支離滅裂な
発現・思考
□
「内にある欲求を果たすには、どうするべきか」
対面して座る
「貴艦の望む欲求、とは?」
「私たちは人ではない。私たちは母体から生まれる事は無く、全て同一であり、しかしながら偏在する存在より産まれてくる」
「ふむ」
「だが、私たちは指揮官と同じ種族に見える形をとっている。更に私たちの全てにはそれぞれの個体差があり、それを考慮するに我々は人に限りなく近い存在なのだろう」
「なるほど」
正直言っている事の半分が分からなかったが、ツェッペリンは構わず首を縦に振った。自身がフィーゼの数少ない話し相手であり、またよき理解者であることも知っていたからこそ、急に自分の部屋にやって来て悩みを打ち明けるフィーゼのことを、ツェッペリンは放っておくことができなかった。
どうやら今回の悩みというのは、フィーゼ本人もよく理解していないものらしい。
「私たちには感情というものが存在する」
「うむ」
「戦場にて被弾をすれば痛みは伴うし、それによって不快や恐怖を味わうこともある。また同様に甘味などを摂取すれば、快楽や幸福を感じることもある」
「そういうものか」
この前フィーゼが駆逐達に囲まれながら、二段重ねのアイスクリームを食べていたことを思い出す。言われてみれば確かに、あの時の彼女は少しだけ顔に笑顔を浮かべていたかもしれない。
――少しだけ、ツェッペリンの中に、感じたことのない感情が芽生えていた。
「そう考えるのなら、私たちは人となんら変わりない存在なのだろう。現に艦隊の中には私よりも感情が豊かな艦も存在するし、この私が考えていることも、単なる一つの個体差、として処理できるものかもしれない」
「そうか」
「しかし私は……いや、やはり良く分からない。この私の内にある欲求が何なのかも、それがどのようにすれば果たされるものなのかも、私には分からない」
「……なるほど」
「かくして……この私の内にある、理由の知らない欲求を果たすには、どうするべきだろうか、という問題に帰結する」
「ふむ……」
まっすぐとしたフィーゼの視線に、ツェッペリンはううむ、と再び熟考する。今回の話はやけに難しく、自分をまったくの艦船という存在として認識していた彼女にとっては考えもつかない問題であった。
それをフィーゼの方も汲み取ったのか、こてん、と首を傾げながら再び問いかける。
「グラーフにはそういった欲求はないのか?」
「……我は、どうしようもなく艦船なのだ。故にそういった感情を持ち合わせたことは……少ない。だからそれについて話すのは難しいだろう」
この世界に存在として確立したときから、闘うことしか知らなかった。記憶の奥底にある何かに動かされるように、敵をなぎ倒し、戦火の中に存在理由を見出していた。
だから今のフィーゼの話もよく理解できなかったし、これからも理解できることは無いのだろう。その理解できないという事実に、ツェッペリンは初めて、自らの存在を少し残念だと思っていた。
珍しく沈んだような顔をすぐ彼女に、ふとフィーゼが語り掛ける。
「では、グラーフも共に欲を堪能するのはどうだろうか」
「……堪能、なのか?」
「然り。欲求の達成は快楽を与えてくれる。その快楽に一度溺れてみれば、あなたも何か分かるかもしれない。それこそ、私では見えない、どこかへと通じる道を見出せることさえも」
かたん、と小さな音を立てて席を立ち、フィーゼがてくてくとドアの前へと歩いてゆく。そんな彼女の背中をツェッペリンは少しだけ追いたくなって、けれどそこから見える彼女の意志にあらがう事はできなかった。
「早計だったのだと、思う。迷惑だった」
「そんな事はない」
決して偽りではない、本心からの言葉だった。
「……あなたがそう口にしてくれるのは、とても嬉しい」
「そうなのか」
「グラーフ、そう疑問に思うのなら、あなたも一度自らの内より出でる欲に従うといい。何も考えず、その願望に従うといい。その思考を超越した行動理由は、時にあなたに良い結果をもたらすかも、しれない」
それだけの言葉を残して、ぱたん、とドアが閉められる。決して、力になれなかった、という事ではないのだろう。彼女の瞳に映っていたのは失望ではなく、どこかに憧れるような光だったのだから。向けられる先が何処かは分からなくても、ツェッペリンにはそれが失望ではないことだけは理解できた。
