失恋したから剣にて空を目指した男のラブコメ学園生活 作:神の筍
「気持ち良い~――!」
俺と沖田さん、武蔵の三人は高岡先生に無事港まで送られ、暖かい瀬戸内海を進むフェリーに乗っていた。
「っうぇ、何か口に入った!?」
と、慌てて大きく開けていた口を閉じたのは武蔵である。
季節は夏ということもあり、また瀬戸内海という温暖な地域と影の少ない海上であったためもっと熱くなると思ったがフェリーの速度は思いのほか早く、向かい風が身体を上手く冷やしてくれていた。
今の武蔵の声も風切り音とエンジン音が隠してくれている……と願うばかりだ。
「柄ノ島にはどれくらいで到着するんだ?」
その様子を並んで見ていた沖田さんに尋ねる。
「ちょっとお持ちください。鞄にパンフレットを……」
確認してくれている沖田さんを尻目に、風に煽られて少し音を上げる腰に提げた二本の刀に手を添えた。俺は武蔵のように片方に提げているわけではなく、両腰に提げているためマシなのだが、無意識に気になってしまう。
「時間は――だいたい一時間半程度ですね。お、事前情報であったようにイルカが見れるかもしれないですよ!」
横から俺が見やすいようにパンフレットを寄せてくれた沖田さんは、恐らくフェリーの上から撮影したであろうイルカの写真を指差しながらそう言った。
……女の子の匂いは潮の匂いにも負けないんだな。げふん。
切り替え、俺たちが行く先の島について考える。
高岡先生によれば、今回俺たちが滞在する
つまり、他に事情があるということだ。
ちなみに、先ほど沖田さんに聞くと――。
『な、ななななな何もないですよ!』
と言っていたので、確実何かある。
むしろない方がおかしい。
気にはするが、本当に危険なことならば沖田さんも伝えてくるはずなので大丈夫だろう。正直、この二人と一緒ならば無人島の危険など、それこそ実は島が休火山で合宿最終日に噴火、マグマから逃げるために命からがら脱出というセンター・オブ・ジ・アイランドルートくらいだ。あとは、有毒生物が多いと言った生物的理由か……それも理由を知るであろう沖田さんが問題ないと判断したのならば、大して問題ない。まあ、俺の場合は師匠から修行と称して毒虫を食わされてある程度の耐性があるのだが。
「よくデステニィー映画とかで主人公がイルカに乗るシーンとかがありますが、イルカの耐荷重でどれくらいなんですかね?」
「イルカに乗るか……」
「――む、オヤジギャグですか?」
「――違う」
本当に自然に出ただけである。
「小さい頃に水族館へ行ったときにイルカショーを見たことがあるんだが、女性の飼育員が跨っても問題なく泳いでいたな。あの様子だと成人男性が乗っても問題ないような気もするが……」
「なるほど。つまり私が乗っても問題ないということですね」
「まあ、そうなるか……」
馬ならぬ、イルカに乗って刀を振るう沖田さんが脳裏に浮かぶ。袴代わりの水着だ。
「……」
「……どうしました?」
「いや――」
水着姿を思い浮かべて、球技大会の日に見た二人の艶姿など思い出していない。落ち着け、煩悩退散! ただの想像だけで逸るなど畜生も同然、信頼してくれている二人に失礼だ。 せめて水着を拝んだときに……っく、煩悩退散煩悩退散。
「……ふぅ」
一呼吸する。
「大丈夫ですか?」
「ああ。久しぶりに船に乗ったからか、酔ったかもしれない」
「それは大変です。中に行きますか?」
「いや、外にいたほうが気分転換になる。それにイルカを見逃したら勿体ないからな」
「っは、そうですね! 私たちも早く見つけられるよう、武蔵さんのところに行きましょう!」
武蔵のほうを見ると、俺たちが話している間に今度は某沈没映画のように腕を広げて風を受けている。簪が飛んでいかないか心配だ。
一、
――――『ようこそ“柄ノ島”、自然とイルカの島!』
夏の太陽が海を照らし、雄大な入道雲が見下ろしていた。青空はいつも見ていたものより大きく感じられ、どことなく神秘的な
空気が一入美味しい気がする。
星詠学園、俺の家の周辺も若者が遊ぶには少し不便なくらいの自然が残っているが、それでも段違いだ。潮風ではあるが、カラッとした陽差しが煩わしさを運ばないでいた。
「星詠学園一行の方ですか?」
フェリーを降り、俺たちは近くにあった自動販売機で喉を潤していた。沖田さんによれば、三十分ほどで案内人が来るとのことだったのだが、それよりも早く妙齢の女性が声を掛けてきた。
