□アーテム
「・・・いくら何でも、いきなり落とされるとは思わなかったよ」
チュートリアルを終え、城門付近へと落下してきた僕は、若干挙動不審になりながら門をくぐる。
他の人も確認を受けている様子は無いし、この門は基本通行自由なのかな。
門を抜けた先には、整備された石畳の通りとその両脇に立ち並ぶ屋台が見える。また、通りは人で溢れかえっており、中にはプレイヤーと思しき武装した者も多く見られた。
取り敢えずジョブにでも就こうと思うが、どこへ行けば良いのか分からない。少し通りの端に寄り、メニュー画面を開く。
マップの項目を見つけ、調べると、この通りを真っ直ぐ進んだ先にある噴水広場から、何本か通りが伸びており、ギルドはその周辺に点在していた。
もしかして、ギルドってジョブ種ごとに分かれているタイプなのかな?
◇
一番近い所のギルドに入り、受付で話を聞いたところ、ジョブに就く為には“ジョブクリスタル”が必要であり、就くことが出来るジョブもクリスタルによって異なるという答えを得た。
また、ここは【戦士】を中心とした前衛戦闘職に就けるクリスタルがあるのでよければ就いていったらどうかとも言われた。
オススメを聞いたところ、【適職診断カタログ】なるものを取り出してきた。
どうやらアンケート形式の問いに答えていくことでその者に適したジョブを診断するアイテムらしい。
試しに使ってみると、
「【拳士】に【闘士】、【狂戦士】に【蛮戦士】か。随分と偏った結果だなー」
心当たりは無いでも無いけど。
この中だとどれが良いんだろう?
個人的に惹かれるのは【拳士】と【狂戦士】だけど。これって後で変えれたりするのかな?変えられるなら最初は適当でも良いけど。
受付に質問してみると、ジョブは下級職・上級職・超級職と分かれており、下級職は50レベルまでで6つ。上級職は100レベルまでで2つ。超級職は条件さえ満たせば幾つでも就け、レベルに制限は無いが先着1人であること。また、ジョブはジョブクリスタルでリセットし就き直せるとのこと。
「じゃあ取り敢えず【拳士】に就こうかな。武器を持たなくて済むし」
就き終わったらモンスター倒しに行こうかな。戦ってればそのうち〈エンブリオ〉も孵るでしょ。
何だかワクワクしてきたなぁ。
楽しみだ。
◇
というわけで、僕がやってきたのは見晴らしの良い草原。
所謂“初心者狩場”の1つだ。【パシラビット】や【リトルゴブリン】といった弱いモンスターの多いエリアで、見渡してみると、僕のような初心者が拙いながらも戦っているのが見える。
その中でも特に目を引くのがビジネススーツに身を包んだ男性だ。その手に握る、〈エンブリオ〉と思しき鞄を振るい、中から飛び出た刃が鞭のようにしなって敵を切り裂く。
ノコギリに削られたようなざらついた切り傷を晒しながら緑皮の小人が倒れ伏す。それはやがて光の粒となって消えていった。
「エグい武器だなー。僕のもあんな感じになるのかな。それはちょっと嫌だなー」
というか何で鞄に収納されてるんだろう?標的に武器を持っていると悟られないためかな。
ただの暗器じゃないか。
「さーて僕の相手してくれるのだーれかなー」
『ギギィ!ギギィ!』
「二匹も来ちゃった。まあいいや、さあかかってこい」
『ギャギィ!』
強く腕を振り下ろす右のゴブリンに対し、左に軽く避け、振り下ろした後の右腕を掴む。そのまま足に力を込め、回転。遠心力の力を借り、もう1匹に向けて投げ飛ばす。
『グウェエ!』
畳みかけるように、【拳士】の攻撃スキルを発動し倒れた状態の2匹に叩きつける。
『グヴェ』
まだやられてないようだ。動こうとしている。
立ち上がる前に再度攻撃スキルを叩き込む。
『グゲエエエエエ!!』
「うるさいなー」
もう一発。
ようやく倒れた。やっぱり【拳士】は攻撃力は低めなのかな。レベルが低いせいもあるだろうけど。
「次いくかー」
次の獲物を探そうと起き上がった瞬間、視界の端に黒い軌跡を捉えた。
咄嗟にその場から飛び退くと、先程まで僕の居た場所を黒い軌跡ーー“鞭のようにしなる刃”が掠める。
「何のつもりですか?」
「ありゃ、避けられちゃったか。お前目が良いな。ああ、何のつもりかってーとな、PKの練習だよ。うまく死角から奇襲したと思ったんだけどな」
スーツ姿の男が、親しげに語りかけながらこちらへと詰め寄る。
そういう手合いね。
「そうですか。大人しく殺されるのは嫌なので少々抵抗させて頂きますね」
「話が早くて助かるわ。じゃあ、やろうや」
相手が右手の〈エンブリオ〉を構えたのに反応し、こちらも戦闘態勢に入る。姿勢を低くし、相手の動きに注視する。
鞭のようにしなる刃は、先程の奇襲から考えてそこそこ射程が長い。にもかかわらず、相手は距離を詰めようとしている。近距離で真価を発揮するナニカを隠し持っているのか、それともこちらの攻撃を誘いカウンターを狙っているのか。
相手の〈エンブリオ〉の形態があれだけとも限らない。そもそも鞄から鞭に変形しているのだ。まだ変形を残していても不思議ではない。
また、こちらは〈エンブリオ〉をまだ使えない。【拳士】の攻撃力の低さを考慮すると、相手の広範囲攻撃を避け、距離を詰め、相手の抵抗を許さない程の連撃を加えるか。それともヒットアンドアウェイに徹するか。
「まずはっ」
急加速。磨き上げてきた走りの技術を用い、間合いを一気に詰める。
さあ、どうする?
