重傷を負ってから艦娘が過保護すぎる件   作:青ヤギ

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優しくなった霞はなんでも言うことを聞いてくれるそうです

「よし、次は笑顔でポーズ取ってみようか?」

 

「こ、こう?」

 

「うん、いいぞ。上出来だ。とてもかわいいぞ(かすみ)

 

「……バカ」

 

 照れくさそうに真っ赤になった顔を逸らす霞。

 愛らしい反応を見せるその瞬間を見逃さず、パシャパシャとカメラのシャッターを切る。

 司令室に何度もカメラのフラッシュが瞬く。気分はすっかりカメラマンだ。

 もともと写真撮影が趣味だったこともあり、ついつい燃え上がってしまう。

 モデルが撮影のしがいのある美少女、ということもある。

 

「今度は後ろ姿を向けて、振り返る感じで頼む」

 

「……こんな感じ?」

 

 霞は言われたとおり後ろ姿を向けて、傍にある椅子に手をつき、腰元を強調するポーズを取る。

 俺は親指を立てて、またシャッターを切る。

 霞は文句ひとつも言わず、レンズに向けてにっこりと恥ずかしげな笑顔を作る。

 

 あの霞が。

 他人にも自分にも厳しい霞が。

 些細なことでも、たびたび俺に説教をしてきた霞が。

 俺の言うがままに、ポーズを取ってくれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナース姿で。

 

 

 

「うんうん、素晴らしいぞ霞。とても似合っているぞ。わざわざ用意した甲斐があったってもんだ」

 

「そ、そう。まったく変ね、男って。こんな服だけで、こんなに喜ぶなんて……」

 

 当たり前だ。ナース服は男の夢だからな。

 しかもピンク色のミニスカートVerのナース服となれば尚更だ。

 現実の女性看護師はパンツスタイルが主流だ。俺が入院した病院でもそうだった。

 ぶっちゃけ、いかがわしいビデオでもなければ、もはやお目にかかれない衣装である。

 その男の夢であり、ファンタジーの結晶である衣装を、霞は身に着けてくれている。

 しかも白のハイニーソックスのオマケつき。

 

 ムチムチとニーソが食い込んだ眩しい絶対領域。

 少しでも屈めば形のいいヒップが丸見えになってしまいそうな極ミニスカート。

 そんな際どい格好で下半身をこちらに向ける霞は、彼女が幼い駆逐艦であることを忘れてしまうほどにセクシーだった。

 

 着慣れない衣装。しかも、その格好で撮影される。

 霞の羞恥心は、とうぜん臨界点に達していることだろう。

 

 それでも、霞は決して、撮影を拒むことなく、こちらの指示を従順に聞き入れている。

 

 

 

 

 シャッターを切りつつ、俺は思う。

 

 ……まだ足りない。と。

 

 そう。

 まだ、ぜんぜん足りない。

 まだ、こんなものでは。

 

「……霞」

 

「なに? 次はどうすればいいの?」

 

「……服を、脱いでくれ」

 

「……っ」

 

 こんなお願いにも、霞は……

 

「……わかったわ」

 

 静かにうなずいて、ナース服に手をかけた。

 まるで見せつけるように、カラダを正面に向けて、ゆっくりとボタンを外していく。

 露わになっていく、生白い素肌。

 甘く、かぐわしい少女の香りが、衣服から解放される。

 色がついているとしたら、きっと桃色であろう艶めかしい空気が、室内に充満する。

 

「ん……ふぅ……はぁ……」

 

 脱衣を間近で見られている緊張からか、霞は熱っぽい息を吐く。

 素肌に反して赤くなっている顔は、いまにも沸騰してしまいそうだった。

 それでも、霞は手を止めることなく、またひとつボタンをぷちんと外し、あられもない姿になっていく。

 

 

 一体全体、なぜこんなことをしているのか。

 この場に居合わせた誰もが、そう口を挟むことだろう。

 

 でもって、ドン引きすることだろう。

 そんなことは俺だってわかっている。

 

 だが、これは必要なことなのだ。

 霞にとっても、そして俺にとっても。

 

 そう、これは……双方の幸せのためにも、乗り越えなければならない試練なのだ!

