失恋したから剣にて空を目指した男のラブコメ学園生活 作:神の筍
二人と妹の邂逅から三日、時の流れは早く金曜日となっていた。期末試験開始は来週の月曜日であり、休日の土日を除き、金曜日は試験前日にあたるため午前のみの授業になっていた。午後は教室を開放し、勉強ができるようになっているらしいが俺を含めた三人は今日も家で勉強会のため、必要はない。
クラスメイトと試験に向けて
「試験目前になれば、クラスメイトの目付きも変わってくるな」
「普段はキャラ立った人が多いですけどね……一応、星詠学園は偏差値の高い学校なんですよ?」
「剣心は裏口入学だから」
「おい」
裏口ではないが、学力以外の部分が評価されたのは考えるまでもない。星詠学園は単純な学力だけではなく、スポーツやボランティアの実績などを重要視する推薦枠もある。それでも一定以上の修学は必要なのだとは思うが、それだけ帯刀許可が魅力的だったのだろう。
「でも、こうも勉強ばかりだとさすがに気怠げになるよね」
横で歩いていた武蔵を見ると、口元が縫い合わせたように渋くなっている。今日の天気は晴れ。夏前の清々しい日差しに手を伸ばしながらぼやいた。
「フラストレーションが溜まっても本末転倒……」
顎に指を当てながら、沖田さんが考える。
「まあ、剣心くんも順調ですし」
沖田さんは腰に下げた刀に触れながら言った。
「――少しだけ、身体を動かしていきましょう」
一、
制服姿のまま、俺たちは体育館の真ん中で向かい合っていた。足元のみは普段から置いていた上靴代わりのスポーツシューズに履き替えている。
久しぶりに身体が動かせるという状況で浮き足立ち、激しく動いてしまいそうだが気を付けなければならない。何しろ二人と違って俺はズボンだ。破れたりすればみっともない格好を晒し、母親にも無駄な手間をかけてしまう。国巡りの際は自分で袴着を縫修していたが、雑布を合わせていただけなので制服となると難しかった。
「では」
「よっしゃ」
「うむ」
ルールも、時間も特に決めていない。
フラストレーションは中途半端に解消しても意味がない。やるなら徹底的に身体を動かし、残りの、今日を合わせて三日間勉強に望みたい。
換気のために開けた窓から、風が吹き荒ぶ。
カーテンが揺れ、三人を穿つように屈折した日向と日陰が生まれる。
そして、
「――!」
「ぉっ……」
「……」
奇しくも、三人は初めて刀を合わせたあの時のように中心でかち合った。
師匠から教わった技を数えれば、それにはキリがない。比喩無しに呼吸同然であると技を見せられ、修得は当たり前だと言わんばかりに数秒後にはその技がなければ超えられない試練を与えられた。
例えば――‟
欧州に伝わる民族神話を参考にしたのかは分からないが、素人が泳げば一生上がって来られないような滝壺に岸壁から落とされた。それまでは木の上から落とされる程度だったのだが、妙にその技の覚えが悪かった俺は遂に命を賭けられたのだ。上流から流れてきた流木をずたずたにする勢いを目の前に、寸での所で空気を足裏で捉え、何とか生き残ることができたのだ。
「――‟
かち合った二人が早急に離脱した俺は剣気によって網を作り出す。以前戦った剣術部主将、山内理念のときには出さなかった応用技だ。
「甘い――なぁ!」
関係ないと言わんばかりに、左眼で俺を捕捉し続けていた武蔵は眼力のみで吹き飛ばす。
抜いた姫鶴一文字で一閃するが、当然の如く受け止められた。むろん、この程度で決まるとは微塵足りとも思っていない。
沖田さんの位置を確認し、ちょうど武蔵を挟んだ位置にいることを把握する。
素早く鞘を抜き、さらに武蔵と鍔競りあった腕に力を入れる。
「――‟
無音で鋒を繰り出す沖田さんに合わせ、刀身角度の合わぬ刀を無理やり納刀させようとする技。
「……っ」
一瞬触れ、そのままこちらからも押そうとするが引かれる。
「む――」
第六感ともいえる感覚が冴え、身体を地面すれすれにまで下げる。二本の刀が走ったのを理解。
どうやら、姫鶴一文字を持った右腕で抑えた武蔵がすり抜けたようだ。
「は!」
「危な……!」
自由になった沖田さんが武蔵に払ったようだが、片手一本で弾く。もう片方は俺を牽制するように前に出ているが、鞘で無理やり弾いて隙を作る。
武蔵の姿は沖田さんの一撃を受け止め、片方は大きく開いている。対してこちらは鞘を含め二本の武器、晒し過ぎた隙をつくには十分な差。
久しぶりに一つ、武蔵からの白星を増やさせてもらおう。
片足を上げ、一本足になる。
リズムを刻むように二度跳躍し、勢いを上げて突出した。
「――‟あざまの跳法-狼煙上げ”ッ」
「早……っ」
下から上へ、刀を振り上げると武蔵の姿に確かな剣線が塗り付けられる。
直撃はしていない。
袴着であれば丈夫なものの、さすがにシャツの上から着れば布ごと割いてしまうからだ。
最後まで無理に身体を捻って避けようとしていたが、端正な顔に打ち付けられた風圧が前髪を木葉のように揺らした。
「あちゃー……無理だったか――悔しいけど離脱!」
ひょいと飛んで武蔵は舞台の方へ上がった。
