サバイバル・オブ・ザ・モモンガ   作:まつもり

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第一話 回想と自覚

捻くれたように歪に伸びた街路樹が道の両脇に植えられた大通りを、闘技場へ向かいモモンガは歩く。

転移魔法は基本的に街の入口までしか使用できない為、多少時間は掛かっても街中の移動は他の手段で行う必要があるのだ。

 

飛行の魔法を使えば、一分もかからずに闘技場まで到着するのだが、モモンガはユグドラシルの世界を少しでも目に焼き付けておくために徒歩を選んだ。

 

巨大なカボチャをくり抜いて作られた、ジャック・オー・ランタンを模したと思われる家。

大小様々な白い骨で組み上げられた、天を突くような巨塔。 

窓に鉄格子を嵌め、その上から幾本もの鎖で封印した監獄のような宿泊施設。

 

久しぶりの街を訪れて、周囲を見渡すモモンガの目に、奇妙で不気味な印象を見るものに与える建物が次々と飛び込んで来た。

 

ここは、百鬼都市バーティヘル。

 

ナザリック地下大墳墓が存在するヘルヘイムで最大規模を誇る街である。

 

異形種のプレイヤーが比較的多く活動するヘルヘイムにあるこの街だが、特に種族による入場制限は設けられておらず、人間、亜人、異形種の様々なプレイヤーの交流の場としても使用されてきた。

 

しかしかつては、まるで都会の雑踏のように無数のプレイヤーが行き交っていた通りも現在は容易く数えられるような人数しか歩いていない。

 

モモンガの予想では、最終日は引退した大勢のプレイヤーが駆けつける為、かなり賑やかになるのではないかと思っていたのだが、その考えは外れたようだった。

 

引退者にとっては、とうの昔に辞めたゲームが終わるからといって、特に思うところは無いということか。

 

かつての仲間達も同じように考えたのだろうか。

思考が黒い泥沼の中に沈み込みそうになったのを自覚したモモンガは、頭を振ってそれを振り払う。

 

折角最後を少しでも楽しく迎えようとこの街に来たのだ。

仲間達にも彼らなりの事情があったのだろうし、それに怒りを抱くのは筋違いだ、と自分に言い聞かせた。

 

「ん?」

 

その時だった。

道を歩くモモンガの耳に、遠雷のような低く轟く音が聞こえて来る。

 

音が響いた方角を見ると、数百メートル程離れた街の上空に複数の超位魔法発動時の魔法陣が展開されていた。

 

争いが禁じられている筈の街中では、異様な光景。

その様子に興味を惹かれたモモンガは、スクロールを取り出すと込められていた魔法を発動させ、空中に浮かぶ直径三十センチ程の丸い水晶板を出した。

 

この魔法の名は、《クリスタル・テレスコープ/水晶の望遠鏡》。

水晶板を通して見る光景を、望遠鏡のように拡大することができる偵察用の魔法だった。

 

その魔法によってモモンガは、超位魔法を準備していると思われるプレイヤー以外にも、かなりの人数……、合計三十人ほどのプレイヤーが空中に留まっていることを知る。

 

先ほどの衝撃音は、この中の誰かがやったのだろう。

魔法によると思われる浮遊で、自前の翼で、騎乗用の龍の上で、彼らは飛行しながらも一様にある方角を見ていた。

 

(ああ、なるほど。 彼らも彼らなりに最終日に今まで出来なかったことをしようとしているのか)

 

彼らの行動に思い当たるものがあったモモンガが街を見渡すと、空を飛んであのプレイヤーの集団に向かう複数の影を見つけた。

 

水晶越しに見るそれは、至る所から返しのついた針が突き出た、異形の鎧を着た悪魔。

闇を凝縮したような、黒く細い体を持つドラゴン。 

灰色に染まった翼を持つ、全長五メートル以上はありそうな巨大な堕天使の三体。

 

アレらはプレイヤーでも、自動POPモンスターでも無い。

 

運営が管理する街の中で暴れたプレイヤーを力づくで排除する特殊なNPC、通称"警備兵"だ。

 

自由度が並外れて高いユグドラシルでは、例え運営が非暴力地帯を意図して作り出した街であっても暴力行為、窃盗行為は不可能となってはいない。

 