 

 

――――――

 

 過保護になった艦娘の中でも、もっとも変化が激しかったのは、言うまでもなく霞だ。

 

 霞は優しくなった。

 たとえ上官相手でも、物怖じせず手厳しい発言、説教、しまいには暴言すら吐ける霞がだ。

 確かに改二になってからは多少落ち着きを見せるようにはなったが、いまの霞はもはや別人というほどに性格が丸くなっている。

 

「おはよう、司令官。そろそろ起きる時間よ」

 

 起床の時間。

 秘書艦として、俺を起こすその声色は実に柔らかい。

 以前の霞なら、

 

『さっさと起きなさい! いつまでも寝込んでんじゃないわよ、このクズ!』

 

 と言って、布団ごと剥ぎ取っていたというのに。

 だが、いまではどうだろう。

 ゆさゆさと布団越しで俺のカラダを揺する、その手つきの、なんと優しいことか。

 

「……あと五分」

 

 寝床の中でもぞもぞとしながら、そう呟く。

 こんなことを言えば、

 

『はあ!? いい歳して子どもみたいなこと言ってんじゃないわよ! いいから布団から出なさいっての、このクズ!』

 

 と怒りながら蹴りを入れて、強制的に寝床から出すのが霞という艦娘だ。

 しかし……

 

「もう、しょうがないわね。五分だけよ?」

 

 と言って、霞は俺の頭に手を置き、ポンポンと子どもをあやすように軽く叩いた。

 

「……」

 

 それ以上なにか言われることはなく、俺は五分きっちり横になった。

 

 

 

 起床して身支度を整え、今日のスケジュールを確認する。

 その横から、霞は湯気がたつマグカップを差し出してくれる。

 

「はい、コーヒー。月曜の朝は、濃いめのでよかったのよね?」

 

 目覚めの朝の一杯は、日にちによって異なる。

 火曜は牛乳、水曜は野菜ジュース、日曜は紅茶といった感じだ。

 月曜は濃いコーヒーを飲んで、意識をクリアにする。そう習慣づけている。

 霞はその辺をよく把握しており、いつもどおりのドリンクを用意してくれたのだが……

 

「霞、悪い。今日はなんかコーヒーより緑茶が飲みたい気分なんだ。取り替えてもらっていいか?」

 

 と俺は言った。

 こんな気まぐれを口にしようものなら、

 

『はあ!? 毎回まいかい決まったもの飲んでるくせに、なんで今日に限って違うものが飲みたいなんて言うのよ!? わざわざ淹れてやったんだから黙って飲みなさいな、このクズ!』

 

 と無理やり人の口をこじ開けて、熱々のコーヒーを流し込むのが霞という艦娘だ。

 いや、こんな勝手な注文を押しつけられたら、普通は誰だって不機嫌になる。

 しかし霞は……

 

「あら、そうなの。ごめんなさい、じゃあ淹れ直してくるわね」

 

 と苦笑を浮かべて、コーヒーを下げた。

 

「……」

 

 そして朝食。

 霞が作った和風定食をいただく。

 本日のメニューは銀シャリ、ワカメと豆腐の味噌汁、シャケの塩焼き、卵焼き、ほうれん草のおひたし、納豆に海苔、そして、たくわん。

 まさにお手本のような日本の朝食である。

 

「……どう? お口に合う?」

 

 おぼんを胸元に抱いた霞が、もじもじとしながら尋ねてくる。

 

「うん、うまいぞ」

 

「そ、そう!」

 

 素直な感想を伝えると、霞はにこやかに顔を綻ばせた。

 以前なら滅多に見ることのなかった、霞の満面の笑顔。

 マイナス方面で感情豊かだった霞も、すっかりプラス方面で感情を見せるようになった。

 しかし……

 

「でも、ごめん。俺、ほうれん草苦手だから食えねえんだ」

 

 せっかくの笑顔をぶち壊すようなことを俺は口にした。

 以前の霞なら……いつもどおりの霞なら、こんなことを口にすれば……

 

『はあ!? 大人なら好き嫌いしないで出されたものきっちり食べなさいよ! ふん! なら明日から、ほうれん草づくしの料理出して苦手を克服させてやるわ! ありがたく思いなさいこのクズ!』

 

 と激怒して、有言実行するはずだ。

 しかし……しかし、目の前の霞は……

 

「もう、しょうがないわね」

 

