それは古狩人の讚美歌   作:カチカチチーズ

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ゴースの遺子に叩き潰されたら書いていた……何が起きたのか分からない…………Oh!Majestic!!


それは古狩人の讚美歌:0

 

 

 

 

 

 ハンス・L・シャストルは何処にでもいるようなただの聖職者だ。

 せいぜい座学が他の者より出来る程度のそんな違いしかないような聖職者の一人でしかない。

 

 信心深いがその柱は揺らげば容易く折れてしまうようなモノ。シャストルはそれを自覚し、弱い己を嘆くことしか出来ない。

 だからこそシャストルはそんな己を変えたいと願う。

 

 

「シャストル、久しぶりじゃないか」

 

「おや?マリア……ええ、久しぶりですね」

 

 

 神父として教会で過ごす彼はその物腰の柔らかさもあり知人が多く、諍いの仲裁や人と人を繋げる役目を任されることが多々あった。そんな中でもとりわけ親しい友人が三人。

 その内の一人の名をマリア、マリア・カインハースト。

 

 

「任務の帰りですか?」

 

「ああ、今日も何とか生きて帰れたよ」

 

「無事なようで何よりですよ」

 

 

 女性にしては高身長で、百九十近い身長のシャストルと凡そ指幅二本分程の差しかなくその鋭い視線は彼女を生粋の女戦士であると語っている。

 生家は嘗て貴族であったようだがもはや没落し関係の無い話だろう。聖母と同名の彼女は教会の戦士として同僚や信者からも慕われている強かな女性。シャストルにとって幼き頃から共に過ごした家族の様な人であり、同時に愛おしい女性であった。

 

 

「暫く、彼らも見ませんでしたが同じ任務に?」

 

「そうなるな。吸血鬼たちの巣食ったある集落に赴いてね……」

 

「ああ、シャストル。久しぶりだね」

 

 

 もう一人の名をルドウイーク。シャストルやマリアと違い、三人目と同じ施設育ちの戦士。

 物静かなマリアや物腰柔らかなシャストルとはまた違った裏表があまりない好青年の印象を受ける教会の若き英雄とも呼べる男。

 

 

「ルドウイーク、変わらぬようで安心しましたよ」

 

「マリアやゲールマンがいるんだ、そうそう怪我なんてしないさ」

 

「私たちがいなければ誰よりも最初に死んでいそうだがな」

 

 

 だから二人にはとても感謝しているよ!そう、無邪気に笑うルドウイークにシャストルとマリアは微笑む。年齢で言えばシャストルとマリアより歳上である筈のルドウイークであるが、二人は高身長である為に無邪気に笑う彼はまるで弟の様に感じてしまうのはシャストルとマリアの二人だけの秘密。

 さて、三人目は……。

 

 

「マリア、ルドウイーク」

 

「ゲールマン。どうしたんだい?君は司祭殿に報告しに行くんじゃなかったかい?」

 

 

 精悍な顔立ちに厳しさを感じさせる戦士。名をゲールマン、ルドウイークと同じ施設に育ちルドウイークと双璧を成す教会の若き英雄。

 そんな彼はシャストルと立ち話をしている二人に厳しげな声音で声をかける。

 

 

「そうだ。その報告にお前たちも来てもらう」

 

「我々も?」

 

「何かあったのかい?」

 

 

 戦士ならぬシャストルにとって親しき彼ら三人の世界に足を踏み入れる事など出来ない。

 故にシャストルはマリアに断りを入れて大人しくその場を去ることしか許されていない。

 

 

「…………」

 

 

 一人静かに教会の廊下を歩いていくシャストルにとってこの時間ほど辛いものはない。

 戦士の才が無く、弱いシャストルにとって何より恐ろしい事は彼ら三人が自分の知らぬ内にこの世から去ること。想いを伝えられずに愛おしい彼女と別れる事など出来ず、親しき友との別れの挨拶を交わせぬ事こそ悲しく、嫌えども憧れる男に勝てぬまま別れる事は何より悔しい。

 故に彼は一人、己の弱さを悔いて歩む。

 

 

「…………」

 

 

