失恋したから剣にて空を目指した男のラブコメ学園生活 作:神の筍
柄ノ島と繰島の簡単な説明です。
『柄ノ島』(えのしま)……瀬戸内海にある、観光地として栄えている有人島。
『繰島』(くるしま)……今回、真剣術部が柄ノ島民の天然理心流門下に紹介されてやってきた無人島。無人島ではあるが、過去に人が住んでいた歴史があるため人工物がちらほらとある。外縁部は砂浜と海風で風化しつつある崖に囲まれており、中心部に行くにつれ森が鬱蒼としている。砂浜に小綺麗な木製ロッジがあり、時たまに漁師がやってきて宿泊することもあるため中は綺麗に保たれている。
乾いた海風を背に、眺望するのは柄ノ島の半分ほどの大きさの――繰島。内地とでも言えば良いのか、鬱蒼と広がる森の直前に建てられた木造ロッジを除いてまさに自然。最低でも数十年以上は人の手が入っていないことが窺えた。海風に当たっても問題ない広葉樹はどこか分厚く、人間の侵入を拒んでいるかのように思えた。
「ヤギの糞だな……数からして五、六頭の群れがいるようだ」
坂下さんとその旦那さんの漁船に乗って繰島に降りた俺たちはロッジへ荷物を置きに行くべく砂浜を歩いていた。
「おお、さっそく今晩のお夕飯の目途が」
「ヤギが繁殖できる生態系があるということは毒草も少なく、野草の割合が高いということだ。最悪肉が取れなくとも、野草と魚で十分な栄養が取れるだろう」
ヤギは風下にいるとすぐに外敵の匂いを嗅ぎつけ、こちらが見つけるよりも先に離れてしまう。特に島のような地形だと全方向から海風が吹くので捕獲できるか微妙なところだ。
「ヤドカリもいるよ!」
武蔵が指を差した方を見ると、有人島と比べて二回り大きなヤドカリが何匹かいた。真っ赤な色合いは食欲をそそられるかと言えば人それぞれだろうが、味は絶品と無人島の頼もしい食糧なのだ。
「荷物を置いてロッジの中を確認した後はすぐに食糧確保に動いたほうが良さそうですか?」
「ああ。日が暮れると探すのは難しいだろう」
俺たちは一先ず今日の予定を簡単に立て、ようやくロッジに辿り着く。
「綺麗なロッジだね」
「正直、ちょっと漁師小屋みたいなものを想像していました」
沖田さんは申し訳なさそうに言ったが、無人島と紹介されてこの島に来たのだからその想像は仕方ないことだろう。かくいう俺もロッジと言われつつも、もう少しざんばらな小屋を想像していたので、ここまで綺麗なロッジがあるとは思っていなかった。
明るめの茶色はおそらく、チーク材だ。
父親が一時期キャンプにハマっており、防水・防腐、それでいて防火も兼ね備えた丈夫な木材でキャンプテーブルなどをこれに揃えていたらしい。虫にも強いようで、金属製品に味気無さを感じるキャンパーには大人気なようだ。ちなみに、趣味が長続きするタイプではない父親のこれらの道具は今や置物と化しており、倉庫に眠っている。いつか真剣術部で活用する機会があれば引っ張り出しても良いだろう。
テラスが併設された玄関扉を開ける。
「お邪魔します」
沖田さん、武蔵、俺と続いて中に入る。
石畳の玄関タイルは汚れ一つなく、廊下も綺麗に磨かれている。殆ど新居といっても過言はない。むしろ、新品特有のニスの香りすらしてくる始末だ。
「ちょっと砂浜歩いただけで靴の中砂だらけになっちゃった」
「足だけ洗ったほうが良いかもな。外に洗い場があったぞ」
「ですね。そうしましょう」
玄関に荷物を置いて再び外に出る。テラスを回って端のほう、小学校の頃にあったプールサイドにあったものと似た洗い場があった。
「む、サンダルがいるな」
俺がそう言うと、三度三人は荷物の場所に戻り、各々サンダルを手に靴を脱ぐ。制服着用とのことで、白色の学校用靴を履いてきたのは失敗だったかもしれない。
「――冷た!?」
一瞬、飛び上がるように沖田さんが足を上げたため水が撥ねる。水滴が三人に掛かった。
「もう、何してんのさ沖田」
「す、すみませんっ、思ったより冷たくて……」
