重傷を負ってから艦娘が過保護すぎる件   作:青ヤギ

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 衣笠さんって見れば見るほど正統派な美少女ですよね。
 もっと流行って(衣笠さんのSS)


貫禄と衣笠のハグ

 あの激戦から数日。

 警戒レベルの高い深海棲艦が、再び各海域に侵攻を始めたという情報は、いまだに入ってきていない。

 

 雑兵とも言える駆逐艦が出現している以上、敵勢力が根絶やしになったというわけではないが、不思議なことにそれ以外の艦種がまったく姿を見せないでいる。

 

 凶悪な対空射撃で毎度空母を苦しめてきたツ級も、夜戦において恐ろしい牙を剥いてきたリ級も、戦艦たちによる強力な編成を文字通り無に帰してきたカ級も、破壊の権化たるタ級やヲ級も──そして圧倒的なチカラで我々をねじ伏せてきた《鬼》や《姫》すらも。

 

 倒しても倒しても湯水のように湧いて出てきた敵が、すっかり沈黙を決め込んでいる。それが、逆に不気味だった。

 

 周囲に危害が及んでいないのであれば、それに越したことはない。

 かつての平和な海そのものの姿だ。

 人類は、いっときの安息の日々を得たのかもしれない。

 

 ……そう、あくまで、いっときだ。

 やはり俺には、この状況が嵐の前の静けさに思えてならない。

 

 確かに我が艦隊は、歴代最高戦力とも言える敵の軍団に勝利した。

 大本営の一部の人間は「もはや怖いもの無しですな!」と呑気に笑っていたが……頭の切れる者たちは「これで済む筈がない……」と懸念をいだいている。

 長年で培われた提督としての勘も、同じことを告げていた。

 

 もし仮にだ。

 もし敵が、さらなるチカラを身に着けて現れるとしたら?

 最も恐れているのはソレだ。

 

 敵のこの沈黙がチカラを溜め込んでいる期間だとしたら、いずれ、あの激戦以上の戦いが繰り広げられるかもしれないのだ。

 ただでさえ、想像を絶するものだった戦いのさらに上を行く戦い……はっきり言って、正気を保てる気がしない。

 

 本音を言えば、そんな狂気じみたことは起こって欲しくはない。

 だが、俺の判断ひとつに世界の命運が懸かっている以上、常に最悪のケースは想定していなければならない。

 

 やはり安穏としてはいられない。

 何が起きても対処できるよう、警戒を怠らず、我々もより鍛錬を重ねていくべきだ。

 

 そうなると……やはり、俺に対してすっかり過保護になってしまっている艦娘たちの現状は宜しくない。

 ある意味、平和な時間に慣れ過ぎて、腑抜けた状態と言っても過言ではない。

 ここは上官として、喝を入れなければならないだろう。

 そうと決まれば、やることはひとつだ。

 

 

 

「お前たち! いまから演習を行う! 各々、あの激戦を思い出し、持てるチカラすべてを発揮せよ! 手を抜くような真似をしたら承知しないからな!」

 

 皆には済まないが、俺は今日から心を鬼にする。

 これまでは「艦娘とはいえ、女性なんだから紳士的に接しなくては!」と態度や語気を強めるのは避けていたが、状況は変わったのだ。

 彼女たちが過保護な女性へ変化したというのなら、俺も一新して厳格な提督になってやろうじゃないか。

 

 そうとも。彼女たちが俺を子どものように甘やかすのも、俺に貫禄が不足しているからだ。

 俺が厳しい態度を取れば、艦娘たちもきっと冷静になって、また以前のように鍛錬に邁進することだろう。

 

 よしっ。たとえ良い戦績が出たとしても、ここは敢えて辛辣な指摘を出そう。

 正直胸が痛むが、皆の正気を取り戻すためにも、スパルタ形式を貫くのだ!

 

 ……でもさすがに何かご褒美用意しておかないと可哀想かな?