 ハンス・L・シャストルは弱い人間だ。

 信心深い事しか取り柄のない憐れな人間なのだ。

 きっと、どれほどの年月を過ぎようとも彼は自分を弱く情けない男以外になれぬ。そう信じ続けている。

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 嗚呼、きっとあの時らしくなくも彼女を止めておけばよかったのだ。

 シャストルは血を吐きながら夢想する。

 ああ、身体が痛む。血が流れていく。

 

 

「ァア、アァ……」

 

 

 目前にいるのは異形へ変じようとしている親しき友。尋常ならざるその雰囲気とつい数分前の暴挙を目の当たりにしたシャストルは何も出来ない。無力でしかない。

 何故にこうなったのかをシャストルは血を流しながら思考する。

 

 

 

 

 

 

 

 そう、始まりは教会にまことしやかに囁かれ始めた噂だ。

 曰く「聖剣の担い手を人工的に創り出す」そんな不可能としか言いようのない噂。裏の事情、悪魔や天使、堕天使などの神話存在の実在を知っている神父や修道女に戦士らがいる教会故にそういう荒唐無稽な噂が広まっていたのだろう。

 神の加護を施されたという聖剣、その担い手を人工的に創るなど天然の聖剣使いたるルドウイークを知るシャストルには到底無理な話だと感じた。

 そもそもルドウイークの様な聖剣使いなど後世に現れるわけがない。彼が自らの師、導きの月光と呼ぶその神秘的な出自不明の聖剣、神秘をあまり知らぬシャストルですらその聖剣は有り得ざるモノだと理解出来た。

 現存するあらゆる神話に属さぬであろうその聖剣とその担い手であるルドウイーク。そんな広大なソラより特定の砕けた星の一部を探す事よりもありえない可能性で生まれた彼らのような者を人工的に創るなど神の御業でしかない。人の子たる人間に出来るはずがないのだ。

 

 そう、シャストルだけでなくルドウイークの戦友たるマリアもゲールマンも理解していた為かすぐにその噂など記憶の片隅へと追いやった。

 きっとそれを真剣に考え皆で突き止めようとしていればあんな事は起きなかったはずなのだ。

 

 

「ルドウイークが?」

 

 

 まず起きたのはルドウイークの一件。とある任務により一人で出撃した彼が帰還せずその姿を消してしまったのだ。

 当初ゲールマンやマリア、シャストルは道でも迷ったのか誰かの助けでもして帰還が遅れているのだろうと考えていた。だがしかし、それが一日、二日、三日とだんだん時間を経っていきどういう事だ、と話し始めた。

 あの厳しいゲールマンですらルドウイークの心配を始め、三人はすぐさま情報集めを行った。

 マリアは同僚の戦士や下の者たちから、ゲールマンは司祭などの上の人間から、シャストルはその人脈を駆使して情報を書き漁った。

 

 

「どういう事だ、コレは……」

 

「任務などどこにもない……」

 

「しかしルドウイークは任務へと向かいました……」

 

 

 掻き集めた情報。その中にはルドウイークへ任務などくだっていないという有り得ざるモノがあった。戦士らはルドウイークの単独任務を知っていた、だが上の人間からは誰一人としてルドウイークの任務について知らないのだ。

 これには三人は困惑するしかない。

 

 だが……彼らの中に一つのピースが浮上した。

 

 

「人工聖剣使い……」

 

 

 嘗て記憶の片隅へと追いやった噂が今こうして現実に現れた。虚構だと切り捨てたモノが目の前に姿を晒したのだ。

 見えなかった。有り得ないと判断した故に一番有り得てしまうそれを見えてなかったのだ。

 そして、ゲールマンはルドウイークの捜索を止めた。

 

 

「何故だゲールマン!ルドウイークを救わねば……!!」

 

「…………仮にその計画が本当だとして、ルドウイークがそこにいるとしよう……助けてどうする」

 

「見捨てるのですか?友を」

 

 

 分かっている。

 ゲールマンを責めるのは間違っている事は分かっている。マリアやシャストルとてルドウイークを助ける事の危うさを理解しているのだ。

 人工聖剣使い、その計画の噂の出処は何処だ?教会だ。ならばその計画が本当にあったとすれば計画を仕切っているのは教会なのだろう。

 そんな中ルドウイークを助けに向かえば間違いなくルドウイークの救出、その成功失敗問わず自分たちは教会から追われる身になるだろう。この時勢にそんな事になれば死しかない。

