重傷を負ってから艦娘が過保護すぎる件   作:青ヤギ

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ビスマルクだってお世話がしたい 後編

 その後もビスマルクは何かと「私に頼りなさい!」と絡んできた。

 

 四方八方にピョンピョンと飛び回って期待の眼差しを向ける姿は、さながら猫である。

 

 可愛らしいっちゃ可愛いらしかったが、これでは仕事に集中できない。

 なので適当にお願い事をすることにした。

 

「そんなに言うなら司令室の掃除をしてもらおうかな」

 

「え~。なんか地味じゃないそれ?」

 

 こ、こやつめ。自分から「頼れ」とか言っておいて、お願いの内容に不満を洩らすとは。

 

「まあ、いいわ。私にかかればこの埃っぽい司令室も、王室みたいに華やかな部屋に様変わりするんだから」

 

 と、何だか言いつつ、ビスマルクは自信満々にハタキを持って掃除を始めた。

 

 ほっ。これでしばらくは静かになる。

 

 ……が、やはり普段家事などしないビスマルクがマトモに掃除できる筈もなく。

 ビスマルクが見てないところで棚から物は落ちるわ、埃はなぜか俺の顔目がけて舞ってくるわ……瞬く間に司令室は綺麗にしているんだか、散らかしているんだか、よくわからん惨状と化した。

 

「……ビスマルク~もういいぞ~。充分綺麗になったから~」

 

「あら、そう?」

 

「うん、ホント綺麗。さすがビスマルク。さすビス」

 

「っ! ま、まあね! 私にかかればこの程度ワケないわ!」

 

 俺の棒読みの賛辞にも、ビスマルクは満足げに笑って鼻高々となった。

 嘘でも褒めておかないと、ビスマルクのやつ意地になっていつまでも掃除続けるだろうからな。

 散らかった物は、ビスマルクがドヤ顔で悦に浸っている間に直しておいた。

 

 やはりビスマルクにこの類のお手伝いは無理らしい。

 別に責めはしない。

 人には適材適所がある。艦娘も同様、できること、できないことがあって当然。

 だからビスマルクも可能な範囲で俺のチカラになってくれればいいのだ。

 

 そういうわけなので、お願い。もう大人しくしていてねビスマルク?

 

「また手持無沙汰になってしまったわ。どうしましょう」

 

 しかし残念ながら心の声は届かず、ビスマルクさんったら、まだまだヤル気満々でいらっしゃる。

 ためしに「君が傍にいてくれるだけで仕事が捗るよ」とイケメンボイスで言ってみようかと思ったが、我ながらドン引きなので、やめといた。

 

「そうだわ! ちょっと待っていてアトミラール!」

 

 何を思いついたのか、ビスマルクは高速戦艦特有のスピードで司令室を出て行く。

 そしてすぐに戻ってきたかと思うと、彼女の手には、塩の入った袋と複数の小皿があった。

 

「塩? そんなの何に使う気だビスマルク?」

 

 俺が不審げに尋ねると、ビスマルクは「ふふん」と得意気に笑う。

 

「この国では塩をお皿に盛ると魔除けになるんでしょ? 私、詳しいんだから!」

 

 ああ、そういえばあったな、そんな風習。

 日本由来なのか、中国由来なのかは曖昧らしいが、大昔から塩は神事やお祓いの場面で多用されてきたものだ。

 奈良、平安時代では貨幣と同等の価値がある貴重品だったようで、自宅の敷地内に設置すると、ご利益があると信じられてきたらしい。

 現代でも商売繁盛のために置いている店は多い。

 

 でも、確か正しいやり方をしないと却って悪いものが寄ってくるとか、天然の塩じゃないといけないとか、いろいろルールがあったと記憶しているのだが……

 

「ふふん♪ これさえあれば司令室は安全ね。……あっ! い、言っておくけど、私は別にお化けが怖いとか、そういうわけじゃないんだからね!」

 

 しかし、楽しげに盛り塩を設置しているビスマルクの微笑ましい姿を見ていると、野暮なことを言うのは躊躇われた。

 

 ま、細かいことは良いだろう。所詮は気休めみたいなものだし、ビスマルクがそれで満足するのなら、やりたいようにさせてやるのが一番だ。

 

「あら? ねえ、アトミラール」

 

「ん? どうかしたか?」

 

「この塩、不良品だわ。クローゼットの傍に置いたら、いきなり黒色に変わったわよ?」

 

「ほうほう。それは確かにひどい不良品……って、はいいぃ!?」

 

 ちょっと待って!? 塩が黒く変色するのって、確か悪いものが寄ってきたっていう怪談とかでよく見る演出じゃないか!?

