今日も今日とて俺は、書類仕事という提督として立派な業務を全うしていた。
他にやることはないのか、とか、艦娘に任せたほうが早いのに非効率的な、という指摘は、どうか勘弁願いたい。
たとえ飾り物の上官だとしても、上官としての自覚を持って執務と向き合うということが大事なのだ。
以前のように、威厳ある提督として返り咲くことを俺は諦めていない。
……とは言ったものの、戦闘回数がめっきり減ったためか、最近は作戦関係の書類もなくなってきた。
届く書類といったら、式典の提案やら、自治体が企画したイベントに艦娘を参加させたいといった要請等々……凡そ世界救済とは程遠いものだ。
もちろん、こういった世間に向けた艦隊のイメージ作りも、大事な務めなわけだが……
こうして執務にまで安穏とした空気が入り込むと、ますます平和ボケしていきそうで怖い。
「えっと、なになに? 第二次瑞雲祭りの企画書? まあ日向が狂喜乱舞するから良いだろう。承認っと」
またひとつ、あっさりと仕事が片付く。
このペースだと夕方には終わってしまいそうだ。
俺のやる気に反して、こなすべき仕事の量は日に日に減っていっている。
くそぅ、時間に猶予ができると艦娘たちとの甘々な時間が長引いてしまうぞ。
そうなると、また理性と本能のフルファイトが勃発し、俺の神経をすり減らすことになるのだ。
美女、美少女たちに甘やかされるのは確かに幸せなひと時だが、自分はそれに溺れてはならない立場なので、結果的に本能との戦いで疲弊することになるのだ。
正直普通に仕事しているときよりも辛い。
なまじ性根がスケベなぶん、人一倍、苦労する。
少しでも気が緩めば最後、どんなことでも受け入れてしまう甘々な艦娘たちの厚意に付け込んで「グヘヘ」な展開に直行してしまうことだろう。
ブラック鎮守府ならぬピンク鎮守府の完成である。
天国のお父さん。男って、どうしてこう悲しい生き物なんだろうね。
……もっとも、いま目の前にいる艦娘に対しては、そういう心配はしていないが。
「アトミラール。何か助けが必要なら、このビスマルクを頼ってくれてもいいのよ?」
砂金のように眩い金髪ロングストレートの美人が、仁王立ちして大きな胸をぶるんと揺らしながら、自信ありげにそう言う。
最近、俺のことをなぜか「提督」から「アトミラール」と呼ぶようになった、ドイツ戦艦ビスマルク。
その佇まいからは、規律を重んじるドイツ艦隊に相応しい凄みを感じさせ、一方で、深窓の令嬢のごとき美貌は、同性ですら夢見心地の世界に導いてしまうのではないかと思うほどに、どこか神々しい魅力を秘めている。
ボディスーツ染みた服装は、彼女の凹凸の激しい魅惑的な肢体をぴっちりと浮かび上がらせており、生地が複雑に切り取られた部分からは、生白い肩や背中、乳房の付け根が惜し気もなく曝されている。
スカートは履いておらず、丈の長い上着だけで下半身を隠しているので、姿勢によっては形の良い豊満なヒップはもちろん、大胆な黒の紐パンツが見えることになる。
息を呑むほどの美女が、そんな際どい恰好をしていれば、どんな男性だって前屈みになって、否応なく淫らな妄想に駆り立てられることだろう。
かくいう俺がそうである。
出会った当初は、彼女の前で平静なフリをするのに相当苦労したもんである。
だが、それも最初のうちだけだった。
俺は知っている。
確かにビスマルクは美人揃いの艦娘の中でも、ひと際美人の超ナイスバディな海外艦。
だが、しかし、その実態は……
「手伝い? いや、特にないぞー」
やんわりと断りを入れると、ビスマルクはピクリと笑顔を引き攣らせた。
「え、遠慮することないのよ? なんならその書類仕事を手伝ってあげましょうか?」
「ダメだ。俺の生きがいを奪わないでくれ」
「じゃ、じゃあ、他にやって欲しいこととか……」
「だから大丈夫だって。暇だったらその辺にある漫画持っていっていいからさ。ほら、ジョジョの五部まだ読んでなかったろ? 面白いから是非読破をオススメす……」
「アトミラール!」
俺の声を遮って、甲高い声が上がる。
「なああああんで頼ってくれないのよおおおおお!!」
視界がビスマルクの泣いた顔で埋め尽くされる。
その泣き方はとても大人びた美女がするものではなく、どちらかと言うと幼い子どもが「ギャアギャア」とワガママを言うときにするような顔だった。
「なによなによ! 他の艦娘には散々甘えておいて! わ、私じゃ頼りにならないってわけかしら!?」
「おい、そんな間近で怒鳴るなって。耳がキーンってするだろ」
あと、言うほど艦娘に甘えた覚えはないぞ。……ないよね?
