ロシアンティーの正しい飲み方をご存じだろうか?
よく紅茶に直接ジャムをぶっ込んだのがロシアンティーと思われがちだが、実際は器に移したジャムをスプーンで掬って舐めながら紅茶と一緒に飲むのが正しい飲み方だ。
こうすることで、いちご、ブルーベリー、ラズベリーと各種ジャムの味を、あたかも仮○ライダーのフォームチェンジのように楽しむことができるのである。
実にハラショーだ。
「いやあ、いつもは緑茶とかだけど、たまにはロシアンティーってのもいいもんだな~。なあ、ヴェールヌイ?」
「ツーンだ」
口でツーンとか言うやつ初めて見たな。
「お、おいおい、いつまでむくれてるんだよ?」
ほっぺを膨らませてムスッと不機嫌になっているヴェールヌイ。
色白の美少女はむくれている姿でさえ愛嬌があって、遠目で見るぶんには
先ほどから同室で一緒に過ごしている身としてはなんとも気まずい。
ご機嫌を取るため、ヴェールヌイの好きなロシアンティーを用意したりしたのだが、一向に彼女の怒りが静まる気配はない。
まるで日曜日に父親と遊ぶ約束をすっぽかされた娘のようにプンスコしている。
口にはしないけど『約束したのに! パパのバカ!』と言わんばかりな不機嫌オーラが漂っている。
「なあ、いい加減に機嫌を直してくれよ……」
「嘘つきの司令官が悪いんだよ。何でもお願いごと聞くって言ったくせに」
「いや、そうなんだけどさ……」
俺が悪いのか?
だっていくらなんでも……
「悪いと思ってるなら素直にヴェールヌイと子作りしてよ」
「だからダメだって言ってるでしょうが!」
いや、どう考えたってダメでしょ。常識的にも倫理的にも。
確かに今日のヴェールヌイは本当に実の娘のようにかわいらしく思えたし、どんなワガママでも聞いてあげたい気持ちになりましたとも。
家族団欒っぽいことをしよう、と思いましたとも。
でもって、その娘のお願いごとが『子作り』ときたもんだ。
どういうことだよ?
いやいや、ねーよ。さすがにダメでしょ。
たとえ娘のようにオネダリされたって、こればっかりは頷けないよ。
だって絵面にするとこうだよ?
『何で私と子作りしてくれないの? パパのバカ!』
アブノーマルな家族団欒にも程があるわ。
「あのさ、そういうぶっ飛んだお願いごとじゃなくて、健全なお願いごとなら俺いくらでも言うこと聞くぞ?」
「それは困る。今日の私の真の目的は司令官と子作りすることなんだ」
「甘えたいって言ったのは!?」
「ただの建前だよ。ああ言えば司令官が喜ぶと思って」
ショック!
あんなにも無垢な笑顔の裏で実は俺と子作りすることを虎視眈々と狙っていたというのかこの幼女!
あんまりだ! もう何も信じられない!
「ねえ司令官、赤ちゃんってすごくかわいいよね?」
「……まあ、確かに赤ちゃんはかわいいよ」
腹黒なお前さんはかわいくないけど。
「動画とかで赤ちゃんの微笑ましい様子を録画されたものをたくさん見てから、ヴェールヌイも欲しくてしょうがないんだ。だから子作りしよ?」
「なぜそう極端なことになるんですかねぇ……」
女の子が実際に赤ちゃんを見てお母さんに憧れるっていうのは、よく聞く話だし、それだけなら、ほんわかとするけど。
じゃあそれをいますぐ実践しよう、と提案するチャレンジ精神はさすがに理解できまいよ。
「強情だな司令官は。ここまでお願いしているのに頑なに聞いてくれないのか」
じとーっと恨みがましい視線をぶつけるヴェールヌイ。
なんだか聞き分けの悪い俺のほうが悪者っぽくなってるがなヴェールヌイ、世間は全面的に俺の味方をしてくれると思うぞ?
「こうなったらしょうがない。最終手段を使うしかないようだ」
「何する気だよ?」
「司令官を誘惑して、その気にさせる」
「ほう……」
誘惑だって? 冗談だろ?
数々のお色気イベントを鋼の精神力で乗り越えてきたこの俺に対して?
