失恋したから剣にて空を目指した男のラブコメ学園生活 作:神の筍
一週間のテスト勉強週間が始まった翌日、沖田さんを中心に二人から勉強を教えてもらっている俺は一時限目が始まる前から頭を伏せていた。理由は簡単で、二人との勉強会に熱が入り、自分が思っていたより不味い状況に立たされていることを自覚したからである。
「大丈夫かい、けんけん」
「大丈夫だ」
背後から心配するような声に顔を上げた。声色からわかっていたが、幼馴染の紗那が不思議そうな目をしていた。
「無駄に体力がある君にしては、随分と疲れているじゃないか。どうしたんだい?」
授業開始まであと五分と言ったところか。横に下げていた学生鞄から化学教科の用意を取り出し、口を開いた。
「昨日は沖田さんと武蔵が家に来てな……」
「お、沖田さんと宮本さんが?」
「勉強会」という単語を続けるよりも先に紗那が反応する。
「む――ああ。母が無駄に歓迎して、少し気恥ずかしかった」
「歓迎か……」
「俺も初めてのことばかりだったからな。やはり、日々の積み重ねが大事だと理解した」
「初めて? 何だそれは……」
「正直、あそこまでとは思わなんだ。最後の方は俺も順調に出来てきて、二人に褒められたんだ」
「む、むむ……そうか……」
「……? やはり、対策はしないといけないと知ったよ……」
「対策をしなかったのか!?」
「あ、ああ……おかげで二人には迷惑をかけているからな」
「迷惑!? まさかお前……!」
「どうしたんだ、紗那?」
「いや……その……何もないんだ……」
「……そうか」
珍しく声を張り上げる様子に、こういう日もあるかと呑み込んだ。一々突っ込みを入れても彼女に失礼だろう。そういえば、と思い出す。俺がまだまともに学校に通っていたときは、紗那も学年一、二位を争う学力を持っていた。先の模擬試験もそれなりの点数を取っていたようで、満足そうな表情を浮かべていた記憶がある。
「紗那」
「な、なんだ」
「紗那も俺の家に来ないか?」
三人寄れば文殊の知恵、という諺がある。
誰かに頼りすぎるのはよくないが、折角の再会を他愛もない学生生活で消費してしまうのはもったいないだろう。だからこそ、放課後の勉強会をきっかけにこれからも仲良くしていきたい。
「――き、君はバカか!」
「……う」
思ったより直接攻撃を仕掛けてきた紗那に心を抉られる。返す言葉もなく次の言葉を待った。
「二人だけに飽き足らず、ボクも呼ぼうとするなんて君は……っ! こ、このすっとこどっこい!」
「落ち着くんだ紗那。たしかに俺はあまり頭は良くないかも知れないが……」
「――あまりじゃないですよ〜」
遠目から横槍を入れてきた沖田さんは無視をして……。
「これでも昨日の最後の方は出来たんだ。俺と紗那に差があるのは理解出来るが」
「ないよ! まったくないよ!」
「ともかく……紗那の時間があるときでかまわない。
俺の家が無理なら、放課後の図書館はどうだ?」
「図書館……! 君はいつからそんなふしだら
教室の引き戸が開かれた。
担当教師がやってきたようだ。それを合図に昨夜のテレビドラマの内容や、放課後の予定について話していたクラスメイトの騒々しさも消えていく。
俺も前を向くが、紗那が投げかけるように小声で言った。
「ボクは行かないからな、バカ」
盛大な勘違いをされているのではないかと思う。しかし、察しの良い紗那に限ってそれはないと言い聞かせ、俺は期末試験もあるためいつも以上に授業へ集中したのであった。
一、
二日目――。
今日も家には二人が訪れて勉強会をしていた。
開催時刻、と言えば少し仰々しい気もするが、十五時半から十八時までのおよそ二時間半集中をして勉強することになる。主な内容は一通り教科書を読み、それを板書したノートと照らし合わせていく。色文字で書いた箇所があれば教科書にマーカーペンで印を引き、直前に見直しも可能な——教科書を作る、という画期的な方法だ。俺は久しぶりの教科書を汚すことを嫌い、表紙と裏表紙に折り目さえつけていなかったのだが、無慈悲にも目の前で簒奪され、無理やり汚されることとなる。
また、勉強会序盤
「数学は基本となる公式を覚えれば、最低限の点数は取ることができます。
それに、理科や国語のように各項目毎に内容が大幅に変わることはなく、順序立てて展開していくので最初の部分が肝心です」
「なるほど……」
丁寧に説明してくれる沖田さんの一言一句をノート端に赤ペンで書いていく。
「剣心くん」
「む、どうした」
「大切なことは赤ペンで書いてくださいと言いましたが、私の言ったことを書く必要はないです」
「了解した」
「簡単な計算からやっていきましょうか。昨日説明した連立方程式は覚えていますね?」
「ああ。
「覚えているようですね。
じゃあ、解の求め方も教えましたが、こちらの計算式を解いてみてください」
沖田さんが自身の自習ノートに素早く問題を一つ書く。滑るように反転し、こちらに見せてきた。
