目を覚ますと見覚えのない天井が目に入った。次に聞き覚えのない声。
「比企谷君目が覚めたのね!」
「ゆきのん、あたし先生呼んでくるね!!」
慌ただしく部屋から出ていく音がする。声からして女の子だろうか?
「比企谷君...混乱しているのかしら、私のこと分かる?」
顔を覗かせて聞いてくる美少女。こんな美少女、一度見たら忘れることなんてないだろう。記憶を辿っても俺の知り合いにこんな美少女はいない。
「どちら様でしょうか?....」
「.....え?」
それに歳上だろう目の前の美少女は驚いているのか開いた口が塞がっていない。それでも綺麗なのだから驚きである。
「比企谷君...冗談は止めてもらえるかしら?そういうのは、時と場合を考えて言うものだと思うのだけれど」
震えた声で言ってくる。何かのドッキリか?そう思ったが現在中学1年生である俺、比企谷八幡にそんなことをしてくる友達なんていない。
「えーと...お姉さんは」
「お姉さん....?貴方、本当に何を...いえまさか...」
何か気付いたのだろうか仰向けで寝ているため顔が見えなくなったが鞄をガサゴソと何か探している音がするので探しているのだろう。
「比企谷君。これを見てもらえるかしら?」
「......は?」
目の前に出されたのは鏡。そこに写っているのは見慣れた顔よりも少し大人びた顔だった。他人の顔?とも思ったが腐った目にピョコンと重力に逆らい続けるアンテナのような髪の毛が自分だと物語っている。
「ゆきのん!お医者さん呼んできたよ!!」
「由比ヶ浜さん...」
「ゆきのん、どうしたの?」
暗い声に疑問を持ったのか戸惑いの声を見せるもう一人の女の子。先程の美少女の顔が見えなくなったと思ったら白衣に身を包んだおじさんが見えた。お医者さんなのだろう。ということは、ここは病室か。鏡に写っていた自分を見て少しの戸惑いはあるものの何となく察していた。落ち着いていると自分でも思うが、あまりの出来事に現実味が湧かないだけなのかもしれない。
「君。意識はしっかりしているかね?」
頷くと後ろで立っている看護師が何かを書いている。
「君は事故にあったんだが記憶はあるかい?」
「事故?」
ふむ、と言いながら先生は質問を続ける。
「一番新しい記憶は何か教えてくれるかい?」
新しい記憶...確か中学生になった俺は浮かれていて、思い切ってクラスメートに声をかけたら引き気味に答えてもらってそれから家で悶えて....言えない、こんな黒歴史言える筈がない。
「え、えーと。中学生に進級して学校行って帰って寝て、目を覚ましたら此処にいるって感じですかね」
「そうですか、ご家族をお呼びしますので来たら退院の手続きをしましょう。それまではゆっくり休んでいてください」
「はあ...」
え?これで終わり?事故とか言ってたけど詳しく教えてくれないの?しかもさっきから病室の端で女の子の泣き声が聞こえるんだけど...この状況で残されても困るんだけど...。
「比企谷君」
先程の美少女が近付いてきた。泣いているのはもう一人の女の子のようだ。
「昨晩何があったのか一応話しておくわ。...覚えていないのでしょうけどね」
「昨晩は由比ヶ浜さんの誕生日で奉仕部の私、いえ、雪ノ下雪乃と比企谷君、一色さん、それに小町さんにざい、....材使君と戸塚君とでカラオケに行こうとしていたの。その道中....青信号にも関わらずトラックがこちらに向かって飛び出してきたのよ。足がすくんでしまった私達を突き飛ばした貴方だけがトラックに跳ねられたわ....」
悔しそうに語る、雪ノ下さんの顔を見ていると何故かスッキリしないというか心の内がモヤモヤとしてくる。
「その雪ノ下さん、ですよね?」
「...ええ」
「何も覚えていない俺が言うのも何ですけど気にしなくていいと思いますよ?きっとなるべくしてなったんだと思いますし、体が勝手に動いてやっただけだと思いますし、それに由比ヶ浜さん、でしたっけ?」
「ヒッキー...」
「その折角の誕生日を滅茶苦茶にしてしまったみたいですいません。俺もよけれていればこんなことにはならなかったみたいですし。だからその、気にしないでください」
「比企谷君...」
「そんなの...そんなの無理だよ。ヒッキーは皆を守ってくれた。あたしなんてサブレのこと含めれば二回目だもん。サブレの時もそうだよ、しっかりリールを繋いでいなかったあたしのせいでヒッキー轢かれちゃって、今回だってあの場所のカラオケをあたしが予約しなければ!!」
