重傷を負ってから艦娘が過保護すぎる件   作:青ヤギ

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そして提督は艦娘に甘える

 泣いている。

 誰かが泣いている。

 ぼんやりとした意識で、その泣き声の在り処を探す。

 慰めなくてはならないと思ったからだ。

 理由はわからないが、泣いているのなら、手を差し伸べなくてはならない。

 

 ほうっておけない。

 なぜなら、その泣き声が──

 

 あまりにも子どもの頃の自分と似ていたから。

 両親を失ったときの自分と。

 

──────

 

 結婚記念日。

 俺の両親は毎年この日を欠かさずに祝った。

 普段から充分付き合いたてのカップルみたくイチャついているクセに、この日になると二人はより深くお互いの愛を確かめ合うのである。

 それぐらい本当にラブラブだったわけだ。

 まったく。盛り上がるのはたいへん結構だが、そのイチャつきぶりを毎年見せられる息子の気持ちにもなってほしいもんである。

 毎度まいど、ケーキを食べる前に、胸やけしてしまいそうだった。

 

 

 ……けど、決して嫌いな日ではなかった。

 豪華な料理が食べられるから、というだけじゃない。

 なんだかんだで、幸せそうに笑い合う両親を見ていると、自然と自分も微笑ましい気持ちになったからだ。

 

 結婚記念日を祝うことすらない家庭なんてザラにある。

 我が家にはそれがない。

 いつまでも色褪せることがない思いを、両親はいだき続けている。

 それはきっと、凄いことなのだと思う。

 子どもながらに、二人の関係性を「いいな」と羨ましく思った。

 いつか自分も、二人のように素敵な相手と巡り合って、本気で恋する日が訪れるのだろうか。

 そんなことを考えながら、仲睦まじく語り合う両親を見ていた。

 

『俺は幸せ者だな。こんな素敵な家族を持てたんだから』

 

 父は決まって、毎年そんなことを言った。

 お酒が回っていたせいでもあるが、よくもまあ恥ずかしげもなく、そんなことを口にできるもんである。

 

 

 

 でも父の言うとおりだった。

 幸せだった。

 間違いなく。

 母も、そして俺も。

 

 日頃から当たり前に感じすぎていて、つい忘れてしまうけれど、そう簡単に手にすることができないもの。

 失ってはならないもの。

 

 ──自分も、二人の子どもに生まれて幸せだよ

 

 自分も恥ずかしげなく、そんなことを言えば、父と母は喜んだだろうか?

 喜んだだろう。きっと思いきり抱きしめてくれたに違いない。

 でも照れくさくて言えなかった。

 そりゃそうだ。

 いつまでも思ったことを無邪気に口にできるような子どもじゃないんだ。なんて、偉そうなことを思った。

 

 

 

 

 

 子どもらしく、してればよかったんだ。

 意地なんて張らないで、言えばよかったんだ。

 

 どうして、言えなかったんだろう。

 それが両親との──

 

 

 

 

 

 

 最後の思い出だったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤い世界。

 空には不気味な姿をした化け物がたくさん飛んでいる。化け物のカラダから切り離されたものが地上を焼き尽くしていく。

 港のほうから化け物の咆哮が轟く。

 何度も大きな爆発が起きて、建物が粉々に砕けていく。

 

 なにもかもが崩壊していく。

 よく遊んだ公園。友人たちと作った秘密基地。休日に両親とよく出かけたデパート。おいしいパフェが食べられる洋食店。通りがかるたびに、あれが欲しいこれが欲しいとよくねだったホビーショップ。

 ……もはや、見る影もない自分の家。

 

 消えていく。なにもかもが炎に呑まれていく。

 熱い、苦しい。

 でもそれ以上に、いつも傍にいてくれた人たちがいないことが悲しい。

 

 どうしてだろう。

 その日は、自分たち家族にとって大切な日だったのに。

 素敵な一日で終わるはずだったのに。

 どうしてそれが、こんな地獄に変わってしまっているんだろう。

 

 わからない。

 こんな目に遭う理由がわからない。

 何も悪いことはしていないのに。

 確かによくイタズラしたり、ワガママを言ったりして、叱られはしたけど、ちゃんと反省すれば、あの人たちは許してくれた。優しく頭を撫でてくれた。

 何も悪いことは、していないのに。優しくて、あったかい人たちだったのに。

 なのに、どうして。

 

 父さん、母さん、どうして、あなたたちが……

 

 

 

 

 

 

 忘れてはならない光景。

 こんな地獄を二度と起こさないため、俺は戦うと決めた。

 こんな理不尽なことが、あっていいはずがないから。

 生き残った俺が、やらなければならないんだ。

 

