コードギアス~死亡キャラ生存if√(旧題:シャーリー生存√)~ 作:スターゲイザー
間違っていた。何もかもが間違っていた。
ユーフェミアに絆されたことも、一度でもブリタニアの組織の中に入ったことも、特区という差別主義に波紋を齎す計画に協力したことも、ナナリーを優先すると言いながら周りに配慮していたことも、箱庭の主を気取っていたことも、安穏としていた日々に安らぎを感じていたことも。
全てが間違いだった。全部、ありとあらゆる部分で間違っていた。
----------本文より抜粋
当初は誰もが上手く行くことはないと思われた行政特区日本が始まって半年が経ち、コーネリア・リ・ブリタニアから副総督であるユーフェミアに総督が変わるのではないかと噂されるほどにエリア11の情勢が落ち着いてきた。
「そういや、今日だっけ」
放課後の生徒会室にて、少し前に生徒会で行って来た修学旅行の下見の写真を纏めていたリヴァル・カルデモンドが顔を上げて言った。
「なにが?」
隣でクリスマスの企画を任されて唸りながら考えていたシャーリー・フェネットが反応した。
「ナナリーちゃんの退院日」
「ああ、そっち」
二人して壁にかけられたカレンダーを見れば、しっかりと今日の日付の所に〇がされている。
「ルルちゃんったら見舞いにも行かせてくれないんだもんね」
モラトリアムを続けるべきか迷っているミレイ・アッシュフォードは会長席に凭れて窓の外を見ていた。
「どこの病院かも教えてくれないから調べても特区って話だから、どうしても私達も行き難いしね」
ウランの核分裂とウラン濃縮の可能性についての研究に行き詰っているニーナ・アインシュタインは特区否定派ではあるが、慕っているユーフェミアが発案者なので微妙な心境なのである。
「租界と比べても治安は穏やからしいから一度行ってみたいけどルルーシュの奴、最近付き合い悪いから」
「手術費用を稼ぐ為にアッシュフォードで仕事してるのよ。大目に見て上げなさい」
実際はジュリアス・キングスレイとして特区の実権を握っているのだが、実情を知っているミレイらが口を閉じているのでリヴァルが知ることはない。
働いているのは事実ではあるので、以前のように遊びに行く機会は激減しているリヴァルへのフォローをするようにルルーシュに伝えようとミレイは決めた。
「賭けチェスで稼げばいいのに」
「そういうことで稼いだお金でナナちゃんの足を治したくないっていう兄心じゃない」
以前にルルーシュと出かける為に有り金を叩いてサイドカーまで買ったリヴァルの愚痴に、消息不明のゼロとルルーシュを結び付けられないまま半年も経ってしまったシャーリーが宥める。
「最近はスザクもカレンも特区の方に行っちゃって、生徒会も随分寂しくなっちゃったもんだ」
特に男が自分一人な時が多くなってしまったリヴァルとしては寂しさも大きい。
「栄転なんだから僻まない僻まない。まあ、あのカレンにナイトメアの適性があるなんて驚いたけど」
「薬を変えたら元気になったから半年前と随分と印象が変わったしね」
ゼロもいなくなり、ジュリアス・キングスレイによって特区に参加させられたカレンは黒の騎士団が解散したと風の噂で聞いて、抵抗活動は出来なくなったのもあって病弱設定が面倒臭くなって地を出すようになった。
そんなことを知らないシャーリーはリヴァルを宥めるミレイに苦笑しながら、活発になってきたカレンの変化が良い物であると思って笑顔を浮かべる。
「前は薄幸で儚げだったけど、大分変わったよな」
「元気になった証拠なんだから良いんじゃない。私は今のカレンも好きよ」
カレンの家庭事情や地については知っていたミレイとしては、ちょっと生意気で反応が面白い今の変化を歓迎している。
「この前、体育で男子以上の成績出してたけど、あれで病弱だったの?」
「元からそういうポテンシャルがあったってことでしょ。ナイトメアのパイロットになったんなら厳しい訓練もしてるだろうし」