やがて部屋の中にはいつも通りの静けさが残り、その中でふと彼女が、机に置いてある電子時計へと視線を向ける。
「…………今日は、やけに早かったな」
午前七時三十二分。
彼女の土曜日はそんな話を聞いた後、とりあえず寝間着替わりの白シャツ一枚を脱ぎ捨てるところから始まった。
□
何と言う事は無く、ツェッペリンは基地の中をふらふらと歩き回っていた。
朝の光が差す廊下はどこか静けさを感じさせ、研ぎ澄まされた静謐さすらも感じさせる。ただ鳴り響くのはツェッペリンの足音だけで、それは何かに導かれるように廊下へ痕を刻んでいった。
「…………」
窓から見える海はいつも通り蒼く、打ち付ける波が潮騒の音を遠くで鳴らしている。その向こうに見える水平線はどうしようもなくまっすぐで、その境目から広がる空は青く、まだ淡い太陽の輝きが、彼女の真紅の瞳に映っていた。
眩しさに帽子をより深く被りながら、またツェッペリンは廊下へ足音を響かせる。そこにあるのはただの無我であり、しかしながらその奥にある何かが、彼女の足を動かしていた。
やがてその音は止まり、目の前に立つ扉を見上げる。
「ふむ」
くすんだ鉄のプレートに刻まれた、執務室という文字に、彼女は小さく息を吐いた。
果たして、自らの内にある欲求に従って辿り着いたのは、どうやら此処らしい。けれどツェッペリンにはその理由が分からず、ただその手は欲求に従うまま、薄汚れたドアノブへと伸ばされていた。
きぃ、と軋む音が鳴る。
果たして中に見えたのは、いつも通りの光景であった。
かつかつと足音を響かせながら、執務室と言うには少し広い部屋の中を、ツェッペリンが歩いてゆく。部屋の隅に置かれているテーブルの上にはロイヤルのメイドがよく手にしているティーカップとポットが置いてあり、その中にある淡い椛の色は、白い湯気を立たせていた。
そしてその横には白紙になった書類が撒き散らされており、何でもなくツェッペリンはその中の一つを拾い上げる。そこにあったのは目を覆いたくなるほどのデータの数々であり、その上に記されていたのは――計画艦、という文字列で。
「これは……」
そう口にしようとした瞬間、ツェッペリンは再びドアが軋む音を聴き、
「ツェッペリン様?」
また、自らの名を呼ぶ声も聴いた。
「……ロイヤルの、ベルファストか」
「あなたがいらっしゃるのは珍しいですね。このような朝に、いかがいたしましたか?」
如何、と言われても、ツェッペリンに応えられることは何もなく。
「……何、と言う訳でもない。ただ、言われるがままに歩いていたら……ここに」
「左様でございますか」
曖昧な答えに、けれどベルファストはそれだけで返し、机の上に置いてあったポットと、まだ手の付けられていない白いカップを手に取った。
「ではこちらへどうぞ。お茶を淹れますので」
「……いや、私は……」
「ご主人様も、もうすぐお見えになります」
その言葉につられて、どうしてかツェッペリンは口をつぐみ、書類の散ったほうとは反対のソファーへ腰を下ろす。
「砂糖はどう致しましょう」
「……ふたつ」
「かしこまりました」
時間もたたないうちに、彼女の前へ同じように湯気を立たせるカップが差し出された。その白い取っ手へと指を通し、中にある液体を口の中へと注ぎ込むと、少し苦い、けれど不快感の無い芳ばしい香りが鼻へと抜けてゆく。
息を吐くと、ツェッペリンは自らの中に少しの快楽が産まれているのを感じた。
「……美味いな」
「ありがとうございます」
深く頭を下げる彼女に、いつもの彼女の影が重なった。
エディンバラ級の二番艦、ベルファスト。初期のころからこの艦隊に配属されていて、幾多の戦火をくぐり抜けたことを、ツェッペリンは知っている。また、常に指揮官の側に寄り添い、その力になっていることも、そのつながりが長い時間によって作られていることも、ツェッペリンには何となく理解できた。
そんな普段の彼女を脳裏に思い描きながら、ふと彼女は口にする。
「ベルファスト、よ」
「はい」
「我にはお前が、自ら望んで卿へ……指揮官へ仕えているように見える」
「その通りでございます。ツェッペリン様の目に間違いはございません」