 だから、戻らなくては。

 義務を果たすために、俺は鎮守府に戻らなくては。

 

 でも……誰かが泣いている。

 無視することができない。

 だって、きっと助けを求めているから。あの日の俺と同じように。

 炎の中、俺を必死に救い出してくれたあの兵長殿のように、俺が救い出さなければ。

 

 そう思ったとき、視界から赤い色が消えた。

 悪夢の原風景とは、まったく異なる場所に切り替わる。

 

 

 

 そこは瓦礫の山だった。月明かりに照らされていて、ひどく寂しい印象を与える。

 どこか見覚えのある場所だった。

 ここは……ああ、そうだ、あの激戦で崩壊した鎮守府だ。

 それが証拠に、辛うじて原型を留めている提督用の机と椅子が、瓦礫の中に紛れ込んでいる。

 毎日使ってきた机と椅子だ。見間違えるはずがない。

 

 その瓦礫の山に、一人の少女が静かに立っている。

 壊れかけた机と椅子に、少女は物憂げな視線を注いでいる。

 そこに座っていた人物に、思いを馳せるように。

 

『何をしているのですか、あなたは。私との約束も破って、とつぜん、いなくなるなんて……』

 

 震える声で少女は言う。

 この場にいる『俺』に向かって言ったのではない。

 そこにはいないに『俺』に向かって、彼女は苦言をこぼしている。

 

『私、まだちっとも妹たちと仲良くできていないのですよ? 言ったではないですか。こんな私でも、妹たちとうまく話せるように協力すると』

 

 優しさとは程遠い強圧的な声色。

 それがだんだん、か細く、啜り泣くようなものに変わっていく。

 

『甘えさせる練習とか言って、人の膝をいいように枕にしておいて。私をほうってそのまま寝たりして。本当に、勝手な人ですよ』

 

 少女はカラダをぷるぷると震わせる。

 それは怒りから来る震えとは異なるように見えた。

 

『本当は泣き虫のくせに。私の膝の上でうなされて、泣いてしまうような人のくせに。どうして、どうしてこんな無茶をしたのですか……』

 

 瓦礫に雫が落ちる。

 明るい月明かりの下で、少女は腰を降ろして、膝を抱えだす。

 

『私、まだぜんぜん上手に笑えないんですよ? 優しくする方法だって、まだ教わってないのに……最後まで、最後まで自分の言ったことは守ってくださいよ。司令の、バカ』

 

 少女は──不知火はそう言って、嗚咽を洩らして泣き出した。

 

『司令……不知火は、まだあなたに、何もお返しができていないのに。お礼のひと言も言えなかったのに……どうして、どうして命を投げ出すようなことをするのですか!』

 

 俺の知らない不知火がそこにいる。

 彼女がこんなにも声を大にして泣き叫ぶところを、俺は見たことがない。

 ひょっとしたら、姉である陽炎ですらも。

 

『バカです。あなたは本当に大バカものです。自分勝手すぎます。私たちを残して……この先、どうすればいいというんですか』

 

 掠れていく不知火の声。

 そこにいるのは、勇ましい艦娘でも、凛々しい駆逐艦でもない。

 見た目相応の、少女がいるだけだった。

 

『いや……死なないで。死なないで、ください、司令』

 

 不知火の感情が伝わってくる。

 まるで彼女の中に入り込んでしまったかのように、心の痛みが、こちらにまで届く。

 

 ……そうか。これは、不知火の意識の中だ。

 

 旗艦の艦娘と意識を繋げることができる提督としての特殊能力。

 その影響なのか、ときどき、こうして深く関わり合った艦娘たちの記憶を、夢を通して見ることがある。

 だから、これは不知火の記憶。

 あの激戦を終えて、俺が重傷で運び込まれた後の記憶。

 つまり、この涙も、嘆きも、胸を締め付けるような思いも、すべて実際にあったこと。

 

 あの不知火が、感情を決して表に出さない少女が、こんなにも慟哭している。

 

『死なないで……お願いです……生きて、帰ってきて……』

 

 その姿に、かつての自分が重なる。

 世の理不尽を憎み、底の見えない孤独感に苛まれ、涙を流すばかりだったあの頃の自分と。

 立ち直れたのは、俺を救い出してくれた兵長殿が、言葉をかけてくれたからだ。

 

『俺はお前の境遇に一切の同情をしない。こうなった以上、お前は自分の意志で生きていくしかないんだ。

 このまま悲嘆に暮れて、他人に縋って生きていくのか。たとえ苦しみを抱えてでも、この理不尽な世界で戦っていくのか──お前の人生だ。お前自身が決めろ』

 

 絶望して『生きる意志』を失いかけていた少年に『自身で道を選び抜く意志』を、彼は思い出させてくれた。

 

 ただ奪われるだけの人生はイヤだった。

 だから、戦うことを選んだ。

 父の友人のもとへ引き取られた俺は、そのまま平穏に過ごすこともできたが、そうはしなかった。

 命の恩人と同じ道を進みたかった。

 成長し、軍に入った後も、兵長殿は真摯に、それこそ全霊で俺を鍛えてくれた。

 どれほど感謝しても足りない。

 いまの俺があるのは、兵長殿のおかげだ。

 

 ……でも、不知火は?