ふんっ、甘く見られたものだな。
こちとら大淀さんの誘い受けやサラトガさんのダイナマイトおっぱいの感触や衣笠のおっぱいパフパフやビスマルクの全裸ハグにすら理性を失わず耐え抜いてきたんだぞ?
そもそもロリコンの気など微塵もないこの俺にとっては、
ヴェールヌイの誘惑に揺らぐことなど、決してない!
……つい最近、駆逐艦の涼月相手に陥落しかけた気がするが、あれは明石に盛られた薬のせいだからノーカウントである。
ノーカウントっつたらノーカウントだ。
ヴェールヌイよ、確かにお前は傾城の美少女といっても過言ではないほどの容姿の持ち主だ。
神秘的な雰囲気、幻想的な髪の色、サファイアのような瞳、色白の肌に黒のハイニーソックスと萌え要素も完備している。
しかし残念だが、生粋の年上のお姉様好きである俺の牙城を崩すことは、そうできまいよ。
残念だったな。
くっくっく、悔しい顔で一日を終えるヴェールヌイの姿が目に浮かぶわい。
勝利を確信した俺は夜神さん家の長男くんみたいな気分でジャムをひと口頬張って紅茶を飲み込んだ。
「司令官、ジャムが口元についてるよ?」
「え? マジ?」
やだ、恥ずかしい。
せっかく例の顔で『俺の勝ちだ』とほくそ笑もうと思っていたのに、これじゃ締まらないではないか。
「じっとしてて。取ってあげる」
そう言ってヴェールヌイは俺の口元に顔を寄せてきて……
「ん……ちゅ、ぺろっ……」
「っ!?」
唇をつけてジャムを舐め取った。
「ん……とっても甘い」
「おおお、おまっ……」
な、なんちゃう取り方をしているんだ。
もうちょっとずれていたら、く、唇と唇同士がくっつけあって、マウストゥマウスしてしまうところだったぞ!?
気をつけてよね! 俺まだファーストキスだって未経験なんだから!
とつぜんのことで動揺する俺に反して、ヴェールヌイは余裕ある大人の女性のような表情を浮かべながら、くすりと微笑んだ。
「ふふ、司令官も子どもっぽいところがあるんだね。かわいいな」
そう言って、ヴェールヌイは熱っぽい流し目を向けながら、唇をぺろりと舐めた。
駆逐艦とは思えない、妖艶的なオーラが彼女の周りに漂っていた。
気を抜くと、そのまま彼女の美貌に吸い寄せられてしまいそうな……
……いやいや、違いますよ?
べつにドキッとなんてしてませんよ?
こんなことされたら、誰だってビックリしますやん?
決して、決して! ヴェールヌイ相手にときめいたわけじゃないんだから!
「ねえ司令官、お茶を飲んだら少し眠くなってきたんじゃないかい? よかったら私のお膝を貸してあげるよ?」
そう言うなり、ヴェールヌイはソファーに座って、膝をポンポンと叩いた。
「ほら、遠慮しなくていい。さっき、さんざん司令官のお膝に乗せてもらったからね。そのお礼だよ」
確かにお昼寝するにはちょうどいい時間帯だ。
膝枕をしてくれると言うヴェールヌイの太ももに、つい視線を向ける。
黒ニーソが食い込んだ生白い太ももは、程よくムチムチとしていて、見るからに柔らかそうだ。
華奢な体型のくせに、下半身の肉づきは大人のカラダの一歩手前に来ているように感じる。
あそこに頭を乗せれば、さぞ気持ちいい感触を味わえることだろう。
「司令官、さ、おいで?」
……まあ、膝枕ぐらいならいいか。
不健全に子作りを迫られるよりはずっとマシだし、これでヴェールヌイが満足するならお言葉に甘えるとしよう。
「よしよし。いつもお疲れ様、司令官」
案の定ムチムチと柔らかい膝枕の心地よい感触。さらにヴェールヌイの優しい手つきによる頭ナデナデ。
疲れがあっという間に吹っ飛んでしまいそうな、極上の心地がそこにはあった。
うん、悪くない。傍から見れば幼女に膝枕されている情けない絵面ではあるが、実に平穏なスキンシップだ。
日頃の疲れを娘に労ってもらっているような安心感がある。
これぐらの触れ合いなら歓迎だ。
もうちょっとこのまま堪能してもきっと罰は当たらな……
「ふぅ~……」
「あひっ!?」
耳に息を吹きかけられた!