その答えに、やはりツェッペリンは理解をすることができなかった。
「と言う事は、貴艦は自ら望んで卿に束縛されているというのか?」
「束縛と私は思っていません。ご主人様に奉仕し、その力になること。それが私の真に務めることだと、そう思っています。ご主人様が幸せであり、笑顔でいてくれることが、私の幸せですから。そのために私は」
「……つまり、貴艦は卿に奉仕することで、自らの欲を満たし、快楽を得ていると」
「見るようによっては、そうなのかもしれませんね」
躊躇いの無い突飛なツェッペリンの物言いに、ベルファストは思わず小さく笑みをこぼした。
「貴艦は欲に正直なのだな」
「ええ」
にっこり、とベルファストは笑い、
「羨ましい、ですか?」
そう問いかけた。
「…………否定はできない。しかし、肯定するには少し躊躇いがある」
「差し出がましかったでしょうか」
「そうではない。ただ……貴艦のような欲を持てたら、この我の疑問も晴れるのではないか、と思っただけだ」
「疑問、でございますか」
そうひとりでに頷いて、ベルファストがツェッペリンの左にあるソファーへ腰を下ろす。考え込むような彼女の横顔を、少しだけほほえましそうに眺めながら、またベルファストはその薄い唇を開いた。
「私のような者で良ければ、お聞きします」
「……少し、待ってほしい」
「はい」
眉間に手を当てながら、そう呟く。紅い瞳を閉じて、うんうんと悩む彼女は、どうしようもなく人間らしく、ベルファストの瞳に映っていた。
やがて。
「我はこの内に、欲を内包している」
「左様でございますか」
「この欲に従い、我は此処へ辿り着いた。意志ではない。しかしまだ、我の中には得体の知れない欲が残っているように思う」
「そうなのでしょう。今のツェッペリン様は非常に苦悩されているように見えます」
「……今の我の内にある欲を満たすには、どうすればよい?」
縋るような声であった。それこそベルファスト自身が手を差し伸べたくなるほどに弱々しく、いつもの彼女からは感じられないほどに細々としたものだった。
けれど。
「申し訳ありません、私ではツェッペリン様の力には……到底、及びません」
「だろうな」
「……正しくは、私ではあなたの欲求を満たすことはできません」
続けられた言葉に、ツェッペリンが目を向ける。
「……やはり、貴艦が羨ましく思う」
「そうでしょうか」
「艦船である身ながら自らの欲を十分に理解し、それを果たすことが出来る。果てには他人の欲求をも受け止め、それを理解することができる。それはとても、人間らしい」
「いいえ、それは違います」
強く否定されたツェッペリンが、首を傾げる。
「今のツェッペリン様の方が、よほど人間らしい。自らの欲求が理解できず、それに苦悩する様なんて……羨ましいほどに、人間のように見えます」
そう語るベルファストの瞳には、少しだけ羨望の色が灯っていたように感じた。
「……申し訳ありません、言葉を選ぶ余裕もなく」
「いや、いい。けれどお前のことが、少し理解できたと思う」
「……じき、ご主人様がお見えになります。そうすれば、あなたの苦悩も晴れるでしょう」
そこでどうして彼の名前が出てくるのか、ツェッペリンには理解できなかったが、しかしどこか安心する感覚を覚えていたので追究するのはやめておいた。内にある何かは、どうやらそれを望んでいたらしかった。
浮かぶ疑問を晴らすように、ツェッペリンは先程と同じように散らばった書類のひとつをひろいあげる。
「……計画艦、か」
「ツェッペリン様はどう思いますか?」
答えには、しばらくの時間がかかった。
「……非常に、脆い存在だろう」
「というと」
「我らの本質は、かつての存在そのものだ。それに依存することによって我々はこうして今、確たる存在を得られる。こうして貴艦と話すのも、海の上で戦うことが出来るのも、全てそのかつての存在があったからこそ」
しかし、と再び紅い瞳が、無機質な数値を見下ろす。
「これらの本質は、人々の思想だけだ。それによって生み出された存在というのは、非常に脆くなるのだろう。もしかするとこれは我々のような存在とはまた違ったものになるかもしれないし、我々の常識を逸した存在にもなり得る」
「……確かに、ツェッペリン様の言う通りですね」
