失恋したから剣にて空を目指した男のラブコメ学園生活 作:神の筍
予約投稿してたと思ったら、予約時間が十年後になってたという事実。
一応無人島に来たにも関わらず華やかな夕食を済ませた俺と沖田さん、武蔵の三人はリビングルームのソファで並んで座っていた。これが部室ならばそれぞれコの字の位置に座っているのだが、今夜は違う。机には採って来たヤマモモを凍らして砂糖を
「ふーむ……別に最新作を期待していたわけではなかったですが、ものの見事に知らないタイトルばかりですね」
沖田さんがそう言う。
何となく全部机に並べてみたが、たしかに俺も聞いたことのない映画ばかりだ。ネズミ―ランドの映画や海外にも評価されるジブラ映画などは俺も知っているが、王道を少しでも外れたら全く分からない。そもそも映画自体、テレビだけで映画館にも行ったことが無いのだが。
「この『シャークトルネード』シリーズは完結編まで揃ってますね。あとはドイツっぽい『暴走サイボーグ』に古代から蘇った『ミイラ男』。B級が過ぎませんか?」
「私も映画は流行ってた奴しか観たことないけど、たまにそういうのには面白い作品が混ざってるとか何とか」
「これ絶対パッケージが面白いだけの奴じゃないですかー……剣心君。どれか見たいのとかありますか?」
「む、俺か」
唐突に託される選択肢。
正直どれも観てみたい――とは当然思わないが、逆にどれを選んでも似たようなものだろうという予想はある。映画の直接的な面白さよりも沖田さんたちと観れるだけで十分なのだから、逆にタイトルとパッケージが良く分からないものにしてみようか。
「この『ブラッド・ホステル』というのはどうだ? この中で唯一どんな映画なのか想像が付き難い。ホラーなのは分かるが」
「あ、私もそれちょっと気になってたかも。他は『ヤスデ人間』とかサメ映画だし」
やはりラインナップがB級映画過ぎると思っていたのは俺だけではなかったようだ。
「じゃ、これにしますね」
「ああ」
「どんなだろうねー」
沖田さんがディスクを取り出し、DVDプレイヤーへと差し込む。ディスクの絵柄もただ真っ赤なだけで、内容を察せられるようなものではない。
すぐに読み込んでテレビ画面に最初のメニュー画面が映し出されると、沖田さんもソファーに戻って来て本編再生のボタンを押すのであった。
「……」
「……」
「……」
再生前の期待感が裏返ったかのような沈黙が三人を包んでいる。
ポップコーン代わりに用意したヤマモモは既に空っぽで、まだまだコップにお茶は入っているが変な喉の渇きを感じる。動かない方が得策と悟った俺とは違い、左側に座った沖田さんは何度も縁に唇を付けながらちびちびと飲んでいる。その様子は“飲む”というよりは“
「……」
二人に聞こえないように深く息を吐く。
別にとんでもないくらい怖くて、三人とも口を開かないわけではない――その、真逆。俺は、そして沖田さんと武蔵も知らなかったのだ。
B級ホラーと艶のあるシーンは必ず表裏一体で存在しているのだと。
この映画がおかしいのかもしれないが始まって三十分、まだ男女の睦み合いが続いている。恋人同士のラブシーンの延長線上とかなら良いのだが、残念ながらそんな清いものではない。主人公三人組が旅をしているところから始まったのだが、その旅の目的が女性目的というのだから代わる代わる違うシーンが流れるのだ。しかも、この空気をさらに押し込めるようにB級映画とはあまり噂にならないことを良いように
こちとら思春期真っ只中の男子高校生筆頭格である。成長期を考えてオーバーサイズの半ズボンとシャツを買って来てくれた母に感謝したい。そして師匠に身体操作の教えを授けてくれてありがとうと言いたかった。筋圧による止血法は修得済みである。
「……」
違う映画にしようと言いたかったが男の俺から言うのもさすがに抵抗がある。今日を合わせて四泊も二人と同じ屋根の下……変な意識をするのもされるのも避けたい。ちなみにされるのはもちろん変態という意味でだ。この映画にしよう言ったのは自分なので、言い出さなければならないという自覚はあるのだが……。
