重傷を負ってから艦娘が過保護すぎる件   作:青ヤギ

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甘く穏やかな日々
ヴェールヌイと子作りしよ? 前編


 (ひびき)からヴェールヌイへ。

 改装と共にそう名を変えた暁型(あかつきがた)駆逐艦2番艦の彼女は、いまだに何を考えているのか、よくわからない艦娘だったりする。

 普段からもの静かで、駆逐艦のわりにかなり落ち着いた性格をしているせいでもあるけど、もともと感情をあまり表現しない艦娘なんだよな。

 

 クールビューティー。かわいらしく言えば不思議ちゃん、ってやつだ。

 

 ずいぶん長い付き合いではあるが、それでも彼女の行動パターンを把握できた試しがない。

 

 ただ……

 

「……司令官。もっと、強く抱きしめてほしい」

 

 昼下がりの執務室。

 椅子に座った俺の膝の上にまたがって、ぎゅっと胸元にしがみついてくるヴェールヌイ。

 いまの彼女は、駆逐艦(幼い艦娘)らしく、俺に甘えたがっている。

 それだけは、はっきりとわかる。

 

「こんな感じでいいかヴェールヌイ?」

 

「ダー」

 

 ロシア語で肯定の意を口にして、ヴェールヌイはさらに身を寄せてくる。

 幼児特有の高い体温が伝わってきて、なんだかポカポカとしてくる。カラダだけでなく、心も。

 

 なんか、こういうのは久しぶりだな。

 艦娘に『甘やかされる』ではなく、艦娘に『甘えられる』っていうのは。

 

 それも、以前から滅多に他人に甘えることなんてなかったヴェールヌイが、こんなお願いごとをしてくるだなんて。

 

 

――――――

 

 

 俺が重傷を負ってから、すっかり過保護になってしまった艦娘たち。

 そんな艦娘たちに甘やかされる日々が始まってから、ずいぶんと経った。

 あれからも艦娘たちは俺が心配のあまり、就寝、着替え、食事、果ては入浴まで、あらゆる場面で過剰なお世話をしてくる。

 ろくに女性経験のない童貞の身としては、実につらいものである。いや、ほんとに。

 

 しかし、人は成長するものだ。

 いまだに童貞ではあるが、成長するのだ。

 

 提督の尊厳を守るため、俺はずっと艦娘たちの思いやりから目を背け続けてきた。

 だが不知火の一件から、俺は考えを改めた。

 

 艦娘一人ひとりと、しっかり向き合う、と。

 

 心を入れ替えた俺は、艦娘たちと触れ合う時間を増やすことにした。

 艦娘たちの異常な心配性は、俺の無茶な行動のせいで染みついてしまったものだ。

 だったら、その心配性を解消するためにはどうすればいいか?

 

 話は簡単だ。

 俺が率先して、艦娘たちと平穏な時間を過ごせばいいのだ。

 つまり、無茶をしないOFFの時間を意図的に設ける。というわけである。

 

 皮肉にも深海棲艦の出現頻度が減ったいま、時間は有り余っている。

 俺が無理やりに仕事を作りさえしなければ、艦娘たちとのゆとりある時間を用意することはいくらでもできた。

 

 ……まあ、艦娘たちにさんざん心配をかけてしまったのは事実だし、重傷で長らく鎮守府の運営を任せてしまったお詫びも、満足にできたとはいえない。

 だから日頃の感謝も兼ねて、艦娘たちとの関わりを増やし、何か俺に対して希望があれば、可能な範囲で叶えることにした。

 

『俺にできることなら、何でもするぞ?』

 

 と艦娘たちに提案を持ちかけたところ、早速一件の要望がやってきた。

 怒濤のように雪崩れ込んできた一部の艦娘たちよりも、いち早くに、彼女は俺にお願いをしてきた。

 

『司令官と、一日一緒に過ごしたい』

 

 俺の袖をクイッと引っ張って、上目遣いでそう言ってきたヴェールヌイ。

 あまり自己主張をしたことのない彼女が、ストレートにお願いごとをしてくるのは、本当に珍しいことだった。

 これは、よほどのことだ。

 一見しっかり者に見える艦娘ほど、かかえる悩みは深いということを、俺は不知火でいやというほど学んだ。

 