これが、『
負けた者から離脱して、残りの二人に決着か時間が来るまで舞台の上で待機する。待機者は何故負けたのかを反省することで考え、次に生かすことを努める。なお、真剣術部の広報活動写真も待機者がスマホで撮影することになっている。
さて——と、思考を切り替えた。
鋭い視線を向ける沖田さんとの彼我の差を測る。
目測二メートル、音速を駆る彼女ならば一瞬の距離。
ならば――。
「なっ」
背を返し、沖田さんから距離を取る。
体育館の広さは舞台を除いて四〇メートルほどだ。
「逃がしませんよ……!」
「ついれてこれるならば、な」
鞘と刀を両手に持ち逃げるようにして走り出す。背後からは沖田さんが下段の構えで追いかけてきており、突きの態勢ではいない。
「‟
逃げている合間に空間を斬り付ける。
斬った場所に当然沖田さんはおらず、ましてや物もない。
目の前に現れた壁を迂回するように身を翻した。
「なっ、曲芸師ですか……!」
そして、そのまま壁を走る。
「うわ、すご」
旧講堂出入口を跳び越える。
さしもの沖田さんもそのような態勢で走る俺に対処出来ないのか、それとも戸惑いがあるのか刀を出し渋っている。
「ふ――」
彼女に行動されるよりも先に地面に着地する。滑り足のまま足を着いた俺に、沖田さんは刀を出すがそれよりも速く跳躍した。
キャットウォークの手すりに着地をし、警戒するようにこちらを見上げている沖田さんと目が合った。
「さて」
右手に持っていた姫鶴一文字の鋒と鞘を合わせていく。
「今日は」
今頃止まずの警鐘が沖田さんを刺激し続けているだろう。
だが、今のこの時間を与えたのが間違いである。
「――俺の勝ちだ」
納刀され、きんと音が鳴る。
それは浅ましくも、己の勝利を告げる合図となった。
二、
勉強漬けの毎日を忘れるような時間を過ごした俺と沖田さん、武蔵は午後一時半には切り上げて我が家に向かっていた。
道すがらの話題は当然先ほどの仕合いだった。
「――では、あのとき剣心くんが空間を斬り付けていたのは剣気を残留? させるためだったのですか?」
「ああ。
‟残香の剣想”は斬り付けた空間に剣気を残す技だ。残した剣気は使用者の任意のタイミングによって、一つが発動すれば後は誘発的に周りのものも繰り出される」
「使い勝手な良さそうな技だね」
「ふむ、どうだろうな。残念ながら剣気を使うことが出来る相手なら、相手のものでも誘発されてしまう。それに、勘の良い者は残したそれを自分の技かのように放ってくるからな……」
そう、師匠のように……。
しかも、師匠は俺の最大出力四十弱に対して百を超える剣気をぶつけてくるのだから容赦が無い。
「手数の多さは剣心くんが圧倒的です。小手先で凌駕できない分、私はいかに懐に入れるかが今後の鍵になります」
「ルール無し、場所問わずであれば沖田さんには一枚劣るだろう。あの無音歩法で背後を取られれば肌に刃が触れるまで気付かないな」
「それもあるが」と続ける。
「最初の技を放ったとき、眼圧とでも言えば良いのか武蔵に吹き飛ばされたのが驚きなんだが……」
面制圧に長けていない剣を補う為、俺は二人まとめて攻撃が可能な網目状の剣気を流した。
‟残香の剣想”を前にした沖田さんは刀で受けまたは回避していたが、最終的に迎撃反射より上回った剣気の数が白旗を上げさせる要因となった。しかし、武蔵に関しては眼圧……眼力の方が正しいかそれ一つで消えたのだ。
「あはは……ああいう攻撃はお父さんが良くしてきたから、慣れたというか、何かいけるんだよね」
「何かいけるのか……」
「何かいける」でさらっと対処されればこちらは元も子もない。一応何とかされないような技術を学んでいるのだが……それは武蔵の鍛錬が身を結び、努力してきた結果なので、自らが精進あるのみだ。次は通じる技へと昇華させる。ただ、それだけである。
「今日は二人に黒星を付けたから良い気分だ」
「む、次は負けないから!」
「…………まあ、この後剣心くんには黒星付けまくるのでそれで憂さ晴らしです」
「う……」
地雷、虎の尾を踏んでしまった。
「とりあえずこの後勉強して、明日と明後日頑張ったら本番だよ。期末試験が終われば、折角だし三人で遊びに行かない?」
「あ、良いですね!」
「期末試験翌日は球技大会がある。
「だね!」
来週は月、火曜日――期末試験。
水曜日――球技大会。
木曜日――終業式
と、なっている。各行事が終わり、完全に夏休みになってからの方が楽しめるだろう。
「……ふ、ふ、ふ!」
俺と武蔵が話していると、沖田さんが不敵な笑みを零した。あからさまな笑い方にどうしたんだと思い目を向けると立ち止まって腕を組み、仁王立ちをしている。
「ど、どうしたんだ?」
「大丈夫? 頭」
「――意外と辛辣ですね武蔵さん! まあ、良いでしょう。この沖田総司、夏休みに二人に向けてプレゼントを用意してますともっ!」
「プレゼント?」
「ええ」
話が全く見えてこない。
仮に冬休み、クリスマスが近いなら予想は付くが今は夏本番前。彼女の言うプレゼントとはいったい……。
「で す が !
