失恋したから剣にて空を目指した男のラブコメ学園生活   作:神の筍

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二十一刀目!

 

 

 私の世界は、すべて遅れて視えていた。

 

 母の言葉、父の笑顔、そして家族に匹敵するほどの仲である門下生の皆様。

 産まれたときのことを、私は覚えています。

 泣き叫ぶ中、耳に粘り付くように残っているのは助産婦の小さな悲鳴。

 本当に怖いものを見たとき、人は大きく声を出せないものでしょう。

 故にそのときも、助産婦は怖いものを見たのだと私は今でも思っています。

 

 こんな世界がおかしいと感じたのは物心がついた頃です。

 相変わらず視界は遅く、しかし聴覚は見ている映像を残して進んでいく。その不気味な現実に私は何度倒れたでしょう。

 

 眼を抉り取りたいと初めて考えたのいつでしょうか。

 開祖返りと持て囃されようが、私は全く嬉しくはなかったのです。

 

 風に吹かれ香る桜の薫りはすれど、桜花は散っていない。

 入道雲から太陽が出ようと、私の身体にはその熱が伝わらない。

 雅に紅葉が朽ち落ちようとも、同じタイミングで風情を感じる隣人がいない。

 白く冷たい雪が降ろうとも、伸ばした手のひらの上に降るよりも先に雪は落ちている。

 

 嫌なことも長く見てしまうこの瞳が、どれだけ嫌いだったのでしょう。

 

 私はいつの日か、瞳を覆うように黒い包帯を巻いた。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 激しく肩を上下させた理念が額に流れる汗を鬱陶しそうに払う。

 

「……今のも、届きませんか」

 

 平常無敵流に伝わる技、秘技、奥技。そのどれもが未だ無傷のまま、疲弊すらしない男——剣心の前では弾かれていく。

 彼の技術への関心よりも、もはや理念の技を受けて傷一つ付かぬ鞘すらも超えられぬような感覚に彼の肉体に辿り着くまであといくつ壁を越えなければならないのかと次の一手を考える。

 

( 動きは見える。

  幸いにして、この瞳は彼の動きを捉えることができている。最初の一撃、あれがおそらく彼の最高速に近いもの。一撃目は流せる——ですが、二撃目を流すとなれば体勢を崩され、瞬く間に蹂躙される )

 

 風に吹かれる柳のように、中心に立つ剣心との間合いを見極める。

 数度、鍔迫り合った情報から理念は剣心の強さを見極めていく。

 力は——負けている。

 速さは——負けているが、瞳による補填が可能。

 技は——わからない。しかし受けられているのは事実。

 

( 疲弊しているのはこちら。

  精神的優位に立っているのは向こう側。

  それを踏まえ。さて、どうする )

 

 廻っていた理念の身体が止まる。

 奇しくもその位置は三本勝負が始まる前に見合った場所。

 神棚を背に向けた理念、入り口を背に向けた剣心。

 その二人の左右にわかれるように座す部員たち。

 

( 勝機はない )

 

 負ける機もない。

 しかし、このまま怠く続けようがじり貧のままに埋もれるのは理念のほう。

 ならば、

 

「……——」

 

 相手が幾度となくこちらの技を(しりぞけ)るならば、理念は今出せる、技をも越したただの一撃。

 見ていた剣術部員と、真剣術部の二人は次で決着がつくと感じた。

 理念はそれが当たり前と言わんばかりに己の頭上へ刀を上げる。

 

 

 

 それは——袈裟斬り。

 

 

 

 ただ上から振り下ろし。

 真剣であれば人体を容易く真っ二つにする技。

 斬れずとも、脳天への一撃はたちまち意識を失墜させる。

 誰よりも速く、誰よりも強く、その想いを胸に理念と剣心の彼我の差を埋めようとする一歩は、部員たちをもって今まで最速といえた。

 

「これが——最後です」

 

 次を考えぬ一歩。

 

 受けられることなど理解している。故に、上から叩き斬ることを目的とした動き。

 今まさに、彼女の最適化した脳は剣心の一足一刀を視る。

 

 脚は……動かない。

 

 膝も……動かない。

 

 腰は……動かない。

 

 胴も……動かない。

 

 肩は……動かない。

 

 腕も……動かない。

 

 理念のすべてを見抜く瞳は露呈している。

 腕力で負けようが、袈裟斬りの振り下ろし、それも模擬刀の重さを持つならば()しきれる。

 たとえ動きを読まれないように直前で動かれようが、

 

( ——私はそれを凌駕する……! )

 

 そして、

 二人の邂逅が為されようとしたとき、理念は剣心の瞳を見た(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

「————ッ……」

 

 

 

 

 

 容姿から似合わぬ、獣のような低さから迫った理念の勢いが止む。

 三歩四歩と初めて歩いた幼児のように冷たくなった道場の床をぺたぺたと鳴らした。

 

