失恋したから剣にて空を目指した男のラブコメ学園生活   作:神の筍

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二十刀目!

 身を貫く一撃を受けた岡田は、痛みの元を撫でながら畳敷の空間に足を崩して座った。

 久しくなかった敗北は、痛み以上に彼に響き、かつて帯刀許可者——国家太刀別認許状(こっかたちわけにんきょじょう)の取得に奮起していた頃を思い出させた。

 岡田がこの世に生を受けるよりずっと前、帯刀許可者という存在は現れた。

 彼ら/彼女らは皆、性別に関係なく常人の枠組みから超えた力を持ち、世間の考えなど遥か高くを踏み越えて行く。一時期、当時の与党は徴兵制を元に組み替えた彼らのような存在を完全に国に置くべく法令を定めるべきであると政策を打ち立てたが、野党や関心のある国民が本格的に人権侵害であるなどと声を上げる前に、そういった者達(・・・・・・・)は法という、いつでも断ち斬れる鎖に縛ることはできないと与党が判断し、砂上の楼閣の如くいつの間にか消えていた。

 その考えに至るまでに何があったのか。

 政治史や国史学に連なる学者たちは、独自に研究を進めているが、今現在も仮説ばかりが挙げられるだけで確証に至っていないの現実だ。

 

「…………」

 

 岡田は一度だけ帯刀許可者と立ち合ったことがあった。

 その人物は『天下五剣』と称される、一時代における最高、最強の剣士五人に与えられた勲章を持っていた人物。今では日本の武術界前線を抜け、関東方面で後任育成に汗を流している為『天下五剣』ではないが、現在でも帯刀許可者である確かな実力者だ。

 そのときも、何も出来ず空を仰いでいた。

 いやに晴れた蒼穹は色濃く、空を思い出せば驕った自身の敗北を思い出し、敗北を思い出せばあれほど美しい空はなかったと思い返す。

 またいつか帯刀許可者と戦いたいとは思っていたが、まさか今日、そして岡田より圧倒的に若い者が相手になるとは思わなかった。最初に負けたとき、今より強くなると気合いを入れていた過去の自分に教えたいほどである。

 

「大丈夫ですか、岡田先生」

 

「む……口宮君ですか。おはようございます。怪我はないですか?」

 

「ええ、自分は。

 先生と沖田がやり合ってるときには目を覚ましていたので……随分と吹っ飛ばされてましたが……」

 

「やぁ、まったく……強いですね、彼と彼女らは。儂では——敵わない」

 

「ですが、杖を使ったフェイクは」

 

「いや、無理でしょう。

 たとえ全盛期、体力や反応速度が今よりあったとしても……その悉くを踏み越えてくる」

 

「……っ」

 

「口宮君。最後の突き、見えましたか?」

 

「……正直、微妙でした。沖田が突きの構えをとって、気付いたら先生が吹き飛ばされてて」

 

「実は言うと……儂も見えなかったんです。

 あの突きは速すぎる。さらに言えば、儂がよく見えぬよう、角度をこちらが一番薄く見える位置に瞬時に調整した。あの技術は生半可な努力や才能では達することのできない動きでしょう」

 

「それが——」

 

「ええ、それが帯刀許可者。国に実力が保障された、いや、そうして少しでも鎖を付けなければならない存在なのです」

 

 清々しいほどの負け。

 悔しさはない。

 だが、明日からどう鍛錬しようかという考えはある。

 勝てないならば、まずは喰らいつく方法を。七〇に至りながら貪欲なまでに己を練磨する姿は、人生を武に捧げた柳剛流、岡田常良であるから。

 それに、と岡田は続ける。

 

「儂の上衣に鋒が当たった瞬間、彼女は刀を引きました。

 わかりますか? あれだけ吹き飛ばされたにもかかわらず、実質身体にはあたっていない(・・・・・・・)んです」

 

「——な」

 

 目を開き、声が裏返る。

 

「あの勢いで——っ」

 

「ええ…………おや」

 

 まだ聞きたいことがあったが、岡田は視線を中心に向ける。釣られて口宮もそちらを見ると、そこには主将たるや理念と剣心が立っていた。

 

「山内主将なら、勝てますか」

 

「どうでしょう。今のを聞いて勝てると思いますか?」

 

「それは……」

 

「——しかし、たとえ勝てると言われようが否定はしません」

 