そのプレゼントも剣心くんが期末試験で赤点を取れば無くなります!」
な、なんだと!
「なので、剣心くんは今まで以上に今日と土日は頑張ってください! 私も武蔵さんも精一杯わからないことは教えるので、ね?」
武蔵を見ると彼女もプレゼントの内容を知らないようで首を振った。
「武蔵さんも。心配はしていませんが頑張りましょう!」
「う、うん」
残り僅か、沖田さんのいうプレゼントとやらも気になる。それを知るには赤点回避が絶対なようで俺はいっそうに頑張らねばならない。
かくして俺たち三人は満足がいくまで身体を動かしては再び試験へ向けての勉強会に戻る。
夏休みまで——あと6日。
三、
夕飯を済ませ、風呂も上がったあと俺は自室にて勉強をしていた。
明日と明後日は沖田さんが言っていた通り一問一答形式の確認テストがある。本番は月曜日からだが、まずはそこで高得点を取らなければならないだろう。
最近では数学も公式を覚え、ある程度の応用もこなせるようになった。複雑怪怪な文章問題は途中まで解けるのだが、引っ掛けがあると簡単にそれに嵌められてしまう。
英語の方は順調で、今もこうして英単語を反復している。そのおかげか、英文型式が分からなくともおよその内容が予想でき、記号問題は殆ど完璧になった。英作に不安があるため、あと二日の課題だ。
問題は……理科である。
難しいことこの上ない。
単語もよく分からなければ、数学と違って公式に当て嵌めるものは多くない。特に粉末を使った実験や火の温度を表したグラフから読み取れることを述べよ、といった問題が中々に難しい。気晴らしに見た他のページは動物の骨格や火山など面白そうな内容だった。それを知ってしまったがゆえに気が削がれたことは二人には内緒だ。
「――よし」
範囲の英単語を復習していたのだが、ようやく全て覚えた。たまに同じようなスペルのものもあるので本番は注意しなければならない。
一区切りついたので休憩にする。
喉に渇きを覚え、事前に持ってきていたカップを手に取った。コーヒーが入っていたのだが、いつの間にか飲み干していたようだ。
「……」
椅子を引いて立ち上がり、部屋を出て一階に降りる。
時刻は十二時に近い。足音はご法度だ。
「まだ起きていたのか」
リビングの扉を開けると、電気を消したままテレビだけを付けた妹がソファにいた。
「お兄も。勉強?」
「ああ。高校生になると中々勉強は難しくてな」
「それは別に高校生とかじゃなくてお兄が勉強してこなかったからでしょ?」
「こ、高校生になると……」
「はいはい」
余談だが、我が妹は運動神経も良ければ頭の方も良い。新都にある私立中学にバスで通っているのだが、母親がそこの定期試験で入学して以降十番位未満は出たことがないと言っていた。
適当な言葉を交わしつつ電気ケトルのボタンを押した。
すぐに沸騰して音が鳴ると、スプーン一杯のインスタントコーヒー粉が入ったカップに注ぐ。耳心地の良い感触とともにコーヒーが完成した。
「勉強頑張って。あんな可愛い二人に手伝ってもらってるんだから、絶対赤点取っちゃいけないよ」
「そうだな。ありがとう」
妹の声援を背に自室へ戻る。
気分転換をしようと思ったが、部屋を見渡しても如何せん物がない。割と大きい部屋ではあるが、今いる机と少し段差が上がった所に存在するパイプベッド、そして棚くらいだ。夏休みを機に無機質な壁に飾り物一つ垂らしてみようか。
深く椅子に座りながら考えていると、ベッドの枕元で充電していたスマホが光っている。LOPEの通知だ。
武蔵『勉強は捗ってる?』
その一言とともに、変な紅葉型キャラクターのスタンプが『?』を醸している。
剣心『今のところは順調だ』
三十分前に来ていたメッセージだった。
もう寝ているかと思いスマホを置いたが、すぐに既読が付いた。
武蔵『そうなんだ』
『それは良かった』
『?』
『今のところはってことはこれから順調じゃなくなるの?』