 と言って苦笑を浮かべた。

 

「でも司令官、ほうれん草の鉄分は血を作るから貧血にいいのよ? だから、せめてひと口だけは食べて? そしたら残していいから。ね?」

 

「……」

 

 言われたとおり、ひと口だけおひたしを食べる。

 ゴクンと飲み込むと、霞は満足げにほほ笑んだ

 

「偉いわ司令官。嫌いなものもちゃんと食べて」

 

 そう言って霞は「よしよし」と俺の頭を撫でる。

 彼女の眼差しには、幼い少女が出すものとは思えない慈しみの色が宿っていた。

 

「じゃあ、これは下げるわね。……あ、いけない。デザートのリンゴを持ってくるの忘れてたわ。取ってくるから待ってて?」

 

 ほうれん草が入った器を持って、霞はにこやかに部屋を退室した。

 

「……」

 

 そのまま黙々と朝食を食べ始める俺だったが……

 

「……ぐっ!」

 

 思わず箸を置いて頭を抱えた。

 

「なぜだ……なぜなんだ霞。俺は、こんなにも、こんなにもお前を……」

 

 俺は泣いた。

 涙は止め処なくあふれた。

 おいおいと泣いていると、間もなくして霞が戻ってくる。

 

「お待たせ司令官。リンゴ切り分けてきたわよ……って、どうしたのよ!? なんで泣いているのよ司令官!?」

 

「ぐぐぐ、か、霞ぃ、お、俺はぁ、俺はぁ……」

 

「ど、どこか苦しいの!? もしかして料理に変なの混ざってた!?」

 

 俺は首を横に振る。

 違うのだ。

 俺が泣いているのは……

 

「か、悲しいんだ……」

 

「なにが悲しいの!?」

 

「それは……ぐ、うおおおおぉっ」

 

「司令官!」

 

 言葉を継げないほどに泣く俺を見て、霞はリンゴがのった皿を放り出して駆け寄る。

 

「泣かないで司令官! 辛いことがあるなら私を頼って!」

 

 そう言って霞は俺の顔を胸元に抱きしめる。

 ぎゅっと抱きしめたまま、震える俺の頭を優しく撫でる。

 

「大丈夫よ司令官、私がついているわ。だからお願い、一人で抱え込んだりしないで。辛いことは私に打ち明けて。絶対に、チカラになってみせるから」

 

「か、霞……お前ってやつはぁ……」

 

「ほら、泣かないで。言って? いったい、なにが悲しいの?」

 

 そっと頭を撫でながら、霞は尋ねる。

 まるですべてを受け入れる聖母のごとき包容力。

 それを前にして、俺はもう本音を押し留めることなどできなかった。

 

「霞、俺は、俺はなあ……」

 

「うん、なぁに?」

 

「俺は……」

 

 すうと息を吸い込んで、俺は叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霞が、優しすぎるのが悲しいんだ!」

 

「……は?」

 

 霞が虚を突かれたような声を上げる。

 冗談でも言っているのか? と思っていることだろう。

 だが、俺はいたって真剣だ。

 

「なんでだよ霞ぃ。わざとワガママなこと言ってるってのに、なんで素直に聞き入れちまうんだよぉ」

 

「ちょ、ちょっと待って司令官? 私? 私が原因なの?」

 

 動揺から霞の抱擁が解けると、俺は彼女の肩をガシッと掴み、ジッと目と目を合わせて口を開く。

 

「そうだ! 俺はお前に叱ってほしくて、あえて怒らせるようなことを言った! なのに、なぜ怒ってくれない!?」

 

「わ、わけわかんないわよソレ!? 優しくされたいならともかく、叱られたいってどういうことよ!?」

 

 霞の疑問はもっともだ。

 確かに、昔は俺も、霞にはもうちょっと優しくなってほしいと思っていたさ。

 それぐらい、霞の毒舌まみれの説教は辛いものだった。

 一周回ってドMになってしまいそうになったさ。

 

 しかし霞はこのとおり丸くなった。

 他の過保護艦娘たちと同様に、俺に甘々になった。

 だが……

 

「霞……人はな、失って初めてわかるんだ」

 

「な、なにを?」

 

「霞の説教が、俺にとってどれだけ大事だったか、ってことをさ……」

 

