「うう...ん...?」
空気に臭いがある。最初に感じたのはそんな他愛のないことだった。
これはーー硝煙の臭いだ。何かが燃えている臭い。
俺はゆっくりと体を起こした。どうやら、自分はベットで寝ていたらしい。しかし、S県にある自分の自室では敷布団を使っていた筈だ。ーーでは何故、俺の体はシーツと布団の間にあるのか。
そんな懐疑の念を振り払うように2、3度目をしばたたかせ、首を左右にぶんぶんと振ると、漸く意識が覚醒したらしい。ボヤけていた視界がクリアになる。
俺はその目で辺りを見渡した。
そこはどこからどう見ても日本家屋とは言えないような場所だった。尤も、現代に於いて、純然たる日本家屋は殆ど存在していないので、それは見方によっては当たり前と言えるのだが。しかし、今居る場所の壁はそれなりに値の張りそうな白樺製である。俺は否応なしに、西洋建築を連想した。
加えて、辺りには物が散乱しており、それは俺の寝ていたベットの下も例外ではなかった。分厚い本から怪しげな小道具まで、様々な物が整頓もされずに散在している。
ここを家と仮定すると、ここの家主はそうとうにずぼらな人柄の持ち主なのだろう。
ーーと、ふと、俺はそこで、さっきから漂っている臭いの臭源を発見した。このフロアの向こうにあるリビングとおぼしき空間だ。そこからこの奇妙な臭いは漂ってきている。
俺はゆっくりとベットから這い出た。数日寝ていたのか体は妙な倦怠感に苛まれていたが、それでもなんとか動くことはできるようだ。
ーーとそこで、俺は今自分がしている格好に気付く。
コートだ。俺は黄土色のコートを羽織っている。記憶では、確か今の季節は春。そろそろ衣替えの頃合いであり、その際にコートは不要となるーー筈だ。
俺は数歩、足音を殺すようにおずおずと前進し、リビングに踏み行った。
「お。起きたのか、少年」
ーーと、そこで、リビングに居た女性はこちらに気付いたらしい。体をこちらに向け、椅子から立ち上がると声をかけてきた。
「あ、はい」
答えてしまってから、俺は僅かな警戒心を滲ませつつその金髪の女性を見据える。
彼女はいかにも魔法使い、というように全身を固めていた。コスプレイヤーの類いだろうか。
「ええとーーそうだ、俺はどうしてここに」
取り敢えず雑念を振り払い、俺はそう問いかけた。状況は確認しておかねばなるまい。
「それが私にもさっぱりで。魔法の森の奥で倒れてたから取り敢えず拾ってきたんだが...」
「あ、ああ、そうですか...」
適当に受け答えしてから、必死に脳内の疑問解決に取りかかる。
ーー魔法の森とは何だ、という疑問に。
俺はそんなファンタジーめいた地名など知らない。近所にも、否、日本地図のどこにだって、そんな地名はないだろう。では、彼女は何を言っているのか。
いくつもの可能性が頭をよぎる。
ここが夢の世界である可能性、彼女が俺に嘘を吐き、何かを思索している可能性、全てが真実である可能性。しかしその全てが、どこか神憑りな物であるように思えてならなかった。
「ああ、そうだ、君の名前って何だ?」
唐突に投げ掛けられた質問に、俺は答えられなかった。
俺は名前を知らなかった。忘れている、と言った方が適切かもしれない。記憶は途切れ途切れに存在している。自分の自宅、家族構成、年齢、好きだったアニメーー
しかし、肝心な所は何一つ思い出せない。
「ええと、名前ーー」
何度考えようと、絶対に。
「もしかして、記憶喪失ってやつかい?」
彼女は男口調でそう聞いてくる。
そうだ。この状態は広義では、「記憶喪失」と言うのだ。
「ーーはい」
それを認めたくない自尊心に憚られ数拍言いあぐねたが、やがてゆっくりと、余命宣告をする医者のように重く俺は宣言した。
「やれやれ、厄介なの拾っちまったな」
そう言うと、彼女は卓上のスポルティングのバックを持ち上げ、それを俺に手渡した。さながら押し付けるように。
「ほれ。君と一緒に落ちてたやつだ」
「あ、はい」
さっきから「あ、はい」ばかり言ってるな、と胸中で苦笑しつつ、俺はそのバックを受けとる。
「中身は見てないから安心していいぜ?」
俺はそれに答えずーー「あ、はい」と言ってしまいそうだったからーーバックを開けた。
そこには、バックの大きさに反して、小さいものが入っていた。
それはベルトだった。しかし、ベルトと言っても衣服を固定するためのアレとはかけ離れている。腹に当たる部分の装飾が華美過ぎるのだ。乾電池が二個ほど入るくらいのスペースが空いている。更に、側面には真っ赤なハンドルが取り付けられており、その左斜め上には深紅のスイッチが存在していた。
それを取り出すと、そのバックの底には2つ、乾電池のようなものが存在していることに気付いた。訝しみつつそれを取り出すと、それは液体の入った「ボトル」だった。
「何だこれ? 分かるか?」
「ええと、何かは分からないけどーーこれ、もしかして変身ベルトってやつなんじゃ...?」
変身ベルト。16歳となった俺には縁のない一品である。
「その変身ベルト? っていうのは知らないけどさ、取り敢えずそれは君に預けとくよ。それでいいか?」
「ええ。分かりました。それにこいつーー俺のもののような気がするし」
俺はそう言いつつ、ベルトを腰に巻いた。ベルトは驚くほどすんなりと腰に定着し、
『
「
その音声を訝しむように首をかしげる俺。今のところ作用はその音声一つで全てのようだが、このベルトの真価はもっと別のところにあるような気がしてならなかった。
「ーーで、ええと、本題に入りたいわけだけど、いいかい?」
そう言えば、彼女と話している途中だったか。俺が頷くと、眼前の、同い年ほどの女性は言葉を紡いだ。
「私は霧雨魔理沙。君の記憶探し、良けりゃ手伝ってやるよ」
その言葉は、全く予想外のものだった。
どうでもいいことですが、あらすじはブギーホップの影響をモロに受けて書いてます。