 厳しさは大事だけどやり過ぎると俗に言うブラック鎮守府になってしまうし、匙加減が難しいところだなぁ……等々と悩んでいる間に演習が始まった。

 

 艦娘のそれぞれが己の得意とする戦法で戦う。

 鎮守府にしばしの間、砲撃と爆雷の轟音が響き渡った。

 

 一通り済んだところで俺は演習を停止させ、総評を述べることにした。

 

「ふんっ。こんなものか、お前たち」

 

 

 

 

 ……と言うつもりだったが、実際に出てきたのは以下のセリフだった。

 

「あ、あれ? みなさん、その……なんかメッチャ強くなってません?」

 

 嘘でも「こんなものか」とは言えなかった。

 

 いや、だって……マジですごい迫力だったんだよ。

 

 バトル漫画とかでよくある「なんと凄まじい闘気! ここにいる俺まで吹っ飛ばされそうだ! ぐわああああっ!」みたいなのを、まさか実体験するとは思わなかったよ。

 おかげでいま腰が抜けている。膝とかガクブルしている。

 

 ちょっと聞いてください奥さん。ウチの娘たちったら、見ないうちに修羅みたいになってるんですよ? こわーい!

 

「どうだ提督よ? あの戦いから我々も一層鍛錬に励んできたのだ。貴方を守るためにな」

 

 誇り高きビッグセブンである長門が、さらに凛々しいオーラを纏いながら、へたり込んでいる俺を立たせてくる。

 男の俺なんかよりもずっと紳士的でカッコイイ。悔しい。

 そして、二の腕に当たる彼女の豊満な乳房の感触に内心喜んでいる自分がとても情けない。

 

「ぽい! 夕立、もう絶対に提督さんを傷つけさせないから! どんどん強くなるっぽい!」

 

 口調は駆逐艦らしく愛らしい夕立だが、その赤い眼光は「提督さんを傷つける奴は……ろすっぽい」と殺意に満ち溢れていた。

 やめて、ぽいぽい! 子犬のように可愛かった頃のお前に戻っておくれ!

 

「提督。この神通、二度とあのような不手際は犯しません。この命に代えても、提督をあらゆる脅威からお守り致します。どうか、ご安心を」

 

「ア、ハイ……」

 

 ゴメン神通。君の忠誠心は嫌と言うほど伝わってくるが、そう凄まれると胃がキュウキュウと締め付けられて逆に落ち着けない。

 覇気だ。覇気が見える。きっと覇王色だ。

 

 凄まじい覇気を放っているのは神通だけではなかった。

 艦隊すべての艦娘各々が活気と使命感に満ち溢れ、「二度と提督を傷つけてなるものか!」と瞳が語っている。

 鎮守府一帯が「ゴゴゴゴ……」と重々しい空気に包まれているのは、きっと錯覚ではないだろう。

 

 なんと勇ましき乙女たちか。そして、なんと想いが重い乙女たちか!

 たった一度の上官の負傷で、彼女たちはここまで成長を遂げたのだ。

 提督としては喜ぶべきところだが……それ以前にとにかく怖い!

 なにその「睨んだだけで駆逐艦イ級程度なら瞬殺」できそうな眼光!

 

 知らないうちに艦娘たちは、強さがインフレ化したジャ〇プ漫画の住人みたいになっていた。

 そんな彼女たちに言えることは、ただひとつだった。

 

 

 

「えっと……頼もしい限りです」

 

 とりあえず、戦闘面に関して心配することは無さそうである。

 

──────

 

 深海棲艦が滅多に姿を見せない以上、出撃する機会は以前よりも減った。

 だからと言って、提督としてやるべきことが消失したわけではない。

 猶予ができたこのときだからこそ、積極的に遠征任務を効率よく指示していくべきだ。

 もちろん処理すべき書類仕事だってある。

 むしろ、提督の主な業務は書類との睨めっこと言えよう。

 

 膨大な書類の山はもちろん俺一人ではこなせない。毎度、秘書艦なる艦娘たちに補助してもらうのが通例だ。

 午前中は演習に時間を費やした。午後となったいまから手を付けないと、今日のノルマは達成できないだろう。

 

「今日の秘書艦は衣笠か! よろしく頼むぞ!」

 

「うん! 衣笠さんに任せて!」

 

 明るい笑顔で気合いを入れる衣笠。

 

 普段はお転婆でお調子者の面があるが、いざというときは他人を気遣って心配してくれる、面倒見の良い艦娘だ。

 そんなもともと世話好きな衣笠が過保護になったらどうなってしまうのか、と若干の不安はあったのだが……

 