くすぐるような吐息の感触に思わず情けない声が上がる。
「ふふ。いつもはしっかり者の司令官だけど、私の膝の上だと隙が多いね。本当にかわいいなぁ」
クスクスとイタズラを楽しむヴェールヌイの静かな笑い声。
お、おのれ。大人をおちょくりおって。
いや、落ち着け俺。ヴェールヌイのペースに振り回されちゃいかん。
これぐらいのイタズラ、子どもならやっても珍しくないじゃないか。
大人の余裕でスルーするんだ。
「ねえ、司令官。こっちを向いて?」
ふん。今度は何をする気だヴェールヌイ。
もう簡単には動揺したりしないぞ?
どんなイタズラだろうと受けて立とうじゃないか。
俺はそう意気込んで体勢を変えて、真上のヴェールヌイと向き合う。
ヴェールヌイは別に何もしてこなかった。
ただ俺をじっと見つめるだけだった。
とても、優しい笑顔で。
「……司令官、本当に無事に帰ってきてくれたんだね」
どこか感慨にひたったような表情を浮かべて、ヴェールヌイは俺の頬に手を伸ばす。
「こうして司令官のぬくもりを感じていると、安心するよ。生きていてくれてよかったって」
そう言って、ヴェールヌイは宝物に触れるような手つきで、頬を撫でてきた。
強気だった意識は、瞬く間に薄れてしまった。
いまのヴェールヌイを前にすると、あれはダメだ、これはダメだと言えない気持ちになってしまったのだ。
「司令官。約束、ちゃんと守ってね? 今日は一日、ずっとヴェールヌイと過ごすって」
ヴェールヌイがお願いごとをしてきたそもそものきっかけを考えると、偉そうなことを言えないのではないか。
そんな考えさえ湧いてきてしまった。
「夕飯は、私が作ってあげる。特製のボルシチ。いっぱい食べてくれると嬉しいな」
……そうだよな。
ヴェールヌイの望みの本質を考えれば、やはりここは俺が大人として心を広く持つべきだ。
寂しさを埋める方法はいくらでもある。
極端な行為をしなくても、こういう些細な触れ合いをしていれば、きっとヴェールヌイの不安も解消されて……
「それと……お風呂も一緒に入ろうね? 背中、流してあげる」
「……」
いや、うん。問題ないよ。
駆逐艦と一緒に入浴するなんて、娘や幼い妹と入るようなもんじゃないか。
何を躊躇する必要がある? これまで何度も成熟したボディを持った艦娘と一緒に入ってるんだから!(目隠し込みだが)
まさかいまさら……いまさら駆逐艦の裸で変な気持ちになったりするわけが!
そして日が沈み、ヴェールヌイお手製のおいしいボルシチで食事を済ませた俺たちは、脱衣所へと向かった。
いつものように目隠しは用意していない。
……いや、だって、こんな小さな娘と入浴するのに目隠しを用意したら、幼い裸体さえも意識している危ない奴ってことになるじゃないか。
お子様相手に目隠しなど無用! 堂々と一緒に入って気持ちよくなればいいのさ!
さあ、ちゃっちゃっと脱いでしまおう!
衣服に手をかけると、横からもシュルリと衣擦れの音が耳に届く。
「ん……」
ヴェールヌイは躊躇うことなく衣服をひとつひとつと脱いでいく。
露わになる生白い肌。まさに玉のような艶々の肌は、明かりのもとにさらされると、より眩しい光沢を放つ。
てっきり駆逐艦特有のお子様体型かと思いきや、そのカラダは女性特有のなまめかしいラインをえがいており、肉づくべき箇所には、これからさらなる成長を匂わせる膨らみが実り始めていた。
ハイニーソックスの食い込みに指を入れて、スルスルと果実の皮を剥くように脱いでいく。
太ももはたっぷりと肉づいているくせに、その先はほっそりと細く引き締まった美白の素足が現れる。
最後の一枚であるショーツを脱いでいく後ろ姿は、彼女が幼い少女であることを忘れさせられた。
子作りしよう、なんて言われたせいなのか。
思いのほか女性的な肢体を誇るヴェールヌイの脱衣を、妙に意識してしまって……
いや、違う!
