コードギアス~死亡キャラ生存if√(旧題:シャーリー生存√)~   作:スターゲイザー

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本話は『ダモクレスの空』の続きです。
昨日はその前の『ゼロから始める為に』を投稿していますので、一度確認の上でお読みください。

後、感想は必ず読んでます。出来るだけ毎日更新を維持する為、感想返しが出来なくて申し訳ないです。



第十三話 ラグナレクの接続

 数多の人間の人生を見る。喜劇を悲劇を、一つとして同じ物はなく、誰もが様々な思いを抱えて生きて来た。

 誰かが生まれた側の視点で見ることもあれば、子供が生まれている姿を見る時もある。

 視点が次々に変わり、時に脈絡がなく、しかし一定の法則性の中に個我などという曖昧なものは、やがて意味を失くしていく。

 

『シャルル、皇帝になってみて何か分かった?』

 

 どれだけの人間の人生を追体験したか分からず、個人としての自我を失った中でシャルルという名前に反応した。

 

『みんな、うそつきばかりですよ、兄さん。相変わらずです。ブリタニアという国は……』

 

 その場にいる者は四人。

 馬が草を食む湖岸に佇む女性と少女を少年と大人が眺めている。

 

『それを言うなら人間というなら、だろ』

『そうかもしれませんね』

 

 豪華な衣装を着た大人が自分の二回りは下の少年に敬語で話すその不自然さに疑問を挟むことも出来ず、ただ傍観者として見ていることしか出来ない。

 

『シャルル、忘れてないよね、僕等の契約を』

『分かっていますよ。神を殺し、世界の嘘を壊す……』

 

 余人には意味の分からない単語も、彼らが話す意味を既に知っている傍観者は瞬きをする。

 

『何なの、V.V.。急な用って』

 

 一度目を閉じて開いた時、場面は切り替わっていた。

 珍しいことではない。世界に干渉することも出来ずに何億、何兆もの人間の人生をただ見ることだけを強制されれば諦めもする。

 

『人払いはしておいたわ。コーネリアも下がらせたし』

 

 言葉に連鎖して名前を呼ばれたコーネリアの視点で下がるように言われた時の気持ちを感じる。

 尊敬していたマリアンヌに指示されたコーネリアは疑いもせず、警備の手を引かせた。その後に起こることを何も知らず。

 

『ごめんね。シャルルがいないところで』

 

 また瞬きをすると、今度はV.V.と呼ばれた者の視点で振り返って、身長差の関係でマリアンヌを見上げていた。

 美しい女性なのだろう。見覚えでもあるのか、微かに人としての意識が反応した傍観者の見ている前で、V.V.が笑ったのを感じる。

 

『アーカーシャの剣の件なら』

『ん? いや。シャルルのことなんだ。君に出会ってから シャルルは変わってしまったよ。互いに理解しあっていくのが楽しくなってきたみたいだ」

 

 用件は違うのだとV.V.と呼ばれる者の中にいる傍観者は知っていた。

 そしてV.V.が抱いている危惧が本質の所では誤っているとも告げることは出来ない。これはもう終わってしまったことなのだから。

 

『このままだと僕たちの契約はなかったことになってしまう。僕だけ残されちゃう』

 

 本音はそれだ。変わることが出来ない自分、変わっていってしまう周り。

 どうしても取り残される恐怖を理解できるのは、人の世界においてコードを受け継いだことのある者だけだ。

 

『えっ』

『神話の時代から男を惑わすのは、女だって話』

 

 マリアンヌもV.V.が徐々に何を言いたいかを理解したのだろう。元より察しの良いマリアンヌだから、僅かに膝を曲げたのは何があろうとも彼女の中にある騎士としての精神が危機意識を覚えていたから。

 

『マリアンヌ様』

 

 また瞬きをすると今度はV.V.達を見下ろす視点に移り変わった。

 このアリエス宮の警護の人間だったがマリアンヌに命令されて別の場所にいたところで、V.V.の手下の者にかけられたギアスによってこの場所に来るように思い込んだ男の内の一人に傍観者は入っていた。

 

『っ!? あなたたち、下がりなさいと』

 

 アリエス宮の主である皇妃の命令を無視して現れた護衛達に、マリアンヌは聞かれてはいけないことを聞かれたかを危惧し、V.V.に背中を向けてしまった。

 