再び、横目で二人を流し見る。
沖田さんの白い頬肌が赤というよりは桃色に染まっている。吸われるように手を動かし、撫でてみたい欲に駆られるが自省する。
武蔵は沖田さんほど顔に出ていないが、気恥ずかしさを隠すためか目端を指先で擦りながら瞬きが多くなっている。
こんな反応もするのか――と、眺めていると、
「……ぁ――」
視線に気付いた武蔵が声を漏らす。
左側で沖田さんもこちらを見ているだろう。
沸くように武蔵の首元が赤くなり、やがて頤に到達しようとして俺は言った。
「違う映画にしようか」
「あ、う、うん……ちょっと、私たちには、早かったかもね」
「沖田さんも構わないか?」
「そ、そうしましょう。その方が良さそうです……はい」
先ほどは沖田さんがやってくれたが今度は俺が再生を止めてディスクを取り出す。二人に観たい映画を聞こうと思ったのだが無難に『デスピラニア3D』を選び、今度こそ映画を楽しもうとするのであった。。
一、
「いやぁ、CGがあからさま過ぎてアレでしたが、意外と面白かったですね」
「そもそも海にピラニアがいる状況がいまいち分かんなかったけど」
「最後の電気ケーブルを水面に付けて一掃するシーンは爽快感があったな」
再生時間は一〇〇分ほど、一般的な映画と変わらないだろう。B級映画らしく限られた製作費で垣間見える工夫もあり、暇潰しには十分なクオリティだった。沖田さんが言ったような露骨過ぎるCGもあったのだが……それを考えるのは野暮というもの。沖田さんもB級映画に対する様式美の感想として言ったようだった。
「B級映画にハマる人がいるのも何となく分かった気がしました」
沖田さんは面白かったようだが、俺としては仮に『デスピラニア2』があったとしても見たいとは思わないだろう。知り合いに誘われると見に行くはするだろうが。
「――あっ、『デスピラニア2』もあります。明日はこれを見ましょうね」
うーん。このパターンは3もある奴だろうな、と内心頭を抱えた。まぁ、別にかまわないのだが。
そんな様子を悟られないように壁に掛けられた時計に視線を移す。時刻は二十一時の半分、普段なら寝る準備を始める頃だ。
初日ということもあり、早めに床に着くべきなのだろうがこの島に来てからずっと気になっていたこともある。沖田さんはここに来るまでに話し出さなかったが、聞かず仕舞いで置いておくのも妙なしこりが残る。
「沖田さん」
「おや、どうかしまたか?」
いつものように「剣心君」と名前を呼んで小首を傾げる。
「武蔵も気付いていただろうが、この島――繰島のことについてだ。近くに柄ノ島という観光地がありながらここの島だけ開発もされずに残っているのはさすがに違和感がある。むしろ、島民のいないという繰島こそが本格的に開発されていてもおかしくはない」
「坂下さんもこのロッジは元々観光用って言ってたもんね。開発はされようとしてたんじゃないかな?」
柄ノ島を案内してくれた坂下さんはもちろん理由を知っているのだろう。そして、沖田さんも。
「門下生とは言え、この島に来たのは他に理由があると予想しているのだが……」
沖田さんは右手に持った『デスピラニア2』といつの間にか左手に持っていた『デスピラニア3』を机に置くと、硬い面持ちで口を開く。
「ええ。剣心君の言う通りです。実は門下生の方……というよりは、門下生を通して柄ノ島町長さんから依頼のようなものを受けておりまして」
「依頼?」
「はい」
「その依頼は――――『繰島に潜む切り裂き魔の正体を暴いて欲しい』というものです」
「『切り裂き魔』……?」
「妖? 人?」
「分かりません。妖であるかも、人である確証も無いみたいなんです。この『切り裂き魔』については私も人伝になりますが、少し繰島の歴史について遡らなければなりません」
二、
