失恋したから剣にて空を目指した男のラブコメ学園生活   作:神の筍

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 昼食を終えた俺は昔馴染みであるクラスメイト——千島紗那と話していた。内容は昨日見た猫屋敷についてであり、口を出すか否か決めかねている中、思わず相談事のように漏らしてしまった。相談、と言うが昨日見たことを話しただけであり、何をどうしたいかなどは触れていないので彼女にとっては適当に相槌を打つばかりだろう。

「君はどうしたいんだい?」

 と、思っていたのだが、いざ話終えると紗那がそう問うてきた。

「どう——か……」

 言いたいことはわかる。
 俺がやろうとしていることは、そしてやってしまったあとの影響も容易く想像できる。それを含めて俺はどう動くべきか。

「何だ、答えは出てるじゃないか…………というか、君のその表情は最初から一切悩んでいないね」

「む……表情」

 自分の顔を触ってみるが、どこか動いていたか。

「やはは。わかるわけないだろ、この無表情男。雰囲気だ、雰囲気」

 小馬鹿にしたように笑ってくる彼女はやけに楽しそうだった。







十五刀目!

 

 

 

 二日目、昨日のように山内主将が挨拶をしてから鍛錬に入った。昨日はふらふらとしていた俺だが今日は違い、真っ直ぐに猫屋敷の下へと向かった。なお、沖田さんと武蔵には予め説明をしており、理由を聞いた二人には「かまわない」と了解をもらっている。

 いつものように、かはわからないが木刀を持って木人形に相対していた猫屋敷に声をかけた。

 

「猫屋敷、少し待ってくれ」

 

「……何でしょう?」

 

 今にも振るぞと気を張っていた猫屋敷。

 

「少しだけ猫屋敷の手助けをしたい。どうか、付き合ってくれないだろうか。一応、山内主将からの許可ももらっている」

 

「本当ですか……? 

 むしろこちらからお願いしたいというか……」

 

 良かった。どうやら彼女も乗り気なようだ。

 

「なら、早速入りたいんだが——」

 

 昨日感じた違和感と、その答え合わせをしていく。

 まずは猫屋敷の身体がどのような動きが可能なのか把握するところから始まる。一度木刀を置き、気を付けの体勢を取ってもらう。

 

「これで良いですか?」

 

「ああ……これは……」

 

 中々のおっぱいだ。

 そこはかとなく猫背だったので気付かなかったが、これはこれは……武蔵より……いやもしかすれば沖田さんよりも……。

 猫屋敷の使っていた木刀を拾い、一言断りを入れてから木刀を背中に当てる。背筋はあるが、この様子から猫背気味なのが彼女にとって一番楽な体勢なようだ。

 

「いつもの体勢にできるか?」

 

 横目でこちらを見ていた彼女は息を吐いて力を抜く。その差は、強いて言うならば肩から力が抜けた程度なのだが肩甲骨にある筋肉の硬さがはっきりと変わった。

 再び離れて眺める。

 やはり、猫背気味だと着ている上衣がダボついてわかりにくくなるな……。

 今度は気を付けの体勢から、この一月弱の間に習った振り下ろすときの体勢をとってもらう。下は袴着なので詳しい幅を見ることは難しいが、浮かび上がった膝小僧で何となく予想はつく。やはり基本に忠実な肩幅を意識しているようだ。

 もう一度肩甲骨へと木刀を当てる。

 

「猫屋敷、嫌だったら断ってもかまわない。今から肩甲骨に手を当てるぞ」

 

「大丈夫です」

 

 親指を肩甲骨の淵に合わせて触れる。

 俺が触れたためか余分な力が入ったかもしれないが……やはりな。

 

「息を吐きながら楽な体勢はとれるか?