流石に黒の騎士団のエースパイロットをやっていたことまでは知らないミレイも、当然の疑問を抱くニーナに対して想像でしか答えられない。
その訓練を風景を皆が想像していると、リヴァルの携帯電話が音を鳴らした。
「あ、会長。ルルーシュがナナリーを連れて直にこっちに来るって」
「じゃあ、出迎えの準備をしましょうか」
携帯電話を確認したリヴァルの言葉にミレイが音頭を取って、それぞれの作業の手を止めていそいそと片付ける。
見舞いは駄目でも退院祝いのお祝いをしたいと掛け合っていたミレイらの熱意に負けたルルーシュは計画の詳しい内容を伝えられてはいない。大体、察しはついてるだろうが。
「スザクとカレンも急な仕事さえ入らなければ参加できたのにな」
「ぼやかないの。リヴァル、くす玉はそっち」
「え、こっち?」
「違う違う、もう少し左だって。ああ、行き過ぎだって」
頼りになる男とミレイに思われたいリヴァルが気張って準備したが少し空回りしている感は否めない。
そんなこんなで最終の準備が進み、待ち望んでいると彼らはやってきた。
「「「「お帰り、ナナリー!」」」」
車椅子のナナリーを先頭にして部屋に入っているのを見て一斉にクラッカーを鳴らす四人。
吹き出した紙テープや紙吹雪が舞い散る中で、何時もとの違いに真っ先に気付いたのは観察眼があってランペルージ兄妹と一番付き合いの長いミレイだった。
「あれ、ナナちゃん。目が……」
クラッカーから飛び出した紙テープや紙吹雪が二人に降りかかっている中で、ナナリーの目が開かれていることに気付いて開いた口を手で覆う。
「はい、見えるようになったんです」
この世の春とばかりに笑顔を浮かべるとルルーシュに車椅子を押してもらいながら、ナナリーも幸せそうに笑う。
「え? え? どういうこと?」
「良かったね、ナナリー」
「うわぁ、私のこと分かるナナちゃん」
混乱しているリヴァル、厳然たる事実を受け入れて笑うニーナに、ナナリーに顔を寄せるシャーリー。
「シャーリーさん、ミレイさん、ニーナさん、リヴァルさん…………想像していたよりも皆さん、ずっと大人です」
「あ、やべっ、俺泣きそう」
もうこれ以上は無いと言う満面の笑みを浮かべているナナリーの万感が籠った言葉に当てられたリヴァルは込み上がって来た涙を抑えるように目元を抑えて上を向く。
「良く分かるぞ、リヴァル」
うんうん、と何度も頷いて、ルルーシュは初めてリヴァルと共感した気がしていた。
「お兄様は大泣きでしたものね。まさか初めに見るお兄様の顔が泣き顔だとは思いませんでした」
七年と半年振りに見た兄の顔が泣き顔だったことが強い印象として残っていたナナリーは笑い声と共に暴露する。
「ルルーシュの泣き顔か。ちょっと見たかったかも」
「止めてくれ、ニーナ」
「ねぇ、ナナちゃん。写真とか映像とかない?」
「残念ながら」
「会長」
揶揄われていると分かっていながらもルルーシュの顔は笑顔のままである。それほどにナナリーの目が見えることになったことが嬉しいようだ。
「あれ? 手術って目のやつだったのか。俺はてっきり足の方だと思ってたのに」
嘗てないほどに上機嫌なルルーシュにリヴァルは苦笑しながらも、今更ながらにナナリーが車椅子に乗っていることに気が付いた。
「手術したのは足だぞ」
「じゃあ、立てるのか?」
「まあ、待て。そう焦るな」
退院祝いの会の為に机が横に避けられた生徒会室の中央まで車椅子を押したルルーシュは、背負っていた鞄から器具を取り出してナナリーの足に装着していく。
暫くの準備の後、下ろされたナナリーの足がしっかりと床を踏みしめる。
「行きます」
ゴクリと皆が唾を呑み込んで見守る中、ルルーシュが支えている歩行器を持ったナナリーの腰が車椅子から離れた。
おおっ、と数人分のどよめきが生徒会室に響き渡る。
「どうですか、皆さん?」