油断はできないが、シンプルな問題だ。
主に昨日教えてもらったことを思い返し、シャーペンを走らせる。
「……出来た」
「ふむ、ちゃんと解けていますね」
花丸、とお墨付きをもらう。
「なら、こちらはどうでしょう」
再び沖田さんがノートに問題を書く。
細くしなやかな指が退いた箇所には、計算式が三問あった。
「三つとも解くことができれば、一先ず赤点は回避出来ますよ。
授業中、数学の先生は赤点回避のため計算問題を一問二点、計十五問出すと言っていましたからね」
救済措置、というやつだろう。たしか、授業中そんなことを言っていたことを思い出す。
当たり障りのない、一般的な連立方程式の計算を解いていく。今学期の数学の試験はこれを基本に組まれるのだから、必ず抑えていなければならない部分だ。
一問、二問と解いていき……三問目で行き詰まった。
「……」
「……?」
先ほどから隣で英単語を反復書きしていた武蔵が肩越しに覗いてくる。その視界の先には、いわゆる''分数''が含まれた問題があった。
察したように二度頷いた武蔵は、何も言わず自身の勉強へと戻る。さり気ない心遣いに感謝しつつ、久方ぶりの再会となった分数に向き合う。しかし、ノートに穴が開くほど凝視するが幾ら経っても解は出ない。
「……そこまでにしましょう。
上二つは出来ているので考えるべきは最後、分数を混ぜた計算ですね」
沖田さんは足元に置いていたルーズリーフを一枚取り出す。
『分数を混ぜた連立方程式の解き方』と題目を付け、俺が解けなかった問題と同じ内容を手早く写した。
「では、分数の四則計算から確かめていきますね――」
分数を含んだ連立方程式も無事終え、ひと段落ついたということで俺たちは休憩時間をとっていた。夏前であるため陽は落ちていないが、放課後特有の雰囲気が口数を多くさせる。
「英語はやっぱり難しいね。toの使い方を覚えたと思ったら、似たような前置詞が出てきてこんがらがっちゃうよ」
「英単語を加えたら、何気に覚えなければならないものが多いです」
「レッスン7までが範囲だったな?」
「そうだよ、ニュートンの話まで」
「剣心くん。明日は英語も進めようと思うので、レッスン2までの英単語を覚えるようにお願いします」
「わかった」
試験は来週、今日が火曜日なので残り五日だ。ある程度点数が取れていた国語と社会の二教科は自習で補い、土日に簡単な一問一答形式で小テストをしてくれるらしい。赤点回避を狙う三教科を中心に勉強会は進行する予定だ。
「お茶を注いでくる。林檎ジュースもあるが、どちらが良い」
「お茶で大丈夫です」
「私も」
一口だけ残ったコップの中身を武蔵が飲み干した。催促したようで申し訳ない。自分の分と二人の分をもらって台所に向かう。
ちなみに母親は留守だ。趣味のエアロビスク教室が火曜日と金曜日にあるので、そちらに行っている。夕飯を済ませてくることもあり、何時に帰ってくるのかはわからない。
「む……」
カウンターに菓子類があった。休憩時間に食べるよう、用意してくれたのだろう。一つ一つ小袋形式なのがありがたい。
トレイに出して持って行こうとすると――玄関の方で音がした。鍵が開いたのだ。
時計の方に目をやるが、未だ十六時半を過ぎた頃。
「――ただいま」
リビングの扉から入ってきたのは——妹だった。
一般的なセーラー服に革の学生服を持っている。そこそこ長い黒髪を、高い場所でおさげにするようリボンで止めていることから、ちょっとしたお嬢様学校に通っているように見えるだろう。
そして、本人がチャームポイントと言っていた眠たげな目蓋を精一杯に広げて、途切れ間ながら驚愕の意を漏らす。
「なん――……だと」
「おかえり。今日は早いな」
「お、お兄が女を二人連れ込んでいる」
「連れ込んではいるが、勉強を見てもらっているだけだ」
「現実なのか。お兄が女を連れ込んでるたぁ」
露骨な動揺も甚だしい。
とりあえず互いに紹介しようと、勉強をしていた机にトレイを置いた。
「俺の妹――剣城
「――どうも。今はもう流行らないのに鉄面皮系主人公をやっている兄の妹の弓愛です」
切り替えも早く、丁寧に頭を下げた。
「独特な……自己紹介だね。クラスメイト兼同じ部活の宮本武蔵です」
「同じくクラスメイト、同じ部活に所属して今は剣心くんの家庭教師をやっています。沖田総司です」
ぺこりと頭を下げると、その姿を見た妹が固まり、ロボットのような動きで寄ってくる。そのまま胸ぐらを掴まれ、額が触れるほどの距離で口を動かす。
「めっちゃ可愛いじゃん。テレビより可愛いやん」
関東弁と関西弁を交互に使い熟す器用さを見せられつつ、母親と同じ感想を言うのはやはり親子。勢いに気圧されながらも優しく腕を離した。
「落ち着け。
そも、テレビの中は等身大パネルだから差異があるのは当たり前だろう?」
「あの二人はお兄と違って普通に有名なんだよ?
