こころとカラダ   作:ヤムチャしやがって

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今回は前話の裏側。
かのちゃん先輩が無事に部屋にたどり着くまでを、主人公の視点でお送りします。

それでは第3話どうぞ!



迷子少女の探検記? (裏)

 どうも、弦巻カラダです。

 今日はこころが所属するバンド『ハロー、ハッピーワールド!』の活動会議が弦巻家で行われる日である。先ほどメンバーの皆さんを部屋へと案内したのだが、ここでひとつ事件が起こってしまった。

 それはハロハピのドラムを担当している松原さんが迷子になってしまったということ。敷地の広い弦巻家だ、慣れていない人が迷子になってしまうと言うのはわかる。

 しかし松原さん……あんた俺たちと一緒にいたじゃん! ついさっきまで後ろついてきていたじゃん⁉︎ どうやったら迷えるわけよ?

 

 ……いや、松原さんには非はない。彼女が着いてきていると思い過ごしていた俺の責任だ。とりあえず探しに行くとしようか。

 なんてことを考えている間に、今度はこころそして北沢さんまでもが部屋を出て行ってしまった。なんでも探検をしにいくだとかなんとか。あーあ、奥沢さんが頭抑えてるよ。溜息ついちゃってるよ。

 我がこころお嬢様と北沢さんの天真爛漫コンビに頭を痛める奥沢さん。そして不意に、彼女の隣に立つイケメン女子の瀬田さんと視線が重なる。

 

「……ふっ」

 

 小さく笑みを向ける瀬田さん。そして俺へ向けて『あっちへ行け』のジェスチャーを送ってくる。どうやら奥沢さんと二人、この場に残ってくれるらしい。小さく頭を下げ、俺は音もなく部屋を後にする。

 廊下にでた俺はスマホを取り出す。探すの自体はそこまで難しくはない。電話をかけて場所を聞けばすぐに見つけ出せる。

 

「いやー、松原さんに連絡先教えてもらっててよかった」

 

 スマホを操作し、松原さんへ電話をかける。しかし電話に応答はなく『電波の届かない場所にいます』という機械的な対応だけが鼓膜を揺らした。

 ……電波が届かない、か。この敷地の中で電波が届かない場所は幾つかあるが……一般の人が行ける場所となると自然と限られる。

 

「さて、行くか」

 

 俺は松原さんがいるであろう場所へと向けて全速力で駆け出す。

 それにしても松原さん、どうやったら美術館(そんなとこ)に迷い込めるんですか……。

 

 

 

 

 

 移動すること5分程度。俺は弦巻家の美術品が収められた部屋の前へと辿り着く。しかしこの部屋、広さだけで言うのならばかなりのもので、方向音痴と言われる松原さんならば問題なく迷子になれる。

 とまぁ、そんなことを考えている間にも時間は流れてしまうので、扉を開けて部屋の中へと入る。

 

「さて、ここにいてくださいよっと」

 

 ここにいることを信じ、俺は美術館の中へと足を踏み入れる。中にはたくさん美術品──俺にはそうは見えないが、どうやらたいそう高価らしい品々──がこれでもかと並べられている。

 例えばどこかの名匠が打った名刀だったり、あるいはかのドイツの政治家が求めた槍だったり。まさに古今東西、ありとあらゆるモノが収められている。

 まぁそれが本物かどうか、それを俺に確認する手立てはない。とりあえずわかるのは、これらがかなりの価値を持っているモノだということだけだ。

 

 そんな見る人が見れば宝の山であろう美術品の中を、一人の迷子の少女を探すためにひた走る。

 しかし広い、とにかく広い。なんでこんな広さにしたのかと、この家を設計した人物が恨めしい。探し人が普通の人ならばいいのだが、なにせ松原さんだ。誰一人に気付かれることなく姿を消した彼女は、おそらくスキル『気配遮断(C)』を取得しているのだろう。

 