 今は基本を忘れてもいい。とにかく自分が木刀を持って一番楽な形だ」

 

 木刀を渡してから動いてもらう。

 その際、俺は肩甲骨に手を当てたままにしている。

 猫屋敷は腰の高さや肩の位置、脚幅など色々と工夫しながら動く。しかしどの位置も納得がいかないようで、首を捻りながら調整していく。

 

「全部合わせて考える必要はない。

 まずは土台、脚の位置から考えるんだ」

 

 俺はそう言うと、手を離して彼女の前に立つ。

 腰に刀を差したままだが前屈やそれよりも横の位置にある床に手を当て、そして後ろに倒れるような姿勢をとる。後頭部が腰の高さまでやってくると普段の立っている姿勢に戻った。

 

「ただの体操にも見えるが、上半身の動きに対して下半身が動いていなかったのがわかったか?」

 

「はい。まったく、動いていませんでした……」

 

「仮に仕合うとすれば、まったく動かないなんてことはほとんどない。しかし、自分の基本となる身体の動かし方、それによって生じるバランス感覚などは把握しなければならない」

 

「……なるほど」

 

「猫屋敷は中学のときにスポーツか何かをしていたか」

 

「三年間、テニス部にいました」

 

 テニス部か。

 

「わかった。

 ならば、山内主将に言われた通り基本からやっていこう。だがこの場合、剣術の基本を習っても猫屋敷自身に合わない可能性がある」

 

 猫屋敷は山内主将に基本を習った、と言っていた。様々な流派が集まる剣術部の主将たる山内先輩だ、当然基本的な型は網羅していると考えて良いだろう。しかし、山内主将の場合、見た目や普段の姿勢からかなり綺麗な基本をとっているはずだ。それに、僅かにでも自身の流派の基本が現れていたに違いない。猫屋敷の場合、特に拘っている流派もないようなので昨日「我流」と名乗った通り彼女には彼女らしい基本を身につけてもらおうと思う。

 

「まずは、今俺がやったみたいに地面に手のひらを付けるかどうか試してみてくれ。手のひらが無理なら脚幅を調整してもかまわないし、何なら踵を上げても良い」

 

 そう言うと猫屋敷は前屈から試していく。これに関してはただの体操と変わらないので余裕そうだ。

 地面に手をつき、言われた通りに脚幅も開いて調整する。そのまま四足歩行の獣のように上半身を横に向けると、何回か元の位置に戻れるのかを試している。

 

「……」

 

 くそぅ……この体勢はやばい。

 中には体操着を着ているが……。

 

「ほっ……こっちのほうが。ここだと爪先が……」

 

 てくてくと地面に手をついた猫屋敷はようやく定まった脚幅を見つけたようで動きを止めた。その形は山内主将に教わった剣術の基本たるや左足を後ろに、右足を前にといった縦の形ではなく肩幅より広く横に構えた形だった。

 

「出来たみたいだな。確認のため、今から適当に木刀を動かすから膝は曲げずに避けてくれ」

 

「わかりました!」

 

 猫屋敷から持っていた木刀をもらい、横に凪いでいく。高さは首の位置ほどで、かなりゆっくりめの速さだ。僅かに上半身を逸らすと簡単に避ける。初めを皮切りに次々と木刀を動かす。斜め、下から上へ、腹の位置、後ろから横へ動かしたのだがしっかりと避けて見せた。中でも目を見張ったのは、鳩尾に向けて正面から突いたのだがそれを避けたことだろう。

 

「膝を曲げてもかまわない。避けて見せてくれ」

 

「はい!」

 

 そのまま突いていくとブリッジの容量で上半身が後ろへ下がっていく。しかし反比例するかのように上がっていく標高。何だこの矛盾は。地面に手をつきそうになるや膝が震えてきたので、体勢を崩しても良いと言うと地面にへたり込んだ。

 

「はぁ、はぁ……中々キツかったです」

 

「ふむ。あそこまでバランスを崩さずに動けるようなら大丈夫だな」

 

「本当ですか?」

 