 俺が去ったあと、その悲しみを拭う存在はいたのだろうか。

 不知火だけじゃない。

 他の艦娘たちも同じだ。

 

 ……いなかったんだ。

 立ち直るきっかけ。心が安心するきっかけ。

 それに出会えなかったから、誰もが俺の身を極端に案じるようになってしまった。

 失うかもしれない。その怖さを知ってしまった。

 

『司令……死な、ないで……』

 

 大切な人を失う痛み。

 その苦しみを俺は知っている。

 誰よりも知っている。

 知っているはずなのに、俺は……

 

 

 

 

 

 

『よかった……司令官が無事で』

 

 涙を流して、俺の帰りを迎えてくれた霞。

 あんなにも俺に手厳しかった少女までもが、俺の死を恐れて泣いた。

 

『命をかけて鎮守府に残ってくれた、そんなあなたを大淀はお慕……尊敬しています』

 

『まだ怪我が治ったわけじゃないんですから、ちゃんと安静にしていてくださいね? サラのお願いです』

 

 大淀さんも、サラトガさんも、俺の身を心配して、労ってくれた。

 

『提督はこれまでずっと私たちと一緒に戦ってくれたじゃない! 私たちをここまで育ててくれたのも提督。艦隊をここまで大きくしたのも提督。提督が諦めないで、頑張ってくれたから、いまの私たちがあるんじゃない!』

 

 提督としての存在意義を見失いかけた俺に、衣笠はそう言ってくれた。

 

『提督、いつも、ありがとう。あたし、この鎮守府に来れて、よかった』

 

 心を閉ざしていた山風が、感謝を込めて、そう言ってくれた。

 

『私にとっては、もう、ここが帰る場所なのよ? あなたが居る鎮守府じゃないと、意味がないの。……だからお願い。勝手に死んだりしないで。私に、あなたを守らせてよ』

 

 あれほど自国への誇りを持っていたビスマルクが、ここをもうひとつの故郷と言ってくれた。

 

『僕の提督は、この世でただ一人──お前しかいないんだから』

 

 武人気質の初月が、憂いを込めてそう言ってくれた。

 

『提督、いつも、ありがとうございます。私のワガママや無茶に、何だかんだ付き合ってくれて。これでも、感謝してるんですよ? 本当に……』

 

 お調子者の明石ですら、改まって感謝を伝えた。

 

『こうして姉さんたちと、妹たちと一緒に過ごせるのも、提督のおかげです。あなたの諦めない強さがあったからこそ、この日常があるんです』

 

 これまでの行いを、涼月は称えてくれた。

 

 そして……

 

 

『一人の異性として、あなたをお慕いしている。だから、ここまでするんじゃないですか』

 

 

 こんな男を、不知火は好きだと言ってくれた。

 

 

 

 いい加減に認めよう。

 俺と艦娘は、もうただの上官と部下だけの関係じゃない。

 

 意識しないようにしてきた。

 目を逸らしてきた。

 上官のケジメとして、向き合うことを避けてきた。

 艦娘たちの思いを。

 

 でも、それが彼女たちを悲しませるようなケジメだと言うのなら、俺は……

 

 

 

 

 手を伸ばす。

 泣き崩れる不知火へ向けて。

 

 

 いつのまにか、忘れてしまっていた。

 父と母が教えてくれたことの中でも、一番大切なことを。

 結婚記念日に感じた、あの暖かさを。

 おぞましい記憶が蘇るあまり、意識的に思い返すことを避けていたのかもしれない。

 

 俺が艦娘たちにすべきこと。

 それは、最初から決まっていたじゃないか。

 帰ってきてすぐ、伝えなくちゃいけなかったはずじゃないか。

 

 

 子どもみたいに照れくささを理由になんてしない。

 あのときのように躊躇ったりしない。

 今度は、はっきりと、伝えよう。

 

 ……いや。伝えられる。いまの自分なら。

 

 不知火を抱きしめる。

 想像以上に華奢な、腕の中で泣く少女に、万感の思いを込めて言う。

 

 

 

