失恋したから剣にて空を目指した男のラブコメ学園生活   作:神の筍

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二章
十三刀目!


 『一意専心』と掲げられた道場には、不乱に木刀を振るう生徒たちがいた。ある者は流れる汗をそのままに振り続け、ある者は何かを模索するように振り続ける。それが半刻程経ったか、神棚の下で正座をして見守っていた老人が手を叩いて合図をする。

 

「――そこまで。

 今日の鍛錬はこれで終わりとします。皆さん、一所懸命に努力(ゆめりき)み続けることは構わないですが、どこか蟠りがあるようですね。心の緩みは剣の緩みに繋がります。来週までに解消できるよう、部員(・・)全員で話し合うように。以上」

 

 そこまで告げると老人は歩き去った。

 残された生徒たちは老人の言葉に呆然とすることなく、張り詰めたような表情を見せる。

 その様子を見ていた女生徒――山内理念(やまうちりねん)は黒い包帯の巻かれた中にある目蓋を細めて呟いた。

 

「やはり――」

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 放課後、鍛錬もそこそこに部室で駄弁っていると武蔵が口を開いた。

 

「そういえば、今日は客人が来るみたいだよ」

 

「客人、ですか……?」

 

「うん。何か『挨拶』がどうのこうのだって」

 

「あー……なるほど」

 

 沖田さんが納得したような声を漏らしたのと同時、ようやく俺も察することができた。

 

「別にそういうの、いいのにね」

 

 大多数を抱える天然理心流、その師範位を持つ沖田さんはともかく、類似流派が蔓延りながらも本派の後継者はだだ一人である二天一流の武蔵はそう言った礼節においては苦手意識を持っているらしかった。かくいう俺も、国巡りで師匠の弟子として挨拶はされど、帯刀許可を得て正式にそういったことを経験するのは初めてなので少し辟易としている。なぜなら、あまり真面目な雰囲気は武蔵同様面倒臭いからである。

 

「いつ来るんですか?」

 

「ーっとね、たしか……」

 

 「十六時くらい」——と武蔵が言ったとき、部室の扉前に気配がした。

 俺と沖田さんは目を合わせ、もう少し早く言えば良いものをと愚痴りながら武蔵を見遣る。舌を出しながら頭を下げるのを見て扉先への応対は任せた。

 

「どうぞー」

 

 入ってきたのは一人の老人。年齢は七〇に届くくらいか、皺はあるが長年鍛え上げられた肉体が若々しさを印象付ける。特に目立つ長い髭は灰色に燻んでおり、袴を履いた腰には木刀をぶら下げていた。

 

「わざわざ儂のような老体のためにお集まりいただけていたようで、感謝を」

 

 一歩、踏み出し、中へと入る。武蔵が誰も座っていない一人用ソファに手を出すと、そこに向かいあったソファへ俺たち三人は並んで座った。

 

「いえ、そちらも長年鍛錬を積んできたとお見受けします。本来ならば、あなたがいるこの場へ乗り込むような形で入学した手前、私たちからご挨拶をしなければならないにも関わらずご足労いただきありがとうございます」

 

「ほほっ、気になさらんでください。儂は元より外部顧問という立場でおります。教師と生徒ならば出会うことはあったでしょうが、本来ならば決して交わらぬ関わり。年齢だけが取り柄でございますが、どうか容赦を」

 

 これだ。俺がいわゆる『挨拶』を苦手としているのは自分より遥か年上の人物から頭を下げられるからである。

 『帯刀許可者』――。

 今ではその名をテレビでも聴くようになったが、彼ら彼女らの真価を理解している者は少ない。なぜ日本という法治国家が忌避されるべき刃を法的に所持することを許したのか、これを語れば堅苦しい歴史の勉強になるので詳しくは言わないが、注目すべきはその条件。徹底的に秘匿され、それを知るのは俺の師匠や沖田さんの肉親類、武蔵の父親など、帯刀許可者になって数十年、弟子がいるなどいくつかの項目を埋めなければならない。

 では、一体何の条件なのか……? 

 岩を斬ればなれるのか——否。音より早く動けばなれるのか——否。国に仇なす者を斬ると誓えば良いのか——否。

 おそらく――単純な力量。

 才ある者が、才を超えて努力しても辿り着けるかという剣の山巓。歳も、鍛錬の年数も関係ない。なるべくして、そこに在る。

 

「改めてまして自己紹介を。星詠学園剣術部(・・・)の外部顧問を務めております。柳剛流、岡田常良(おかだつねよし)と申します」

 

 その出会いは波乱か、それとも――。

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 岡田先生……とでも呼べば良いのか、とりあえず剣術部の顧問との邂逅から翌日、俺たち三人は最近よく話すようになった紗那を含めて世間話をしていた。もっぱら話題は紗那から話される俺の昔話で、何とか紗那のことを思い返して応酬しようとするが、手八丁口八丁の巧みな話術に叶うことはなく頬をひくつかせるばかりであった。

