それは古狩人の讚美歌   作:カチカチチーズ

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 ソラを見上げよ。
 血のように赤い月が嗤い、青ざめた血のような空が広がる。
 血染めの夜、狩りの悪夢。
 古狩人へ向けられた讚美歌が終わり、夢の月へ向ける聖歌が始まる。

 古狩人の遺り羽よ、青ざめた血を求めたまえ

 なに、全て悪い夢のようなものさね



悪夢の底で香る

 

 

 

 

 鐘の音が鳴り響く

 

 

 次元を越えて鐘の音は流血鴉へと届いた。聴こえる筈のない鐘の音、鳴る筈のない鐘の音。

 もはや鳴らす者がいないというのに鳴り響き聴こえた鐘の音に流血鴉は狼狽えながらもその音色に身を委ねて────

 

 

 

 悪夢を見た

 

 

 

 

 

 鐘の音が誘ったのは流血鴉がよく知っていて知らない世界。

 野には飼い主の首輪から逃れ血を啜る獣。

 街には我が物顔で人間の街を管理していると嗤う貴族位の獣。

 天には神の不在を隠し人間を欺く天の獣。

 そこには獣狩りの狩人はおらず、まさしく獣が跋扈する世界。なるほど、それならば唯一の狩人として獣どもを狩るとしよう、だがしかしそんなものは消えた。

 

 

 

 それは惨劇だ。

 

 

 

 

「何処も彼処も獣ばかりだ……どうせ貴様もそうなるのだろう?」

 

「薄汚い獣だ、狩るぞガスコイン」

 

「……アンタらみたいなヤツらに白音は殺させない……!!」

 

「姉様……」

 

 

 

 見知った人物、しかしそれは流血鴉と同じく異邦よりの襲来者。

 ハンス・ローレンス・シャストルの系譜ならざる狩人たち。

 

 

 

 

 

 

「アンタ……狩人かい?しかもあたしらと同じ外から来た……ああ、そうか。アンタ……月の香りに誘われたんだね」

 

 

 

 自分を知らぬ烏羽の狩人はこの悪夢に迷い込んだ理由を悟り嗤う。

 

 

 

 

 

 

「ああ、やはり彼らは人だよ」

 

「そして、貴様は人ではなく獣だな」

 

「なぁに、意味わかんねぇこと言ってくれてるんですかぁ!?頭でもイってんのかァ!?」

 

 

 

 灰の古狩人とその同胞たるノコギリ槍を持つ古狩人は望まずして獣となった人々を背に血に酔った狂人へその狩り道具を向ける。

 

 

 

 

 

 

「蠢いている。蟲だ、淀みだ」

 

「なれば、狩らねばなりますまい」

 

「おお、我ら連盟に……!!」

 

「な、なんだよ……このバケツ野郎……!!」

 

『駄目だ、相棒!今のお前では勝てない!!』

 

 

 

 赤い龍を宿した獣、それに迫るのは連盟と名乗る狩人ら。

 

 

 

 

 

 

「グズグズするなよ、幸せ者がァ!!お待ちかねの神秘がやってくるだろうさァ!!??」

 

『────────』

 

「ああ!素晴らしいッ!!!この悪夢の中で狩人とは……!!だが、だけれども、この悪夢は晴れぬのだ、蠱惑な悪夢!甘美な夢!おお、ゴース、あるいはゴスム……我らに今度こそ瞳を与えたまえ……!!」

 

 

 

 悪夢であるが故に嘗て悪夢にいた存在が招かれた。蜘蛛の男は嘲笑し、憐れな落し子は悪夢の主に従い、瞳を求める探求者は流血鴉を讃え笑う。

 彼らは流血鴉にとって理解しえぬ者。

 悪夢はついにその深淵を異邦人に見せ始める。

 

 

 

 

 

 

