失恋したから剣にて空を目指した男のラブコメ学園生活 作:神の筍
学園の体育館は恐ろしく広い。
それは一般の高校とは想像できないような、まるで室内競技場と呼称されるほどの広さである。新都に降りていけばいくつか借りられる総合体育館はあるが、もしかするとそこよりも……これで長期休暇以外は一般開放していないのだから学園は贅沢なことこの上ない。
現在の時刻は午前十時を過ぎた頃。
部活動紹介は一限、二限と時間を取っているためちょうど中間あたりだ。先ほどトイレ休憩が行われ、今再び部活動紹介が始まったところだ。ちなみに真剣術部のお披露目は一番最後。あえてそうしたのかはわからないが、本来あった剣術部が一番最初だった。
ふと、昨日三人で話した会話が頭に浮かぶ。
『明日、私たちが会うのは体育館の真ん中にしよう』
帰宅途中、歩いていた武蔵が唐突に言った。
『きっと時間よりも早く会えばお互いに我慢できなくなっちゃうから。そのほうが良い』
ずいぶんと物騒だ、と言おうとして口を閉ざした。
『ええ』
『ああ』
短くそう答えた。
今日に関する話はそれだけだった。二も三も言葉を交わすことなく当たり前かのように今日を迎えた。まだ一度目、一度目だが、同年代よりも起伏の少ない感情が揺れ動いた感触が心の臓と喉の渇きから理解できる。
少し空いた扉の隙間——舞台裏とでもいうのか——から覗くと体育館の中心が盛り上がって四角形の舞台となる。いやはや、金をかけ過ぎである。その様子を見た新入生は、二階座席部分で騒々とする。
前に終わったのは弓道部、それは最後から二番目を表す。故に、次に現れるのは部活動紹介のプリントに書かれた最後の項目——真剣術部。一部生徒は最初の剣術部となにか違うことに気づく。一年Bクラスは三人がいないことにようやく見当がついたのか他クラスより盛り上がっている。
「『さて、本日最後の部活動紹介です』」
放送部による紹介が始まる。
「『今年度、私立星詠学園高校にはある三人の生徒が入学いたしました。
私たちが生まれるよりも前、日本は文武両道法という武道、スポーツ、芸術、勉強……ありとあらゆる才覚を育てる法を成立し、国民がより豊かに生活ができるようにしました。
時には世界選手権で日本人が金メダルに輝き、時には学術論評で日本人が高く評価され、改めて日本は隆盛の一歩を踏み出しました。』」
おう、なんかマイクパフォーマンスが凄くないか?
「『しかしどうでしょう。
未だ実際の目で、私たちの目で、現実で彼ら彼女らを見たことがある人物がいるでしょうか?「ある」と答える方もいるでしょう。
――だが、それでも、
今日という日は違います。
「真剣術部」とはその名通り真剣による剣術を競い合う逸脱した部活動。今年より創設された、おそらく今年より三年間のみ存在する幻の部活です!』」
きっと彼はこの先もなにかマイクと関わって生きていくのだろう。
そんな
「『では、入場してもらいましょう。
真剣術部の皆さんです――!』」
案内人が掌を下ろし五本指を舞台へ向けた。
一、
寡黙なまでに音の無い体育館にからんからんと小気味の良い足音が鳴る。音の主は一人の男――下駄を履いた、剣城剣心だ。
静謐であるあまり神聖さすら感じさせる体育館にこつんこつんとヒール音のような足音がなる――刺し々な雰囲気があるヒールブーツを履いた、宮本武蔵だ。
異様な閑寂さを取り巻き息苦しさすら覚える体育館に無音なるままに歩く――足袋のようなものを履いた沖田総司だ。
「……」
「……」
「……」
ここ三日ほど、会えば動物ですら言葉を話すとも思われた騒がしい三人に言葉はない。
その空気は見事な前フリをしていた放送部員にも伝わったのか思はず声が出ない。それでもなにか言わなければならないという使命感に駆られ、息を呑んで発する。
「『な、なんという空気でしょうか。まさに今より死闘が行われるかのような、それこそ日本刀のような鋭さ。しかし、ご安心を。三人が用いる刀はすべて刃引きされ、また今回は当てることなく寸止めで決着をつけるルールとなっております!』」
見ていた者に、というよりは佇む三人に向けられた言葉であった。
「ずいぶんと煌びやかな彩りだな、武蔵」
「でしょ。手作りなんだよ」
「く、乙女的に負けた感が……」
張り詰めた糸から一変、和やかな雰囲気が生まれる。
なお剣心の皮肉ともとれる言葉にそんな意味はなく本心である。
「『ご、ごほん。ではそれぞれの紹介を……』」
一人、天然理心流師範位一年B組沖田総司。
