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「指揮官、しきかん。少しいいですか?」
「どうした?」
「私がインディちゃんの子を身ごもるか、インディちゃんが私の子を身ごもるかで悩んでるんですけど」
「は?」
は?
「いや、だから、インディちゃんと私の子供の話で……」
「今すぐ病院に行ってこい」
「なんでっ!」
仕事の合間の会話だとしても、午後五時に振るようなものではないと思う。けれど彼女――先程の話からして、もちろんポートランド――は不満らしく、頬をぷくー、と膨らませながら強く叫んだ。
「もー、どうして指揮官はマジメに聞いてくれないんですか!? 私とインディちゃんの大切な話なんですよ!」
「真面目も何もお前のそれは妄言だと思う……」
「妄言じゃないです! あるべき未来なんです!」
「お前とインディじゃ子供作れないだろうが!」
「心のちんぽこで孕ませろ、です!」
鎮守府名言集がまた一つ更新された。なお八割ほど彼女のもので埋まっている。
そろそろ彼女は狂気すらも自らのものにするんじゃないか、と考えていると、彼女は腕を組みながら、長い息を吐いた。
「はあ……これも全部インディちゃんがかわいいからいけないんですね……」
「十割お前がいけないと思う」
「正直インディちゃんで四回はシコれますね!」
「そのギリギリいけそうなラインやめない? お前ついてないだろ」
正直わけが分からなかった。とにかく彼女と話すと疲れる。
ポートランドという少女を一言で表すならば、「それすらできない」という言葉しか出てこなかった。要するに無理。彼女の思考回路はブッ飛び過ぎて人類にもセイレーンにも予測不可能だと思う。おそらくセイレーンの中枢とかにこいつの脳神経ぶち込んでやればセイレーンとの抗争とか一瞬で終わるんじゃないだろうか。
そんな対セイレーン最終兵器として認定された彼女は、どこからか取り出した写真を持ち出して、ふう、と机に伏せる。
「……あー、マジ。無理。無理じゃない? いけない……」
「語彙力溶けてるぞ」
「インディちゃんに言い寄られたい……アッ、駄目……インディちゃん、私たち、姉妹なんだよ……? しかも、こんなところで、なんて、っはぁ……ぁ、インディちゃんっ……ゃ、そこ、私、弱くて……――っ!?……き、きす……初めて、キスしちゃった……ぁ、えへへ……、っぁ、んぅ……インディちゃん……? ゃっ、おっぱい……そんな、強く揉んじゃ……っ、ダメっ…………、もぅ、インディちゃんったら……ぁ……こんなところでしたいの……?……えへへ、大丈夫だよ……お姉ちゃん、インディちゃんの頼みなら……私、なんだってしてあげるから……ひゃぅん!? そ、そんなに欲しかったの…………? インデ」
勝手に一人で絶頂しそうな女は置いておいて、書類に手をつける。今月はセイレーンとの戦いも激しく、そのための資材の消費も然り。食事も色々工面しなくてはならないし、燃料の補給も先日の戦闘の消費を参考に少し増やすべきだろうか。
そういえば、そろそろ遠征から睦月たちが帰ってくるころだろうか。彼女たちのことだから飴玉でも用意しないと。
「ほぼイキかけました」
「ノーハンドでイくな」
とても凛々しい顔になりながら彼女はそう宣言した。妄想だけで絶頂しそうな女をどうして秘書艦にしてしまったのだろうか。過去の自分にと問い質し、あわよくばその時点で彼女を別の鎮守府へ送りたい。
と。
「…………」
「…………」
静かな沈黙が執務室に流れる。
先程までの喧噪が嘘の用だった。
沈みかけている夕陽が、彼女の銀色の髪を照らす。黙っていれば美人、というのはこういうものを言うのだろう。西日に照らされている彼女は、どことなく清廉とした、純白のような雰囲気を感じさせた。
「ねえ、指揮官」
「何だ」
いつもとは違う、おっとりとしたような彼女の声。雰囲気の変わったその言葉に、ペンを走らせる手が止まる。
「今夜、空いてますか?」
「……出来る限り、開けておこう」
「ぃやったっ」
その誘いに応えると、彼女は小さく跳ねて笑顔を見せた。こういう時だけ、彼女はその笑顔を見せるのだった。
それから、また再びペンを走らせる音が響きだす。しかし先程のような会話は流れず、ただ淡々と時間が流れていくだけ。彼女はその青い瞳に、沈む夕日を映していた。
「……やはりお前のそういうところは分からん」
「え? なんでですか?」
やはり、彼女は不思議な少女だ。
何度も彼女が愛する妹の話を聞いても、何度も彼女の妹の話に振り回されても、何度も窮地をくぐり抜けてきても、何度も彼女と夜を共に過ごしても、ポートランドという少女は分からなかった。
「簡単な話ですよ」
けれど、こうして長く付き合っただけで、これだけは言える。
「インディちゃんも、指揮官も、みんな大好き、ってことです!」
彼女は、好きなものを笑顔で好きだと言える、素晴らしい女性だという事だ。
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