“繰島”――元は戦国時代より流刑地にすら選ばれず、いつの間にか人が住んでいた無名島だった。瀬戸内海に存在したが離島ということもあってか役人が寄り付かず、一度辿り着けば午前は魚を獲り、午後は田を耕しと平穏な島だった。そんな折、江戸後期。日本が開国される間際に一人の男がやって来る。その男は自身を「絡繰技師」と名乗り、島の娯楽であった人形劇の人形の新調と補修、子供の玩具、電気が活用されていない時代には過ぎたる絡繰をもってほんの少し島民たちの生活を豊かにした。
また暫く経ち、欧米の造船技術が合わさり名も無かったその島に一隻の中型船が停泊する。
その船には全国の見聞録を書くために旅行をしていたとある藩主の息子が乗っており、現在の岡山から四国へ移動する途中、偶然見つけたその島に寄ったのだった。島民は初め、難破船などではなく、煌びやかに拵えられた中型船に委縮するが、旅行先の地元民と交流するために常に土産物を用意していた息子はそれを振る舞ってすぐに受け入れられた。島内を案内された息子は喧噪とは程遠い環境にいたく感激を受けたらしく、ひと月ほど滞在したという。
ひと月ほど滞在すると、その島には本島には無いものがあると気付き始める。
足腰の弱い者でも山の行き来が出来る貨車、限られた範囲だが自動で水撒きをしてくれる竹細工、投げると本物の蛇のように動く子供の玩具、そして取っ手を回せば一週間は動き続ける人形など……無数の絡繰が名も無き島にはあったのである。
息子は是非こんな面白い島は見聞録に書こうと当時の顔役に島の名前を尋ねるが、その人は「島は島と呼んでいる」と言うだけで名前は無かった。ならば、息子は「この島を“繰島”と呼び、あの二里先に見える島は“柄ノ島”と呼ぼう」と決めた。それが、繰島という名前の由来だった。
「ふむ……」
沖田さんはそこまで話すといったん乾いた口を潤すために茶を啜る。
「つまり、元々柄ノ島が無人島であって、繰島が有人島だったのか」
「はい。しかし、いつしか繰島からは人が消え、柄ノ島へと移り住んでしまった」
「その理由が『切り裂き魔』とやらに関係があるってことかな?」
「おそらく……そもそも繰島から柄ノ島に移り住んだのは二百年以上も前のことなので、町長さんも詳しく知らないみたいなんです。それに、前々町長が柄ノ島の観光事業に着手するに当たって地方史を棄却してしまったようで……」
「さすがに観光地に『切り裂き魔』なんて歴史があるとマイナス効果だもんね。ロンドンじゃあるまいし」
ジャック・ザ・リッパーのことだろう。
「……っと、在ること居ること前提で進んでいるが、そもそも『切り裂き魔』とは何だ?」
「もちろん。そのことについてもお話を伺っています――」
柄ノ島自体が観光業として栄えたのはここ五年だが、観光業を主流事業にしようという話は前々町長の代から議会に上がっていた。特に衰退もなかった島生活の停滞した環境は若者にとって本島の魅力を華やかにするだけで、若者の流出には歯止めが効かなかったのだ。時たまに喧噪を好まない好事家が島民になるが、それだけでは当然足りない。アミューズメントパークも無く、人工物も少ないこの島を活性化させるには必然と今ある自然を見てもらう観光業へと舵を切ったのだ。幸いイルカの多い柄ノ島にはスポンサーがすぐに付き、景観を壊さない程度に宿泊施設と軽いキャンプ場などが作られた。現町長が赴任してからは愛媛から直行便だけだったものが山陽地方の主要都市からも出るようになり、夏休み定番の観光地となる。
「ご察しの通り、観光業をさらに盛り立てていくには繰島の活用が手っ取り早く、確実です。かつての名残はあれど、殆ど手付かずの土地を欲しい企業も多いでしょうから。なので、今の町長さんも柄ノ島が安定化して来たため、今度は繰島の開発に進もうとしたんです」
「そこで問題発生、というわけか」
沖田さんは頷いた。
「四年前、町長さんは懇意にしていた漁師二人に繰島の内部に危険な獣がいないか確認して来るようお願いしたみたいです。その二人は罠師の資格も持っていたようで、二メートルを超える猪を捕獲した経験もある熟練者……狩猟出来るかはともかく、子供に手を出さない限り警戒心の強い野生動物から逃げるのは容易いですからね」
さらに続ける。
