サバイバル・オブ・ザ・モモンガ   作:まつもり

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第十五話 決意

エ・ランテルへ向けて歩き出した二人だったが、エ・ランテルまでの道程は馬車でも六時間はかかる距離だ。

 

それでもモモンガは徒歩であることを計算に入れても、朝方である今から出発すれば、夕暮れには辿り着くだろう……、と考えていたのだが、直ぐにその予測が楽観的過ぎたことを思い知る。

 

モモンガはともかく、子供のンフィーレアにとっては長距離を、一定のペースで歩き続けることは難しかったのだ。

始めの二時間程は早めのペースで歩いていたが、太陽が高くなり、強い日光が照りつけるようになってくると、足元がふらつき出す。

額からは多量の汗を吹き出していて、明らかに疲労困憊といった様子だった。

 

「少し座って休むか。 特に急ぎの旅という訳でも無いし……」

 

ンフィーレアとしては、一刻も早くエ・ランテルについて祖母を蘇生させる方法を探したかったが、流石に疲労には逆らえず、大人しく道端の草むらに腰を下ろす。

馬車の中にあった水を入れた樽や、冒険者や自分達が持っていた個人用の水筒は、ゴブリン達に持ち去られたらしく既に無かった。

 

考えてみれば、昨日の夜から一滴の水も口にしていない。

既にンフィーレアの喉の渇きは限界に近づいており、未だに頼るには抵抗があるが、モモンに頭を下げて水を分けて貰うしか無いか、とモモンを見たとき、ンフィーレアはあることに気が付いた。

 

モモンが身に付けているのは、昨日の夜に冒険者から奪ったローブだけで、水筒はどこにもない。

だが、それだけならばあの収納魔法で保管しているのかもしれないと納得は出来る。 

 

ンフィーレアが本当に違和感を覚えたのは、足元。

今までは裾に隠れて見えなかったが、腰を下ろす際に一瞬だけローブから覗いたモモンの足は何も履いていなかった。

 

「あの……、靴はどうしたんですか?」

 

質問されたモモンガは、心の中で舌打ちをする。

不自然さを抱かせない為に、出来るだけ足はローブに隠していたのだが、ついに見つかってしまった。

 

「……私の故郷では靴を履かない文化なんだ」

 

「で、でもこの道路は砂利道ですよ? 草原なら兎も角、ここを素足で歩くのは痛いのでは?」

 

「常に裸足で歩いていると足の裏の皮膚が硬くなるからな、私にとっては問題無い」

 

「……そうですか」

 

今の説明で完全に納得した訳では無いようだが、ンフィーレアも短い付き合いの中で、モモンが自分について詮索されることを嫌っている雰囲気は感じていた。

下手に機嫌を損ねて、こんなところで放り出されるとまずい。

この話題は切り上げることにする。

 

「ところで、水を分けて貰ってもいいですか? かなり喉が乾いてて……」

 

「水?」

 

ああそうか、とモモンガは思い出す。

自分はアンデッドになった為に忘れていたが、人間が生きるには水は必要不可欠だった。

 

(確か、拝借した荷物の中に水筒もあったな)

 

アイテムボックスの中から、動物の皮のような物で作られたと思われる水筒を取り出す。

手に持った感触からして、中身は十分に入っているようだ。

 

「ほら」

 

「ありがとう……、ございます」

 

礼もそこそこにンフィーレアは水筒に口を付け、限界に近い程に乾いた喉を潤していった。

 

「あまり急いでも体力が持たないだろう。 適度に休みながら進もう」

 

「はい」

 

そして暫く場には、ンフィーレアが喉を鳴らす音だけが響いた。

やがてモモンガが、雑談のつもりで話を切り出す。

 

「そう言えば、あの逃げた冒険者達二人はどうしたんだろうな? 馬に乗っていたし、もう結構遠くには行っていると思うが」

 

「多分今頃エ・ランテルに帰って………、ああっ!」

 

ンフィーレアが突然張り上げた叫び声に、モモンガは思わずたじろぐ。

しかしその声の理由を尋ねる前に、ンフィーレアの方から捲し立てるように話しかけてきた。

 

