サバイバル・オブ・ザ・モモンガ   作:まつもり

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第十話 少年と骸骨

草原を走る街道の傍に構えられた野営地からンフィーレアを拐ったモモンガは、遠くに黒々とした森と山脈が見える、北の方角へと走る。

 

この世界に来て日が浅いモモンガでも森は危険な生物が多く潜む領域であることは十分に理解していたが、もし追手がかけられた場合、周囲に隠れる場所が無い草原では自分より高い移動速度を持つ相手から逃れる術がない。

 

多少危険ではあっても相手の視線を遮り、その危険さ故に追跡を躊躇わせることが出来るかも知れない森に逃げ込めるようにしておいた方がいいとモモンガは判断した。

 

やがて二十分程が経っただろうか。

アンデッド故に疲労の影響を受けず、全速力で走り続けたモモンガは森と草原との境界線から三百メートル程の場所に抱えていた少年を下ろした。

 

モモンガは屈んで少年の顔を窺うが、未だに目覚める様子は無く安らかな寝息を立て続けていた。

 

(《スリープ/睡眠》の魔法の効果時間からして、途中で起きてもおかしくなかった筈なんだけどな。 狸寝入りにしては自然過ぎるし、ユグドラシルよりも魔法の効果が上昇している? いや、ゲームと現実の違いが出ているということも考えられるな。 ゲーム内のモンスターにとっては睡眠はバッドステータスだけど、現実では自然な状態の一つだし、魔法が切れてもすぐに起きるとは限らないとか……)

 

興味深い現象ではあったが、今掘り下げるべき事柄ではないとモモンガは判断し睡眠に関する思考を切り上げる。

そして野営地で盗んだ物を放り込んでいたアイテムボックスを開くと、そこには雑多な代物が品目別に整理されていた。

 

男が着ていたローブの他にも、背嚢の中に入っていたらしい蝋燭、ロープ、土に汚れた布切れ、銀色や赤銅色に光る硬貨など様々な物が入っていたがその中でもモモンガの目を引くものがあった。

 

(これは……ポーションか?)

 

小さな瓶の中に青い液体が満たされている。

実用的な物ばかりが収められていた背嚢の中にあった小瓶だ、まさか香水などの類では無いだろう。

魔力探知の魔法を使ってみると反応があったことから、モモンガは魔法が込められたポーションの類だと考えた。

 

しかし色だけでは種類の判別までは出来ない。

ポーションを作るための素材は込める魔法により千差万別であり、ポーションにより色彩はかなり異なる。

 

オーソドックスなHP回復薬ならば赤など、ある程度の傾向はあるのだが、青いポーションとなるとモモンガには全く分からないし、そもそもこの世界独自の技術で作られた薬品の可能性もある。

 

魔力反応の大きさからして恐らく第一位階相当の魔法が込められているとは思うのだが……。

 

ポーションの作成に関してはギルド随一の錬金術師だったタブラさんなら、乏しい情報からでも推測くらいは出来るかも知れないとモモンガは思うが、やはり確実な鑑定をするには魔法やスキルが無ければ不可能だろう。

 

鑑定のスキルはレベルアップで覚える第一位階魔法の中に入っていたはずだが今は覚えていない。

モモンガはこの件についても後回しにすることにし、当初の目的であったローブだけを取り出して身に纏った。

 

(魔力探知に反応しないところを見るとマジックアイテムではないようだけど大きさは丁度良いな。 これで《ディスガイズ・セルフ/変装》の魔法を使えば、何とか人間に見えるか)

 

情報を得る為に少年を拐ったモモンガだが、少なくとも現時点で命を奪うことまでは考えていない。

自分に繋がる情報を徹底的に断つならば尋問後に少年を始末した方が良いのだろうが、もし殺した場合この少年の関係者に強い恨みを抱かれ、執拗に付け狙われることになるだろう。

 

それにもしこの世界に蘇生魔法があるならば、命を奪うことが確実な口封じに繋がるとも限らない以上、無駄な恨みは買う行為は慎むべきだとモモンガは結論していた。

 

(尋問のやり方を工夫して、可能な限りこちらの情報を与えずに多くの情報を引き出す。 少し面倒だけど、それが最良か)

 