「すまない不知火。たくさん心配かけて。俺が、バカだった」

 

 

 

 その言葉を契機に、俺の意識は、

 

 

 

 

 現実に引き戻された。

 

「……司、令?」

 

 現実の世界でも、不知火は俺の腕の中にいた。

 

「……そんな、どうして?」

 

 ありえないものを見るように、不知火は動揺した顔を浮かべる。

 

「そんな、ありえません……どうして、正気を取り戻せたのですか?」

 

 俺が飲まされた、抑圧された感情を曝け出す『素直になる薬』。

 その効果で『艦娘に甘えたい』と言った俺が、こんな行動を取るとは思っていなかったのだろう。

 一見、自力で薬の効果を解いたようにも思える。

 けれど、そうじゃない。

 

「取り戻せたわけじゃないさ」

 

 薬の効果が解けたわけじゃないだろう。いまも持続している。

 

 だからこそ、ハッキリと答えが出せた。

 

「俺が飲んだのは『素直になる薬』なんだろ? だったら……」

 

 混乱する不知火をあやすように、彼女の頭に手をポンと乗せた。

 

「これも、俺の素直な気持ちから来る行動だ」

 

 ただ身勝手に欲望を押し付けるだけが、人間の本性じゃない。

 誰かを無条件に思いやることができる。それもまた、人間が生来持っている感情だ。

 

「そん、な……」

 

 不知火にとっては、予想外の結果だったのだろう。

 目に見えて、動揺しだす。

 

「なぜですか、司令。あなたの本当の心は、私たちに甘えることを求めているはずなのに」

 

「……ああ、そうらしい。認めるよ。俺は確かに、他人の優しさを求めている。お前たち艦娘の優しさに、甘えたいと思っている」

 

「だったら、なぜ……」

 

 そんなに落ち着いていられるのか。思う存分甘えてくれないのか。

 そう瞳で訴える不知火。

 

「あれほど、お辛い思いをされているのに……他人のぬくもりを、あなたは誰よりも欲しているはずなのに」

 

「不知火、まさかお前……」

 

 見ていたのか。

 俺が不知火の記憶を垣間見たように。

 

「勝手に見てしまったことはお詫びします。でも……あなたの身にあんなことがあったと知った以上、不知火はやはり引き下がれません」

 

 俺が不知火の悲しみを感じたように、不知火もまた、あの日の俺の感情を知ったのだろう。

 自分のことのように、不知火は切な情を含んだ視線を投げかける。

 

「不知火なら、あなたの寂しさを、埋めることができます。あなたの拠り所になれます」

 

「……」

 

「だから、お願いです。このまま素直に、不知火に……」

 

 以前の俺なら、それは間違っていると言っただろう。

 そんなものは、いびつな関係だと。

 

 ……けれど、いまは違った。

 

「不知火。ありがとな、そう言ってくれて」

 

「……司令?」

 

 俺の言葉に戸惑う不知火。

 俺だって、正直まだ戸惑っている。

 あれだけ艦娘たちの過保護な思いやりを拒んでおきながら、本心の底では、その優しさを求めていただなんてな。

 

 でも……よく考えれば、おかしいことじゃなかった。

 

「いいんだ、それで。だって俺にとって、お前たちはもう──家族も同然の存在なんだからな」

 

 俺が失ったもの。

 結婚しない限り、もう二度と取り戻せないと思っていたもの。

 でも違ったんだ。

 俺は、もうとっくに……

 

「家族みたいな存在に甘えたいって思う。それは別に、おかしいことじゃ、なかったんだよな」

 

 俺はこの鎮守府で、艦娘たちと出会って、とっくに失ったものを取り戻していたんだ。

 

「情けないな。ちゃんと上官としてケジメつけるつもりだったのに。……でもさ、無理だよな。ここまで一緒に戦ってきたお前たちを、ただの部下として見れるわけがない」

 

 俺と艦娘は、まさに運命共同体だった。

 喜びも悲しみも、生と死の瀬戸際も、すべて分かち合ってきた。

 そんな彼女たちに特別な感情をいだかないなんて、できっこなかったのだ。

 確かに血の繋がった家族とは違う。そもそも種族が違う。

 普通の家族として向ける感情としては、いびつなものも、あるかもしれない。

 だがそれでも。

 

「お前たちは俺にとって、掛け替えのない存在なんだ。誰ひとり失いたくない。傷つけたくない。だから……」

 

 だからこそ、言わねばなるまい。

 

「ごめん。お前たちを、不安にさせるようなことして」

 

