アハーンジュルジュルレロレロレーン   作:宇宮 祐樹

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濃いの()
ああ濃いの()
濃いの()

もう()ないから
動くのやめて

     ――南中江路定(0721〜1919)


は?ドイッチュラントなんてメスガキに指揮官の俺が負けるはずないが?むしろ自分の立場をこれから理解らせてやるつもりだが?負けんが?

 

 夜の十時を、少し過ぎたころ。

 

「ちょっと下等生物!? まだ起きてるわよね!?」

 

 突如として蹴り破られた扉の向こうからは、そんな声が響いてきた。

 

「……ドイッチュラント?」

「あら、どうしたの? そんな顔をして」

「扉を蹴るなと何度も言ってるだろ。壊れたらどうするんだ」

「なによその言いぐさは。この私がせっかく出向いてやったと言うのに」

 

 反省するような気も見せず、けれど彼女――ドイッチュラントは、開いた扉をわざわざ後ろ手で閉めてくれた。

 

「それで、何の用だ。明日の編成内容とかはもう伝えたはずだが……」

「どうしたも何も、見れば分かるでしょ?」

 

 そう言われて、改めてドイッチュラントの装いへと目を向ける。

 鋭く光る青い双眸に、少しだけ水気を帯びた、腰あたりまで伸びる黒髪。身に纏っているのは黒いロングのネグリジェであり、いつもの黒いコートとは一変して、彼女の意外にも丸みを帯びた体の線を、くっきりと露わにしていた。

 少し紅くなった首元へと手を添えながら、ドイッチュラントが黒髪を靡かせる。

 

「……湯冷めするぞ?」

「そんな心配をしてほしいんじゃないの」

「では……いつもの椅子か? こんな時間だから、明日の朝にしてほしいところだが……」

「どうしてあなたはそう慣れてるのよ」

 

 どうしても何も、彼女とこうして長い時間を過ごせば、自然と身体に身に着くと思うが。

 そんな俺の考えもやむなく、ドイッチュラントはいくらか不機嫌になってしまった。

 

「髪よ」

「……髪?」

「分からないかしら? この私の髪を梳かしなさい、と言っているのよ」

 

 どこからか取り出した櫛を振って言う彼女に、ああそうか、と妙な納得を覚えていた。

 確かにドイッチュラントの髪は、かなり長い部類である。それを手入れするのにはかなりの時間がかかるだろうし、ドイッチュラントという艦船の性格なら、それを他人に任せるのも何らおかしなことではなかった。

 

「わざわざそんな事のために?」

「そうよ、ありがたく思いなさい。この私の髪へ櫛を通せることにね」

 

 手の内で櫛を遊ばせながら、ドイッチュラントがソファーへと腰を下ろす。

 ペンを置いたまま俺もその隣へ寄り添うと、存外に細い指から櫛が手渡された。

 

「俺でいいのか?」

「何? 嬉しくないの?」

「そういうわけでは、ない。こうして触れ合えるのは嬉しく思うが……あまり、俺はこういう事に慣れていない。不快に思うだろう」

「頼んだ相手に文句を言うほど、私も落ちこぼれてないわ。まして、貴方にはね」

 

 髪をふさりと揺らしながら、ドイッチュラントがそう呟く。

 石鹸の甘い香りが伝わってきた。

 

「……じゃあ、行くぞ」

「早くなさい」

 

 黒く、けれど細い髪が、指と指の間を通る。

 そこへ櫛をあてがうと、さらさらとした軽い音が、何度も執務室へと響き始めた。

 

「頼んできたということは、いつも誰かにやって貰ってるのか?」

「いいえ、全然。むしろ、他人に髪なんか触らせたことないわ」

「……緊張してくるな、それは」

「ふふ、優しくしなさいよ? なにせ、あなたが初めてのひとなんだから」

「善処しよう」

 

 口元を緩く吊り上げるドイッチュラントが、目に浮かぶようだった。

 

「しかし、少し意外だった」

「何が?」

「君が、こうして体に気を使うこと……それと、それを俺に頼むことが」

 

 含みの無い、本心からの言葉であった。

 艦船にとっての身だしなみや盛装というのは、人間のそれ以上に嗜好品の色が強い。言ってしまえば彼女らは装備とその身一つあれば戦えるような存在であり、極論を言ってしまえば裸のままでもいくらかの戦闘は行えるのだ。