そしてモモンガは変装の魔法を発動させた。

レベル五になって直ぐに使ってみた時は、条件を満たしていなかったらしく発動に失敗する感覚があったが、例え不完全だろうと一度でも使用したことのある魔法は、意識を集中するとその使い方を前から知っていたかのように理解できる。

 

どうやら変装の魔法を発動させるには、変装したい姿の明確なイメージが必要なようだ。

一先ずモモンガは自分が最もよく知っている人間の姿、この世界に来る前の自分を思い浮かべて魔法を発動させた。

 

その瞬間に自分の骨の体を覆うように肉体の幻像が現れる。

かなり精巧ではあるが、やはり幻は幻のようで手で触れるとすり抜けてしまうようだが、これで外見上は人間と同じになれたことになる。

 

問答の仕方を考えた後、モモンガは少年の肩を揺すって眠りから彼を引き戻そうとした。

その刺激に小さな呻き声を漏らした少年はゆっくりと瞳を開けた。

 

「ん………、えっ………?」

 

まだ意識が覚醒しきっていないのか、少年はとぼけた声を上げた。

 

聞き出したいことは山ほどあるが、円滑な会話の為には最低限の前置きは必要だろう、とモモンガは会社員時代の経験からまずはンフィーレアに現在の状況を把握させることにする。

 

「起きたか。 思ったより長時間目を覚まさないから心配したぞ。 ここがどこか分かるか?」

 

モモンガは実際にはンフィーレアがユグドラシルでの効果時間を超えて眠っていても興味は抱きこそすれ、心配という感情はそれ程抱いていない。

 

あるとしても自分のせいで少年に危害を加えてしまうかも知れないという人間的な心配では無く、少年に何かあれば情報源を失ってしまうかもしれないという類のものだった。

 

だがモモンガは未知の状況に放り出された少年を落ち着かせる為には危害を加える意図が無いことを理解させた方がいいと、表面上は人間を装うことにした。

 

「え………? トイレに起きて……、それで……おばあちゃんは?」

 

そう呟き少年はモモンガを見つめた後、辺りを見渡す。

草原という見晴らしの良い場所の為火などの照明は用意できないが、今夜が月が明るいため目が慣れれば人間の眼でも少しは見えるようになるだろう。

 

「まあ最初から説明したほうがいいだろうな。 君の名前は?」

 

「……ンフィーレアです」

 

訳の分からない状況で得体の知れない男からされた質問にも答える当たり、教育が良いのだろうか。

モモンガは取り敢えず、いきなり取り乱される事態にならなかった事に安堵した。

 

「そうか、私はモモ……、モモンだ。 君が何故ここにいるのかというと……、えーと、実はある事情から君達の荷物を少々無断で拝借してね。 まあ分かりやすくいうと泥棒だが……、その現場を君に見られたんだ。 それで声を上げられない為に意識を失わせ、追手を掛けられた時の人質として連れてきた。 ここは君達の野営地から少し離れた場所だ」

 

「……はあ」

 

ンフィーレアが淡々とした口調で答える。

 

「私としてはもう目的は達成した訳だし、君にこれ以上危害を加えるつもりはないよ。 私は勝手に逃げるから君も帰っていい……と言いたい所だが、流石にこんな夜に一人で行動するのは危険だろう。 明日の朝になったら帰してやるから、夜明けまでここで休むといい」

 

「……はい」

 

再び帰ってきたのはやはり感情の篭らない声だったが、ンフィーレアの眼球だけは忙しなく揺れている。

 

「随分落ち着いているな。 もしかしてこんなことは慣れっこなのか?」

 

「いえ、まだ良く分からなくて……、えっ泥棒、なんですか? 冒険者の人が見張っていたのにどうやって?」

 

「見張り一人などどうにでもなる。 《インヴィジビリティ/透明化》で近づいて《スリープ/睡眠》で眠らせただけだ。 警戒用の魔法もあったが何の探知対策もしていないのではな。 あれに《コンシール・マジック/魔法隠し》や《ハイド・フロム・ディテクト/探知からの隠蔽》も併用すれば少しは手こずったかも知れないが……。 ところで仕掛けられた魔法は何位階魔法だったんだ?」

 