 「この悪夢の秘密が知りたいのか?……お前さんも充分ビルゲンワースの末裔だな……ああ、そうだ月の香りのする狩人に会ったら伝えといてくれ。心配するな、俺は今度こそ勝つ」

 

「鐘の音が聴こえるか?悪夢の鐘ではない……そうか、ならばここにいるべきではない。そうそうに狩りに戻れ」

 

「……不思議な香り。ねぇ、異邦の狩人さん。貴方は先生に招かれたんだね」

 

 

 

 悪夢の中での出会いは決して血に濡れたものだけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、異邦の狩人様。ここは狩人の夢……いえ、月の悪夢その中心」

 

「大樹の下で狩人様がお待ちです……あちらからお入りください」

 

「異邦の狩人様。貴方の出会いが有意でありますように…………」

 

 

 

 悪夢の果て、その源にて流血鴉が出会ったのはまるで精巧な人形を思わせる確かな肉の身体を持つ一人の少女。

 人であって人ならざる気配を感じさせる少女が示すのは悪夢の源に広がる花畑と墓が広がり桜と呼ばれる大樹が生えた丘。

 寄しくも流血鴉が嘗て師を見送ったあの丘と酷似していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

────そして、流血鴉はついに会合した。

 

 

 

 ソラを見上げよ。そこに降臨者がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 青ざめているような空に浮かぶ血のように赤い月、それを背に降り立つモノが一つ。

 ソレは異形であり普形。

 ソレは無貌であり有貌。

 ソレはおぞましくそしてうつくしい。

 

 

「────」

 

 

 ソレは上位者であり狩人。

 ソレは女であり男。

 ソレは矛盾していながら矛盾していない存在。

 

 

「はじめまして、異邦の狩人」

 

 

 月の香りを漂わせ、宇宙的神秘を内包した月の上位者。

 血の香りを漂わせ、人ならざる啓蒙に満ちた血族の狩人。

 

 狩人装束に身を包み帽子とマスクの間から伺える瞳に流血鴉は二歩、三歩、と後退する。

 流血鴉の拓かれた啓蒙は眼前の狩人に対する警鐘を掻き鳴らす。狩人でありながらもこの存在から浅ましくも恥を晒してでも逃げる事を。

 だが狩人たるもの逃げる事など出来ない、と流血鴉は腰から下げている連装銃と千景に手を伸ばす。

 

 

「随分と溜め込んでくれたようだ」

 

 

 そんな流血鴉に対し、月の狩人はその瞳に笑みを浮かべ、腰に下げている両刃の狩り道具『落葉』をその手に取る。

 その狩り道具に流血鴉は兜の下で瞠目する。

 しかし、すぐにその驚愕を抑え構える。

 

 

「さあ、見せてくれ」

 

 

 風が吹き荒れ、桜の花弁が舞う。

 そして、同時に二人の狩人は駆け出した。

 桜舞う月夜の下、剣戟と銃声が鳴り響く。

 

 

 まず放ったのは牽制の斬撃、無論そんなものは月の狩人にとって大したものではなく落葉を振るい受け止め、すぐさま片手のエヴァリンで流血鴉の肩を狙い撃つ。

 されども流血鴉は『加速』の業をもってそれを回避しそのまま刺突を放ち落葉で逸らされ蹴りをその横腹に打ち込まれる。

 

 

「ッ”ヴ……!」

 

「足を止めればすぐに終わる」

 

 

 一瞬の怯みに月の狩人はエヴァリンを流血鴉に数発撃ち込み、流血鴉はその身体から血を吹き出す。激痛に苛まれすぐさま月の狩人から離れ回復を図ろうとして────

 

 

「────なんだ?」

 

 