 無闇矢鱈に国を行き来する事は出来ず、檻の中で逃げ惑っても何時しか教会の追手がその手を掴むだろう。それを考えればゲールマンの言葉は仕方がないのだ。

 

 

 シャストルは想起する。

 この瞬間こそが私の分岐点であった。

 ゲールマンの手助け無しで自分だけでもルドウイークを助け出さんとするマリアを止めればよかったのだ。だが、弱い私は彼女を止めることが出来なかった……いや、私は止めようとしなかったのだ…………楽観視していた。

 彼女は止まるだろうと愚かにも楽観視していたのだ。この後、彼女に声を投げかけ冷静になるように言えば彼女は止まるだろうと。

 

 

 マリアはゲールマンとシャストルの前から姿を消した。この後にある説得の時間などどこにもなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

「コフィッ……」

 

 

 口から再び血を吐き出した事で私の意識は現実へと戻った。時間など大して経っていないようだ。

 私は満足に動けぬ身体を身じろぎさせながら少しでも辺りを知ろうとしたがすぐにその動きは止まった。

 

 

「ドコ、へ……イク、のか……」

 

「……ゔぅ」

 

 

 強い力で肩を掴まれる。獰猛な獣が如き瞳が私を睨めつけ離さない。答えようにも私は呻くことしか出来ず、何も出来ない。

 私は死ぬのだろうか。弱い私はきっと死ぬのだろう。

 身体が痛む。私は現実より眼を背けるように夢想する。

 

 

 始まりは噂だった。そして次に訪れたのはマリアの失踪であった。

 シャストルとゲールマンはマリアがルドウイークを捜索する為に動き何らかのなにかに巻き込まれたのだろう、と理解した。

 そしてシャストルは彼女を止めることが出来なかった己を嘆き責め悔い始めた。ゲールマンはシャストルと関わる事が無くなってきた。

 

 誰も責める事が出来ない……否、自分以外を責めることが出来ない事態となった彼らの心はまるで太い蔓植物に巻かれ締め付けられた木だ。何時そのまま朽ちるのかも分からない。

 どうすればいいのだろうか。

 そんな事誰にもわかるわけが無い。

 そして、そんな中満月が不気味に輝く夜の事。

 

 シャストルに与えられた部屋に一人の襲撃者が現れた。

 

 

「ァア、ァア!!」

 

 

 美しかった。鮮血に彩られながらもその輝きは曇らず、狂気に身を浸からせたにも関わらずその正気は強く残っている。

 鮮血の姫君。

 悪魔を切り裂く剣姫。

 目を閉じれば今でも鮮明に思い出せる。

 悍ましくも麗しき血に酔いしれた獣を私は見たのだ。

 そして、私は三度瞳を開く。

 

 

「マ、リィア……」

 

 

 かろうじて音のようなものを出し始めた喉が発したのは彼女の名前。

 つい数分前には私の目の前で追手であろう教会の戦士をその剣と異形と化した左腕で薙ぎ殺してみせた我が愛しき獣の名である。

 

 

「しャ、すと……ルぅ……」

 

 

 改めて見ればなんという姿か。戦士としての優美な装束は鮮血に濡れ、その左腕は肘先からまるで触手のような三本ものしなる太い骨と化し、麗しい相貌の左眼近くからは短いながらも左腕と同じようなモノが生え出ている。

 きっと自害を測ったのだろう、口から見える舌先からは今も尚血がとめどなく流れている。

 そして、その背からは蝙蝠が如き一対の羽根が伸び出ているではないか。

 私は知っている。

 彼女の今の姿を知っている。

 例え一般的なソレとは違うその姿でも私は彼女が何になってしまったのかを知っている。

 

 

 獣。一般的な言い方をするならそれははぐれ悪魔と言うべきだろう。

 何故に彼女が獣となったのか。そんな事は分からない……悪魔に捕まっていたのだろうか、それとも教会の一部に悪魔と癒着している者が?

