黒兎の唄   作:サハクィエル

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 こんな話を聞いたことがあります。
 物語を書くときには「引力」というものが非常に強くはたらいていて、時に、作家はキャラクターの行動や心理をコンントロールできなくなってしまうのだとか。
 物語というものは、作家の自由によって構成されているものではなく。我々が眠れる奴隷であるうちは、そこに真の自由は介在しないーーと。
 そういう意味で。僕はまだ、「眠れる奴隷」なのかもしれないです。


Finish Because Disaster

「こ、この野郎!」

 

 叫び、魔理沙は手に持った八掛炉を構え、そこに力を集中させた。

 

 しかし。痛みからか、はたまた肉体が限界を迎えたか、彼女は唯一の武器である八卦炉を取り落としてしまう。

 

 ーー魔理沙の支援には期待できない。

 

 そう思考した瞬間、今まで悠然と佇んでいたマッドローグが動き出した。どこからともなく出現させた紫色の銃を胸の前で構え、それをこちらへ向けつつ、真っ直ぐ走り寄って来る。

 

「う、うわあああああああッ!」

 

 叫び。俺は、手に握っていたボトル二本をベルトに挿入し、変身した。もうすっかり馴染んでしまったプレス機に圧縮される直前、身体中を青い稲妻のようなものが突き抜け、悶えるほどの痛撃が精神を焦がしたが、それを乗り越えて、俺はいつもの、漆黒の鎧へと身を墜とした。

 

 この鎧も、すっかり慣れてしまった。

 

 不遜なくらいの力を秘めた、「災害」という形容の相応しい禍々しい鎧。どこまでも孤独な自分と、皮肉なほど適合(ベストマッチ)している鎧。

 

 今、変身者としての直感が俺に告げた。

 

 ーーこれが、最後の変身なのだ、と。

 

 どうやら、変身解除からの再変身は体に負荷をかけるらしい。今までとは比べ物にならないほど強い疼痛が頭部のみならず、全身に侵食しているのが、それを証明している。

 

 だが、そんなこと知ったことか。

 

 孤独な自分は、こんな消え方が相応しい。

 

 次の瞬間。俺は、地面を蹴って奴の方向に駆け出した。もう彼我の距離は1メートルとない。間合いは充分に詰められている。

 

 刹那。俺の拳よりも速く、奴の手に握られていたブレード、スチームブレードがこちらの胸部に突き刺さり、その衝撃で、俺は火花を散らして背後へと吹っ飛んだ。

 

 今ので分かった。あの「マッドローグ」の性能は、こちらより高い。まともにやりあえば、勝ち目はないのだ。

 

 では、どうするか? こちらには徒手空拳しか使える手がない。銃だって剣だって、この手にはないのだ。

 

 暴走するかーーー? 魔理沙に危害が及ぶかもしれないのに?

 

 じゃあどうする。普通に戦っては勝てない、この状況でーー。

 

 1拍と置かず。マッドローグは手に握った銃で弾幕を張りながらこちらへと突撃。そのまま、手に握られたスチームブレードで刺突攻撃を放ち、着実にダメージを与えていく。

 

「う、おおおおっ!」

 

 俺はそれを6発ほど耐え抜きーー7発目が体に届いた瞬間に、剣を受け止めることで連撃を止めた。

 

「な.....ッ!?」

 

 そして、奴の手に手刀を食らわせ、力を抜かせたうえでスチームブレードを引き抜く。

 

 その剣は素直に俺の手に収まり、仕様で、ガチャリ、と金属音を立てた。

 

 ーーこれを使えば、勝機を見いだせる。一般的に、長物を持った相手に徒手空拳で勝利を納めるには、長物を持っている側に対して三倍の力を有していなければいけない。

 

 性能差はこれで無いに等しいだろう。ここからは、実力が戦局を分ける。

 

 俺はその剣を中段に構え、水平に振り抜いた。銃を撃つべく突き出されたマッドローグの掌へと、その剣は吸い込まれるように向かっていく。

 