 大切な存在を失うこと。自分がもっとも恐れていること。

 それだけは、艦娘たちに味わわせてはならなかったのに。

 上官と部下。その関係に拘り続けてきたがゆえに、一番大切なことを見失ってしまっていた。不知火を、ここまで追い詰めてしまった。

 

「ごめんな、不知火。もっと早く気付いてあげられればよかった」

 

 素直になる薬によって、初めて自覚した本当の思い。

 恐らく効果が最大限に強まったことで、表面的な願望ではなく、もっと深い場所に根付く純な思いが、表に出てきたのだろう。不純物のない、透明な水のように。

 そのおかげなのか、いまとても心が清らかだった。

 落ち着いて、不知火と向き合うことができる。

 彼女にかけるべき言葉を、伝えることができる。

 

「約束する。もう絶対、お前たちを不安にさせるような無茶はしない」

 

 不知火の不安を取り除くように、言い聞かせる。

 

「俺は死なない。お前たちと一緒に、平和になった未来で生きる。だからこそ……もう少し俺に提督を続けさせてくれないか?」

 

 この戦いの終わりを、見届けるまで。すべての因縁を晴らすまで。

 そして、俺と、艦娘たちの明るい未来を作るためにも。

 

「もう一度、助け合っていこう。どっちかが与えるだけの関係じゃない。一緒に支え合って、この戦いを終わらせよう」

 

 どんなに強がっても、人はひとりでは生きられない。

 支え合う存在がいるから、初めて前を向ける。幸せを噛み締めることができる。

 それを教えてくれたのは他でもない。

 

 毎年のように記念日を祝う、俺の両親だった。

 あの二人のように、手と手を繋ぎ合わせて生きていくことで、本当の意味で、人は幸せになれるのだろう。

 

「俺、変わるよ。前みたいに、一人で抱え込んだりしない。頼るべきところでは、ちゃんと艦娘たちを頼る。甘えるべきところでは、素直に甘えさせてもらう」

 

 きっと、それで良かったんだ。

 俺が邪念なく、素直にさえなっていれば、何も問題は起きなかったのだろう。

 

「だからさ、不知火。お前もさ、陽炎と一度ちゃんと話し合ってみろよ? ただ嫉妬するだけじゃなくてさ。今日みたいに、思いの丈を打ち明けてみろよ」

 

 すれ違いは悲しいことだ。

 いつのまにか、手の施しようがないほどの、亀裂を生んでしまう可能性だってある。

 今回は、それを実感した。

 陽炎と不知火には、そうなってほしくはない。

 俺のように、伝えたいことを伝えられないまま、大切な人と二度と会えなくなるような……そんなことには、なってほしくない。

 

「こんな薬なんかに頼らないで、思いきり本音でぶつかってみろよ。姉妹なんだ。それぐらい普通だ。それができれば、きっと妹たちとも……」

 

「……本当に、勝手なかたですね、司令は」

 

 不知火は、ぎゅっと俺にしがみつく。

 

「……本当に、無神経な人です。乙女が告白までしたというのに、出てくる言葉がそれですか? まったく本当にあなたという人は……」

 

 熱い雫が胸元に流れるのを感じる。

 

「そう言われてしまっては、引き下がるしかないじゃありませんか。それが、あなたが心から望んでいることなら……」

 

 憑き物が落ちたように、不知火の身体からチカラが抜ける。

 

「言って、しまいましたからね。あなたの望みを、不知火が叶えると」

 

 数分前まで不知火に感じた狂気は、いまやすっかり薄れていた。

 ここから何かを仕掛けようとする意思も、感じられない。

 

 俺と同じように『素直になる薬』を飲んだ不知火だが、どうやら深層に根付く生真面目な性分が表に出たらしい。

 理解してしまったのだろう。

 家族同然の存在。

 混じり気のない心で、そう言われてしまった時点で、『それ以上の存在』にはなれないのだと。

 

 真実は時に残酷だ。

 特に、本心を隠せない、いまのような状況では、尚更だった。

 

 

「……司令は、やっぱり司令なんですね。これだけのことをしても、やっぱりあなたは──

 『提督』で、あり続けるんですね?」

 

 

 俺の志は変わらない。

 たとえ『素直になる薬』を使っても、根底にある意志は、提督として生きる道を選んだ。

 その時点で、不知火の計画は、ここで潰えたのだ。

 彼女は、最後の駆け引きに敗北した。

 

 だが不思議と、不知火に落胆した様子はない。

 悔しさはあれど、しかしどこか、安堵したような、呆れているような……そんな色合いがあった。

 

「司令。ワガママが許されるのなら……どうか、もう少しの間、こうさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「ああ」

 

 それぐらいなら構わない。

 胸の中でむせび泣き始めた不知火の頭を、俺は撫でた。

 不知火が泣き止むまで、そうしてあげるつもりだった。

 