「まあ、実際に見てみなければ話しにはならんが。少なくとも、我々とはまた違う存在というのは確かだろう」
Neptune、と記されたその名前に、ツェッペリンはふん、と強く息を吐いた。
「それよりも、卿はまだか?」
「少々お待ちください、もうすぐお見えに――」
そうベルファストが言葉を続けようとしたとき、またドアの軋む音が鳴る。
果たしてその向こうに姿を現したのは、ひとりの若い青年であった。
「悪いな、ベルファスト。少し備品の廃棄に手間がかかって……」
何やら急いでいるらしく、身を包む深い緑の軍服は着崩されており、目にかかるくらいの黒い髪を掻きながら、そんな言葉を投げかける。そうして手に持った書類から目を離そうとして、彼はこちらを覗く紅い瞳とぶつかった。
「…………ツェッペリン、か?」
「ああ」
「……なんでいんの?」
「卿を待っていた」
俺、と自らを指で示す指揮官に、ツェッペリンがこくり、と頷く。
「どっか悪いところでもあるか?」
「いや」
「じゃあ何だ、新しい装備の申請とかか」
「そうでもない」
「……どうした? 何かあったのか」
「何か、と言う訳では無いが」
少しの沈黙を置いて、薄い唇から紡がれる。
「卿と共に居たいと、そう思っただけだ」
そう口にして、ツェッペリンは自らの中にある欲求のことを、初めて理解できたような気がした。フィーゼと話した時に感じたあの感覚も、欲求に従って辿り着いたこの場所の意味も、全て自らの内にある感情とすることができた。
これが、
次々と湧き上がる疑問に、ツェッペリンが再び口をつぐむ。
「……ベルファスト?」
「私からは何も。ただ、ツェッペリン様がご主人様を求めてきたのは本当のことでございます」
「うーむ……その、アレだな。こんな美人さんにそう言われると、ちょっと勘違いしちゃうよな」
遠慮がちな笑みを浮かべながら、指揮官がツェッペリンの対面へと腰を下ろす。それを見てベルファストは静かに立ち上がり、座る彼の斜め後ろへと寄り添った。
「……また、フィーゼと話してたのか?」
「ああ。内にある欲求を達成するには、どうすればいいか、と」
「なるほどねえ」
「我の欲求は分からなかった。だから、その欲求に愚直に従って……ここへ、辿り着いた。けれどそれだけでは満たされなかった。そうして、卿と相見えることで初めてそれは果たされた」
「はあ…………」
散らばる書類を一つ一つ集めながら、指揮官は生の返事で答える。
「しかし……まだ、満たされていないのだと、思う」
「まだ?」
「卿と出会ったことで、また別の欲求が我の内に産まれたのだ。それも、先のような一つのものではなく、より多くのものが……」
「いいよ、ゆっくりで。落ち着いて話してくれれば、聞くから」
内側から湧き上がるその奔流に、ツェッペリンは導かれるようにして口を開き――
「アイス」
「…………ん?」
ぽつりとつぶやいた言葉に、指揮官が思わず首を傾げる。
「アイスクリームが、食べたい」
「……ツェッペリン」
「二段重ねだ。上がイチゴで下がバニラ……いや、チョコミント……なるほど、そういった可能性も……」
「ツェッペリン?」
「無論コーンで頼む。しかし……そうだな。もしかすると三段重ねになるかもしれない」
「ツェッペリン? おい! ツェッペリン!」
「チョコミント……あれは素晴らしいものなのだ。ああ、なんて甘美な……しかし悲しいかな、甘美なものは生き永らえぬ……永遠に生きるということは、ただただ冷たい……いや、アイスも冷たい……つまりアイスクリームというのは甘美でありながら永遠の快楽をもたらしてくれる、この世界におけるただひとつの……光……」
「ツェッペリン! 戻ってこい! おいッ! ツェッペリン! ツェッペリンっ!」
かくして。
□
購入を終えた食堂から少し、小さな堤防にて。
「非常に甘美だ」
「さいですか」
チョコミント、イチゴ、バニラの三段重ねスペシャルデラックス乗せ(トッピングのウエハース付き)のアイスクリームをぺろぺろと舐めながら、ツェッペリンはそう重々しく呟くその左隣では千と二〇〇円を朝から消費させられた指揮官が、眉間を強く抑えながら、未だに現実を受け入れられないでいた。
「何かと思ったら朝からアイス奢れと要求してくるとは……」
「ご主人様、本当に私も頂いて宜しかったのですか?」