「はい。星詠学園剣術部の沖田です」
「剣城です」
「宮本です」
「本日、操島までの案内をさせていただきます
風貌は純日本人、髪色も黒。小麦色の肌には少しの小皺が見え、朗らかそうな印象を抱いた。立ち姿から特に武道を嗜んでいるということもないのだろう。ただ、力仕事があるのか四肢に一般成人女性より筋肉が付いているように窺えた。
「剣術部の皆様は今回、初日から繰島へ渡るということなので、このまま船の方へご案内させていただきますね。体調は大丈夫ですか?」
「はい。私は……お二人はどうですか?」
「大丈夫だよ」
「ああ、俺も問題ない」
「わかりました。では西側の港へ移動しますので、こちらへどうぞ」
どうやら少し歩くようだ。
何となく西の方角へ目を向けるが、ちょうど尾根が邪魔をして見えないでいる。今いる港から西側の港は真っすぐ、その山を抜けるようにしてトンネルが繋がっており、車でも行き来が可能なようだった。
「海外の人も結構多いんだね」
「そうだな。土産屋も外国語が書かれて、思ったより整備されている」
「――こら、剣心くん失礼ですよ」
「む、すみません」
「いえいえ。実際にこの島に来られた方の多くはそのような反応をされるので、慣れたものです。それに、そういった観光客の驚きを見るのも案内を任されている側からすれば、楽しいですから」
「やはりドルフィンウォッチングが人気なのですか?」
「はい。毎日100人以上の方がイルカを目的に来島されます。多い時期ですと、午後は島中の船を回すこともありますね」
「へぇ……そうなると漁業などに支障が出るのでは?」
「この近辺は海流の関係で午前が一番漁獲量が多くなるんです。なので、毎日午前に漁に出ることが出来れば十分なんですよ。ただ、数日天気が荒れるときの船数は半分ほどに減らしていますが」
なるほど。島の暮らしというものは商売で成り立っているというよりは物々交換のような、完全ではないものの多くは自給自足で賄っている部分があるのか。
国巡りをしている頃、俺もいくつかの有人島に行ったことはあるが、師匠は島民に目もくれることなく俺を山中や海岸沿いの洞穴に連れ行き修行に明け暮れさせた。そのため、実際に詳しい生活は知らなかったのだ。ただ、出島する際などは勝手に世話になった礼とでも言うのか、ご当地食堂で食べ修めをしていたので本島ではあまり食べられていない珍味などは分かる。特に海鮮系は頭まで使ったものが印象的だ。
「そういえば沖田、無人島でのご飯はどうするの?」
武蔵が聞いた。
「それはもちろん採取や狩猟と選り取り見取りですよ!」
「操島は海岸沿いを除き、内地はもう数十年以上も人の手が入っておりません。時折停泊する組合の方によれば、野生のヤギもいたとのことです。特に狩猟規制もかっておりませんので島内の食べられるものは自由にしてくださって大丈夫ですよ」
組合とは漁業組合――つまり漁師のことだろう。
「海岸から見える位置に元々観光用に建てたロッジがございますので、寝泊まりはそちらをどうぞ。さすがにこの時期のキャンプは蚊も鬱陶しいので」
ロッジがあることは沖田さんから事前に聞かされていた。
「もしよろしければ、毎朝食料をお届けすることも可能ですが……どういたしましょう?」
「ありがとうございます。ですが、大丈夫です。一週間くらいですと、素潜りで魚だけ食べてても私たちは問題ないですし。本当に何かあれば最悪泳いで柄ノ島まで戻ってくるので」
「あ、はは……さすが帯刀許可を持った方々……身体の強さが違うんですね」
坂下さんは眼をしばたせながら空笑いを浮かべたものの、最後は感心したようにそう言った。
「獣の血抜きも含め、解体は出来る。ただ、調理こそは男飯になるから二人に任せても良いか?」
「簡単なものだったら出来るから、任された」
「私も天然理心流料理術をお見舞いしますよ~」
何だそれは。ともかく、まともな食事が出来るようで良かった。野性味溢れた味付けも嫌いではないが、せっかくなので二人の手料理が食べたかったのは内緒である。
「一般家電製品と生活用品はございますのでご活用ください。調味料もジビエに合うようなものを各種揃えてますよ」
至れり尽くせりとはこのことだろう。
だが――と思案する。
無人島であるにも関わらず、観光用ロッジがあるのは柄ノ島と同じように開拓しようとした名残だろう。もしくは、地元民用の娯楽施設の可能性もある。家電製品があるということは電気が通っているのか……?
