ポートランド
クリーブランド
ソープランド
Q.E.D.
□
「クリーブランドちゃん?」
手に持った大きなカメラをいじりながら、グリッドレイは俺の質問に答えてくれた。
「確か、さっきロングアイランドちゃんと一緒に居たような?」
「そうか、ありがとう」
「いいよいいよ。それにしても指揮官、クリーブランドちゃんに用ってどうしたのさ」
用、と言う程のものなのだろうか。それは彼女の受け取り方次第だと思う。
別にこれが終わった後で艦隊の士気や運営が変わる訳でもなければ、俺や彼女自身の位置が変わる訳でもない。ただ、俺と彼女の関係の話で、それを一言で表すのは難しかった。
なんて言葉を濁していると、グリッドレイは何かを察したのか、少しだけ意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「あー、なるほどね。うんうん、それならあんまり聞かない方がいいかな?」
「そうしてくれると助かる」
いかんせん疎いものなので、どう話していいのか困っているところだった。正直に答えると、グリッドレイは呆れたように、けれど少し同情の籠ったように笑った。
「私にもあんまり分かんないなぁ……今は別にそう言った気持ちもないし」
「そういうものか」
「そ。それに今、私はサラトガちゃんの追っかけで忙しいから! じゃあ指揮官、頑張って!」
励ましの言葉を残して、彼女は愛用のカメラと共に去っていく。
その小さな背中を見て、ふと少しの疑問が湧き上がるのを感じた。
誰かを好きになる、というのは良く分からない。生まれてこの方恋愛もしたことがないし、彼女のように誰かに情熱を注いだこともない。自分がそうなるという想像すらも出来なかった。
だから、これがその気持ちなのかも分からない。もしかしたら違うものなのかもしれないし、それこそ彼女への押し付けなのかもしれない。少しだけ怖く思う。
けれど、これだけは伝えなくてはならない。
そう、強く感じた。
□
古ぼけた扉をこんこん、と叩くと、その向こうから足音が聞こえてくる。
「はーい、誰ですかー?」
「俺だ」
「は……うぇ、しきかん!?」
返ってきたのは、とても驚いた様子のロングアイランドの声だった。
「ど、どうしたのさー、こんなところに」
「いや、クリーブランドに用があって来たんだが……」
「クリーブランド!? ちょ、ちょっと待っててっ」
ロングアイランドの声にそう返すと、今度は忙しない足音が去っていく。今はいけない時間だったのだろうか、と首を傾げていると、遠くからドア越しでも分かるような騒々しい会話が聞こえてきた。
「たいへんたいへん! 指揮官がクリーブランド探してるって!」
「なにっ!? なぜこのタイミングで……!?」
「と、とにかくあのまま隠しとくです。あの人、ヘッドホン勢ですから今は会話不可能です」
「そそっ、そそそそうだね! よし、何とか追っ払ってみるよ!」
「待て! 今のお前じゃ危険だ、私もついていく」
「綾波もご一緒するです!」
扉越しだからあまり聞こえなかったが、どうやらロングアイランドの部屋には綾波と夕張がいるらしい。彼女らはもともと仲が良く、食事の際にゲームの話題に華を咲かせたり、出撃も一緒にすることが多いため、それはあまり不思議ではなかった。
いくらか時間をかけたのち、再び扉が開かれる。想像どおり姿を現したのは、夕張と綾波であった。
「どうしたんだご主人、クリーブランドなんかいないぞ」
「そうです。こんなところにあの人がいるわけない、です」
やけに迫ってくる彼女たちの後ろで、ロングアイランドがどうしてか後ろの方を隠すように立っているのが見えた。そわそわと覚束ない様子であるあたり、何か隠しているようだった。
明らかに怪しい。というか、どうして三人は一気に出てきたのだろうか。
「……本当か?」
「本当だ。ここにクリーブランドなんていない」
「そもそもあの人がゲームなんてするはずないじゃないですか」
「それもそう……か?」
確かに彼女はインドアよりもアウトドア派のイメージがある。始めにロングアイランドと一緒に居る、とグリッドレイから聞いた時も、少し耳を疑ったくらいだ。
やはり、本当にここに彼女はいないのだろうか。
「……そうか、疑ってすまなかった。それなら、彼女が今どこにいるか知らないか?」