 痛みが消えた。何か痺れる様な何かを考え、すぐさま流血鴉は回復を取り止め月の狩人へと疾駆する。

 そんな流血鴉に月の狩人は笑い、エヴァリンを腰に戻し落葉を分離させ双剣に変える。そして、流血鴉に襲いかかるのは双剣による怒涛の乱舞。

 刺突、払い、袈裟斬り、切り上げ、鍔迫り、刀一本の流血鴉ではとうてい対処しきれないその乱舞に流血鴉は少しずつその身体から血を流していくがそれに流血鴉は気が付かない。

 

 

「ォ、オォ、オオオ!!!」

 

 

 そんな乱舞から抜け出すべく無理矢理後方へ跳び下がる流血鴉にすかさず月の狩人はその手から落葉をまるで靄の様に消し、虚空より新たな武器を手繰り寄せた。

 手繰り寄せられ現れたのは刀身が曲がった形をしている曲剣と呼ばれるもの、月の狩人は素早くその狩り道具に備えられた仕掛けを稼働させる。

 

 

「弓、だとッ……!」

 

 

 曲剣の刀身が開きまるで弓のような形状となったそれに矢を番え、流血鴉へと狙いを定める。

 この悪夢の中で出会ったシモンと名乗ったフードの狩人が所持していたものと同一のそれから放たれた矢は寸分違わず流血鴉の左膝に突き刺さる。深々と突き刺さったそれに流血鴉は呻きながらも無理矢理左脚を動かし月の狩人との距離を開ける。

 

 

「ッア”ア”!!」

 

 

 矢を引き抜き投げ捨てる。痛みがある、と思ったが何故か不思議と痛みは止んでいき完全に消えた。

 自分の身体に笑みを浮かべ、連装銃に弾を込める。その間に月の狩人は弓を落葉と同じように消し、新たな武器を手繰り寄せる。

 一振の刃、それを手にし流れるようにいつの間にかに月の狩人の背に現れていた棒の先へと接続する。鎌の形状となったそれを持って流血鴉へと迫る。

 間違いなく数多の命を狩ってきたであろうそれを持ち迫る月の狩人は正しく死神と言って相違なく、流血鴉は連装銃の引き金を引く。

 

 

「クソッタレ……!!」

 

 

 月の狩人は放たれた銃弾をその鎌とおのが技巧により全て撃ち落としながら着実に流血鴉へと迫る。そんな月の狩人に流血鴉は千景を鞘に収め居合いの構えをとる。

 その刀身には血を纏わせている為少しずつ流血鴉の生命を削っているが流血鴉は気にせず月の狩人のみを見据える。

 決まらねば確実に死ぬであろうが、月の狩人を殺す事が出来る可能性があるのならばそれに生命を賭けるのは構わない。

 

 

「しィィッ!!!」

 

「ッ!」

 

 

 抜き放つ刃、それは月の狩人のマスクを切り裂き決して浅くはない傷を月の狩人の身体に刻んだ。よもや、当たるとは思っていなかった月の狩人は大きな隙を流血鴉へと晒す。

 無論、流血鴉は致命的な隙を晒した月の狩人の懐へ潜り込んだ。狩人、とりわけ技術に優れた者ほど大きなダメージを与える事の出来る狩人の技が一つ、内臓攻撃。

 獣や人間ではない特異な異形はともかく目の前の月の狩人は人間の形をしている。故に内臓もまた人間と変わらない筈であり、それならばこの内臓攻撃は確実に致命傷となりうる。

 月の狩人の脇腹からその内へと入り込む流血鴉の右手。確かにその臓物を掴み腕を引き抜く────

 

 

「は────?」

 

 

 引き抜いた腕、それが掴んでいるものを見て流血鴉はその兜の下で目を見開いた。

 ソレは内臓などではない。

 ソレは肉なのだろう。だが、ソレは流血鴉の腕に深く深く絡みついている。

 ソレはおぞましい触手だ。

 目を見開き動けない流血鴉。そんな彼に対し月の狩人はいつの間に分離させたのか刃の柄頭をその兜に叩きつけ砕き剥ぐ。

 兜が剥がされ月夜に晒される流血鴉の貌。それはここへ来る前に出会った人形に何処と無く似た顔立ちで…………そんな流血鴉の素顔に月の狩人は喜悦の色をその月光を宿した瞳に浮かべる。