 ヴェールヌイだって幼い艦娘だ。普段の落ち着きぶりとは異なるか弱い部分だって、当たり前にあるはずだ。

 俺が重傷を負ったことで彼女もまた何か不安に苛まれているのなら、提督としてその不安を解消せねばなるまい。

 

 

 なので、熱烈に「テイトク! 私のバーニングなラブを先に受け止めてほしいデース!」とアプローチしてくる金剛のことは後回しにして、ヴェールヌイのお願いごとを聞き入れることにした。

 そのせいでギャン泣きしてた金剛だったが、そこは年長者として小さい子に譲っておあげなさいと諭しておいた。

 

 ……こういう塩対応が後々、不知火のときみたいな事件を起こすきっかけになったりするんだろうか?

 まあ、でも金剛は何だかんだいって精神的にタフでポジティブな艦娘だし、万が一にも心が病むことはないだろう。メイビー。

 

 

 そんなわけで。

 ヴェールヌイはいまこうして、俺の膝の上でスリスリと頬を押しつけながら甘えているというわけである。

 かわいい。

 

「ヴェールヌイ、何か他に俺にしてほしいことってあるか?」

 

「じゃあ……頭を撫でてほしいな。(あかつき)たちにするみたいに」

 

「お安いご用だ」

 

 帽子を外したヴェールヌイの頭にポンと手を置き、よしよしと撫でる。

 

「ん……」

 

 ヴェールヌイはくすぐったがりの猫のように身をよじらす。

 嫌がっている感じはなく、むしろ気持ちよさそうな顔を浮かべて、さらに身を預けてくる。もっと、と告げるようにキュッと小さな手で俺の服を握る。

 本当に小動物のような反応に、思わず頬が緩みそうになる。

 俺はより気持ちを込めて、ヴェールヌイの頭を撫でる。

 

 ヴェールヌイの青みがかった銀髪の感触が手に心地いい。幻想的にきれいな髪は、その質感も上質だった。いつまでも撫でていたいほどに。

 

「ヴェールヌイの髪はきれいだな」

 

 思わず口に出ていた。

 

「そう、かな?」

 

 ヴェールヌイは恥ずかしそうに唇を俺の胸元に埋める。

 

「ああ、うまく例えられないが、まるで氷の結晶みたいに輝いて見えるぞ?」

 

「……大げさだよ」

 

 しかし満更でもなさそうに、ヴェールヌイはスッとさらに頭を差し出してきた。

 愛いやつめ。

 俺はますます夢中になって、ヴェールヌイの美しい銀髪を梳くように撫でていった。

 

 

 そういえば暁みたいに外面も内面も幼い駆逐艦が泣いたときは、よく頭を撫でてあやしていたけど、ヴェールヌイ相手には響だった時代から撫でた覚えがないな。

 駆逐艦の中でひと際しっかり者だったってこともあるけど、やはり子ども扱いすることに躊躇するような雰囲気があったからだろうな。そもそも髪は女の命というし。

 

 けど、こんなお願いをするところ、ひょっとしたら頭を撫でられることを羨ましがっていたのかもしれない。

 もしそうなら、なんといじらしいことか。

 

 ヴェールヌイの仕草に(なご)んでいると、こちらを見上げる彼女と目が合う。

 ふにゃり、とヴェールヌイは微笑んで、

 

「悪くないね、こうして撫でられるのって……嫌いじゃない」

 

「……っ!?」

 

 電流にも似た衝撃が体中に走り抜ける。

 

 か、かわいい。

 思わず心臓が射貫かれてしまうようなヴェールヌイの笑顔。

 いつもポーカーフェイスを作っている少女がそんな表情を浮かべると、一段と破壊力がある。

 いかん。なんだか妙な感情が芽生えてきそうだ。

 

「な、なあヴェールヌイ、聞いていいか? どうして今回こんなお願いごとをしてきたんだ?」

 

 込み上がる感情を誤魔化すようにヴェールヌイに尋ねる。

 実際、甘えん坊とは程遠い性格をしていたヴェールヌイがこんな風にじゃれついてくるなんて本当に珍しいことだから、気になりはする。

 

「……司令官に、こうして甘えてみたことって、あんまりないなと思ったから」

 

 白い頬を桃色に染めて、照れくさそうにヴェールヌイは言った。

 