 けれどそのような事は勿論なく、むしろ彼女らの装いは普通の人々のそれよりも多彩な傾向にある。それが兵器である彼女らに残された最後の人間性なのか、それとも彼女らの方から人間に近寄っているのかも分からなかったが、少なくともそうしている彼女らは、とても人間らしく、また少女らしくもあった。

 その中でもドイッチュラントという艦船は、そういったものにはあまり興味を示さないような艦船であった。

 

「失礼な奴ね。でもまあ、否定はしないであげるわ」

「というと?」

「妹がね、最近可愛くなってきたから」

 

 その言葉に、ああ、と彼女の姿を思い出す。

 

「シュペーか」

「あいつ、この前までそんなこと気遣わなかったのに、急に女らしくなったのよ」

「……羨ましい?」

「まさか。むしろ、嬉しく思うわ」

 

 そう言われて、確かにそうだな、と首を縦に振る。

 ドイッチュラントの姉妹艦――アドミラル・グラーフ・シュペーがこの母港へと着任したのは、つい半年前のことであった。彼女はどちらかと言えば内気な性格であるから、馴染むのにも時間が要るかと思ったが、ここ最近は交友関係も良好であり、たびたび仲間と共に外出許可を求めてくるくらいにはなっている。

 そうして変わった彼女のことを、ドイッチュラントは嬉しいと言い切った。

 

「あんなに楽しそうにしているシュペーは初めて見たから。今までのどれよりも、あの子は幸せそうで……それで、いいのよ」

「……君は」

「鉄血のことも、あの大戦のことも、忘れてしまえばいい。あの子が、あの子のままで……皆と一緒に居られるのなら、それはとても素晴らしいことだわ」

 

 そう語る彼女の声色は、今までに聴いたことのない、とても優しいものだった。それこそ今の彼女が艦船ではなく、ただの少女と見間違えるほどに、その後ろ姿は儚げに映っていた。

 

「……手が止まってるわよ」

「ああ、すまない。少し……」

 

 驚いてしまったから。

 そう口にするのは、どうしても憚られた。

 

「……とにかく、妹がそれだと姉の私もそれなりに身だしなみを整えないといけないのよ。そうじゃないと、妹だけ着飾ってるなんて、みたいな事をあの子が言われかねないもの」

「優しいんだな」

「まさか、迷惑してるだけ。だからこうしてあなたを使ってあげてるのよ」

「ありがとう……で、いいのか?」

「ふふ、いい子ね。それでいいのよ」

 

 弄ぶように、彼女がそう告げる。

 その本心は分からなかったけど、どうしてか彼女が笑っているのだけは、理解できた。

 

「……ねえ、下等生物」

「何だ」

「あなたは、あの子のことをどう思ってるの?」

 

 そんなドイッチュラントの言葉に、ふむ、と首を傾げてしまう。

 

「……良い方向に傾いた、と思っている」

「どうして?」

「それは……仲間に囲まれている彼女が、笑顔だったから。闘うことだけじゃなくて、人間らしい、少女としての生き方を見つけられたというのは……とても、嬉しく思う」

 

 それは、艦船としての在り方とはまた遠いものになるのだろう。人間と同じ形をして、人間と同じ様な生き方をしているけれど、中身は全くの別物である、そんな存在。それはもしかすると我々が忌み嫌うものであり、また我々の脅威になり得るものであるかもしれない。

 けれど、どうしてか彼女のことを嫌う事はできなかった。

 彼女だけではない、皆を嫌い、僻み、恐れることなど、決してなかった。 

 

「……変な人間よ、あなたは」

「君と同じことを言っただけだ」

「私はあなたとは違う。個人と言う処でも、在り方という処でも」

 

 この立場にあるのなら、それは理解している。

 共に生きることすらも能わない、遠く離れた存在だと言うことも、充分に。

 

「でも……そうね。あなたのような人間で良かった、とも思えるわ」

「それは、どういう?」

「他の人間だったら、あなたのような考えではなかったかもしれない。私たちのような艦船が人間らしく生きることを許さないし、ただ闘いに生きることだけを強要してきたのかも」

 

 否定をすることはできなかった。

 確かに人間の中には、そう言った思想を持つ派閥も居ないとは言えない。むしろそう言った風潮が多い中で、俺のような人間はどちらかと言えば、変な人間だと捉えられるのだろう。

 けれど、彼女らと共に過ごす中で、そう言った考えを持つことは一切なかった。

 

「私は……私たちは、どうしてこの体で産まれたのかしら」

 

 白い手を天井へ掲げながら、ドイッチュラントがぽつりと呟く。

 