『さよなら、マリアンヌ』

 

 V.V.が短機関銃を取り出して構えたのを見ても、思考を一部剥奪されている護衛達は反応も出来ない。

 辛うじて異変に気付いたマリアンヌがV.V.の方へ振り向くも、あまりにも遅すぎた。

 

『がっ!?』

 

 護衛の意識は凶弾によって切り落とされ、次の瞬間には階段に倒れ伏したマリアンヌへと傍観者の意識は移っていた。

 全身を走る痛み、流れ出て行く血の感触は自身が既に助からないことを、何度も潜り抜けて来た実戦の中でマリアンヌも悟った。

 

『終わったよ。うん、偽装を始めて。目撃者はナナリーにでもしておこうか。犯人はテロリストということにしなくっちゃね』

 

 指一本動かすことが出来ない強い倦怠感の中で、マリアンヌが柱の陰に怯えて隠れている少女の姿を認めたことで視点が移り変わる。

 

『アーニャ・アールストレイム。一週間前から行儀見習いできていた少女』

 

 ただ、トイレに起きてきただけのアーニャは皇妃を襲う襲撃者に何もすることが出来ず、見つからないように隠れていた。

 そしてその不運を嘆くことも出来ない。

 

『ああ、なんてこと……』

 

 マリアンヌの左目に鳥が羽ばたいたような紅い紋様が浮かんだ直後、傍観者とは別にアーニャの体に乗り移った者は、V.V.の指示でギアスで操られた偽物のテロリストが来る前に逃げ出し、近くの森の中で喘いでいた。

 

『これが私のギアス…………人の心を渡る力!!』

 

 コードを持つC.C.より授けられたが目覚めることのなかったギアスが肉体の死を切っ掛けとしてアーニャに乗り移った。

 傍観者は瞬きをする。

 

『聞いたよ。残念だったね、マリアンヌのこと』

 

 神殿のような建物を背に、何も知らない顔を装って嘘を吐くV.V.に怒りを通り越して明確な憎悪を抱くシャルルに乗り移った傍観者は、本当に少しずつ自分を取り戻していた。

 

『兄さんは嘘を吐いた。嘘のない世界を作ろうと誓ったのに!!』

 

 決して違えない約束を結んだはずの双子の兄が吐いた致命的な嘘に、シャルルは血が出んばかりに強く拳を握る。

 あまりの怒りに震える拳を振り上げそうになるのを必死に抑え込む姿を、後にロロと呼ばれることになる少年が無感動に見上げていた視点に移りながら傍観者は呟いた。

 

「馬鹿め」

 

 視点は移り変わる。クルクルと、際限も無く。

 

『なに、ナナリーの記憶を?』

 

 先程の場面からそう離れていない場所で、小さな少女と向かい合ったシャルルは驚きに目を見張る。

 

『しかし、そこまでやる必要は……』

 

 躊躇している気配を感じながらも、少女は必要な事であるとシャルルを説き伏せる。

 既に為された凶行が再び為されない保証はない。シャルルにも、もうV.V.に対する信頼は無きに等しい物であったからこそ、シャルルもやがて決断を下した。

 

『ナナリーの記憶を変え、光を奪おう。マリアンヌよ……』

 

 何が大切かを履き違え、愛し方を間違えた愚か者に傍観者はハッキリとした怒りを覚えた。

 

『皇帝陛下、母が身罷りました』

 

 まだ幼さを色濃く残す、愛しき妻に良く似た愛息を見下ろす視点に落ち着く。

 

『だから、どうした』

 

 強い目で訴えかける息子に努めて非情に対応する。

 

『だから!?』

 

 ブリタニア皇帝としての仮面を被らざるをえないシャルルの真意を決して理解しえない息子は言葉を荒げる。

 

『そんな事を言う為にお前はブリタニア皇帝に謁見を求めたのか? 次の者を、子供をあやしている暇は無い』

『父上!』

『イエス・ユア・マジェスティ』

 

 護衛の兵によって皇帝の足下へ駆け寄ろうとした少年は止められる。

 

『何故、母さんを守らなかったのですか!』

 