 

「そんな可愛いときもあったんですねぇ」

 

「いまいち想像できないね。今の剣心は全然人前に出るタイプには見えないし」

 

「だよね。ボクも何となく顔つきは昔のままだけど、話してみると全然違って驚いたもん」

 

 ううむ、中々人の過去で盛り上がられるのは勘弁して欲しいものだ。妹曰く、結局女性が一番会話として盛り上がるのは昔話と、人の恋愛話だと言っていた。三人も当然漏れずにそうであったらしい。

 

「沖田さんと武蔵の小学時代はどうだったんだ?」

 

 俺は苦し紛れにそう投げかけた。しかし、それが功を成したのか紗那の興味もそちらに惹かれ、促すように視線を向ける。

 二人の小学生時代。たしか、沖田さんは真面目に通っていたと聞く。やはり道場、それも若くして幹部格なので幼年期からカリスマ性みたいなのはあったのではないだろうか。真剣術部の活動も基本的に沖田さんが部長のような役割に付いてくれているので、意外と委員長などの経験があるのかもしれない。

 

「私は別に普通でしたかね。今より小さいときは実家が道場なのは少し恥ずかしくて、猫を被ったりしてたので……」

 

「む、そうなのか。実家が道場なのはかっこいいと思うが」

 

「いやいや、考えてくださいよ。男の子ならばともかく、女の子の実家が道場なんて虐めの対象ですよ」

 

「私は良いと思うけどな、道場。(うち)なんかそもそも家が木を繰り抜いたような場所にあったから先生も来るの嫌がってたもん」

 

「今はいいですけど、昔は隠すのが大変で……」

 

「人の悩みはそれぞれだね。でも沖田はまさしく生まれるべくして生まれた天才剣士というわけだ」

 

「えへへ、照れますねー」

 

 尻尾のように立ったアホ毛が忙しなく動いている。これは本心から嬉しがっている証拠で、帰り道に食べ歩きをしているときによく見せる光景だ。

 次は武蔵を掘り下げようと口を開いたとき、教室の前から声が上がった。

 

「――ここが1年B組か」

 

 そちらに目を向けると、短髪の、俺より少し背の低い男子生徒が鋭い目付きでクラスを見回している。何かを探す風貌に女子のクラスメイトの中には小さく悲鳴を漏らす者もおり、穏やかな気配ではなさそうだ。最後にこちらを見ると、俺たちの腰に下げられた刀と、顔とを激しく行き来させてどかどかとこちらへ歩いて来た。

 

「誰だろ」

 

「さぁ」

 

「む」

 

「ボク、隠れてたほうが良いかな?」

 

「大事ないと思うが、俺の後ろにいろ」

 

「ん、ありがと」

 

 そして目の前までやってきた男子生徒は腕を組んで鼻を鳴らした。

 

「オレの名前は――口宮冬三郎(くちみやふゆさぶろう)

 

 そう名乗った彼のシャツ色は赤色を示していた。この学園は、一年は緑、二年は赤、三年は青で分けられているため、二年であることを表している。

 

「流派は田宮神剣流、剣術部副主将だ!」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙が広がっていく。

 今のところ大声で自己紹介をされただけなので、何も言うことはない。かと言ってこちらが自己紹介を始めれば良いのか? しかし、彼の瞳はまだ続きがあると言わんばかりにぎらついている。流し目に沖田さんと武蔵を見てみるが二人も向こうの出方を窺っているようだった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……以上!」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……けんけんたちも自己紹介、したほうが良いんじゃないかい?」

 

 思いがけない流れにどうしようか考えていると、背後にいた紗那に小突かれるようにそう言われた。それは二人にも聞こえたようで、沖田さんが先陣を切って自己紹介をする。

 

「真剣術部。天然理心流、沖田総司です」

 

「同じく、二天一流宮本武蔵」

 

「同じく……剣城剣心」

 

 やれやれ、スムーズに流派を名乗るものだから詰まってしまった。

 

「そうか……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 再び、沈黙が広がる。

 

 

 

「――何をやっているのですか、口宮副主将」

 

 

 

 光明か、ようやく進展があった。聞こえてきた声音は風鈴のように澄んでおり、何となく川辺を想像させる。俺たちの後ろにある扉から現れたのだろう、口宮副主将の顔が僅かに緊張に包まれている。釣られてそちらを見ると、一人の女生徒が凛とした佇まいで立っていた。

 

「ご機嫌よう、帯刀許可者様方。私の名前は山内理念、そちらの口宮冬三郎が副主将を務める剣術部、主将を任せられております」

 

 山内理念――そう名乗った彼女は沖田さんや武蔵に勝らずとも劣らずと言った容姿を持っていた。いや、もしかするとそれ以上の……可愛さや美しさではない、均整(・・)を保持していた。黒より紺鼠に近い長髪は、前髪を中心に分けられ、筋の通った高い鼻も完全対称。すべてにおいて正中線が取れた彼女に唯一の特徴があるとすれば、それは瞳を覆うように巻かれた黒い包帯である。