 霞の過剰な説教は、究極的には、上官である俺の成長を願ってのことだった。

 罵詈雑言にしか聞こえないその言葉の裏には、いつだって『提督として正しくあれ』という激励が込められていた。

 

 部下のすべてが上官に忠実で素直すぎると、自ずと調子にのって傲慢が生じるのが人間という生き物だ。

 だから、最低でも一人必要なのだ。

 上官に苦言を放って、意識を改めさせる存在が。

 

「霞。お前の容赦のない言葉があったからこそ、成長できた点が多々あるんだ。そのことをいまになって実感したよ」

 

 だが、俺を守れなかったという罪悪感から、霞は持ち前の厳しさを封印してしまった。

 優しさしか見せない霞。

 それは彼女のアイデンティティーを損なわせてはいないだろうか?

 誰よりも厳格で、不正を許さない。それが霞という艦娘なのに。

 

 確かに俺は艦娘たちの思いを、素直に受け入れるとは決めた。

 だが、それでも……

 

「霞。やっぱり甘やかされるだけじゃ、俺はダメになっちまうよ。……だからこそ霞。お前が頼りなんだ。お前の容赦のない厳しさが、いまだからこそ必要だ」

 

 甘やかすことが本当の優しさなのか。

 否。

 人の成長を願う厳しさこそが、本当の優しさのはずだ。

 それは、いまの鎮守府にはないもの。

 だから……

 

「霞、頼む。俺のことを思うのなら、どうかまた昔みたいに、俺に容赦のない厳しい言葉を……」

 

「い・や・♪」

 

「……」

 

 バッサリと、ニッコリと、霞は笑顔で俺のお願いを切り捨てた。

 

「あのぉ、霞さん? 今朝のワガママは全部聞いてくれたよね? だったら、このお願いもだね……」

 

「絶対に、い・や・♪」

 

 またもや、笑顔で切り捨てられる。

 とってもとっても、いい笑顔だ。

 

「司令官、私もね、反省したの。昔の私はいろいろ言い過ぎたって。だから、変わろうと思ったの」

 

「いや、俺はもう特に気にしてないよ?」

 

「私が気にするの」

 

 なんてこった。

 霞ったら、こればっかりは譲れないとばかりに頑なな態度だ。

 

「司令官がいない間、たくさん後悔したわ。なんでもっと、司令官の頑張りを労ってあげなかったんだろうって……結局、私と司令官の間に、いい思い出なんてひとつもなかったじゃない」

 

 いや、そんなことはないだろ。

 霞の進水日とかには皆で盛大にお祝いしたし、夏には海水浴に行ったし、クリスマスの日とか強情張ってケーキを食べようとしない霞と食べさせ合いっこしたし。

 しかし、霞としては納得できないところが多々あるらしい。

 

「だから決めたのよ。もう二度と司令官を傷つけないって。命を賭けて鎮守府に残った司令官の望むことを、ぜんぶ聞き入れてあげるんだって」

 

「そう言うなら是非とも昔の『お説教かーちゃん』ばりの霞に戻っていただきたく……」

 

「ダ・メ・♪ それ以外のことなら聞いてあげる♪」

 

 が、頑固ちゃんめ。

 いや、霞の性格を考えれば、らしいっちゃらしいんだけど……。

 うーん、でもやっぱり優しいだけの霞ってなんか違和感あるぞー。

 

「ほら、司令官。遠慮することないのよ? 頑張ったぶんだけ、私に甘えてくれていいんだから」

 

 両腕を広げて、にこりと天使のようにほほ笑む霞。

 だが、その瞳孔に光はない。

 あ、これアカンやつや。

 このままだと不知火のときみたく、取り返しのつかない領域にまで踏み込んでしまいそうだ。

 なんとかして霞を正気に戻さねばなるまい。

 

「ねえ、司令官。私にできることなら、なんでもするから……私に、お願い事して?」

 

 霞はあくまで俺のことを甘やかす気満々だ。

 

 ……仕方ない。

 こればかりは使いたくはなかったが、こうなったらショック療法だ。

 

「……本当になんでも言うことを聞いてくれるんだな?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

「言ったな? よしっ」

 

 言質を取ると、さっそく俺はある艦娘に連絡を取る。

 

「……明石、俺だ。ちょっと用意してもらいたいものがあってだな」

 

 くくく。

 なんでも言うこと聞くだと?