「なっ……なぜ——」

 

 均整のとれた顔に、ようやく人間らしい表情が現れた。瞳に浮かんだ青い輪は集中力が途切れているのか炎のように揺らぎ続け、理解ができない現状に口を魚の如く開閉する。

 

「なぜ——」

 

 

 

 

 

「————あなたがその瞳を、か」

 

 

 

 

 

 極めて静かに、いつもの能面さを貼り付けた剣心が被せるように言った。

 その顔を、試合を見ていた者たちが伺うことはできないものの、唯一彼と肩を並べる沖田と武蔵は理解していた。

 

「その瞳は……だって……私の——」

 

「見たことがあった」

 

 鋒を地面に付けるまでに隙を晒した理念を前に、剣心は動くことなく口を開く。

 

「初撃で俺の一撃を防いだ反応」

 

 鞘に纏ったままの大振り、隠された膝蹴り。

 

「人間が認知してから意識を送り出す時間を超えていた」

 

 その裏にある柄の突出からの、さらに奥から出る鞘による掬い打ち。

 

「で、あるならば。

 初めからフェイクを交えて攻撃したことを見抜いていたか、全てを見てから動いたと考えるのが常」

 

 その言葉——理念にとって刹那の攻防は、剣心にとって確認作業に過ぎなかったと物語る。

 

「なるほど、あれが剣心くんの奥手なわけだ」

 

 武蔵が呟いた。

 何を言っているのか、沖田を除いた部員たちにはわからない。何が起きているのか、何があったのか、今すぐ駆け出して主将たる山内の下に駆け寄りたいが道場の中心にいる剣心の存在が彼らの足を縫わせる原因となっていた。

 

「その瞳は、ただ圧倒的動体視力、視界の良さにあると理解したようだが本質はそこではない。

 この(・・)瞳は相手を視、全ての技の真贋を視抜くところにある」

 

「…………」

 

 理念が思っていたこの瞳は、人より世界が遅く見えるからこそ真贋を見抜くことが可能だと思っていた。しかし、剣心が語るところ、それとは逆——真贋を見抜いているからこそ、世界が遅く見える。

 

「結果的には同じだろうと、本質を違えば嫌なものまで見えてしまう。

 たとえどれだけ音の速さを越えようが、すべてを捉えて正面から挑むことを可能にさせるこの瞳は、常人の脳には耐えきれないほどの負荷がかかる」

 

「…………」

 

 怯えたように身体を震わせる理念と目を合わせた剣心の瞳は、

 

 

 

 ——角膜の縁へ沿うように、不言(いわぬ)色に光っていた。

 

 

 

「俺が師匠から聞いた名前は…………龍眼(りゅうげん)

 元は中国、曹一族が持つ異能であると。だが、あなたの流派はそこから少し違う進化を辿ったようだが」

 

「…………」

 

 身体を開くように構えていた真剣を腰帯に差した。その行動は居合を出すためではなく、何か小細工をするためでもなく、すべてが終わったから。

 身を翻し、試合場から出るべく歩みを進める。

 沈黙が少し続けば、立ち竦む理念に背を向けた剣心へと見ていた部員が水をかけられたように声を上げた。

 

「……って、まだ終わってないだろ!」

 

 それが皮切りになったのか他も口々に戻るように言うが、審判である武蔵は静かに理念を見つめている。

 

「戻る必要はない——」

 

 剣心が場外範囲である場所へ踏み出すよりも先に、背後で乾いた音が鳴る。

 部員たちは呼吸を忘れそちらを見た。

 

「なぜなら」

 

「————」

 

 持ち主を失った模擬刀は足元へ転がる。

 意識が無いにも関わらず膝を付き、肘へと向かったのは普段から受け身の練習をしていた賜物か。

 

「——すでに斬っているからだ」

 

 その身体に一切の傷はなく、剣心が真剣を抜くことすら無かった。

 ただ一つわかるのは、中心で倒れ伏す理念が負け、佇む剣心が勝ったということ。

 

「勝負有り」

 

 異様なまでに場を飲んだ空気が晴れるとともに、決着の言が紡がれた。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 

 崩れ落ちた音が背後でする。直後、武蔵によって告げられたのは己が勝利したという事実。腰帯に収められた真剣を抜くことはなく、結局鞘のまま終わらせてしまったという空虚さが身を包む。

 至らず、空也。

 剣気という技を見たとき、「簡単に」など言ったもののその鍛錬の積み重ねと才能は半端なものではない。ここで言った「簡単に」とはただ人から見たものではなく帯刀許可者たる自身から見たもの。使い方は違ったが、少なくとも床に付いた一条傷は心を揺らしたるや技だった。