 だが、そんな事は分からない。

 私にわかるのは彼女が獣となってしまったこととその意思が蝕まれ、完全に呑まれた時は完全な異形の獣となるのだ、ということだ。

 

 それは嫌だ。

 だが、弱い私ではどうにも出来ぬ。

 どうすればいい、そう考えた所で彼らはやってきた。

 

 

「……成程ここにいたか」

 

「ゥアァア?」

 

 

 彼女が私を襲撃しそのまま連れ去った暗い暗い森の奥地にある広場じみた場所、その入り口となる場所より良く知る男の声が響いた。

 マリアも私もそちらに視線を向ければそこにいるのは複数人の人間。そして、その先頭に立つのは彼であった。

 

 

「ゲェル……マン……」

 

「シャストル……すぐに救おう」

 

 

 嗚呼、我が友ゲールマン。君という男は…………頼む。頼む。頼む。早く早く早く、私とマリアを救ってくれ────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は……え、あ…………」

 

「任務終了か」

 

 

 え?あ?どういう事だ?

 何故、私の前にマリアが倒れている。

 何故、マリアの身体にこうも無惨な切り傷がある。

 何故、ゲールマンの持つ鎌が鮮血に濡れている。

 何故何故何故何故、何故────!?

 

 

「何故────マリアを殺した」

 

「獣を殺して何が悪い」

 

 

 そうだ。確かに彼女は獣へと堕ちた。だが、だが、まだ救う余地はあったはずだ。

 神の奇跡があれば彼女を人に戻せたはずだ。

 どうして、どうして、どうして────!

 呆然とする私に近づきゲールマンは私の肩へ手を置いて耳に顔を寄せる。

 

 

「マリアの事は忘れろ。全て、悪い夢のようなものだ」

 

「────」

 

 

 お前は何を言っている。

 悪い夢だと?

 お前はマリアと過ごしたあの日々を悪い夢として片付けろと言うのか?

 

 

「撤収準備を始めろ」

 

「「「ハッ!」」」

 

 

 離れていくゲールマン。

 お前は……ルドウイークの事もそういうのか?

 そして、そして、お前はいったいどうする気なのか。

 なあ、ゲールマン。

 

 

 

 

───大丈夫か?シャストル

 

───おっと、初めましてだな。私の名はルドウイーク。よろしく頼むよ

 

 

 嗚呼、天上に在られます我らが主よ。どうか私をお救いください……もはや耐えきれぬのです。

 友よ。我が愛しき人よ。友が師、導きの月光よ…………。

 

 

────カランコロン

 

 

 瞬間誰しもが驚きを露にした。

 帰ろうとしていたゲールマンも撤収準備を進めていたゲールマンの部下たちも、そして私も。

 それは鐘の音だ。静謐ながらも血を沸き立たせる様な音色。

 音色の出処は何処か。それは私の手元からだ。いつの間にかに握られていた古びた鐘。

 無意識に鳴らしていたそれは私の神器なのだと理解し同時にその使用方法が脳裏に浮かび上がった。

 

 

「知己の擬似的な召喚────」

 

 

 されどそれは私の音色に応えてくれねば意味が無い。例え召喚してどうする。

 誰かに何をしてもらうというのだ。

 いや、そうだ。私は理解する。

 私が成すことを。

 

 

───友よ、光の糸を見たことはあるか?

 

 

 鐘の音を捉え、虚空に歪みが生じる。

 私はいったい何が私の呼びかけに応えたのかとうに理解している。

 よもや、私を導いてくれるというのか。

 

 歪みより現れるのは剣の柄である。

 戦士ならざる私が振るえる訳が無い。だが、私はその柄を流れる様に掴み引き抜いた。

 そうして現出するのは宇宙的神秘。その輝きにゲールマンの部下たちはその瞳を焼かれ瞬間的発狂に陥る。

 

 

「────ルドウイークの聖剣、だと?」

 

 

 嗚呼、導きの月光よ。

 主に代わりこの一時のみ、ルドウイークではなく私を導いてくれ────

 

 

 

 

 

 

 

 シャストルは聖剣を振り払う。それにより月光の波が生じゲールマンらへ迫る。

 やはり歴戦の戦士というべきか、ゲールマンはすぐさまその場を跳び退くが瞬間的発狂により動けなかった部下たちはその命を呑まれた。

 空中という踏ん張りが効かない場所へと動いたゲールマンにシャストルは追撃する。戦士ならざるシャストルだが、導きの月光によりその動きは洗練された戦士のそれとなり無数の月光の波がゲールマンへと放たれていく。