「モモンさん、今直ぐにエ・ランテルに向かいましょう。 確か冒険者達は、お祖母ちゃんや仲間が死んだことについては、道中で強いモンスターに会って命からがら逃げ出した、と報告すると言っていました。

もしもそんな報告をされれば、役人が財産の整理に来るかも知れません」

 

「何か問題でもあるのか? 死んだと報告されていた君が現れれば驚かれるだろうが、冒険者達の証言は嘘だと言って、本当のことを言えばいい話だろう。 ………いや、それはまずいか。 自分の放った火球で他者を巻き込んで自爆という事実は、お祖母さんにとっても不都合だな」

 

「あっ……、気が付きませんでした。 確かにそうですね。 ……さっき僕がまずいと思ったのは、お祖母ちゃんが死んだことが公になれば財産を継ぐのは誰かという問題になります。 僕の他にも親戚はいますし、僕が受け取る財産がもし僅かなものになってしまったら、蘇生魔法を使ってもらう為のお布施が払えなくなるかと……」

 

元々ンフィーレアは、家に帰り次第、財産を全て持ち出して蘇生魔法の使い手を探しにいくつもりだった。

だが、肝心の財産が他の親戚に奪われてしまっては元も子も無くなる。

 

「なるほど。 確かにまずいが……、今から急いでも、馬に乗った二人には追いつけないだろうな。

それに急ぐと言っても、子供の足じゃたかが知れている」

 

「う………、な、何か素早く移動できるマジックアイテムとか魔法を持っていませんか?」

 

「素早く移動、か」

 

まず思いつくのは、自分がンフィーレアを抱えて走り続けるという案。

身体能力はそれほど高くは無いが疲労が一切無い自分であれば、例えンフィーレアを抱えていても、かなりの速度で移動できるだろう。

 

しかし、それをすると骨の体にンフィーレアが気が付く。

眠らせて運ぶということも考えたが、この状況でわざわざ眠らせるのは明らかに怪しすぎるだろう。

 

悩むモモンガを見たンフィーレアは、手段はあるが、何らかの理由で使用を躊躇っているのだと察する。

だが、ンフィーレアとてここは引き下がる訳にはいかなかった。

 

「お願いします。 あの、早くついて無事財産を確保出来たら、勿論お礼をしますから」

 

「お礼?」

 

「え……っと、金貨五、いえ、十枚でどうですか?」

 

「金貨十枚、か」

 

勿論モモンガはこの世界の貨幣価値について、全く知識がない。

ユグドラシル基準で考えれば途轍もない端金なのだが、この国で金貨十枚はどのくらいの価値を持つのだろうか?

 

「あまりこの国の物価には詳しくなくてな……、例えば金貨十枚で何が買えるんだ?」

 

ンフィーレアの頭には、普段お使いで行くことが食料品店が浮かんだが、あの店の商品はどれも少しの銅貨で買えてしまう。

金貨などという高額貨幣は子供には縁の遠い話だった。

 

それでもンフィーレアは、かつて祖母の店に来た冒険者が十枚程の金貨を払って、ある商品を買っていったことを思い出す。

 

「第二位階の回復魔法が込められた治癒薬(ポーション)を、一つ買えたと思います。 それと……、今回の冒険者への依頼料が金貨一枚と銀貨十枚でした」

 

ンフィーレアの説明によると、この国では銅貨が最も価値の低い貨幣で、銅貨二十枚で銀貨一枚、銀貨二十枚で金貨一枚、そして金貨十枚で白金貨一枚が標準らしい。

 

そして今回は移動時間も含めて、一週間の期間で冒険者を雇う計画だったという。

 

だとすれば金貨十枚というのはかなりの大金と言えそうだが、モモンガが引っかかったのはポーションの値段だ。

 

第二位階というとユグドラシルで言うところの下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)か。

下級治癒薬は、ユグドラシルのNPCショップでも金貨五十枚程で買えるアイテムであり、大した効果は持っていない。

 