数秒程度立位を維持し、疲れた様子で腰を再び下ろしてやり切った笑みを浮かべるナナリーにみんな言葉も無い。
「リヴァルじゃないけど、私も泣きそう」
苦労を知るだけに感動も一入なミレイに同意する者複数、というか全員がそうだった。
「良かったなぁ、ナナリー。本当に良かったぁ」
と、既に何度も見ているはずのルルーシュがボロ泣きしているので、それに釣られているような気がしないでもないが感動は本物である。
「足腰の筋力が弱っているのでまだ少ししか立てないのですけれど、頑張れば歩けるようになると言われたのです」
実際、立って立位を維持できたのも腕の力に寄るところが大きい。七年の間に衰えた足の筋力では、まだ全体重を支えることは出来ない。
「リハビリが大変だろうけど私達も手伝うよ、ナナちゃん。水泳とかどうかな? あんまり足に負荷がかからないだろうし」
同年代の女の子と比べても筋量が少なそうなナナリーの足を見たシャーリーが自身が所属している部活が助けにならないかと提案する。
「お医者さんからも水の中なら負担も少ないし、同じことを言われています。その時はお手伝いをお願いをしてもいいですか?」
「うん、喜んでやらせてもらうよ!」
ようやく涙が引っ込んだルルーシュにリヴァルがティッシュを渡している間に麗しい友情が花開こうとしていた。
「手術したのは足だよな? なんで目が見えてるわけ」
「…………ナナリーの目が見えなかったのは精神的な物が原因だ。立てたという結果が精神に作用したんだと医者は言っていた」
決して人前で鼻を噛むような不作法はしないルルーシュは涙だけを拭き、リヴァルに目が見えるようになった経緯を説明する。
「ボロ泣きしたんだろ」
「ああ」
初めて立って目が開いた時の感動を思い出しただけでルルーシュは泣けてくる。
立つことが出来れば目が見えるかも、とは思っていたが本当に見えるようになるまでとは楽観視していなかっただけに、立った分も合わせて涙腺がマッハで崩壊してしまった。
人生で一番恥ずかしいぐらいの姿でラクシャータにも呆れられるぐらいに泣いてしまったが、それ以上に嬉しかったのだ。
「良かったな、ルルーシュ」
肩に手を置かれたルルーシュが感謝の言葉を返そうとした直後だった、天国から地獄に叩き落とされたのは。
「――――失礼」
バンッ、と大きな音を立てて生徒会室のドアが外から開かれた。
ナナリーを驚かせる大きな音を立てた者に文句を言おうとルルーシュが振り返ったところで、その顔を驚愕に染め上げた。
「お、オレンジっ!?」
いるはずのない人物――――ジェレミア・ゴットバルトの姿に声すら出せなかったルルーシュに変わって、驚きに染まったリヴァルの声が響き渡る。
左目に機械式のマスクを取り付けているジェレミアはルルーシュの姿を視界の中心に収めると、ルルーシュ達が気づかない程度にグッと足に力を込めた。
「御免……」
呟きの直後、数メートル以上離れていたにも関わらず三歩で接近したジェレミアの拳がルルーシュの頬にめり込んだ。
「がっ!?」
全く反応も出来なかったルルーシュが殴り飛ばされ、壁際に移動されていた机にぶち当たって崩れる大きな音に正気を取り戻した少女達の悲鳴が鳴り響く。
「これで私を貶めた分は返しましたぞ」
荒事に縁のないシャーリーは動けず、暴力に怯えたニーナをミレイが抱え、車椅子で動けないナナリーの前に立つリヴァル。
「貶めた、分……だと……?」
殴られた衝撃でグワングワンと揺れる視界の中で、机を頼りに体を起こしたルルーシュにジェレミアは感情を覗かせない右目で見下ろす。
「理由は言うまでもないでしょう。私はオマケに過ぎませんが」
「―――――――お久しぶりです、ルルーシュ殿下」
次いでやってきた人物を見た時、今度こそルルーシュは叫び出したいほどの驚愕を覚えた。
「な、ナイトオブワンっ!?」