棚田つばさとか、
解せぬ。少し前にLOPEの連絡先も見せたはずなのだが、信用されていなかったらしい。それに、テレビなら俺も特集を組まれていたはずだ。後で録画を残しているので見せようと思う。
妹はそう言うと、制服に入れていたスマホを取り出す。二、三度ぽちぽちとし、動画サイトの動画を一つ見せてくる。
「文武省ホームページ、チャンネルのホームにある人気動画一覧。
一つ目は先代剣聖と今代剣聖の立ち合い、二つ目はその剣聖が走る車を斬れるかという宣伝動画。そして三つ目には、お兄ら若い世代の許可者が
サムネイルと言われる動画の第一印象は、文武省ロゴマークの刀・薙刀・槍・弓・など様々な武具が円に縁取られたもの。当初、攻撃的過ぎると指摘はあったが、五輪ピクトグラムも同様なものと反論、説得されて今に至る。
動画時間は一分と短い。
妹が再生ボタンを押すと龍笛を基調とした音楽が流れ始めた。
一人目の紹介に、いつのまにか隣にいた沖田さんが現れる。背景は道場のような場所で、天然理心流の門下を指導しているようだった。
二人目の紹介は、粗雑そうな見た目だが逞しい体躯を持っている。おそらく、俺よりも大きいだろう。野太刀と呼ばれる長い刀を肩に背負い、勢いよく振り下ろすと巨木が真っ二つになった。
三人目は小太刀のような刀を持っている。容姿は心無しか忍者を彷彿とさせる格好で、深緑髪が特徴的だ。宙に舞った青葉を瞬く間に切り刻んだ。
四人目は、武蔵だった。
どこかの山道を歩いている。季節は紅葉が見えるため秋だろう。背中に背負った竹籠には山の幸がこんもりと入っている。
最後の五人目は、虎柄の如く白黒な髪を持った女だ。着物を重ねたような服装は一見動き難そうだが、木の根を気にさぬ早さで走り去る。一度カメラが切り替わると、七支刀で荒滝を割っていた。
「……俺がいないな」
「――どうでも良いよお兄なんて」
冗談交じり言うと、反射的な速さで返される。
「へぇ、何か撮った覚えがあるけどそんな風に使われてたんだ」
「私のは
テレビだけではなく、動画サイトにもこうしたものが取り上げられているのか。
今では文武省の働きによって帯刀許可者が受け入れられているとはいえ、かつては中々指の刺される存在だった。しかし、こうやって活動を見せたりすることで少しでも親近感を持たせようとする画策だろう。
「――って、ごめん。お兄たち勉強中だったね」
妹は机の上に広がった教科書類を見ると、スマホを下げた。
お兄的には、珍しく興奮する妹を見れて万歳である。
「そうだが、今は休憩時間だから問題ない。
二人とも、菓子もあるから遠慮なく食べてくれ」
「あ、どうも」
「ありがとう」
「本当? じゃあもう少しだけ聞きたいことが……」
妹は昔、「姉が欲しかった」と何度もごねていた。
兄である俺と、姉である誰かの両方が欲しかったらしい。今はそうでもないが、甘え癖のあった妹は学校から帰ってきてすぐに遊びに行く俺だけでは物足りなかったのだろう。姉——というわけではないが、それくらいの年齢の二人と仲良くしてくれるのは、俺が家を出る前の願いを叶えたようで……ほんの少し、嬉しかった。
「弓愛ちゃんは剣心くんみたいに勉強をさぼってはいけませんよ?」
「日頃の積み重ねが大事だからね。復習は大切だよ」
「もちろんです。兄を反面教師にしっかり学びたいと思います」
だから、しみじみとした心境をこねくり回すように俺を話題にあげるのはやめてほしいものだ。
・千島紗那
むっつりすけべ。
ちなみに「ないよ! まったくないよ!」の言葉は 経験の差 がないわけではなく 経験 がないという意味である。
・剣城弓愛 つるぎゆみあ
剣城家の妹。
眠たげな眼がチャームポイントな中学二年生。家では髪を下ろしているが、学校では量の多い髪をお嬢様ヘアのようにリボンで二つ束ねている。
・文武省公式アカウント
文武省が運営する某動画サイトのPR、宣伝用アカウント。世間の人が親しみを持てるように、様々な検証動画をあげて割と人気がある。
ちなみに、クラスメイトが沖田さんと武蔵の二人にそこまで反応してないのは、こういった現実的な広報活動の設定を当初考えていなかったからです。最近ではリアルの省も活動を理解してもらおうとあげているため、後付け設定でこのような形となっております。
→若い世代の帯刀許可者が五人
実力、知名度(認知)など様々な部分で「次世代の天下五剣」と有力視される者たち。
沖田さん、武蔵、野太刀を持つ粗野な青年、忍者刀使いの緑髪、虎柄白黒髪の七支刀遣いの五人。
なお、対刀許可者の多くは自身の流派の道場に従事していることが多いが、一部、僅かな割合で「文武省が詳細を把握していない」者たちもいる。