アハーンジュルジュルレロレロレーン   作:宇宮 祐樹

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最近真面目なのしか書いてないのでタイトルの芸が下手になりました。
大変申し訳ございませんでした。


プリケツ

 

 喉に香る酒の熱さと共に感じたのは、冷たい手のひらだった。

 

「……君か」

「なによ、その意外そうな顔」

 

 暗い紅の瞳は不満そうに細められて、頰に触れる手はもう片方に握られたグラスを受け取る。どう返すものかと考えて、とりあえずグラスへ注いだ熱い液体をもう一度煽ると、彼女はいつの間にか俺の隣へちょこんと座っていた。

 さらさらと揺れる銀糸の隙間に、ほのかに染まるうなじが覗く。見に纏う薄い紫色のネグリジェは彼女の柔らかな肌を透かしていて、こちらへと向けられる視線にはどこか爛れたような熱が込められていた。

 そんな彼女――プリンツ・オイゲンへ、酒の混じった口を開く。

 

「珍しいと、思った」

「何が?」

「君がこんな時間に此処へ来て……俺と、こうして話すことが」

 

 窓の外の月は、雲に隠れて淡く光を放っている。流れる静けさには夜の波の音が響いて、そこに彼女のくすりと笑う声が混じっていた。

 

「ここには何もない。君の好きな面白そうなものも、なに一つ」

「あなたが居るじゃない。たった一人で、寂しそうにお酒を飲んで居るあなたが」

「……何をしに、ここへ」

「あら、寂しい旦那の晩酌に付き合うのは、妻の務めじゃないの?」

 

 そう翻す彼女の指には、小さな輪の形が輝いている。

 

「必ずともそうとは限らない。君の都合を考える」

「優しい夫を持てて幸せものね、私」

「君が……君が何かを望むのなら、俺は君に与えたい。君が嫌だと拒むのなら、俺はそれを引き剥がす。それが、君を求めた俺の務めだと、そう考えている」

「……じゃあ、もし私が嫌じゃないって言ったら?」

 

 突き出したグラスに、彼女は少し慣れない様子で透いた液体を注いでくれた。

 

「重桜のお酒?」

「ああ。瑞鶴が持って来てくれたから、少し」

「ふぅん」

 

 そっけない返事に続くのは、からん、と氷が鳴る音だった。底の厚い、口が広く開けられたグラスに俺と同じものをとくとくと注いで、彼女はそこへふわりと浮かんでいる氷をじっと見つめていた。

 

「酒、弱いんじゃなかったか」

「あなたのためだもの」

「正月にやらかしたことを思い出せ、と言っている」

「……今日は酔いたい気分なの。酒にも、あなたにも」

 

 好きにしろ、と声をかける前に、彼女は手に持ったグラスを一気に煽っていった。こく、こくと可愛らしく音を立てる喉は、しかし彼女の何かをこらえるような、当てられた熱に耐えるような表情とは対照的に俺の目に映っていた。

 やがて空になったグラスへ氷が打ち付けられて、彼女が口を話す。

 

「…………、ぷは」

 

 絹のような白い肌は、ほのかな春色に染まっていた。

 

「この前よりは飲めたじゃないか」

「………………」

「……プリンツ?」

「…………………………きゅぅ」

 

 そんな可愛らしい声と共に、とす、と左の肩へ軽い感触が走る。

 とろんとした、ふやけるような紅い瞳が、俺の事を見上げていた。

 

「だから言っただろ」

「ん……だって…………」

「だっても何もない。ほら、ベッドまで連れてって――」

 

 そう立ち上がろうとした俺の腕を、彼女の指が絡め取った。

 

「だ、め」

「……プリンツ」

「…………しない、と」

「何?」

「……こうしないと、正直に甘えられないの…………」

 

 火照った身体を俺の腕へと絡めながら、ぽつぽつと彼女が呟く。けれどその言葉の響きは重く、俺はもう一度机に置いたグラスを煽りながら、倒れ込む彼女の髪を梳いた。

 酒の香りと、時間が流れていく。混ざり合うような熱い時が、二人の間を満たしていく。

 

「……初めて会ったときのこと、覚えてる?」

「あまり思い出したくは、ないな。君の傷ついた姿は」

「そうね。あの時は……痛かったわ。何かに目覚めちゃうくらいに」

「…………」

 

 細くなめらかな白いうなじには、酒の暖かさとともに、かつての傷跡が赤く浮かび上がっていた。

 