ブリタニア国民ならば誰もが知っている帝国最強の称号を持つビスマルク・ヴァルトシュタインの姿を見間違えるはずがない。
「私がやってきた理由は聡いあなたなら分かるはずです。無駄な手間は省かせて頂きたい」
ビスマルクの登場に、ミレイはニーナを守りながら後ろ手に隠した携帯電話で警察に電話しようとしていた指を止めて舌打ちする。
「くくっ、そうか…………帝国に俺のことが知られたか」
ビスマルクほどの男がルルーシュの前に現れた理由はそれしかない。本国から遠く離れたエリア11にナイトオブワンであるビスマルクが来るような偶然など信じるはずもないのだから。
寄りかかっていた机から、ジェレミアの一撃で震える膝を叱咤してなんとか立ち上がったルルーシュは笑った。
「ルルーシュが殿下? ナイトオブワンとかオレンジ卿がいきなり現れるなんて、どういうことだよ」
ゼロではないのかと、ジェレミアが言った『私を貶めた』という発言から一瞬思ったシャーリーの想いとは別に、ビスマルクがルルーシュに向けた特別な呼称に混乱しっぱなしのリヴァルの口から疑問が溢れ出る。
「簡単なことだ――――――――――頭が高いぞ、貴様ら」
殺気にも似た極大の威圧感がビスマルクから放たれ、なんとか耐えたミレイを除いてリヴァルらは膝から崩れ落ちる。
「ここにおられる方々をどなたと心得る。恐れ多くも神聖ブリタニア帝国第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア様と、第12皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニア様であるぞ!」
堪えていたミレイも流石にはこう言われては逆らうわけにはいかずに片膝をつく。
「貴様はアッシュフォードの娘だな」
ミレイが下げた頭に映る視界の中でビスマルクが近づいて来る影が見えた。
幾ら見捨てられたとはいえ、ブリタニア皇室に無断でルルーシュ達を匿っていた責を問われたら言い逃れは出来ない。
あの苛烈なシャルルの気性を考えるならば一族郎党どころか、関係者全ての命を捧げたところで収まるかどうか。
「ビスマルク、アッシュフォードは私の命令を受けて本国に知らせなかったのだ。彼らに責はない」
「殿下、まさかそれが罷り通るとでも?」
「皇族の言うことには逆らえないのが貴族というものだ。特に母上の後援をしていたアッシュフォードは私の命令には逆らえない。違うか?」
然り、と閃光のマリアンヌを敬愛していたジェレミアは自分がアッシュフォードと同じ立場であったならば、遺児の命令を何としても守り通しただろう。例え皇室に逆らうことになってもだ。
「どうなのだ、アッシュフォードの娘よ」
「…………はい、我が祖父ルーベン・アッシュフォードとルルーシュ様の交わした契約では、そうなったと聞いています」
もうルルーシュらの存在が帝国に知られてしまった以上、ミレイに出来ることはルルーシュがアッシュフォードを守ろうとしている展開に追従するしかない。
アッシュフォードが何時か貴族として返り咲くためにルルーシュ達を保護し、手元に置いていたと知っていても。
「ふむ……」
ルルーシュの見上げる先で、ビスマルクは思案気に顔を上げられないミレイを見下ろしている。
(ここを潜り抜ける手は一つだけだ。ビスマルクをギアスで操り、ナナリーを連れて逃げるしかない)
ジェレミアにはクロヴィス殺害の容疑をかけられたスザクを助ける為にギアスにかけている。となれば、後は帝国最強の騎士をギアスで操ってこの場を切り抜けるしかない。
「良かろう。陛下には私からも口添えをしておく」
「ありがとうございます」
別にアッシュフォードに何が何でも守ってほしかったわけではない。大体、先に命令をして帝国に報告させないようにしたと言ったのはルルーシュの方だ。
全てを欺くと決めたのに失望する方が間違いで、頼ったことが間違いなのだと痛感しながら左目にしていた特殊なカラーコンタクトを外す。
