どこまでも手を伸ばす   作:ナナシ名無し

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序章
カバディ少年の旅立ち


 カバディを始めたのは、今から二年ほど前の事。

 ちょうど中学二年生に成った頃だ。

 部活に入らずだらだらと一年目を過ごし、希薄な毎日に飽きてきていた時、幼なじみの薫に誘われ、カバディ部に入部した。

 次第にその魅力に取り憑かれ、日夜練習に明け暮れていった。

 ランニングをして持久力を身に付け、ラダーを踏み足のキレを磨く。

 攻撃手(レイダー)としてチームの戦力となったのは、カバディ部に入部して一年が経過したころだ。

 必死に戦い抜き、卒業までスタメンで居続けた。

 だがそれと同時に、己の身体に限界を感じていた。

 元来貧血気味で身体の弱かった僕は、技を磨くことで戦ってきた。だが、高校に入り、周りの体格が一段と大きなものになると身体能力(フィジカル)で劣る僕は必然的に戦力外となっていった。

 ならばと、様々な格闘技を調べ、己の技に取り込もうとした。失敗を積み重ねながらも、成功への階段を登っていった。

 結果として僕は強くなったが、ここで新たな問題が発生した。

 オーバーワークによる足の疲労骨折。

 入院を余儀無くされた僕は、二年前と同様に退屈な日々を送ることとなった。

 

 

「はあ…。練習…したいなあ」

 せっかく皆に追いついて戦えるようになったのに。今度は身体を壊してしまうとは。

「早く治らないかなあ」

 何度繰り返したのか数えるのも億劫になるほど溜め息をついた頃。

 病室の扉が慌ただしく開き、一人の男が入ってきた。

 引き締まった肉体、同学年とは思えない高身長。短く切りそろえられた髪と曇りなき瞳。

 僕のカバディ仲間、親友の雲寺薫の姿がそこにあった。

 

 

「お見舞いに来てくれたんだ。ありがとう薫」

「どう致しまして。今日はお前に用事があって来たんだ」

 用事?

「用事って何さ?」

「こいつをお前に渡そうと思ってな」

 そう言うと、薫はリュックサックから大きめの箱を取り出しこちらに差し出してくる。

「〈Infinite Dendrogram〉っていうゲームのハードだ。今世界的に人気なVRMMOなんだぜ」

 名前だけは聞いたような気がする。何かすごい品切れしてるんだっけ。

「滅茶苦茶リアルなゲームでな。実際にプレイヤーが意識ごとその世界に入って操作するとか何とか」

「随分アバウトな情報だね。大丈夫なの?」

「大丈夫さ!何たってこいつは本物(・・)だからな」

 本物?

「取り敢えず一回やって試してみてくれよ。気に入らなかったらそれでいいからさ」

「薫がそこまで言うんならいいけどさ」

「よっしゃ!それじゃ早速やるか。ここをこうしてだな――」

「分かったから、静かにね。他の人もいるから――」

 

 

 薫の勢いに押され、僕は〈Infinite Dendrogram〉を始めることになった。

 このゲームにより、僕の日常は大きく変化していく事になる。

 

 

 ◇

 

 