 男にそんな口約束をしたことを後悔させてやろうじゃないか、霞。

 

――――――

 

 というわけで。

 この撮影会は霞を恥ずかしがらせて、意図的に怒らせようという作戦なのだ。

 決して『コスプレをさせてグヘヘ……』なんて、いかがわしい目的でやっているわけではないことを理解していただきたい。

 

 じゃあ、なぜわざわざピンクのミニスカートナース服をチョイスしたと聞かれると……一度、生で見てみたかったんだよ!

 

 閑話休題(こほん)……

 

 とにかく、もともと霞はプライドの高い艦娘だ。

 いくら態度を改めたといえども、これほどの辱めを受けて平気でいられるはずがない。

 

 さあ、怒れ霞!

 そして昔のように俺のことを『クズ司令官!』と罵ってくれ!

 

 しかし……

 

「ぬ、脱いだわよ……」

 

 霞は指示どおり、ナース服と、白のハイニーソックスを脱ぎ捨てた!

 そして、目の前で露わになったのは……

 

 

 真夏の海水浴で見せてくれた、水着姿だった。

 上下にフリルが付いた、緑色のホルターネック式のビキニ。

 子どもらしい愛らしさを強調したデザインである一方、布の生地が少なめの、なかなか際どいデザインだ。

 夏に拝んだときも思ったが、真面目な霞にしては結構大胆なチョイスである。

 

 

 

 ……うーん、服を脱がせることで怒りが頂点に達すると思っていたのだが、やはり下が水着だったためか、脱衣への抵抗感が薄れてしまったようだ。

 いや、下着姿にさせるのはさすがに可哀相だったので、ナース服の下には水着を着るようにと指示したのは俺なのだが……

 

 まずいな。

 どうやら本気で霞は俺の言うことを従順に聞くつもりでいるらしい。

 まさか、ここまで抵抗しないとは。

 羞恥はあれど、まったく躊躇いというものがない。

 

 霞の厚意は素直に嬉しい。それは間違いない。

 だが、自らを罰するような、それこそ自分の身を犠牲にするような奉仕など、俺としては望ましくない。

 やはり霞は霞らしくあってほしい。

 それを口で言って納得してくれないのであれば、こうして強硬手段で正気を取り戻してもらうほかない。

 

 やむを得まい。作戦をフェイズ2に移行する!

 水着姿となった霞をカメラで激写していく。

 

「うぅ、こ、こんな格好したところまで写真に撮る気なの?」

 

「当たり前だ。いい思い出を作りたいと言ったのは霞じゃないか。俺は全面的に協力するぞ?」

 

 霞のご希望に便乗して我ながらエグいことを言うわたくし。

 だが、ここは心を鬼にしてカメラ小僧を演じるんだ。

 あらゆる角度から、霞の水着姿を撮影する。

 

 ……ほうほう。

 霞のやつ、こうじっくりと見ると、なかなか安産型だなあ。

 お子ちゃま体型かと思いきや、腰元とかくびれとか、なめらかな曲線や丸みをえがいていて、女のカラダとして立派に発育しているのがわかる。

 

 というかボトムのフリルがスカートみたいになっているから、先ほどのナース服以上の極ミニスカートと錯覚してしまい、おかげで丸く豊かなヒップが常時パンチラしているかのように、際どく存在を主張している。

 鼠径部のラインもくっきりと見え、とてもセクシーだ。

 

 ビキニのフリルは小さい胸を大きく見せるように錯覚させるらしいが、よく注視すると霞の鎖骨の下には、立派な谷間がある。

 慎ましいことには違いないが、思ったよりも膨らみがあるようだ。

 

 驚いた。

 衣服の上ではわからなかったが、霞のやつ、こんなにも発育良好だったのか。

 ふむふむ、恥じらった顔といい、これはロリコン趣味がなくとも、なんだかイケナイ扉を開いてしまいそ……

 

 

 

 ってなに、まじまじと本気で撮影しているんだ俺は。

 これじゃまるで変態じゃないか。

 違う意味で『クズ司令官』になってしまう。

 

 落ち着け。

 いったん深呼吸だ。

 

「はぁ……はぁ……霞ぃ……」

 

 余計に変態っぽくなってしまった。

 

