気持ちも、俺への恋情も、まぎれもない真実だと、他でもない不知火の態度が物語っている。
無理だ。
ここまで純粋で、強靭な願いを、どう振り払えというんだ。
手を引かれる。
抵抗力を失った肉体と意識が向かう先は、医務室に置かれたベッド。
「司令、あなたはもう、心置きなく、自分の望みを叶えていいんです。不知火が、それをすべて受け入れます。だから、司令……」
心を明るみに曝し、魂まで裸となった男女の至る末路は、ただひとつだった。
「不知火と、幸せになりましょう?」
その声を最後に、
ブツリ、と電源が落ちるように、俺の自我は、
今回は結構「あーでもないこーでもない」と悩みながら書き直していたので予定よりも時間がかかってしまいました。
お待たせして申し訳ないです。
次回で謎の艦娘《S》編、完結です。