一人、二天一流継承者一年B組宮本武蔵。
一人、特に流派はないが国巡りをした実績がある一年B組剣城剣心。
剣心はともかく、度々テレビで特集が組まれている天然理心流の天才剣士の名は高いのか「知っている」と声が上がる。海外にも名高い二天一流の唯一の継承者である武蔵も、その腰にさす二刀をまじまじと見られている。
「『さて、もはや語ることはないでしょう。
私たちは今日、改めて帯刀許可者たちの実力を見ることができます——真剣術部の皆さん、お願いします!』」
二、
始めの数秒は沈黙。あとの一秒は普段の歩行動作と変わらないような一歩と、中心でかち合う三人の姿であった。
「やはり、初撃で崩せるほど甘くないですね」
「はは、わかってたけどそこまで簡単に受けられるとは!」
「……む」
突き、袈裟斬り、薙ぎ払い。
それぞれ三人の最速を出し合ったが、タイミングよく刀が弾かれた。
火花が散る。
刹那の間、取られるほど生半可な力量ではない。
沖田は一歩下がり刀を肩に乗せた構えで次の一撃を出す。
武蔵は左足を前に出し腰を低く二刀を横に並べる。
剣心は納刀し、一本の刀にのみ手を添える。
「……は」
少し漏れた息、耳ざとよく拾った剣心は誰よりも早く刀を沖田の前へ出す。それは武蔵に向けられた突きを止めることになる。
このまま押し出し下がり、それから肉薄すると考えた沖田だが触れた刀先と刀身は揺れるばかりで前に押し出せなかった。
その二人を見て黙る武蔵ではない。出した左足を軸に半回転。右足を前に出す形をとり、脇を開いた構えで大きく両手を振るった。
「――と」
「っ……」
沖田は一歩下がり、剣心はその場で後ろへ倒れるように伏せることで逃げる。右手の刀を沖田への牽制として出しながら武蔵は体勢を崩した剣心へ追撃を加えるが、歪な体勢で脚を広げ踏ん張る剣心は刀を両手に持ち鍔迫り合う。
腰の入った一撃は剣心の態勢をさらに崩そうと凌ぎ合う。
「――」
「手前に出した剣だけとは、甘いです!」
地面に紙が舞い落ちたような、か細い足音とともに沖田が二人に突きを出す。どちらかを仕留める、などは考えていない。どちらも仕留める、が常に脳内にある。
――一歩、
――二歩。
彗星のような突きが繰り出される。
対し、二人がとったのは回避行動一択。見た目は華奢だがその威力は油断することなかれ、全身運動を使って空気を裂いてくる一撃は容易く自身の持つ刃を弾いて迫ってくる。
「はっ」
「ぬ」
回避行動をとった武蔵と、突きを出した沖田の耳に入ったのはからんと下駄が付く音。頭が考えるよりも先に身体が動き剣心の方に刀を出す。
――しかし、
二人が目にしたのはこちらに向かってくる姿ではなく地をかける狼のように低い姿勢で二人の間を抜ける剣心。「しまった」と猛省する前に晒した背に来る攻撃に迎撃態勢を整える。
横薙ぎ一閃。
「……まじか」
呆れともとれるのか、諦めともとれるのかぼやいた剣心はくつくつと笑った。
肌を切るつもりはなく布地一片で済まそうと思った不意打ちは二人にあたることなく、武蔵は左足を回すように背後へ出したヒールブーツの下面で逸らし、さらに沖田のほうへと誘導した。その逸らされたものを沖田は右手に持った刀の柄を左の脇に通すことで弾いてしまった。
「無理だな」
「終わりません」
「だね」
ほぼ同時のタイミングで三人は後ろへ下がる。初期位置に近い場所で見合った三人は揃って鍔を鳴らした——つまり、納刀した。
「【…………】」
一分も経っていないのだろうか、僅かの攻防に体育館の殆どが飲み込まれていた。息をする暇さえなかったのか汗をかいてる生徒もおり、至高が垣間見えた均衡に魅せられたのか満面の笑みを浮かべた者もいる。
停滞した時間にバツが悪そうな顔をする三人は互いに何とかしろと視線で訴え合うが動かない。
数秒して負けた沖田が舞台端にあったマイクをとった。
三、
「――えー、おっほん。もしかすると見ていた方たちにとってはあまり見栄えのない競り合いだったかもしれませんが……私たちとしては以上です」
「……」
「……」
う、うわぁ……。
当たり障りもないし起伏も何もないセリフである。
先までのマイクパフォーマンスはどこいったと言いたいほど押し黙る放送部員に、一応は喜んでくれたのかちらほらと拍手が聞こえる。別にそういう意味でやったわけではないが何となく嬉しい。
「(なんかほら、部活について!)」