とは言え、それらを容易く見逃してしまっては、街が持つ安全地帯としての信頼や価値が無くなってしまう。

 

そこで運営が作り出したのが警備兵という強力なNPC達だった。

 

一体一体がステータスのみを見ればワールドチャンピオンに匹敵すると言われ、どんな隠蔽魔法も通用せず、街の法を犯したプレイヤーを執拗に追い掛け回して攻撃する。

 

その上彼らは断罪という警備兵のみに許された特殊なスキルを所持している。

このスキルの効果はプレイヤーを倒した場合に一切の復活魔法や課金アイテムの影響さえ撥ね退け十レベルダウンさせる。

それに加えて装備品を一つ強制的に没収した上、倒されてから一日は全ステータスにペナルティを与えるという途轍もなく厄介なものだった。

 

警備兵の追撃を終わらせるには、犯罪を犯した街の詰所に多額の罰金を収めなければならず、一般的な常識を持ったプレイヤーは運営が管理する街では絶対に揉め事を起こそうとはしない。

それはアインズ・ウール・ゴウンのメンバーとて例外では無かった。

 

だが、そんな中でユグドラシルに根強く残るある噂があった。

 

曰く、九つの世界のいずれかにある最大の街で、襲撃してくる警備兵を一定数以上倒すとワールドエネミーに匹敵する強さを持つ特別なNPCが出現する。

もしもそのNPCを撃破出来た場合、何かが起こる、と。

 

無論、そんな噂は根も葉も無い与太話だと笑う者が殆どだ。

大体、その特別なNPCとやらの目撃証言さえ存在していないのだから。

 

だが一方でこの話は単なるホラでは無く、何かしらの真実が含まれているのでは無いかと考える者も少なからずいたことは確かだった。

 

運営が意図的に流した噂ではないか。

いや、単なる愉快犯の仕業だ。

どこかのギルドが情報を握っているらしい。

 

この十年近くの間、掲示板で、あちこちの界隈で、時折思い出したように語られる噂。

 

だが、この噂が真実かどうかは未だ判明していない。

 

その理由は幾つかあるが、第一に警備兵を倒すことは重罪であり、罰金に億単位の金額が上乗せされる。 

小さな街ならば、罰金を払わずにその街に出入り出来なくなっても大した損害ではないが、噂にあるそれぞれのワールドで最大の街に出入り出来なくなるのは、かなりきついペナルティだ。

 

しかもレベルダウンだけなら兎も角として、装備品を失うのは痛い。

 

警備兵は、奪われてもいい様な低性能の装備を身につけて戦える相手では無く、最低でも伝説級の装備で挑まなければ、勝負にすらならない。

即ち、警備兵に敗れることは伝説級や神器級の装備を失うことと同義だった。

 

これらの理由から多大なリスクを犯してまで不確かな噂を確かめようという組織は今まで殆ど現れなかった。

 

しかし、今日はユグドラシルの最終日。

何を失っても気にしなくても良いこの日に、今まで胸の奥にくすぶっていた好奇心を満足させようと、どこかのギルドが動き出したということだろう。

 

あまりのリスクの高さからアインズ・ウール・ゴウンでも尻込みした、警備兵との戦い。

もしかしたら、あの噂の答えを知ることが出来るかも知れない。

 

そう考えたモモンガは闘技場への足取りを止め、これから始まろうとしている戦いを見物することにした。

 

《フライ/飛行》の魔法を発動させ近くの高い建物の上に上がると、《クリスタル・テレスコープ/水晶の望遠鏡》のピントを調節する。

 

(警備兵は一体一体がかなりの強敵。 空に浮かんでいる者の他に地面にもプレイヤーはいるだろうが……、果たしてたかだか数十人かそこらでどこまでやれるものか)

 

モモンガの視線の先で、ついに両者が接触しようとしていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

戦闘の口火を切ったのは、プレイヤー側だった。

 

警備兵が到達する時間を予測して準備していたのであろう複数の超位魔法が、ほぼ同時に放たれる。

灼熱の炎や、眩いばかりの雷が一つの濁流のように絡まりあい、駆けつけて来た三体の警備兵を飲み込んだ。

 