「ああ。

 今、猫屋敷に必要なのは剣術の基本はもちろんのこと、自分の身体の動かし方の基本だ。そのため、今のは基本を確実にするため基礎を確認したんだ」

 

「基礎?」

 

 基礎とは、猫屋敷に説明した通り基本の土台となるもの。基礎は基本に繋がり、基本は行動に繋がり、行動は技術に繋がる。技術はやがて戦いに結びついて勝敗を左右する。つまり、技を学びたくとも基本が、基礎ができていなければ習得することができないのだ。

 俺はそのことを説明した。猫屋敷は納得したように頷くと立ち上がったが、周囲を見てみると休憩のようだ。

 

「他の者も給水しているようだ。猫屋敷も休憩を取ると良い。後半は振り方を見るから、ここに集合で頼む」

 

「わかりました!」

 

 猫屋敷を見送ると、俺は彼女の動きを思い返す。身体の柔軟や、地面に手をついたときのバランス感覚を加味すれば基本的な部分はすぐに飲み込めるだろう。

 俺は猫屋敷が戻ってくるまでに何度も彼女の動きを反芻すると、次の振り方について頭を動かすのであった。

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

「彼女はどんな感じ?」

 

 木人形の前にて猫屋敷の胸を思い出していると、隣から声をかけられた。いつの間にか武蔵が立っており、興味津々といった眼差しでこちらを見ていた。

 

「そうだな……強くはなるだろう」

 

「へぇ——」

 

「ああ、勘違いするな。

 強くはなると言っても今の実力から、という意味だ」

 

「む、わかってるよ。さしもの私も昨日今日で剣を握った人と戦うほど馬鹿じゃないもん」

 

 口を尖らせて武蔵が言ったので、苦笑いで返事をした。

 

「二人は何をしているんだ?」

 

 たまに見ていたが、俺は俺で見過ごせない事態が連発して起こっていたので詳しくは知らない。

 ちなみに沖田さんは山内主将らと話し合っている。

 

「私は適当にこうしたほうが良さそうなとこを指摘して、沖田は流派ごとに長所と短所を捻り出して鍛錬のアドバイスをしてるよ」

 

 ほぉ、やはり沖田さんは範位を持っているだけあって合理的な見方ができるようだ。刀を下げていなければ見た目淡い感じのする彼女だが、真剣術部では最早部長格なので頼りになる。

 二人でしょうもない会話をしていると数分経ったようで、ぞろぞろと部員たちが戻ってきた。出入り口を見ると猫屋敷も来ているので鍛錬の再開だ。

 

「じゃ、頑張ってね」

 

「無論」

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

「またよろしくお願いします」

 

「ああ。では早速だが、木人形へ木刀を振ってもらおうと思う。先ほど、基礎固めのために自分が一番バランスの取れる脚幅を探したわけだが、今回はいつものように振ってくれ」

 

「わかりました」

 

 猫屋敷は中段の位置に木刀を構え、猫目をさらに鋭くさせ木刀を振りかぶる。勢いよく振り下ろされた先にあったのは頭、当たった瞬間弾かれるように木刀の先が上に向いた。

 

「もう一度」

 

「せぁ!」

 

「もう一度」

 

「はぁ!」

 

「最後にもう一度」

 

「そりゃ!」

 

「ふむ、止まってくれ」

 

 やはり、と言うべきか。

 昨夜に考えていた違和感の正体が当たっていたようだ。

 

「順序立てて説明しよう。

 まずは猫屋敷、木刀を両手で持ってどう感じる」

 

「えっ……と——どう?」

 

「難しく考えなくて良い。変な感じがするとか、持ち難い……むしろ何も感じない、と思うのもかまわないが」

 

「……持ち難いのは、あります。どうしても振ったときに先の方から暴れて、戻すときに両手をどこに置けば良いのかわからなくて……」

 

「なるほどな——ふむ。両手で持って振り下ろす、というのは山内主将から習った基本だな?」

 