「……ねえ、司令官。これだけで、いいの?」

 

「え?」

 

 意味ありげな視線を向けながら、霞は身をよじらす。

 

「司令官が望むなら、もっと凄いことしてもいいけど……」

 

「もっと、って……お、おいっ」

 

「わかってるわよ。どうせ最後には――()()()()()()、するつもりなんでしょ?」

 

 なにを誤解しているのか、霞は意を決したような顔を浮かべて、水着の紐に手をかける。

 そのまま、ゆっくりと結び目を解こうと……

 

「ちょっ、待てぇい! そこまでヤレとは言ってない!」

 

「きゃっ!」

 

 とんでもないことをしだす霞を、力ずくで抑えて止める。

 結果……

 

「あ……」

 

 勢い余って、霞を床に押し倒す形になった。

 

「……っ。~~っ!」

 

 霞は言葉にならない声を上げつつも、抵抗はしなかった。

 真っ赤になった顔を逸らして、身を委ねるようにカラダを脱力させる。

 

「……いい、わよ。司令官が、したいこと、して……」

 

 霞は静かに、勇気を振り絞るように、そう呟く。

 

「私、平気よ。約束は、守るわ。司令官のこと、拒んだりしないから。だから……」

 

 そう言う霞の目から、

 

 ひと筋の涙がこぼれ落ちた。

 

 

 それを見て、一気に冷静になった。

 

 

「……霞、すまん」

 

 霞の上から退いて、俺は頭を下げる。

 

「司令、官?」

 

「すまん。お前の気持ちも知らずに、お前の勇気を試すようなことをしちまったな」

 

 霞の決意は固い。そして霞は、自分が決めたことは破らない。そういう娘だ。

 そんなこと、俺が一番よく知っていたはずなのにな。

 知っていながら、霞の決意を利用して、彼女を限界まで追い込もうとした。そんな自分が情けなかった。

 

 結局、以前の霞に戻ってほしい、というのは俺の都合でしかない。

 俺がすべきことは、「変わりたい」と思っている霞を応援してあげることではないだろうか?

 

「霞の気持ちは、素直に嬉しいよ。優しくされるのも決してイヤってわけじゃないし……ただ、とりあえず自分を安売りすることだけは、やめてくれないか?」

 

 そう。俺が懸念しているのは、その一点に尽きると言える。

 

「皆にも言っているけど、俺が死にかけたのは俺自身の責任なんだ。そこに負い目を感じて、身を粉にして俺に尽くす義理はないんだ。霞は霞なりに、自分が変わりたいように、変わればいい。だから俺に償うとか、そういうことは考えないでくれ」

 

「司令官。でも、私……」

 

「それに霞、言ったろ? 俺といい思い出がなかったって。だったらさ、そういう後腐れは無しにしていこうぜ? でないと、楽しい思い出なんて作れないぞ?」

 

「っ!」

 

 俺の言葉は、霞の中で鮮烈な一撃を与えたらしい。

 思い悩んでいた顔が、瞬く間に晴れていく。

 

「許して、くれるの?」

 

「許すもなにも、俺は一度だって霞を恨んだことはねえよ」

 

「あんなに、ひどいこと言ってきたのに……」

 

「それが俺を、あの激戦の中で残るような男にしてくれたんだ。お前のおかげでもあるんだぜ、霞?」

 

「っ……う、ひぐっ」

 

 俺に見られないように、霞は両手で顔を隠して、静かに泣いた。

 ……ずっと溜め込んでたんだな。

 早く気づいてやれなくて、すまなかった。

 そう伝えるように、俺は泣き止むまで、霞の頭を撫でた。

 

 

 

 ひとしきり泣き終えると、そこには憑き物が落ちたような、無垢な顔があった。

 頭を撫でる手を休めず、俺は霞に語りかける。

 

「俺も艦娘の気持ちを素直に受け入れるって、そう決めたからな……約束は守らないとな。だから、霞がどう変わろうと、俺はちゃんと受け入れるよ。だから、なんというか……

 これからも、楽しい思い出、いっぱい作っていこうな」

 

「……うん」

 

 俺の言葉に、霞は素直にうなずいた。

 

 伝えたいことは伝わった。もう大丈夫だろう。

 霞の変化は、悪い方向ではなく、良い方向に進む。そう思いたい。

 

