失恋したから剣にて空を目指した男のラブコメ学園生活 作:神の筍
期末試験――。
それは学生にとって時間を賭して越えなければならない一大行事、というべきか、ある意味修学旅行の逆位置にある重要な期間である。ここ、星詠学園でも当然存在し、さらには中間試験がないため期末試験に一学期分の皺寄せが来るという普段から勉強する者ならば露知らず、勉強が苦手なものからすれば中々にしんどい時期なのである。
さて、ここに一人の男子生徒がいた。
彼は小学生の頃より剣術に明け暮れ、ある意味一般的な学生生活とはほど遠い暮らしをしていた。故に学は小学生で止まっていると言って良く、今年から復帰した一般的な学生生活においてもついて行こうとしているはものの、やはり授業はちんぷんかんぷんな箇所が多かった。
そして目前に期末試験が見える今……彼は――――。
一、
「何ですか、これは……!」
バン、と叩きつけられたのは沖田さんの手のひら。細い指の下には幾枚かのプリントが見える。机を通して鋭い眼を向ける沖田さんに反論する余地もなく項垂れるようにして顔を伏せた。
「24点、52点、82点、16点……英語、8点っ!」
そして再び鳴る机を叩く音。
ぐうの音も出ない。
ぐうの音も出せない。
何しろ、わかっていたと言えばわかっていたことであり、大丈夫だろうと楽観視した己が悪いのだから。
「これが本番の期末試験ならば切腹ものですよ! 良いですか、剣心くん! 学生の本領は勉強です! その後に部活や遊び、色んなことがついて回るんです!」
「国語と社会はまだましだけど、他三教科が終わってるね……」
と、傍で聞いていた武蔵が覗き込むようにして呟いた。
事の発端は今日——期末試験へ向けた学習週間の七日間入るのだが、その初日に各五教科で受けた模擬試験へと遡る。
この模擬試験というものは低点数を取ろうが成績に記載されることはなく、あくまでも現状自身の学力がどれくらいなのか把握するための簡単な試験である。時間は期末試験が本来一時間に対し、平均三〇分、社会など一問一答形式の教科に関しては二〇分と非常にコンパクトなものとなっている。また、答え合わせも一々教師がするわけではなく、配られた答案用紙を下に各々が丸を付けていくのである。
当然、俺も
一応、日頃から三〇分程度の復習は学園に来てからしているのだが、中学三年間という勉強の基礎を学ぶ時間が抜けていた分は補い切れなかったようだ。そのため、この一週間で学年主任の高岡先生が主催する放課後の勉強会などに参加して本腰を入れようとしていた。
しかし、授業が終わり、軽く気配を消して図書館に足を運ぼうとする俺の肩を、何かを察した沖田さんが握り締めるように掴んだのが現状の始まりだ。
「良いものから聞いていきましょう」
五枚のプリントを手中に収めた沖田さんは、まず一番高い点数である‟国語82点”を机の上に置く。
「国語に関しては問題ないでしょう。おそらく82点はこのクラスでも高いほうですし、ちらほらとバツは見えますがここは記述式であっているのか分からないからバツにしたんですよね?」
「あ、ああ……」
「なるほど。先生が丸付けをした際には部分点もつくでしょうし、これに驕らず基本的な勉強をしておけば当日も問題はない」
次に、
「‟社会52点”。赤点ではないですが……世界史のほうが壊滅してますね」
社会は日本史と世界史の両方が50点ずつ出題される。三年間、小学校の頃から合わせれば四年間と少し国巡りをしていると日本文化、歴史に触れることも多く必然的に地名やおよその流れは覚えていた。しかし、世界史に至ってはてんで分からず、四大文明の名前くらいしか書くことができなかった。
沖田さんがどうしようか悩んでくれていると、横では武蔵が解答を見て笑っている。
言い返したくはあったが、先ほどから平均85点のそれらをちらつかしてくる手前何も言えない。なお、沖田さんは殆ど90点を越えていた。
「さぁ、壊滅トリオですね」
仰々しい名前を付けられたのは‟数学24点、理科16点、英語8点”という目もあてられない御三方である。
「数学……文章問題は解けている……ふむ、途中式を見るに算数計算で一つ一つ解いたんですね。確率に至っては裏面に大量のサイコロが書かれて……って、絶対こんなことするより公式まる覚えしたほうが楽ですよ!
理科は単語は覚えたけど、グラフと実験反応がまったくといったところ……せめて元素記号を覚えたら赤点は回避できるか……。
英語は確実に記号問題のところ適当にやりましたね――はい」
数学、理科、英語とそれぞれの解答用紙から沖田さんは俺の解答傾向を確認する。この三教科に関しては、数学はたぶん地球外言語で、理科はオーバーテクノロジー、英語は先史文明の碑石から生まれた言葉だと思っているのでお手上げ状態だったのだ。
「剣心くん」
「……」
「返事」
「はい」
一息置き、沖田さんが言った。
「――放課後は試験勉強!