「電気があるんですか?」
「風力と太陽光の小さな自家発電があるんですよ。最近の自家発電は海風に強いものも多いようで、柄ノ島でも活用できないかと先にそちらへ取り付けられたみたいです」
ますます不可解、謎は深まるばかりだ。ロッジまで建てたにも関わらず島の内地には数十年も誰も足を踏み入れていないという。これまでの話し方から、地元民は海岸沿いまでは停泊などの用事で滞在するものの、それから先には進むことがない。進めない何かがあるということだ。
そう考えると、今回
「……」
――まぁ、考えても仕方ない。割り切るとしよう。
此度は魅力的な二人との無人島合宿なのだ。出会い頭は慣れたもの、斬った張ったはそれも風情。何かあれば、その時に対処すれば良いだろう。
「お、港っぽいものが見えてきました。あそこですか?」
「はい。青色の旗が靡いている船が今回操島へ渡船するものです」
大漁旗ではなく、ただ観光用の船も含めて分かりやすく掲げているだけなようだ。
「船主は私の旦那ですが、よく繰島に停泊することもあるのですぐに着きますよ」
港には地元民か、釣り人も並んでいた。何人かは俺たちの姿に気付き、さらに腰の刀に視線を移した。
気にすることなく、俺たちが乗る船の奥を見る。
柄ノ島から西に数キロの情報は正しかったようでようやく繰島と思わしき島が地平線との間に存在していた。大きさも木々の種類もそれほど柄ノ島と変わりない。
「初めての合宿ですから、張り切っていきましょう!」
「おー!」
「ああ」
掛け声を一つ、俺たちは船へ乗り込んだ。
二、
鬱蒼とした樹々の隙間、無人となった島で育った猪が家族を引き連れて歩いていた。食べる物を探すべく、鼻先を忙しなく動かしては地中にいる虫を探り当てる。爪先で堀り、一匹のミミズを口に運ぼうとしたときに蹄が何かを踏んだ。
――? ……。
硬く、まるで木の根のような感触。
森の中で生きる彼らにとって気にするほどのことではない。引き続き土を掘ろうと足を動かすが――猪の身体が揺れた。
――!?
……ッ!
濡れた土を盛り上げながら何かが立ち上がる。
それに反応したのはミミズを食べていた猪以外で、力を入れて威嚇の鳴き声をあげた。
『…………』
一番大きな、群れを引き連れていた猪の視界が裂くように広がっていく。身体の中心から重たい血が流れ、生臭い匂いをあたりに散らす。
残りの猪は本能的に自分たちを害すものがいると判断し、身を翻し森の奥に逃げて行った。
『…………』
血だまりを歩く何かは、未だ正常に動かない関節を無理やり稼働させて足を一歩踏み出した。誘われるように歩き進め、地殻変動の折に生まれた川へ辿り着く。そのまま止まることなく、川底へ身を横たわらせた。
『…………』
何かは沈黙する。
己の作られた意味を成すべく。
来るべき日に備え、