 岡田は大して髭も生えていない顎を触りながら、今から始まる試合について考える。

 この場で知っているのは顧問、かつて立ち合いもしたことがある自分だけ——。

 あの何重にも巻かれた黒い包帯の向こう側にある特殊な瞳(・・・・)。それがあれば、あるいは……。

 

「いずれにしろ、面白い試合にはなるでしょう」

 

 今はただ、純粋な興味を抱く。

 山内理念という剣術家——彼女もまた、時の世に名を残す剣士なるだろうと、岡田は思っている。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 剣心が刃引きされた真剣を腰に据えているのに対し、理念もまた真剣——ではなく、限りなくそれに近い模擬刀だった。真剣を据えるには、別に帯刀許可者に限らず申請を出せば飾りとして置いておくことはできるが、立ち合いに使用するとなれば話は変わる。しかし模擬刀ならば、互いに了承した前提の下使用することができる。

 刃を引いた真剣と、初めから刃を与えられることのない模擬刀。

 生まれ方は違えど、限りなく近い条件で存在しているには変わりない。

 

「……」

 

「……」

 

 武蔵が開始を唱え、既に一分経つが両者に動きはない。

 抜くことなく、柄に手のひらを置いたままにしていた剣心へようやく理念が口を開いた。

 

「剣城様、申し訳ありません」

 

「……」

 

「お待ちいただいたのでしょう」

 

 理念の言葉に、沖田、そして審判を担う武蔵を除いてわかる者はいない。たとえいたとしても、後方にて二人を見る岡田のみ。

 理念の腕が動き、遂に刀を抜くのかと思われたが後頭部へ手を伸ばした。

 

「……」

 

「小さい頃、私はこれが嫌いでした」

 

「……」

 

「人と違う色が。

 人と違う世界が。

 人と違う流れを視てしまうこれが」

 

「……」

 

「ですが、今この時を思えば——感謝こそすれば、というものでしょうか」

 

 理念は黒い包帯の留め具に手をかけ、解いていく。髪色と同化するような包帯、部員ですら一度も見たことのない瞬間を剣心は静かに見守っている。

 一度回し、二度回す。

 そしてようやく出てきた瞳——いや、目蓋は閉じられている。

 部員の中には、失明しているのか心配する者もいた。だが、その答えとして理念は首を振る。

 失明など、していない。

 彼女の瞳は、彼方を見続ける瞳は——。

 

「私の流派。平常無敵流にて開祖返り(・・・・)と呼ばれるこの瞳は……」

 

 

 

 ——黒洞。

 

 吸い込まれるような、穴の空いた瞳——その中心には淡く輝く青い輪が揺らめいている。

 

 

 

「——今を以て、私の力となりましょう。

 

 尋常に、仕合おうではありませんか。剣城様」

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 先手、初撃。

 それをもって見極めた試合の流れは、すべてそちら側に流れていく。

 だからこそいつものように脚を踏み出した剣心は——直感的に後退の歩を選んだ。

 

「——む」

 

 ふわりと羽根のように跳んだ剣心の袴着が空気を含んで膨らむ。それほどまでにして跳んだ、元いた位置を見遣ると木床には小さく一条の傷が付けられていた。

 

「さすが……」

 

 部員たちが気付くことはなく、当人のみによる最初の邂逅。

 武蔵は眉を上げ、沖田は目を細めた。

 

「ですが、十ともなればどうでしょう……!」

 

 抜かず、柄を握る山内から気迫のような、まるで風が吹いた威圧を感じた。

 それは周囲の者も巻き込み、経験の足らぬ一年生は不気味な感覚に肝を冷やした。

 すぐに着地した剣心はそのまま脚を動かして何かを避ける。

 右へ、左へ、緩急をつけながら前に進むが阻まれたように後退を繰り返す。もう一度大きく跳んだと思えば、鞘に入ったまま真剣を床に叩きつけた。

 柏手のように、二度。

 剣心から溢れた威圧と理念を中心としたそれが相殺されるように掻き消える。

 

「剣気か」

 

「はい」

 

 今のは技か——一体。

 それを知るのはやはり実力者たる三人で、他の者たちが見えることはない。だが、理念が何かしたのは理解でき、何をしたのか見えずに剣心が動き回る光景に首を傾げるばかりだった。

 交わされた言葉も束の間、縫うように剣心が理念へと迫る。 

 一本目の目視出来ぬような武蔵の動きではなく、ただ速いと理解し得る動きである。

 

「……っ」

 

 首を横にずらし、回避行動をとる。

 右脚に力を入れ、旋回。遠回りながらも確実に距離を詰めていく。

 接敵まで残り数メートル、数秒。

 ようやく、身動き一つ取らなかった理念が刀を抜く。

 