 次の瞬間、奴はすんでのところで拳を振り上げ、攻撃を回避すると、後退しつつ、腰から青いボトルを引き抜き、それを銃へ挿入した。どこか嘲笑うようなシステム音声がかき鳴らされ、引き金が引かれたのを合図として、重厚から竜が射出される。

 

 そいつを剣を持っていない方の左手で受け止めてから、そのあぎとをかき切り、俺はマッドローグへと肉薄した。その右手は大上段に構えられている。袈裟斬りの構えだ。

 

 次の瞬間、スチームブレードが紫色の軌跡を引きながら振り下ろされた。

 

 これが到達すれば、こちらの勝利だーー。

 

 しかし次の瞬間。剣が奴に到達するよりも速く、マッドローグの姿が一瞬視界からかき消えた。そして、それから1拍と置かず、俺は遥か後方へ吹っ飛ばされていた。

 

 攻撃の瞬間は見えた。まるでコマ送りのように不自然な動きで、奴の脚はこちらの腹を射抜いたのだった。

 

 だが、攻撃までの動作が見えなかった。奴はいかなる原理によってかーー高速化したのだ。

 

 俺は魔法の森の大木に衝突し、その運動力を全て消滅させた。

 

 ーーそこで俺は、視界が霞んでいることに気付く。否、霞んでいるというより、目障りなノイズが視界に介入して、何もかもが見えにくくなっているのだった。

 

 神経毒。刹那に、そんな言葉が頭に浮かんできた。

 

「さァ.....終わりだ、仮面ライダーァァァ.....」

 

 ーーと、ふと、俺は聴覚に、翼の展開される音を聞いた。

 

 俺はさっき、翼によるタックルでやられている。うっすらとだが、それは覚えているのだった。

 

 あれが、来る。本能が、経験が、自分にそう告げている。

 

 『Evoltec Finish(エボルテック・フィニッシュ)!』ーー。哀れな黒兎を誘うべくかき鳴らされた、地獄のラッパ。悪魔の哄笑。

 

Chao(チャオ)!』

 

 さようなら。さらりと放たれた、純然たる死亡宣告。

 

 全てがコマ送りのようだった。今から自分が死ぬというのに、不思議と、恐怖はなかった。

 

 そんな時だった。本能からか、それとも、残存していた意地がそうさせたのかーー俺は、無意識のうちに、ベルトに装着された深紅のスイッチの、その上部のボタンを押し込んでいた。

 

 刹那。脳が「何か」に侵される感覚とともに、「俺」は意識を失った。

 

 黒い鎧は、ほぼ無くなりかけている視界に、敵をしっかりと映した。

 

 その「獣」かのような魂は、どこまでも孤独な少年には導き出せなかった、勝利の法則を算出できていたのだ。その法則はーー残念ながら、自分の命を繋げることは考慮されていないがーー元々、彼は死んだ身なのだ。どうせ、変身解除すれば終わる命。

 

 「そんな命に、価値はない」とでも言うかのようにーー。

 

 次の瞬間、彼は左腕に崩壊作用をはらんだ瘴気、プログレスウェイパーを集中させーー脚を揃えて、真っ直ぐ飛び込んでくるマッドローグのキックを、その左腕で受け止めた。

 

 そして。そこから。黒い鎧は躊躇なく、右手に握ったスチームブレードで左腕を切り落とし、大きく横っ飛びして衝撃に備えた。

 

 集中させたプログレスウェイパーは、自身の装甲さえも破壊する。

 

 刹那。マッドローグに蹴り抜かれた左腕の内圧が上昇し、爆発四散して辺りの空気やら梢やらを震わせた。その衝撃は黒い鎧にも抜けているが、幸いにも、致命傷には至っていない。

 

 一方、大技を繰り出した直後のマッドローグには大きな隙ができていた。加えて、脚は、崩壊作用を秘めた大量のプログレスウェイパーに汚染されているのだ。

 