攻撃系に特化した超位魔法が複数命中。

通常の百レベルの自動POPモンスターならば、これだけで用意に殲滅しうる一撃だっただろう。

 

(だが超位魔法数発程度では、仕留められはしないだろう。 ……かなりの痛手は与えた筈だが)

 

その様子を遠目に見ていたモモンガの予想通り、超位魔法のエフェクトが収まると、攻撃に巻き込まれた警備兵が一体も欠けること無くプレイヤー達の集団へ向けて突っ込んでいく。

 

だが、彼らがプレイヤー達の集団に一撃を加えることは無かった。

 

警備兵たちの先陣を切っていたドラゴンが、ブレスを吐き出そうと口を開ける動作をした瞬間、その口内に光り輝く投槍が突き刺さる。

それを合図としたように、空を飛んでいるプレイヤーの集団から一斉に遠距離攻撃が放たれた。

 

少なくとも一体を相手するのに五人のプレイヤーが必要とされる警備兵だが、彼らにも弱点はある。

それは、搭載されているAIは自動POPモンスターの物と大差ないということだ。

 

知恵のあるプレイヤーならば絶対に行わない、超位魔法の弾幕への突入という愚行。

更に遠距離攻撃に対して、建物の影に身を隠したり、互いに身を離し範囲攻撃の影響を減らす等と言った対策も取らない結果、警備兵の第一陣は短時間の内に殲滅されることになった。

 

だが、これはあくまでも十倍近い数の差があって始めて可能となる作戦。

もし警備兵の数が更に多ければ、簡単に蹴散らされるのは当然プレイヤーとなる。

 

「ただ……、これで終わりだろうな」

 

あの三体程の警備兵は恐らく、街中で一人か二人のプレイヤーが犯罪行為をし、それに差し向けられたものだろう。

 

まずは少数の警備兵をおびき寄せ、それを待ち受ける多数で叩く。

戦法としては基本でありながらも最も有効な作戦の一つであり、事実それは功を奏した。

 

しかし、それも最初の一回まで。

今は三十人程のプレイヤーが警備兵を攻撃するという重罪を犯した状態にあり、直ぐに最初とは比べ物にならない数の警備兵がやってきてしまう筈だ。

 

そしてモモンガの予想通り、街の詰所の方角から新たに出現したらしい警備兵たちの集団がやって来る。

遠目から見るとまるで虫の群れのように黒い点の集合にしか見えないが、その内実は約六十体の警備兵。

 

これで数の有利も潰され、あとは圧殺されるだけ。

近い未来を予想し、幾らか冷めた目で成り行きを見守っていたモモンガの予想は、しかし覆されることとなる。

 

モモンガの視線の先。

遠く離れた街の一角が、黒くうねった。

 

まるで空間が捻じ曲げられたように景色が歪み、宙空から黒い奔流が溢れ出していく。

 

黒い何かは更に濃度を増し空間に充満し続ける。

そして数秒後、まるで限界まで流れをせき止めていた何かが弾けるように、黒い濁流が警備兵の集団へと押し寄せていった。

 

その光景をモモンガは見たことがある。

かつての仲間、ウルベルト・アレイン・オードル。

火力において最強を誇る魔法職、ワールド・ディザスターのみが習得する圧倒的な破壊力を持つ大技、《グランド・カタストロフ/大災厄》。

 

しかもエフェクトを見る限り、恐らく放ったのは一人では無く、複数人による同時発動。

こんな芸当が出来るとすれば、モモンガには一つしか思い当たらない。

 

「やー、すごいな。 流石はギルド戦争の切り札と言われた傭兵ギルド」

 

突然後ろから声が聞こえた。

モモンガが驚き、慌てて振り向くと黒装束に刀を背負った忍者の格好のプレイヤーがいた。

 

顔は覆面で目元以外は隠しているが、体型からして人間種だろう。

街中ということで特に警戒用の魔法を発動させていなかった為に、容易に背後を取られてしまったようだ。

 

「後ろから失礼。 こんにちわ」

「あっ、こんにちわ。 ……あれって多分、例の噂の検証ですよね。 どのくらいのプレイヤーが参加しているんですかね?」

 