冒険の中で湯水のように消費するアイテム一つの為に、そこまでの大金を使う……、この世界の物の価値はなかなか複雑そうだとモモンガは思った。

 

(受ける価値はありそうだが……、正体が露見するのはな。 昨夜のンフィーレアとの会話によると、アンデッドはやはり恐れられているみたいだし……。 いや、だが今回については……)

 

暫く悩んだ末に、モモンガは自分の正体を打ち明けることにした。

これは短い付き合いの中でンフィーレアを信用したという理由からではない。

そもそも互いにわだかまりを抱えていて、しかも自分は正体を隠している。 この状態で信頼関係が生まれると考える程、モモンガは無謀では無かった。

 

だがンフィーレアの祖母に対する思い、これならば信用してもいいとモモンガは考えた。

現在リィジー・バレアレの遺体はモモンガが保管しており、下位の蘇生魔法には遺体が必要。

つまりモモンガは、リィジーを一種の人質に出来る状態にある。

 

今ならンフィーレアも下手に裏切るような真似は出来ないだろうし、そのメリットも無さそうだとモモンガは判断した。

 

「分かった、やってみよう。 だが、その前に君に話しておかなければならないことがある」

 

そう言うとモモンガは、人間への変装に使っていた幻術を解除する。

 

ンフィーレアの前で、モモンと名乗っていた男の顔が霧のようにぼやけていく。

人間としての顔は消え、その下からは空虚な眼窩に赤黒い光を宿した頭蓋骨が現れた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

アンデッド。

あらゆる生ある者を憎み破壊を撒き散らす、偽りの命を得た死体。

 

人類への脅威に満ちたこの世界においても、特に忌み嫌われる存在だった。

 

そんな邪悪なモンスターが、現在自分の前にいる。

モモンという男には何か隠し事があると感づいていたンフィーレアも、流石にここまでのことは予想していなかった。

だが今までモモンに感じた違和感も、彼がアンデッドだったとすれば、全てに納得がいく。

 

「アンデッドは生ある者を憎んでおり、人類にとっても大敵、だったな確か。

理解して欲しいのは、私は別に生者を憎んではいないし、君に害を加える予定も無いことだ」

 

「ど、どうして?」

 

「何がだ?」

 

「何が目的で僕達に近づいたんですか?」

 

「ああ……」

 

モモンガは正体が露見した時の為に考えていた、言い訳を話すことにする。

 

「私が生まれたのは最近でね。 ある時、急に草原の真ん中で目が覚めた。 自分が使える呪文などは何となく分かったが、この世界のことは全く知らないし、人間に紛れ込もうにも服を持っていない。 仕方がないから、君達から必要な荷物を拝借しようと思ったのが始まりだ。 君を攫ったのは、単に世界について情報が欲しかったからで、それ以外の目的は無い」

 

ンフィーレアは、モモンの発言の内容について考える。

確かに初めから自分を殺す気ならば、今までにいくらでもチャンスはあった。

自分を利用して人間社会に紛れ込み、更に多くの人間の命を奪おうとしている可能性も考えるが、それならば自分のような子供を利用するより、もっと上手い方法がありそうな気がするし、正体を明かす筈もない。

 

アンデッドが生者を恨まないなどという事が本当にあるのかは疑問だが、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)と取引をする英雄の御伽話なら、本で読んだことがあった為、そういった事も案外あるのかもしれないと考えた。

 

そしてンフィーレアは、自分にはそもそも選択肢など無いと気が付く。

現在祖母の遺体はモモンに握られており、ここから一人だけでエ・ランテルまで帰る自信も無い。

 

しかも正体を明かした上で取引をしないとなれば、モモンがンフィーレアを生かしておく理由が無くなり、口封じに殺されてしまうだろう。

 

ンフィーレアは、底知れぬ不安を感じながらもモモンとの取引を進めることにした。

 

幾つかの言葉が二人の間で交わされ、約束が成立するとモモンガが腰を低くかがめる。

そしてンフィーレアが恐る恐るモモンガの背中にしがみつくと、彼は魔法を詠唱した。

 

「《クイック・マーチ/早足》」

 