 よかった、見たところ以前と変わりない様子だな。

 

 衣笠も一度は夜の護衛として同衾しようとしてきたが、劇的に態度が変わった艦娘と比較すれば、まだ彼女の変化は大人しい部類と言える。

 少なくとも、現時点では俺の記憶にある衣笠そのものだ。

 

 ……まあ、演習のときは他の艦娘と同じく修羅状態だったけど、艤装を解いた現在では、普段通りのJK染みた美少女として眩しい笑顔を見せてくれている。

 

「提督、頑張るのはいいけど無理はしないでね? 困ったことがあったら、いくらでも衣笠さんに頼ってくれていいんだから!」

 

 病み上がりの俺を気にして、健気にそんなことを言ってくれる衣笠。

 過度に干渉せず、一歩引いた距離感で俺を手助けしようとする彼女の優しさが伝わってくる。

 

 ……そうそう、こういうので良いんだよ! 思いやりの気持ちってのはさ!

 風呂やトイレに同行するとか、ナイフやフォークを持たせず「アーン♡」して食べさせるとか行き過ぎなやつじゃなくて、こういう些細な気遣いが一番嬉しいんだよ!

 

 さすがは『隣に住む幼なじみにしたい艦娘ランキング(いま作った)』一位の衣笠。

 わりと真面目な話、衣笠みたいな同い年の女の子が学生時代にいたら絶対に恋していたと思うわ。

 衣笠が髪型をツインテールからサイドテールに変えたときとか年甲斐もなく本気でドキッとしたからなあ。

 やんちゃだった小娘が、ある日いきなり大人の色香を身に着けた感じがして、すごく魅力的に映った。

 

 いやぁ、美少女ってちょっとイメチェンするだけで本当に印象がガラリと変わるもんなんだよね。

 彼女が部下じゃなければ間違いなく「俺のために毎日鯖みそを作ってくれ」とイケメンボイスで求婚していたことだろう。

 なぜ鯖みそかと言うと大好物なのだ。プロポーズするときは殺し文句として必ず使おうと思う。

 王道のみそ汁よりもワンランク上っぽい一品を告白に用いることで撃破率120%は約束されているようなものだ。

 ちなみに「鯖みそって臭うし骨取るのメンドクセーじゃん。ないわー」とか言う奴とは全面戦争する気なんで、そこんとこよろしく。

 

 

 

 さて、そんな《理想的なお嫁さん像》の一人である衣笠の手前、情けないところは見せたくないと思うのが男心。

 演習の場面ではものの見事にヘタレなところを見せてしまったが、デスクワークならば俺の独壇場だ。ここらで名誉挽回と行こうじゃないか。

 

 刮目するがいい衣笠。

 訓練生時代に鍛えられた華麗な処理テクニックで瞬く間に書類を片付け、改めて俺が頼りがいのある提督であることを印象付けてやろう。

 人から「特技は何ですか?」と尋ねられたら「速筆力ぅ……ですかね」と自信満々に答えられるぐらいのスピードだ。ビビるなよ。

 

 ここでめでたく上官としての貫禄を取り戻せば、衣笠を通して他の艦娘たちが「提督ってやっぱりすっごーい!」と認識を改めてくれるに違いない。

 そうすれば、きっと彼女たちの過保護ぶりも治まることだろう。

 一方的に甘やかされるだけの関係なんてやっぱり良くない。

 本来、俺たちは共に助け合う仲──そう、戦友(フレンズ)なのだから!

 

 さぁ、気合い入れて書類仕事だ。

 ふふっ……今日はちょっと本気出させてもらうぜ。

 バトル漫画のライバルキャラみたく不適な笑みを浮かべて、いざ机に座る。

 目の前には今日中に処理すべき書類の山が……

 

 

 

 ない。

 

「あれ?」

 

 いままさに神業のデスクワークを披露しようとしたのに肝心な書類(獲物)はどこにいったんだ?