「はい」

 

「わかった。ならば、その山内主将から習った基本は一先ず放り出し……猫屋敷、お前の基本を作っていこう」

 

「……私の、基本?」

 

「ああ、猫屋敷自身の基本だ」

 

 剣術部に滞在できる期間は一週間。それ以降、来てはいけないと言われているわけではないが、帯刀許可者という自覚くらいはある。期間を超えてまで贔屓にしてしまえばややこしいことになるかもしれない。それは決して俺ではなく、猫屋敷のことだ。であるならば、その(かん)は小手先の技術を教えるのではなく、長期に渡って活用できるものを助言した方が彼女自身に一番役に立つだろう。

 

「たとえば、向こうにいる沖田さん。部活動紹介のときのことを覚えているか?」

 

 天然理心流沖田総司。

 彼女の構え方はよく見る中段の構え方ではなく上段の構え方に類するものだ。しかし、ただの上段ではなく、上段の基本とされる鋒を上へ向けた体勢ではなく鋒を相手に向けた体勢をとる。これは沖田さんの得意とする一撃が''突き''であることが理由だ。

 

「もう一人、武蔵のことも思い出してみると良い」

 

 二天一流の宮本武蔵。

 彼女の構え方もまた独自さを追求したかのようなもので、一度旧講堂体育館で相対したときは隙のない構え方に攻めあぐねたものだ。

 

「二人の構え方を強引に特徴付けるとすれば、沖田さんの構え方は自身が最速で突きを出せるかつ、予想だにしない一手が来ても刀で防ぐことができる……木刀を貸してくれ」

 

 受け取って、見真似で沖田さんの構え方をとる。木人形に対して頭、水月、股間の三点を突いた。そして構えた木刀を身体を覆うようにして前に出すと上半身が守られる。

 

「なぜ中段にするのか、というと上半身も下半身も素早く守れるようにするためだ」

 

 今度は中段に構え、上へと下へと動かす。

 

「だが、沖田さんの機動力は当たる面積の少ない脚を狙っている間に引くこともできる上に相手より速く突ける」

 

 横に一歩、飛ぶようにして動いた。

 胸を狙って木人形を突くとがしゃんと音を立てる。

 

「次に、武蔵の構え方だ」

 

 木刀は一本なので、腰に差した刀を鞘のまま取り出す。

 若干猫背に足を開き、脱力した姿勢で木人形を見る。

 

「この構え方の一番の利点は相手にどの方向へ攻撃が飛んでくるのか悟らせないところにある」

 

 下から掬い上げるように打つのか、扇のように脚を狙ってくるのか、様々な振り方をやってみせる。

 

「二刀は選択肢が広がるのは事実だが、扱いが難しい。もちろん、一刀で下段をとることもできる」

 

 刀を腰に戻し、木刀を下段に構える。両手だと少し扱い難いが、堅実な守りをとれる構え方の一つであることは間違いない。

 

「山内主将の基本はおそらく、中段だ。

 だが、猫屋敷がそれに拘る必要はない。

 

 なぜなら、猫屋敷が——我流、と名乗ったからだ」

 

「…………勢いもあったんですが……」

 

「かまわない。でも、我流、流派に入っていないことは事実だろう?」

 

「はい」

 

「なら、構え方に基本はない。自分が一番楽で、動きやすい構え方をとれば良い」

 

「上段、中段、下段ですか……」

 

 猫屋敷はそう呟きながら、何も持っていない手を頭の上に持っていく。その後腰、腹、腰へと下げていった。

 

「ああ——決めるのはまだ早い」

 

 悩んでいるところ悪いのだが、今はまだ説明しただけで決めてもらうわけではない。彼女には構え方より決めて貰わなければならないことがあるのだ。

 

「少し待っていてくれ」

 

 俺は猫屋敷に言うと、道場の神棚付近で素振りをしている山内主将の下へと向かった。

 

 

 

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