屍が積み上がる。空洞と化した双眸と裂けた口から夥しい量の黒血を吐き出し、皆が皆、怨嗟の声を上げていた。
なぜあの時見捨てたのだ、もっと早く来てくれたのなら私とこの子は生きていられたのに、どうして、どうして、どうして────
あの時あの場所あの時代で、救えなかった人々が責め立てる。只々、どうしようもない無力感と悲しさだけがあった。
息苦しさに目を覚ます。腹部への生温かい感触と圧迫感。ベッド横のランプを点け、掛け布団を剥がす。
「………………茨木」
腹部へ頬を擦り付けるように抱きつく少女がいた。角が胸を突いて地味に痛い。床に就いた時には居なかったはずだが。確かに時刻は深夜3時、安眠のためにもとにかく退いてもらわなければ。
「茨木、起きてくれるか」
「うぅん…?もう夜が明けたのか……?」
寝ぼけ眼をこすりながら茨木が身体を起こす。
シーツの上をゆるやかに流れる金髪、白い玉の肌、整った鼻梁、額を走る朱の紋様、幼さを残す表情。
鬼種特有の切れ長の瞳がこちらを見つめ、何かに気付いたように、にたりと笑った。
「どうした? 吾に見惚れてしまったか?」
茨木はふふんと鼻を鳴らし、身を乗り出してくる。
「……うん。改めて見るとすごく綺麗だ」
素直に返事をすれば笑みはさらに深くなり、目に見えて上機嫌となった。
「そうかそうか…吾は酒呑と違って魅了の術は持っておらぬのだがなぁ、汝が吾に夢中と言うのならば仕方ない仕方ない」
僅かに頬を染め、ニコニコと微笑む。この茨木には大江山の首魁たる威厳のカケラもない。
「で、何で茨木は布団に?」
肝心の疑問を口にする。茨木が母親に貰ったという着物が丁寧に畳まれ、テーブルに置かれている。明らかに一緒に眠るつもりだったのだろう。
茨木は一瞬きょとんとした表情をし、
「吾は常に汝の側にある。魘されていたのならば身を寄せてやるのが同胞の務めであろう?」
当然という顔で言ってのける。
ああ、そうだった。茨木は仲間をよく見ている子だった。俺がここ最近、悪夢に魘されている事などとっくにお見通しだったのだろう。
そう気付くと途端に恥ずかしく、暖かい気持ちになった。
「詳しい事は訊かぬ、大方戦場での記憶がぶり返した……といったところか」
完全に図星である。茨木は可愛らしい一面もありながらこういったところで上に立つ者らしさを発揮する。
「汝は人間にしてはよくやっている。そう気に病むでない」
眉根に皺を寄せ、嗜めるように言う。
「ただ、確かに優秀ではあるが抱え込む性分だ。たまには吾や酒呑、マシュや使い魔共にも頼るのだぞ?」
「いつも助けられてばかりだよ」
「ふん、吾が言っておるのは戦場の話だけではないぞ?普段から心を預け、重荷を分かち合うべきだということだ」
「辛くなったらすぐにでも言うさ」
「吾はいつでも駆け付けるぞ!汝は大切な同胞だからな!」
自信満々の表情でそう宣言される。その表情があまりに可愛らしく、そっと頭を撫でた。
一瞬硬直した茨木に、照れくさそうな表情で頬を撫で返される。赤く染まった鬼のてのひらが耳をくすぐり、少しこそばゆい。鬼種の血のためか、高い体温が思考を蕩かしてゆく。触れ合う肌と肌からは温かな慈愛を確かに感じた。
「予定では明日は休みであったな?多少ゆるりと寝ていても許されよう」
くあ、と小さくあくびをひとつ。茨木が隣に寝転がり、ランプを消す。
「起きたらまず食堂だ。バニヤンやアリス、ジャックと共にパンケーキを食べて、それから緑の人におやつをもらいに行くぞ」
「なんだよそれ、もう決めてるの?」
「ふふん、これぐらい計算高くなければ鬼のまとめ役は務まらぬわ」
「流石だなぁ」
「まったく実感が伴っておらぬようだが……」
寝転がってくだらない話をしているうちに眠気がやってきた。それを察するかのように金の眼を細めて言う。
「吾はここに居る。安心して眠るがいい」
細く温かい腕が頭へ回され、優しく抱きしめられる。伽羅の香りとごく僅かな酒気に包まれ、急速に意識を手放していく。
「おやすみ、茨木」
眠りに落ちる間際、そう言えたかどうか定かではない。しかし、小さく笑う鬼の声を聞いた気がする。
その後はもう、夢も見なかった。