 空中という隙多き場に追撃されるなど歴戦のゲールマンは何度も味わい行ったことがある。故にゲールマンは片手で鎌を持ち空いた手で中に神秘を刻む。それは教会の中で奇っ怪な研究者が編んだ『鈍重』という神秘。

 それを自らに付与したゲールマンは正しく鈍重となり、そのまま空中より地面に落下する。これによりシャストルが放った無数の月光の波を回避してみせたゲールマンはすぐさま神秘を解除し、シャストルへと迫る。

 

 

「───否だ」

 

「何っ!?」

 

 

 如何に導きの月光によって洗練された戦士のそれを得たとしても、つい数秒前までただの神父でしかなかったシャストルに『加速』した己の姿を捉えられるはずが無い。そう、ゲールマンは理解し瞬時にシャストルの懐に潜り込む、込んだつもりだった。

 まるで靄を切り裂いたかのような感覚にゲールマンがどよめき、そのまま前方へ飛び出す。

 次の瞬間に先程までゲールマンのいた場所に月光の柱が穿たれた。

 

 

「『加速』だとッ」

 

 

 すぐさま体勢を整えたゲールマンはシャストルの行って見せたモノを理解し苦渋の表情を見せる。ゲールマンが狩りの中で編み出した『加速』の術理。それをあろう事かシャストルはやって見せたのだ。

 これもまた導きの月光の加護なのか。苦々しい思いでゲールマンはシャストルを睨みつける。

 

 

「───嗚呼、ゲールマン」

 

「…………チィッ」

 

 

 振るう鎌。振るわれる聖剣。ここにあるのは人の姿をした獣同士の喰らい合い。

 ゲールマンにいったいどのような理由があるのか、シャストルにわかるわけはなく。

 シャストルにいったいどのような意図があるのか、ゲールマンにわかるわけはなく。

 もはや互いに理解し合えない。

 壊れた神父と壊した戦士はどちらかを殺すまで止まることなどありえない。

 

 

 いったい幾度、ぶつかりあっただろうか。

 分からない。

 だがしかし決着はついた。

 

 

 聖剣ごとゲールマンの鎌を弾いた事でゲールマンに致命的な隙が生じ、シャストルの右腕がゲールマンの脇腹を貫きその内臓を掴み引きずり出す。

 それにより大量出血を伴い後退するゲールマンにシャストルは二度目を心臓に撃ち込む事でトドメを刺した。

 もはや息はなく、導きの月光はその姿を消した。きっとルドウイークの下へ還ったのだろう。

 そう判断したシャストルは背後にて輝く月を見上げる。分かっている。

 

 

「お前の仕業だな」

 

 

 導きの月光はシャストルにぶつかり合う武器より持ち主の心情を読み取るというつい先程まで戦いなどできぬ神父だったとは思えぬ業を会得させ、そしてシャストルはそれ故にゲールマンの裏にいる何某の存在を知った。

 分かっている。

 例え後ろ指を指されようとも私は殺すのだ。

 

 それは醜悪な獣だった。

 スラリと伸びた肢体に優美な衣、背より生えるのは五対十枚もの白翼。紅い輝きを漏らす右眼を持った天使。

 なんという醜さか。獣へと変貌しようとしていたマリアに比べてなんと醜いことだろうか。

 これが友を貶めた獣なのか、そう理解し降り立つ獣へと近づいていく。

 獣は微笑み腕を広げる。抱擁を求めているのだろう。その妖しい輝きの右眼と目を合わせた瞬間、シャストルは眩んだ。目の前の獣にあらゆる敵意が無くなったのだ。

 

 故に一歩。一歩。一歩。シャストルは天使に近づいていく…………シャストルは知っている、この邪視を持ち月の如き天使の名を。

 天使サリエル。文献によれば堕天使であったり天使であったりと変わるがなるほど、邪視を持ちゲールマンに斯様な事をさせたのならば堕天使と言われても可笑しくはない。

 シャストルはサリエルの抱擁を受け入れ────────

 