 マリアンヌは守る必要がないほどに強かった、まさかV.V.が凶行に走るとは思いもしなかったと、刹那の間にシャルルの脳裏に言葉が思い浮かび、しかし決して口に出ることはない。

 

『皇帝ですよね。この国で一番偉いんですよね。だったら守れたはずです。ナナリーの所にも顔を出すくらいは……』

 

 偉いからといって横暴に振舞えばその瞬間に貴族達は皇帝を追い落としてくる。

 そんな当たり前のことすらも知らない子供の浅慮に、シャルルが同じ年頃には出来たことが何故出来ないのかと理不尽な怒りが湧き上がるのを抑える。

 

『弱者に用は無い』

 

 ナナリーに会いに行くことも出来ない。

 偽りのテロの目撃者に仕立てられたナナリーに近づけば、真相に近づくことを危惧したV.V.が口封じに殺そうとするかもしれない。

 

『弱者? それが皇族というものだ』

『…………なら僕は、皇位継承権なんていりません!』

『おぉ……』

 

 その場の勢いもあるのだろうが、皇子が自らの特権を捨て去ると宣言した姿にどよめく貴族たちを尻目にシャルルは僅かに目を細めた。

 皇帝の前で愚かにも吐き捨てた愛息にこれだけの気概があれば敵国でも生きていけると、シャルルは怒りの仮面を被って立ち上がった。

 

「そんなものは愛ではない。ただの自己満足の独り善がりだ」

 

 過去から現在に至るまでの全ての人類の人生を見届けたルルーシュは怒りから自らを取り戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フジ山空域でシュナイゼルが率いるブリタニア軍と戦っていたはずのC.C.は、ナイトメアフレームのコックピットにいたはずなのに気が付いた時には地面に立っていた。

 

「そうか……」

 

 夕焼けの朱に染まった世界に一人立つC.C.は直前にコードが反応したからこそ、この変化にも直ぐに得心がいった。

 C.C.が立っているのも数メートル程度の広さしかない石畳で覆われた円形の床でその先はなく、下を見れば雲だけが延々と続いている。つまりは床自体が雲の上に浮いている。

 先程まで誰もいなかった背後に、突如として人の気配が生まれた。

 

「ラグナレクを接続したか――――シャルル」

「そうだ」

 

 この世界にいるとしたら他に考えない人物を思い浮べて振り返ると、何時か見たままの傲岸不遜な態度そのままに第九十八代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアは立っている。

 

「贖いの時が来たぞ、C.C.」

「贖い? お前のだろ」

「マリアンヌを消しておいて良く言う」

 

 知己である二人に互いを思いやるような気持ちは、もう欠片もない。

 そこにあるのは互いを隔てる致命的なまでの溝であり、可能ならば顔を見ることすら厭う空気である。

 

「死者がこの世にいる方がおかしい。他人の体に住み着いているよりも、いるべき場所に帰してやっただけだ」

「貴様が道理を語るか、魔女め」

 

 コードを受け継いだことで誰よりも道理を外れた存在が道理を語ることほど滑稽なことはない。

 他者を嘲笑う笑みを浮かべるシャルルに、違いないとは思って苦笑を浮かべたC.C.は頭上を見上げた。

 

「アーカーシャの剣、完成していたか」

 

 空に伸び続ける異様な柱のような物が白い天に突き刺さっていた。

 まるでドリルのように捻じれながら穴を開けるように昇って行く柱。その意味が指し示すものを知っていたC.C.は険しい表情を浮かべる。

 

「未だ剣は未完成。あれはまだCの世界と現世を繋げたに過ぎぬ」

 

 シャルルが言った直後、同じ光景を見上げた二人の視線の先よりドレスを纏った女性が現れる。

 

「昨日振りね、C.C.」

 

 アッシュフォード学園のクラブハウスにて、ジェレミアのギアスキャンセラーによってアーニャの体から完全に消え去ってCの世界に帰って行ったはずのマリアンヌが帰還して皮肉を吐く。

 

「化けて出たか、マリアンヌ」

「ええ、あなたに消されちゃったけど、無事に帰って来れたわ」

 

 皮肉を態と賛辞として受け取ったマリアンヌはその場で片足立ちで一回転する。

 

「あの世はどうだった?」

「さあ? それが良く覚えてないのよね。私の認識では消えたその瞬間にここに来たようなものだもの」

 