 ——凛

 

 音が鳴り、耳を刺激する。

 心地が良いほどの抜刀音。

 彼女に迫るのは、自身の身の丈より二回り以上は大きい男。やはり完全に受けるのは悪手、とるべき行動は——。

 

「ふ——っ」

 

「……くっぅ!」

 

 直前まで剣気と呼んだ技を避け続け、体勢が崩れたままに放たれた重い一撃。

 ほぼ平行、鍔に触れないように受け流す。

 

「なるほど」

 

 手首に負担が掛かったのがわかる。

 視えてはいた(・・・・・・)

 単に技量の問題。

 予想よりも早く、脳内と現実に視えているものに差が生まれていた。

 修正。

 二撃目、眼を開き備える。

 考えるよりも早く毅然と身体が反応する。

 完全な死角からの、顎に向かって出された膝蹴り。

 理念の瞳は「ふむ……」と感心する剣心の表情を捉えた。そして、上から掴むように出された何も持っていない手を後ろに下がることで避ける。

 

「逃さんぞ」

 

「速い——」

 

 理念は蹈鞴を踏みながら、しかし剣心は一飛びで肉迫する。

 突き出されたのは未だ鞘に収まったままの刀の柄先。額を撃ち抜くが如く勢いは頭を下げることで避けようとするが、その行動に意識を移した瞬間、今度は鞘に包まれた刀身が下から繰り出されたのを見る。

 

( 読まれた——違う、私が誘導された。

  どこから?

  最初の一撃、隠された膝蹴りが、それとも額への攻撃も含めすべてはこの伏兵に対する…… )

 

 斜めに向いた剣心の刀を、鞘に収まってるが故に躊躇なく踏み後方転回。袴着ながら華麗に宙を回って見せた理念はすぐさま鋒を前に油断なく向ける。

 

「……」

 

 しかし剣心は、まるで彼女を睥睨するかのように見下ろし、再び真剣を腰に戻して見せた。

 試合放棄とも取れそうな姿に憤慨することなく、果たして次は居合か、それとも……と思案する。

 隙だらけの姿を、

 眺め、

 凝視、

 注視、

 一寸の動きも、

 捉え、

 逃さず、

 離さず、

 脳が焼き切れるほどの集中。

 だからこそ、反応出来たと言える。

 

「————ッ!?」

 

 背中が反り返るほどの勢いで上体を起こし、握った刀を前に出した。

 思わず瞬きし、はっとする。 

 何もない視界に、顔を向けるよりも速く動いた視野の広がった瞳が滑空するように己の懐に入った剣心を捕捉する。

 

( 間に合わな——)

 

 何とか触れた刀ごと、後方へ吹き飛ばされる。またもや黒い刀身、即ち鞘に包まれたままだがそれに気を留めることなく理念はすぐに刀を床へ刺す。模擬刀であるため、深くは刺さらずとも彼女にとって前に出るように入った傷跡を残したおかげか、足裏一つぶんの幅を持って場外反則は免れた。

 

「今のは、私と同じ剣気ですね?」

 

 痺れた掌を誤魔化すように強く握る。

 

「ああ。俺も好き技だからな、よく使う」

 

「……あそこまで洗練されているとなれば」

 

 剣気とは、読んで字の如く『剣の気』である。

 流派によれば飛び燕、燕打ちなどと呼ぶが、正体は見えぬままでありながら質量を持った威圧と気力による——いわゆる空気砲。しかし、それよりも柔軟な動きが可能であり、理念のように短時間で集中し圧を練り込むことが可能であれば何本も飛ばすことが出来る。

 

「簡単な剣気はそれなりに鍛錬を積んだ者ならば誰でもできる。しかし、何十も重ねたその剣気、山内主将はかなりの時間を費やして修得したのでしょう」

 

「ええ。私にとって、この技は自信があったものなのですが……」

 

 彼女は理解した。

 己が動きを止めてまで集中して出した剣気。それが先ほどの理念が反射的に刀を出して受け止めたものの正体。彼が戯れに出した一撃は自らのものより重く、大きかった。

 

「——次は、何をする」

 

 到達点。目指すべく極地。

 いざ相対して見ると感じる絶対的な差——。

 その壁が何枚なのか、どれくらいの高さなのか、表情一つ崩せぬ己の実力と眼前に立つ存在に、そのときばかりは少し——足がすくんだような気がした。

 

 

 

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