「え? あ、えーと……綾波?」
「み、見てないです。でも、見かけたら一応声はかけてお」
「うわーッ! くっそなんだこいつ!? そんなんありかよー!」
「…………」
「…………」
「…………今の声ってクリ」
「よーっし! やっとくたばったな! っはは、私も成長したな~」
…………。
「クリーブランドおるやろ」
「あれ録音です」
「何で録音してるんだよ」
「毎週の楽しみなんだ。クリーブランド姉貴観覧会」
「憲兵に引き渡すぞ」
とにもかくにも、ここに彼女がいることは明らかだった。けれど手前の二人に退く意志は無いらしく、厳しい言い訳をしたまま俺を奥へ通そうとすることを許さない。
だが、こちらとて引くに引けない状況なのだ。今でないと、彼女に渡す事はできない。
「退けッ貴様ら! 俺は彼女に会わなくちゃいけないんだ!」
「だったらなおさら駄目、です! 頼むから引き返してほしいです!」
「ここまで来て帰れるか! 絶対彼女に会ってやるからな!」
「いや帰ってくれ! 頼む! 悪いことは言わないから!」
「そうだよぉー! また後でも良いでしょ!」
なんて、後ろにいたロングアイランドも含めてわちゃわちゃすることしばらく。
どうにかして彼女たちを押しのけて、さっきまでロングアイランドが前に立っていたドアへ手をかける。彼女の声が聞こえてきたのも、この先からだった。
今彼女に伝えなければ、間に合わない。きっと、これを逃してしまえば、俺は一生後悔することになるだろう。それだけは、なぜか絶対に嫌だと思えた。
「クリーブランド!」
がちゃ、と扉を開けると、そこには。
「あー? なんだ? まだゲームの時間終わって――」
無茶苦茶にダラけているクリーブランドが居た。
帰投してから何も弄っていないのだろう、ぼさぼさになった金髪をそのままに、身に着けているのは白いシャツ一枚。座っている足元にはいつもの制服が転がっており、ぽかんと空いた口には棒付きのアメが覗いていた。
真っ暗な部屋の中、明かりはディスプレイについたゲームの画面のみ。周囲にはゲームのカセットだったりスナック菓子の袋だったりが転がっていて、その中心の彼女は、黙ったまま俺の事を見上げていた。
「…………」
「…………」
いつものクリーブランドは、頼りになる存在だった。
ここに着任したときから持ち前の明るい性格で艦隊のみんなを元気にしてくれて、辛いときがあったら真摯になって俺の悩みを聴いてくれる時もあった。
いつしか彼女とはそれなり長い付き合いになり、俺の中でも彼女のイメージというのが固まっていた。だから、彼女のこんな姿を見て俺は固まってしまったのだろう。こんな休日のおっさんみたいな姿は、普段のクリーブランドとはかけ離れていたから。
だから。
「…………」
「…………」
彼女の瞳に、色が戻る。
そして、その薄い唇が開き――
「…………うぇ、っ」
「あっ」
気が付けばぽろぽろと、クリーブランドの瞳から大粒の涙があふれていた。
「し、きかん……見ないで……み、ないで……っ……!」
「お、落ち着け! 大丈夫! 何も見てないから!」
「ちがっ、違、う……違うんだ……ち、がうんだからぁ……!」
「そうだよな! 違うもんな! 悪かった!」
「うっ……ぐ、ずっ……うあぁぁ……うえええぇぇぇ……」
そのままギャンギャン泣いてしまったクリーブランドにどうしていいか慌てていると、ふと後ろから突き刺さるような視線を感じた。
「だから後にしろ、っていったです」
「誰にだって見られたくない所はあるのに……」
「しきかん、さいてー」
ぐうの音も出ない。早く彼女に会いたいがために、急ぎ過ぎてしまった。
「ゔああぁぁぁぁん……う、っ、あぁぁああぁっぁぁぁぁ……」
「とにかく、指揮官は出てくです」
「い、いや……しかし……」
「このまま残っても何もできないだろ」
「指揮官、全然乙女の心が分かってないのー」
「くっ……」
泣きじゃくったままのクリーブランドから引き剥がされ、冷たい視線を受けながら部屋を追い出される。勢いよく閉じた扉の向こうからは、クリーブランドを慰める声が聞こえてきた。
自分を許せなかった。ここまで彼女を悲しませてしまう自分が、酷く醜いものに見えた。彼女のことを分かっていたように思ったままの俺は、とても愚鈍で救いようのない馬鹿だった。