「《
奴の〈エンブリオ〉が、高速で鞭から杖へと変形し、こちらへと迫る。
確かにこれなら距離を詰めても戦えるだろう。もしかしたら剣よりも振りやすいかもしれない。
だが、
「・・・ディ」
僕には当たらない。
すんでのところで急ブレーキ。首の皮を掠めるギリギリで避ける。そして、急発進。
杖を振り終えた相手へと拳を振るう。狙うは顔面。
もちろん攻撃スキルを乗せて、だ。確実にダメージを与えていこう。
「グハッ!?」
綺麗に後ろへと吹っ飛んでいく。隠し玉があると思ったけど拍子抜けだな。だが、油断はしない。
ここで距離を開かされれば、〈エンブリオ〉を鞭へと変形させ、此方を近づけさせない戦い方に変えてくるだろう。
再度加速。追撃を狙う。
「ストーーーップ!」
鼓膜が破れるかと思う程の大声が第三者より放たれた。まるで怪物の雄叫びと思える程の爆音。僕も相手も、一度闘争を中断した。
「何ですか?」
「邪魔すんなよ。こっからが良いとこだってのに」
二人で声のした方を向く。そこにいたのは、小柄な少女。手には拡声器を持っている。この
「何だじゃないわよ。あんたたちここがどこだか解ってんの?“初心者狩場”よ!“
10数メートル先から拡声器を使い、こちらへとまくし立てる。遠いな。
彼女のいる方へと二人で歩きながら、それに答える。
「別に魔法を馬鹿みたいに撃ち合ってたわけでもねーんだし良いだろうが」
「あなたの声も十分迷惑だと思うんですが」
「うっさいわね!迷惑って言ったら迷惑なの!何初心者同士なのにいきなり対人戦始めてんのよ。初心者らしくレベル上げてなさいよ。レ・ベ・ル!」
「この人がふっかけてきたんですよ?」
「こいつノリノリで俺を殴ってきたんだぜ?」
「どっちでも良いわよ!とにかく、私の狩りに邪魔だから別のとこでやってくんない?」
身長140センチ位の小さな身体をめいいっぱい使ってこちらへの怒りを露わにしてくる。
「わざわざ移動するの面倒臭い」
「嫌だな。何でお前の命令を聞かなきゃならなんのだ」
「じゃああんたら纏めて私がデスペナにしてやるわ。あっちで後悔なさい!」
拡声器をこちらへ向け、声高に叫ぶ。
「では僕は街に戻るので、二人で勝手にやっててください」
「俺も街戻るわ。じゃあなチビ」
「チビとはなによ!あんたも待ちなさいってば」
これ以上は本当に面倒だ。早く逃げよう。
城門へとダッシュ。急いでその場から離れる。
後ろからギャーギャーと騒ぐのが聞こえるけど気にしない。こういう時は逃げるに限る。
「待ちなさいってばー!」
□【拳士】アーテム
あれから数分。スーツの男と一緒に裏路地を利用しながら逃げ続け、なんとか爆音少女を振り切った。
「いやー走った走った。しつこい奴だなぁ」
「はあはあ・・・。どうする?・・・続きやる?」
「いや、もういいわ。なんか毒気抜けた」
「それじゃあ僕はこれで」
もうスーツ男と一緒に行動する理由もない。今度は別の初心者狩場に行こう。そうして歩き始めた僕の肩を、スーツの男が掴み、止めてくる。
「なんですか?」
今日ログインしていられる時間はあまり無い。いくら〈Infinite Dendrogram〉の中が三倍の時間になっていても無駄は避けたい。
「折角だしさ、俺達でパーティー作ろうぜ。気が合いそうだし」
パーティー?こいつと?
HAHAHA、ノー。
「いきなり殺しにくる奴とパーティーなんて組みたくない」
「まあまあそう言わずにさぁ。【拳士】のお前と【暗殺者】の俺の二人でPKを楽しもうぜ?」
「なんで僕のジョブを?」
話した覚えはない。何かのスキルか?
「あ?スキルだよ。《看破》っていうな」
なるほど、そういうのもあるのか。わざわざ《看破》なんて作るってことは、それを防ぐスキルもあるのだろう。
情報は武器だ。出来れば早めにそうしたスキルが欲しいな。
「そんなことは良いからさ、パーティー組もうぜ?俺はクライム。トップPKを目指してる。こいつが俺の
まあ別にPKが特別嫌いって訳じゃないし良いか。
「・・・はあ、わかったよ。僕はアーテム。〈エンブリオ〉はまだ孵化してない。よろしくクライム」
そんなこんなで、僕らはPKとなった。
なったのだけど・・・。
「話は聞かせて貰ったわ!その話私も混ぜてもらうわよ」
高らかにそう告げたのは、僕らを追いかけ回した少女。
低身長・金髪・ツインテと、属性をてんこ盛りした彼女は、〈エンブリオ〉と思しき拡声器を片手に、僕らの前に現れた。
To be continued.