 気がつくと、僕は見知らぬ部屋にいた。

 部屋の内装を見ると、木造洋館の書斎といった印象を受ける。

 さらに、目の前には揺り椅子に腰掛けた猫が此方に向けて微笑んでいる。

「ようこそいらっしゃいましたー」

 そう猫は喋る。チュートリアル用のNPCだろうか。

「どうも。ここは、チュートリアル用のエリアにあたるんですか?」

「そうだよー。ここで色々設定してもらってから、〈Infinite Dendrogram〉に入ってもらうんだよー。あっ僕は管理AI13号のチェシャ。よろしくー」

「よろしくお願いします」

「それじゃあ、まず描画選択からだねー。サンプル流すからじっくり決めてー」

 チェシャがそういうと、周囲の景色が一変し北欧諸国のような美しい街が映る。

 賑やかに人々が行き交い、通りには屋台が立ち並んでいる。

「・・・すごい。これがゲーム?」

 過去遊んだ事のある美麗なゲームの記憶と照らし合わせてみるが、これほど綺麗な――否。自然体な物があっただろうか。

 どれほど作り込まれたオープンワールドの名作でも、これほどの物は見たことも聞いたこともない。

 時代錯誤な超技術に圧巻していた所に、更なる驚きが僕を襲う。

 視点がリアル視から3DCGに、さらにそこからアニメーションに。

 あまりの事に、脳が理解を拒むような光景がそこには広がっていた。

「こんなもの、どうやって・・・・・・」

「視覚で得た情報って、結局脳で処理するからねー。やりようはあるの。それでどれにする?後からアイテムを使って切り替えられるけど」

「リアル視でお願いします」

「オッケー。じゃあ次はプレイヤーネームを設定してもらうからねー」

 何にしよう。本名は流石にアウトだし、あまり深く考えるのも面倒くさいし。

 これほど凄いゲームなら部活に復帰してからもちょくちょくやるだろうからネタネームも止めたほうが良い。

 そういえば、こういう時はドイツ語訳を頼れって薫がよく言ってたなあ。

 ここはカバディに因んで、呼吸とか決闘とかを訳してみよう。確か薫がくれたカッコイいドイツ語集に載ってたはず。

 数秒間記憶を遡り答えを得る。両方を取り入れるのも語呂が悪いので呼吸を意味する“アーテム”を使おう。

「アーテムでお願いします」

「りょうかーい。それじゃ、次は容姿を設定してねー」

 チェシャがそう言うと、目の前にのっぺらぼうのマネキンと設定画面が現れる。試しに弄ってみるが、項目があまりにも多くどうすればいいのか分かりづらい。

「リアルの身体をベースにしたり出来ますか?」

「できるよー」

 マネキンが一瞬で見慣れた自分の姿になる。何か自分がもう一人いるみたいで気持ち悪いな。

 そこから肉付きを良くしたり、身長を伸ばしてみた。ちょうど、僕の理想としてきた体型通りに。

 この身体で試しに動かせるか聞いたところ、大丈夫とのこと。

 試しにその場で飛び跳ねたり、左右にステップを行う。

 だが、

「しっくりこないなー。動いてて違和感ある。これじゃあ部活に復帰できても変な癖が付いちゃうな」

 理想の体型を諦め、リアルの身体に戻す。完全にそのままにするのも色々と危ないので、顔や髪を弄ることにする。

 ゲームっぽく金髪にしようかな。瞳もそれに合わせて色を変えよう。

 結局、出来上がったのは顔立ちを少し整え、髪や目の色を変えただけの自分だった。まあいいか。これで。

「これでお願いします」

「りょうかーい。次は一般配布アイテムを渡すねー」

 チェシャが軽く手を振ると、何も無い空間から鞄が一つ落ちてくる。

「これが収納鞄。所謂アイテムボックスだねー。中は異次元空間になってるから、見た目以上に物を入れられるよー。アーテム君の物なら入るけどー、逆に言うとアーテム君の物以外は入らないからー」

 自分の物しか入らない、つまり他人の物を盗んでも入れられないと。

「まあ《窃盗》スキルとか使ったり、PKした相手から奪ったりは出来るけどねー」

 やっぱりそういうスキルもあるんだ。けど盗賊って終盤弱いイメージ何だよなあ。

「スキルのレベルの高い人は、直接異次元空間から盗んだり出来るけどねー。それ対策の防犯用アイテムボックスとか、容量大きめのとかもあるから。お金が貯まったら買ってみるといいよー」