「泣くなよビスマルク。悪気はなかったんだって。ほら、どら焼きあるからこれでも食って機嫌直してくれ」
「え。ど、どら焼き!? ……ふ、ふん! 呆れちゃうわね。こんな子ども騙しで、はむっ、誤魔化せると思ったら、むぐ、大間違いなんだから、はむはむ、んう~~♡」
文句を言うわりには、ご機嫌にどら焼きを頬張るビスマルク。
異国の艦である彼女が早くこの国に馴染めるようにと、よく日本の食べ物を食べさせてきたが……すっかり和の文化に染まったなコイツ。
いまだってハムスターみたく口いっぱいに入れて食べてるし。
さて、ご覧のとおり、このビスマルクという艦娘。
見た目は
少しでも褒めるとすぐに調子に乗って高飛車な振る舞いを見せ、褒めないとすぐに機嫌を損ねる。
三食料理を他人に作ってもらうことを当たり前だと思っており、自分から用意するという発想すらない。
そして先ほどのように自分の思い通りにならないと、わあわあと目をバッテンにして騒ぎ出し、お菓子をあげるとコロっと笑顔になる。
肉体の成長に、まったく精神が追い付いていない。
まさに、カラダだけが大人というやつだ。
当初はえらい金髪美人が来たなひゃっほいと内心舞い上がっていた俺だが、その子ども染みた本性を知って以降は、「まあ、現実はこんなもんか」と彼女に高望みな幻想をいだくことはやめた。
いまや、ほぼ駆逐艦と同じ感覚で接するようになっている。
とはいえ、決して悪い子じゃない。
ちょっと傲慢っぽいところはあるが、命令は素直に聞いてくれるし、その自信相応の実力で、これまで多くの戦果を残してきたのも事実。
それに、自分の気持ちに正直なところとかは、却って好ましく思えるぐらいだ。
そういうわけで、俺の中でビスマルクは『少々の手のかかるカワイイ妹分』という立場なのだ。
そんなビスマルクは現在、他の艦娘と同様、俺の世話を焼きたがっている。
負けず嫌いな彼女らしく対抗意識を燃やしたのだろうが……正直、ビスマルクに甘やかされたところで「微笑ましい~」という気持ちしか湧かない。
ルックスだけなら俺の『ムスコ』いわく『
山風のとき同様、そういう目で見ちゃイカン! と。
前もって言っておくが、俺は決してロリコンなどという引き返しようのない魔境に陥った覚えはない。一切。断じて。
如何にカラダは大人でも、その精神年齢が幼いのであれば、よこしまな感情を向けてはならないと、真っ当な結論に辿り着く程度には、俺も良識を備えている。
現にいま、背伸びしては空回りしているビスマルクに対して芽生えている感情は、実に和やかな類だ。
まったく、どら焼きひとつでこんなに喜ぶなんて。愛い奴よ。
「ビスマルク、よかったらもう一個食べるか?」
「いいの!? 貴方って相変わらず気が利くのね……って、ハッ!?」
嬉々として二個目のどら焼きに手を出そうとしたところで、ビスマルクの顔つきが迫真めいたものに変わる。
違う、そうじゃない。と言わんばかりに。
「わ、私ばかり食べるのも悪いわ! アトミラールも食べなさい!」
「え? 俺は別にいらな……むぐっ!」
「ほ、ほらっ! このビスマルクが『あーん』って食べさせてあげるわ! ありがたく受け取りなさい!」
「モゴモゴ!」
「あ、あら、アトミラールったら、そんなにガッツいちゃって。私に食べさせてもらったのが、そこまで嬉しかったの? ま、まったく、しょうがない甘えん坊さんね♪」
なわけあるかい!
どら焼き丸ごと口に押し込まれて苦しいんじゃいボケ!
ズズズ……ぷはぁ。ちょうどよくお茶を淹れていたから助かった。
危うくまた生死の境を彷徨うところだったぞ。
どら焼きで。
「どうアトミラール? 私だってやろうと思えば他人のお世話ぐらいできるのよ? どんどん頼るといいわ!」
いやいや。ビスマルクさん、ヘタしたら君、重傷から回復した俺にトドメ刺そうとしてるからね?
はあ……。案の定、このお姫様気質のビスマルクに、人のお世話は無理難題のご様子。
本人はその自覚がない上に、やる気満々だと言うのだからタチが悪い。
俺、今日、無事でいられるかな?
文字数が結構多くなってしまいそうだったのと、これ以上更新遅れてお待たせしたくないと思ったので、キリのいいところで、更新を優先させていただきました。
後編はもうちょっとお待ちください。
次回後編、ビスマルク、脱ぎます。