 

 ……うわっ、ホントに黒くなってる。こわっ。

 いるの? そこのクローゼットに何かいるの?

 

 い、いや、落ち着け。そんなオカルトあるわけないだろう。

 確かにこの世界には妖精さんや艦娘や深海棲艦のようなファンタスティックな存在はいるけど、お化けばかりはさすがにフィクションの中だけの存在だ。あってたまるものかよ。

 き、きっとビスマルクの言うとおり不良品なんだよ。ちくしょう、メーカーに文句言ってやる。

 

「ミテイマス……イツデモ……イツマデモ……」

 

「………………」

 

 いや、聞こえてないよ?

 クローゼットの隙間から女の子の声なんて。

 まるでイカっぽい娘や小さな暴君をダウナー系にした感じの声で癖になりそうだなぁとか思ってないから。だって何も聞いてないのだから、うん。

 まずいなぁ、俺。まさか幻聴を聞くだなんて。

 まだ身体の調子が悪いのかな。ハハハ……。

 

「ねえ、いまクローゼットから声がしなかったかしら? 誰かいるのー?」

 

「やめろおお! 扉を開けるなビスマルクぅ!」

 

 何もいないだろうけど、でも開けないで!

 見て確認しない限り、そこには何も存在しないと立証できるのだから!

 みんな大好きシュレディンガーの猫! あれ、違ったっけ!?

 

「いい子だから取っ手から手を放しなさいビスマルク! 今川焼き! 今川焼きあげるから、こっちいらっしゃい!」

 

「今川焼き!? も、もう、こんなもので、はむっ、私が喜ぶとでも思って……んぅううう♡ すごく甘~い♡」

 

 ふう、セーフ。ビスマルクがチョロくて助かった。

 

 ……いやいや、別にビビってないぞ?

 どどど、どうせ空耳だしぃ。塩の変色だってきっと何らかの化学反応だろうしぃ。

 クローゼットの隙間から感じる視線だって、ただの錯覚だしぃ。

 

 うん、錯覚だ。錯覚に決まっている。

 ほら、みんな誰しも中学二年生ごろに「何者かの視線を感じる……」とかいって自意識過剰になっていた時期があるだろ?

 アレが再燃しただけさ。封印されし邪眼が疼くんだよ。

 くっ、鎮まれ我が右腕。

 ビスマルクが今川焼きに夢中になっている隙にセクハラをしようとするんじゃない。

 相手はお子様だ。正気に戻れ。

 

 

「シレイカンガ……タノシソウデ……ナニヨリデス……ウフフ」

 

 

 ……誰か幻聴だと言っておくれ。

 

──────

 

 トラブルは続いたものの、無事に今日も書類仕事を終わらすことができた。

 

「ちょうど夕飯の時間帯だな。どれ、久々に何か作るかな」

 

 ビスマルクが秘書艦のときは、だいたいは俺が手作り料理を用意する。

 ここ最近は艦娘たちが包丁を握らせてくれないので、なかなか台所に立つ機会がなかったが、今日ぐらいは腕をふるわせてもらおう。

 やること為すことすべて残念な結果に終わったが、ビスマルクが俺のためにいろいろ頑張ってくれたのは事実だからな。

 ちゃんと労ってあげなければ。

 

「ビスマルク。晩飯は鯖みそでいいか?」

 

「鯖みそ! いいわね、Danke……じゃないわ!」

 

「じゃないわ!?」

 

 夕飯のメニューを聞いて嬉しげに顔を輝かしたビスマルクだが、急に一転して慌てたような表情を浮かべた。

 なんだ、そのお礼を言ってから即座に否定していくノリツッコミの亜種みたいなの。もしかして流行ってんのか? 地味に傷つくからよしなさい、そんなもの。

 

「鯖みそがイヤなら生姜焼きにするか? それとも鶏の唐揚げ?」

 

「アトミラールが作った生姜焼き……鶏の唐揚げ……じゅるり……」

 

 料理の名前を聞いてヨダレを垂らすビスマルクだったが、すぐに頭をブンブンと振った。

 

「待ってアトミラール。今夜はこのビスマルクが夕飯を用意してあげるわ!」

 

「なに!?」

 

 あれほど他人に食事を用意させてきたビスマルクが自ら料理だと!?