「では、参りま」
「俺に従え!」
シャーリー達が様々な疑問を裡に秘めながらもナイトオブワンがいては表に出せない中、ようやくこちらを見たビスマルクの右目に向かって全力のギアスを放つ。
「イエス・ユア――」
「
一瞬、ギアスに支配されて命令を聞こうとしたビスマルクの背後に従っていたジェレミアがギアスキャンセラーを発動させ、ギアスが解かれる。
「大人しくして頂きましょうか」
「ビスマルク!」
ギアスが解かれたどうかはルルーシュには直ぐに分からない。再び踏み込んできたジェレミアの相手はルルーシュには出来ないので助けを求めるも、ギアスが解かれたからビスマルクに命令を聞く筋合いはない。
「成程、これが絶対遵守の力。凄まじいものです」
「お、俺のギアスをっ!?」
動かないビスマルクにギアスが効いていないことを悟るも既に遅い。元より格闘能力が低いルルーシュは簡単にジェレミアに床に抑え込まれる。
「お兄様っ!? ビスマルク卿、これは」
腕を後ろ手に回され、ギアスが暴走している左目を床に強く押し付けられたルルーシュに我慢が出来ずにナナリーがビスマルクに物申す。
「手荒なことはしたくないのですが、ルルーシュ殿下は今の状況を快く思っておられぬ様子。手荒に扱ってしまうご無礼をお許しください」
「だからってこれは」
「お目が見えるようになったのですね。陛下も喜ばれることでしょう」
歩み寄ってくるビスマルクに会話をする気が無いと分かる話題変換の仕方に、ナナリーは彼女らしくなく顔を顰める。
「ナナリーに手を出すな……!」
ジェレミアに抑え込まれながらもビスマルクがナナリーに近づくのを見たルルーシュが拘束から抜け出そうとするが、身体能力だけでなく格闘技を修めているわけではないのでもがくだけしか出来ない。
「な、ナナリーに近づくな!」
説得は無意味と悟ったリヴァルが手近にあったナナリーが立つ時に使った歩行器を持って、帝国最強に向かって威嚇する。
ミレイはニーナに抱き付かれて動けず、シャーリーはジェレミアのギアスキャンセラーを受けてルルーシュによって消されていた記憶が復活したショックを受け止めきれていない。
「我らは皇帝の勅命で動いている。それに逆らうことがどういう意味か分かっているのか?」
「わ、分かってるよ!」
突発的な行動ではあった。後先を考えない若さでもあった。
「殿下がなんだ、皇子がなんだ。ルルーシュはルルーシュだ!!」
それを証拠にリヴァルの足は馬鹿なほど震え、目にも涙が浮かんでいる。
「俺の友達のルルーシュが嫌がってんだ! 味方してやるのが親友ってもんだろっ!!」
「リヴァル……」
事情は分からない。理由は知らない。それでもルルーシュは友達だからリヴァルは立ち塞がった。
「そんな物を持って帝国最強に抗おうとする者が嘗ていたか。いや、いない」
得難き友情に胸を感動で打ち震わせながらも、帝国の勅命で動いているビスマルクに私情で逆らうことは許されない。
「ルルーシュ殿下は良き友を持った。名も知らぬ少年よ、その心意気は買おう」
「そんな物に何の意味もないって教えて上げたら?」
フッと笑みを浮かべたビスマルクが浮かべて何かに気付いて振り返った後に聞こえて来た声に、皆の目が動く。
「V.V.様、何故ここに――」
「まあ、お互いさまってことで。勝手にジェレミアを動かしたことも何も言わないよ」
つまりは理由を話す気は無いと言うV.V.にビスマルクは苦み走った顔になるが当の本人は生徒会室に入って来て、抑え込まれているルルーシュの下へ足を向ける。
「やあ、久しぶりだねルルーシュ」
既知であるかのような呼び方だがルルーシュはこのような少年のことは知らない。
(いや、待て。V.V.といったか)
既知の人物に似た名前の響きに、少年の正体にルルーシュは直ぐに辿り着いた。
「まさかお前もC.C.と同じ」