 

 

「収穫の時間だ」

 

 

 流血鴉の脳裏に熱が走る。この世界に招かれた当初に脳裏に走った熱とまったく同じものを流血鴉は理解し、流血鴉の視界はソレ一つに変わる。

 ソレは流血鴉もよく知る文字。

 ルーン文字に類似した力を与える『カレル文字』それと同じ名を持ちながらまったくの未知であるモノの一つ、『狩り』のカレル文字。

 血に酔った狩人を狩る制約とも言うべきそれはこの時においてまったく異なる意を示す。

 

 

「────ァア」

 

 

 脚を上に頭を下に吊り下げられた人間の形をしたカレル文字、しかし人間ならざる上位者の文言を文字に置き換えたモノに人間が現れるのはどういうことか。

 狩りのカレル文字が表すのは『収穫』。狩人が獣を、狩人を、上位者を狩りその身に蓄え実らせた血の意志を上位者が収穫する。

 それこそが狩りのカレル文字。

 濃縮し、たわわに実った血の意志、それを収穫し喰らう為のこの悪夢。

 

 

「ハハッ」

 

 

 切られほとんど意味を失っていたマスクを外す月の狩人。晒された素顔はあまりに流血鴉に瓜二つである。それに何度目になるかもわからない驚愕を流血鴉は抱き、月の狩人の手が流血鴉の肩を抱き寄せた。

 離れようにも右腕に絡みつく触手によって離れることはできず、左腕を動かそうにも動けない。いや、左腕に感覚が無い。

 見れば左腕からとめどなく血が流れている。それは月の狩人のエヴァリンを撃ち込まれた場所ですぐに痛みも引いて傷が塞がったと思っていた場所。どうして傷に気が付かなかった…………と疑問に思うがすぐにその理由に気がつく。

 

 

「感覚麻痺……ッ!」

 

「正解────」

 

 

 耳元を抑えられ首筋が露出する。

 嗤う月の狩人。

 恐怖に濡れる流血鴉。

 

 

 奪われる。収穫される。

 自分が得てきた全てを。総てを。凡てを。

 流血鴉の瞳に映るのは月の狩人などではない。

 有貌ならざる無貌。

 普形ならざる異形。

 狩人ならざる上位者。

 導きの月光、宇宙的神秘、境の光、青ざめた血、月の魔物────────

 

 

 

 それこそは一人の血族が産み落とした産まれてはいけなかった存在。

 繋がりを求め、青ざめた血を求め、古都を訪れ狩人となった存在。

 先達を弔い、その娘を救い、そして尊敬した狩人狩りをその手にかけた狩人。

 アメンドーズを、白痴のロマを、ゴースの遺子を、メルゴーの乳母を狩り殺した生粋の上位者狩り。

 

 そしてこの世界に夢を繋げ悪夢を創り出した狩人にして上位者、三本の三本目をもって人を失った狩人。

 

 

 

 名を『夢の月のフローラ』

 フローラ・カインハースト。

 悪夢に囚われた母を殺し、夢に囚われた父を殺し、母の写身の人形を愛する人でなし。

 無数にある夢の狩人、その一人。

 幼年期を経て青年期に至った狩人。

 

 

 

 

「────御馳走様」

 

 

 鐘の音が鳴り響く。

 口許の血を拭いながらフローラは嗤う。

 男でありながら女の様な風貌の彼は魔性の笑みを浮かべながら愛する女性に振り向く。

 

 

「……狩人様。また、狩りの夜が始まりますね」

 

「ああ……愉しみだ」

 

 

 悪夢は続く。

 上位者は人形と共にこの場を離れ、後には烏の羽が舞い散るばかり。

 

 

 

 

 

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