 せっかくペンを抜刀のごとく抜き払い、印鑑を銃のように構えたのに、これじゃ格好つかないじゃないか。

 

 おかしい。

 今日も大本営やあらゆる部署からいろいろ書類が届く筈なのだが……。

 

 困惑の最中、ひとつの予想が頭の中に浮かぶ。

 

 ま、まさか。

 

「衣笠さんや? つかぬことをお聞きしますが、ここにあった書類はいずこへ?」

 

「ああ、それ?」

 

 俺の質問に衣笠はニコリと実に爽やかにほほ笑む。

 仮に俺と彼女が同級生で、放課後の教室に二人きりというシチュエーションだったら迷わず告白してしまうほどに魅力的な笑顔。

 しかし、彼女が次に発言する内容を考えると震えが止まらない。

 提督の立場を危うくさせるどころか崩壊させかねない一撃を秘めたひと言を聞くのが怖い。

 

 待ってくれ、衣笠。

 さすがに、さすがにそれだけは。

 そればかりは、勘弁してくれないか?

 じゃないと、俺が鎮守府(ここ)にいる意味が……

 

「書類仕事なら朝のうちに、ぜーんぶ衣笠さんが終わらせておいたよ♪」

 

 

 

 

 

 ……あれ? 変だな。花瓶とかガラス細工とかが落ちてないのに、何か割れる音がしたぞ?

 

 ちょっと待ってくれ。

 俺一人でも片づけるのに苦労する書類の山を、朝のうちに終わらした、だと?

 

「き、衣笠さん、さすがに冗談きつくないか? ダメだよぉ、書類仕事が面倒だからって嘘ついてサボる口実作っちゃぁ」

 

「ええ~? 嘘なんてついてないよ! あれぐらいの量なら私じゃなくたって他の艦娘もスグに終わらせられるよ?」

 

 なん、だと……。

 

「だって提督がいない間は私たちが書類仕事やってたんだから、もうすっかり慣れちゃったよ」

 

 た、確かに。

 俺が不在の間は艦娘たちに諸々の仕事を任せきりだったわけだし、必然的に彼女たちの事務能力が向上してもおかしくはない。

 だが、それにしたって……君たち、スペック高過ぎやしません?

 戦闘力が超常レベルの艦娘たちは、その気になればデスクワークも超常レベルに化すというのか。

 人間と艦娘の間には、それほどまでに能力の格差があるというのか!

 

 ……あれ、おかしいな。どうしてこんな時に井戸のイメージが浮かんでくるんだろう。

 呪いで有名過ぎるあの人の住処かな?

 いやぁ、最近はビデオテープなんてオーパーツレベルで見かけないから、呪い業界も世知辛いですよねぇ。

 あ、最近マブダチの人妻と合体したから問題ないんですか? すっごーい。ふたりは最強の怨念を持った呪い同士(フレンズ)なんだね。

 

 ……待って! やめて! 井の中から(かわず)さん出てこないで!

 とある『ことわざ』を俺に突きつけないで!

 君は海なんて知らずに素直に井戸の中をずっと泳いでいなさい! 心配すんな、そこが世界のすべてだから!

 え? 現実から目を逸らすなって?

 

 だって……だってっ! 完全にやることが無くなっちまったよ! 提督として!

 プライドがボロボロで泣きたくなるわ!

 

「衣笠! 他に、他に俺にできることはないのか!? ていうかさっき『無理はしないでね?』って言った以上、書類仕事とは別にやるべきことがあるって解釈していいんだよね!?」

 

「うん、もちろん。提督には大事なお仕事が残ってるよ?」

 

「だよな!? 俺にしか出来ないことは、まだあるよね! 教えてくれ! 俺は何をすればいい!?」

 

「遠征から帰ってきた艦娘たちを笑顔で迎えてあげることよ♪」

 

 だ れ に で も で き る よ そんなことおおおおおおおお!!

 

 他にやることはないかと尋ねても、ほとんどが提督業とは無関係なことばかり。

 えらいこっちゃ。衣笠さんったら、最初から俺に仕事させる気ねえ!

 彼女がやろうとしているのは、単に俺の身の周りのお世話だった。

 

「提督! 秘書艦の衣笠さんにいくらでも頼ってね! お茶にする? トイレ行きたかったら付き添ってあげるから言ってね。あ、ちょっと早いけどお風呂にする? す、少し恥ずかしいけど、衣笠さんがお背中流してあげるよ?」

 

 それ秘書艦じゃなくて、もう介護艦だよ!