「察しが良いのはシャルル譲りだね」
それ以上は具体的な正体を何も語らず、V.V.は懐から拳銃を取り出して屈み、ルルーシュの眉間に銃口を突きつける。
「嚮主V.V.、それは」
ギアスを使わせない為に必要があってルルーシュを抑え込んでいるジェレミアが苦言を呈するが、V.V.が自身を裏切った者の言うことを聞く必要はない。
「ジェレミアは黙っててよ。君達と違って僕が欲しいのはC.C.の身柄だ。彼女は今、どこにいるのかな?」
マオと同じような要求だがルルーシュを取り巻く今の環境はあの時の比ではない。
「…………俺が言うとでも?」
「その時は彼女達の命が代償となるよ」
銃口をミレイ達に向けられては、最初からルルーシュに選択権などない。
スザクとカレンが都合良く現れてくれるような奇跡もあるはずがないのだから。
「クラブハウスの俺の部屋にいるはずだ」
「ふぅん、クラブハウスのルルーシュの部屋だって。早く捕まえてよ」
耳に付けていたインカムで誰かに指示を出したV.V.は銃口をルルーシュから避けてナナリーへと向けた。
「おっと、手が滑った」
直後、パンと乾いた音が響き渡った。
「あ、あれ……?」
反射的に射線に割り込んだリヴァルは歩行器を落とし、痛みの走る腹部を抑えた。すると、ジンワリと血が滲んでいく。
「V.V.様!? なにを!」
「ごめんよ。手が滑っちゃったんだ」
V.V.は全てを分かった上で、これ以上はナナリーを害せないと諦めた。
「リヴァルさん!?」
己を守るために射線上に飛び込んだリヴァルの背中が崩れ落ちるのを見たナナリーが手を伸ばすも届かない。
「リヴァル――ッ!!」
撃たれて崩れ落ちたリヴァルの姿にルルーシュは信じられない力を絞り出し、ジェレミアを振り解いて駆けつける。ジェレミアも怒りに満ちた顔でV.V.を見ていてルルーシュを追おうとはしなかった。
「リヴァルッ!!」
ルルーシュがリヴァルの下に駆け寄り、うつ伏せに倒れた体をひっくり返すと撃たれた腹部から流れ出た血が制服より滴り落ちた。
アッシュフォード学園の男子の制服は黒なので血は目立たないが、既にかなりの血液が流れている。そして今も止まらない。
「なんだよこれ、すっげぇ痛ぇよ」
「…………大丈夫だ。会長! 直ぐに救急車を!」
「え、ええ」
明らかに致命傷と分かってもミレイに指示をだし、血が流れる銃創を抑えつけて止血を試みるが止まらない。
「V.V.!!」
「痛っ!? 何をするのさ、ジェレミア」
「貴様は自分が何をしたのか分かっているのか!!」
我を取り戻したジェレミアは撃ったV.V.を殴り飛ばし、その胸倉を掴んで恍けている顔を激怒している自身の顔に近づける。
「ちょっと手が滑っちゃったんだよ、ごめんごめん」
「謝って済むことだと」
「そこまでにしておけ、ジェミレア。今は」
「くっ」
既にヘリコプターの手配をしているビスマルクに殴ろうとした腕を抑えられ、V.V.を放り捨てたジェレミアは倒れたリヴァルの下へ急いで向かった。
「変わります」
「何を」
「私は軍人になる時に医療講習を受けています。そんなやり方では駄目です」
ルルーシュの手を抑えてどけたジェレミアは強い口調で言い、服の袖に仕込んである剣を取り出してリヴァルの制服を切り裂き、銃創を見て顔を顰める。
「誰でもいい。保健室に行って止血できそうな機材を片っ端から取りに行ってくれ。私では場所が分からない」
「私が!」
「私も!」
銃創は致命傷の部位にある。出血量も多く、このままではヘリコプターが来る前に出血多量で死亡すると判断したジェレミアの指示に従って、シャーリーとミレイが保健室に向かって走る。
「リヴァル! リヴァル!」
ルルーシュの呼びかけに閉じていたリヴァルの目がようやく開いた。
「ははっ、最期が親友の妹を助けるなんて漫画みたい」
「馬鹿! 変なこと言うな!」
ジェレミアがスカーフを解いて丸め、止血の為に銃創に詰めるが瞬く間に血で染まる。