 生前と何も変わらないドレス姿のままで足を振り上げたり、腕を振るったり感触を確かめる。

 

「まだこの空間からは出れないけど、やっぱり元の姿の方が良いわね」

 

 ずっと性能の低いアーニャの体で我慢していたマリアンヌは全力で動いても壊れない体を楽し気に動かし続ける。

 

「――――マリアンヌ」

 

 小娘のようにはしゃぐマリアンヌに呼びかけたシャルル。

 

「シャルル」

 

 ようやくシャルルの存在に気付いたマリアンヌは振り上げた足と共に捲れ上がったスカートを恥ずかし気に押さえつけ、愛しい男に抱き付いた。

 

「こうやって本当の体で触れるのは何年振りかしら」

「もう、八年にもなる」

 

 離れた時間を噛み締めた二人は、触れあえる肌を惜しむように離れてC.C.と対峙する。

 

「後は我らの刻印を一つにすれば、この世界は完全となる」

「完全? 既に世界は一つになったのではないのか」

「いいや、今はまだ薄皮一枚で辛うじて一つになったに過ぎん」

 

 強制的に人類の心を一つにしたといっても、シャルルのコードだけでは一瞬だけの不完全な物に過ぎない。

 

「その為に、世界を一つにした瞬間に引き込んだC.C.を思考エレベーターを使って加速したこの世界に留めておるのだ」

 

 今の世界は衝撃を与えれば千切れてしまうような薄い糸で繋がっているようなもの。この世界を完全な物とするには、C.C.のコードを追加しなければならない。

 世界を一つにした状態でC.C.のコードを問答無用に奪うことは出来ない。こうやって別空間でコードとコードを合わせなければコードが壊れてしまう。

 

「じゃあ、外の世界は」

「一秒も経っておらん。所詮、ここはCの世界の狭間にある、精神だけを抽出した空間に過ぎん」

 

 つまりはここで起こったことは現実世界にそうとしなければ何の影響も及ぼすことは出来ず、時間の流れが違う以上は干渉することは不可能である。

 

「だから、厳密には私も現実世界には何も出来ないのよね」

「それもC.C.のコードを合わせれば可能となる」

 

 世界は仮初であろうとも一つになり、残る他人はここにいる三人であるから計画を成就したも同然のシャルルとマリアンヌはC.C.がコードを渡すことを規定事項として捉えていた。

 

「誰が渡すものか、お前達なんかに」

 

 C.C.が嫌悪も露わに吐き捨てると、とシャルルは僅かに目を見開いて驚いて、既に知っていたマリアンヌは胡乱気な眼差しを向ける。

 

「なに、まだルルーシュと生きたいとか言うつもり?」

 

 マリアンヌは馬鹿にするように笑った。

 当のルルーシュは人類と合一化しているのだから、他人として生きるのは事実上不可能である。

 Cの世界と密接な関係にあるコードを持つC.C.だからこそ、合一化してしまった心がどうなっているかは簡単に予測がついている。

 

「だとしても、私にある全てをお前達なんかに渡してなるものか」

 

 C.C.の意地だった。一度はルルーシュに身も心も全てを預けたからこそ、例え厭うていたコードであっても嫌悪を感じる者へと落ちてしまった二人に奪われることを認めることは出来なかった。

 

「どれだけ長く生きようと、失う瞬間には惜しくなるか」

 

 何も分かっていないシャルルはC.C.の宣言を、そう言って切り捨てた。

 

「ま、気持ちは分からないでもないけど」

 

 女でしかなかったマリアンヌはC.C.の気持ちは分かっても計画の成就を前にしているのと、消されてCの世界に帰された恨みもあって頓着する気はなかった。

 

「これで仮面は消える。皆がありのままの自分でいられるのだ」

 

 一歩一歩確実に距離を詰めて来るシャルルから逃げもせず、キッと強い眼差しで睨み付けていたC.C.は大きく息を吸い込んだ。

 

「私の共犯者なら助けてみろ、ルルーシュ!!」

「ふん、馬鹿なことを」

 

 無駄な行為にシャルルが嘲笑った瞬間、世界が蠢動した。

 

『――――――――――その願い(ギアス)、確かに受け取った!!』

 