 

「お、おいビスマルク無理するなよ? 慣れないことすると大怪我するぞ? そもそも火の使い方わかるのか?」

 

「バカにしないでちょうだい! 見てらっしゃい。いまに豪華絢爛な夕飯を用意してアッと言わせてやるんだから!」

 

 このビスマルクの自信の在り様、まさか俺がいない間に料理のやり方を覚えたのだろうか?

 あのお嬢様タイプのビスマルクが?

 それは興味深いな。

 彼女が努力して料理の腕を磨いたというのなら、ここは上官としてその味を堪能してあげるべきだろう。

 

 ……でも大丈夫だろうか。

 まさか比叡や磯風のように、料理の名を冠した化学兵器を出してきたりしないだろうな。

 いったい、どんな料理が……

 

 

 

 

 

「どうアトミラール? おいしいかしら!」

 

「あ、うん。うまい、よ……」

 

 ビスマルクが用意した晩飯は、幸いにも普通に食べられる出来栄えだったし、実際にうまかった。

 

 うん、確かにうまいよ。

 

 ──パンにチーズとハム。

 

 ええ、ほぼ素材の味だね。ただ切って挟むだけだから火を使った調理も必要ないね。

 まあ、ちょっとブラッドな味付けがされているけど。

 

「ふ、ふふん。私だって、やればできるんだから……ア、イタタタッ」

 

 指に包帯を巻きまくっているビスマルクの努力に免じて、文句を言うのはやめておこう。

 目をバッテンにして泣いているビスマルクが、余計に泣きかねない。

 ドイツ人ってもともと夜はあんまりガッツリ食べないっていうしね。

 うん、よく頑張ったビスマルク。デザートに雪〇だいふく用意してやるからな。

 

 

 ……ああ、でもやっぱり鯖みそ食いてぇ……。

 

 

──────

 

 

 そんなこんなで、夜も更けてきた。

 今日も無事、何ら変わりない一日が過ぎていく。

 

 いつもどおり目と腰にタオルを巻いて艦娘と入浴を済まし。

 

 いつもどおり金剛が「テートク! お背中お流ししマース!」と風呂に乱入してきて、混浴していたビスマルクとひと悶着あったり。

 

 いつもどおり風呂上がりの牛乳を愛宕から受け取って「愛宕のミルクおいしいですかぁ?」と意味深な笑顔で聞かれたり。

 

 いつもどおり発明好きの明石から「できました提督! 心の疲れが一気に吹っ飛ぶお薬です!」と明らかに怪しいお薬を突き付けられたり。

 

 いつもどおり不知火になぜか(がん)を飛ばされながら「司令、不知火はいつでもバッチコイです」とセリフと表情が噛み合わない、ドスの利いた声で謎めいたことを言われたり。

 

 いつもどおり瑞鳳に「提督♡ 今日も一日お疲れ様~♡ いいこいいこ♡ ぎゅぅ~♡」と甘ったるい声色でハグされたり。

 

 いつもどおり山風が「提督、あの、肩揉んであげようか?」と献身的で可愛くてしょうがねぇなコンチクショウだったり。

 

 でもって、他の艦娘が絡んでくるたびビスマルクが「私だってそれぐらいできるわ!」と対抗心燃やして激しいボディアクションしてきたり。

 

 特にアクシデントもなく、今日も鎮守府は至って平和であった。

 

 ……うん。俺は順調に神経が麻痺していると思う。

 

 

 

「ふぅ……今日も一日疲れたわね。私、そろそろ休むわ」

 

 美容を気にするビスマルクは夜更かしを好まない。

 俺も彼女の美貌に悪影響を及ぼすのは本意でないので、素直にその申し出を受け入れる。

 