「私たちは闘えされすればいい。感情も、感覚も要らない――それこそ、私たちの基になった艦船として産まれればよかった。そうすれば、あいつらみたいな下賤な考えを持つ者も、あなたのような異端者も、生まれてこなかったでしょうに」

「それは……」

 

 確かに、そうなのだろう。強く言い返すことはできない。

 現に誰かは彼女らに怯え、また誰かは彼女らを畏れているのだから。

 

「……ねえ、下等――いえ、指揮官」

「何、を」

 

 続けられるであろう言葉に、どうしてか怯えてしまっていて。

 

「私たちのような存在は……この感情は、消えてしまった方がいいのかしら」

 

 いつの間にか、櫛を通す手が止まっていた。

 

「そんな事は、決してない」

「……そうなの?」

「少なくとも、俺はそう思っている。君達が消えることは、とても悲しく思う」

 

 それこそ、二度と立ち上がれないくらいに。恋い焦がれていると言っても過言ではない。

 それほどまでに、彼女たちを失う事を、俺は恐れていた。

 

「じゃあ、もし私たちが本当の船になるとしたら?」

「誰にもそうはさせない。命に代えても、君達の今の在り方を守ろう」

「例え話よ、例え話。でもまあ、今の言葉は受け取ってあげる」

 

 こちらへ顔を向けることも無く、ドイッチュラントがそう促した。

 感情も感覚も、言葉も愛情も何もない、鉄の艦船。今ここに生きている彼女がそうなるとしたら、俺は我儘に悲しむのだろう。他にある多くの人間とは違っても、彼女らの持っていた人間らしさが失われるのを、酷く嘆くのだろう。

 けれど、それが彼女たちの本来の在り方ならば。もしかしたら、それを望む者も居るのかもしれない。そうして闘うことに生きる道を見出す者だって、否定することはできない。

 それなら。

 

「たとえ君達が鉄の塊となったとしても、俺は君達と生きることを択ぶ」

 

 どれだけの悲しみが襲い掛かろうと、それだけは確かに言えた。

 ふわり、と黒い髪が揺れる。さらさらとした流れるような長い髪は、その向こうに彼女の笑顔を映し出していて、細められた青い瞳は、まっすぐとこちらを見通していた。

 

「本当に、馬鹿な男ね。そこまでして、私たちを愉しみたいのかしら」

「そうでなければ、今のように君の髪へ櫛を通すことも、君の笑顔も見られなくなるから」

 

 黒い櫛を手渡しながら、そう告げる。

 受け取ったドイッチュラントは、けれどそれを机の上に放り投げた後に、ぽすり、と軽い音を立てながら、俺の膝の上へと体を預けてきた。

 

「……もう髪は終わっただろ?」

「座椅子よ、座椅子。じっとしてて疲れたの。私のために膝を差し出しなさい」

 

 断ることは、ない。

 下から覗く彼女と目を合わせると、その唇が微かに動いた。

 

「私は、良かったと思っているわ」

 

 白い手が、頬を伝う。

 その指はとても、暖かかく感じた。

 

「妹の知らない一面を見れた。人間のような在り方の素晴らしさを、理解できた。闘いの中ではない、平穏の中での生き方を見つけられた……それが、とても嬉しかったから」

「……そう、か」

「それに、この体じゃないと、こうしてあなたを椅子として使えないでしょう?」

 

 にやり、とぎらついた刃を覗かせながら、ドイッチュラントが笑う。

 

「こんなに心地いい椅子は、あなたが初めてよ。誰にも渡したくないくらいには」

「それは……喜んでいいのだろうか?」

「ええ、喜びなさい。私がこの体でいられること。そして……あなたと離れたくないと思うこと。それが、今ここに居る私の在り方なのだから」

 

 傍から見れば、無様なのだろう。傲慢とも取れる彼女を受け入れて、何も言わずに付き従うことを、良しとしない人間も否定はできない。

 けれど、それが彼女の在り方であるならば、それも悪くないと、確かに言えた。

 

■ 

 




更新が空いたけどその分長いというわけではないです ごめん
ちなみに一周年記念の衣装はサウスダコタでした。うわシコって思って着せ替えようと思ったらその時点での戦果ポイントが1200しかありませんでした。ちなみにこれ俺がアズールレーンを今年の始めにDLしてから今に至るまでの合計のポイント
次回はもしかしたら男装兄貴姉貴かもしれません 男装兄貴姉貴ってなんだよ
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