サバイバル・オブ・ザ・モモンガ   作:まつもり

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第十四話 出発

虚ろな目で跪いたンフィーレアが纏う悲しみは、モモンガに過去の暗い記憶を思い出させた。

 

父は物心がついた頃には既にいなかった。

自分を小学校に行かせる為に、明らかに限界を超えて働いていた母。

あの頃の自分は、母の献身を申し訳なく思いつつも小学校を卒業して就職すれば、少しは楽な生活を母にさせてあげられると思っていた。

 

しかし六年生の時、家に帰って来たら母は冷たい床に倒れふしていて……、そして二度と目を開けてくれる事はなかった。

命を削り子供の為に働き、恩返しもさせてくれず逝ってしまったのだ。

 

その母と死に別れた時の自分と、今のンフィーレアがモモンガには重なって見えた。

 

人はいつかは死に至るもの、リィジーの死は、自分の関与も多少あったとは言え、幾つもの偶然と本人の判断ミスが重なったものであり、それについては特に思うところは無い。

 

だが強制的にとは言え、この世界の情報を色々と話してくれたンフィーレアの最後の肉親を……、自分の母と同じように失わせてしまったことはモモンガに居心地が悪いような、不快な感情を抱かせた。

 

(殺してくれと言ってもな……、もうそんな気は失せてしまったし……、かと言って放って帰るのもな)

 

どうしたものかと声をかけあぐねるモモンガだったが、不意に昨日のンフィーレアとの会話を思い出す。

 

「君のお祖母さんはかなり高名な薬師だという話だったな? 薬師がどれくらい儲かるのかは知らないが、それほど腕が良かったのなら、遺産を残してくれているんじゃないのか? それを使えば、大人になるまで生活していけるかも知れないぞ」

 

ンフィーレアはその言葉に少し反応する素振りを見せるが、直ぐに頭を振りながら俯いてしまう。

どうやら金銭云々よりも、唯一の肉親を失ったことの方が余程堪えているようだ……、とモモンガには思えた。

 

確かに自分も母を失った直後は、他のことなど考えたくはなかった。

ただ当時の自分を取り巻く環境がそれを許してはくれない。

一日後には会ったこともない親戚に言われるまま簡素な葬儀を行い、僅かばかり残された遺産で小学校卒業までの二ヶ月程をしのぎ、卒業後直ぐに社会に出て……、と目覚しく変わる日常に流されてしまったが、それでも心の奥底には常に悲しみと母に対する罪悪感が黒い澱のようにわだかまっていたことを覚えている。

 

つい先ほどまでは殺してしまおうとさえ思っていた少年に、今は微かに同情を覚えている。

世の中、自分の心さえどう転ぶか分からないものだ、とモモンガは感じていた。

 

「あー、ほら、アレだ。 第六位階魔法まで使えるものもいるんだろう?

信仰系の第五位階魔法に蘇生魔法もあった筈だから、誰かに蘇生して貰えばどうだ?」

 

ゲームの世界ではユグドラシルの加護で、魔法を使わずとも蘇生は出来た。

ただその方法による蘇生はレベルダウンが大きく、プレイヤーは代わりに魔法の力による蘇生をする事で影響を軽減する事が多かった。

 

ンフィーレアが話していた、第五位階の魔法詠唱者でさえ周辺国家に名を轟かす英雄クラスである、と言う情報はモモンガは完全に信じてはいない。

 

子供は周りの大人がとにかく大きく見える性質があるから、案外第五位階の魔法詠唱者などは少し探せば見つかるのではないか、と考えていた。

 

蘇生魔法、という言葉にンフィーレアは僅かに顔を上げる。

その瞳には小さいものではあるが、希望の灯が点っていた。

 

「蘇生魔法………、おとぎ話の伝説でしか聞いたことがないけれど……。 それを使えばおばあちゃんが戻ってくるんですか?」

 

「え? いや、多分………」

 

レベルは下がるが、第三位階まで使えるなら蘇生後も最低でも十レベル以上にはなるだろう。

この世界の蘇生魔法がユグドラシルと全く同じ働きをするのかは分からないが、例え伝説でも蘇生魔法というものが知られているのなら、作動する可能性はある。

 

「信仰系魔法という事は神殿にお布施をして……、でもエ・ランテルで第五位階魔法を使える人なんて聞いた事が無い……」

 

「別の街には居るかもしれないのか?」

 

「………神殿の人に聞けばわかるかも知れません」

 

「そうか……」

 

成り行きとはいえ、ここまで関わってしまった以上、放置しておくのはモモンガも気が引ける。

 