「それは違うわ。由比ヶ浜さん、今回貴女の責なんて何一つとしてありはしないのだから。私がそもそも計画していたのだし、場所の予約を由比ヶ浜さんに頼ってしまった。それにトラックが来ているのに気付いていたのに動くことが出来なかった。全て私の責任よ...」
「ゆきのん....」
「だから、ごめんなさい。比企谷君、貴方のその傷は全て私という人間の責任なの」
なんだこの状況は、方や唇から血を出すんじゃないかってくらい悔しさを滲み出させている女の子。雪ノ下雪乃さん。方や涙を流して後悔を露にしている女の子。由比ヶ浜さん。この二人は俺にとってどんな存在だったんだ?....分からない。覚えてないから、でもこの二人の女の子が泣いている姿なんて見たくないと思った。
「あの」
「お兄ちゃぁああああんん!!」
「うげっ....小町」
病室に飛び込むように入ってきたのは我が最愛の妹の小町だった。あれ?少し成長したか?成長しても可愛いなぁ、流石俺の妹だ。
「小町、心配してくれたみたいだな。ありがとな」
「ううん...小町何もできなくて目の前でお兄ちゃん轢かれちゃって....もう二度と起きないんじゃないかって思って」
泣いている小町をあやしていると両親が病室に入ってきた。仰向けから起き上がり座ると少し体が悲鳴をあげた。事故の時の怪我だろうか折れてはいないがヒビははいっているらしい。
両親は雪ノ下さんと由比ヶ浜さんに軽くお辞儀をしてこちらに来る。顔から見るに医者から聞いたのだろう。
「あー小町。悪いんだけどマッカン買ってきてくれるか?それと雪ノ下さんと由比ヶ浜さんも一緒に」
「ん?雪ノ下さん?由比ヶ浜さん?」
少し疑問を持ったみたいだが雪ノ下さんが一言、分かったわと言い小町と由比ヶ浜さんを連れていった。
「八幡。先生から聞いたが」
「ああ記憶が無いみたいだな。何となく話は聞いたしどの辺から無くなっているのかも分かってる。ただ俺って今いくつなんだ?」
「...17歳よ。高校三年生」
ということは、6年間の記憶が無いって事か。まあ録な人生じゃ無かっただろうし良いけど。
「そっか」
「八幡。お前どれくらい記憶がないんだ?」
「んー6年間くらいだと思う」
「そんなに....」
意外と悲しんでくれるんだな、うちは放任主義(小町以外)だったので来てくれただけでも驚きだったが。まさかこんだけ心配してくれるとはな。
「でも問題は無いと思ってる。勉強面は不安だが...まあ頑張ればなんとかなるだろ」
「病院の先生の話では記憶障害の診断が出ている。記憶が戻るかどうかは分からないようだ」
やっぱり記憶喪失か、トラックに牽かれて骨にヒビと記憶喪失だけで済んだのなら運の良い方だよな。
「それでどうする?先生の話ではもう退院出来るみたいだけど、もう少し入院していても良いのよ?」
両親は共働き、高校生である現在もそうであるなら殆ど帰ってこないだろう。小町も夕方までは学校で家で一人になるってことか。暫くは家で療養するだろうし。
「いや家に帰るよ。いつまでも入院しているわけにはいかないしな」
「そう...」
「それじゃ俺は退院の手続きをしてくる。母さんは八幡は見ていてくれ」
「分かったわ」
父親が病室から出ていくと入れ替わるように小町達が病室に入ってくる。
「はいお兄ちゃん!マッカン」
「サンキュー小町。それに雪ノ下さんと由比ヶ浜さんも」
「ええ....」
「うん...」
「ねえねえお兄ちゃん。どうして雪乃さんや結衣さんをさん付けで呼んでるの?」
病室内の時間が一瞬止まった気がした。皆の反応を見ても小町は俺が記憶喪失になっているのを知らないのだろう。何も喋らない俺達を不信に思ったのか小町は聞いてくる。
「ねえお兄ちゃん。もしかして何か小町に隠してない?」
恐い。小町を恐いと思ったのは初めてかもしれない。天使が悪魔になったようだ。雪ノ下さんと由比ヶ浜さんを見ると下を向いてるし母さんも下を向いてる。
「実は..」
小町に記憶喪失の事を話すとやはりと言うか一悶着あった。小町が明日から学校休むとか言い出したり小町のせいでとか泣き出したり大変だった。
雪ノ下さんと由比ヶ浜さんと別れて俺達は家に帰った。久し振りに帰ってきたように感じる我が家。部屋に入ると知らない家具や教科書類、それに写真。某リア充が集い俺には一生縁がないと思われていた場所。ネズミーランドでの写真。雪ノ下さんと由比ヶ浜さんと写っているのは俺。雪ノ下さんは驚いた顔で由比ヶ浜さんは悪戯が成功したような顔で俺を真ん中にして撮られた写真は何処か今の俺には遠くて羨ましく感じられた。