 けっきょく衣笠も他の艦娘と同じく過保護全開かい!

 裏切ったな! ぼくの感動の気持ちを裏切ったな!

 

「ぐうっ!」

 

 俺はその場で膝を折って打ちひしがれる。

 己の無力を嘆きながら、ガクンとこうべを垂れる。

 

「提督どうしたの!? どこか痛いの!?」

 

 痛い?

 ああ、痛いとも、おもに心がな。

 あまりにも自分が情けなくて涙が出てきた。

 

「うぅ、俺はなんてダメな提督なんだ……せっかく鎮守府に戻ってきたのに、完全にいらない子じゃないか!」

 

 俺が鍛えなくても艦娘たちは充分強い。

 俺がやらなくても艦娘たちのほうが迅速に仕事を終わらせてしまう。

 俺はそんな艦娘たちに、ただ過保護に甘やかされるだけ。

 なんと情けない! こんな、こんな気持ちになるぐらいなら……

 

 

 いっそのこと病院で美人看護師さんたちとイチャイチャしていれば良かった!

 

「提督! そんな悲しいこと言わないで!」

 

 号泣している俺を衣笠がぎゅっと抱きしめてきた。

 以前なら「ひゃっほい! 巨乳JK系艦娘にハグされたぞ! 柔らかい! いい匂い!」と内心舞い上がるところだが、いまは惨めな気持ちしか湧かない。

 俺みたいなダメ提督に彼女の抱擁を受ける資格などない!

 

「優しくしないでくれ衣笠! 頑張っている君たちに何も報いることができないこんなダメ提督に気を遣う必要なんてないんだ!」

 

「そんなことないよ!」

 

 すごい剣幕で衣笠は大声を上げた。

 いつものフランクな感じは微塵もない、真剣な声音だ。

 

「提督はこれまでずっと私たちと一緒に戦ってくれたじゃない! 私たちをここまで育ててくれたのも提督。艦隊をここまで大きくしたのも提督。提督が諦めないで、頑張ってくれたから、いまの私たちがあるんじゃない!」

 

「き、衣笠……」

 

 俺を抱きしめる彼女の顔を見てみる。

 衣笠は泣いていた。

 男なら決して女の子にさせてはならない泣き顔だった。

 

「提督、私、あなたが戻ってきてくれて本当に嬉しかったんだよ? あれだけ酷い怪我を負ったら、普通の人ならもう提督やるなんて嫌になるのに……提督は戻ってきてくれたでしょ?」

 

「それは……」

 

 妖精を視認できる特殊な人間にしか提督が務まらない以上、代わりの存在なんてそう見つからない。

 俺が逃げたら、誰が艦娘たちの指揮をする?

 命を懸けて戦ってくれた彼女たちを放って逃げるなんて、そんな不義理な選択肢、あっていい筈がない。

 

 そんな当たり前の判断を、衣笠は嬉しいと言ってくれる。

 

「私たちが頑張れるのは、提督がいてこそなんだよ? あの戦いだって、提督が諦めないで鎮守府に残ってくれたから、私たち勝てたんだから」

 

「き、衣笠……」

 

「出撃でボロボロになって帰ってきても、提督が笑顔で出迎えてくれるだけで元気がもらえるの。私たちには帰る場所があるんだって、すごく安心できるんだ。だから、提督はいらない子なんかじゃないよ?」

 

 そ、そんな。よせよ、そんな涙腺の緩むようなこと言うの……うわああああっ!

 

「い、いいのか? 俺、鎮守府(ここ)にいていいのか!?」

 

「当たり前だよ」

 

 再び柔らかなほほ笑みを浮かべて、優しく抱きしめてくる衣笠。

 

「私たちには提督が必要なの。提督のいない鎮守府なんて、それこそ存在する意味がないよ。みんな同じことを思ってるんだから」

 

 う、うぅぅっ……本当に、本当に必要としてくれるのか。

 

 こうして切実な雰囲気で抱きしめられて感動している今も、一方でだらしないオスの本能が「衣笠のオッパイオッパイ!」と元気に腕を振っているような、しょうもない提督なのに!