 見つける人が変わるだけで難易度がグンと増加する。松原さん、末恐ろしい子だ……。

 なんてことを考えながら美術館を走り回っていると、かすかにだが人の話す声が聞こえる。

 

「は、恥ずかしいけど……でも、ここなら誰も聞いてないから大丈夫だよね?」

 

 間違いない、松原さんの声だ。すぐさま聞こえてきた方へと向きを変える。

 しかし誰も聞いてないとは、いったいどういうことなのだろうか。そんな俺の疑問は、次の瞬間に解決することとなる。

 

「カ、カラダくーん!」

 

 いつものおどおどとした声からは想像できない、珍しい松原さんの大声が鼓膜を盛大に揺らす。

 いや、松原さんの大声にも驚いたけど、何故に俺の名前を? いや、ちょっと待て……確かいつかの日にこころが……。

 

 ──あなた達も、困った時は呼ぶといいわ! どこへだって駆けつけてくれるんだから!

 

 って、ハロハピの皆さんに言ったけか……。まさか、本当にあの言葉を真に受けるって……いや、信頼してくれるのは嬉しいんだけど、その、荷が重いよ。

 俺、綾崎くんのようなパーフェクト執事じゃないんすよ。呼べばくるなんて、そんなくしゃみで出てくる大魔王みたいにお手軽に呼び出せないんすよ。

 

「……やっぱり、来ないよね」

 

 ……まぁ、こころの数少ない友達だ。できるだけ、期待には答えてあげないとな。

 最後の角を曲がった先、そこには水色の髪をサイドテールにした少女が項垂れながら佇んでいた。そんな今にも消えてしまいそうな空気を漂わせる彼女──松原さんへそっと歩み寄り

 

「お呼びでしょうか、松原様」

「ふぇ⁉︎ え、え……ええ? カラダ、くん……?」

「はい。お呼びになられたのでお迎えにあがりました」

 

 大きく目を開き、何が何だかわからないといった表情を浮かべる松原さん。本当に呼んだらやって来たことに驚いたのだろう。

 そんな彼女の様子がおかしくつい、クスリ、と笑みをこぼしてしまう。

 

「ほ、ほんとに呼んだら来てくれた……」

「はい、執事ですから」

 

 なんて格好つけてはみるが、今回はたまたまタイミングが良かっただけである。もしも次やってみろと言われたら確実に失敗するだろう。

 松原さんには淡い期待を抱かせてしまう結果になってしまったなぁ。

 

「さて参りましょう、皆様がお待ちしております」

「は、はい!」

「それでは、お手を失礼します」

 

 そっと、松原さんの小さな右手を包み込むように握る。突然のことに松原さんは再びその前を大きく見開かせ、そして頬を赤く染める。

 

「あ、あの、カラダくん……?」

「申し訳ありません。部屋へ到着するまでですので、少しの間我慢してください」

「いえ、そんなっ、我慢なんて……」

 

 尻窄みになる声。人見知りな彼女にこの仕打ちは心痛むが、もしも一度手を離してしまえば彼女のスキルが火を吹いてしまう。それだけは何が何でも阻止しなければならない。

 美術館から部屋まで走れば5分程度だったが、歩くとなると大体10分ほどかかってしまう。その間何か暇つぶしに会話でもしようかと思ったら、意外にも松原さんが先に口を開いた。

 

「その……ごめんね。私を探すの、大変だったでしょ?」

 

 謝罪の言葉を述べる松原さん。良識で心優しい彼女だ、きっと今回の一件に罪悪感を抱いているのだろう。

 

「私、方向音痴なのに、みんなからちょっと目を離して……結果迷子になって」

 

 少しだけ、右手に掴む手に力が込められる。

 

「ハロハピのみんなにも、カラダくんにも……迷惑かけちゃった」

 

 確かに、今回松原さんは少なからず迷惑をかけただろう。心配もさせただろう。それは紛れも無い事実だ。

 だけど……

 