 集合的無意識と合一化していた何か(・・)がC.C.の呼びかけに応えて、この世界に現出しようとしている気配を三人が同時に感じ取る。

 

「馬鹿なっ!?」

 

 三人が見上げた先で、何かが出てこようとしている。

 

「まさか、コードを持たない者が思考エレベーターに干渉しておるのか……っ!? 出来るはずがない! 理論を超えているのだぞ!!」

 

 霞が集まるように中空に現出しようとしている何か(・・)がしようとしていることを看破したシャルルは信じられないと瞠目する。

 やがて指が現れ、手の形を成し、腕が伸びて肩から先は連鎖的に生まれていく。

 

「ルルーシュ――っ!!」

 

 未だ不安定の形ながらも完全に現出した者の名をC.C.が叫んだ直後、雷鳴のような音と共に彼は祭壇に降り立った。

 

「――――――何を人の女に手を出そうとしている」

 

 膝をついていたルルーシュはゆっくりと立ち上がり、その裸身を晒した。

 

「何故、裸なんだ!」

 

 恰好のつかない状態に思わずC.C.は叫んだ。

 

「ここは違うだろ! あれだけ恰好良く現れたのなら最後まで貫き通せよ!!」

「何を怒っている?」

 

 正直、あのタイミングで助けに来てくれたことに、C.C.の少し前に起動したばかりの乙女回路が音を立ててキュンキュンしてたのに、まさかの全裸での登場に感動が台無しである。しかも、本人は何故怒られているのか分かっていない。

 

「服を着ろ!」

「お、おお、そういえば忘れていた」

「なんで忘れる!」

 

 ルルーシュにだって言い訳はある。

 

「なにせ全人類と一つになっていたのでな。服を着るという習慣を忘れていた」

 

 と言いつつも、腰に手を当てて恥ずかしがる様子もないルルーシュに逆にC.C.の方が見ていて恥ずかしかった。

 

「まあ、問題はあるまい。俺の身体に恥ずかしいところなぞない」

「シリアスにならんから、いいから服を着ろ!」

 

 バシコンッと音を立てて平手で殴られたルルーシュは痛みに頭を押さえながら、仕方ないと目を閉じて集中する。

 

「これで問題はないだろう」

 

 パシュッと音を立ててルルーシュは思考エレベーターを操作してアッシュフォード学園の制服を身に纏う。

 

「ルルーシュ……っ!」

「これはこれは母上。お久しぶりです、というのは死人に対しておかしな話でしたか」

 

 絶対にありえないはずの登場に驚愕して自身の名を呼んだ母に、いっそ冷淡なほどの顔を向けたルルーシュは冷然とした面持ちで両親を見下す。

 

「我が両親でありながら、また壮大な計画を立てたものだ。全く情けなくて泣けてくる」

「それは私達の計画を知った上で否定するということかしら、ルルーシュ」

「勿論」

 

 この場において最も上に立っていたのはルルーシュだった。

 シャルルもマリアンヌも、決してありえないはずのルルーシュの登場に動揺してしまっている。

 

「嘘を認められないなら、他者を信じることを止めたのなら、生きていることを止めれば良かったんだ。なのに何時までも生に惨めにもしがみ付いて…………みっともない」

 

 他人に話を合わせたり、場に溶け込む努力無くして人は生きてはいけない。でなければ、国や民族などコミュニティというものは存在出来ないのだから。

 

「それが出来ないのならば、せめて他人に会わない場所で暮らすなり、自分だけでも嘘を止めれば良かった。他人に強要できる資格など、誰にもありはしないというのに」

 

 誰もが嘘を使い分ける。家族の前、友人の前、自分ではない全ての者に対して別々の仮面を付ける。社会を前にして皆、違う顔をしている、しかし それは罪か。ならば、素顔とはなんなのか。

 

「お前達だって、皇妃という仮面、皇帝という仮面を被っている。最早、我々は仮面(ペルソナ)なしでは歩めないのだから」

「違うな。未来永劫に渡って嘘がムダだと悟った時、ペルソナは無くなる。理解さえしあえれば争いはなくなるのだ」

 

 冷静さを取り戻したシャルルが反論したが、ルルーシュは「何も知らない子供の戯言だ」と言って嘲笑った。

 