さりげなく会話に魔法に関する用語を入れ、少年の反応を見る。

この世界にユグドラシルと同じような魔法があるのか、または全く別の体系の魔法があるのか、相手は少年故に知識量には期待できないが、ヒントくらいは掴めるかも知れないと考えてのことだったが、モモンガの意図は良い方向に裏切られた。

 

「第一位階魔法の《アラーム/警告》。 効果範囲内に侵入すれば術者の頭の中に音が鳴り響く魔法……だと思いますけど」

 

「……へぇ」

 

ンフィーレアはモモンガの期待以上に具体的な魔法の知識を持っていた。

《アラーム/警告》という魔法は聞いたことがないが、第一位階という単語が引き出せただけでも、この世界の魔法がユグドラシルのものと類似している可能性は高くなった。

 

「で、でも僕どうしてここに……? それにおばあちゃん達は?」

 

だがその後モモンガが他の事柄について質問するよりも早く、ンフィーレアは先程説明したはずの事柄を再度質問してきた。

 

どうやらモモンガが一方的に伝えた内容については混乱の為に朧げにしか理解できていなかったようだが、却ってそれがンフィーレアの恐怖を和らげる結果になったようで、モモンガが再び一から説明していくうちに、ンフィーレアの強張りが消えてくる。

 

自分が置かれている状況と、少なくともモモンガが自分に危害を加えようとはしていないらしいことを理解したようだった。

 

そしてモモンガもンフィーレアとの問答をする内に、幾つかの情報を得ることに成功していた。

 

ンフィーレアは薬師の祖母と暮らしていること。

モモンガが見たあの街はエ・ランテルという名前であること。

この場所はリ・エスティーゼ王国という国の領土であることなど、少年にとっては常識らしいがモモンガにとっては非常に高い価値を持つ情報ばかりだった。

 

「なるほどな。 ところで君は魔法に対する知識を持っているようだが、使える魔法はあるのか?」

 

「それは………」

 

ンフィーレアは言い淀む。

現在リィジーから魔法の手解きを受けているンフィーレアは元々魔法の素質に恵まれていたらしく、幼くして既に幾つかの第0位階魔法を習得していた。

 

第0位階魔法は例え使用できてもそれだけで生計を立てたり戦闘で活躍することは難しく、未熟なマジックキャスターが用いる手品紛いの魔法と見なされてはいるが、それでも使いようによっては役立つ場面もある。

 

例えばンフィーレアが覚えている指先から火花を出す魔法《スパーク/火花》も相手の顔めがけて使えば目潰しになるかも知れないし、ロープの結び目を一つ解く魔法《アンタイ・ノット/結び目解き》は縄で縛られた時の脱出に使える。

 

危害を加えるつもりは無いと男は言うがどこまで本気かは分からない以上、ンフィーレアは頼りなくても手札は隠しておくことにした。

但し魔法の知識があるという事実と矛盾しないように、答え方は少し工夫する。

 

「いえ、おばあちゃんから教えられて魔法の勉強はしているのですが魔法はまだ使えません」

 

「……そうか。 残念だな」

 

モモンガはンフィーレアがこの質問だけ数秒間言い淀んだことに違和感を覚えるが、何かを隠しているという確信にまではたどり着かない。

 

このンフィーレアという少年は年齢にしては利口なようだ……とはモモンガ自身思っていたが、それでもまだ子供。

今の状況で堂々と嘘をつけるほどの聡明さは無いだろうとの油断が、モモンガがそれ以上の疑いを持つことを妨げた。

 

「では君の祖母が魔法を使えるのか。 ふむ……、参考までにどれくらいの位階まで使えるのか教えて貰ってもいいか?」

 

「えっ……?」

 

モモンガにしてみれば、この世界の魔法詠唱者がどれくらいの強さなのか推し量るための参考にしようとしての質問だったのだが、ンフィーレアは別の意味にとった。

 

もしかしたら、祖母や冒険者達が弱いと判断すれば再び襲撃するつもりなのではないか、と。

 

ここで黙り込むのは男を怒らせる可能性があるから得策ではないとして、誤魔化すべきか、それとも本当の事を言うべきかンフィーレアは悩む。

 

祖母達の安全を心配するなら、あえて第五位階魔法詠唱者という嘘をつこうかとも思ったが、流石にそれはまずいと思いとどまる。

 