「……ごめんなさい、司令」

 

 消え入るような声で、不知火は静かに、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 こうして、依頼人《S》による事件は幕を閉じた。

 長い、長い一日だった。

 けれどその分、得られたものは大きい。

 ずっと目を逸らし続けてきた、己の本当の思い。奇しくも、この一件で気づくことができたのだから。

 今後は、ちゃんと艦娘たちと向き合っていける。

 彼女たちの思いを疎かにすることなく、真っ直ぐに。

 いまの自分なら、きっとそれが、できるだろう。

 進む未来は、明るい。そう信じている。

 

 

 

 

 ただ、ひとつ問題が残っているとすれば、それは……

 

 

 

 

 

 お互い真っ裸の状態だということを、どのタイミングで切り出すかだな。

 

 恐ろしや『素直になる薬』の効果。

 俺が文字通り『悟りの境地』に至らねば、いったいどこまで進んでいたことやら。

 うん、パンツは辛うじて()いているから、たぶんお互い貞操は死守できたはず……。

 

 よかった。

 未来の嫁さんに捧げる純潔は今回も守られた。

 

 セーフ! セーフです!

 

 

──────

 

 

 

 後日、明石に改めて解毒剤を作ってもらい、俺と不知火は無事もとの状態に戻った。

 何事もなかったとは言え、やはり常時本心のままに行動してしまうようなカラダは厄介だからな。

 

 ちなみにその後、明石にはとんでもない薬を作った罰として『くすぐりマシン(作:明石)』によるくすぐりの刑で、しっかり反省してもらった。

 

『提督の鬼ぃい! 都合よく使っておいて用が済んだら拷問にかけるんですかぁ!?』

 

 人聞きの悪い。そもそも明石が賄賂(ネジ)に目が眩んで依頼を受けなければ、こんなことにはならなかったのだ。

 ネジ一本でタチの悪い発明品を作る悪癖が治るまで絶対に許さん。

 

『あはははひゃぁん! だめぇ! そこはくすぐらないでぇ! スリットのところはまだ敏感なままで……あぁん♡』

 

 途中から喜んでいた気がしないでもないが……まあ、なにはともあれ、これにて万事解決したわけだ。

 

 

 

「なんか悔しいなぁ。けっきょく私が出るまでもなく、司令が全部解決しちゃったんだから」

 

 事件のあらましを俺の口から聞いた陽炎は、不満そうに口を尖らせた。

 

「あのときは確かに司令に任せちゃったけど……でもやっぱり、普通は姉である私が不知火を説得すべきだったのに」

 

 長女として妹の不知火を反省させたかった陽炎の気持ちは、わからんでもない。

 だが、いつものように陽炎が何もかも解決してしまったら、きっと変化は起きなかっただろう。

 不知火も、そして俺も、心を入れ替えるチャンスを不意にしてしまうところだった。

 陽炎も、それはわかっているはずだ。

 だから、いま口にしているのは、単なるシスコンを拗らせた長女の愚痴である。

 

 やれやれ。

 本当に妹大好きなお姉ちゃんだな、コイツは。

 

「そう言うなって陽炎。妹思いなのは結構だけどな、ちょっとは妹離れしたほうがいいと思うぞ?」

 

「……まあ、確かに私も反省すべき点はあるんだろうけどさ」

 

 不知火が暴走した原因の一端でもあることを気にしてか、陽炎はいつもの明るさを影に潜めて、珍しくかしこまったように縮こまる。

 

「まさか不知火がそんな気持ち抱えていただなんて、気づかなかったわけだしね」

 

 面倒見がいいというより、過干渉なところがある陽炎は、妹のことなら何でも知っている自負があったのかもしれない。

 不知火が裏で長女に対して複雑な感情を持っていたことは、やはり陽炎にとって少なからずショックだったようだ。

 

「不知火が私にだけ計画の話をしたのも、たぶん司令をあの空き部屋に誘導させるためだったんでしょうね。私の性格なら、そうするだろうって……」

 

 たぶん、そうだったのだろう。

 策略の一手として長女まで利用するとは、まことに今回の不知火の計画には、空恐ろしいものを感じる。

 ……だが裏を返せば、陽炎ならそうしてくれると、信頼を置いていたとも言える。

 陽炎もそうプラスに捉えることにしたらしい。落ち込んだ顔から、呆れるような苦笑を浮かべて、溜め息を吐いた。

 

「まったく、ホントにしょうがないな、あの子は。改めてガツンと言ってやんなきゃね」

 