それに第五位階の蘇生魔法には損傷が少ない遺体が必要だった筈だが、一度街まで戻ってから改めて取りに来るとなると、獣に掘り起こされて持ち去られてしまう可能性もある。

 

仕方ないか、モモンガは心の中でそう呟いた。

 

「不本意ながら君の祖母の死の原因を一端を作った以上、少しは後始末を手伝うべきなのかな。

エ・ランテル周辺までの遺体の運搬と、君の護衛くらいはしようか。 どうせ他にすることも無いし……」

 

「えっ!?」

 

ンフィーレアとしては意外な申し出だったのだろう。

不信感に溢れた様子で、こちらを見つめてくる。

 

自分を誘拐した張本人の力を借りることにも抵抗があるのかも知れない。

 

「別に裏は無い。 始めは本当に君から情報を得る以外の目的はなかったし……、予想を超えた事態になってしまった迷惑料のようなものだ」

 

その後、もう一度ンフィーレアを確保した時には、情報を引き出して殺してしまうつもりだったことは伏せておく。

 

ンフィーレアは暫く迷うような素振りを見せたが、自分一人の力でエ・ランテルまで帰り、祖母の遺体を回収することは難しいと判断したのだろう。

モモンガの提案にンフィーレアは頷いた。

 

「……お祖母ちゃんが埋められている場所に心当たりがあります。 冒険者が言っていましたから。

まずはそこに行きましょう」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

ンフィーレアが冒険者に指し示された場所には、明らかに掘り起こされたと思われる箇所が二つあった。

モモンガは召喚魔法で呼び出した骸骨達に指示を出して、そこを手で掘り返させるが、初めに姿を現したものはリィジーでは無く濃紺の服を来た男だった。

 

「あ……、冒険者チームの神官の人です」

 

「そのようだな……」

 

火球を使ったリィジーに飛びかかり、暴発させてしまったという冒険者だった。

 

リィジーが何を考えて近距離に居る相手を驚かす為に範囲攻撃魔法を出したのかはモモンガには分からない。

初めから脅しだけで本当に打つつもりはなかったか、混乱と戦闘経験の無さ故に魔法の選択を間違えたか、恐らくその二つの内どちらかだとは思うのだが、いずれにせよ、余程焦っていたのだろう。

 

まあ、そんな魔法を使う方も使う方だが、取り押さえようとする方もかなり無謀だ。

 

そもそもの原因は間違いなく自身にあるのだろうが、そのことに対しては罪悪感のようなセンチメンタルな感情は浮かんでこない。

ただ、かつての自分と同じような子供を意図せずして生み出してしまった以上、少しは手助けをしておきたいとは感じていた。

 

(人間に対する同族意識は消えても、完全に何の感情も抱かなくなるという訳ではないか。 人間だった頃も、別の生物……、例えば小動物に対して愛着を持ったり、あまりに惨めな様子なら哀れんだりはしたから、そんな感じか?)

 

何気なく浮かんだ例えだったが、小動物に対する感情、というものはかなり近いかも知れない。

 

別に好き好んで動物を殺す変態では無くても、襲ってきたら返り討ちにするし、あまりにも腹が減れば食うこともある。

今の自分も人間を進んで殺す気はないが、必要とあれば命を奪うことも厭わないだろう。

 

「あの……、この人も運んでくれませんか?」

 

モモンガの横に立つ、ンフィーレアが話しかけてきた。

 

「この冒険者を? ある意味、君の祖母の敵ではないのか?」

 

言った後でモモンガは、自分が言えた台詞ではないと気が付いた。

 

ンフィーレアは首を振る。

 

「いえ……、もう今まで起こったことは訳が分からなくて……、一体誰が本当に悪いのか……。 

確実に悪いのはあなただと思いますけど、全てがあなたのせいかと言われれば違うと思うし……。 それに世話にもなってしまっていますから。

かと言って、お祖母ちゃんや冒険者の人達が悪いのかと言えば、行き違いが無ければこんなことは起こらなかったかも知れないし……」

 

そして自分が作った火球で人が死んだとなれば、祖母が罪悪感を感じるだろう。

だから、この神官の人も出来れば蘇生してあげたい、そうンフィーレアは言った。

 

「……子供とは思えないな。私が君と同じくらいの年齢の時はもっと………、いや、どうだったかな。 じゃあ、運ぼうか。一人運ぶのも二人運ぶのも変わらない」

 