 

「ガフッ!?」

 

 サリエルはその口より血を吐き出した。

 そして脇腹に感じる激痛。見下ろせばシャストルの手がサリエルの右脇腹より体内に潜り込んでおり、内臓を掴まれているのをサリエルは理解する。

 何故だ。私の邪視より人間が逃れられる筈がない。そう吼えるサリエルはシャストルを見て────その瞳を見た。瞳に渦巻くは導きの月光、宇宙的神秘。

 既に聖剣はシャストルの手より離れたがその月光は未だシャストルの内に渦巻いている。

 

 

「わ、私は天使だぞ!?何故に私を殺すのか!!」

 

 

 叫び散らすサリエル。理解出来ないと吼える天使にシャストルは何をほざいているのか、という冷徹な視線を向けて

 

 

「獣を殺して何が悪い」

 

「ァ────」

 

 

 引き抜かれる右腕。吹き出す血飛沫。

 左腕は既にサリエルの首に伸び、その首を折る。

 傷だらけの身体にサリエルの血がとめどなく降り注ぎ…………そして、血は傷口よりシャストルへと潜り込む。

 

 

───我ら血によって人となり

 

 

 天使の聖血。を取り込んだシャストルは声にならぬ絶叫を上げる。

 

 

「────────────!!??」

 

 

「大戦、神、二天龍、魔王、死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死!!!???……ァア、ァア、ァアぁ!!システム、ミカエル、ラファエル、ウリエル、ガブリエル、ォアアアアアアア!!!マジェスティィィィィッック!!!!!」

 

 

 天使という上位存在の聖血は正しくシャストルの脳を焼き焦がしその啓蒙を拓いた。天使サリエルの持ち得る知識を次々と取り込んでいく、その眼はどこかへ飛んでおり意識が潰れかける。だがしかし、未だシャストルの内に残る月光がそれを阻止する。

 

 いったいどれほど発狂していたのだろうか。

 内より月光が消え去ったと同時にシャストルは正気に戻った。彼は神の死を理解し、神の死後天界を牛耳る天使どもを知った。

 すなわちは今の教会は神の意思ではなく天使の意思により動いていると同意。それならば聖剣計画などというものがあるのは当然と言えよう。

 

 

───嗚呼、駄目だな。これでは駄目だ

 

 

 拓かれた啓蒙により得た神秘の秘術を行使し、彼はサリエルの遺骸を異空間にしまいマリアの遺骸へ足を向ける。

 

 

───マリア……ああ、マリア。私の愛しい人よ

 

 

 彼女に別れを告げ、一人ゲールマンの部下たちとマリアの墓を創り今度はゲールマンの下へ向かい彼の遺骸と鎌を抱える。

 

 

───友よ。我が友ゲールマン。例え誰かに否定されようとも私は君を殺した事は間違っていないと信じている

 

 

 聖血を取り込みシャストルは人となった。

 神の為に神の敵対者を狩る者となる事を友の遺骸に誓う。

 

 

 

 

 

 

 

 そして彼は教会へと帰還する。

 友を殺した獣を狩り殺した戦士として彼は戦いに入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその数年後。彼は告げる。

 

 

───世界には獣がいる

 

───信心深き者よ

 

───我こそはという者は私とともに狩人として獣狩りへと参道せよ

 

───我ら教会に君たちの力を貸して欲しい

 

 

 

 

 これは古狩人ハンスの嘗て歩んだ道。その一片。そして────────

 

 

 

 

 

 

 

 

───嗚呼、懐かしい夢を見たものだ。友よ

 

 

 

 

 





 教会へと戻った狩人ハンスの手により第一次聖剣計画はろくな成果をあげずに畳まれる事となった。
 当事者の研究者や関わった聖職者は皆一様に口封じに殺され、真実を知る者はもはや二人だけ。


 ハンス・L・シャストルが任された教区、その中心に佇む大聖堂。その地下に嘗ての聖剣計画の信実が隠されている。



───嗚呼、変わらんなぁ友よ


『嗚呼、古き友よ…………君も変わらぬようだ』


 導きの月光と共に『獣』はいる。
 悍ましくも麗しき聖剣の獣が────

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