「たぶん、地下水を引いているからだろうな」
二人はスカートなため問題ないが、俺はズボンの裾が濡れてしまった。ロッジに上がってからすぐに着替えて一応干しておいた方が良いだろう。
「大丈夫ですか? 剣心くん」
「気にするな。どうせこのあとすぐに着替えるだろう?」
「ええ。袴着……はむしろ、この森の中では歩き辛いですかね」
「鍛錬になると考えれば良いが、いつものように袴着は立ち合うときだけで良いんじゃないか?」
「ではそうしましょう。基本的にはラフな格好ということで」
取り敢えず足を洗え終えると、三人は玄関に戻って足を拭う。タオルは玄関横に掛けられたものを使わせてもらった。家の中にあるものは基本的に自由使用して良いと言われている。
ちなみに二人のおみ足は白く、触れば幸せな気持ちになれること間違いないと確信させるものだった。いや、確信した。見るだけ幸せなのだ。触れば気絶どころでは済まないかもしれない……。
そんな馬鹿なことを考えていると、武蔵がロッジのリビングと思われる部屋に着き次第言った。
「――お部屋チェックの時間です!」
「わーい」
「おー」
唐突なことには慣れているので、もはやこの反応である。
「もう、なにさ! 二人してそんな反応で!」
「お部屋もチェックも良いが、先に着替えないか?」
「たしかに」
とはいえ、折角お部屋チェックをするのならば、あまりロッジ内を歩き回るのは避けた方が良いだろう。
「沖田さんと武蔵はここで着替えてくれ。俺は廊下で着替えてしまおう」
「おや、別に一緒に着替えても良いよ?」
「ですね、ですね」
「――そんなことするか」
…………危っない、思わずズボン脱ぐところだった。
本当に最近は二人してこういう揶揄いが多いので困る。部室でも隣に座られると妙に距離が近いのだ。妹に借りた漫画『ハラハラ☆がーるずらばーず』的に言えば順調に好感度を上げているのだろう。このままくんずほぐれつな――退散! 煩悩! 煩悩退散! ええい、馬鹿め!
素早くリビングを抜け、廊下で着替える。
濡れたズボンは裾が重ならない程度に畳むことにする。
「入って良いよ~」
扉の向こうから武蔵の声が聞こえたので入室する。
「……」
思わず息を呑む。
二人に悟らせてはいない。
妹曰く、鉄面皮なんて今時流行らないと言われたが、今この時それで良かったと強く思った。
「では、お部屋チェックと行こうか」
動揺を隠すように俺から切り出してしまった。
武蔵が元気に「うん!」と返事をすると、その頷きに合わせるように絶対歳不相応と叫びたい巨峰が揺れた。橙色に近いノースリーブのシャツは薄く、先ほどの俺のズボンと同じように濡れれば簡単に透けるだろう。黒い半ズボンは武蔵の肉厚な太ももをさらに強調させることになり、もはや直視出来ないのだ。これはもうやばい。
「このロッジは二階建てなので、部屋の数も結構多そうですね?」
その隣にいる沖田さんも半袖半ズボンという、普段の制服や新都に遊びに行くときの楚々とした格好と比べてどこか柔らかい感じを受けた。武蔵に決して劣らぬ例のアレはあえて大きめのシャツを選んだのか目立たない――と、思うだろう? 目立つんだよなぁこれが。灰色の半ズボンはひざ下から見えた白い肌を際立たせていた。
俺は白のドライTシャツに黒い半ズボンというどこにでもいる格好だ。どうでも良い。
「じゃ、レッツーゴー!」
武蔵に続くようにロッジ内を回る。
今は太陽の陽が差し込み、必要ないがこのロッジ内の明かりは風呂場と洗面所を除きすべて暖色灯だ。木の色に合わせた配色は心地良く、都会の喧騒をすぐに忘れることが出来るだろう。電灯を小さくすることも出来るようで、DVD映画でも持ち込めば夜も楽しめる。こんな機能的なロッジが殆ど放置されているのだから、不思議なものだ。
「どうやら二階に寝室などがあるようですね」