遺体は、ユグドラシルのシステム上はアイテムとして分類される。

モモンガは穴の中から神官の遺体を持ち上げると、放るようにアイテムボックスへと投げ入れた。

アイテムボックスに入るアイテムにはサイズ制限があり、大きな……例えばドラゴンの死体などは解体しなければ入らないのだが、人間サイズのアイテムならば何とか許容範囲だ。

 

ドラゴンの死体サイズの巨大なアイテムを丸ごと収納したいならば、《ストレージスペース/大型空間》という魔法を使う手があるが、習得の為の前提条件が少し面倒なのでモモンガは習得していなかった。

 

てっきり召喚した骸骨にでも運ばせるものと考えていたンフィーレアは、モモンガが異空間に遺体をしまい込む様子を見て目を丸くする。

 

だがまだ魔法の知識が少ないこともあり、こんな魔法もあるのだろう、と直ぐに納得した。

 

続いてモモンガはリィジーの遺体も同じように掘り起こして、アイテムボックスの中に収納する。

流石に肉親の焼け焦げた遺体を見ることは辛いのだろう。

ンフィーレアは作業の間、殆ど目を背け続け、時折恐る恐る遺体に目を向けていた。

 

この件での死者にはもう一人、冒険者チームのリーダーだった男も居るのだが、彼の遺体はゴブリン達が持ち去ってしまったらしい。

それどころか、放棄された荷物や馬は勿論、馬車に使われた木材まで殆ど失われてしまっていた。

 

(そういえば、死体は時間が経てば腐るってことを忘れていたな。 ユグドラシルでは腐敗なんて現象はなかったけど、ここはゲームの世界では無いようだし……)

 

希望的な観測をするならば、アイテムボックス内ではユグドラシルの法則が通用し、死体の腐敗も抑えられると考えることが出来るが、そうでない場合は問題だ。

 

ただ死体も直ぐに腐る訳ではないだろうし、エ・ランテルに着くまでは何とか保つだろう。

しかしンフィーレアの言う通り、エ・ランテルに蘇生魔法の使い手が居ないならば、使い手を見つけるまで死体を保存する方法が必要になってくる。

 

(まあ、ンフィーレアに聞いてみるか。 死体の保存方法などと直接的に聞くのも無神経だし、少し遠まわしに……)

 

「ところで生ものの保存方法はあるか? ほら、肉とかを腐らせないようにする……」

 

「肉………? お祖母………いえ、体のことですか?」

 

変に気を使った結果、余計に生々しい尋ね方になってしまった。

モモンガは諦めて、自分の懸念をそのまま話す。

 

「………ああ、蘇生魔法には損壊の少ない遺体が必要だった筈だ。

多少焼け焦げる程度は大丈夫だと思うが、風化して骨だけになってしまうと怪しいかもしれない」

 

ンフィーレアはより一層鬱屈とした気分に陥るが、モモンガの懸念は重大なことだと理解する。

 

「薬草が傷みにくいようにする、《プリザベイション/保存》の魔法が掛かった箱はあった筈です。 でも、あれは小さすぎるので……」

 

「そんなアイテムがあるのか……」

 

ユグドラシルには無い効果を持つアイテムにモモンガのコレクター魂が疼くが、流石に今は抑えておくべきだと判断した。

 

「まあ、小さいのがあるなら、大きいものも探せばあるだろう。

とにかく、エ・ランテルまで急ぐか。 私がついて行けるのは、近くまでだがな」

 

リィジーが所持していた薬草を長持ちさせる保管箱は、リィジーが希少な薬草を保存する為に金貨百枚以上を費やして手に入れた希少なマジックアイテムなのだが、モモンガはリアルで言うところの家電程度にしか考えていない。

 

それにンフィーレアも、まだマジックアイテムの価値等には疎い面があり、人体を保存できるだけのマジックアイテムの価値を理解していなかった。

 

勿論、第五位階魔法などという伝説に謳われるような魔法を使ってもらう為の、寄進の額に関しても同様だ。

 

「あの、昨日から気になってはいたんですけど、何か街に入れない事情があるんですか?

僕から色々な情報を引き出そうとしていた事は気がついていたんですが、考えてみれば街で聞けば直ぐに分かるような事ばかりを聞かれましたし」

 

「ひとつ言えるのは……、人には色々事情があるんだ。

急ごう、日が暮れる前にはエ・ランテルに着いた方が良いだろう」

 

年齢の割にはかなり頭が切れるンフィーレアの質問には、まともに付き合わない方が無難だ。

そう考えたモモンガは話を逸らし、エ・ランテルへ向けて歩き始めた。

 

 


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