「おう、お疲れ様。俺はもう少しやることあるから、先に眠っていいぞ?」

 

「え? でも今日の仕事の分は終わったでしょ?」

 

「まあな。でもせっかく時間があるから、他にできることしようと思って」

 

 艦娘の戦闘力が全体的に向上したので編成の見直しをしたいし、なかなか手が付けられなかった装備強化のプランも練りたい。

 

 あと、読みかけの『尊敬される上司の条件』を熟読したい。

 

 提督としてやるべきことは尽きないのだ。

 

「ダ、ダメよアトミラール! 夜はちゃんと休みなさい!」

 

 案の定、ビスマルクからダメ出しされる。

 まあ、こう言われるのは予想していた。

 もはや慣れた展開に、俺は平然と受け応える。

 

「大丈夫だってビスマルク。キリのいいところで終わらせたら俺もちゃんと寝るから」

 

「寝るってどれくらい?」

 

「ん~。まあ4時間ぐらい眠れば充分だろ」

 

「そんなの全然寝たうちに入らないわよ!」

 

 そうかぁ? それぐらい眠れば充分熟睡の範囲だよね全国の社会人さんたち?

 

「もう! どうしてアトミラールはそういつも無茶するの!?」

 

 俺の飄々とした態度が、どうやらビスマルクの逆鱗に触れてしまったらしい。

 プンプンと頬を膨らませて完全に怒り出した。

 

「無茶はしてないだろ? ただ空いた時間があるならそれを有効活用しようって思っただけで……」

 

「それが無茶だって言うの! なんでワザワザ予定詰め込むのよ! 休めるときは素直に休みなさいってば!」

 

「別にこれぐらい普通だって。誰だってやってるぞ」

 

「普通じゃないわよ! だいたいこの国の人間はいろいろ非効率的過ぎるのよ! 過労で倒れるとか世界中で日本だけよ!? 適度に働いて適度に休みなさいよ!」

 

 むむむ、ビスマルクのくせに真っ当なこと言いおって。

 

「し、しかしだなビスマルク、時間は有限なんだぞ? 一分一秒だろうと無駄にしちゃいけないんだ。そう考えれば短い時間でもできることをやるのが日本人の美学というもの……」

 

「ああ、もう! このわからず屋!」

 

 尚言い訳を続けると、いきなりビスマルクが飛びかかってきた!

 

「うおっ! 何をする! わぷっ!」

 

 反応する暇もなく、ビスマルクにぎゅっと抱き着かれ、身体を拘束されてしまった。

 顔元に、彼女の豊満な胸が当たる状態で。

 って、またこのパターンかい。

 どうしてこう童貞に優しくないことばかりしてくるんですかね艦娘の皆さん。

 

「こら離さんかいビスマルク! これじゃ本が読めないだろ!」

 

「いいえ離さないわ! これ以上あなたを無茶させないためにもね!」

 

 そう言ってビスマルクはさらに抱きしめるチカラを強める。

 ぐあああ! むっちりでフワフワなおっぱいがああ!

 

「サラトガから聞いたわよ! こうして胸で抱きしめてあげると、あなたが大人しくなるって!」

 

 ちょっとサラトガさん! なんてこと広めてんの!

 少し天然が入っているサラトガさんのことだから、日常会話でポロっと話してしまったんだろうけど……よりによってカラダは大人、中身はお子ちゃまのビスマルクに知られるとは。

 

 そりゃ確かにこんな大きな胸で包まれたら強制的にチカラが抜けてしまうけどさ……別の個所はどんどん活発化してしまうよ!