これは、きっと画家がインスピレーションを刺激されるのと同じように、ヴェールヌイの佇まいに美的な魅力を感じただけだ!
実際、銀髪美少女であるヴェールヌイの裸体は、どこか触れがたい神秘性を感じさせる。
このまま裸婦画として描き起こしても、違和感なく絵として成立するような、美しさがある。
そうだ。だから、そんな少女に妙な感情を芽生えさせるなんて、あってはならないこと……
「どうしたの司令官? 脱がないと、お風呂に入れないよ?」
生まれたままのヴェールヌイが間近まで迫ってくる。
白い裸体は、まるで周りの光を集めたかのようにまぶしく映る。
「ひょっとして私に脱がして欲しいのかい? ふふ、甘えん坊さんだな司令官は。いいよ。ほら、脱ぎ脱ぎしようね」
あたかも聖なる光を前に屈服する背信者かのように、見えない戒めにかかってしまったかのように、身動きすることを忘れてしまっていた。
ヴェールヌイの手によって、衣服が脱がされていく。
素肌が空気のもとにさらされると、ヴェールヌイの熱い眼差しを感じた。
くすり、とまたヴェールヌイは駆逐艦とは思えない妖艶的な笑みを浮かべる。
「……背中だけじゃなくて、司令官のカラダ、ヴェールヌイがすみずみまで洗ってあげる。遠慮しなくていいよ。その代わり……」
ヴェールヌイは俺の手を取って、自らのカラダに触れさせる。
掌に広がる生娘の肌の感触。まるでその感触を植えつけるように、下半身から上半身へと、手を這わせていく。
最終的に膨らみかけの胸元まで持ってくると、ヴェールヌイはいまにもと蕩けそうな瞳でこちらを見つめながら、唇を開いた。
「ヴェールヌイのことも……いっぱい、綺麗にして?」
「はっ!?」
気づくと俺は寝間着に着替えて寝床に横たわっていた。
どうやら脳の処理能力を超える展開のせいで意識が飛んでしまったらしい。
なんとなく、風呂でヴェールヌイと文字通りカラダのすみずみまで洗いっこした事実があったことは覚えているのだが……
しかし、詳しい出来事を記憶中枢に取り入れることは脳が本能的に避けたようだ。
童貞のお前には早すぎると言わんばかりに。
おかげで寝床に就くまで何があったのかは曖昧としていて皆目見当がつかん。
まさに過程をすっ飛ばして結果だけが残った。
リアルでスタンド攻撃を食らったような気分だ。
いまにも脳内で神曲『21世紀のスキッツォイドマン』が再生されそうである。
「司令官……」
まだ困惑の中にいるところを、ヴェールヌイの囁くような声によって引き戻される。
ヴェールヌイは横たわった俺の上にまたがっていた。
寝間着用なのか、純白で薄着のネグリジェを身につけている。カラダの輪郭がわかるほどに薄い生地だ。
そんな際どい格好をした美少女が、窓から射し込む月明かりに照らされながら、俺を見つめていた。
「もうすぐ今日が終わる。だから……最後に、ヴェールヌイのお願いを聞いて?」
覚悟を決めたような顔で、ヴェールヌイはゆっくりとネグリジェに手をかけた。
「司令官……ヴェールヌイと、子作り、しよ?」
月明かりを浴びて輝くヴェールヌイの裸体は、息を呑むほどに神々しかった。
……だが、見惚れている場合じゃない。
「ヴェ、ヴェールヌイよせ! こんなことしちゃいけない!」
「どうして?」
「どうして、って……こういうのは好き合う者同士がするものなんだ!」
「司令官は、ヴェールヌイが嫌い?」
「そういうわけじゃ……」
「……私は、恋と愛とか、よくわからなかった。いや、いまでもよくわからない。でもね……」
ヴェールヌイは俺の胸元に手を乗せて、ほんのりと紅潮した顔を寄せてくる。
「司令官がいなくなったときに感じた、あの胸の痛み。その痛みの正体が
いまにも唇が触れ合いそうな距離で、ヴェールヌイはそう打ち明ける。
「司令官、私は、あなたが思っているよりもずっと寂しがり屋なんだ。もう、置いてけぼりにされるのはイヤだ。親しい人を失うのはイヤだ。だから――あなたが生きていた証を、形に残るものを、私にちょうだい」
「ヴェ、ヴェールヌイ!」
止めなくてはいけないのに。
拒まなくてはいけないのに。
なのに……
心のどこかで、この娘を受け入れてあげたいと思っている自分がいる。
ヴェールヌイが感じる寂しさ。
それは俺にもよくわかることだから。
俺にできるのであれば、その寂しさを埋めてあげたい。
でも……
やっぱりこんなやり方は間違っている!