「子供の戯言だと?」

 

 ルルーシュこそ何も知らない子供であると言うのは簡単だった。しかし、あまりにもルルーシュが確信に満ちているように見えたからこそ、シャルルは問い返してしまった。

 

「理解し合えば争いは無くなる? それ以前の問題だ」 

 

 実際にさっきまで人類と一つになっていたルルーシュだからこそ考える必要もない。

 

「ありのままで良い世界とは変化がない。生きるとは言わない。完結した閉じた世界に明日はない。人々は明日を望んでいる」

 

 誰もが秘密を抱え、仮面を被ってきた。そして誰よりも秘密と仮面を被り続けてきたルルーシュは理解していた。

 

「ふっ、何を言うかと思えば」

「では、試してみるか? たった四人が立てた計画を、全人類が賛同するかどうかを」

 

 一度は笑ったシャルルは、ルルーシュが赤いギアスのマークを浮かべた両目を見た瞬間に固まった。

 

「出来るはずがない! 幾ら絶対遵守のギアスであろうとも、ラグナレクの接続が成った集合無意識に命令をするなど」

「命令などしない。求めるのさ。お前達が望んでいる世界を願えとな」

 

 Cの世界とは人の根源。謂わば、それこそが人そのものであることを知っているシャルルは、ギアスが効くかもしれないと予測してしまった。

 

「集合無意識よ! 全ての人々よ! 俺の最後のギアスで希う!!」

「ルルーシュ! あなたって子は……」

「邪魔はさせんよ、マリアンヌ」

「C.C.っ!?」

 

 ルルーシュは天に向かって大きく両腕を広げて全人類に願おうとしているのを止めようと飛び出したマリアンヌをC.C.が阻む。マリアンヌの運動能力ならば避けてルルーシュに迫ることも出来たが、思考エレベーターを使って壁を作ったC.C.によって足を止めさせられた。

 

「――――お前達が望んでいる世界を願え!」

 

 ルルーシュの両目から彼の中にあったギアスそのものが飛び出し、集合的無意識に向かって鳥のように羽ばたいて向かって行く。

 

「出来るはずがない。神が、人類そのものが嘘を認めるなど」

 

 シャルルが必死に否定しようとしてる最中、遂に集合的無意識に辿り着いたルルーシュのギアスが輝いて……。

 

「そんなっ!?」

 

 集合的無意識が赤く輝き、突き刺さっていたアーカーシャの剣が砕け散ったのを見たマリアンヌが悲鳴にも似た声を上げた。

 

「儂とマリアンヌ、兄さんの夢が全人類に否定された……」

 

 避けようのない現実を前にしてシャルルは呆然とした声を上げる。

 

「あなた!」

 

 計画の失敗はCの世界との分離、つまりは死者との別れを意味をしている。

 マリアンヌの体が足の爪先からゆっくりと消えて行く。

 

「マリアンヌ――っ!」

 

 せめて愛しき妻と最後の抱擁を交わそうとしたシャルルはマリアンヌと一つとなった。

 彼らが望んだ通りに他者と一つに成った瞬間を見計らって、ルルーシュは自分の心もそこに混ぜた。

 

「――っ!?」

「えっ!?」

 

 三者の心が混ざった時、シャルルは反射的にマリアンヌを突き飛ばしていた。

 嘗てシャルルが疑いもしなかった自身の母から受けた愛と、マリアンヌがルルーシュやナナリーに向ける愛が違うと気づいてしまったから。

 

「これが嘘の無い結果だ。結局、お前達は目の前の相手のことすらも見ていない。自分が好きなだけだったんだ」

 

 二人の間に出来た溝を無感動な目で見つめるルルーシュは彼らを哀れんだ。

 

「理想郷を捨て、善意と悪意が一枚のコインのように両立している世界に戻って何になるというの……!」

「現実を振り返ろうともしなかった死者には関係のない話だ」

 

 動くことすらも出来ずに立ち尽くすシャルルの横を通り、既に胴体にまで消滅が及んでいるマリアンヌの前に立ったルルーシュは冷酷に告げた。

 

「それでもあなたに感謝する」

 

 表情も声も平坦なままだけど、ルルーシュはマリアンヌを抱きしめた。

 