「いいよ別に、あいつに比べたらカップアイス一個なんて優しいモンだよ」
小さなアイスを遠慮がちに両手で持つ彼女に、同じカップを手に持った指揮官が疲れたように笑い返す。その隣では既にチョコミントの半分を食べ終えたツェッペリンが、じっと指揮官のことを見つめていた。
「卿よ」
「……どうしたよ」
「それはオレンジか」
「んま、そうだけど」
「…………」
アイス三つにはあまりにも小さすぎるスプーンを手にとって、ツェッペリンが残ったチョコミントを掬い上げる。
「我のをやる。少し貰えるだろうか」
「いや、別にいいけど……」
「では」
「は?」
ぐい、と手に持ったチョミントを押し付けてくるツェッペリンに、指揮官が裏返った声を上げる。ふと向こうに座っているベルファストを覗いてみると、彼女には珍しい、少し意地悪そうな笑みを見せていた。
「ツェッペリン、お前それ」
「なんら、いらないのか……それとも、チョコミントは苦手か」
「いや、どっちかってっと好きな部類だけど」
「それならなぜ拒む? それか、私のようなものからモノを送られるのは嫌いか?」
「いや、そんな事無いけど……」
どうしたものか、と額を抑えながらため息を吐いて、やがて指揮官が差し出されたスプーンを口にする。
「どうだ?」
「……ん、美味い」
「そうだろう。やはり私の目に狂いはなかったな」
正直この状況の全てが狂っているようにも思えたけれど、指揮官はそれを口にする事は無かった。こうして目を輝かせている彼女を見ると、狂っている、と口にするのは憚られた。
「うむ、では卿のも貰おう」
「そうだったな。それじゃあほら、適当に取って……」
「あー」
………………………………。
ぱく。
「美味いな」
「よかったね」
もう何も言う事ができなかった。ただ指揮官が覚えられたのは、めったに見ることのできない、ベルファストのお腹を抱えた姿であった。
「ベルファスト」
「何でこざいましょう」
「今日の事は忘れてくれ……」
「かしこまりました」
交わされる二人のやり取りに首を傾げながら、ツェッペリンはまた積まれたアイスへと食指を伸ばす。既にチョコミントの層は跡形もなくなっていて、プラスチックのスプーンには桃色のフレーバーがちょこんと乗っかっていた。
さざなみの音と共に、時間だけが過ぎてゆく。静かな時間は初めてではないけれど、こうして誰かと共に過ごしていくのは、ツェッペリンにとっては初めての感覚であった。
またアイスをすくって、口の中に運んでゆく。
「それじゃあ、もう時間だ。行ってくる」
「はい。お気をつけて」
ベルファストにそう言われてて立ち上がった指揮官を、ツェッペリンは食指を止めて不思議そうに見上げた。
「卿よ、何処へ行く?」
「午後から本部の方で会議があってな。俺もちょっと顔出さなきゃいけないんだ」
「なるほど」
語る指揮官の口調は、けれどどこか面倒そうに見えた。そんな彼へふと思い立ったようにして、ツェッペリンが口を開く。
「卿よ、我も着いていくことは可能か?」
「……今日のお前は、なんだかグイグイくるな」
見上げてくる彼女の頭をぽんぽん、と撫でながら、指揮官はそう呟いた。
「残念だが、ちょっとそれは叶えられない」
「何故だ? 我では卿を満足させられることはできない、ということか?」
「そう言う意味じゃなくて、あっちには艦船そのものを良く思っていないやつが多いんだ。お前だって嫌な思いをするだろうし、俺もそんなところにお前たちを連れて行きたくない」
どうしてかツェッペリンは、フィーゼの口にした言葉を思い出していた。
我々は人ではない。その差はどうしても埋めることはできず、またどちらからも歩み寄ることは能わない。それはツェッペリンにとっても十分理解できることで、けれど今この時だけは、それがどうしても疑問に思えた。
「だから、まあ」
何故、自分はこうも人間の形をしているのだろうか。
何故、我々には感情が存在しているのだろうか。
「ここで待っててくれると、嬉しい」
何故、彼はこうも人間ではない自分に、そんなに優しい声で語り掛けてくるのだろうか。
「じゃあ、そろそろ本当に行ってくる。帰りは日没くらいになるか?」
「承りました。では、本日は腕によりをかけるとしましょう」