 ……まあ正直、きつめの性格をした霞が恋しいと言えば恋しいけどな。

 でも仕方ない。どんなことも、変わっていくものだ。

 これからは霞の説教に頼らなくても大丈夫なように、自分に厳しくしていけばいい。

 

 

 

 

 

「……あのさ、司令官……」

 

「ん?」

 

「やっぱり、優しい私って、違和感ある?」

 

「え? あ、いや、そんなことは……」

 

「でも、慣れない感じはするんでしょ?」

 

「まあ、ちょっとだけな……」

 

「ふぅん……じゃあ、少しだけ昔の私に、戻ってあげてもいいけど?」

 

 俺が内心で恋しいと思ったのを敏感に察知したのか。

 または要望を受け入れなかったことのお詫びか。

 霞はそんなことを言って、モジモジとしだした。

 

「昔みたいに……ってことは、一時的に口うるさい感じになるってことか?」

 

「口うるさいは余計よ! ……まあ、そんな感じだけど……」

 

 一応自覚はあるようで、霞はこほんと照れくさそうに咳払いする。

 

「で、どうするの?」

 

「うん、じゃあ……」

 

 ひょっとしたらこの先、霞のキツい一面を見る機会がなくなるかもしれないしな。

 最後の思い出……というと、なんか大げさだが、かつて俺を厳しく激励した真面目で愛らしい少女の姿を、この目に収めることにしよう。

 俺が「それじゃあ、頼む」と言うと、霞はうなずいて、息を大きく吸った。

 そして……

 

 

 

 

 

「こ、このクズがあああああ! せっかく変わりたいと思ってたのに! なに空気読まずに『叱られたい!』とか言ってんのよ! ほっっんと信じらんない! M!? Mなの!?」

 

 おう! 霞のこのド直球な毒舌!

 退院してから久しぶりに聞いたぞ!

 

「バカバカ! 私だって、ちょっとは優しくなろうと思って頑張ったのに! 人の気も知らないで! クズ! ほっっんとクズ! クズ司令官!」

 

 このノリ! 懐かしいな!

 本来なら胸が痛む言葉の数々なのに、懐かしさが込み上げて逆にほんわかとした気持ちになってきたぞ!

 

「霞! もっとだ! もっと言ってくれ! いやあ本当こういうの久しぶりで、なんか楽しくなってきたぞ!」

 

「なにソレ気色悪っ! 本当にMなわけ!? 最低さいてい! さんざん私のやらしい写真撮っておいてしかもMなんて! 救いようのない変態ね! 変態へんたい! 変態司令官!」

 

 新鮮!

 艦娘たちが過保護になってからというもの、こうやって罵倒されることなんて一切なかったから、すごく新鮮に感じる!

 せっかくだから、もっと堪能しよう!

 

「霞! まだだ! まだこんなもんじゃ足りない!」

 

「ふん! お望みならいくらでも言ってあげるわよ、この変態司令官! なによなによ! 他の艦娘たちに甘やかされてデレデレしちゃって! 情けないったらないわね! 恥ずかしいと思わないの!?」

 

「うう! 耳に痛い! だが、そういう正論な言葉が欲しかった!」

 

「うっそ、なに喜んじゃってるの!? 気持ち悪い♪ ほんとうに気持ち悪い♪ 他の艦娘が見たら、なんて思うかしら? こんな気持ち悪いクズ司令官をお世話する物好きなんて、きっと私しかいなくなるわよ? あはっ♪ 感謝なさい♪ 慈悲深い私は、変態の司令官をずっとお世話してあげるんだから♪ 泣いて喜びなさい、このド変態クズ司令官♡」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

「なによ! お礼言うわりには頭が高いわよ! 這いつくばりなさいよ♡ 変態は変態らしく床に這いつくばってればいいのよ♡ エサを欲しがる犬みたいにお腹見せて、ワンワン言ったりしなさいよ♡」

 

「はい! 犬、床に這いつくばります! お腹見せて鳴きます、ワン!」

 

「きゃあああ♡ 本当にやったわ♡ 信じらんない♡ 信じらんない♡ 屈服しちゃった♡ 変態クズ司令官、私に屈服しちゃった♡ 乗っちゃう♡ 犬になった変態クズ司令官の上に乗っちゃう♡ ねえ、ほら! 水着つけた女の子が上に乗っちゃったわよ!? 嬉しい? ねえ、嬉しいんでしょ? 変態クズ司令官♡」