モモンガの問いかけに、忍者のプレイヤーが少し考える素振りを見せた。

 

「ん、知らないはずは……。まあいいか。 結構ネットの掲示板で話題になってましたよ。 最後だしデスペナとか気にせずに警備兵とパーっと戦おうって趣旨らしいですけど、組織として行動しているのは、三百人くらいじゃないですかね」

 

「三百人……、ですか」

 

「まずは少数が警備兵を引き寄せ、それを伏せて置いた部隊の一斉射撃で殲滅。 それで警備兵を更におびき寄せた後、もっと多くの伏兵で一斉攻撃の繰り返し……、三百ってのが少し微妙な数字だけど、まあ今のユグドラシルなら結構集まった方ですね。 ……でも全盛期と比べると、やっぱり少ないかな。

あんたのギルド討伐の時は、千五百人は集まったのにね」

 

「っ!」

 

モモンガ自身、ユグドラシルでは悪い意味で有名人となっている自覚はあった。

ここ数年は、殆ど外部と接触していないから油断していたが、今でも当時の恨みから出逢えば襲って来るプレイヤーがいる可能性は十分にある。

 

ましてや、今日のように後先を考えなくても良い最終日では……。

 

だが、そんなモモンガの心配は杞憂に終わった。

 

「大丈夫だよ、別にこんなところでリベンジとか考えてないから。……あの時は色々あったけど楽しかった。 ギルド同士でいがみ合ったり、仲間と貴重なアイテムを求めて冒険したりね。 けど結局皆、このゲームに飽きたのか辞めていったけれど。 今日ユグドラシルにいる奴なんて、特に往生際が悪いユグドラシルに色んなものを注ぎ込み過ぎたプレイヤーばかりでしょ」

 

ある意味、同士でもあるそんな人達と、最終日に変なトラブルは起こしたくない。

忍者はそう言って、目線をプレイヤーと警備兵との戦いへと戻した。

 

「ああ、もうすぐ第二段階に移る」

 

「第二段階?」

 

「警備兵を百体だったかな? そのくらい倒すと、警備兵が特殊な迎撃体勢に移行するらしいですよ。 一年程前に試したギルドがあるらしくて。 ほら、今までは警備兵の出現地点は詰所の周辺だけだったでしょ? だからプレイヤーが一箇所に留まっていれば、警備兵達もかなり纏まってやって来てくれるし、範囲攻撃も当てやすい。 この段階なら、高火力の技による集中砲火で警備兵といえども結構仕留めやすいんですよ。 

でも第二段階では、警備兵が街中の至る所から現れる上に、街中のプレイヤーを無差別に襲い出すらしいっすね。断罪のスキルは、犯罪者にしか効力を発揮しないけれど」

 

「無差別って……、関係ないプレイヤーもですか?」

 

「まあ……、情報が正しければ。 ネットの情報は当てにならないけど、これは本当だと……、おっ、来たかな?」

 

上から降り注ぐ光を感じて上を見上げれば、街の中心部の上空に、眩く小さな光の輪が出現していた。

それは徐々に大きな輪になりながら下降し始め、前の輪がある程度下へと移動すると、また新たな輪が同じように降りていく。

 

先ほどまで警備兵と戦っていたプレイヤー達の方へ目をやれば、いつの間にか警備兵の姿は全て消え失せ、戦場だった場所に静寂が戻っていた。

 

三十秒程たっただろうか。

地面の近くから上空まで大小様々な光輪に、まるで檻のように街が取り囲まれた。

 

その様子を眺めながらも、どうするべきかと決めあぐねていたモモンガの耳に効果音が鳴り響く。

続いてインベントリが勝手に開かれ、運営からのメッセージが宙に映し出される。

 

『バーティヘルで大規模な武力闘争が発生。都市全域は特殊迎撃体勢へと移行します。 これより五分後にバーティヘルからの出入りは完全に禁止され、市内にいるプレイヤー及び運営の管理下にはないNPCは全て鎮圧対象と判断します。 手配されていないプレイヤーは、現在都市から離脱可能。 

尚、特殊迎撃体勢下では断罪のスキルは下記のように修正されます。 ------』

 