「あっ、そうですね……んん、ご覧の通り私たち真剣術部は三人全員が帯刀許可者です。真剣術部の「真」とは別に真なるとかではなく「真剣」という意味です。なので剣術部とはまた違った視点から剣の道を歩く部活と思ってもらって結構です」
渋紫色の袴を揺らしながら剣術部との比較はしないでくれ、と遠回しながらに言った。
「ともかく、私たちは私たちでこの学園の新しい部活として切磋琢磨、また勇往邁進していきたいと思いますのでよろしくお願いします!――ッ(なんか二人も行ってくださいよぉ!)」
「「……よ、よろしくお願いします」」
様になっていた気がするがそれでも思うところあったのかこちらに降ってきた沖田さんの言う通り頭を下げた。
顔を上げると大きな拍手が起こり「よろしく」といった掛け声が降り注ぐ。ようやく放送部員も復活したようで退却をしようか決めかねていた俺たちを促してくれた。
「【いや、すごい攻防でした。こんな人たちがいるとは同じ学園生として非常に嬉しいです。真剣術部の三人方、ありがとうございました!】」
舞台から降り裏へ行く。今回は来たときと違って三人で並んで歩いている。
「あぁーわかってたけどさすがに決着は付けらんないよねぇ……」
「斬り合いならばわからないが、寸止めだとな」
「真剣じゃなくて木刀で申請してたらワンチャンありましたかね?」
「先に木刀が折れそうな予感」
世にいう達人は紙であっても胡瓜を切れる、などいうが現実にそんな者はいない。もちろん科学的に解決する方法はいくらでもいるが、この場合は道具の扱いについてだ。例えオリンピック選手であっても輪ゴムで百メートル先のリンゴを撃ち抜くのは不可能であるし、それと同じように俺たち、少なくとも俺の技は真剣であるのが前提に倣い編んだ技が殆どなので仮に木刀であっても不本意な結果で終わっていた気がする。
「それにしても武蔵さん、本当にその武着は不思議で可愛らしい装いですね」
「ふっふーん。良いでしょう?元々は丈夫な紺色の布地だったんだけど、少しずつ改造していって動きやすさと可愛らしさを追求していったんだ」
むふーんと胸を張る武蔵。
いやはや極楽極楽、往生せなんだせなんだ。かーっ、胸元素晴らしいなぁ、雫になって滑り落ちたいものだ。
と、培った表情筋で無表情を保つ。
「沖田さんの道着も良いと思うぞ。髪色にあって、桜のイメージだ」
「なんと言っても特注ですからねぇ!印可をもらったとき特別にうちの父が作ってもらって、これとはまだ別に正装もあるんですが、今回のような場にはぴったしです!」
きっと聞いて欲しかったのだろう。噛むことなく言い切った沖田さんの袴はふりふりと揺れている。肌触りの良さそうな生地だが、是非とも腰あたりから太ももを撫で回して確認させてもらいたい。決して変な意味ではなく材質把握のためだ。
「剣心君は?灰色の道着は見るけど、あんまり無いよね」
「うちの道場も年配者が使ってるイメージですかね」
ふむ。まあ、確かにこの道着は珍しいものではない。灰色も割とあるものだし、汗が滲むことや汚れを気にする者ならば近い色のものを選ぶだろう。
——だが、どこにでもあるからこそ、それにある思い出という付加価値はより鮮明に映える。
瞼を閉じることなく思い出せる色褪せない始まりの記憶。俺が初めて師匠について行くと決めたその日、なにも言わずに師匠は俺の手を引いた。
『私からの餞別だ。これから苦楽を共にする衣服を決めな』
襟を握る。
洗濯しているとはいえ滲んだ汗はそう簡単に落ちない。当然洗濯機なんて上等なものはなく、時に雨の下洗ったものだ。
「ふっ、大したものではない。師匠からもらった餞別品だ」
「剣心くんの師匠……」
「間違いなく帯刀許可者、それにたぶん並みの実力じゃない」
ああ、そうだ。
高尚なものではなく、むしろ質素な品。二人を否定するわけではないが俺にはこれくらいがちょうど良い。雨風を防げ肌を隠せれば結局のところなんでも良いのだ。
「聴きたいなぁ剣心のお師匠の話」
「ああ、興味あります興味あります!」
「また今度、もっと時間があるときにな」
決してこれが……本当に二人の特注でかっこいい道着と違って、初めて師匠に首根っこ掴まれて連れていかれたホームセンターコー○ンのスポーツコーナーで買ったものであることを隠すためにはぐらかしたわけではない。
・名もなき放送部員。
将来、どこかの地下格闘技場で司会をやりそうなタイプ。
・その他
更新が遅れて申し訳ないです。こちらを中心に本日より更新していきます。
書きだめが多いわけではないので不定期なのはご了承ください。