 脚からプラズマが迸り、一瞬体勢が崩れたところで、マッドローグは漸く異変に気がついた。

 

 だが、その時にはもう遅かった。

 

 次の瞬間。

 

 まるで逃げ惑う兎かのようなスピードで、黒い鎧の右手に握られた、紫色の波動を纏う剣が振るわれた。一撃で脚を切り裂き、二撃目で銃を持っている手を薙ぎ、三撃目で、正確にマッドローグの頭部を貫いた。

 

 それで、勝負は決したようなものだった。頭部の剣が引き抜かれた瞬間、マッドローグは禍々しい色のエフェクトを散らしながら変身解除され、後には、妖怪の死体が転がるのみであったーー。

 

 と、その妖怪も、黒い鎧から銃を奪われたと同時に、大気に溶けて消えていく。後には、最早誰にも使われることのないドラゴンボトルだけが残された。

 

 そんな彼は。ふと、振り返って、背後に佇む少女を見やった。

 

 彼を拾い、記憶を戻すのを手伝ってやる、と言い、短い間だったが、行動を共にした少女。

 

 その少女に、今。

 

 無情にも、銃の引き金が向けられた。

 

「ーーーーっぁ」

 

 魔理沙は声にならない声を挙げ、しかし逃げることもせずに、その場に留まっていた。

 

 武器はない。言霊詠唱やらスペルカードやらは撃てるだろうが、それを使うより速く、鎧は魔理沙を葬ることのできる間合いだった。

 

 鎧はトリガーガードに指をかけたまま、微動だにしない。その時間は、さながら永遠のようでーー。

 

 ふと。その黒い鎧が銃を放り投げるまで、膠着は解けなかった。

 

「ーーーな、なんだよ?」

 

 魔理沙は自分の方向に投げられたその銃をまじまじと見つめていた。

 

「はや.....ク。そイつでーー俺ヲ.....撃っテ、クれ」

 

 どきり。と。魔理沙は自分の心臓がハネ上がるのを自覚できた。

 

 撃ってくれ。彼はそう言った。眼前にある銃で、自分自身に決着を付けてくれ、と。

 

「俺、ガ。おれ、で、あるウちに」

 

 どこかイントネーションがおかしい、その声は。

 

 彼がもう助からないということを示していた。

 

 あの少年は必死に抗っているのだろう。あの暴走の作用に対して。あの未知のベルトの力に対して。

 

「うう.....」

 

 弱々しく呻きながら、彼女は銃を拾って構えた。

 

 その手に握られた銃は、今まで持った何よりも重く。

 

「ううう.....」

 

 その手で下す審判の重さを、暗示しているようにも感じられて。

 

「うううううーーーッ!」

 

 彼女は目を瞑った。

 

「撃て、ないよ」

 

「ーー君は、それでいいいのか」

 

「ーー自分がないままで、いいのかよ」

 

 その声は、どこか弱々しく。

 

 孤独な黒兎の審判など、できようもなく。

 

「そ.....う.......よな」

 

 ふと。そんな彼女を包み込むように、その少年は言った。

 

「ーーま、りーーさに、」

 

「お.....を、ーーころ.....させよーーな.....ん....て」

 

「ダーーめだ.....よ.....な」

 

 もう、動ける状態ではなかったのに。

 

「おれの、しまつはーーおれで、つけなくちゃあ、なッ!」

 

 それは、最後の叫びだった。

 

 次の瞬間、彼は彼女に背を向けて歩き出した。そこにもう、「あの少年」は居なかった。

 

 どこへ向かうのか。あてなどないのに。

 

 いつまで続くのか。自我すらないのに。

 

 ーーそれはやはり、黒兎の身勝手な唄で。

 

 黒兎の唄は、誰にも聞こえることなく響いてーー消えた。

 




 ーーどこまでも寛容な世界は、災害すらも受け入れる。
 ーーしかし、それは調和とは違う。

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