 目蓋をいつものように閉じると、すでにそこには鈍く光る不言(いわぬ)色はない。

 体得してから何年か。既に倒れ伏した彼女のように振り回される段階は踏み終えている。

 さて、と思考を切り替える。

 すでに三本勝負は終わり、真剣術部たる俺たちの三本勝ちである。

 一礼をし、再び試合場へ入る。

 未だ気を戻さない山内主将の下へ近付いた。

 

「武蔵、包帯は持っているな」

 

「あるよ」

 

 寄越せと言う前に察した武蔵は手のひらに巻いた、山内主将の黒い包帯を渡してくる。

 別に汚れてもいないので大丈夫だろう。

 

「猫屋敷、いるか」

 

 もはや呼び慣れた彼女の名前を呼ぶと、部員の垣根から恐る恐る腕を上げながら前に出る。

 

「彼女を準備室の長椅子に運ぶ。起きるまで見てやってくれ」

 

 猫屋敷に言うと、彼女はもう一人の名も知らぬ女子部員を呼んだ。

 俺は前倒しになって倒れた山内主将を仰向けにし、正面から手を回して上体だけ抱き上げた。左手で後頭部を支え、何とか右手で包帯を巻いていく。仮に龍眼を制御出来ていないならば、起きたときにパニックになる可能性もある。どうやら生まれたときから付き合ってきた先天的なものらしいので、どうかはわからないが。

 

「…………ふむ」

 

 いつも口癖が漏れる。すると後ろで見ていた武蔵が首を傾げた。

 

「どうかした?」

 

「いや、何でもない」

 

 手短に返すと包帯を巻く速さを緩める。しっかりと、外れないようになっているかの確認だ。

 何となしに、左手が疲れたので体勢を整える。

 

「…………」

 

 やはり——な。

 

 そう、俺は気付いていた。

 

 山内理念という剣術家。

 彼女の鮮烈な太刀筋と、己が肉体を容易に浮かび上がらせる脚力。そこから導かれるのはしなやかで僅かに浮かび上がる触りごたえがあるだろう太もも。現に、俺は見たのだ。あのとき、

 

 

 

 袴着ながら華麗に宙を回って見せた山内はすぐさま鋒を前に油断なく向ける。

 

「……」

 

 しかし剣心は、まるで彼女を睥睨するかのように見下ろし、再び真剣を腰に戻して見せた。

 試合放棄とも取れそうな姿に憤慨することなく、果たして次は居合か、それとも……と思案する。

 

 

 

 飛ぶ鳥を落とす反射神経。

 一里先の文字を読む視力。

 素振り千本を行う集中力。

 そのすべてが動員され俺が見たのは紛れもない——袴着の奥(・・・・)

 さすがに一番奥までは布という性質上、見ることは叶わず、太もも付け根までは見えなかった——しかし! 俺には確信がある。

 

 彼女は袴着の下は付けない派(・・・・・・・・・・・・・)であるとッッッ!!!

 

 そして、確証すべく動いたのが今。

 包帯を巻くのはもちろんのこと、報酬として欲しい答えをもらうのは妥当と言えない(言える)。 

 即ち、下を付けていないならば上も付けていないのではないかという疑問。

 確かめるしかない。

 故に、俺は今の状況を利用した。

 そして、確信に至る。

 

 山内理念、剣術部主将は晒を着用している。

 

 きつく結ばれた腰帯だが、この体勢ならば回した左手を動かして上衣をずらすことができる。最低限の位置、他の誰からも見れぬように僅かばかりの肌。見えたのは、真っ白の晒、しかし溢れんばかりに段差になった上顎。

 こりゃあ……とんでもねぇ……。

 正直、舐めていた。

 初め会ったとき、特段気にすることはなかったのだが……。

 

『その瞳は眼に視えたもの、視えぬものの真贋を判断する異能。

 使い方、本質を見誤ればお前に刃を立てるだけのもんに変えちまう。だから、まずはその瞳の真贋を見極めることから始めるのさ』

 

 師匠。

 どうやら、俺はまだこの眼を使いこなせなかったようだ。

 

 








 おっぱいが無かったので戦いはカットしました。
 この作品はおっぱいがメインです。
 良いですね? だから、チラシ裏なのです。


 やばいな。
 正直迷走した。
 誰に焦点を置くか迷いまくったまま書いた結果、結局誰の成長もなく終わった。
 なので、今章はいかに帯刀許可者たちが強い、を示す章にシフトしました。

 次から梅雨から夏休みへ!
 透けたおっぱいだ、わっしょいわっしょい!




 「龍眼」
 真剣で私に恋しなさいA 登場人物 史文恭より参照
 同作品出、ヒューム・ヘルシングによれば「視野の拡大、圧倒的な動体視力の良さ」が特徴的であり、単純であるが故に——強い。
 本作ではさらに「真贋」を見分ける、という能力を本質とし、上記の「視野の拡大、圧倒的な動体視力の良さ」を付随効果としました。


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