くっ、答え辛いところに突っ込まれた。
剣心『うむ……まあ、そんなところだ』
武蔵『理科?』
またしてもピンポイント。察しが良すぎるだろう。
剣心『そうだ』
『実験結果に関する問題が難しくてな』
武蔵『なるほど。お昼のときも結構苦戦してたもんね』
理科はどうしても苦手意識があり、そのためか他より覚えが悪い。頑張っているのだが、成果が出るのは良くて当日間際になりそうだ。
武蔵『あ』
『お昼は沖田に任せきりだから、今からでもわからないとこがあったら私に聞いても良いよ!』
む、それはありがたい。
しかし時間は大丈夫だろうか。折角なので一つくらいは聞いておきたい。しかしそれを絞るのが難しく迷ってしまう。
剣心『少し待ってくれ』
絶対温度の部分かそれとも炎色反応……ガスバーナーを使った実験……。
未だ不安な箇所があるのでいくつか尋ねたいが、それは時間も遅く失礼だろう。
どれにしようか選別していると不意に教科書を持つために置いていたスマホが音を立てた。
「ぬ……これは、電話か」
数少ない電話経験の俺はそれを把握するのが遅れ、誰からの着信かも分からず緑のマークを押す。
『もしもーし』
『なんだ、武蔵か』
『なにそれ。私だといけなかった?』
『いや違う。いきなりの電話で驚いたんだ』
『なるほどね。
今、大丈夫?』
『ああ……』
『聞いても良いよって送ってから返信が遅かったから電話したんだ。
たぶん、今頃何を聞くか悩んでるんだろうなぁって』
『……』
俺の心は見透かされているのか。
『ということで、電話してみました』
唐突なことに、そして武蔵の勘の良さに申し訳なく思いつつ感謝する。
『気になることを放置すれば寝むれないからね。
明日の勉強会は昼過ぎからだから多少遅くなっても大丈夫。私も付き合うからさ、解消していってよ』
『武蔵……ありがとう』
『ん、それで。どこが気になるの――』
昼には沖田さん。
夜は武蔵。
贅沢な二人を家庭教師に俺はペンを進める。過ぎ去った時間を取り戻すように問題を解き、教えてもらい、期末試験に挑む。
期末試験が終われば礼をしなければならない。
そんなことを考え、俺は武蔵と夜の勉強会に精を出した。
・''鞴の歩法'' ''葛籠圧し'' ''鞘諌め'' ''あざま跳法-狼煙上げ'' ''残香の剣想''
手数、技の多さが主人公の武器である。師匠から教えてもらったものも踏まえ、自分で生み出したものもある。
''鞴の歩法''…別名、鮭飛びの秘術。鞴を踏む際、一瞬宙を踏み浮かんだ感覚がすることからその名を付けられた。空気を蹴り、跳躍することを可能にする。
''葛籠圧し''…葛籠の網目状の剣気を繰り出す面制圧型剣技。人二人を覆う広さがある。
''鞘諌め''…相手の突きに合わせて鞘穴を合わせる技。主人公の鞘は非常に丈夫で、奥義に及ばない攻撃なら受けることができる。
''あざま跳法-狼煙上げ''…あざま跳法シリーズが一つ、狼煙あげ。両足より片足の方が勢いがつくため、それを利用して跳躍。その後、波間を撫でるように下から切り上げる。
''残香の剣想''…空間を切りつけ剣気を固定。その後、使用者の任意のタイミング、行動で繰り出せる技。文中にある通り相手に利用される可能性もある。
・武蔵ちゃん回?
察しの良い武蔵ちゃん…可愛い。
「私も付き合うからさ、解消していってよ」…意味深。
昼には沖田さん。夜は武蔵…意味深。
夜の勉強会…意味深。
精を出した…意味深。
沖田さんの「この後剣心くんには黒星付けまくるのでそれで憂さ晴らしです」って言葉、なんかめっちゃえっちっちじゃないですか…。
さて、ようやく夏休みに突入でございます。
これを書くより先に、無言で最終章と最終回書いてました。
まだまだ先だよ。
追記> 感想欄にgood.bad評価をつけました。諸事情により返信は行なっていないのですが、しっかり読ませていただいております! すべてgoodを付けさせてもらいます。