 

 いかん。薄い生地越しから伝わるビスマルクの柔らかな乳房の感触と体温で理性がグラグラと……。

 いくらビスマルクがお子ちゃまでも、こうダイレクトにわがままボディを押し付けられては、さすがに奥底で眠る本能が呼び覚まされてしまう。

 

「ビ、ビスマルク、わかったから一旦離して……」

 

「いいえ、わかっていないわ! いつもそうよ! あなた、自分を疎かにして、他人のことばっかり優先して……ぐすっ」

 

 見上げるとビスマルクは涙目になっていた。

 やってしまった。また艦娘を泣かせてしまった。

 

「お、おい、泣くなよビスマルク」

 

「ひっぐ、ぐすっ……なによ、いっつも一人で抱え込んで。わ、私だってあなたのチカラになりたいんだから」

 

「充分なってるって。ビスマルクの活躍のおかげで、どれだけの数の海域攻略が成功したと思ってるんだ?」

 

「……でも、あなたを守れなかったわ」

 

「……」

 

 その話を持ち出されると、俺も強く言い返すことができない。

 

 気づくと、ビスマルクは縋りつくような形で俺に密着していた。

 

「ねえ、私がどうしてあなたを『アトミラール』って呼ぶようになったかわかる?」

 

 俺の服の裾をきゅっと掴みながら、ビスマルクは言った。

 

「私の中で、あなたが()()()()()()()()になった──ってことなのよ?」

 

 

 

 ドイツ戦艦としての誇りを持つビスマルクは、誰よりも負けず嫌いだ。

 そんな彼女が、日本の戦艦に対抗心を燃やすのは当然だった。

 

 だが現実は非情だ。大和型や長門型といった強力な戦艦を相手にすると、どうしても一歩及ばなかった。

 それでも、ビスマルクは自分こそが戦艦として一番凄いのだと疑わなかった。

 

 しかし性根は素直な少女だ。本当は己の実力不足を、イヤと言うほど痛感していた。

 だからこそ、劣等感からビスマルクは荒れはててしまった。

 たびたび挑発的な発言をするようになり、同じ高速戦艦である金剛と張り合い、喧嘩沙汰になる場面が増えていった。

 

 でも、俺は知っている。

 喧嘩の後、ビスマルクは人気のない場所で、自己嫌悪でワンワン泣いていたのだ。

 

『なによなによ! 私ばっかり悪者みたいに! わ、私だって必死なんだもん! 艦隊の役に立ちたいんだもん! うわああああああん! びえええええええええ!!』

 

 とても戦艦クラスの艦娘とは思えない、子ども染みた泣きっぷりだった。

 

 いつものように喧嘩を仲裁して、少し説教しようとビスマルクを追いかけた俺だったが、そんな現場を目撃してしまった以上、強く言えるわけがない。

 

 

 なにより、嬉しかった。あのビスマルクも、艦隊を思う気持ちは、確かにあったのだと。

 ならば彼女のために、してあげるべきことはひとつだった。

 

『安心しろビスマルク! 俺がお前を強くしてみせる!』

 

 頑張ろうとする奴は素直に応援したくなる。俺自身、夢を追いかける人間だから、尚更放っておけなかった。

 それ以上に提督として、ビスマルクに居場所を作ってあげたかった。

 母国でなくとも、ドイツ戦艦として華々しく活躍することができる、そんな彼女の居場所を。

 

 ビスマルクを強化する道のりは、とても長く険しいものだった。

 それでも、ビスマルクの傷ついた顔を思い出すと、諦めるわけにはいかないと思った。

 ビスマルクも必死になって、いくつもの試練を乗り越えた。

 

 結果──

 

『私が一番ですって? 何言ってるの、当たり前じゃない!』

 

 その発言に相応しい実力と貫禄を、ビスマルクは見事、身に着けた。

 雷撃能力を備えた唯一の戦艦として、数多の夜戦でその猛威をふるった。

 彼女がいたからこそ、攻略できた海域はいくつもある。

 

 もはや誰もビスマルクの実力を疑わなかった。彼女はこの艦隊で、なくてはならない存在になったのだ。

 

『提督、その……ありがとう。感謝は、しているわ』

 

 素直になれなかったビスマルクも、そうしてやっと自然に穏やかな笑顔を見せてくれるようになった。

 

 そして現在、彼女は己の母国語で、俺のことを『Admiral(提督)』と呼んでいる。

 

 

 

「私をここまで育ててくれた人に、恩を返したいって思うのは、当たり前じゃないの」

 

 ビスマルクは、その幼い心のままに、儚げな少女のように弱々しくなって、密着してくる。

 

「私にとっては、もう、ここが帰る場所なのよ? あなたが居る鎮守府じゃないと、意味がないの。……だからお願い。勝手に死んだりしないで。私に、あなたを守らせてよ」

 

「……」

 

 いま一度考える。

 

 艦娘が過保護になってからというもの、俺は彼女たちの変化を受け入れられずにいた。

 なんとか前のような関係に戻せないかと考えてきた。

 

 けれど。

 受け入れるべき変化だって、あるんじゃないのか?

