最近夢と現実の区別がつかなくなってきているのです。更新がないときは、僕の心が夢の中にあるのだと思ってください。
『
次の瞬間、俺は地面を蹴り、俺を殴った奴の懐に飛び込むと、そのまま下段から上段へと殴り上げるような軌道で拳を振るう。妖怪はそれを食らうや否やさっきの俺と同じように遥か後方へと吹き飛び、壁を突き破って向こうへと抜けた。
壁の向こうはどうやら書斎になっていたらしい。背表紙が崩れ落ちた、「さっきまで本だった」ものがクズのように舞い落ちる。
その向こうから、誰かが歩いてきた。霧が存在しないため、視界の良好な廊下で俺はそれを認識する。
「おっとォ...? あん時の童じゃねぇの」
「お、お前は...!」
確か、「
「知り合いか!?」
魔理沙が叫ぶように言う。その手には八掛炉が握られており、煙を絶えることなく吐き出し続けている。さっき廊下に居た奴はそれで倒したのだろう。
「おっと。勘違いしないでもらいたいなァ。オレたちはそいつを利用するためにこんな大がかりな仕掛けを用意したんだぜ? そいつと知り合いたいと思う奴なんて居るかよ」
「利用、だと?」
憤懣の響きを表面に出さないよう細心の注意をはらいつつ、俺は冷ややかな言葉を紡ぐ。
「そうだ。尤も、必要なのはビルドドライバーだがなァ」
ーーとその刹那。奴の姿がかき消えた。最初に出会った時にも使った高速移動だ。
この技を見切ることは容易ではない。しかし、それはできないということではない。俺は奴が消えてから1拍後、上体を反らせることで、胸を照準して打ち込まれた右ストレートを回避した。そのまま、奴の腕を左手で引き、奴が向かっていた方向に力を加えて推力を発生させてやると、その勢いを余すことなく利用した右足での膝打ちを鳩尾に打ち込んだ。
この行動は合理性極まるもので、喧嘩という場に於いては最も正しい作法だろう。
しかし、それは些か、人間性の欠如した戦法ではないか、とも思う。
このベルト、もしかして、変身者を次第に獣へと変容させるのか。
そんな思考が瞬いた次の瞬間、ふと、鳩尾辺りに激甚な痛みがはしった。それにより俺は腕の力を緩めてしまい、奴が拘束から脱するのを許してしまう。
何だ、これは。
俺は奴を見ていたが、奴は微動だにしていなかった。つまり、俺に攻撃することは物理的に不可能なのだ。
「おっと、言い忘れてたな。オレは霊鬼さ。死んだ今も尚、乾きを癒すために魂を食らう」
霊鬼。それは死んだ人間が鬼と化した存在。
「命を吸い続けるオレを殺すことはできない、ってな」
次の瞬間、お返しだ、と言わんばかりに俺の全身へ攻撃が叩き込まれた。それは腕と言わず胸と言わず、腹と言わず頭と言わず目と言わず鼻と言わず耳と言わず、あらゆる部位への攻撃だった。幸いだったのは鎧を着用していたため、目潰しや急所への攻撃が全て通らなかったことだろう。
しかし、その50発にも及ぶ物理法則の限界速度かと思うほどの神速の攻撃は俺を吹き飛ばすには充分過ぎた。最後の一発となる攻撃を鳩尾に食らった俺は遥か後方へと吹き飛び、木の壁に激突してその運動量の全てを相殺した。
「さて、次はあんただ」
そんな声が遠くから聞こえてくる。その言葉は、魔理沙に向けられたものでなければあり得ない。
ーー魔理沙が、攻撃されようとしている。
彼女と少しの間行動を共にして分かったが、彼女は近接戦闘に向いていないし、やろうともしていない。
そう。あんな速さの拳捌きができる妖怪と、ほぼゼロ距離に等しいあんな間合いでぶつかれば十中八九殺される。
ダメだ。ダメだダメだダメだ。そんな現実を、未来予測を許してはいけない。ここで立ち上がり、奴との間合いを一秒でも早く詰め、必殺の一撃を叩き込まなければならない。
だが、体が動かない。ダメージは鎧を貫き、本体である頼りなさげな少年の体にも通っている。肉は大丈夫かもしれないが、心は大丈夫ではなかった。今までに受けたことのない激甚な痛みは、俺の足を止めるには充分過ぎる。
「く、くそっ!」
声が聞こえる。不明瞭な詠唱と、それをかき消す打撃の音が聞こえる。痛みにあえぐ魔理沙の声も、八掛炉が地面に落ちる音も、奴の発する暴力的な息づかいも、全部、全部。
理屈では立ち上がるべきだ。恩義を返したいのならこの拳を握るべきだ。後悔したくないのならその拳を振りかざすべきだ。
でも。もう動けない。
俺はこんな状況になっても、自分の頭が覚めていくのをはっきりと感じ取っていた。冷静さの増幅は捗捗しく進んでおり、留まるところを知らない。畏れている、「冷静さの増幅による精神の淘汰」が現実になろうとしている。
本来なら、別段問題なく体が動くなら、変身を解除して冷静さの増幅を止めるべきだ。しかし、この刹那に於いて、それをすることはできなかった。体が動かなかった。
次の瞬間、漸くのろのろと右手が動き出す。それは緩慢に、しかし着実にベルトに挿入されているボトルへと迫っていく。
だが。次の瞬間。平衡感覚が消失し、頭に存在していた妙な疼痛が唐突に強化された瞬間。俺の手は半ば自動的に動き、ベルトのボタンを押していた。ベルトの右部に接合されている、深紅のスイッチに存在するボタンを。
『
かき鳴らされた声のイントネーションや調子はいつもと変わりがない。しかし、その声はどこか、暗く冷ややかな響きを帯びていた。それはさながら、今まで人だったものが急に機械になってしまったようなーーー。
次の瞬間、黒い着物の妖怪は見た。紫色の瘴気を全身に纏った、鎧の姿を。自分に向かって拳を振り上げる、獰猛なその横顔を。
ただで殴られてやるものか。そう思考しつつ、彼はその拳を掴もうとした。
しかし。その掴もうとした拳をすり抜けるほどの速度で伸ばされた手は、彼の着物の胸ぐらを掴み、ガッチリとホールドしてしまう。
そこから、一対一だというのに、鏖殺という形容の似合うような戦闘は始まったのだった。