 そう口にする陽炎の表情は、いつもの調子に戻っていた。

 引きずって落ち込むことなく、妹の行動をただ受け止める。

 こういう切り替えの早さと大らかさが、陽炎のいいところだ。

 

「司令の言うとおり、不知火とちゃんと話し合ってみるわ。あの子には、あの子の良さがちゃんとあるんだってこと、知ってもらわなきゃね」

 

 そうだな。そこだけは、陽炎に任せよう。

 いまの二人なら、きっと面と面で向き合って、本音で話し合えるはずだ。

 

「ありがとね司令。いろいろと」

 

「いや。今回のことは俺にも原因はあるしな。お互い様だろ」

 

 今後はこんなことが起きないよう、俺もしっかりと艦娘たちと向き合っていかないとな。

 不知火にも、そう偉そうに言ってしまったのだし。

 

「これを機に、もう少し人に甘えることを覚えていくことにするよ」

 

「ふぅん……じゃぁさ、あのときの続きしてみよっか♪」

 

「え?」

 

 言うなり、陽炎は俺の背後に回ってしなだれかかってきた。

 そのまま、あの空き部屋でやったように、俺を抱きしめる。

 

「お、おい陽炎」

 

「ほぉら、またそうやって遠慮する。ちゃんと私たちに甘えたり、頼ったりするって決めたんでしょ?」

 

「いや、そうなんだけどさ……」

 

 やはりこうして美少女に抱きしめられるのは、落ち着かないものがある。

 だって陽炎めっちゃいい匂いするし、スレンダーな体型でも、ふにょんと柔らかい感触がするし。童貞としては、いろいろと悶々としてしまう。

 ……けどまあ、ちょっとずつ耐性つけないとイケナイよな。

 

「よぉしよ~し♪ 今回はいっぱい頑張りましたね~司令ぇ♪ 陽炎お姉ちゃんがいっぱい褒めてあげますよ~♪」

 

 すっかり『お姉ちゃんスイッチ』が入った陽炎は、ぎゅっとしがみつきながら、俺の頭を優しく撫でるのだった。

 甘やかすと言っても、これじゃ完全に子ども扱いだ。

 まったく、こちとら、いい大人だってのに。

 

 ……けれど、不思議と、悪い気はしなかった。

 妙な拘りを捨てられた恩恵か、いつもなら照れくささで拒む艦娘の厚意を、素直に受け入れられている。

 

 少しだけ、母に頭を撫でられたときのことを思い出した。

 陽炎のような小さな少女相手に、そんなことを思い出すのも、おかしな話だが……懐かしさを覚えるぬくもりが、俺の心を安らかにしていく。

 

 久しぶりかもしれないな。こんな風に昔のことに、思いを馳せるのは。

 いままでは覚悟が鈍ることを恐れて、平穏だった頃の記憶を掘り起こすことは、意図的に避けてきた。

 ……けれど、これからは、ちょっとずつ思い出していこう。

 

 忌々しい記憶だけじゃない。あの結婚記念日のように、幸せに満ちた時間が、自分には確かにあった。

 そんな思い出を、チカラに変えていけるようにしていこう。

 そんな思い出を、この鎮守府でまた作っていこう。

 掛け替えのない艦娘たちと一緒に。

 

 少しずつでいい。

 彼女たちの優しさに、素直に甘えられるようになっていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう思っていた時期が私にもありました。

 

「Hey! テイトクー! 聞きましたよ!? 私たちのことをファミリーのように大切な存在だと思っていると! これはつまり遠まわしに結婚したいとプロポーズしたのも同然なのでは!?

 カモン、テイトクゥ! あなたのハニーである金剛はここデース! 思い切りこの胸に飛び込んできてくだサーイ!」

 

「提督よ、僕たちを家族のように思っているなら、そこにペットのような存在がいても不思議ではないよな? というわけだ提督。潔くこの初月を飼ってくれ」

 

「ア、アトミラール? ど、どうしても甘えたいって言うなら、このビスマルクがいくらでも甘えさせてあげてもいいのよ?」

 

「提督ぅ? 夕雲でしたら、いちばん提督を満足させてあげられますよ? もちろん後悔させません。いくらでも、甘えさせてあげる♡」

 

「お前ら加減ってやつを知らんのか!?」

 

 俺が艦娘たちに素直に甘えようとしている、という噂はあっという間に鎮守府に広まった。

 それからというもの、どこへ行けども、艦娘たちはいままで以上に俺を甘やかそうとアピールしてくる。

 その中には、どう考えても貞操の危機を感じるものも含まれていた。

 どうしてこうなるの!?