 

 この鎮守府を心の故郷だと言ってくれた、そんなビスマルクの変化までも、俺は否定する気なのか?

 

 俺には、提督として世界を守るという使命がある。

 

 しかし。

 

 まず先に、傷つけてはならない、守るべき存在がいるのではないか?

 俺が無茶をすることで、子どものように泣いて心配してくれる。

 そんな無視してはならない、思いやりの心があるのではないか。

 

「はあ……」

 

 深い溜め息を吐いて、俺はビスマルクの頭にポンと手を置いた。

 

「わかったよ。今日はもう休むよ」

 

 苦笑まじりにそう告げると、ビスマルクはキョトンと可愛らしく戸惑った顔を浮かべた。

 

「……ほんとに?」

 

「ああ、ビスマルクの言う通りちゃんと寝るよ」

 

「……途中でこっそり起きたりしたら、承知しないんだからね?」

 

「わかってるわかってる。信用しろって」

 

「信用できないから釘刺してるんでしょうが、もう……ふふ♪」

 

 小さな娘に言い聞かせるように言うと、ビスマルクはやっと涙で濡れた顔をほほ笑みに変えた。

 そしてすぐに、いつものように自信に満ちた顔つきで立ち上がる。

 

「いいことアトミラール? この戦艦ビスマルクがいる限り、あなたを二度と傷つけさせはしないわ! 安心して夜を越しなさい!」

 

 度が過ぎた思いやりは困るが、こういう純粋でまっすぐな思いやりには、素直に応えたいと思ってしまう。

 

 まったく、敵わないな。

 

 

──────

 

 

 さて、そんなこんなで就寝である。

 ビスマルクのお言葉に甘えて、たまにはグッスリ眠るとしよう。

 

「ふわ。ほら、アトミラール。早く布団に入ってらっしゃいな。私もう眠くてしょうがないわ」

 

 先に布団に入って待っていたビスマルクが、あくびをしながらそう言う。

 俺を守ると言った手前、やはり彼女も他の艦娘同様、一緒の布団で眠るつもりらしい。

 

 ……さて、いきなりだが、ここで質問をさせていただこう。

 あなたは眠るとき、どんな服装で眠る?

 ジャージ派? それとも旅館にあるような浴衣派?

 ちなみに俺はパジャマ派だ。ナイトキャップと安眠枕は欠かせないね。

 

 一方、ビスマルクは……

 

「なあ、ビスマルク」

 

「なぁにぃ?」

 

「……お前、服はどうした!?」

 

 シーツから露出しているビスマルクの生白い肩と背中……どう見ても何も着ていないように思えるんですが!?

 

「え? だって私いつも全裸で寝るもの」

 

「なぜ!?」

 

「知らないの? 裸で寝ると美容にいいのよ」

 

 マジかよ。

 妖精さんに頼んでタブレットを持ってきてもらい、試しに検索して調べてみる。

 ……本当だ。

 全裸で寝るとリラックスして睡眠の質が高まり、老化を遅らせて肌が若々しくなり、しかも冷え性が改善、なんと免疫力もつく!

 なんやこれ、良いことづくしやんけ。

 全裸睡眠スゲー。

 でもいまはヤベー。

 

「せめて何か羽織ってくれませんかねビスマルクさん!」

 

「イヤよ。そんなことしたら眠れないじゃない」

 

 俺だって眠れないよ!

 全裸の女の子と一緒に寝るとか童貞にはハードル高すぎるわ!

 しかもビスマルクみたいなグラマー美人相手と!

 

 待って、寝返らないで。

 そんな洋画のワンシーンみたいに「うーん……」って色っぽい息遣いで仰向けにならんといて。

 うわ、スゲ。ふたつの房が反動でぷるんって揺れた。

 あとちょっとでも動くと、シーツを押し上げている突起物がチラっと見えそうだ……

 

 いやいや、何じっくり観察してるんだ俺!