 

「提督が元気でいてくれれば、それだけで、私たちにとっては充分な報酬だよ?」

 

「衣笠、そう言ってくれるのか?」

 

「うん。だからお願い。明るい笑顔で、遠征から帰ってきた艦娘たちを迎えてあげてね?」

 

「……うん、うん! わかったよ! それが俺にできることなら!」

 

 そうか、俺にはまだ鎮守府にいられる理由があるんだ……。

 ちゃんと俺の居場所はある! こんなに嬉しいことはない!

 

 ありがとう、艦娘の皆。

 俺、これからも君たちのために頑張るからな!

 

 くっ。嬉しさのあまり、また涙が出てきたぜ。

 

「す、すまねえ衣笠。みっともない姿見せちまって」

 

「ううん。いいんだよ提督? いまは私たち二人しかいないんだから、衣笠さんの胸で、いっぱい泣いても……」

 

 そう言うと、衣笠は俺の顔をそのセーラー服に包まれた胸元へと導き、ぎゅうっとさらに深く抱きしめてくれる。

 

「よしよし。みんなが遠征から帰ってくるまで、衣笠さんがギュッてしててあげる」

 

 豊満な乳房で俺を包み込み、そっと頭を撫でてくれる。

 うぅ、なんて優しい娘なんだ衣笠。

 こんな上官思いの部下を持てて俺は果報者だあ。

 

 感謝の思いで胸がいっぱいになり、そのまま衣笠に身を任せていく。

 

「んっ……提督、いいよ? 私の胸に、あん♡ もっと、もっと、甘えても♡」

 

 ありがたいなぁ、部下の思いやりの心というのは……ん?

 

 

 

 いや、待て。

 これ、ただ甘やかされているだけじゃない?

 いや、どう見ても甘やかされてますよね!?

 

 そう気づいたが、しかし時すでに遅し。

 俺の頭はガッチリと衣笠にホールドされている。

 動けん! 衣笠の形の良い豊満なバストに包まれた状態から!

 

 ……いや、違う。

 俺のカラダが拒否してるんだ。

 この幸せな感触から逃れることを!

 オスの本能が全力で「いーじゃんいーじゃん! すげーじゃん! 身を任せちゃいなYO!」と喝采を上げていやがるんだ!

 

「ん♡ 提督、かわいい♡ も~っと抱きしめてあげるね♡」

 

 衣笠の声色もどんどん甘く蕩けていく。

 大きな胸がむにゅむにゅと形を変えて顔面にいっぱい広がり、ミルクのように甘い香りが咽るほどに鼻腔を突いてくる。

 

 これが仮に俺と衣笠が同級生で、初めて自室にお招きしたというシチュエーションだったら、もう間違いなくここから年齢制限がかけられる展開に……

 

 いやいやダメだ!

 提督としての貫禄を損なわないためにも、理性を強く持つんだ俺!

 でも抜け出せない!

 恐るべし、衣笠のハグ!

 

 

 

 ま、まずい。

 この調子じゃ俺、本当にダメ提督になってしまうかも。

 

 抗いがたい抱擁に心地よさを覚える自分に危機感をいだきながら、この先どんな艦娘たちによる過保護な甘やかしが待ち受けているのか。

 想像しただけで、戦慄を覚えられずにはいられなかった。

 

「提督……私、あなたのために、もっと頑張るからね?」

 

 ただ、この純粋な思いやりは素直に嬉しいんだよなあ。

 いや本当に、思いやりだけなら……。

 




 ーおまけ・あとがきによる茶番ー

 提督はですね、基本的に横須賀の鎮守府と言われる場所に過ごしていまして。
 若干過保護な艦娘が多いところなので、そういったところで生きていけるように、提督、あの我慢強い個体で。
 あと夢も大きいので、遠くの未来も見据えるように。
 速筆力ぅ……ですかね、書類仕事をスッと終わらせられる社畜向けの動物でして。
 けっこうヘタレなので、色仕掛けすると軽々と1m、2mは余裕でジャンプしてくれますね。

 《ボイス》はーめるんさいとのあとがきらん あおやぎ(せいべつふしょう)さん(さいたま)

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