「……はい」
「じゃあ、今すぐお家の人にこれから一週間放課後何故お邪魔するのかその理由も事細かく説明して連絡してください」
「…………わかりました」
二、
俺と沖田さん、そして武蔵は学園から十数分のところにある我が家へと足を進めていた。沖田さんはともかく、武蔵も沖田さんだけに任せるのは申し訳ないということで自分の勉強も兼ねてついてくることとなった。まあ、自分から来ると言わずとも、結局誘っていたのだろうが。
ともかく、遂に我が家に二人が来るということで、模擬試験の結果より母親が感極まって返信メールに年甲斐なく絵文字を使いまくっていたのが恥ずかったことは内緒である。
「あ、何か手土産でも必要だったかな」
「いや、気にしなくて良い――」
今回は俺がお世話になるわけで、むしろそこまで気遣われるとこちらがお返しできない。今日はともかく、明日以降は菓子でも買っておかなければならないだろう。
適当に舗装された道を歩き、この近辺唯一の住宅街へと入った。ここは外れに市の建物もある地域で、地盤が良いため地価が高いらしい。そのため、ある程度収入がなければ住めない場所だと父親が自慢気に話していた。
「あそこだ」
赤い屋根に白い壁、犬小屋はない。まったくもって普通の一軒家を指差した。二階建ての我が家は一階がリビング、客間、両親の部屋。二階には俺と妹の部屋、そして空いている二部屋は納戸代わりになっている。
いつものように門扉を開けて入ろうとすると、はや三〇分前を彷彿とする力強さで肩が掴まれた――両方の。
「待った」
「待ってください」
また何かやったかと恐る恐る振り向くと、二人が前髪を触っている。
「……」
なるほど——。
いつも一緒にいる二人だが、女性なのだ。
「よし」
「行きましょう」
準備が出来たようで、改めて門扉に手を掛ける。今度は止められることなく玄関まで行くと、鍵を取り出して開錠した。
「――ただいま」
「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
いそいそと入った二人は伺うように言った。
ずっとそこにいてもらうのもおかしいので、先に靴を脱いで上がる。
「借りて来た猫みたいだな」
「なっ、そんなことありませんよ!」
「男の子の家……というか友達の家に上がるの自体初めてだったりする」
茶化すようにそう言うと、少しはいつもの気に戻ったようで反論しながらついて来た。
二階へ上がる途中、さすがに一言も無しに上がるのは良くないと思いリビングへ寄った。
「母よ、二人が来た」
「あら、いらっしゃい!」
台所で用事をしていた母は笑顔で二人を迎えた。
「こんにちは」
「どうも」
「こんにちは……まあ――やっぱり二人とも可愛いじゃない。テレビで観るより綺麗な髪色ね」
「ありがとうございます。えっと、お母様も……?」
「急に申し訳ありません」
「気にしなくていいわよ。どうせ剣心が馬鹿なのが悪いんだから。昔から何かに集中したらそれ以外のことが見えなくなるタイプでね、あなたたち二人のように気にしてくれる子が周りにいると私も安心できるわ」
「いえ、その、本当にそうだと思います」
「まったくもって」
おい、二人。
テンパってるのか母親の前で息子を馬鹿にしているぞ。いや事実なのだが、そのおかげでこうなっているのだが。
「んん……部屋に案内するから、そろそろ良いか?」
「リビングじゃなくていいの? お母さんてっきりここでやるのかと思って少し片付けたんだけれど……」
「む、そうか……ここでやるとしようか」
「うんうん、でしょう?
それに自分のお部屋に誘うのはやっぱりもうちょっと特別なシチュエーションじゃないとねぇ。夏休みとかぁ、クリスマスとかぁ――」
「……」
「……」
「……」
まあ、ラブコメ思考の母親は放っておく。
「そこでやろう。今飲み物を用意するから適当に座ってくれ」
何はともあれ、俺にとって学生生活史上最大の難所を越えるための勉強会が始まる。一週間、限られた日数で赤点回避を目指したいが…………無理だったら夏休みを返上して追試に望もうと思う。
「――連立方程式って、知っていますか?」
「ああ。授業でやっているやつだろう?」
「――絶対温度に達したとき、分子の動きはどうなると思いますか?」
「絶対、温度……?」
「――
「お、Ok...あー……ハッピー 」
「――本当に幸せにしてやろうか」
「――これはヤバい。これはヤバい」
……二度言うな武蔵。
・主人公の学力
地頭は良いですが、いわゆる勉強は苦手です。やればできるタイプです。
お久しぶりの投稿でございます。
やっとこさ筆が乗らない時期を通過したので、一先ず一話投稿した次第です。いつものように書きだめしていっぱい出すのではなく、単発投稿です。できるだけ早く続話は投稿いたします!
とりあえず夏休み編も含め突っ走りたい!(願望
新型コロナ等で大変な時期です。
外出を控えてお暇な方、どうでしょうか。気まぐれに短編もとい一話完結二次小説を描いてみるというものは。憂鬱なニュースばかりでは参ってしまうので、新しい挑戦にぜひご一筆!
(作者ページで更新状況というか、生存報告を連載作品の横の日付で行なっております)