つらたん(´・ω・`)
目が覚めて、下に降りたとき、「ああ、また置いてった」とため息をついた。
朝と言っても起きたのは10時だったので朝と呼べるかどうかは分からないが、家族はまた自分を置いて出掛けたようだ。けれど、それも仕方ないことだろう。
――過去を見通す化け物になんて、近寄りたくない。
自分を化け物と呼んだのは母だ。とうに昔のことだが今でも心にこびりついて落ちる気配がない。
母が自分を化け物と呼んだとき、「確かにそうだ」と妙に納得してしまった。
「…お腹すいた」
嫌な思考を振り払うように、台所に向かう。
一応化け物とはいえ餌は用意してくれているようだ。お世辞にも小さいとは言い難い菓子パンを平らげ、もう一度ため息をついた。
「…もっかい寝るか」
そうひとりごちてふと窓の外を見てから、寝室に向かおうとして――目を疑った。
「――は!?」
驚くのも無理はないだろう。窓の外、そのずっと向こうに大きな黒い穴が開いていたのだから。
一拍遅れて、三門市に巨大な化け物が現れる。それらは三門市を蹂躙していき、街が阿鼻叫喚に包まれる。
視界が揺れる。否、自分が震えているのだ。奮い立たせるように奥歯を噛みしめる。
「と、とにかく逃げなきゃ…」
―
はあ、はあ、と自分の声が、息が、大きく聞こえる。喉が焼けるほど痛い。止まりたい。けれど、止まれば奴らに喰われてしまう。
「はあ、はあ…うわっ!」
瓦礫に躓きバランスを崩す。転びはしなかったが、足が棒のようになって進んでくれない。
けれど、進まなければ。自分の体に鞭を打ちながらどうにか路地に入り少しでも遠くに行こうとする。
必死に歩いていると、広い道路に出た。車が大量に乗り捨てられていて、主人を失った車はただそこに鎮座しているだけだった。
「…あれ、は…」
父の車が目に飛び込む。中には家族が乗っていて、三門市に現れた化け物たちに戸惑っているようだ。
と、母と目があった。ドキリとして足を止めてしまう。なにか言わなければ。そう思って口を開くが言葉が出ない。
母はさっと目を逸らした。気まずかったのか、目も合わしたくなかったのか。自分の心が深く沈むのが分かった。
「――え」
思わず、間抜けな声が出る。理由は単純。いつのまにか奴らが自分達の近くにまで迫っていたからだ。
どうして気付けなかったのか。こいつは私を狙っている――
化け物は家族を無視し、迫ってくる。車の中にいる家族たちは慌てて車から出ようと――
グシャリ
「…あ…」
車が砕ける音がする。骨が折れる音がする。血が吹き出る音がする。母の、父の、兄弟の悲鳴の声がする。けれど、それは一瞬で、すぐに聞こえなくなった。
「…」
目を見開く。けれど、すぐに伏せた。なんの感慨も湧かなくて、何も感じられなくて、自分が嫌になる。
化け物が自分を喰おうとしているのが分かる。ああ、いっそのこと殺してくれ。こんな自分嫌なのだ。
けど、一向に痛みどころか衝撃さえ来ない。
恐る恐る目を開けると化け物は既に地に伏していた。
おそらく、目の前にいる少年が倒したのだろう。手に刀のようなものを持っている。
「…間に合わなかったか」
少年はこちらを見て言った。その顔には申し訳無さで溢れていた。
「ごめんな、大丈夫か?」
少年の気遣いの言葉に頷いてみせる。彼が謝ることではないし、彼を責める気もない。
「…平気だよ。あんたが謝ることじゃないし」
そう答えて少年の瞳を見る。だが、すぐに後悔した。
「…ぁ」
小さく、誰にも聞こえないような極小のうめき声を発する。大きな波のようになだれ込んでくる記憶が、情報が、頭を満たす。堪らずしゃがみこんでしまう。
「お、おい。どこか悪いのか?…っ!」
少年も苦悶の声を発する。2人ともうずくまってうめいている異様な光景だ。
視て、しまった。彼の、迅悠一の過去を。
彼の生い立ち、仲間との楽しい日々、仲間との別れ、師匠との別れ。そして、
――未来を視ている過去を。
彼も視ているのだろう。私の、木影小町という人間の未来を。
――私が、これからどうなっていくのかを。
口から漏れそうになる悲鳴を必死に押さえ込む。家族が死んだときだってこんな気持ちにならなかったのに。
そう。これは、同情。視たくもないものを視せられている者同士だから分かる辛さ。
彼は、迅悠一は、これからもこの呪いを背負って生きていくのだろう。今までと同じように、未来を守るために。
私と彼は同じで、違う。
同じなのは、呪いによってこれから死ぬまで苦しめられるということ。
違うのは、彼は「変えられる」ものを視ているということで、私は「変えられない」ものを視ているということ。
ああ、ああ、恨むぞ神様。何故私にこんな呪いを押しつけたのだ。私が苦しむように?私が壊れるように?
――なんにせよ、絶対に許すものか。
苦しんでなんか、やるものか。壊れてなんか、やるものか。あんたの思惑通りになんて、なるものか。
私は空を見上げ、いるのかも分からない神に向かって思いきり睨み付けた。
―side 迅―
…間に合わなかった。おれはたった今殺された人たちの家族と思わしき少女を見て思う。
「ごめんな、大丈夫か?」
おれの言葉に少女はチラリと原型を留めていない車だったもの、否、家族だったものを見ると小さくため息をついた。
責められても何も言えなかった。むしろ、怒ってほしかった。怒鳴ってほしかった。なんでもっと早く来てくれなかったのと。けれど、少女の瞳にはそんな感情はこめられていなかった。
何も感じていない。ただただ、無。ああ、死んだんだねと言うんじゃないかって思うほど、少女は何も感じていなかった。
「…平気だよ。あんたが謝ることじゃないし」
そのぶっきらぼうな言葉には、おれを気遣う感情がこめられていた。
おれは何も言えなくて、でもなにか言わなければと口を開くが、言葉を発する前に、少女はしゃがみこんでしまった。
「お、おい。どこか悪いのか?…っ!」
彼女の病気がうつってしまったかのようにおれもしゃがみこむ。頭の中に大量の情報がなだれ込んできた。
おかしいな、どんな人間の未来を視たってこんなことにはならなかったのに。一体どうして――
「…ああ、そうか」
彼女が、木影小町という少女が、過去を見通す人間だからだ。お互い、視るべきではない禁断の情報を視るという呪いを背負う者同士、共鳴しあっているのだろう。
それにしても、なんて辛いサイドエフェクトなのだろう。
過去なんて「変えられない」ものを視せられるなんて、一体彼女にどうしろというのだ。
悲しいかな、彼女の未来を視てしまったおれには分かってしまった。
――彼女がこれからどうなっていくのかを。
木影小町という人間は、どんな手を尽くしても、結局誰も救えない。自分さえも。
だから、いつか心を壊す。それは絶対に逃れられない未来。逃れる方法なんて、「死ぬ」以外に何があるってんだ。
これから、彼女は絶望する。なにもしてくれない神に。理不尽な世界に。そして、何もできない自分に。
おれは、心に決めた。出来る限りのことをしようと。
世界が彼女を否定するなら、おれが彼女を受け入れよう。
他人が彼女を拒絶するなら、おれが彼女を肯定しよう。
彼女が彼女を消そうとするなら、おれが全力で彼女を助けよう。
少しでも小町が壊れないように。
彼女が壊れるまで、おれが。
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