黒兎の唄   作:サハクィエル

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ENEMY!

「やったかーー!?」

 

 期待の念を込めて叫んだのも虚しく、煙が晴れたとき、妖怪はまだ生きていた。俺が倒した奴は死を迎えた瞬間、存在そのものが霧散して消え去ったのだ。あれでは、死んでいるとは言えない。

 

 しかし、妖怪の体表には擦過傷のような割れ目ができている。さっきの奴のように、ダメージを完全に消すことはできないようだ。

 

「くそっ、魔導王の蹂躙(マスタースパーク)無しじゃ死なないかーー!」

 

 言いつつ、魔理沙はまたカードを取り出す。カードの材質やサイズはさっき使ったものと同じだろう。差異と言えば表面のデザインくらいだ。

 

 彼女はそれを宙に置くーー奇妙な表現だがそう言うしかあるまいーーと、八掛炉をそのカードの後方に添え、こちらに向かって口を開いた。

 

「悪い、こういうこと、普通なら頼むべきじゃないんだろうけどーー、あいつを止めてくれ。数十秒引き付けるだけでいいからっ」

 

 魔理沙の声は切迫していた。そして、痛いくらいの信頼が滲んでいた。

 

「勿論。やるよ」

 

 その期待は。全力を以て返さねば。そんな思いが去来するのと同時に、俺はボトルを取りだしていた。そのままそれをベルトのソケットに挿入する。

 

SUPER(スーパー) BEST(ベスト) MUCH(マッチ)! RIMMED(ガタガタ) BREAK(ゴットン) DEAD IS NEED(ズッタンズタン)! ARE YOU READY (準備はいいか)?』

 

 ベルトが猛り、鋳型フレームが顕現されると同時に、俺の体はそれにプレスされる。まだ二回目だが、早くも「変身」の感覚に慣れてしまっている自分には驚かされた。

 

UNCONTROL(アンコントロール) SWITCH(スイッチ)! BLACK(ブラック) HAZARD(ハザード)! CANNOT BACK YOU(ヤベーイ)!』

 

 次の瞬間、フレームが消失し、漆黒の戦士が顕現された。

 

 俺は変身を終えた瞬間には駆け出し、奴に向かって肉薄していた。間合いがゼロになったところで叩き込む、全力の右ストレートーー。

 

 だが、その右ストレートは惜しくも防がれてしまった。他の何でもない、奴の触腕によって。俺の腕の対応をしたのは6本のうちの一本。つまり、奴はこの体勢からでも問題なく反撃できるということだ。

 

 刹那、いくつかのことが立て続けに起きた。

 

 先ず俺が、捕まれた右腕を振り切って背後へと跳び、次いで、さっきまで俺が立っていた地点が触碗によって横薙ぎされる。それを俺が視界に納めた瞬間、周囲を眩いばかりの閃光が覆った。

 

「完成した! 退避しろ!」

 

 それを聞き取ると、1拍とおかず俺は真横に跳んだ。完成した。この言葉の意味が分からない俺じゃない。来るのだ。さっき撃った砲撃の何倍もの威力を内包した、魔導王の蹂躙(マスタースパーク)が。

 

「恋符ッ! マスターァァァァーーースパァァァァァァァァクッッ!」

 

 次の瞬間、叫ぶような魔理沙の詠唱によって、八掛炉から、戦艦の主砲を思わせる巨大なレーザーが発射された。そのレーザーの破壊半径には、なんと俺の退避地点も含まれている。5メートルは跳んだ筈なのに。

 

 俺はもう一度跳び、更に距離を開ける。

 

 ーーと、その瞬間。

 

 ジェット噴射のような轟音と戦車の全力砲撃のような威力のレーザーが、妖怪を包み込んだ。そいつは光の柱に呑み込まれるように体が順々と塵になり、最後には体の欠片すら残らないほど粉微塵になってしまった。

 

 否。粉微塵になったのは妖怪だけではない。森の木々もだ。木々の一つ一つが幹ごと消滅し、跡には何も残っていないのだ。

 

「全く、火力を極めすぎってのも困りもんだよなぁ」

 

 ーーと、ふと。俺はそんな声を「聞き取った」

 

 今のは俺の言葉ではない。では誰か、と、俺は声のした背後へ顔を向ける。

 

 そこには、全身を黒色の着物で包んだ細身な男が立っていた。その頭部はあらゆる色が消失した白の髪で彩られており、右側頭部にはこれまた漆黒の角が生えている。

 

 鬼。俺は最初にそれを連想させられた。

 

「だ、誰だ」

 

 あくまで変身は解除せず、俺はそう問いかける。そんなことをしている間にも頭が冷えていくのが分かってしまう。冷静さが高じて、人間性までもが消えてしまいそうだ。

 

「まぁ誰だっていいじゃねぇか。んなことよりよォ、お前、妖怪じゃあ、ねェよなぁ?」

 

 その馴れ馴れしい問いかけに、「違う」と冷ややかに答えると、奴はかかか、と笑って、そうムキにならなくともいいじゃないか。まぁ、何にムキになってるか知らねェが。と応えた。

 

「オレは伝えに来たんだ。我々、反逆者共(ビトレイヤーズ)が存在する限り、お前らはこの森から出られねェ、ってな」

 

 ーーと次の瞬間、奴が「動いた」

 

 しかし、その奴の姿が捉えられない。あいつはあろうことか、その移動の速さで、空間からかき消えてしまったのだ。

 

 刹那。1拍ともおかない直後に、それは起こった。

 

 俺の腰、ベルトに、手が伸ばされている。俺はそれを視界の端に収めた瞬間、肘打ちをその手に向かって叩き込む。鈍い音が響き、その手が軋んだ。

 

 しかし、折れてはいない。見た目の華奢さに反して頑丈なようである。取り敢えず肘を定位置まで引き戻し、左の拳で近付いていた奴の顔面に向かって攻撃を繰り出す。

 

 スナップの入った、最高速度の攻撃だ。

 

 奴はそれを食らうと、まるでジェット機のような速度で、5メートルほど向こうまで吹っ飛ばされた。軽い。俺の腕には手応えがあまりなかった。

 

 だが。俺は気付かない。

 

 今の感覚は、軽いもの相手に拳を叩き込んだ感覚ではない。

 

 衝撃を吸収する柔らかいものに向かって拳を叩き込んだ感覚なのだ、ということに。

 

 次の瞬間、五メートル先で、何ともなさそうな顔をしている奴が起き上がった。

 

「紙切れみたく吹っ飛ばしやがるなァ...重い、いい拳だと思うよ」

 

 しかし、と奴はやけに通る声で言う。

 

「だが、オレには届かねェなァ」

 

 そう奴が言い放つと同時に、彼方から槍が飛来した。あいつだ。あいつが投擲したのだ。

 

 その槍の横腹を弾き、俺は迎撃する。このベルトを使えば対応力がハネ上がる。あんな攻撃、なんということはないーー。

 

 しかし、俺は槍が砕けるまで気付けなかった。その槍が、攻撃のために放たれたものではないということに。

 

 刹那。猛烈な閃光を伴って、槍が爆発した。

 

「じゃな。今度会う時は、精々死なねェように気を付けな」

 

 そんな声が聞こえて来ると同時に、恐ろしいまでの衝撃が全身に突き刺さり、俺は吹っ飛ばされてしまう。木々をなぎ倒し、遥か遠く、彼方まで。

 

 鈴の音のような変身解除音が聞こえる。爆発の余波で空気が震える音がする。

 

 そしてーー、魔理沙が叫ぶ声がーーーー。

 

 そこで、俺の意識は途絶えた。

 

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