断罪のスキルの修正内容に目を通したモモンガは、思わず二度確認し直した。

レベルダウン二十レベル、装備品を三個ランダムでロスト、アイテムボックスから三十個のアイテムを没収。

 

えげつない。

思わず心の中で、そう呟いてしまうほどのペナルティだった。

 

(どうする? 逃げるか……、と言ってこの後特にすることも無いしな……)

 

「どうするんですか? あなたの方は」

 

モモンガは隣にいる忍者に問いかけてみる。

 

忍者は読んでいたインベントリを閉じると答えた。

 

「勿論やりますよ。 彼らに参加していなかったのも、無駄な消耗やリスクを抑える為なんで。 あなたもそのつもりで来たんでしょ? 知らない振りなんかしてとぼけちゃって。 ……結局もし特別なボスとやらを倒せばアイテムを手に入れられるなら、強力なスキルやワールドアイテムを温存していたものが有利。 最初からお祭り気分で参加するより、漁夫の利を狙うのがベターでしょうからね」

 

「別にそんなことは無いんですが………、まあ確かにそうですね。 ワールドアイテム、特に二十なんかを持ち込んでいれば、下手な集団よりも大きな働きが出来る。 人数の面では足りなくても、ワールドアイテムを持ち込んでいる者が複数居るなら、もしかするともしかする、か」

 

やってみるか、とモモンガは考える。

現在自分はワールドアイテムである真紅の玉を所持しており、その効果を使えば警備兵の群れ相手でも、かなりの立ち回りが出来る自信がある。

 

本来なら自分の一存でワールドアイテムをロストの危険に晒すなど許されないが、現在ユグドラシルにログインしている唯一のギルドメンバーでありリーダーとして、最後くらいは我が儘も許されるだろう。

 

屋根の上から、都市を見渡してみると、外部へ離脱しようとしているプレイヤーはあまりいるようには見えない。

ここに居合わせた殆どの者は、忍者の言うとおり漁夫の利を狙う者達なのだろう。

 

 

あっという間に五分間が過ぎ、予告の時間が訪れる。

都市を取り囲んでいた光輪の色が白から薄い赤に変わり、街の至る所に現れた空間の裂け目から数え切れない程の警備兵達が姿を現した。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

あの後、第一陣とは比べ物にならない程の戦いが繰り広げられた。

乱れ飛ぶ超位魔法に、強力なスキル。 

更に複数のワールドアイテムまで持ち出された攻勢は、無数の警備兵達に一歩も引かずに渡り合う事を可能にした。

 

そして、もはやプレイヤー側の力も尽きるかという時に突如として全ての警備兵が消失し、その代わりに出現した巨大な特殊ボス、"秩序の化身"。

 

もはやこれまでか、という絶望がプレイヤー達の間に蔓延し始めた時に、ただの与太話だとも考えられていたボスが出現する。

プレイヤー達は色めきたったが、そこで再び運営からボスの能力を説明するアナウンスがなされた。

 

他のボスやワールドエネミーの時でさえ、特に自分から情報を与えることはしない運営がなぜこのボスの時だけ能力を説明してくれるのか、とモモンガは疑問に思った。

しかし、その疑問は秩序の化身の能力を知った瞬間に氷解した。

 

敗れた場合のペナルティが凄過ぎたのだ。

もはやレベルダウンどころの話では無い。

レベルが1までダウン。装備、課金アイテム、ワールドアイテムを含むほぼ全てのアイテムのロスト。

 

もっともワールドアイテムの場合は破壊されないように設定されているので、ユグドラシルから消失する訳ではないが、少なくとも所有権は取り上げられる。

 

しかし、このペナルティすらも最終日にやっとの思いで、ここまでたどり着いたプレイヤーを躊躇わせるには至らなかった。

 

未だその場に残っていた百人程度のプレイヤーが総力戦を挑む。

モモンガ自身は途中で秩序の化身の範囲攻撃を躱しきれずに脱落したが、リスポーン地点に設定しておいた街のすぐ外から戦いの様子を見ていた。そしてユグドラシル終了時の十二時間近、他のプレイヤー達が何とか仕留めることに成功して………。

 

「そいつがドロップしたワールドアイテムがここにある、と」

 