 相手は中身お子ちゃまのビスマルクなんだぞ!

 

 というか、なんでこんなに平然としていられるんだビスマルク?

 風呂のときもそうだったけど、俺に裸見られることに抵抗ないの?

 まさかそういう羞恥心までお子ちゃまレベルなの?

 

 そ、それとも、俺相手なら見せても構わないという遠まわしなお誘い……

 ってバカ、やめんかそんな童貞特有の安易な発想!

 

「ねえ、アトミラール……早く、来て……」

 

 眠たげな瞳でそう言っているのか、あるいは流し目で意味深に言っているのか。

 どうあれ、全裸で横たわるビスマルクは、まるで絵画のように美しかった。

 思わず、我を忘れてビスマルクの肢体に魅入ってしまう。

 

 ……と、そこで突然、足元がグラっと揺れた。

 

「……ん? なんだ、地震か?」

 

 俺の意識を引き戻すように、実にタイミングよく地震が発生した。

 

「おう、結構揺れるな」

 

 また妖精さんにタブレットを持ってきてもらって震源地と震度を確認する。

 

 ……ん、なんだ震度3程度か。

 これぐらいなら慌てる必要もないな。津波警報もないし。

 地震大国に住む日本人は、この程度の揺れなど慣れっこである。

 

 しかし……

 

「いやああああ! 地震~!!」

 

 ビスマルクが甲高い悲鳴を上げる。

 そう、地震に縁のない御国に住む方々には、このレベルの震度でも大パニックものなのである。

 布団から跳ね起きたビスマルクは、涙目で俺に飛びついてきて……

 

 って、ちょっと待て~!

 

「ちょ! おまっ! なに全裸で抱き着いてきてんだ!? 離れんかい!」

 

「いやああああ! 絶対いやあああ! 怖い! 地震怖い!」

 

「さっきまで偉そうに『あなたを守るわ!(キリッ)』とか言っておいて何だその体たらくは!?」

 

「怖いものは怖いんだもの! うわああああん! 滅ぶわ! 絶対この揺れは世界滅ぶわ!」

 

「滅ばねーから離れろって!」

 

 むしろ俺の童貞が滅んでしまうわ!

 理性ガガガガガ!

 

 何コレ!?

 一糸まとわない女のカラダってこんなに柔らかいものなの!?

 

 パジャマの薄着越しから、ビスマルクの生の乳房の感触がダイレクトに伝わってくる。

 しかも思いきり抱き着いてきてるもんだから、すごい勢いで押し潰れたバストがムニュムニュとこれでもかと柔らかさを主張している。

 そして微かにコリコリと当たるふたつの固い突起……って、あかあぁん! これ以上描写するとR指定に直行や!

 そして俺のムスコもそっちに直行する気満々や!

 

 やめろムスコ! 「無知シチュって最高じゃね?」とか言って煽るんじゃない!

 

 

 

「Admiral! 無事か!? この揺れは世界の危機だ! このグラーフ・ツェッペリンが命を懸けて貴官をお守りしよう!」

 

「地震怖い! ですって!」

 

「て、提督心配しないで! ぼ、僕が守るからね!」

 

「べ、別に怖くなって来たわけじゃないんだからね」

 

「お前らまで割り込んでくるな!」

 

 日本に暮らして長いんだから、いい加減慣れろって海外艦の皆さん!

 

「提督~。地震ヤバイですね~。怖いですね~。こりゃ世界終わりますね~。最後の一杯、ポーラとた~んと飲みませんか~? うへへへ!」

 

 お前は地震のある国出身だろうが! 酒飲む口実作るな!

 

 

 

 その後、海外艦だけでなく「提督! 揺れで落ちたものが頭に当たったりしませんでしたか!?」と過剰に心配しにやってきた日本艦までやってきて、

 全裸でビスマルクが抱き着いていることを金剛に「どういうことデース! ずるいデース!」と長らく責め立てられ、

 酔っぱらったポーラまで全裸になってしかもリバースしてザラがブチぎれて等々……

 

 夜中の間ずっとてんやわんやして、結局ぜんぜん眠れやしないのであった。

 


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