 包帯の奥で動いた眼球が、俺を捉えたのを確認する。

 

「この包帯が気になりますでしょうか? 気に障られたら申し訳ありません。私は少々特殊な瞳(・・・・)を持っていまして、こうして光を抑えなければ頭痛が鳴り止まないのです」

 

「特には」

 

 短く返した俺に、向こうは気にすることはなく微笑んだ。絵になるな。というかもはや絵だ。

 

「ここでは少々騒がしいです。よろしければ、休憩場の方へ移動しませんか?」

 

「そうしましょう。二人も、良いですね?」

 

「おっけー」

 

「ああ」

 

 俺たちと、剣術部の二人は教室を出た。

 

 休憩場とは、一階層に一つある自動販売機とベンチが置かれている空間である。元々周囲に高い建物が無いため日当たりが特別良く、春先や秋口の涼しい季節には人気スポットとなる。

 到着したそこは運良く無人であった。

 

「何かお飲みになられますか?」

 

 と、言われたので丁重に断った。初対面の人に奢られるのは申し訳ない。

 入り言もそこそこに、結局何の用があって来たのか武蔵が尋ねた。

 

「実は、お願いがありまして――」

 

 彼女から語られたことは、そう難しいことではなかった。

 剣術部は現在、九割を越した部員がそれぞれの流派を学んでいる。剣術部と名打ってはいるが、実際は烏合の衆に等しく、彼ら彼女らが固まって剣術部であるのは将来道場を継ぐ、もしくは経営する際にそのノウハウを学べる機会が剣術部にあるかもしれないから、ということであった。多少のぶつかり合いはあれど、互いに同じ屋根の下を過ごす仲間であるわけだから大事だって喧嘩をすることはない。しかし、やはり武道が関わってくるためか主将や副主将の地位は実力奪取が基本であり、主将の山内理念は入部初日に当時の主将を打ち倒した猛者であるとは口宮副主将の言葉である。

 顧問の岡田先生は柳剛流を名乗っているが、基本的な振り方はどの流派も一緒なため素振りなどは息を合わせて日課としているらしかった。

 剣術部の事情を一通り話した山内主将は、そこでようやく「本題なのですが」と切り出した。

 

「御三人方には是非、私たち剣術部の鍛錬を見ていただきたいのです。帯刀許可者であわせられるのはもちろん、その歳で師範位を持つ沖田総司様。世に聞く二天一流の麒麟、宮本武蔵様。そして部活動紹介の際、華麗な技術をお見せになった剣城剣心様……どうか、お願いできませんでしょうか。声をかけていただく必要はありません。道場の中に御三人がいるだけで身の締まる鍛錬ができると思うのです」

 

 ううむ、なるほど。

 自分で言うのも何だが、たしかに実力が上の者がいればいつもより鍛錬にやる気が出る。事実、俺も師匠が横にいたときは肩に力が入りすぎてよく(はた)かれたものだ。

 すぐには返答せずに、三人で顔を寄せる。

 

「どうしましょう」

 

「どうしよか」

 

「どうするか」

 

 あれだけ丁寧にお願いされたのならば、断るのは後味が悪い。見ているだけでも良いと言っているので、受けても良い気がするが。

 

「期間を設けるのはどうですか? 一週間とかにすれば、大丈夫かと」

 

「私たちの活動もあるから毎日は無理だもんね。来週いっぱいとかだと、別に構わないんじゃないかな?」

 

「それで良いと思うぞ。俺も剣術部がどういうところなのか興味がある」

 

 いつの世も汗を流す女性は美しい。

 

「では」

 

 山内主将に『来週一週間ならば構わない』と伝える。それを聞いた彼女は花が咲いたような笑顔を浮かべると、後ろにいた口宮副主将とともに深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます。

 では、週末にもう一度連絡をしたいので……剣城様、連絡先をいただいてもよろしいでしょうか?」

 

「――はい」

 

 棚からぼた餅とはこのことだな。

 

「山内主将、別に剣城とはオレが……」

 

「口宮副主将。本来、今回のお願いですら烏滸がましいことなのです。一介の弟子である私たちに唯一御三人方と繋がりを持てたのが星詠学園剣術部。そうであるのならば、長たる私が直接連絡を取り合わなければ無礼というもの」

 

 罰の悪そうな顔をした口宮副主将は黙って下がった。

 スマホを出して連絡アプリLOPEのバーコードを見せ、山内主将を追加する。

 

「後日、剣城様を通して改めてご連絡させていただきます。

 来週から、よろしくお願いします」

 

 かくして俺たち三人は、一週間という期限つきではあるが剣術部の鍛錬を見ることになったのであった。

 


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