「あなたは良き母ではなかったかもしれないけれど、それでも俺達を生んでくれた人には変わりない。だから、ありがとう」

「………………」

 

 直ぐに抱き締めた背中も消えてしまったけれど、ルルーシュの耳元で最後にマリアンヌが残した言葉は恨み言だったのか、それとも……。

 

「空間が崩れる……」

 

 母を看取ったルルーシュの下へとC.C.がやって来た時、世界が役目を終えて崩壊を始めた。

 

「俺達は現実を生きる。夢想の時間は終わりだ」

 

 ルルーシュはC.C.を抱きしめて他人でいるからこそ実感できる肉の感触を味わう。現実の敗北者であるシャルルの前で。

 

「でも、戻ってもフレイヤが」

「その心配はない」

 

 確信を持って言い切ったルルーシュは笑みを浮かべる。

 

「シャルルの計画が曲りなりにも発動できたのは、あの瞬間のフレイヤのエネルギーを取り込んだからだ。あの瞬間に呑み込まれなかった者は全員生きている」

 

 ギアスの力を失ってもルルーシュの目に曇りはない。

 

「帰ろう、俺達の現実に」

「それでも、戻っても戦況は圧倒的に不利だ」

「ふっ」

 

 フレイヤの連発によって戦線が崩れている戦況を思い出して不安になったC.C.にルルーシュは笑った。彼らしく、魔王のように。

 

「俺を信じろ、――――」

 

 耳元でC.C.の真名を囁いたルルーシュが頬を赤くする彼女の顎を上げて優しくキスをした直後、世界は完全に崩壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒の騎士団の中核とブリタニア軍を巻き込んで爆発したフレイヤは霞のように消え去った。

 誰もが呆然として動けない中、ただ一人だけ消滅を知っていたルルーシュは蜃気楼の拡散構造相転移砲を使い、周りの敵を全て落としながら全軍に指示を出す。

 

「――――――――これでシュナイゼル軍にフレイヤはない。各指揮官は部隊の態勢を立て直せ」

 

 決してがなり立てることはなく、寧ろ穏やかなほどの声は平静を失っていた黒の騎士団を落ち着かせて、指揮官が各部隊に指示を下していく。

 

「藤堂の部隊は前進、ジェレミアは左翼の応援に回れ。朝比奈、右側の部隊を抑えろ――」

 

 全人類と一度は一つとなり、その全てを覚えているルルーシュの的確な指揮が崩れかけていた戦線を立て直し、ダモクレスにて戦況図を見ていたシュナイゼルも異変に気付くほどの変化を見せる。

 

「何?」

 

 シュナイゼルがフレイヤの消滅に呆然としていたのはそう長い時間ではないはずである。にも関わらず、押し込んでいたはずの部隊が反動のように、どんどん押し返されている。

 

「さあ、俺達の長い因縁にも決着を着けよう、シュナイゼル」

 

 人という矮小なスケールに収まるシュナイゼルに、全人類を呑み込んだ魔王がその牙を向ける。

 

 

 




原作との変更点
・ラグナレクが接続されちゃってる
・ルルーシュ、全人類と一つになって人生を追体験。シャルルやマリアンヌやV.V.、C.C.も含めて例外はいない。
・黄昏の間に精神だけ引っ張って来られたC.C.
・シャルルが一度は消えたマリアンヌを思考エレベーターを使って呼び戻す(不完全とはいえ、Cの世界と同一になっているから出来ること)
・どう見てもC.C.がヒロイン。
・ルルーシュ、裸族に目覚める(嘘)
・全人類の意識と一つになったルルーシュはシャルルとマリアンヌを前にしても動揺しない
・全人類と一つになったから明日を望んでいると確信を持って言える。
・不完全とはいえ一つになった人類を元に戻す為に、ルルーシュはギアスを失う。
・消えるマリアンヌと心が一つに成る瞬間にルルーシュも混ざり、シャルルが異質さに気付いてマリアンヌを突き飛ばす。
・消えたのはマリアンヌだけで、シャルルは現実に帰還。
・魔王ルルーシュの覚醒。



卓袱台返しをしたかと思ったらルルーシュに引導を渡され、しかも魔王化の手助けまでしたというパパなシャルル。

残るは二話。

次回『第十四話 ゼロ・レクイエム』

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