モモンガは左手の人差し指に嵌められた指輪を見て呟く。

このアイテムは、秩序の化身が倒された時に突如として手元に出現した。

ユグドラシルのシステムとして、ワールドアイテムをプレイヤーで始めて所持した時、コンソールに運営からメッセージが届く。

そのメッセージによると、このアイテムの名は絶対正義の証。

併記された効果を見れば、ユグドラシル内に限れば下手をすればゲームバランスを崩壊させる程の可能性を持つアイテムだった。

あくまでユグドラシル内に限れば、ではあるが。

 

なぜ直接トドメを刺した訳では無いモモンガの元にこのアイテムが届いたのかは彼自身も分からないが、可能性としてはワールドアイテムの所有権を決める方法として、一般的な自動POPモンスターのドロップアイテムの所有権決定方式がそのまま適応されたというものが大きいだろうか。

 

自動POPモンスターを倒した際にドロップするアイテムやデータクリスタルは誰でも取れるという訳ではない。

まず、そのモンスターに全くダメージを与えていないプレイヤーは初めから考慮に入れられない。

そのモンスターのHPがゼロになるまでに、どのプレイヤーがどれだけダメージを与えたかが計算され、与ダメージの割合で所有権を決定する抽選が行われる。

 

例えば、あるモンスターをプレイヤーAが全HPの八割、Bが二割のダメージを与えて倒した場合、八割の確率でドロップアイテムはプレイヤーAの所有物となる。

 

この方式が秩序の化身にも適応されたのなら、途中でリタイアしたモモンガに所有権が巡ってくる可能性もあるが………。

ワールドアイテムを手にそのような事を考えている間にゲーム終了時刻が来て、次に意識を取り戻した時にはこの場所にいたのだ。

 

「というか本当に、ここはなんだ? 身体も明らかにゲーム内と同じになっているし、しかもリアルな感覚があるが……」

 

ユグドラシルが現実になったという可能性があるかも知れない、とモモンガは思う。

しかし、見たところヘルヘイムでは無さそうだ。

それにユグドラシルだとすれば、これだけ広いフィールドに一体もモンスターの姿が見えないことは不自然だった。

居たら居たで、今の状態では非常に困るのだが。

 

そう考えていたときモモンガの脳裏にある考えが閃く。

ここがユグドラシルの世界か、あるいは全く別の場所かは置いておいて、自分が何者になったのかは確かめる方法がある、と。

 

その行為について意識を集中してみれば、何故か自分はそれが出来るという確信に近い予感がある。

 

現在の自分はレベル1。 ゲームと同じならば使える魔法は三つだ。

自分が使える魔法を全て暗記していたモモンガではあったが、流石にどの魔法をどのレベルで習得したかまで完全に把握している訳ではない。

 

だが一番最初に覚えた魔法くらいは、何とか思い出すことが出来た。

 

右手を前に突き出し、自分の前方三メートル程の地点を見据える。

掌に意識を集中して、力ある言葉を呟いた。

 

「《サモン・アンデッド・1st/第一位階死者召喚》」

 

掌が黒い光を纏い怪しく輝く。 それと同時に地面から湧き出した黒い靄が徐々に人型を形作り、やがてモモンガの前にはボロボロに擦り切れた上着とズボンを着た、一体のアンデッドが出現した。

 

袖から突き出た腕や破れた衣服の隙間から見える身体はまさに骨と皮だけのように痩せており、死斑の浮かんだ青白い手の先から伸びた黄ばんだ長い爪からは、麻痺作用があるはずの毒液が滴っている。

 

その姿はまさにレベル1のアンデッド、食屍鬼(グール)そのものだった。

 

(こうまで条件が揃えば……、流石に認めざるを得ないか。 この身体はもはや鈴木悟のものではなく、ユグドラシルのモモンガの物となっているということを)

 

不思議とこのような状況にあっても恐怖はそれ程感じない。

だが自分が簡単には……、いや、もしかしたら二度とリアルには戻れないかも知れない状況に置かれていることは理解し始めていた。

 

 

 




本当は二話分だったのですが、ユグドラシル内の話に丸々一話使うとスピード感が落ちてしまうと思い、一話に纏めてみました。

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