「ですが……船の番を任されていた二人以外の手伝いによると、一時間も経たないうちにその二人が全身に切り傷を負って逃げ帰ってきたようなのです」
「切り傷? 棘のある藪に突っ込んだとかじゃなくて?」
「武蔵さんの言いたいことも分かります。しかし、そういうものではなかったようで。明確に切られたと分かるレベルの、それももう少し深ければ致命傷に到る浅い傷がいくつも」
「そんなことが起れば柄ノ島の事件として有名になってそうだが……」
「有名になるだろうからこそ、表にしないことに決めたそうです。その懇意にしていた漁師も町長さんの兄弟みたいで、せっかく盛り上がって来た柄ノ島をまた寂しい場所に変えたくなかったみたいですね。気持ちは分からなくもありません」
そして、今までと同じように外縁部ならそういった被害も報告されていないため漁師小屋などは通常通り使用されていたようだ。
そんな背景があったのか――と、思案する。
こんなにも良い環境に無料で行けるのも何かあるだろうと思っていたが、流血沙汰の事だったとは。ここに滞在しても良い代わりに内地に何か無いか見て来て欲しいと言われたのだろう。昼には普通に入ったが、特に奇妙な点は無かった……というか、沖田さん。そういうのは事前に伝えた方が良いのではないだろうか。
いや、そもそも――。
「いやぁー、気付いちゃいました? 実はこれ、私にというよりは公僕に頼りたくなかった町議の皆さんから天然理心流のほうへ依頼されたことでして……」
てへへ、と沖田さんは後頭部を掻いている。
「どうしよう、剣心。ただ働きの無用使いにされようとしてるよ私たち!」
「これが天然理心流のやり方というわけか」
「――いやいやいや! 決してそんなことは! 本当ですよ!? こう、あの、いやぁ……やっぱり事件とかミステリーはハプニングと共にあった方が盛り上がりますからぁ……」
「……」
「……」
「そ、そんな胡散臭い物を見るような目で見ないでくださいよ! 本当ですよ! 別に利用してやろうとかそういうのではなくてですね! ただちょっと面白いかなー、と! ひと夏の思い出にはちょうど良いかと!」
多くなった口数に身振り手振りが追加されても俺と武蔵は無言で見つめる。
「……っ、そっ、それに何と! 無事『切り裂き魔』なるものの正体を掴むとこのロッジと似たようなものを建てていただけると!」
「……それは本当なのか?」
「騙されてない? 大丈夫?」
「騙されてませんよ! 最も、依頼に対する報酬なので道場の管理になりますが……安心してください。これでも私は天然理心流撃剣筆頭師範。数多ある拠点のうち一つくらい、私物で使っても問題ありませんよぉ!」
権力の乱用が過ぎる。
とはいえ、
「まぁ、沖田さんに話を通せば気軽に利用出来るロッジというのも悪くはないな」
思えば師匠も各地に拠点を持っていた。もしかするとこういった表には出せないような依頼を解決して貰っていたのかもしれない。
「毎年ここに来るのが恒例になりそうだし、良いと思うよ。乗った!」
「俺も同じだ。手伝わせてもらおう。ロッジも魅力的だが『切り裂き魔』とやらの正体も気になる」
「あー、私も」
「良かった。ここで断られたら悲し過ぎました……」
「皮算用になっても虚しい。先に『切り裂き魔』の情報をまとめよう。実際に切られているからには姿形くらいは見ているんだろう?」
「『切り裂き魔』と言いましたが、この呼称自体は町長さんの呼び名に過ぎません。前々町長によって棄却された地方史を他に保管していらっしゃった方がいまして……その方によると繰島内部に入った人が切り傷を負って帰って来ることは度々あったようなのです」
「ちょっと待って、それって何十年も前の話だよね?」
「はい。古くて、昭和まで」
「当然人は在り得ないし、動物でもない……? ヤマネコの仕業な気もするけど……」
「私もこの話を聞いたときに動物の仕業を考えました。もちろん、町議の方たちも。ですが、切られた人たちは柄ノ島で治療された後、皆一様にこう呟いたそうなのです――
――――『仏に