「あなたにつけられた傷も、全て思い出せる……初めてよ? 男の人に傷をつけられたなんて」

「……すまない。いや、ここで謝ったとしても、俺は…………」

「いいのよ。そのお蔭で、私はここに……あなたの、そばにいるんだから」

 

 天井の淡い光が、彼女の顔を照らす。こちらにもたれかかるように仰向けになった彼女は、その細い手の平を真上へと突き出して、

 

「ねえ」

「何か」

「どうして、私を選んだの?」

 

 かざした指の輝きを見つめながら、プリンツはそう俺へと問いかけた。

 

「……不安になった?」

「違う。けれど……私は、あなた達にとって敵だったはずよ? それなのに、あなたは私を……選んで、くれた。こんな私を対等に、大事に、一人の女として扱ってくれた」

「そうだな、確かにおかしいのかもしれない。かつての敵であった道具に、婚姻を申し込むなど」

 

 寄り添う彼女はとてもしおらしくて、その細い体を引き寄せると、薄い唇からは蕩けるような小さな声が漏れる。

 

「けれど、君は俺を受け入れてくれた。それはどうして?」

「……わたしが聴いてるのよ? 答えてくれないなんて」

「いいから」

「もう、いじわるな人……」

 

 しばらくの静寂を通して、彼女が小さく口を開く。

 

「あなたと一緒にいると、笑えたから」

 

 それだけ言うと、プリンツはすぐに恥ずかしくなってしまったのか、自らの顔を俺の腕へと強く押し付けていた。思わず宥めるように頭を撫でてやると、彼女は少しむっとしたような顔を俺に向けて、

 

「あなたとなら、心から笑えたのよ……そばに居てくれるだけで、嬉しかった。皆から離された私を、あなたは受け入れてくれた。だから……あなたが選んでくれて、私は嬉しかったの。とても……とても、幸せだった」

 

 いつものような艶のある笑みではなく、そこには満たされたような、華やかな笑みが浮かんでいた。そんな美しく咲く花へ、俺は思わず手を伸ばして、その白い花弁を優しく包む。胸に吸い込まれる赤い双眸は、ただじっと俺のことを見上げていた。

 

「……これで満足かしら?」

「ああ。とても嬉しいよ。今夜は酒が美味いな」

「ひどい人ね」

 

 すると彼女は自らの身体を起こし、俺へ覆いかぶさるようにソファーの上へ膝をついて、

 

「あなたの答えを聴いてないというのに」

 

 耳元へそう、柔らかな息と共に囁きかけた。

 

「……どうして君を選んだか、か」

「あら、言えないの? それとも、私とは遊びだったわけ?」

「断じてない。誓おう。ただ……うまく言い表すのは、難しい」

「他人に言わせておいて、自分はそれだなんて。ひどい夫だわ」

「すまない」

「ええ、許してあげる。私のかけがえのない人だから」

「………………」

 

 酒ももう空になって、口も回らない。心を埋め尽くすのは、ただ彼女の景色だけで。

 

「君の笑う顔が、とても綺麗だった」

 

 開かれた唇は、そんな何のひねりもない、つまらない言葉を紡いでいた。

 

「君の笑顔が好きだった。もっと、見たいと思っていた。心から笑う君を、俺はどこか求めていた。笑う君のそばに、ずっといたかった」

 

 拙いその言葉に、自分の顔が赤くなっていくのを感じる。俺の真上で笑っている彼女にはその様子がよく分かるのだろう、プリンツは口元をゆるりと吊り上げながら、呆れの色を見せて呟いた。

 

「わがままね」

「……それだけ、君が欲しかった」

「私は敵よ?」

「違う、君は君だ」

 

 たとえ敵であっても。たとえ、人ではない存在だとしても。

 

「だから、君を選んだ。だとしても、君を選んだ」

 

 その選択に、後悔はない。

 

「……そう」

「足りなかったか?」

「いいえ、十分。のぼせちゃうくらいに」

 

 くすり、とまた彼女が笑う。火照った身体と身体を絡めあって、彼女の香りが強くなる。額と額がこつんと触れ合って、溶けるような媚熱に当てられる。

 それはまるで、彼女に溺れるように、酔いしれていくように。

 

「でも……そうね。もっとくれると言うのなら……」

 

 細い指が、首筋を走る。

 冷たい感覚とともに感じるのは、彼女の熱い視線で。

 

「あなたが、欲しいわ」

 

 交わされた唇が、激しく水音を立てる。

 いくつもの傷がつけられた彼女の腰へ、手を伸ばした。

 

 

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