階段を上がるといくつかの扉が見え、そこに部屋があると理解出来る。さらに廊下の一番奥は天井裏に続いているのか梯子が立てかけられいてた。
手前の部屋は畳敷になっており、鴨居も付けられたしっかりとした作りだ。襖を開けると布団がある。敷布団用の部屋なのだろう。畳は青い。
二つ目の部屋は談話室のようで中心にテーブルがあった。一階の居間にも木製長テーブルがあったがここも同じような一回り小さな種類だ。ここは下の荷物に置いている荷物置き場にしても良いかもしれない。
「お、ベッドだ」
「ここが寝室のようですね」
二〇畳ほどの寝室には四つのベッドがあり、入って扉のすぐ隣、その向こう、扉と対面するようにある窓際に二つといった配置だった。遮光カーテンは日差しの良い立地に合わせたもので、無ければ朝陽とともにどれだけ眠たくとも強制起床となるだろう。
ホテルのようなベッドは跳び込めば、それはそれは気持ち良いよさそうだが――。
「――私ここ!」
と、高校生になってそんなこと出来ないと考えていると真っ先に武蔵が飛び込んでいった。勢いよく寝転がった武蔵を中心に布団が波打つように盛り上がる。
「では、早い者勝ちで私はここということで」
二人は窓際を取ったようだ。
「剣心くんはどちらにしますか?」
残念だったな沖田さん。日に二度、二人のおみ足とラフな格好を乗り越えた俺に死角はない。
「さすがに女子二人と同じ部屋はまずいだろう。俺は敷布団のあった和室で寝るよ」
「そうですか? 剣心くんならそんな間違いはないと思いますが……」
既に先ほどズボンを脱ごうとしていた俺に掛ける言葉ではない。むろん、沖田さんは分からないだろうが。
「俺が気にするから遠慮しておこう。二人を意識して朝まで寝付けなくなったら、昼の鍛錬にも参加出来なくなるからな」
寝息とか聞こえたら悶々としてしまうに決まっているだろう、まったく。
それに朝起きて部屋内に二人の甘い匂いが充満しているに違いないので、そんなものを吸えば俺は死んでしまうだろう。人は酸素を必要以上の濃度分の中で呼吸すると酸素中毒で死ぬ。その理論と同じだ。これは科学的に照明されているのだ――後者はともかく、前者はされていない――。
「鍛錬に支障が出るなら仕方ないね。夜の語らいをしようと思ったのに」
「将来のことでも語るのか?」
「参加しない剣心には内緒でーす」
しーっと、人差し指を立てて武蔵が言った。
「――よし」
空気を切り替えるように沖田さんが柏手を打つと、自然と俺と武蔵はそちらに視線を移す。
「一先ず部屋割りも決まりましたし、食糧調達の方へ参りましょう。下には釣り竿もあったので、森に行く担当と釣り担当で分けたいと思うのですが」
「たぶん私より剣心のほうが毒草の見分けが付くだろうから、森担当が良いんじゃない?」
「ですね。森担当は迷子の可能性もあるので二人にするとして、釣り担当は……」
「私がしようかな。これでも一メートル超えの青物を釣ったこともあるんだよ」
魚で一メートル……いつか食べたイトウさんを思い出す。しかし、武蔵に釣りの才能があったとは。
「釣りは小さい頃からお父さんとやっててね。心意と向き合うにはちょうど良いから」
「なるほどな」
ただ、一メートル超えの青物を釣れば心意に向き合うも何も吹き飛びそうだが。
「森担当は私と剣心くん、釣り担当は武蔵さんということで。武蔵さんが一人になってしまいますが、どうか気を付けてお願いします。何かあれば……スマホは繋がりますか?」
確認すると、僅かにだが電波はある。連絡くらいならば問題ないだろう。
「任された。大物釣ってくるから、そっちも美味しい森の幸をお願いね」
「はい、任せてください」
獣は獲れなくとも、せめて食べられるキノコ類があれば良いのだが……香草が一枚あると武蔵が釣った魚もより美味しく味わえるだろう。
「現在の時刻が十三時過ぎなので、いったん十八時には集合しましょう」
真剣術部、合宿一日目――食糧を求めた島の散策が始まるのであった。