「司令官がいない間、自分でも驚くくらい、寂しかったんだ。何度か『他の駆逐艦みたいに甘えていればよかったな』って考えたんだ」

 

「それで、今日こうやって甘えてみようと思ったのか」

 

「うん。……変かな?」

 

 そんなことはない。

 むしろ、そう言ってもらえて嬉しく思う。

 大人みたいに落ち着きがあるとはいえ、ヴェールヌイもまだまだお子様だったということだろう。

 笑いはしない。むしろ、余計に愛らしいと感じてしまう。

 昂揚を抑えきれず、より深くヴェールヌイを抱きしめて、よしよしとあやす。

 

「心配かけて、すまなかったな。お詫びと言っちゃなんだが、今日はいくらでもヴェールヌイのお願いごとを聞いてあげるからな?」

 

「ほんとうに?」

 

「ああ、もちろんさ」

 

「……スパシィーバ」

 

 静かにお礼を言うと、ヴェールヌイはまたニコリと愛らしい笑顔を浮かべた。

 

 

 えらいこっちゃ。

 さっきからヴェールヌイがかわいらしく思えてしょうがない。

 うまく言葉にできないが、父性に似た感情に翻弄されている。

 この少女のお願いごとなら何でも叶えてあげたい。そう思えるほどにヴェールヌイの甘えっぷりに神経が参ってしまっている。

 

 もっとヴェールヌイの喜ぶことをしてあげたい。

 一方的に艦娘たちに甘やかされてきた日頃の反動からか、甘やかす側になったことで庇護欲の感情がふつふつと湧いてくる。

 

「司令官、じゃあ、もうひとつお願いしてもいいかな?」

 

「ああ、いいとも。何でも言ってくれ」

 

 俺がそう言うと、ヴェールヌイは嬉しそうにはにかむ。

 やはり、かわいい。かわいすぎる。

 まるで幻想の国からやってきた雪の妖精さんのようだ。

 こんなにも愛らしい美少女のお願いごとなら、どんなに無理難題だって聞き入れてあげるさ!

 

「それじゃあ……」

 

 キラキラと輝くような笑顔を浮かべて、雪の妖精さんは言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官と子作りしたいな」

 

 よし、落ち着こう。

 さっきまでの穏やかな雰囲気はどこに行った、と全力でツッコミたいが落ち着くんだ。

 もう、こういう状況には慣れっこだろ俺?

 冷静に対処しよう。

 ひとつずつ、ゆっくりと確認していこう。

 

「ヴェールヌイくん。なぜそうしたいのか、一応理由を聞かせてもらえないかね?」

 

 ひとまず動機を探ろう。

 そこから聞かねば始まらない。

 

「さっき、司令官がいなくなったとき、寂しかったって言ったでしょ?」

 

 うん。言ったね。

 

「その寂しさを埋める方法が、あのときはわからなかったんだ。だから本を読んで『こういう気持ちのときはどうすればいいのか』調べようと思ったんだ」

 

 なるほど。堅実だね。

 

「それで偶然読んだ小説でこんなことが書いてあったんだ。『夫と生き別れてしまった妻。妻は悲しむけど、でも愛した人との間に生まれた子どもがいるから寂しくない』って結末だったんだ」

 

 なるほど。よくある話だね。

 

「じゃあ、私も司令官と子どもを作ればいいのか、って答えを得たよ」

 

 なるほど。わからん。

 

「司令官。私はもう、あんな寂しい思いは二度としたくないんだ。だから……ヴェールヌイと、子作りしよ?」

 

 一切混じりけのない、無垢な顔でヴェールヌイは改めてそう言った。

 そんな彼女のお願いに俺は……

 

 

「よし! じゃあ子作りするか!」

 

 

 なんて言うはずもなく、

 

「ダメに決まってんでしょうが」

 

 と至極真っ当な答えを返した。

 何でも言うことを聞く? スマンありゃ嘘だった。

 

 

 

 

 

 

 

 天国の父さんと母さん。

 艦娘に対して素直になろう! そう意気込んでいたのですが……さっそく前途多難な事件発生でございます。

 教えてください。女の子に子作りを迫られたときは、いったいどうすればいいのでしょうか?

 童貞だからわかりません。

 いろいろな意味で泣きたいです。

 

 




 次回、ヴェールヌイとベッドイン

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