そんな俺が、何を彼女に伝えられるというのか。そして、伝えたところでどうなるというのか。全てが無駄に思えて、あれだけ張りつめていた緊張が、とても空しいものに感じられた。
結局のところ。
俺は彼女のことを何も分かっていなかったのだ。
□
「……指揮官、入るぞ」
なんて沈んだ声と共に、クリーブランドが執務室へ入ってくる。表情は重く、いつもの彼女はどこかへ行ってしまっているようだった。それでも、ちゃんと呼びかけに応じてくれるあたり、彼女の性格の良さが見て取れた。
「ああ、ありがとう」
「それで、用って何なんだ?」
「……その」
何というか。今切り出すにはいささか難しい内容であった。
「なあ、クリーブランド」
「何だ?」
「俺はお前に失望なんかしてないし、見る目を変えようだなんて思っていない。寧ろ、お前の知らなかった一面を見れて……なんだ。嬉しい、と思う自分がいる」
一言一句、本心からの言葉であった。あれくらいで接し方を変えるほど彼女との付き合いは短くないし、それこそ、彼女のことをもっと知りたいとまで思うほどだった。
途切れ途切れのそんな言葉に、彼女は目を見開いたままだった。
「お前とは長い付き合いだったよな」
「……そうだね。気づいたら、こんなに」
季節をいくら跨いだろうか。それすらも曖昧だった。
「けれど、俺はお前のことを何も分かっていなかった。だから、あんなに悲しい思いをさせてしまった」
「いや、違うんだ。私もその、隠している、って部分も、あったし……」
「……それでももう二度と、お前にああやって涙を流してほしくない」
理由はどうであれ、俺は彼女を泣かせてしまった。それは許されないことなのだろう。
そして、それをもう二度と繰り返してはいけないと、そう思う。
「そのために、お前のことをもっと知る必要がある」
「……指揮官?」
「だから……そうだな」
懐に仕舞っておいた四角い箱を、机の上へ。
「そのために、もっとお前の側に居たい、というのは……いささか口下手が過ぎるか」
それでも俺が彼女に伝えられる、精一杯の言葉だった。
「もっとお前の事が知りたい。いろいろなお前が見たい。そう、思っている」
傲慢なのは分かっている。子供のような我儘だし、それを認められるとも思っていない。こんな話を切り出して失望されるのも厭わないし、彼女から嫌われることなんて、覚悟の上だ。
けれど、それ以外に俺ができることは無いように思えた。
「……私で、いいのか?」
やがて帰ってきたのは、そんな震えた声だった。
「違う。お前がいいんだ」
「でも……私、あんな恰好で……指揮官に見られて……」
「別にそれでもいいじゃないか、ゆっくり休めたか?」
「……うん」
「なら良かった。お前は頑張りすぎなんだ。もっと休んでいいんだぞ」
そう言葉かけると、彼女も恥ずかしそうに笑ってくれた。
やがて少しの間を置いて、クリーブランドがこちらへゆっくりと歩み寄る。その足取りに迷いは見られなくて、彼女の瞳には強い意志の色が覗いていた。
そうして、クリーブランドの細い指が机の上の箱へ伸びる。
「……開けていい?」
「ああ」
手に持った小さな箱を開けると、中から取り出したのは、小さな指輪であった。彼女は手の内で光るそれをじっくりと見た後に、左手をこちらに差し出しながら、笑顔を浮かべた。
「なあ」
「どうした?」
「指輪。付けてくれよ」
「いいだろう」
左手を取って、輝くそれを薬指へ。
「……どう? 似合うかな?」
「ああ。綺麗だ」
「……へへ」
そう言ってやると、クリーブランドは恥ずかしそうに頬を掻いた。
まだ彼女のことをよく知るのには、長い時間が必要らしかった。けれどそれで彼女が悲しまないでくれたら、俺はいつまでも彼女の側にいられるような気がした。
それくらいしか、俺にできることは無いように思えた。
「指揮官」
「……なんだ?」
「私、すごく嬉しいな」
どんな彼女でも受け入れよう。だから、彼女とずっと一緒にいられるように。
「そう言ってくれて良かった」
「……指揮官はどうなんだよ」
「無論、嬉しく思う」
「へへっ、そっか」
輝きを添えた彼女は、幸せそうに笑ってくれた。
□
割烹にこの作品についていろいろ書いておいたので宜しければご一読ください