 

「はい嬉しいです! 水着美少女に乗っかかれて嬉しいです!」

 

「変態へんたいヘンタイ♡ ロリコン♡ 変態にさらにロリコンが加わっちゃった♡ もうほんと最低♡ 言い逃れ不可能♡ 犯罪者予備軍不可避♡ もうダメね♡ 私が可愛がってあげなきゃ♡ このロリコンケダモノは、私だけが可愛がっちゃうんだから♡ 鳴いちゃえ♡ 水着つけた女の子に乗っかかれて喜ぶロリコンは、豚みたいに鳴いちゃえ♡」

 

「ぶひいぃぃぃぃ!」

 

「ああああん♡ 鳴いたあぁ♡ ねえ、もっとおおお♡ たくさん、腰、揺らしてあげるからああ♡ もっとぉ♡ もっとかわいい声出してえええええ♡」

 

「ぶひいぃぃぃぃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼しまーす! 明石でーす! 提督、いきなりナース服用意してほしいって言うもんですから、ついでにバニー服とかメイド服とかも用意したんですけど。よかったらお使いに、なり、ます、か……」

 

「鳴いちゃえ♡ もっと、はしたなく鳴いちゃえ♡ ロリコン犯罪者予備軍不可避変態クズ司令かああぁん♡ ご主人様にかわいい鳴き声聞かせなさあああいい♡」

 

「ぶびゃああああああ! かしゅみしゃまああああ!」

 

「あああああん♡ このクズウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ♡」

 

「失礼しましたあ……ごゆっくり~……」

 

 誰かやって来て、扉をそっと閉じられた気がしたが、絶賛楽しく盛り上がっている俺たちにはどうでもよいことだった。

 

 

 

 なにはともあれ。

 霞との仲が、前よりも深まった。

 そんな日だった。

 

――――――

 

 後日。

 なぜか鎮守府で俺がドMという噂が広まった。

 

 艦娘の何人かは、

 

「こういうの、お好きと聞いて……♡」

 

 と優しげな笑顔に不釣り合いなムチを持参してやってきて、俺を追いかけ回す事件が勃発。

 誤解を解くのに、かなり苦労する羽目になった。

 なぜこんなことに?

 

 

 

 そして、あれから霞はどうなったかというと……

 

 

 

 

「はい司令官、朝ご飯。残さず食べなさい」

 

「すまねえ霞、トマト嫌いだから全部は食えねえ」

 

「はあ!? 子どもじゃないんだから、ちゃんと食べなさい! はい、あーんしてあげるから! あ~ん!」

 

「やめろおお! なんと惨いことを……うぼああああああああっ!!」

 

 一度、封印していた()を出し切ったことで、いろいろと吹っ切れたのか。

 結局、以前のように口うるさい霞に戻っていたのだった。

 ただ……

 

「まったく……ふふ♪ ほんとにクズ司令官は、しょうがないんだから♪」

 

 その笑顔は、いままで見たことがないくらい、優しさに満ちあふれていた。

 




 今回のお話読んで「ボヘミアン・ラプソディ」熱唱したくなった人どれぐらいいるかな?(クイーンブーム再燃して嬉しいイチファン)



 前回の更新からお気に入り登録数がついに1万人に達しました。
 本当にありがとうございます!
 こんなに多くの読者さんを満足させるような内容、どうやったら書けるんじゃろ。
 といろいろアイディアを捻り出している日々です。
 ブックマーク数に反して評価数が200代なのは、まだまだ読者さんたちのサティスファクションを揺さぶれていないってことですしね。
 「満足したぜ……」そう言ってもらえるよう頑張りたいっす。

 でも最近Twitterで仲良くなったハメ作者さんいわく「素直に評価ほしいと言ったらもらえました」って言ってたのが気になるところです。

「きっと多くの人が(評価するの)忘れているだけですよー」
「ほんとぉ?」

 でもそれはきっと、ぐうの音が出ないくらい面白いものを書いたからこそなんじゃないかなあ?
 でも一応言っておきますね。
 評価していただけると嬉しいです!

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