 容量大きめ?ってことは無限に入れられるって訳じゃないのか。

「これの容量はどれくらいなんですか?」

「サイズは教室一個分くらいかな。重さは地球換算でだいたい1トンくらいー」

「結構入るんですね」

「商人とかやると足りなくなるみたいだけどねー。あ、アイテムボックスの類は耐久度が尽きると中身をぶちまけるからー。注意してね」

 それを狙う盗賊もいそうだなー。注意しとこう。

「じゃあ次は初期装備だねー。これがカタログ」

「ありがとうございます」

 渡されたカタログをみると、西洋風や中華風、和風の衣服やSFチックなスーツ。白衣や鎧まで。その種類は多岐に渡る。

 というか、このゲームのジャンルてファンタジーじゃないの?さっき城下町映像でてたけど。

 取り敢えず動きやすい奴にしよう。カバディのユニフォームとかないかな?流石にないか。じゃ適当なのでいいか。

 探すこと数分。僕が見つけたのは黒地のスポーツウェアの上下。あまり好みのデザインじゃないけど。まあいいか。

「これでお願いします」

「オッケー。武器はどうするー?」

 そうしてまたカタログを渡してくるが、いい加減このチュートリアルをさっさと終わらせたくなってきた。

 適当に決めよう。

「このナイフでお願いします」

「了解。それじゃこの装備と武器をアバターに着けてっと。次は路銀だねー。全部で5000リル。日本円だと五万円くらいだよー」

 渡されたのは五枚の銀貨。一枚1000リルか。

「これが尽きる前にお金を稼げるようになってねー。それじゃ、次は待望の〈エンブリオ〉だよー」

 〈エンブリオ〉?

「何ですか?それ」

「あれ知らなかったの?」

「はい。友人に勧められて大した説明もなく始めてるので」

「そっかー。じゃあ説明するねー。〈エンブリオ〉はプレイヤーのパーソナルを解析して全くのオリジナルへと進化する相棒みたいな物だよー。幾つかのカテゴリーに分類されてるんだけどー、聞いてく?」

「大丈夫です。後で友人に聞いてみることにします」

「オッケー。・・・はい移植は完了だよー」

 えっ?

 気づいた時には左手に輝く卵のような物。〈エンブリオ〉が移植されていた。・・・いつの間に。

「〈エンブリオ〉が孵化すると、その卵の代わりに紋章が現れるからー。それがプレイヤーと他の人達を見分ける証明書みたいな物だからー。そうでないと見分けつかないしねー」

 あれだけリアルなら確かにそうだろう。30年前のゲームの時点で現実と遜色ないと言われるほどだったんだから。

「紋章には、〈エンブリオ〉を格納する役割もあるからー。このゲームをプレイする中で、常に行動を共にすることになるから、大切にねー」

「もちろんです。せっかくの相棒ですし。大事にしますよ」

「じゃあ最後に、所属する国家を決めてねー」

 チェシャが広げたスクロール型の地図は、各国の首都を光の柱で示し、さらにそれぞれの街の様子を映し出す。

 

 騎士の国『アルター王国』。

 刃の国『天地』。

 武仙の国『黄河帝国』。

 機械の国『ドライフ皇国』。

 商業都市郡『カルディナ』。

 海上国家『グランバロア』。

 妖精郷『レジェンダリア』。

 

 どれも違った魅力があって素晴らしい。

 僕の選んだ服装だとどこへ行っても浮きそうだし、適当でいいか。

「アルター王国でお願いします」

「了解。因みになんでー?」

「何となくですね。後日本人が多そうなので」

「確かに好きそうだねー。それじゃあ、王都アルテアに飛ばすからー」

 

 

「あ、言い忘れてたけど、このゲームは自由だから。何をやってもいいよー。君が望むなら、英雄だろうと魔王だろうと。出来るのなら何をやってもいい」

 何だか古風なオープンワールドゲームのキャッチコピーみたいな言い文句だなぁ。

 そんな事を思っていると、チェシャの声音が真剣な物になり。

「〈Infinite Dendrogram〉へようこそ。“僕ら”は君の来訪を歓迎する」

 その言葉が耳に届くと同時に、僕の身体は宙へと投げ出された。

 

 

 こうして、〈Infinite Dendrogram〉に足を踏み入れた僕は、これから起こる様々な珍事の数々を全く予期していなかったのである。

 

 

 To be continued

 

 


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