 

「司令、往生際が悪いですよ。宣告したとおり素直にこの不知火に思いきり甘えてください」

 

「なにちゃっかりお前まで参加してんだよ! 反省したんじゃなかったのか!?」

 

「はい。あの後、陽炎にも注意されました」

 

「だったら……」

 

「ですが、不知火は別に司令を諦めたわけではありませんよ?」

 

「なん、だと?」

 

「恋とは障害があるからこそ燃え上がるもの。今後も司令を落とすためにいろいろ策を練らせていただきますので、そのおつもりで」

 

「お前なぁ!」

 

 コイツぜんぜん懲りてないじゃん!

 どういうことですか陽炎お姉さん!

 

「陽炎とは意見の食い違いで途中から拳による語り合いに勃発しましたが、おかげで存分に本音を打ち明けられました。催促してくださった司令には感謝いたします」

 

「物騒だなお前ら!? そんなつもりで催促したわけじゃないよ俺!?」

 

「お互い芝生に倒れた後は陽炎も『そう、本気なのね不知火。なら、あなたはあなたの道を進みなさい』とサムズアップして応援してくれたので、迷いは捨てました。理解のある姉を持てて不知火は幸せです」

 

 陽炎! あなた本当に妹に甘いですね!

 

「というわけで司令。今後とも何卒よろしくお願い致します」

 

「よろしくされてたまるかぁ!」

 

 こんな鎮守府にいられるか!

 とうぶん近所の旅館に逃げ込んでやる! 名探偵が泊まっていようが泊まってやる!

 

「知らないのですか司令? 恋する少女からは逃げられない」

 

 そう言って不知火は、ニコリと爽やかな笑顔を……いや、いつもどおりの邪悪で不穏な笑顔を浮かべて、俺を追いかけてくるのだった。

 

「ちくしょう! やっぱり艦娘に甘えるなんてコリゴリだあ!」

 

 昭和みたいなオチを口にしながら、全力で俺をダメにようとしてくる艦娘たちの群れから逃げ回る。

 結局そんな、いつもどおりの日々が続くのであった。

 とほほ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────

 

 

「そういえば司令、けっきょく依頼人《S》って不知火のことだったのかしら?」

 

「なに言ってるんだ陽炎。犯人は不知火だったんだから、そりゃそうだろ」

 

 俺の名推理に間違いはない。

 

「ん~、でも何か引っかかるのよね。本当に頭文字がSの艦娘のことを指していたのかしら、あのメモ」

 

 ふむ。そういえば、明石をくすぐり拷問にかけているとき、明石も何か言いかけていたような……

 

『もう! 提督のバカァ! こんな真似するなら教えてあげませんからねぇ! ネジを持って私に依頼をお願いしてきたのは不知火さんだけじゃなくて……あはははっ! そ、そこはらめぇ! ふひゃぁぁん♡』

 

 途中から悶えだしたのでけっきょく聞きそびれてしまったが、あれは何だったんだろうか?

 

「あ、もしかしてさ! 頭文字のSじゃなくて、あのSのことじゃない?」

 

「あのS?」

 

「複数形で『~~S』って言うじゃない? だからさ、あのメモに書かれていたのは……

 司令を無理やりにでも甘やかそうと計画する艦娘たち──つまり、依頼人()! とか!?」

 

「……」

 

「……」

 

「ははははは! いやいや、さすがにそれはねえだろ?」

 

「あ、やっぱり? それもそうよね~。あはははは!」

 

 突飛も過ぎる『もしもの話』に、俺と陽炎は大笑いした。

 その瞬間……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──くしゅん!

 

 

 鎮守府のあちこちから、くしゃみの音が聞こえた。

 




 これにて依頼人《S》編完結です。
 ゲームで言えば、一面目のボス戦をクリアした感じですかね。
 最終回っぽい感じになりましたが、一応まだ2部に続きます。

 今回のシリーズは、なかなか素直にならない提督のせいで思うようにイチャイチャができない点を改善するために始めました。
 この一件で多少は反省して艦娘に甘えることを決めた提督。
 おかげで今後は甘めなやり取りができると思います(やり過ぎない範囲であればですが)

 予定では鈴谷を登場させて搾〇プレイとか『Sの文字を鏡文字にしたらZにならね?』とガバガバ理論で瑞鶴を疑って太ももスリスリする話とか考えていましたが、あまり長引かせるのもアレだろうということで、この辺りの話は別の機会に設けることにしました。

 艦これもとうとう二期に突入しましたね。
 解像度が凄いことになっていて、いろいろ驚いています。
 あと涼月がエロすぎて昇天しかけました(感涙&鼻血)

 ますます進化していく艦これに刺激を受けながら、本作もより盛り上げていければと思います。

 長々となりましたが、今回もお読みいただき、まことにありがとうございました!
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