「お、いいな。帰りが楽しみになるよ」
にっこり、と笑みを残して、指揮官はその場から去っていった。そこに残ったツェッペリンは再び手元のアイスを口にしながら、しかし瞳はどこかおぼろげな場所を眺めているように思えた。
そんな彼女へ気になったのか、既にアイスを食べ終えたベルファストが問いかける。
「まだ、一緒にいたかったのですか?」
口に運ぼうとしたスプーンを止めて、ツェッペリンは躊躇う事も無く首を縦に振った。
「まだ……まだ、卿と同じ時を過ごしたかった。こうして卿と離れることは、少し寂しく思う。我の内にある欲は満たされない」
内側に生まれた空白に、彼女はそう語る。うつむいたままの彼女の表情は、まるで患うような女性のそのものに見えて、それを眺めていたベルファストは微かな微笑みを浮かべていた。
「やはり、あなたは人間に似ていますね」
「……こうして、苦しむことが、か?」
「ええ。たとえ今のようにご主人様がどこかへ発ったとしても、あの人が待て、とおっしゃるのなら、私はいつまでも待つのでしょう。しかし、ツェッペリン様はご主人様と共に在ろうとした。そして、ご主人様が居なくなることを寂しく思った。それだけでも、十分ではありませんか?」
そう語るベルファストの瞳には、やはりどこか羨望の色が灯っていた。
「……我々は、人間ではない」
「ええ」
「だが……もし望むのなら、我々も卿と同じ様な……それこそ、人間のように在り、もっと同じ時と卿と過ごすことは、できるのだろうか?」
曖昧な問いかけに、けれどベルファストは確たる声で、
「ツェッペリン様が、それを心から望むのなら」
□
「という訳だ」
「ふむ」
語るツェッペリンに、チョコチップの含まれたアイスをぺろぺろと舐めながら、フィーゼは小さく答えた。
「非常に興味深い。ということは、グラーフ。あなたは指揮官のことを心から望んでいた、ということになるのか」
「そうなのだろうな。卿が居ると、心が安らぐ。出来ることなら、卿と共に在り続けたいと、この身ながらそう思っている」
自嘲めいた笑みを浮かべながら、グラーフは少しだけ溶けたチョコミントをスプーンで掬う。口の中に広がるのは透き通るように爽快な甘みと、あの時と同じ様な満足感であった。
そんな目を閉じながら甘味を味わっているツェッペリンに、ふとフィーゼが思い出したように口を開く。
「時にグラーフ、この艦隊にはケッコン、というものがある」
「そうだな、我も知っている。一種の制限解除のようなものだろう?」
「然り。しかしながら、我々のような艦船と、人間とでは少し認識が違う」
ふむ、と顎に手を当てながら、ツェッペリンがフィーゼの言葉へと耳を傾ける。
「人間の言う結婚とは、愛するその人と、これからも同じ時を添い遂げる宣言だと」
…………。
「アイス?」
「愛する、だ」
「愛する、か」
「……否、この場合には双方の同意が必要であるから、愛し合う、の方が適切である」
「ふむ……」
つまり。
「フィーゼよ、貴艦には我が卿を愛しているように見えると?」
「然り。知識的に間違いではないと、そう思っている」
まっすぐとした視線に、ツェッペリンは未だに疑問を浮かべていた。
愛がどういうものか、というのは知識的に知っている。それが艦船にとってはどうしようもなく無為なものであり、また人にとってはそれを構成する重要な一つであることも。
しかし、この自らの内にある欲求は、本当に愛と呼べるのだろうか。心に浮かんだ彼と共に在りたい、というのは、愛するという感情と同じなのだろうか。
分からない。ツェッペリンという存在は、やはりまだ人間に遠いのだろう。
けれど。
「愛し合う、か」
共に在り続けられるのなら。同じ時を、過ごせるのなら。
「それも、悪くない」
アイスクリームの甘さを感じながら、グラーフ・ツェッペリンはそう言い切った。
□
一ヵ月も更新空けるとかこいつやる気ないな?
何かって言うと普通にオリジナルのSS書いてたんで許してください。ってかよければそっちも見てくれ どっちかというとそっちが本職なんだ
けどオリジナルの方もそろそろ落ち着きそうなので、アズレンの更新ももう少し早くなりそうです。七月後半からまた以前くらいのペースで上げれるかもしれません。
次回は今月中に上げれたらいいな……