魔力の節約の為に使っていなかった、移動速度を二十%上昇させる補助魔法。

しかし今は変装の必要が無くなった上、ンフィーレアを背負っているので補助魔法をかけるのは自分一人で済む。

 

モモンガはンフィーレアの腰を後ろ手で支えると、全速力で走り始めた。

 

ンフィーレアのペースに合わせていた時とは段違いの速度で、二人はエ・ランテルへと向かっている。

流れていく景色の中、ンフィーレアはエ・ランテルについた後のことに考えを巡らせていた。

 

慌ただしく行動している時は考えていなかったが、落ち着いてみると祖母の財産を確保するだけでもかなりの困難が待ち受けていると分かった。

 

まず街の入口の門を守る衛兵。

 

子供一人だけで、街の外から歩いてくるというのはどうしても目立つ。

自分を知っている人を呼んで身元の照合をして貰えば、街の中に入ること自体は簡単だろう。

 

しかしその場合は、なぜ一人だけで帰ってきたのか等を根掘り葉掘り聞かれ、秘密裏に祖母の遺産を全て持ち出し、蘇生の為の費用に当てるという計画が狂ってしまう。

 

それに無事にエ・ランテルに入れても、財産と祖母の遺体をどうやって持ち歩けばいいのだろうか?

冒険者に護衛を依頼して、情報が多く集まる王都まで送って……、いや、駄目だ。 冒険者は組合を通してしか依頼を受けないし、それでは自分が親戚に何も告げずに勝手に財産を持ち出したことと、冒険者達との間に起こった事件が公になってしまう。

 

組合に属さない、ワーカーと呼ばれる者達がいると祖母に聞いたこともあるが、彼らは基本的に金の亡者か、組合のルールを守れないならず者同然の輩のどちらかで、関わらない方が賢明だと言っていた。

まだ子供で、しかも大金を持った自分など、良い獲物になるだけだろう。

 

……とすると、残る選択肢は一つ。

このモモンと名乗るアンデッドと更なる取引をするしかない。

 

ンフィーレアは、やはりアンデッドを手放しで信用など出来なかった。

例え今自分を襲わないとしても、いつ気が変わるかは分からない。 

しかし、少なくともモモンが自分にとっての利益を判断し、取引出来る知性を持っていることは確かだ。

 

つまりンフィーレアの祖母を蘇生させる旅に付き合うメリットが十分にあれば、協力関係を結べる可能生はあるし、もしそうなった場合、大いに助けになるだろう魔法の力をモモンは持っている。

 

取引材料はやはりお金と……。

 

(もしかしたら僕の協力もモモンは欲しがるかも知れない……。 人間に紛れて情報を集めたいというような事を言っていたし、その為には自分の正体を知っている協力者は貴重かも……)

 

だがそれは自分の目的の為に、多くの人間の命を危険に晒すかも知れない行為。

薬師である祖母に憧れ、自分も将来は人の命を救える人間でありたいと思っていた。

 

だけど、その僕がこんな選択をしようとしていると知れば、お祖母ちゃんはどう思うだろうか。

ンフィーレアは良心の呵責と、肉親への愛のせめぎ合いに瞼を固く閉じて沈黙する。

 

そして数秒後、再び開いたンフィーレアの瞳には、確かな決意が宿っていた。

 




現在のモモンガのレベルは五です。
これまでに習得した魔法を、レベル毎に纏めました。
全て第一位階魔法です。

1レベル
《マジック・アロー/魔法の矢》
《メッセージ/伝言》
《サモン・アンデッド・1st/第一位階死者召喚》
2レベル
《スモッグ・オブ・ファティーグ/疲労の霧》
《ディテクト・ライフ/生命探知》
《リーンフォースアーマー/鎧強化》
3レベル
《クィックマーチ/早足》
《オープンロック/鍵解除》
《スリープ/睡眠》
4レベル
《インヴィジビリティ/透明化》
《ディスガイズ・セルフ/変装》
《ファイヤー・アロー/火の矢》
5レベル
《レジスタンス/抵抗力強化》
《ディテクトマジック/魔法探知》
《グリース/潤滑油》

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