「ナナリー殿下、君! ハンカチとかを持っていたら出してくれ!」
残ったナナリーとニーナに向けてジェレミアが言うと二枚のハンカチが二人から手渡され、ジェレミアが血で染まったスカーフの上に重ねるが深紅が広がるペースの方が早い。
「君! 変わってくれ!」
「えぇっ!?」
「彼を死なせたいのか!」
ニーナの手を引っ張って傷口を抑えさえ、ジェレミアは生徒会室にある布を片っ端から集める。
「生きろ、リヴァル! 駄目だ死ぬな! 死ぬな!」
付いた膝を染めるリヴァルの血を感じながら、ルルーシュは『生きろ』とギアスをかけ続ける。繰り返し発動し続けたギアスが右目にも現れているとも知らずに。
「なぁ、ルルーシュ…………俺達って親友だよな」
「ああ、ああ、俺達は親友だ! だから生きてくれ!」
「へへっ、皇子と……親友なんて、親父も…………驚くだろうな……」
リヴァルは良く動かない手を懸命に動かすと、ルルーシュが強くその手を握り締める。でも、何故かリヴァルにはルルーシュの手の感触が良く分からない。
「幾らでも自慢したらいい! だからだから――!!」
眠くて眠くて仕方なくて、リヴァルはそんなに必死になるなよと伝えることが出来ない。
ジェレミアが幾ら布を取り替え続けても血は止まらなかった。
「…………すまない」
目を閉じたリヴァルが呼吸停止したのを確認したがジェレミアは処置は止めなかった。
だが、ジェレミアが零した謝罪がリヴァルの今の状態を表していると、察しの良いルルーシュは悟ってしまった。
「あっ、リヴァル…………リヴァル! うわああああ―――――――っっ!!」
ヘリコプターのプロペラ音が聞こえるが既に遅い。リヴァルの体の肩を揺すり、その名を呼んでも屍から返事が返ってくることはない。
「お前が――っ!!」
涙が流れる目でリヴァルを撃ったV.V.を睨み付け、血で染まった両手で殴りかかろうとした。
「殿下!」
しかし、ビスマルクが止めに入る。でなければ、V.V.は躊躇いなくルルーシュを撃つと知っていたから。
「離せ! 離せぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」
「御免!」
V.V.を殺すことしか頭にないルルーシュの腹を殴り、その意識を断とうとしたビスマルク。
「ぐっ!?」
意識が断線して闇に落ちていく中、ルルーシュはV.V.の声を聞いた。
「え? C.C.がいないって? じゃあ、ここに来たのは無駄足か」
間違っていた。何もかもが間違っていた。
ユーフェミアに絆されたことも、一度でもブリタニアの組織の中に入ったことも、特区という差別主義に波紋を齎す計画に協力したことも、ナナリーを優先すると言いながら周りに配慮していたことも、箱庭の主を気取っていたことも、安穏としていた日々に安らぎを感じていたことも。
全てが間違いだった。全部、ありとあらゆる部分で間違っていた。
「ルルーシュ、君だって散々人を貶めて殺して来ただろうに。今更、自分だけが例外だとでも思っていたのかい」
情も、情けも、弱さに繋がる甘さを少しでも信じてみようと思った自分を、ルルーシュは許せなかった。
マリアンヌ暗殺事件の偽りの目撃者であるナナリーが真実に近づかないように、シャルルはギアスで記憶を操作して目を見えないようにさせていた。
足が治って、精神的な変化でギアスが解かれる可能性を考慮。
シャルルが指示してやってきたビスマルク、ギアス嚮団から勝手に引き抜いたジェレミアによってルルーシュは生徒会に身バレ。
ただ、連れて行かれるだけなら面倒なかったのに厄介なv.v.が介入。
ナナリーを手違いで殺したことにしようとしたが、リヴァルの介入で防がれる。
リヴァル、撃たれどころが悪すぎて死亡。
ルルーシュ、絶対にv.v.許せないマンになる。シャルルとの関係性を考えれば敵対は不可避?