「あ、居た居た」
魔理沙と再開した時の第一声は、そんな、緊張感のないものだった。
「怪我は大丈夫だったか?」
「ええと、霖之助さんに治療してもらったからね。大丈夫だよ」
そう言うものの、俺の頭は僅かな疼痛に苛まれている。大丈夫ではない。
しかし、話しても意味がないと思い、そのことを魔理沙に告げることはしなかった。
「そうかーー。ああ、そうだ。さっきの重低音、君か?」
「ああ、多分そうだよ。ベルトの力だ」
そう言うと、魔理沙は急に真剣な表情を作り、「気を付けろよ。ああいう力は何の代償もなしに使えないから...」と呟くようにこちらへ言った。
その言葉にはどこか、郷愁としか形容のしようがない感情が内包されているように俺は感じた。
「さて、それじゃ、私はこの森を探索するけど、君はどうする? ついてくるかい?」
「うん、そうさせてもらうよ」
そう返すと、俺は腰に巻かれたベルトを見やった。
さっき魔理沙は、何の代償もなしにこんな力は使えない、と言った。実際、その通りだと俺も思う。いつか、その反応は体に現れるのだろう。否、既に現れているのかもしれない。
この力は、使わない方がいいのかもしれないな。そう思考しつつ、俺は魔理沙に続くようにして歩き出した。進んでいる方向は北。森の最深部方向である。
「そうだな。君には話しておかなきゃいけないな」
「どうしたんだ、魔理沙?」
ふと。魔理沙は言葉を紡ぎ出した。
「君や、私が戦っている深淵の魔物についてだ」
深淵の、魔物。それはさっき、俺が消滅に追いやった存在のことだ。あの妙なほど手応えのない体と、魔理沙の光子レーザーを反射する力について、実のところ、俺は何一つ分かっていない。
「あれは普通の妖怪とは違う。そう、言わば『深淵に棲むもの』で、基本的に光を嫌う性質にある。それは何十体と遭遇してきていたから分かっていたし、だからこそ、私も苦にはしていなかったが....少し前に、君が倒してくれたような奴は、その光を反射する能力を持っていた」
成る程。だから、魔理沙は反射された攻撃の回避が間に合わなかったのだ。あれは、彼女にとって、「見慣れた攻撃」ではなく、「完全な不意打ち」であったのだろう。
「だから少し調べてみたんだ。そしたら、とんでもないことに気付かされた」
「とんでもないこと?」
俺は聞いた。何の警戒心も滲んでいない、純粋かつ無邪気な声色で。
「あの生物は、能力で造り出された存在であるらしい」
「能力ーー?」
そう言えば、この世界に来てから、何度も「能力」という言葉を聞いてきたが、その意味を聞いたことは一度もなかった。だからこそ、彼女の言葉はいまいちピンとこなかった。
「おっと、能力の説明がまだだったか...? 能力っていうのは、心や、「自分」の反映だ。曖昧な心が現実として顕現されることで、能力は能力足り得る」
ただ、と、魔理沙はそこで言葉を切る。
「その能力は応用が利かない。例えば、範囲内の時間を止める能力で、誰か個人の時間だけを止めて世界の時間を動かし続けることは不可能だし、道具の用途を見る能力は、たとえ道具としてしか見ていない人間を対象にしても、そいつは広義に於ける「道具」じゃないから発動しない」
「あれ? 能力ってのは心の反映だから、二つ目の例は発動して然るべきなんじゃ...?」
「いい質問だ。ええと、能力っていうのは、揺らぎ続ける心を形として押し止めたもので、変化することは基本あり得ない。尤も、大きな心境の変化があったり、外部からの干渉で大きなショックを受ければその限りではないがーー。それでも、持続的に変化する能力はないし、8割がた字面通りの働きしかしてくれない」
魔理沙は雄弁に、しかし、あらゆる無駄を省いた落ち着きはらった声色で言葉を紡いでいく。
「だから、あの「生物」は異様なんだ。あれを生成できる能力なんて想像できない。深淵を形にする能力? 生物を造り出す能力? それに、あんな化け物を作り出してしまう心は廃人のそれと同列だろう」
ごくり、と俺は唾を飲み込んだ。
ここにきてやっと、俺は事の重大さを、スケールの大きさを理解したのだった。あの存在ははっきり言って、大したことのないものだ。しかし、あれを造り出すためにはそれなりの力が必要で、相手はその問題を解決してしまっている。それはとてつもないことだ。
「で、ここからは件についてなんだが、さっき、『深淵に棲むもの』の体を成分を摘めたボトルを解放してみたんだ。すると、その成分は森の中心に向かって飛び立っていった」
能力は心から生まれでた。だから、その能力によって造り出された存在は心、つまり能力の所有者の元に帰結するのだろう。俺は刹那にそれを悟った。
「ああ、つまり、能力所有者は森の中心に居るってことか」
「そういうことだ。だから、森の中心を目指さなければいけない。この霧についても結界についても何も分からないからな。先ずは身近な問題を解決する必要がある」
そう言うと、魔理沙は少し遅めになっていた歩調を元に戻した。
そんな彼女の横顔には、どこか、「決意」めいたものが宿っているように感じたのだった。
ーーと、ふと。顔を上げ、前方を見据える俺の視界に、一つの影が現れた。『深淵に棲むもの』だ。俺はそれを直感すると、ボトルを取り出し、「敵だ」と魔理沙に知らせる。
戦闘が始まろうとしているのだ。奴との間合いは概算13メートル。十分に間合いはとっている。
次の瞬間、魔理沙の手に握られた八掛炉が閃光を放つ。
刹那、金色に煌めく一条の閃光は、暗殺者の弾丸のように正確に、向こうの『深淵に棲むもの』に突き刺さった。
今回は説明回でした。説明パートは総じてつまらなくなるそうですが、どうでしたか?