そのような高位の魔法詠唱者ならば周辺国中に名前が轟くレベルであり、幾らなんでも直ぐにばれる嘘だろう。

自分を拐った男の実力はよく分からないが、会話からして自分がリィジー・バレアレの孫だと知って襲った訳ではないらしい。

 

先程男が口にした《スリープ/睡眠》と《インヴィジビリティ/透明化》の呪文は第一位階の魔法だった筈だし、そもそも祖母と匹敵する第三位階以上の魔法詠唱者ならばこんな真似をしなくても幾らでも金を稼ぐ方法はあるはずだ。

 

いや、そもそも第一位階を使えるだけでも十分に一人前のマジックキャスターとして通用するレベルであり、こんなリスクの高い稼業をする必要はないはずだが、そこは何らかの事情があるのだろうか。

 

その聡明さからエ・ランテルでは神童とも持て囃されているンフィーレアは、モモンガの予想を超える速度で思考を回転させていった。

 

「祖母は……、第三位階魔法まで到達した、エ・ランテルでも有数の魔法詠唱者ですよ」

 

「第三位階……、都市でも有数?」

 

事実を答えるだけでも十分抑止力になると判断したンフィーレアは質問にそのまま答える。

 

そしてンフィーレアが意図していた通りに動揺した様子をモモンガは示した。

 

ただその動揺の理由はンフィーレアの期待とは真逆のものではあったが。

 

(第三位階まで到達ってユグドラシルでは初心者レベルだぞ? それで都市でも有数っていうのは幾らなんでも……。 本当にこの世界の魔法詠唱者が弱すぎる可能性もあるけど、もしかしたら孫に見栄を張りたくて第三位階魔法が使えるだけで強力な魔法詠唱者なんだと嘘をついているのかも知れない……)

 

半信半疑のモモンガだったが、一応ンフィーレアにそれ以上の位階を使える魔法詠唱者は都市にどのくらい居るのかを聞いてみる。

すると帰ってきた答えは第四位階の魔法詠唱者すら一つの国家に冒険者を含めても数人居るかどうかの稀有な存在で、第五位階ともなると周辺国家にその名を轟かす英雄となるらしい。

 

そして現存する最高位と言われる魔法詠唱者が、バハルス帝国という国にいるフールーダ・パラダインという第六位階魔法詠唱者だそうだ。

本当にフールーダが第六位階魔法という伝説級の魔法を扱えるのかどうかは定かではなく、王国でも真偽を疑う声があるらしいが……。

 

(……このことについては保留だな。 賢くても子供の言うことだしあまり鵜呑みにするのは危険か。 それでも今の自分よりも格上の存在が多数存在することは確かなようだけど……)

 

第六位階で伝説級などという話を鵜呑みにするのは危険だと、モモンガは気を引き締める。

 

そしてお互いに自分の内心を悟られぬよう駆け引きを続けながら、二人の問答は続いていった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

野営地の設営用のスコップで掘られた一メートル以上の深さがある穴に、リィジーの死体が下ろされる。

彼女の肌の所々には痛々しい火傷があり、服も一部が黒く焼け焦げて、残りの部分も煤に汚れていた。

 

リィジーが雇った冒険者たちの内、戦士と盗賊、魔力系魔法詠唱者が作業に加わっており神官はリィジーと同じく焼け焦げた物言わぬ屍と化して、近くに掘られた穴に横たえられていた。

 

「どうしてこうなるかなぁ。 依頼主と仲間の死体をこんなところに埋める日が来るなんて思ってもいなかったぜ」

 

盗賊が誰に向けるでもなく呟いた声が、場に響く。

 

「悪い時にはなるようになってしまうもんさ。 これは不幸な事故……、公になると面倒ってだけだ。 俺達は……生き抜くために最善を尽くせばいい」

 

「でも、攫われたらしいンフィーレアっていう子供はどうするんですか? リィジー・バレアレは魔獣に襲われたってことにするにしても後からンフィーレアがひょっこり姿を現したら、まずい事になるかもしれませんが」

 

魔法詠唱者の言葉にリーダーである戦士は暫く沈黙し、やがて覇気の無い声を漏らす。

 

「俺達は……、置かれた状況で常に最善を尽くす、それだけだ」

 

 




第三話について少し誤った表現を見つけたので記述を変更させて頂きました。
詳しい内容は活動報告に記載してあります。

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