やめさせなくては!
「ヴェールヌイ……すまない。こればっかりは、いくら何でも受け入れられなっ」
「すぴー」
「……」
いままさに華麗なる提督的説得が繰り広げられようとした矢先、ヴェールヌイは俺の隣にコロンと寝転がって、くっつくようにスヤスヤと眠りだす。
「……あのぉ、ヴェールヌイさん?」
「なんだい司令官? 私はもう眠いんだ。話は手短に頼むよ」
「いや、あの……子作りするんじゃなかったの?」
「何言ってるんだい? もうしてるじゃないか?」
「はい?」
「男の人と女の人が裸で一緒に寝ると赤ちゃんができるんでしょ? 暁に子作りの方法を聞いたら、そう教わったよ?」
えーと、それはつまり……
「司令官も早く服を脱いで寝てね? じゃあ、おやすみ……スゥ、スゥ……」
そのままヴェールヌイは本当に寝息を立ててスヤスヤと眠った。
「……はぁ~~」
深いため息が寝静まった室内に霧散する。
ま、そりゃそうだよな。
こんな幼い娘が、子どもの作り方を知ってるわけないよね。
ヴェールヌイ本人も言ったが、彼女はまだまだ『恋と愛』を理解できるお年頃では、ないということだろう。
駆逐艦らしからぬ色香につい翻弄されたが、やはり今回のことは、実に子どもらしい、おませな背伸びだったようだ。
ああ~ヒヤヒヤした。
今日という日ほど暁に感謝したことはない。さすがは一人前のレディ(笑)だ。今度お菓子をたっぷりあげるとしよう。
「まったく、人騒がせなお嬢さんだぜ」
とりあえずヴェールヌイの着崩れたネグリジェをきちんと直してあげ、掛け布団をかける。
「ん……司令官……スゥ……」
今日さんざん見せた妖艶的な面影は微塵もない、純真無垢な寝顔がそこにはあった。
昼にしてあげたときと同じように、ヴェールヌイの頭をそっと撫でた。
やすらかな寝顔を眺めつつ、ヴェールヌイが口にしたことを思い返す。
形に残るものが欲しい、か……。
「明日あたりにでも、ヌイグルミとかロケットペンダントでも買ってくるかな」
ヴェールヌイが求めているのは、きっとそういう思い出の品物だ。
たとえ寂しくなっても、形あるものが傍にあれば、胸にあいた穴を埋めることは、できるものだ。
俺が幼少時、たったひとつ残った家族写真に、支えられたように。
もっともっと、思い出を作っていこう。
この寂しがり屋な艦娘を安心させてあげるためにも。
「心配すんなヴェールヌイ。もう、どこにも行ったりしないから」
そう呟くと、ヴェールヌイの寝顔が心なしか、安心したように綻んだ気がした。
改めて、艦娘との触れ合いを大事にしていくことを意識した、そんな夜だった。
……さて、俺もそろそろ寝るとするかな。
「おやすみ、ヴェールヌイ」
「んぅ、司令官……Мой любимый」
ヴェールヌイがロシア語で何事か囁いた。
どういう意味だろうか?
……まあ、たぶん「おやすみ」とか、そういう類いだろう。
ヴェールヌイにはすまないが、ロシア語はさっぱりなんだ。
――――――
翌日……
「めでたく司令官と子作りができたよ。生まれるのが楽しみだな」
お腹を幸せそうに撫でながら、ヴェールヌイは鎮守府のあちこちに、そう自慢して回った。
そのおかげで、
俺は無実だ! そしていまだに童貞だ!(泣)