「別に、そんなに気にすることじゃないと思いますけどね」

「ふぇ……?」

「松原さん、いっつもこころ達に振り回されてるじゃないですか? だから、逆に迷惑かける時があってもいいと思うんですよ」

 

 たかだか迷惑の一つ。日頃こころやその他の人たちに振り回される俺からしてみれば、松原さんの言う迷惑など可愛らしいものだ。

 

「それに迷惑かけ無いように遠慮ばっかして、自分を殺して生きてたら、人生つまんないですよ?」

 

 他人の目ばかり気にして、いい子を演じて生きる。そんなものは偽物なのだ。何も感じない、無味無臭の、空っぽな人生。

 いや、あれを人の生と呼んでもいいのかすら疑ってしまう。

 

「もうちょっと自由に生きたほうがいいですよ。肩の力抜いて、息抜きして」

 

 さすがにこころの様になれとまでは言わないが、もう少しはっちゃけてもいいと思う。

 

「松原さんにだったら迷惑かけられてもいいかなーって。むしろどんどん頼って欲しいっていうか」

 

 松原さんみたいな(たお)やかな子だったらばっちこいなんだよな。いや、べつにこころが嫌だっていうわけじゃないけど、たまには松原さんみたいな可愛らしい迷惑もかけられたいっていうか。

 というか、さっきから松原さんからの反応がないんだが。まさかはぐれた⁉︎ いや、ちゃんと手は握ってるからそれはない。

 驚くほど無反応な松原さんに足を止め振り返る。するとなぜだろう、松原さんは仰天の顔で俺のことを見ていた。

 

「……どうかしましたか?」

「カラダくん……喋り方、いつもと違う」

「…………あ」

 

 しまったぁあああ! 本心を伝えるのに口調まで同じ様にしちまった! いや、何もヤバイことはないんだけど、こう、キャラを作ってたって知られたら……恥ずかしいじゃん?

 

「いつもはそんな喋り方なの?」

「あー……まぁ、執事じゃない時間だったら、だいたいこんな口調ですね。あの……おかしいですか?」

「ううん! 全然変じゃないよ! むしろ距離が近づいたみたいで、いいと思うな」

 

 俺としても喋り方はこっちのほうがいいとは思っているんだけど、なにぶん師匠の教育の賜物で早々矯正できそうにないんだよなぁ。

 

「まぁ今回は本心を語ってたらついって感じだったんで。部屋に戻ったらまた口調も戻りますよ?」

「そうなんだ。でも、今のほうが話しやすくていいと思うけど……」

「まあそこは諦めてください。俺もほとんど癖の様なものなんで」

 

 そう言うと、松原さんはそれ以上は何も言わずおとなしく引き下がってくれた。

 

「じゃあ、今度からはもっと迷惑、かけてもいいの?」

 

 すると意外や意外。まさか松原さんの口からそんな言葉がでるとは。とは言っても俺がさっき言ったことだし。

 

「いいですよ。こころに比べれば、人類皆可愛いものなんで」

「ふふっ、じゃあ本気にしちゃうからね? もうダメって言っても遅いよ?」

「男と執事に二言はありませんよ」

 

 と、話している間に目的の部屋が見えてきた。扉の前、部屋に入る直前、俺は松原さんの手を離す。

 

「それでは、私はお茶の用意をしてきますので。松原様は中でお待ちください」

「うん。ありがとう、カラダくん」

「いえ、執事ですから」

 

 そして松原さんは室内へ。それを見届けた俺は踵を返し、お茶を用意するため厨房へと向かう。

 

 

「それじゃあ、ハロー、ハッピーワールドの活動会議を始めるわよ!」

 

 廊下の曲がり角、遠くなった部屋から聞こえてきたのは、いつもの聞き慣れた少女の、元気いっぱいな声だった。

 

 

 

 

 

 





本気にしちゃうからね。
いや、一度でいいから言われてみたい(切実

かのちゃん先輩がヒロインしてるなぁ。
まぁヒロインは未定なんですけど笑

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